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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)215号 判決 2000年3月01日

原告

株式会社イソワ

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

中村稔

富岡英次

同弁理士

被告

株式会社梅谷製作所

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

本渡諒一

外川裕

木島喜一

伊藤孝江

同弁理士

主文

特許庁が、平成9年審判第12278号事件について、平成10年5月29日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「段ボールシート用印刷機」とする特許第2534949号発明(平成4年1月18日出願、平成8年6月27日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。

被告は、平成9年7月17日、原告を被請求人として、本件特許につき無効審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成9年審判第12278号事件として審理したうえ、平成10年5月29日に「特許第2534949号発明の特許を無効とする。」との審決をし、その謄本は同年6月22日、原告に送達された。

2  本件発明の要旨

印版(42)を装着した版胴(44)と、この版胴(44)に対向配置した圧胴(46)と、前記版胴(44)に対し近接・離間自在に配設され、近接時には該版胴(44)に装着した印版(42)と接触して回転するインキ転移ロール(50)と、このインキ転移ロール(50)に運転中は常に接触して回転し、供給されるインキの量を絞り調整する絞りロール(52)とを備え、前記インキ転移ロール(50)を介して前記印版(42)にインキを転移させると共に、相互に反対方向に回転する前記版胴(44)と圧胴(46)との間に段ボールシート(43)を通過させて、該シート(43)に所要の印刷を行なうよう構成した段ボールシート用印刷機において、前記インキ転移ロール(50)および絞りロール(52)における軸方向の両端部に配置され、両ロール(50,52)の間に画成されるインキ貯留部(A)の長手方向両端部を閉成する堰部材(74,74)と、前記インキ転移ロール(50)および絞りロール(52)の上方に配設されて該ロール(50,52)と平行に移動可能で、前記インキ貯留部(A)への低粘度かつ高度速乾性インキの供給並びに残留インキの回収を選択的に行なう供給・回収装置(54)とを備え、前記供給・回収装置(54)は、前記インキ貯留部(A)に沿って移動自在に配設した保持手段(92)と、前記保持手段(92)に配設され、可逆モータ(96)により正逆付勢されるチュービングポンプ(95)と、このチュービングポンプ(95)に着脱交換自在に介挿され、一方の開口部(60a)を前記保持手段(92)に配設したインキポット(58)中のインキに浸漬させると共に、他方の開口部(60b)をインキ貯留部(A)に臨ませたチューブであって、その少なくとも前記ポンプ(95)に介挿される部位に可撓性を持たせたチューブ(60)とからなり、前記可逆モータ(96)の付勢によりインキポット(58)中のインキをインキ貯留部(A)に供給し、また該モータ(96)の逆付勢によりインキ貯留部(A)中の残留インキをインキポット(58)に回収するよう構成したことを特徴とする段ボールシート用印刷機。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件発明が、実願昭59ー6965号(実開昭60ー119540号)の願書に添附した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(審決甲第4号証、本訴甲第6号証、以下「引用例1」といい、そこに記載された発明を「引用例発明」という。)、実願昭54ー10547号(実開昭55ー110239号)の願書に添附した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(審決甲第3号証、本訴甲第5号証、以下「引用例2」という。)及び特開昭61ー266248号公報(審決甲第16号証、本訴甲第18号証、以下「引用例3」という。)にそれぞれ記載された発明並びに周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであって、同法123条1項2号の規定により無効とすべきものであるとした。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本件発明の要旨の認定、引用例1~3及び特公昭52ー27758号公報(審決甲第17号証、本訴甲第19号証、以下「引用例4」という。)、特開昭64ー62373号公報(審決甲第6号証、本訴甲第8号証、以下「引用例5」という。)、特開平3ー183549号公報(審決甲第7号証、本訴甲第9号証、以下「引用例6」という。)、特開平4ー7153号公報(審決甲第8号証、本訴甲第10号証、以下「引用例7」という。)の各記載をそのまま摘記した部分(審決書6頁11行~15頁8行)の認定、本件発明と引用例発明との相違点①~④の認定及び相違点①についての判断は認める。

審決は、引用例発明の認定を誤り、引用例発明と本件発明との技術事項を誤認して、本件発明と引用例発明との一致点の認定を誤る(取消事由1)とともに、相違点②~④についての判断を誤って(取消事由2)、本件発明が、引用例1~3に記載された発明及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)

(1)  審決がした引用例1記載の技術事項の認定(審決書15頁19行~17頁11行)のうち、引用例1記載の段ボール紙印刷機(引用例発明)が「前記アニロックスロール2およびゴムロール1における軸方向の両端部に配置され、両ロール1,2の間に画成されるインク溜溝3の長手方向両端部を閉成するインク堰止板27,27と、前記アニロックスロール2およびゴムロール1の上方に配設されて、前記インク溜溝3へのインクの供給並びに残留インクの回収を選択的に行なう供給・回収装置とを備え」(同16頁10~17行)るとの部分、及び審決がした本件発明と引用例発明との相当関係の認定(同17頁13行~18頁3行)のうち、引用例発明の「インク溜溝3」、「インク堰止板27」、「取付杆9」、「タンク17」、「配管」が、それぞれ本件発明の「インキ貯留部A」、「堰部材74」、「保持手段92」、「インキポット58」、「チューブ」に相当するとの部分は、いずれも誤りであり、したがって、これらの認定に基づいて、審決が、本件発明と引用例発明とが「印版を装着した版胴と、この版胴に対向配置した圧胴と、該版胴に装着した印版と接触して回転するインキ転移ロールと、このインキ転移ロールに運転中は常に接触して回転し、供給されるインキの量を絞り調整する絞りロールとを備え、前記インキ転移ロールを介して前記印版にインキを転移させると共に、相互に反対方向に回転する前記版胴と圧胴との間に段ボールシートを通過させて、該シートに所要の印刷を行なうよう構成した段ボールシート用印刷機において、前記インキ転移ロールおよび絞りロールにおける軸方向の両端部に配置され、両ロールの間に画成されるインキ貯留部の長手方向両端部を閉成する堰部材と、前記インキ転移ロールおよび絞りロールの上方に配設されて、前記インキ貯留部へのインキの供給並びに残留インキの回収を選択的に行なう供給・回収装置とを備え、前記供給・回収装置は、前記インキ貯留部に沿って配設した保持手段と、モータにより付勢されるポンプと、このポンプに介挿され、一方の開口部をインキポット中のインキに臨ませると共に、他方の開口部をインキ貯留部に臨ませたチューブとからなり、前記モータの付勢によりインキポット中のインキをインキ貯留部に供給し、またモータの付勢によりインキ貯留部中の残留インキをインキポットに回収するよう構成したことを特徴とする段ボールシート用印刷機。」(同18頁4行~19頁10行)である点で一致するとした認定も誤りである。

(2)  すなわち、段ボールシート用印刷機には、従来、粘度が高く、比較的乾燥が遅いグリコール系のプリスロインクを使用するプリスロ印刷機と、水性で粘度が低く、速乾性のフレキソインクを使用するフレキソ印刷機とがあった。

フレキソ印刷機は、速乾性インクを使用するため、印刷後直ちに次の工程に移ることができ、また、インクの粘度が低いので、版胴に接したインキ転移ロールと、これに接した絞りロールとの間に常に相当量のインクを行き渡らせることが可能で、さらに、多数の練りロールを必要としないので、ロールの維持コストも少なくて済む反面、インキ転移ロールと絞りロールの間に行き渡らせておく相当量のインクを滞留させておくと、ロールの高速回転による摩擦熱で変質固化してしまうため、常時インクを循環させるための循環システムが必要であり、さらに、色替えの際、残ったインクの完全回収が困難で、多量の水でロール及び循環経路を洗浄するため、洗浄廃液処理設備が必要である。

