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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)236号 判決 1999年3月23日

東京都杉並区成田東4丁目23番12号

原告

関川清

訴訟代理人弁護士

佐藤雅巳

古木睦美

東京都渋谷区恵比寿西1丁目33番11号

被告

シマダヤ株式会社

代表者代表取締役

近藤郁雄

訴訟代理人弁理士

三宅始

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成9年審判第17397号事件について平成10年6月16日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、商品区分第30類の「穀物の加工品」を指定商品とする別添審決書の別紙のとおりの商標登録第3241982号商標(平成5年8月24日に登録出願、平成8年7月29日に登録査定、以下「本件商標」という。)の商標権者である。原告は、平成9年10月13日に本件商標の商標登録の無効の審判を請求したところ、特許庁は、同請求を平成9年審判17397号事件として審理した上、平成10年6月16日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同年7月6日に原告に送達した。

2  審決の理由

別添審決書の理由の写のとおりである。

3  審決の取消事由

審決は、事実誤認、理由不備及び法令の解釈適用の誤りがあり、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  商標法(以下、単に「法」という。)4条1項15号について

ア 審決は、「げんこつ屋」、「げんこつらーめん」及び「げんこつわんたん」等が単に「げんこつ」と略称されること及びこのような略称が著名であることが、法4条1項15号の適用の要件であるとしているが、略称「げんこつ」が著名であることは、法4条1項15号の混同の要件ではない。

混同のおそれの有無は、他人の商品又は役務に使用する商標の周知の程度、かかる商標の識別力の強弱、かかる商標と登録出願に係る商標の類似の程度、かかる商標に係る商品又は役務と登録出願に係る商標の指定商品との関連性の程度等を総合的に検討して、具体的に判断すべきものである。

イ 原告ないし原告が代表者である有限会社げんこつ屋の経営する「げんこつ屋」(以下「原告「げんこつ屋」という。)やそこで提供される「げんこつらーめん」等は、本件商標の出願前に、多くの雑誌等で紹介されていたし、平成2年6月にフジテレビ、同年8月1日にテレビ東京、平成3年9月17日にテレビ東京、平成5年1月5日にTBSで放送されており、本件商標の出願時には既に著名であった。

また、「げんこつ屋」や「げんこつらーめん」等の要部である「げんこつ」は、一般人が容易に着想しえないものであり、また、そのデザインの態様は特徴があるから、「げんこつ屋」や「げんこつらーめん」等の要部である「げんこつ」は、強い識別力を有するものである。被告は、NTTインターネットタウンページで「げんこつや」、「げんこつ屋」、「げんこつ家」を店舗名称又はその主要部とするラーメン店は、原告の1店舗を除いて、全国で17店舗紹介されていると主張するが、これらは、原告「げんこつ屋」が雑誌等に紹介されるようになった昭和57年4月より後にその名称を採択したものであって、原告の営業表示を模倣したものである。

「げんこつ屋」や「げんこつらーめん」等は、「げんこつ」が要部であり、「げんこつ」と容易に略称されるものである。本件商標も「げんこつ」が要部である。そして、本件商標の「げんこつ」は、原告の使用に係る「げんこつ」と書体も類似する。したがって、本件商標は、前記「げんこつ屋」及び「げんこつらーめん」等と類似する。

本件商標の指定商品は、中華そばのめんや即席中華そばのめんを含むが、このような商品は、原告の営業であるラーメン店や提供するラーメン等と極めて密接な関連を有する。

したがって、本件商標を、その指定商品中の中華そばのめんや即席中華そばのめんに使用したときは、その商品が原告と何らかの経済的関係のあるものにより製造販売されたものであるとの誤認を生じ得るものである。

ウ したがって、本件商標は、他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標である。

(2)  法4条1項7号について

ア 審決は、本件商標を指定商品に使用することが社会公共の利益、一般道徳観念に反するものでもないと判断しているが、このような判断は、商標法4条1項7号の解釈適用を誤るものである。同号の「公序良俗」とは、要するに社会的妥当性をいうものである。

イ 原告は、昭和55年4月に「有限会社げんこつ屋」を設立して以来、不断に創意、工夫、努力して、ラーメン店である原告「げんこつ屋」及びその「げんこつらーめん」等を、本件商標の出願時はもとより、登録査定時にも著名ならしめていた。そして、「げんこつ屋」における「屋」は営業表示であることを示す語であり、「げんこつらーめん」等における「らーめん」は提供する料理の名前であるから、いずれも「げんこつ」が要部である。すなわち、「げんこつ」は、ラーメン店等の営業やラーメン等との関連において、原告及び原告の提供するラーメン等を想起させるものとして著名であった。被告は、インスタントラーメン等の製造販売を業とするものであり、ラーメンに関して、十分情報を集めていたものである。

