東京高等裁判所 平成10年(行ケ)163号 判決 1999年6月01日
フランス国、パリ75008、リュフランソワプルミェ、44
原告
ピェール バルマン ソシエテアノニム
代表者
アランイヴラン
訴訟代理人弁護士
佐藤雅巳
同
古木睦美
東京都港区港南一丁目6番41号
被告
三菱レイヨン株式会社
代表者代表取締役
田口栄一
訴訟代理人弁理士
浅村皓
同
小池恒明
同
宇佐美利二
同
岩井秀生
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実
第1 原告が求める裁判
「特許庁が平成8年審判第15219号事件について平成10年2月9日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
第2 原告の主張
1 特許庁における手続の経緯
原告は、「VENT VERT」の欧文字を横書きしてなり、旧第17類「被服(運動用特殊被服を除く。)布製身回品(他の類に属するものを除く。)寝具類」を指定商品とする登録第2465239号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。なお、本件商標は、平成2年6月29日に登録出願され、平成4年10月30日に商標権の設定登録がされたものである。
被告は、平成8年9月4日に本件商標の商標登録を無効にすることについて審判を請求した。特許庁は、これを平成8年審判第15219号事件として審理した結果、平成10年2月9日に「登録第2465239号商標の登録を無効とする。」との審決をし、同年3月4日にその謄本を原告に送達した。なお、原告のための出訴期間として90日が付加された。
2 審決の理由
別紙審決書の理由写しのとおり(審決にいう「引用商標1」を以下「引用商標」という。)
3 審決の取消事由
(1)審決は、本件商標は「バンベール(ヴァンヴェール)」の称呼を生ずるから、本件商標と引用商標と称呼において類似する旨判断している。
しかしながら、本件商標の指定商品の取引者、需要者の多くが欧文字を正確なフランス語読みで発音できるという事実はない。したがって、本件商標は、これを英語読みで発音した「ヴェント・ヴェルト」あるいは「ヴェント・ヴァート」の称呼のみを生ずると考えるべきであるから、審決の上記判断は誤りである。
(2)仮に本件商標が「ヴァンヴェール」の称呼を生ずるとしても、本件商標と引用商標は非類似の商標と解すべきである。
すなわち、「ヴァ」、「ヴェ」の音と「バ」、「ベ」の音とは、一般の人でも容易に聴取識別することができるから、「ヴァンヴェール」の称呼と「バンベール」の称呼とが類似するとはいえない。
そして、本件商標の外観と引用商標の外観とが類似しないことは明らかであるし、本件商標は後記のように「緑の風」の観念を生ずるが、引用商標は何らの観念も生じない。
したがって、本件商標が「ヴァンヴェール」の称呼を生じても、本件商標と引用商標は、称呼、外観及び観念のいずれにおいても類似しないものである。
(3)のみならず、本件商標は原告の業務に係る商品を表示するものとして極めて著名な標章であるから、引用商標との間に誤認混同を生ずる余地がないものである。
すなわち、原告は著名なオートクチュールであるが、1989年(平成元年)に初めて発売した香水「VENT VERT」は世界的な成功を収め、平成2年には日本国内においても広く販売されるに至った。
また、原告は、「VENT VERT」の商標について、旧第22類を指定商品とする商標登録(平成4年11月30日)、旧第21類を指定商品とする商標登録(平成7年7月31日)、旧第4類を指定商品とする商標登録(平成8年12月25日)を受けた。また、「VENT VERT/ヴァン ヴェール」(上下2段)の商標について、第9類を指定商品とする商標登録(平成9年8月8日)、第18類を指定商品とする商標登録(平成9年11月7日)、第14類を指定商品とする商標登録(平成9年11月14日)、第34類を指定商品とする商標登録(平成10年6月19日)を受けた。さらに、原告は、平成8年5月から、原告のメインブランドである「PIERRE BALMAIN」のサブブランド(低価格帯のブランド)として「VENT VERT」の標章を使用することとし、多数のライセンシーを通じて、「VENT VERT/PAR/PIERRE BALMAIN/PARIS」(上下4段)の標章を付した多数のファッション製品を販売するとともに、「VENT VERT」の標章は「ヴァンヴェール」と発音され、フランス語で「緑の風」を意味することを広く広告した。