プリスロ印刷機は、印版の必要箇所だけにインクを供給すればよいので、インク消費量が少ないし、インク循環の必要もなく、また、色替えに際して、ロール上のインクは掻き取るだけで除去できるので、短時間でオーダーチェンジが可能であり、洗浄廃液処理設備を設ける必要もない反面、インクの乾燥が遅いので印刷後直ちに次の工程に移行できず、粘度が高いインクを使用するので、インクをよく練るために何段にもわたる練りロールを設ける必要があって、ロール維持コストが高くなり、さらに、インクの消費に伴って印刷が薄くなるので、常にインクの状態を確認し、必要の都度これを供給しなければならないので、作業に手間がかかる。

そして、引用例発明はフレキソ印刷機である。

これに対し、本件発明は、「低粘度かつ高度速乾性インキ」(本件発明の要旨)、すなわち、新たに開発したグリコール性速乾性インクを使用するものであり、このインクを採用することにより、本件発明においては、印刷後直ちに次の工程に移ることができるとともに、並行するインキ転移ロールと絞りロールの間に画成された溝に存在するインクをインキ転移ロールに供給し続けるという、従来のフレキソ印刷機と類似した方式を採用しながら、インクがフレキソインク程速乾性ではないためインクの循環が不要で、インク循環機構を設けないという構成を採用することが可能となったものであって、フレキソ印刷機及びプリスロ印刷機双方の長所を取り入れようとするものである。

(3)  しかして、次のとおり、引用例発明の「インク溜溝3」、「インク堰止板27」、「取付杆9」、「タンク17」、「配管」は、それぞれ本件発明の「インキ貯留部A」、「堰部材74」、「保持手段92」、「インキポット58」、「チューブ」と、技術的課題又は目的、構成及び作用効果において異なるものであるから、引用例発明の「インク溜溝3」、「インク堰止板27」、「取付杆9」、「タンク17」、「配管」が、それぞれ本件発明の「インキ貯留部A」、「堰部材74」、「保持手段92」、「インキポット58」、「チューブ」に相当するとすることは誤りであり、また、引用例発明の「インク溜溝3」、「インク堰止板27」、「取付杆9」、「タンク17」、「配管」の構成、作用効果等に照らして、引用例発明が「アニロックスロール2およびゴムロール1における軸方向の両端部に配置され、両ロール1,2の間に画成されるインク溜溝3の長手方向両端部を閉成するインク堰止板27,27と、前記アニロックスロール2およびゴムロール1の上方に配設されて、前記インク溜溝3へのインクの供給並びに残留インクの回収を選択的に行なう供給・回収装置とを備え」るとの認定が誤りであることも明らかである。

(イ) 「インク溜溝3」及び「インク堰止板27」と「インキ貯留部A」及び「堰部材74」について

引用例発明のインク溜溝3は、供給された印刷インクを保有しつつ、常時流通させる経路を確保し、その循環を維持する目的を有するものであって、インクはインク溜溝3の両端方向へ流れ、インク堰止板27を経てタンク17に回収され、循環される。そのため、インク堰止板27は、インク溜溝3からインクを吸引するためのL型のノズル孔28をその適切な位置に備えており、これも循環機構の一部をなすものであるし、また、印刷終了後は、吸引ノズル15と協働して、洗浄水を吸引し、廃棄する作用も有する。

これに対し、本件発明のインキ貯留部Aは、インクを貯留し保有するためだけに設けられているものであって、インクの循環を維持するものではない。堰部材74は、インキ転移ロール及び絞りロールの端部に接着するように設けられた板であって、ノズル孔はなく、インクを貯留する作用のみを有するものであって、インクを循環させ、あるいは洗浄水を吸引して廃棄する作用を有するものでもない。

(ロ) 「取付杆9」と「保持手段92」について

引用例発明の取付杆9は、その両端部及び中間部に固着した各ブラケット14の下端に吸引ノズル15を、それぞれインク溜溝3と相対するように固着し、印刷中は、取付杆9を上動させて各吸引ノズル15をインク溜溝3中から出た状態とし、印刷終了後、取付杆9を下げて各吸引ノズル15をインク溜溝3中に臨ませ、インク溜溝3中に残存した印刷インクを吸い上げてタンク17に回収するためのものである。

これに対し、本件発明の保持手段92は、チュービングポンプ95及びインキポット58を配設して、このチュービングポンプに着脱交換自在に介挿され、一方の開口部を前記インキポット中のインクに浸漬させると共に、他方の開口部をインキ貯留部Aに臨ませたチューブにより、インクを迅速に供給・回収できるように、インキ貯留部に沿って移動させるものである。

(ハ) 「タンク17」と「インキポット58」について

引用例発明のタンク17は、印刷開始前に印刷及び循環に必要な多量のインクを収容しておき、印刷中は、循環経路を経て戻ってきたインクを再度供給するまで一時収容し、印刷終了後は、回収されたインク溜溝3中及び循環経路中の多量の残余インクを再度収容するためのものである。したがって、大型で相応の強度を有する必要があるとともに、同タンク内には、供給系及び回収系の二つの管路がそれぞれ開口部を有するように構成されていなければならない。

これに対し、印刷中のインクの循環を不要とする本件発明のインキポット58は、印刷に必要なだけの量のインクを収容するためのものであり、しかも、保持手段92上に設置されて移動し、かつ、色替えの際にはインキポットごと取り外して交換し得る点から、小型・軽量のものでなければならない。また、インクの供給と回収は同一経路で行うため、ポット内に供給系及び回収系の二つの管路がそれぞれ開口部を有するような構成とはなっていない。

(ニ) 「配管」と「チューブ」について

審決の前示記載に係る「配管」(審決書17頁17行)が、引用例発明のどの部分を指すのか必ずしも明確ではないが、「ポンプ24に介挿され、一方の開口部をタンク17中に臨ませると共に、他方の開口部をインク溜溝3のインクに浸漬可能に臨ませたノズル15と可撓性のホース16とを含む配管」(同頁3~6行、以下「配管A」という。)を指すものとすれば、それは、印刷終了後に、インク溜溝3に残ったインクを吸引してタンク17に回収するためのものであり、かつ、そのうちの、少なくとも吸引管25から気水分離用密閉容器23、ポンプ24を経て、タンク17に至るまでの部分は、印刷中に堰止板27に設けられたL形ノズル28から吸引したインクをタンク17に戻すためのインクの循環経路としても使用されるが、インクをインク溜溝3に供給することを目的とするものではない。そして、この配管Aは、インク溜溝3から離れて設置された印刷用インクタンク17や気水分離用密閉容器23等の複雑、かつ、多数の別個の部分から構成される規模の大きなものであり、また、固定されていて、使用に際し取外しを予定されていない構造のものである。

これに対し、本件発明のチューブは、インクの供給及び印刷終了後におけるインキ貯留部Aの残余インクの回収の経路を確保するものであるが、印刷中の恒常的なインクの循環のための経路ではなく、また、チュービングポンプ95やインキポット58等とともに一体として移動しながら使用され、色替えの都度、インキポット58とともにポンプから取り外されて、洗浄又は交換されるものである。また、このチューブは、インキポット58からインキ貯留部Aの上方に至るまでの短い1本の可撓性のチューブで構成された単純なものであり、チュービングポンプ95に着脱自在に介挿されている。