そして、「げんこつ」は、独創的なネーミングであり、ラーメン店やラーメン等について、一般人が容易に着想する標章ではない。

すなわち、被告は、原告のラーメン等がスープ及び麺により評判となり、著名であることに着目して、この顧客吸引力にただ乗りする意図を持って、書体すら原告の採択したものに似ている本件商標の出願に及んだものである。このように、被告が本件商標を出願することは、法の確立維持しようとする健全な商標秩序を害するものであって、社会的妥当性を欠く。

ウ したがって、本件商標は、公序良俗に反する商標である。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1、2の事実は認める。同3は争う。

2  被告の主張

(1)  法4条1項15号について

ア ラーメンのスープ材料である豚の大腿骨を「げんこつ」と称することがあるから、ラーメン店業界において、「げんこつ」の名称は、着想し得ないことではない。また、「げんこつ屋」は、提供する料理の品質へのこだわりや接客態度について、一徹なまでに自己主張を貫く店主の経営方針により営業している店を連想させるもので、むしろ、役務「飲食物の提供」については、比較的ありふれた部類に属する名称である。NTTインターネットタウンページで「げんこつや」、「げんこつ屋」、「げんこつ家」を店舗名称又はその主要部とするラーメン店は、原告の1店舗を除いて、全国で17店舗紹介されている。

イ 原告「げんこつ屋」の規模は、本件商標の出願時には、東京都下の4店舗で、店舗面積は合計159平方メートルであった。また、原告「げんこつ屋」が平成3年ころの対外的に説明しようとした年間売上高は、3億4000万円程度であろうと思われる。これらの事業規模からは、原告「げんこつ屋」の著名性を窺い知ることはできない。

原告は、雑誌に掲載されたり、テレビ番組で放映されたことを著名性の根拠とする。しかし、これらのうち雑誌に関するものはいずれも、個性ある小規模店舗として、あるいは単なるラーメン店の案内として原告店舗を紹介するに止まっているので、これにより商標「げんこつ屋」が原告店舗と直結されるほど著名性を確立していたとは認め得ない。また、テレビ放映については、飲食店等を持ち上げて紹介する食傷気味のいわゆるグルメ番組が、各テレビ局で連日のように放映され、乱立する状態であるから、その中で4回放映された程度では、著名になっていたとはいえない。

ウ 「げんこつ屋」には、「げんこつ(拳骨)という名の店舗」という観念があるが、「店舗(屋)」を除いては、的確に「げんこつ屋」を把握することができない。「げんこつ屋」は、構成文字全体で一連不可分として認識されるものであり、かつ、それより生ずる称呼「ゲンコツヤ」も短くまとまりがあるから、これが「げんこつ」と略称されることはない。原告の主張は、「松坂屋(百貨店)」を「松坂(名字又は都市名)」として認識するというようなものである。

また、「げんこつらーめん」等については、原告店舗内では、他にも「げんこつわんたん」等「げんこつ」を冠するメニューが多くあるため、店舗内で単に「げんこつ」と呼んだ場合にはメニューの特定ができないから、これらが「げんこつ」と略称されることはない。一方、店を離れた需要者が「げんこつらーめん」等を話題にするときは、「げんこつ」では意思疎通ができないし、単に「げんこつらーめん」でも、他の「げんこつ」を要部とする商号のラーメン店のものと区別ができないから、原告店舗の所在場所を略特定した上で、どこどこにある「げんこつ屋」の「げんこつらーめん」等として会話するとみるのが自然である。したがって、原告「げんこつ屋」の「げんこつらーめん」は、「げんこつ」と略称されたり、「拳骨」と観念されることがないので、本件商標とは類似しない。

エ 原告は、「げんこつ屋」並びに「げんこつらーめん」等の商標を役務「ラーメンを主とする飲食物の提供」に限定して使用していた。そして、被告は、本件商標を商品「ラーメン」に限定して使用していた。

両者の業務は、事業形態を著しく異にするから、出所混同のおそれはない。

(2)  法4条1項7号について

原告は、本件商標が法4条1項7号に該当すると主張する。しかし、需要者に、商標「げんこつ屋」及び「げんこつらーめん」等が原告の出所に係る表示であると認識されている事実はほとんどない上、これら商標と本件商標は非類似であるから、本件商標の指定商品と原告役務との間には、紛れるおそれはない。