このように、本件商標は世界的に極めて著名な標章であって、本件商標が付された商品が原告の業務に係ることは何人も明確に認識することができる。したがって、本件商標と引用商標との間に誤認混同が生ずる余地は全くないから、両商標の間の類似性は否定されるべきである。
第3 被告の主張
原告の主張1及び2は認めるが、3(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
1 原告は、本件商標の指定商品の取引者、需要者の多くが欧文字を正確なフランス語読みで発音できるという事実はないから、本件商標は「バンベール(ヴァンヴェール)」の称呼を生ずるとした審決の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら、審決は、「被服等に使用される本件商標の称呼を認定するにあたっては、(中略)フランス語も考慮すべきもの」と説示し、本件商標の指定商品に係る取引の実情を踏まえて、本件商標は「バンベール(ヴァンヴェール)」の称呼を生ずる旨判断したものである。原告の上記主張は、本件商標の指定商品に係る取引の実情を無視するものであって、失当である。
2 原告は、本件商標が「ヴァンヴェール」の称呼を生ずるとしても、「ヴァ」、「ヴェ」の音と「バ」、「ベ」の音とは一般の人でも容易に聴取識別することができるから、「ヴァンヴェール」の称呼と「バンベール」の称呼とが類似するとはいえない旨主張する。
しかしながら、「V」の音が日本語には存在しないので日本国内においてはこれが「B」と発音されることが少なくないことは審決説示のとおりであるから、原告の上記主張は失当である。
3 原告は、本件商標は著名な標章であって引用商標との間に誤認混同を生ずる余地はないから、両商標の間の類似性は否定されるべきである旨主張する。
しかしながら、仮に本件商標が著名な標章であるとしても、それが本件商標が引用意匠に類似することを否定する理由にならないことは当然である。のみならず、被告は昭和49年以降継続して訴外会社に引用商標のライセンスを付与しており、引用商標は平成2年にはアパレル産業における5大ブランドの1つに数えられるに至っているから、本件商標をその指定商品に使用すると、被告の業務に係る商品との間に混同を生ずるおそれがあることは明らかである。
理由
第1 原告の主張1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由)は、被告も認めるところである。
第2 そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。
1 原告は、本件商標の指定商品の取引者、需要者の多くが欧文字を正確なフランス語読みで発音できるという事実はないから、本件商標は「バンベール(ヴァンヴェール)」の称呼を生ずるとした審決の認定は誤りである旨主張する。
しかしながら、原告がフランスに本店を置く世界的に著名なオートクチュールであることは当裁判所にも顕著な事実であるから、本件商標が使用される指定商品は、フランスからの輸入商品、特に相当高価な衣装が中心となると考えられる。したがって、本件商標の指定商品の取引者、需要者ならば、その多くが本件商標をフランス語読みして「ヴァンヴェール」、少なくとも「バンベール」と発音することができると認めるのが相当である。
これに反して、英語の「VENT」の意味(穴、口)を理解できる者は少なくないとしても、英語の「VERT」の意味を直ちに理解できる者はまれであると考えられる。そうすると、本件商標に接してこれを英語読みする動機付けを与えられる者はほとんどないというべきであるから、本件商標は「ヴェント・ヴェルト」あるいは「ヴェント・ヴァート」の称呼のみを生ずるとする原告の主張は失当である。
したがって、本件商標と引用商標は称呼において類似するとした審決の判断に誤りはない。
2 原告は、本件商標が「ヴァンヴェール」の称呼を生ずるとしても、「ヴァ」、「ヴェ」の音と「バ」、「ベ」の音とは一般の人でも容易に聴取識別することができるから、「ヴァンヴェール」の称呼と「バンベール」の称呼とが類似するとはいえない旨主張する。