なお、仮に審決の前示記載に係る「配管」が、「ポンプ19に介挿され、一方の開口部をタンク17中のインクに浸漬させると共に、他方の開口部をインク溜溝3に臨ませた配管21」(審決書16頁20行~17頁3行)を含むものであるとすれば、それは、インクをインク溜溝3に供給する配管と、インク溜溝3から吸引する複数の配管とから構成されることになり、かつ、循環装置としてさらに大型・複雑で固定的な構造となるものであって、これを、本件発明の短い1本のチューブに相当すると認定することが誤りであることに変わりはない。

2  取消事由2(相違点②~④についての判断の誤り)

(1)  審決は、本件発明と引用例発明との相違点②、すなわち、「供給・回収装置が、本件発明は、保持手段がインキ貯留部に沿って移動自在であり、この保持手段に、モータ、ポンプ、インキポット、チューブを配設しているのに対して、引用例1記載の発明(注、引用例発明)は、保持手段が上下にしか移動せず、この保持手段にはチューブの一部のみしか配設されていない点。」(審決書19頁15~20頁1行)、及び相違点③、すなわち、「モータ、ポンプ、チューブが、本件発明は、夫々、供給・回収兼用の、可逆モータ、正逆付勢されるチュービングポンプ、少なくともポンプに着脱交換自在に介挿される部位に可撓性を持たせたチューブであるのに対して、引用例1記載の発明は、夫々、供給用と回収用と別々に設けており、チューブのポンプに介挿される部位についても着脱交換自在でも可撓性でもない点。」(同20頁2~9行)につき、引用例3の記載から「インキを供給するための移送ポンプの駆動モータを逆転制御回路に連設することによって、移送ポンプを正転・逆転に切り換えられる吐出・吸引ポンプに構成することは、・・・印刷機におけるインキ供給機構の技術分野において本出願前既に広く知られていた技術手段である」(同21頁13~20行)とし、「引用例4の記載から、インキを供給するための移送ポンプを正転・逆転に切り換えられる吐出・吸引ポンプに構成することは、印刷機以外のインキ供給機構の技術分野においても、本件出願前・・・に広く知られていた技術手段というべきである」(同22頁1~7行)としたうえで、「してみれば、引用例1記載の発明(注、引用例発明)に引用例3記載の上記技術手段を適用して、引用例1記載の段ボール紙印刷機におけるインキの供給と回収を、供給・回収を兼用するモータ、ポンプ、チューブによって行うように構成することに、格別の技術的困難性があったとは考えられない。」(同23頁2~7行)と判断し、さらに、「引用例2には、ロール4aに沿って移動自在な台板13(保持手段に相当)に、チュービングポンプ15、インキつぼ16(インキポットに相当)、着脱交換自在な可撓性チューブ18を配設することが記載され、ポンプとしてチュービングポンプを用いれば換装は短時間に、また、ほとんど労力を要せずに完了することができること、及び、他の液体ポンプを用いてもよいが、その場合はインキを変更する都度ポンプ内部を洗浄する必要があること等、チュービングポンプを他の液体ポンプと比較して使用することが記載されていると共に、色の異ったインキを供給するにはインキつぼとインキ供給チューブをともに換装すればよく、短時間の作業でできるので、省力化及び機械運転効率の向上に極めて大きな効果を発揮し、特に多種少量印刷で、インキの交換をたびたび行わなければならない場合は、とりわけ優れた効果を発揮するものである旨の記載もある」(同23頁8行~24頁5行)との認定(可撓性チューブ18が「着脱交換自在」であるとの点を除き、引用例2にこのような記載があることは認める。)に基づき、「前記供給・回収を兼用するモータ、ポンプ、チュ一ブを、ポンプをチュービングポンプとし、チューブを着脱交換自在な可撓性チューブとし、これらをインキポットと共に、ロールに沿って、即ちインキ貯留部に沿って移動自在な保持手段に配設することにも、当業者が格別困難を要したとは認められない。」(同24頁6~12行)と判断した。

また、審決は、本件発明と引用例発明との相違点④、すなわち、「インキが、本件発明は、低粘度かつ高度速乾性であるのに対して、引用例1記載の発明は、特には説明がない点。」(同20頁10~12行)については、「引用例5乃至7の記載からみて、『低粘度かつ高度速乾性』の表現に相当するインキは周知のものであり、インキの性質をこのように特定することで、本件発明の構成に、前述した、引用例1乃至3に記載された発明及び周知の技術的事項から想到される構成以外のものがあるとは認められないことから、相違点④は単に使用するインキを特定したに過ぎないものと認められる。」(同24頁18行~25頁5行)と判断した。

しかしながら、引用例発明が従来からある水性のフレキソインクを使用するフレキソ印刷機であるのに対し、引用例発明は、プリスロインクと同様グリコール系ではあるが、低粘度で高度速乾性を有する新開発のインクを使用する新しいタイプの印刷機であって、引用例発明と本件発明とは、この使用するインクの種類の相違により、それぞれの技術思想に基本的な相違がある。審決の上記判断は、この点を無視したものであって、次に述べるとおり、誤りである。

(2)  審決は、「低粘度かつ高度速乾性」の表現に相当するインクが周知のものであり、本件発明の相違点④に係る構成が、単に使用するインクを特定したにすぎないとするが、本件発明の各構成は、使用するインクを、グリコール系の低粘度で高度速乾性を有する新開発のインクとして特定したことから必要となり、工夫されたものである。すなわち、新開発のインクは、従来プリスロ印刷機に使用されてきたインクと同じグリコール系のインクであり、水性インクを常時循環させるための循環装置を必要としていたフレキソ印刷機と同じく、インキ転移ロールと絞りロールを水平方向に平行配置し、その間にインクを供給するタイプの印刷機において使用することは、当業者にとって極めて困難であったところ、原告は、インクメーカーとのタイアップによる実験により、貯留しながらインク転移ロールに供給できるインクを得て、本件発明の構成としたものである。インクの特定は、本件明細書において、特許請求の範囲に記載されているのみならず、「産業上の利用分野」、「従来技術」、「発明が解決しようとする課題」、「発明の目的」の各項を通じて、最も基本的な要素として記載されているところである。

(3)  また、審決は、相違点②及び③についての判断において、供給・回収兼用のモータ、ポンプ、チュ一ブを前提とし、引用例2の記載から、ポンプをチュービングポンプとし、チューブを着脱交換自在な可撓性チューブとし、これらをインキポットとともに、ロールに沿って(すなわち、インキ貯留部に沿って)移動自在な保持手段に配設することは当業者にとって格別困難ではないとする。

しかしながら、引用例2は、プリスロ印刷機におけるインク供給機構に関するもので、プリスロ印刷機において必要である「所望の位置に所望の量のインキを供給すること」を、手作業から機械化するための構成を開示したものである。他方、引用例発明は、プリスロ印刷機とは逆のタイプのフレキソ印刷機であって、印刷中、常にインクを流し続けるインキ溜溝を備えるものであるから、引用例発明に、上記のようなプリスロ印刷機のインク供給機構を組み合わせることは当業者にとって著しく困難である。