また、被告の本件商標を付した商品は、原告を意識したものではない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録、証人等目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

第2  審決の取消事由について判断する。

1  法4条1項15号について

(1)  甲第3ないし第26号証、検甲第1ないし第4号証及び弁論の全趣旨によれば、原告ないし原告が代表取締役である有限会社げんこつ屋は、昭和55年4月に、ラーメン店(ラーメンを主とする飲食物を主として店舗で顧客に提供して飲食させる業態のものをいう。)である原告「げんこつ屋」を開店し、本件商標の出願時には、原告「げんこつ屋」は、東京都内に新高円寺店、阿佐ヶ谷北口店、同南口店、渋谷店の4店舗があり、その店舗面積は合計159平方メートル、年商は公称約4億円であったが、そこでは、ラーメン等の提供について「げんこつらーめん」等の商標が使用されていたこと、原告ないし原告「げんこつ屋」は、個性的なラーメン店ないしは個性的なラーメン店経営者等として、開店以来本件商標の出願時までに、食べ歩きのガイドブックや「飲食店経営」等の雑誌等には20数回、テレビには4回紹介されていたことが認められ、以上の事実によれば、本件商標の出願時において、原告「げんこつ屋」及び上記「げんこつらーめん」等の商標は、東京都内においてある程度知られていたことが認められる。

(2)  しかし、上記事実によっても、本件商標の出願時において、本件商標が中華そばのめんや即席中華そばのめんに使用された場合にも、原告「げんこつ屋」の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがあったものと認めることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。その理由は、次のとおりである。

ア 中華そばのめんや即席中華そばのめんは、主として製造販売業者等からラーメン店に販売されるか又は食料品店等によって一般家庭用に販売されていることは広く知られた事実である。したがって、これら中華そばのめんや即席中華そばのめんと、ラーメン店で提供されるラーメンとは、別系統の取引者により取り扱われ、かつ、取引される場所も異なるものというべきである。

イ 中華そばのめんや即席中華そばのめんの製造販売業と、ラーメン店とは、業態が異なるが、多角経営の大企業はともかくとして、ラーメン店ないしその関連企業等これと何らかの関係のある者が、当該ラーメン店以外の者に対して中華そばのめんや即席中華そばのめんを製造販売していることが、しばしばあることを認めるに足りる証拠はない。そうすると、中華そばのめんや即席中華そばのめんの取引者、需要者は、当該商品に付されている商標が、特定のラーメン店で使用されている商標等と多少類似していても、そのことだけによって、直ちに当該商品が上記特定のラーメン店の関連企業等これと何らかの関係のある者のものとは認識しないものというべきである。

ウ 前記(1)の認定事実によれば、原告「げんこつ屋」は、多角経営の大企業として知られていたものではなく、むしろ、これとは逆に、小規模ではあるものの、自店舗で提供するラーメン等の味や店舗の雰囲気を重視している個性的なラーメン店としてある程度知られていたものと認められる。したがって、原告「げんこつ屋」を知る取引者、需要者も、ラーメン店以外で原告「げんこつ屋」や「げんこつらーめん」等の商標に類似した商標を付された商品に接した場合でも、そのことだけによって、直ちに原告「げんこつ屋」ないしその関連企業等これと何らかの関係がある者のものとは認識しないものというべきである。

エ 本件商標と「げんこつ屋」及び「げんこつらーめん」等の商標は、同一ではなく、本件商標には、「シマダヤ」の文字が記載されている。また、両者の称呼も、「げんこつ」に対して「げんこつ屋」、「げんこつらーめん」等という相違があるところ、原告「げんこつ屋」、「げんこつらーめん」等が、「げんこつ」と略称されて著名であったと認めるに足りる証拠はない。

オ また、「げんこつ」は、造語ではなく、一般によく知られ、使用されている普通名詞であるが、商標として用いることが考えられないものではない。

カ そうすると、前記(1)の認定事実を前提としても、前記アないしオの認定事実を斟酌すれば、取引者、需要者は、本件商標の付された商品について、原告「げんこつ屋」ないしその関連企業等これと何らかの関係のある者のものとは誤解せず、出所の混同は生じないものというべきである。

