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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)262号 判決 1999年3月25日

ドイツ連邦共和国フランクフルト・アム・マイン

ワイスフラウエンスストラーセ9

原告

デグサ・アクチェンゲゼルシャフト

代表者

ウォルフガング・メルク

フォルカー・ブークダール

訴訟代理人弁護士

加藤義明

清水三郎

兵庫県尼崎市尾浜町1丁目8番25号

被告

佐藤亮拿

訴訟代理人弁理士

大西孝治

大西正夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1  原告の求めた裁判

「特許庁が平成9年審判第9101号事件について平成10年4月3日にした審決を取り消す。」との判決。

第2  事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

被告は、旧第10類のうち「医療用機械器具」を指定商品とし、「マルチアーク」の片仮名文字を横書きして成る登録第3199924号商標(平成4年5月13日に登録出願、平成8年9月30日に設定登録。本件商標)の商標権者である。

原告は、平成6年5月30日、被告を被請求人として、本件商標につき商標登録無効審判の請求をし、平成9年審判第9101号事件として審理されたが、平成10年4月3日、出訴期間90日が付加された上、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年4月27日原告に送達された。

2  審決の理由の要点

2-1 引用商標

原告(請求人)が引用する登録第1725182号(引用商標)は、「MULTIVAC」の欧文字と「マルチバック」の片仮名文字を上下二段に横書きして成り、旧第10類「医療機械器具、これらの部品および附属品」を指定商品として、昭和54年3月12日に登録出願、同59年10月31日に登録、その後、平成7年3月30日に商標権存続期間の更新登録がなされているものである。

2-2 原告の審判における主張及び証拠方法

原告は、次のように主張し、審判甲第1号証ないし甲第5号証(枝番を含む。)を提出した。

(1)  両商標の類否を検討するに、本件商標から「マルチアーク」の、また引用商標からは「マルチバック」の称呼が生ずることは明らかである。

両者は前半部「マルチ」と語尾音の「ク」を共通にし、中間に「アー」と「バッ」の差異を有するものである。この差異について原審の異議決定において、「『アー』は長音で柔らかく発音されるのに対し、『バッ』は促音で強く発音されることから、それぞれ一連に称呼するときは音質に明瞭な差があり明らかに直ちに相紛れるおそれがない。」と判断された。しかしながら、商標の類否は差異音の比較により決定されるものではなく、一連の横の流れにおいて、すなわち、「アー」の前は「マルチ」があり、後には「ク」が続き、同じく「バッ」の前には「マルチ」が、後には「ク」が続くという前後の音との流れの中で差異音が全体の称呼の類否に影響を及ぼす程度によって決されるものである。この点において両者の類否については第一に長音と促音との関係、第二に「バ」音の特異性が問題となり、前者については一般に強音に続く促音は強音に吸収され聴取し難いとされ、「マルチバック」では「バ」音が強音のため「マルチバク」とも聴取されかねないものとなる。また後者の「バ」(ba)音は子音(b)より母音(a)が強く発音され、実際の取引において「マルチバック」は「マルチアク」に近く聴取される(甲第5号証)。したがって、電話、口頭などによる取引の場にあって商標の称呼が一音一音区切って発音されることは極めてまれであるから、「マルチアク」に近似する語調、語感で聴取される引用商標と本件商標は互いに紛れ聴かれやすい類似の商標である。

(2)  以上により、本件商標は引用商標と称呼において類似し、指定商品を同じくするものであるから、商標法4条1項11号に違反して登録されたものであるから、同法46条1項の規定によりこれを無効にすべきものである。