さらに、引用例2に記載されたチューブ、ポンプ等は、インクの供給のみを目的とするものであり、インクの回収のためにもこれらを使用するという技術思想は全く存在しないから、引用例発明に引用例2記載の技術を組み合わせる前提として、インクの供給経路と回収経路とをインキポットからノズルに至るまで完全に一致させる構成が既に着想されていなければならない。そこで、審決は、引用例発明に引用例3記載の技術を適用して、供給・回収兼用のモータ、ポンプ、チューブによって、インクの供給と回収を行うように構成することに格別の技術的困難性はないとするものであるが(審決は、引用例4も引用するが、引用例4は、技術分野が全く異なる「ウエブ材料特に繊維材料を捺染する機械」に関するものである。)、引用例3は、印刷機を停止した際に、インクを供給するためのインキレール(ノズル)からインクが漏出するのを防止するためにポンプを逆転して吸引する技術に関するものであって、インクの回収を目的とするものではない。印刷機一般のインク供給技術において、正逆切換可能な移送ポンプが知られていたとしても、段ボールシート用印刷機においては、従来、インクの回収が考えられていないプリスロ印刷機はもとより、フレキソ印刷機においても、インクの供給と回収をノズルまで共用にして行う構成のものはなく、インクの供給と回収を同一の経路で行う必要性は感じられていなかったから、正逆切換可能な移送ポンプを段ボールシート用印刷機に適用する動機は存在しない。

このように、相互に組み合わせ困難な技術を三重、四重に組み合わさなければ、本件発明の構成を得ることができないということは、そのこと自体、本件発明が推考困難であることを示すものである。

第4被告の反論の要点

審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

(1)  従来、段ボールシート用印刷機に、粘度が高く、比較的乾燥が遅いグリコール系のプリスロインクを使用するプリスロ印刷機と、水性で粘度が低く、速乾性のフレキソインクを使用するフレキソ印刷機とがあったことは認める。ただし、本件特許の出願当時、段ボールシート用印刷インクには、プリスロインク、フレキソインクのほかに、中間粘度グリコール系インク及び低粘度グリコール系インクが存在し、これらのインクの特性に適合して、段ボールシート用印刷機にも、プリスロ印刷機及びフレキソ印刷機のほか、プリスロ改良方式の印刷機及びフレキソ改良方式の印刷機があった。

また、本件発明が、新たに開発したグリコール性速乾性インクを使用するものであることは認めるが、引用例5~7記載の各印刷機も同種インクを使用するものである。

(2)  原告は、引用例発明の「インク溜溝3」、「インク堰止板27」、「取付杆9」、「タンク17」、「配管」が、それぞれ本件発明の「インキ貯留部A」、「堰部材74」、「保持手段92」、「インキポット58」、「チューブ」と、技術的課題又は目的、構成及び作用効果において異なるものであって、前者がそれぞれ後者に相当するとした審決の認定が誤りであると主張するが、次のとおり、失当である。

(イ) 「インク溜溝3」及び「インク堰止板27」と「インキ貯留部A」及び「堰部材74」について

引用例発明のインク溜溝3は、該溜溝にインクを保有してアニロックスロールに含浸させ、含浸させたインクをさらに印刷ドラム上に転着させて印刷を行うことを目的とするものであるから、インクの循環のための構成を付加してあったとしても、本件発明のインキ貯留部Aと同じく、印刷のためにインクを貯留することを本質的な目的としているものである。

また、引用例発明において、インク堰止板27のノズル孔28がインク溜溝3に開口する位置は、ゴムロール及びアニロックスロールの圧接点の上方であるから、該圧接点とノズル孔開口部との間にインクが貯留されることになり、さらに、ポンプ19、真空ポンプ22、ポンプ24の駆動を調整することによって、貯留されるインク量を一定にすることができるものである。

したがって、引用例発明の「インク溜溝3」、「インク堰止板27」が、それぞれ本件発明の「インキ貯留部A」、「堰部材74」に相当するとした審決の認定に誤りはない。

(ロ) 「取付杆9」と「保持手段92」について

本件発明の保持手段92にはチュービングボンプ95が載置された支持板94が取り付けられ、チュービングボンプ95に介挿される可撓性のチューブが配設されているところ、この構成は、引用例発明において、取付杆9がインク溜溝3の上方に配設され、その取付杆9に小型の空圧シリンダー11及び掛金具10が配設され、さらに掛金具10に吸引ノズル15を有するブラケット14が配設されている関係と同様である。すなわち、本件発明の保持手段92及び引用例発明の取付杆9とも、インキ貯留部の上方に位置し、インキ貯留部に臨むチューブ(吸引ノズル)を固定する部材である点において、目的が共通している。

本件発明において、保持手段92がインキ貯留部Aに沿って移動自在であり、かつ、保持手段92にモータ96、ポンプ95、インキポット58、チューブを配設しているのに対し、引用例発明の取付杆9が上下にしか移動せず、かつ、取付杆9にチューブの一部しか配設されていない点は、審決において相違点として摘示されている。

したがって、引用例発明の「取付杆9」が本件発明の「保持手段92」に相当するとした審決の認定に誤りはない。

(ハ) 「タンク17」と「インキポット58」について

引用例発明のタンク17も本件発明のインキポット58も、ともに印刷用インクを収容するものであって、そこからインクを供給し、あるいは回収されたインクをそこに貯留するという目的で配設されるものである。

原告は、タンク17は大型で相応の強度を有する必要があり、インキポット58は小型・軽量のものでなければならないと主張するが、引用例1にはタンク17の容積について何らの限定もなく、また、本件発明の要旨がインキポット58の容積について規定しているわけでもない。ともに、当該印刷及び途中経路に必要なインクの量を確保できる容積のものであれば足りる。

また、原告は、タンク17が、循環経路を経て戻ってきたインクを再度供給するまでの中継場所であるかのような主張をするが、タンク17には、循環するインクの量だけでなく、印刷に必要な充分な量のインクが収容されていなければならないから、インクの収容場所であることは明らかである。

したがって、引用例発明の「タンク17」が本件発明の「インキポット58」に相当するとした審決の認定に誤りはない。

(ニ) 「配管」と「チューブ」について

審決が、本件発明の「チューブ」に相当するとしている引用例発明の「配管」は、「ポンプ19に介挿され、一方の開口部をタンク17中のインクに浸漬させると共に、他方の開口部をインク溜溝3に臨ませた配管21」(審決書16頁20行~17頁3行)と、「ポンプ24に介挿され、一方の開口部をタンク17中に臨ませると共に、他方の開口部をインク溜溝3のインクに浸漬可能に臨ませたノズル15と可撓性のホース16とを含む配管」(同頁3~6行、配管A)及び配管Aの経路中の吸引管25付近から分岐してインク堰止板27に連結する配管(以下、タンク17中に臨む開口部から上記分岐点を経てインク堰止板27との連結点に至るまでのこの配管を「配管B」という。配管Aと配管Bは、タンク17中に臨む開口部から上記分岐点までは同一配管である。)とを含むものである。

そして、配管21は、タンク17に貯留されている印刷用インクをインク溜溝3に供給する管、配管Aは色替え時にインク溜溝3に残留するインクを回収する管、配管Bはインク溜溝3に貯留するインクを循環するとともに、色替え時にはインク溜溝3に残留するインクを回収する管である。すなわち、引用例発明の配管は、タンク17からインク溜溝3にインクを供給し、またインク溜溝3の残留インクをタンク17に回収するための移送経路であって、インキポットに貯留するインクをインキ貯留部に供給し、また、インキ貯留部に残留するインキをインキポットに回収するための移送経路である本件発明のチューブと同じ機能を有するものである。

原告は、インクをインク溜溝3に供給し、また、インク溜溝3から吸引する複数の管から構成される引用例発明の配管が、本件発明の短い1本のチューブに相当すると認定することが誤りであると主張するが、チューブが短いかどうかは機能に影響するものではないのみならず、本件発明の要旨においてチューブが短いとの限定はない。また、本件発明のチューブが1本の(すなわち、供給・回収兼用の)チューブであるのに対して、引用例発明においては供給用と回収用とが別々に設けられていることは、審決において相違点として摘示されている。