キ 原告は、本件商標の「げんこつ」の書体と原告「げんこつ屋」において使用している「げんこつ」の書体とが似ている旨主張するけれども、両者の書体が似ていると認めるに足りる証拠はない。原告は、本件商標の「げんこつ」の書体ではなく、被告が販売している商品であるカップめんに付された「げんこつ」の文字の書体(甲第36号証)(本件商標とは異なる書体である。)が、原告「げんこつ屋」において使用している「げんこつ」の書体と似ている旨主張するものとも解されるが、仮に両者の書体が似ているとしても、それは、本件商標が法4条1項15号所定の商標に該当するか否かを左右するものではない。なお、甲第36号証によれば、上記カップめんには、「シマダヤ」と記載されていることが認められ、上記事実に前記アないしオの認定事実を総合すれば、上記カップめんについても、やはり出所の混同は生じないものと認められる。

(3)  また、以上の事実によれば、本件商標が、その指定商品のうち、中華そばのめんや即席中華そばのめん以外のものに付された場合には、なおさら混同が生じないことは明らかである。

2  法4条1項7号について

本件全証拠にようても、本件商標が公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標であると認めることはできない。

原告は、被告が、原告「げんこつ屋」のラーメン等が著名であることに着目して、この顧客吸引力にただ乗りする意図を持って、書体すら原告の採択したものに似ている本件商標の出願に及んだものである旨主張するけれども、仮にそうであったとしても、そのような被告の出願意図によって、本件商標が公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標になるものではない。原告の主張は、失当である。

3  原告は、審決に、事実誤認、理由不備及び法令の解釈適用の誤りがあると主張する。しかし、本件商標の法4条1項7号及び15号該当性については前記認定のとおりであって、審決の認定判断に誤りはないし、審決には、他に事実誤認、理由不備又は法令の解釈適用の誤りがあるとも認められない。

4  以上のとおりであるから、本件商標について法4条1項7号に該当せず、また、出願時に同項15号に該当しないとした審決の認定判断に誤りはなく、審決には、原告主張の違法はない。

第3  結論

よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成11年2月9日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

理由

1 本件商標

本件登録第3241982号商標(以下、「本件商標」という。)は、別紙に表示したとおりの構成よりなり、平成5年8月24日に登録出願、第30類「穀物の加工品」を指定商品として、同8年12月25日に登録がなされたものである。

2 請求人の主張

請求人は、「本件商標の登録を無効とする、審判の費用は被請求人の負担とする。」旨の審決を求め、その理由を次のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし同第35号証を提出している。

(1)請求人は、「げんこつ豪快らーめん」及び「げんこつらーめん」からなる商標を第30類に出願した(平成6年商標登録願第28493号及び平成6年商標登録願第28494号)が、本件商標を引用されて拒絶査定がなされた。

よって、請求人には本件商標の無効審判を請求する利益がある。

(2)本件商標は、大書した平仮名「げんこつ」の上に小書した図形及び片仮名「シマダヤ」を配してなる。

本件商標の構成から、「げんこつ」が本件商標の要部であり、本件商標から「げんこつ」の称呼及びこれに対応した観念が生ずることは明らかである。

(3)請求人は、本件商標の出願のはるか前である昭和55年4月、「有限会社げんこつ屋」を創立し、スープ、めん等の味を吟味し、木を使った店舗のデザイン、及び、接客態度に工夫を凝らしたラーメン店の経営展開を開始し、各店舗の入り口及び店内に、請求人と長年の友人であるデザイナー高橋敏彦のデザインによる(甲第17号証3枚目)「顔の図形」を大書して配し、特徴のある書体の「名代らーめん」及び「げんこつ屋」を配したのれん(甲第2号証)、同氏のデザインによる特徴ある書体のメニューを掲げた直営のらーめん店「げんこつ屋」を新高円寺、阿佐ヶ谷北口、阿佐ケ谷南口、渋谷、新横浜、永福町、西神田、西武新宿、西新宿及び明治通り新宿伊勢丹隣に開設し経営している。そして、横浜等に別会社組織の自社工場を持ち、スープ及びめん等を自社生産している。「げんこつ屋」の提供する主力メニューは、しょうゆ味の、「げんこつらーめん」、「げんこつ豪快らーめん」、「げんこつわんたんめん」のように、「げんこつ」を付しており、「げんこつらーめん」を始めとして、いずれも人気のメニューである。