しかしながら、日本人にとって「V」の正確な発音あるいは聴取が容易でなく、「B」と発音あるいは聴取されることが少なくないことは当裁判所にも顕著な事実である。したがって、「ヴァンヴェール」の称呼と「バンベール」の称呼とが類似するとはいえないとする原告の上記主張は、採用することができない。
3 原告は、本件商標は著名な標章であって引用商標との間に誤認混同を生ずる余地はないから、両商標の間の類似性は否定されるべきである旨主張する。
しかしながら、仮に本件商標が著名な標章であるとしても、そのことが本件商標と引用商標とが称呼において類似することを否定する理由にならないことは当然である(念のため付言すれば、原告が援用する証拠によっても、本件商標はその登録査定の時(甲第48号証によれば、平成4年5月15日である。)に日本国内において著名あるいは周知となっていたとは認められない。)。
第3 以上のとおりであるから、本件商標は商標法4条1項11号の規定に違反して登録されたものであるとした審決の認定判断に誤りはない。
よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための期間付加について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成11年4月20日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)
2.引用商標
請求人が引用する登録第904167号商標(以下「引用商標1」という。)は、「バンベール」の仮名文字を横書きしてなり、昭和44年5月8日に登録出願、第17類「被服、布製身回品、寝具類」を指定商品として昭和46年6月28日に設定登録、同56年10月30日及び平成3年9月27日に商標権存続期間の更新登録がなされたものである。同じく登録第1360351号商標(以下「引用商標2」という.)は、「VINVERT」の欧文字と「バンベール」の仮名文字を二段に横書きしてなり、昭和49年11月1日に登録出願、第17類「被服、布製身回品、寝具類」を指定商品として昭和53年11月30日に設定登録、同63年11月16日に商標権存続期間の更新登録がなされたものである。
3.請求人の主張
請求人は、結論同旨の審決を求め、その理由を次のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし同第16号証を提出している。
(1)本件商標の指定商品である「被服」等を取り扱う服飾品業界においては、商標としてフランス語又はイタリア語若しくはフランス語風又はイタリア語風の称呼を生ずるものを採択し、商品のファッション性若しくは高級品性を強調するために普通に多数用いられている実情にあることは明らかなところである。
このような観点にたって本件商標をみるに、本件商標の構成は、上述のとおり「VENT VERT」の欧文字よりなるところ、これは、それぞれ「風」(VENT)及び「緑色の」(VERT)の観念を有するフランス語であって、「バンベール」と発音されるものであるから、上記実情よりすれば、容易に「バンベール」の称呼を生ずるものというを相当とする。
一方、引用商標1は、その構成上これより「バンベール」の称呼を生ずること明らかであり、また、引用商標2は、その構成上これよりも「バンベール」の称呼を生ずるものというを最も自然とするところである。
してみれば、本件商標と引用商標1及び引用商標2とは、「バンベール」の称呼を同じくする互いに相紛れるおそれの充分にあるものといわなければならない。
(2)このことは、本件商標と同じく服飾品関係の第17類及び第16類における、フランス語(風)又はイタリア語(風)の発音の仕方によって称呼上の類否を争点とした審決例(甲第7号証ないし同第12号証)からみても是認し得るところである。
(3)してみれば、本件商標は、引用商標1及び引用商標2と「バンベール」の称呼を同じくする、互いに相紛れるおそれの充分にある、称呼上類似の商標であるといわなければならず、かつ、両者の指定商品は同一のものであって、互いに相抵触していること明らかなところであるばかりでなく、本件商標は、引用商標1及び引用商標2より後の登録出願に係るものであること明白であるから、本件商標は、商標法第4条第1項第11号に違反して登録がなされたものである。
(4)被請求人の答弁に対して弁駁する。
被請求人は、日本国内の商社と提携し、本件商標に関するライセンス契約を締結しており、次の如く新聞紙上に掲載されている事実がある。