したがって、引用例発明の「配管」が本件発明の「チューブ」に相当するとした審決の認定に誤りはない。

(3)  段ボールシート用印刷機において、インクを供給し、回収する機構を必要とすることは当然のことであり、引用例発明も本件発明もこのインクの供給と回収を行う機構に関するものである。そして、引用例発明の構成と本件発明の構成とを比較検討すると、以上のとおり、各構成部材の呼称や形状は異なっていても、目的・機能において技術的に共通するものであり、審決は、その共通点を認めて一致点として認定し、かつ、原告主張の相違点についてもこれを摘示しているのであるから、審決の一致点の認定に誤りはない。

2  取消事由2(相違点②~④についての判断の誤り)について

(1)  原告は、本件発明の相違点④に係る構成が単に使用するインクを特定したにすぎないとした審決の判断が誤りであると主張する。

しかしながら、本件発明の要旨は、使用するインクを「低粘度かつ高度速乾性インキ」と特定するだけであるところ、これに該当するインクは、引用例5、7に記載されているとおり、本件特許の出願当時、周知のものであった。

そして、プリスロ印刷機とフレキソ印刷機は、インキ転移ロール、版胴、圧胴の構成要素とその配備機構を共通にし、インクの供給・回収機構において異なるものであるが、その相違は、インクの物性の違いによるものであるから、新タイプのインクの出現があれば、プリスロ印刷機、フレキソ印刷機のいずれかで、試みようとするのは当然のことであり、新タイプのインクの性質が従来のものと異なるから何らかの工夫を必要とするとしても、従来技術を念頭において試みるのであるから、構成の予測可能性は当然に存在し、フレキソタイプの印刷機を使用することが当業者にとって極めて困難であったということはない。

(2)  また、原告は、相違点②、③についての審決の判断が誤りであるとも主張する。

しかしながら、引用例5に記載された、インクの練り機構はもとより、インク循環機構も必要としない周知のインクを使用することを前提として、引用例発明のインク貯留式印刷機に、引用例3の、インクの移送ポンプの駆動モータを正逆回転するモータとし、モータの正運転時にインクを吐出し、逆運転時にインクを吸引する構成を適用すれば、本件発明のインクの供給と回収を同一経路で行う構成とすることは容易であり、また、段ボール用印刷機の技術分野に属するものではないが、本件特許出願の約18年前に公開されている引用例4の技術を適用することも同様である。

さらに、引用例発明のインクの供給・回収機構は固定式であるが、引用例2に開示された、インクつぼとインク供給の経路のチュービングポンプとチューブをロールの上方に位置させて平行移動させる構成を選択して適用することにも格別の困難性はない。

したがって、審決の相違点②、③についての判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

(1)  本件発明の要旨は前示のとおりであって、これによれば、本件発明は、可逆モータ96により正逆付勢されるチュービングポンプ95に介挿され、一方の開口部を、保持手段92に配設したインキポット58中のインクに浸漬させるとともに、他方の開口部をインキ貯留部Aに臨ませたチューブ60を備えたものであって、インクは、可逆モータ96の付勢により、チューブ60を流通して、インキポット58からインキ貯留部Aに供給され、また該モータ96の逆付勢により、チューブ60を流通して、インキ貯留部Aからインキポット58に回収される構成とされていることが認められるが、インキ貯留部Aに供給されたインクが、チューブ60とは別の経路を流通してインキポット58に循環することについては規定されていない。

しかるところ、本件明細書(甲第2号証)の発明の詳細な説明には、「従来技術」(同号証1欄19行~3欄15行)として、従来の段ボールシート用印刷機には、粘度の高いグリコール系インクを使用する縦通し輪転印刷機(プリスロ印刷機)と、流動性に富む低粘度の水性インクを使用し、インク乾燥が極めて速いという特徴を有するフレキソ印刷機とがあること、プリスロ印刷機は、「シート表面に盛り上げた形で印刷するため、印刷の仕上がりに光沢がある。」(同1欄48~49行)、「印版の必要箇所にだけインキを供給すればよいので、インキ消費量が少なくて済む(インキは循環させていない)。」(同1欄50行~2欄2行)、「色替えに際し、ロール上のインキは掻き取るだけで除去される。従って短時問でオーダチェンジができ、多種少量の小ロット印刷に対応し得る。・・・洗浄廃液は殆ど出ないので、コスト高となる廃液処理設備を設ける必要がない。」(同2欄3~7行)との固有の長所と、「近年のグリコール系インキは、速乾性のものが主流となっており、最近は更にその程度につき改良がなされている。しかし・・・フレキソ印刷に比べると、印刷後の乾燥に未だかなりの時間を要する。従って、後工程におけるダイカッタやフォルダグルワ等に直結し得ない。」(同欄9~14行)、「高粘度のインキを均一に練る必要があるので、インキ転移のためのロールが多段化して機構が複雑になる。」(同欄15~17行)、「インキ供給時には、シートへのインキ転移量が多いため濃く印刷され、インキが消費されるにつれシートへのインキ転移量が減少して薄く印刷され、従って印刷の濃淡ムラを生じ易い。」(同欄19~22行)との固有の短所とを有すること、フレキソ印刷機は、「フレキソインキは高度に速乾性であるため、・・・プリスロ印刷とは異なり、常に循環させて乾燥固化を防止する必要がある。このため・・・循環機構が採用されている」(同欄35~43行)ものであって、「速乾性のインキを使用するため、印刷後にダイカッタやフォルダグルワ等の次工程へ直ちに送ることができる。」(同2欄49行~3欄1行)、「インキはインキロールおよび絞りロールの間全体に行き渡っているので、印刷時に幅方向の色ムラを生じない。」(同3欄2~4行)、「インキの転移機構が極めて簡単である。」(同欄6行)との固有の長所と、「インキを常に循環させるシステムを採用しているので、色替えの際は多量の水でロールおよび循環系を洗浄する必要がある。従って、インキの完全回収は無理でかなりの損失を生ずると共に、・・・洗浄廃液処理設備が必要となってコスト高となる。」(同欄8~12行)、「色替えに時間を要するため、多種少量の小ロット印刷には不適である。」(同欄13~14行)、「プリスロ印刷に比べると光沢がない。」(同欄15行)との固有の短所を有することが記載されている。

そして、本件明細書(甲第2号証)には、本件発明に関し、「産業上の利用分野」として、「この発明は、段ボールシート用印刷機に関し、更に詳細には、出願人の新たな開発に係る低粘度で高度の速乾性を有するグリコール系インキを使用するに際し、印刷オーダの変更等に伴い残留する旧オーダのインキを回収して、無駄に廃棄されるインキ量を抑制すると共に、そのインキ替えを迅速に行ない得るよう構成した印刷機に関するものである。」(同号証1欄11~17行)と、「発明が解決しようとする課題」として、「プリスロ及びフレキソ印刷の各長所を備えた印刷機を実用化するためには、前記の仕様を満たすに適したインキの開発がキーポイントになる・・・この点に関して出願人は、・・・フレキソインキに近い低粘度と速乾性とを有するグリコール系のインキを開発するのに成功した。・・・この新開発に係るインキを種々試験した結果、・・・フレキソ印刷機で該インキを使用し得なくはないが、このインキは本来のフレキソインキ程に低粘度かつ速乾性というわけではないので、インキを循環させる必要はない。従ってフレキソ印刷機に特有のインキ循環機構を設ける意味がなく、また色替えに際しても、洗浄時間を要して小ロット対応が図られず、インキの無駄を生ずることになる。」(同4欄2~21行)と、「発明の目的」として、「この発明は、新開発に係るインキの特性を最大限に引出し得る印刷機を実用化するに際し、殊に印刷オーダの変更等に伴う作業に着目して、インキ転移機構に残留する旧オーダに係るインキが無駄に廃棄されるのを防ぐと共に、インキ替えを迅速に行ない得る印刷機を提供することを目的とする。」(同4欄46行~5欄1行)と、「発明の効果」として、「インキを常時循環させる必要がないため、機構が簡素化される利点がある。・・・印刷オーダの変更等に伴う色替えに際し、・・・インキの常時循環は必要としないために、洗浄廃液は極めて少量となり、インキの大幅な節約が図られる・・・インキの練り機構や循環機構を必要としないので、省スペースと低コストとを実現できる。」(同16欄36~46行)と記載されている。