「げんこつ屋」及び「げんこつらーめん」等のメニューは、請求人の味に対する追求の徹底等の経営努力により、その味に対する評判が定着し、全国誌、雑誌等にも頻繁に紹介され、請求人自身もNHKの「男の食彩」の番組に出演する等し、「げんこつ屋」は有限会社げんこつ屋の経営するらーめん店の名称及び役務商標として、本件商標の出願時、東京を代表する味のらーめん店として既に周知であり、伊丹十三監督の映画「たんぽぽ」のモデルになった程であり、「げんこつらーめん」、「げんこつ豪快らーめん」、「げんこつわんたんめん」等は、「げんこつ屋」の人気メニューとして本件商標の出願時既に周知であった。ちなみに、「げんこつ屋」という名称及び役務商標並びに「げんこつらーめん」、「げんこつ豪快らーめん」、「げんこつわんたんめん」に共通しその要部である「げんこつ」という役務商標は、真の味を一徹に追求するという気持ちを込めて、請求人が選定したものである(以上、甲第1号証ないし同第34号証)。

ちなみに、これまで、請求人、「げんこつ屋」及びげんこつ屋で提供する「げんこつ」を付した各種らーめん等は、以下の通り、テレビで取り上げられ報道されている。フジテレビ「もっと自由な生活。涼めん」1990年6月、テレビ東京「地球まるかじり」1990年8月1日、テレビ東京「クイズ それは職業秘密です」1991年9月17日、TBS「もっと知りたい」1991年1月15日、TBS「スーパーテレビ 匡仁の旅立ち」1994年3月14日、TBS「TVコロンブス」1994年4月18日、NHK総合「男の食彩」1995年3月18日、テレビ東京「クイズところかわれば」1996年8月9日。

そして、「顔の図形」、「名代らーめん」及び「げんこつ屋」は、「げんこつ屋」の各店舗において「げんこつ屋」の創立当初から店舗入口ののれんに使用されているものであり(甲第2号証以下参照)、「げんこつ屋」の営業表示及び役務商標として本件商標の出願時既に周知であった。

また、「げんこつ」は、店舗内の品書きに特徴ある書体で書され、「げんこつ屋」の提供する人気メニュー「げんこつらーめん」、「げんこつ豪快らーめん」「げんこつわんたんめん」の要部として本件商標の出願時既に周知であった。

(4)「げんこつ」を店舗の名称及び商品の人気メニュー中に使用したのは請求人の独創であって、「げんこつ」は通常人の容易に着想し得ないものである。

即ち、「げんこつ」は、本件商標の出願時既に、「げんこつ屋」の提供する「げんこつらーめん」等の商品の自社商品の識別標章として周知であり極めて強い顧客吸引力を有するものであった。

他方、本件商標において、「げんこつ」は要部であり、大書してあり、最も人目を惹く部分である。

そして、「げんこつ」は平仮名であり、その書体も「げんこつ屋」がのれん及びメニューに使用する「げんこつ」の書体と酷似している。事実、被請求人は、その製造販売にかかる生タイプのカップラーメンに「げんこつ」を大書して使用したが、その使用に係る「げんこつ」の書体は、本件商標の「げんこつ」の書体により一層「げんこつ屋」ののれん及びメニューに使用する「げんこつ」に酷似する上、「しょうゆ」の文字を添えて、「げんこつ/しょうゆ」として、しょうゆ味の「げんこつらーめん」を想起させる態様で使用し、「・・・げんこつを時間をかけて煮出している・・・」、「お店のあの味に近い・・・」と記載して、「げんこつ屋」を想起させる文言を使用している(甲第35号証)。

即ち、被請求人は、「げんこつ」が請求人の創立経営に係る著名ならーめん店である「げんこつ屋」の提供するメニューの名前に使用する標章であることを知り乍ら、この顧客吸引力に只乗りする意図をもって本件商標を出願し登録したものであって、このことは、本件商標中の「げんこつ」が、また、被請求人の商品への使用に係る「げんこつ」が、その態様において、請求人ののれんやメニューにおける使用に係る「げんこつ」の態様と極めて似ていることからも明らかである。

かかる本件商標は、公正な競争秩序を害するものであり、商標権の確立維持せんとする公正な秩序に反するものであって、本件商標は商標法第4条第1項第7号の「公序良俗」に反する商標である。

(5)「げんこつ」は、本件商標の出願当時既に、「げんこつ屋」の提供するらーめん等に使用する商品名の要部として周知であった。本件商標の要部は「げんこつ」であり、書体も「げんこつ屋」ののれんやメニューにおけるげんこつの使用態様と酷似している。