<1> 1996年5月8日発行の「日本経済新聞朝刊」第14面(甲第13号証)
「フランスのピエール・バルマン社(パリ)は、宝石・貴金属や婦人服などの販売を手がける商社と提携し、日本国内で『ピエール・バルマン』に次ぐ第二のブランド『VENT VERT(ヴァンヴェール)』の展開を始める。」、「ヴァンヴェールとは緑の風という意味で、緑をカラーテーマに、1960年代風の細身のシルエットのスーツ、ドレスを中心にコーディネートする。子供服も婦人服とイメージを合わせる。」
<2> 1996年5月14日発行の業界紙「日本繊維新聞」第7面(甲第14号証)
「仏バルマン社とライセンス契約/ヴァンヴェール婦人・子供服で展開/フランスのピエール・バルマン社と、婦人服及び子供服、宝石で『ヴァン ヴェール ピエール バルマン』ブランドの日本国内での独占ライセンス契約を締結、今春夏物から展開を開始する。初年度売上高は婦人服が20億円、子供服が15億円を計画。」、「『ヴァン ヴェール』は、ピエール・バルマン社のディフュージョンラインで、フランス国内でも今春から婦人服で展開がスタートした。」
<3> 1996年5月16日発行の「日経流通新聞」第9面(甲第15号証)
「フランスのピエール・バルマン社(パリ)は、宝石・貴金属や婦人服などの販売を手がける商社と提携し、日本で『ピエール・バルマン』に次ぐ第二のブランド『VENT VERT(ヴァンヴェール)』の展開を始める。25~35歳のキャリア女性をターゲットにした婦人服や、子供服、宝石類を商社の全国約1200店で販売する。ヴァンヴェールは緑の風という意味で、緑色をテーマに、60年代風の細身のシルエットのスーツ、ドレスを中心にコーディネートする。」
<4> 1996年5月29日発行の業界紙「繊研新聞」第10面(甲第16号証)
「宝石と婦人服専門店の商社のブティック・ジョイ・サンシャインアルパ店では、3月中旬の投入時から『ヴァン・ヴェール・ピエール・バルマン』の婦人パンツスーツが売れている。今春からフランスのピエール・バルマン社とライセンス提携して生産、販売しているもの、~」
上記の各事実よりしても、被請求人は、本件商標「VENT VERT」を「ヴァン ヴェール」(日本国においては、「バンベール」とほとんど同一の称呼であるといえる。)の称呼をもって、日本国内の商社と提携し、ライセンス契約を締結しているということは、取りも直さず、本件商標から「ヴァン ヴェール」若しくは「バンベール」の称呼を生ずるものであるという証左に外ならない。
4.被請求人の主張
被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、その理由を次のように述べ、証拠方法として乙第1号証ないし同第3号証を提出している。
(1)本件商標は「VENT VERT」の文字よりなるのに対し、引用商標1は「バンベール」の文字、引用商標2は「VINVERT」及び「バンベール」の文字よりなるものであるから、本件商標は各引用商標と外観において相違する。
(2)引用商標1及び引用商標2からは、その構成に則して「バンベール」の称呼を生ずる。
本件商標よりは、その構成に照らして「ヴェント」、「ヴェルト」及び「ヴェントヴェルト」の称呼を生ずる。我が国においては、欧文字に接したときは、まずローマ字読みをするのが普通であり、欧文字をもってなる商標の称呼は、ローマ字読みを原則とする。したがって、本件商標からは、その構成に照らし「ヴェント」、「ヴェルト」及び「ヴェントヴェルト」の称呼を生ずる。したがって、本件商標は、各引用商標と称呼においても相違する。
請求人は、本件商標から、フランス語読みの称呼「バンベール」を生ずると主張するが、かかる主張は失当である。我が国においては、フランス語の普及度は限られており、一般の需要者が本件商標が「緑の風」を意味するフランス語であり、「ヴァンヴェール」(注「バンベール」ではない)と称呼するとは認識しないことは明らかである。請求人は、服飾業界においてフランス語を多く用いるというが、かかる主張も失当である。服飾業界でもいわゆるデザイナーブランドに係る服飾業界において、フランス語のファッション用語を用いたり(例えば「pret a porter(プレタポルテ)」)、フランス語のブランド名を用いたりすることはあるが、かかる業界は、第17類の指定商品に係る業界の一部にすぎず、したがって関連する需要者の一部にすぎず、これを一般化することはできない。