そうすると、前示本件発明の要旨にインクの循環についての規定がないことは、本件発明においてはインクを循環させる構成が積極的に廃され、インク循環機構を備えないものであることを示しているものと認められる。

(2)  他方、引用例1に「アニロックスロール上に含浸せしめた印刷インクを印刷ドラム上に転着させる段ボール紙印刷機」(審決書6頁20行~7頁2行)との記載があることは当事者間に争いがなく、引用例1(甲第6号証)には、さらに、「第5図に本考案に係る装置の配管系統図を示す。同図中、17は印刷インク、・・・19はポンプ、・・・ポンプ19の吐出側の配管21は先端が前記インク溜溝3の中央部に相対しそこへ印刷インク【又は洗浄用水】を供給する。22は真空ポンプ、23は気水分離用の密閉容器で、該容器の底部はポンプ24を介してタンク17に継がり、該容器の上部は真空ポンプ22に継がっている。そして該密閉容器と継がる吸引管25は二方に分岐しその一方は・・・さらに三方に分岐し前記した吸引ノズル15のホース16に夫々連結している。また吸引管25の他方はさらに二方に分岐し、前記ゴムロール1の端面とアニロツクスロール2の端面にまたがって圧着するように設けられた一対のインク堰止板27,27に連結され、該堰止板27,27にはL形のノズル孔28が夫々穿設されていてインク溜溝3の両端部から該ノズル孔28を通して印刷インクを吸引できるようにしている。

Bしかしてこの装置では印刷中は取付杆9を空圧シリンダ11の作動杆12を伸長させることで上動させて各吸引ノズル15を【インク溜溝3中から出た状態としておく。そしてポンプ19の駆動でタンク17の印刷インクをインク溜溝3に供給すると共に、真空ポンプ22、ポンプ24を駆動することで堰止板27,27のノズル孔28よりその】インク溜溝3中を両端方向へ流れたインクを吸引しタンク17に回収される。【そして、所定の印刷を終えてその】印刷インクを色の異なるものに変更するに際しては【取付杆9を下げて各吸引ノズル15を】インク溜溝3中に臨ませ該インク溜溝3中に残留した印刷インクを短時間で残すことなく吸い上げてタンク17に回収させる。【しかる後三方向切換弁20を切換えて給水管18の洗浄用水をインク溜溝3に供給し該インク溜溝3を水洗浄しその洗浄水は吸引ノズル15、ノズル孔28より吸収させて排棄する。】」(同号証4頁18行~6頁16行)との記載があり(【 】の括弧部を除いて、引用例1にこの記載があることは当事者間に争いがない。審決書8頁6行~9頁12行)、また、インク溜溝3につき「1は回転自在に軸支される円胴の弾性あるゴムロール、2は円胴で同じく回転自在に軸支され、その胴表面を細かい凹凸に形成したアニロツクスロールである。該ゴムロール1と該アニロツクスロール2は互いに一水平面内で圧接し、その両ロールの上位置に形成される断面略V型の印刷インクを保有することのできるインク溜溝3を形成する。」(同号証3頁9~16行)との記載がある。

引用例1のこれらの記載に、図面第2図及び第5図(配管系統図)の図示を併せ考えると、引用例発明には、圧接されたアニロックスロールとゴムロールの上位置に、インクを溜めることのできるV型溝であるインク溜溝3が形成され、印刷中、印刷インクは、タンク17からポンプ19に介挿された配管21を流通してインク溜溝3に供給された後、アニロックスロール上に含浸されたものを除き、真空ポンプ22、ポンプ24の駆動によって、インク溜溝3の両端の堰止板27、27の各ノズル孔28より吸引され、前示配管21とは別経路の配管(配管B)を流通し、吸引管25、気水分離用密閉容器23を経て、タンク17に回収されるものであること、すなわち、インクがタンク17から、配管21、インク溜溝3、インク堰止板27のノズル孔28、配管Bを経てタンク17に戻る循環をしており、引用例発明が、これらによって構成されるインク循環機構を有するものであることが認められ、また、少なくとも、該インク循環機構の一部である配管21、インク溜溝3、ノズル孔28は、印刷終了後の洗浄水の流通経路ともなることが認められる。

(3)  しかるところ、審決は、引用例発明と本件発明との対比において、引用例発明の「インク溜溝3」、「インク堰止板27」、「取付杆9」、「タンク17」、「配管」が、それぞれ本件発明の「インキ貯留部A」、「堰部材74」、「保持手段92」、「インキポット58」、「チューブ」に相当するものと認定するので、その当否につき検討する。

(イ) 「インク溜溝3」及び「インク堰止板27」と「インキ貯留部A」及び「堰部材74」について

前示(2)のとおり、引用例発明のインク溜溝3は、圧接されたアニロックスロールとゴムロールの上位置に形成されるV型溝であって、印刷インクをアニロックスロールに含浸させるべく、インクを溜める機能を有しており、同時に、引用例発明の備えるインク循環機構の一部である。また、前示(2)の引用例1の記載に照らして、インク溜溝3の両端に設けられたインク堰止板27は、インクがインク溜溝3の両端から流れ落ちるのを防止して、インク溜溝3にインクを溜めるとともに、インクが循環系から流出するのを阻止する機能を有しており、かつ、常時インク溜溝からインクを吸引するためのL型のノズル孔28を備えたインク循環機構の一部であり、さらに、印刷終了後、吸引ノズル15とともに、ノズル孔28から洗浄水を吸入して廃棄する機能も有するものと認められる。

これに対し、前示本件発明の要旨の「インキ転移ロール(50)および絞りロール(52)における軸方向の両端部に配置され、両ロール(50,52)の間に画成されるインキ貯留部(A)の長手方向両端部を閉成する堰部材(74,74)」及び「前記可逆モータ(96)の付勢によりインキポット(58)中のインキをインキ貯留部(A)に供給し」との規定に照らして、本件発明のインキ貯留部Aは、インキ転移ロール50及び絞りロール52の間に画成され(引用例発明のゴムロール1、アニロックスロール2が、それぞれ本件発明の絞りロール52、インキ転移ロール50に相当することは当事者間に争いがない。)、インキポット58から供給されるインクを溜める機能を有しており、また、堰部材74は、インキ貯留部Aの長手方向両端部を閉成して、インクがインキ貯留部Aの両端から流れ落ちるのを防止し、インキ貯留部Aにインクを溜める機能を有するものと認められるが、前示(1)のとおり、本件発明においてはインクを循環させる構成が積極的に廃され、インク循環機構を備えていないのであるから、インキ貯留部A、堰部材74とも、インク循環機構を構成するものではなく、したがって、堰部材74はノズル孔を備えておらず、洗浄水を吸引して廃棄する作用を有するものでもないことが認められる。