そして、「げんこつ」はらーめん等に使用することを常人の容易に着想しうるものではない。

したがって、本件商標をその指定商品に使用するときは、本件商標を付したらーめん等の商品が、「げんこつ屋」の製造販売に係るものであるとの誤認又は「げんこつ屋」のライセンシーの製造販売に係るものであるとの誤認を需要者に生じさせるおそれが大である。即ち、本件商標は商標法第4条第1項第15号に該当するものである。

よって、本件商標の登録は、商標法第46条第1項により、その登録を無効とされるべきである。

4 被請求人の答弁

被請求人は、これに対して、何ら答弁していない。

5 当審の判断

よって、先ず本件商標が商標第4条第1項第15号に該当するか否かについて検討する。

甲第1号証は、「有限会社げんこつ屋」の経歴書にすぎないものである。甲第5号証(女性セブン)、同第7号証(近代食堂)、同第9号証(杉並中野味どころ)、同第11号証(食べ歩き東京)、同第13号証(angle別冊No.27)及び同第32号証(男の食彩)は発行日が不明である。甲第16号証、同第25号証及び同第31号証は、出典及び発行日が不明である。甲第19号証は、出典が不明である。同第26号証ないし同第30号証及び同第33号証は、本件商標の登録出願日以降の発行に係るものであって、当該記載内容から、「げんこつ屋」、「げんこつらーめん」及び「げんこつわんたん」が単に「げんこつ」と指称され、著名になっていたものと認めることができない。

甲第2号証は、「家庭画報」(昭和57年4月1日発行)、同第3号証は、「ライフカルチャーシリーズ 厳選日本の味 東京食べ歩き美味のコツ」(講談社昭和57年5月20日発行)、同第4号証は、「angle別冊No.7」(主婦と生活社昭和57年6月20日発行)、同第6号証は、「リュエル別冊 食べ歩東京横浜」(昭文社昭和58年1月1日発行)、同第8号証は、「飲食店経営」(昭和59年7月発行)、同第10号証は、「新・儲かるメニュー 中華めん」(株式会社柴田書店 昭和60年8月25日発行)、同12第号証は、スポーツニッポンの新聞記事(昭和61年4月6日発行)、同第14号証は、「angle別冊No.32」(主婦と生活社 昭和62年11月30日発行)、同第17号証は、「飲食店経営」(平成3年8月発行)、同第18号証は、平成3年9月17日にテレビ東京で放送された番組「クイズそれは職業秘密です ラーメン屋関川清さんの巻」の決定稿、同第20号証は、「実業の日本 オール生活」(平成3年12月発行)、同第21号証は、「日経レストラン」(平成4年1月15日発行)、同第22号証は、「料理と食シリーズNo.1 ラーメン・冷し中華」(株式会社旭屋出版 平成4年7月30日発行)、同第23号証は、「dancyu」(株式会社プレジデント社 平成4年12月1日発行)、甲第24号証は、「日食外食レストラン新聞」(平成5年7月5日発行)であって、これらは、本件商標の登録出願日前に発行されたものであるが、その記載内容によれば、請求人は、昭和55年4月から本件商標の登録出願日(平成5年8月24日)前までの間に、ラーメン等の提供を都内で営業している5店舗のみで行っていたこと、「名代ラーメシ げんこつ屋」、「関東を代表するラーメン屋をめざす げんこつ屋」、「げんこつ屋」の名称が、ラーメン等の提供において、本件商標の登録出願前からある程度都内において知られていたものとは認められるものの、「げんこつ屋」、「げんこつらーめん」及び「げんこつわんたん」等が単に「げんこつ」と略称されて本件商標の登録出願日前に著名になった事実を窺うことは出来ない。

してみれば、被請求人が、「げんこつ」の文字を含んでなる本件商標をその指定商品に使用しても、これに接する取引者、需要者は、請求人又は請求人と何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかの如く認識し、商品の出所について混同を生じるおそれはないものといわなければならない。

次に、本件商標が商標法第4条第1項第7号に該当するか否かについて検討するに、本件商標は、別紙に示すとおりの構成よりなるところ、その構成自体が矯激、卑猥、差別的もしくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形からなるものではなく、また、本件商標を指定商品について使用することが社会公共の利益、一般道徳観念に反するものでもなく、さらに、他の法律によってその使用が禁止されているものとは認められない。

したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第7号及び同第15号に該当しないものであるから、同法第46条第1項によって、その登録を無効にすることはできない。

審決書の別紙

<省略>

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