加えて、「pret a porter(プレタポルテ)」等のファッション用語やブランド名がフランス語の称呼と観念とを伴って知られるに至ったのは、かかる欧文字の用語がその意味と日本語で表示した称呼を伴って使用、宣伝されたため結果的に知られるに至ったものにすぎず、フランス語が普及しているから、かかるフランス語がフランス語の発音でフランス語の観念で第17類の指定商品の需要者に理解されているというものではない。請求人の主張は、第17類の指定商品の一部に関して行われていることを一般化し、かつ、使用、宣伝の結果として知られるに至ったものであるということをもってフランス語そのものが普及し一般に理解されているとするものであって、失当であること明らかである。なお、請求人が挙げている審決例は、わざわざフランス語で称呼するといわないでも類似と判断し得たものであり、「フランス語読みの称呼を生ずる」との下りは、審決の「綾」であり、本来かかる判断は不要であったものであって、請求人の論拠になり得るものではない。
(3)請求人は、本件商標から「ヴァンヴェール」の称呼が生ずる根拠として、「ヴァンヴェール」が被請求人のディフュージョンラインとして新聞などで報じられていることを挙げる。しかし、本件商標より「ヴァンヴェール」の称呼が生じないことは、上述のとおりである。
仮に請求人の主張を前提として、本件商標より「ヴァンヴェール」の称呼が生ずるとすれば、「VENT VERT」が被請求人である世界的に著名なブランド、ピエール・バルマンのディフュージョンラインの別ブランドであるということが、請求人の提出した証拠の示すとおり、需要者に知られていることに外ならない。
すなわち、本件商標より「ヴァンヴェール」の称呼が生ずるときは、同時に本件商標より「被請求人の『Pierre Balman』に続く第二のディフュージョンラインのブランド」という観念が生ずる。
(4)したがって、本件商標と各引用商標は外観において相違し、また、観念においても相違する。
「ヴァンヴェール」と「バンベール」は、「ヴァ」と「バ」及び「ヴェ」と「ベ」とにおいて相違する。「ヴァ」と「ヴェ」音は外来語に用いる音であり、「バ」、「ベ」音とは語感が著しく相違する。加えて、本件商標が被請求人のディュージョンラインのブランドであることは需要者に周知のことである。本件商標と各引用商標との外観の相違及び観念の相違と相まって「ヴァ」音「バ」音の相違及び「ヴェ」音と「ベ」音の相違により、「ヴァンヴェール」と「バンベール」とは明確に聴取識別でき、誤認混同のおそれのないものである。このことは、例えば、「ドジャーズ」と「ロジャーズ」を非類似と判断した裁判例等の示すところである。
乙第1号証ないし同第3号証は、本件録商標の使用態様である。いずれにおいても、本件商標が被請求人「Pierre Balman」の別ラインの商標であることは明示されており、各引用商標との誤認混同のおそれのないことは明白である。
(5)よって、本件商標は、各引用商標と非類似であり、本件審判請求は理由がない。
5.判断
本件商標は、「VENT VERT」の欧文字よりなるところ、欧文字よりなる場合にあっては、ローマ字の読み方により称呼されるほか、我が国における英語の普及度からみて、一般的には英語の読み方により称呼されるものといえる。しかしながら、服飾品を取り扱う業界においては、ファッション用語としてフランス語ないしはフランス語を語源とする用語が少なからず使用され、また、ファッション関係のブランド名としてもフランス語風の読み方をするものが相当数存在する実状に鑑みれば、被服等に使用される本件商標の称呼を認定するにあったっては、ローマ字及び英語のほかフランス語も考慮すべきものと解するのが相当である(例えば東京高等裁判所平成8年1月30日言渡、平成7年(行ケ)第128号判決参照)。
そこで本件商標をみるに、これを構成する「VENT VERT」の文字は、これを英語として捉えた場合には、「VENT」は「口、抜け口」を意味する語であって「ベント(ヴェント)」と発音され、「VERT」は「森林中の青い茂み」を意味する語、又は、「改宗者」を意味する語であって共に「バート(ヴァート)」と発音されるものであることが認められる。これに対し、これをフランス語としてみた場合には、「VENT」は「風」を意味する語であって「バン(ヴアン)」と発音され、「VERT」は「緑の」を意味する語であって「ベール(ヴェール)」と発音されるものであることが認められる。