そうすると、審決が、引用例発明の「インク溜溝3」、「インク堰止板27」が、それぞれ本件発明の「インキ貯留部A」、「堰部材74」に相当すると認定したことは誤りであるといわなければならない。

被告は、この点につき、引用例発明のインク堰止板27のノズル孔28がインク溜溝3に開口する位置が、ゴムロール及びアニロックスロールの圧接点の上方であって、該圧接点とノズル孔開口部との間にインクが貯留されることになり、インク溜溝3が、本件発明のインキ貯留部Aと同じく、印刷のためにインクを貯留することを本質的な目的とすると主張するが、引用例発明のインク溜溝3及びインク堰止板27が、インクを貯留する機能を有する限りにおいて、本件発明のインキ貯留部A及び堰部材74と同様であったとしても、インク循環機構の一部であり、そのための構成を備えるものである以上、インクを循環させる構成が積極的に廃され、インク循環機構を備えていない本件発明のインキ貯留部A及び堰部材74に相当するということはできない。

(ロ) 「取付杆9」と「保持手段92」について

(a) 前示本件発明の要旨の「インキ転移ロール(50)および絞りロール(52)の上方に配設されて該ロール(50,52)と平行に移動可能で、前記インキ貯留部(A)への低粘度かつ高度速乾性インキの供給並びに残留インキの回収を選択的に行なう供給・回収装置(54)とを備え、前記供給・回収装置(54)は、前記インキ貯留部(A)に沿って移動自在に配設した保持手段(92)と、前記保持手段(92)に配設され、可逆モータ(96)により正逆付勢されるチュービングポンプ(95)と、このチュービングポンプ(95)に着脱交換自在に介挿され、一方の開口部(60a)を前記保持手段(92)に配設したインキポット(58)中のインキに浸漬させると共に、他方の開口部(60b)をインキ貯留部(A)に臨ませたチューブであって、その少なくとも前記ポンプ(95)に介挿される部位に可撓性を持たせたチューブ(60)とからなり」との規定に照らすと、本件発明の保持手段92は、インキ転移ロール50及び絞りロール52の上方に配設され、インキ貯留部Aにインクを供給し、あるいはそれからインクを回収するための供給・回収装置54の構成要素の一つであり、同様にそれぞれ供給・回収装置54の構成要素である可逆モータ96、チュービングポンプ95、インキポット58、チューブ60を配設し保持するものであることが認められる。

(b) 他方、引用例1に「取付杆9の両端部および中間部にブラケット14を固着し、該ブラケット端に吸引ノズル15を夫々前記インク溜溝3と相対するように固着する。16は先端が該吸引ノズル15に連結された可撓性のホースである」(審決書7頁20行~8頁4行)との記載があることは当事者間に争いがないところ、引用例1(甲第6号証)には、さらに、「インク溜溝3の上方に位置するように両端を該印刷機の機枠7,7に固着させて水平に水平杆8を横架させる。そして該水平杆8に取付杆9を上下動自在に取付ける。」(同号証4頁3~6行)との記載、並びに前示「ポンプ19の吐出側の配管21は先端が前記インク溜溝3の中央部に相対しそこへ印刷インク又は洗浄用水を供給する。22は真空ポンプ、23は気水分離用の密閉容器で、該容器の底部はポンプ24を介してタンク17に継がり、該容器の上部は真空ポンプ22に継がっている。そして該密閉容器と継がる吸引管25は二方に分岐しその一方は・・・さらに三方に分岐し前記した吸引ノズル15のホース16に夫々連結している。」及び「所定の印刷を終えてその印刷インクを色の異なるものに変更するに際しては取付杆9を下げて各吸引ノズル15をインク溜溝3中に臨ませ該インク溜溝3中に残留した印刷インクを短時間で残すことなく吸い上げてタンク17に回収させる。」との各記載があって、これらの各記載と図面第3図、第4図、第5図とを併せ考えれば、引用例発明においては、取付杆9に、ブラケット14を介して吸引ノズル15及び可撓性ホース16を支持するものと認めることができるが、インク溜溝3にインクを供給する配管21と、これを介挿するポンプ19は取付杆9に支持されておらず、また、インク溜溝3から吸引ノズル15、ホース16等を経てタンク17にインクを回収するための配管A、ポンプ22及びポンプ24並びにタンク17も取付杆9に支持されていないものと認められる。加えて、引用例1(甲第6号証)には、引用例発明において、ポンプ19、22、24(いずれも付勢するモータを含む。)、タンク17が、ゴムロール1及びアニロツクスロール2の上方に設置されていることを認めるに足りる記載、図示はなく、また、配管21の全部及び配管Aの全部が、ゴムロール1及びアニロツクスロール2の上方に設置されていることを認めるに足りる記載、図示もない。

(c) ところで、審決には、引用例1に記載された技術事項として、「前記アニロックスロール2およびゴムロール1の上方に配設されて、前記インク溜溝3へのインクの供給並びに残留インクの回収を選択的に行なう供給・回収装置とを備え、前記供給・回収装置は、前記インク溜溝3に沿って配設した水平杆8に取付けられた取付杆9と、ポンプ19,24と、・・・配管21と、ポンプ24に介挿され、一方の開口部をタンク17中に臨ませると共に、他方の開口部をインク溜溝3のインクに浸漬可能に臨ませたノズル15と可撓性のホース16とを含む配管とからなり、」(審決書16頁14行~17頁7行)との記載があり、この記載及び引用例1の図面第5図(配管系統図)に照らすと、審決は、引用例発明について、取付杆9のほか、ポンプ19、24(いずれも付勢するモータを含むものと解される。)、配管21、吸引ノズル15からホース16、気水分離用密閉容器23を経てタンク17に至る配管(配管A)が、「供給・回収装置」の構成要素であり(なお、審決のした、本件発明の「インキポット58」が引用例発明の「タンク17」に相当するとの前示認定、及び相違点②に係る「供給・回収装置が、本件発明は、・・・保持手段に、モータ、ポンプ、インキポット、チューブを配設しているのに対して、引用例1記載の発明(注、引用例発明)は、・・・保持手段にはチューブの一部のみしか配設されていない点。」(同19頁15行~20頁1行)との認定に鑑みれば、審決が、タンク17も前示「供給・回収装置」の構成要素と認定していることも窺われる。)、かつ、該「供給・回収装置」が、アニロックスロール2及びゴムロール1の上方に配設されているとの認定をしていることは明白である。しかしながら、引用例発明において、ポンプ19、22、24(いずれも付勢するモータを含む。)、タンク17が、ゴムロール1及びアニロツクスロール2の上方に設置されていることを認めるに足りる記載、図示はなく、また、配管21の全部及び配管Aの全部が、ゴムロール1及びアニロツクスロール2の上方に設置されていることを認めるに足りる記載、図示もないことは前示のとおりであるから、審決のした引用例1に記載された技術事項(引用例発明)についての前示認定のうち、少なくとも「前記アニロックスロール2およびゴムロール1の上方に配設されて、前記インク溜溝3へのインクの供給並びに残留インクの回収を選択的に行なう供給・回収装置とを備え、」との部分は誤りであるといわざるを得ない。

(d) また、前示(a)、(b)の認定のとおり、引用例発明の取付杆9と本件発明の保持手段92とでは、インクの供給及び回収のための装置の構成要素であって、そこに配設搭載されているものが、インク回収のための吸引ノズル及びホースのみ共通であって(これらは本件発明のチューブ60のインキ貯留部A側の先端部分と共通する機能を有するものではあるが、後記のとおり、本件発明のチューブ60は、インクの供給、回収双方の流路を兼ねており、該チューブが吸引ノズル及びホースを含む配管Aに相当するとはいえないから、厳密には、該チューブ先端部分と共通するともいえない。)、タンク17や、インク回収のためのポンプ22、ポンプ24、インク供給のための配管21、ポンプ19等、その大部分において相違することは、該取付杆9及び保持手段92自体の目的ないし技術的意義が異別であることを示すものというべきであり、そうすると、審決が、引用例発明の「取付杆9」が、本件発明の「保持手段92」に相当すると認定したことも誤りであるといわなければならない。

この点につき、被告は、本件発明の保持手段92及び引用例発明の取付杆9とも、インキ貯留部に臨むチューブ(吸引ノズル)を固定する部材である点において目的が共通していると主張するが、前示のとおり、それのみでは、引用例発明の「取付杆9」が本件発明の「保持手段92」に相当することの根拠となり得ない。

また、審決が、「供給・回収装置が、本件発明は、・・・保持手段に、モータ、ポンプ、インキポット、チューブを配設しているのに対して、引用例1記載の発明(注、引用例発明)は、・・・保持手段にはチューブの一部のみしか配設されていない点。」(審決書19頁15行~20頁1行)を相違点②として摘示していることは前示のとおりであるが、そのような相違点の認定をせざるを得ないことは、畢竟、引用例発明の「取付杆9」が、本件発明の「保持手段92」に相当すると認定したことが誤りであることを示すものといわざるを得ない。

(ハ) 「タンク17」と「インキポット58」について

本件発明の要旨の「前記供給・回収装置(54)は、前記インキ貯留部(A)に沿って移動自在に配設した保持手段(92)と、前記保持手段(92)に配設され、可逆モータ(96)により正逆付勢されるチュービングポンプ(95)と、このチュービングポンプ(95)に着脱交換自在に介挿され、一方の開口部(60a)を前記保持手段(92)に配設したインキポット(58)中のインキに浸漬させると共に、他方の開口部(60b)をインキ貯留部(A)に臨ませたチューブであって、その少なくとも前記ポンプ(95)に介挿される部位に可撓性を持たせたチューブ(60)とからなり、前記可逆モータ(96)の付勢によりインキポット(58)中のインキをインキ貯留部(A)に供給し、また該モータ(96)の逆付勢によりインキ貯留部(A)中の残留インキをインキポット(58)に回収する」との規定、及び本件発明が、前示のとおり、インク循環機構を備えない構成であることに鑑みれば、本件発明は、最小限、印刷に必要な量のインクがあれば稼働することができ、インキポット58は、その量に多少のロスを見込んだ量のインクを収容することのできるものであれば足りるものと認められる。

これに対し、引用例発明において、印刷中、インクがタンク17から、配管21、インク溜溝3、ノズル孔28、配管Bを経てタンク17に戻る循環をしており、これらによって構成されるインク循環機構を有するものであることは前示のとおりであるから、引用例発明の稼働には、印刷に必要な量のインクのほか、少なくともこれらの循環機構を循環するだけの量のインクが必要であり、タンク17は、それだけの量のインクを収容できるものでなければならないものと認められる。

そうすると、本件発明のインキポット58と引用例発明のタンク17とでは、本件発明の要旨がインキポット58の容積について規定しているわけではなく、引用例1にタンク17の容積についての限定がないとしても、収容しなければならないインクの量に構造的な相違が認められるものであるから、引用例発明の「タンク17」が本件発明の「インキポット58」に相当するということはできない。

(ニ) 「配管」と「チューブ」について

審決のした、引用例発明の「配管」が本件発明の「チューブ」に相当するとの判断において、該引用例発明の「配管」が何を指すのかは必ずしも明瞭ではないが、前示のとおり、本件発明における印刷インクが、可逆モータ96の付勢により、チューブ60を流通して、インキポット58からインキ貯留部Aに供給され、また該モータ96の逆付勢により、チューブ60を流通して、インキ貯留部Aからインキポット58に回収される構成とされていることに照らして、該引用例発明の「配管」は、タンク17からインク溜溝3にインクを供給する配管21と、吸引ノズル15からホース16等を経てタンク17に至るインクの回収のための配管Aの双方を指しているものと認めるのが相当である。

しかるところ、本件発明のチューブ60は、インクをインキポット58からインキ貯留部Aに供給する流路とインキ貯留部Aからインキポット58に回収するための流路とを兼ねた1本のチューブであることのほか、前示のとおり、可逆モータ96、チュービングポンプ95、インキポット58とともに保持手段92に配設されていること、さらに、本件発明の要旨の「チュービングポンプ(95)に着脱交換自在に介挿され、一方の開口部(60a)を前記保持手段(92)に配設したインキポット(58)中のインキに浸漬させると共に、他方の開口部(60b)をインキ貯留部(A)に臨ませたチューブであって、その少なくとも前記ポンプ(95)に介挿される部位に可撓性を持たせたチューブ(60)」との規定に照らして、チュービングポンプ95に着脱自在に介挿され、少なくとも該介挿部が可撓性を有しているものであることが認められる。

他方、引用例発明において、タンク17からインク溜溝3にインクを供給するための配管21と、インク溜溝3からタンク17にインクを回収するための配管Aとは、全く別の配管であるのみならず、前示のとおり、これらが取付杆9等の特定の部材にまとまって配設されるものではなく、さらに、引用例1(甲第6号証)には、配管21、配管Aが、それぞれポンプ19、ポンプ24に着脱自在に介挿され、あるいは該介挿部が可撓性を有する旨の記載はない。

そうすると、本件発明のチューブと引用例発明の配管21及び配管Aとは、その構成及び目的ないし技術的意義において著しく相違するものであり、審決が、引用例発明の「配管」が、本件発明の「チューブ」に相当すると認定したことも誤りであるといわなければならない。

この点につき被告は、引用例発明の配管がタンク17からインク溜溝3にインクを供給し、またインク溜溝3の残留インクをタンク17に回収するための移送経路であって、本件発明のチューブと同じ機能を有すると主張するが、その点で共通するのみでは、引用例発明の「配管」が、本件発明の「チューブ」に相当することの根拠とはなり得ない。

また、審決が、「チューブが、本件発明は、・・・供給・回収兼用の、・・・少なくともポンプに着脱交換自在に介挿される部位に可撓性を持たせたチューブであるのに対して、引用例1記載の発明(注、引用例発明)は、・・・供給用と回収用と別々に設けており、チューブのポンプに介挿される部位についても着脱交換自在でも可撓性でもない点。」(審決書20頁2~9行)を相違点③として摘示していることは被告主張のとおりであるが、かかる相違点の認定をせざるを得ないことは、畢竟、引用例発明の「配管」が、本件発明の「チューブ」に相当すると認定したことが誤りであることを示すものといわざるを得ない。

(4)  以上のとおり、審決が、引用例発明と本件発明との対比において、引用例発明の「インク溜溝3」、「インク堰止板27」、「取付杆9」、「タンク17」、「配管」が、それぞれ本件発明の「インキ貯留部A」、「堰部材74」、「保持手段92」、「インキポット58」、「チューブ」に相当するものと認定したこと、また、引用例1に記載された技術事項として認定したうちの「前記アニロックスロール2およびゴムロール1の上方に配設されて、前記インク溜溝3へのインクの供給並びに残留インクの回収を選択的に行なう供給・回収装置とを備え、」との部分は誤りである。そうすると、これらの認定に基づいて、審決がした本件発明と引用例発明との一致点の認定(審決書18頁4行~19頁10行)も誤りであることが明らかである。

2  よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

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