しかして、「VENT」及び「VERT」の語は、英語としては必ずしも日常一般に親しまれている語とはいい得ないのに較べ、フランス語としては両語とも基本的な単語といえるものである。そのことは、例えば、両語は、英語では約6800語を収録した辞書に採録されていないのに対し、フランス語では、基本語に分類される700語に含まれていることからも窺い知ることができる(講談社発行「中学ニューワールド英和辞典」及び三省堂発行「クラウン仏和辞典」参照)。
以上の点を総合すると、本件商標に接する取引者、需要者は、これを「ベントバート(ヴェントヴァート)」と発音するほかに、フランス語と理解して「バンベール(ヴァンヴェール)」と発音する場合も決して少なくないものと判断するのが相当であり、したがって、本件商標は「バンベール(ヴァンヴェール)」の称呼をも生ずるものといわなければならない。この点については、平成8年5月8日付け「日本経済新聞」(甲第13号証)に、「ピエール・バルマン低価格ブランド」の見出しのもとに「・・・第二のブランド『VENT VERT』(ヴァンヴェール)の展開を始める。」との記事が掲載されており、被請求人自身も「VENT VERT」をフランス語の読み方に称呼を特定しているところである。
被請求人は、仮に本件商標から「ヴァンヴェール」の称呼が生じるとしても「ヴァンヴェール」であって「バンベール」ではない。また、請求人の提出した証拠の示すとおり、「ヴアンヴェール」の称呼が生ずるときは、同時に本件商標より「被請求人の『Pierre Balmain』に続く第二のディフュージョンラインのブランド」という特定の観念が生じる旨主張する。
確かに、「VENT VERT」の文字構成からみて上記のとおり「ヴァンヴェール」の称呼自体を否定するものではないが、子音「v」は日本語には元々存在していなかった音であるから、日本人にとって「v」音の発音や聴別は必ずしも容易ではなく、日常一般においては、子音「v」を含む欧文字についても、その綴りの部分が正確に発音され難く、むしろ、古来より日本語に存在していて日本人にとってなじみ深く、「v」音と極めて近似する子音「b」にとって代わって発音される場合も少なくないものと認められるから(例えば、東京高等裁判所平成9年10月1日言渡、平成8年(行ケ)第312号判決参照)、本件商標から「バンベール」の称呼は生じないとする被請求人の主張は採用し得ない。
また、被請求人は、本件商標は特定の観念を生ずる証拠として請求人提出の証拠を挙げるが、請求人の提出に係る証拠のうち「VENT VERT」を「ヴァンヴェール」と表記しているものは、上記甲第13号証のほか、平成8年5月14日付け「日本繊維新聞」(甲第14号証)、同年5月16日付け「日経流通新聞」(同第15号証)及び同年5月29日付け「繊研新聞」(同第16号証)があるが、これらは「VENT VERT」又は「ヴァンヴェール」商標、或いは、これらに関連する商標に関する事情を報道した新聞記事に止まるものであるから、これらを総合しても、本件商標は、請求人が主張する如き特定の観念を有するものとして取引者、需要者間に認識されているものとは判断し得ない。
これに対し、引用商標1は「バンベール」、引用商標2は「VINVERT」と「バンベール」の文字よりなるものであるから、引用商標1、引用商標2の各引用商標は、「バンベール」の称呼を生ずるものであって、特定の観念は生じないものというのが相当である。
そうとすれば、本件商標と各引用商標とは、外観において異なるところがあり、観念においては比較すべくもないものとしても、「バンベール」の称呼を同一にする称呼上類似のものであるから、両商標は全体としてみても、相紛れるおそれのある類似のものと判断するのが相当であり、かつ、指定商品を同一にするものである。したがって、本件商標は商標法第4条第1項第11号に該当するものといわなければならない。
被請求人は、乙第1号証ないし同第3号証を提出し、本件商標の使用態様は「Pierre Ballmain」の別ラインの商標であることが明示されており、各引用商標と誤認混同のおそれはないとも主張する。
しかしながら、本件商標自体には上記のとおり「Pierre Ballmain」の文字は明示されていないのであるから、結局、上記主張も採用し得ない。
以上のとおりであって、本件商標は、商標法第4条第1項第11号に違反して登録がなされたものであるから、同法第46条の規定により、その登録を無効とすべきものである。