2-3 被告(被請求人)の審判における主張

(1)  両商標は、前半部の「マルチ」と語尾音の「ク」を共通にし、中間に「アー」と「バッ」の差異を有している。原告は、「一般に強音に続く促音は強音に吸収され聴取し難いとされ、『マルチバック』では『バ』音が強音のため『マルチバク』とも聴取されかねないものとなる。」と主張している。仮に、「マルチバック」と「マルチバク」の各称呼を比較した場合、両称呼は、前半部の「マルチ」と語尾音の「ク」を共通にし、中間に「バッ」と「バ」の差異を有しており、この差異音はほとんど同一音として聴取される以上、この点については特に異論はない。次に「バ」音の特異性の点で、「マルチバック」は上述したように「マルチバク」と聴取され得ることがあるとしても、「マルチバック」が「マルチアク」に聴取され得るであろうか。「マルチバック」と「マルチアク」の各称呼を比較すると、両称呼は、前半部の「マルチ」、語尾音の「ク」を共通にし、中間に「バッ」と「ア」の差異を有している。前者の「バッ」は、両唇を合わせて破裂させる音声子音(ba)と母音(a)とが総合した濁音を伴うのに対して、後者の「ア」は、口を大きく広く開き、舌を低く下げ、その尖端を下歯の歯ぐきに触れる程度の位置に置き、声帯を振動させて発する清音であり、両者の音感は明らかに異なっている。しかも前者の「バッ」は、後者の「ア」とは異なり、促音を伴うことから、ここにアクセントが置かれる。そうである以上、「マルチバック」と「マルチアク」をそれぞれ一連に称呼した場合に、これらの差異点が冗長でもない称呼の全体に及ぼす影響は大きく、両者は十分に識別し得るものであり、「マルチバック」は「マルチアク」に近く聴取されるという原告の主張は当を得ていない。また、原告は審判甲第5号証の<2>(本訴甲第6号証。平成2年審判第12264号審決)を証拠として提出しているが、前示のとおり「マルチバック」、「マルチアク」の各称呼については「バッ」と「ア」の差異を有し、その差異点に促音が含められているのに対して、審決例中の「スコープマン」、「スコープバン」の各称呼については「マ」と「バ」の差異を有し、その差異点に促音は含められていない。また、「スコープマン」、「スコープバン」の各称呼については、その差異点の前に来る音が両唇を合わせて発する「プ」であるのに対して、「マルチバック」、「マルチアク」の各称呼については、その差異点の前に来る音が両唇を広げて発する「チ」である。このような相違がある以上、甲第5号証の<2>をもって「マルチバック」が「マルチアク」に近く聴取されるとする根拠にはなり得ないと考える。

(2)  上記したように、電話、口頭などによる実際の取引において「マルチバック」は「マルチアク」に近く聴取されることがないものである以上、これらが互いに粉れやすい旨述べる原告の主張は当を得ていない。

2-4 審決の判断

本件商標及び引用商標の構成は前記のとおりであって、それぞれ構成文字を異にするから、両者は、外観上相紛れるおそれのないものといえる。また、両者は、一般に親しまれた特定の観念を有しない造語よりなるものであるから、観念上比較し得ないものである。

次に、本件商標と引用商標の称呼上の類否についてみるに、その構成文字からみて、本件商標より「マルチアーク」、引用商標より「マルチバック」の称呼を生ずることが明らかである。

そこで、「マルチアーク」と「マルチバック」の両称呼を比較するに、両者は、前半部の「マルチ」及び語尾の「ク」の各音を共通にするとしても、その中間において「アー」と「バッ」の各音に顕著な差異を有するものである。

そして、上記差異音は、その音質が明らかに異なるものであり、かつ、これらの音の差異が称呼全体に及ぼす影響は大きく、それぞれ一連に称呼するも語調、語感が異なり、称呼上互いに紛れるおそれはないものである。

なお、原告の提出に係る審決例(甲第5号証)は、商標の構成等において、いずれも本件とは事案を異にするものであるから、それをもって本件の類否判断の基準となすことは適切でなく、したがって、その主張は採用することはできない。

してみれば、本件商標と引用商標とは、その称呼、外観及び観念のいずれの点においても類似しないものであるから、本件商標は、商標法4条1項11号の規定に違反して登録されたものということはできない。

したがって、本件商標は、商標法46条1項により、その登録を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

第3  当事者の主張

1  原告主張の審決取消事由

審決の認定中、本件商標と引用商標とが外観、観念において類似しないとした点、両商標から生じる称呼に関する点は認めるが、各称呼のうちの差異音「アー」と「バッ」が称呼全体に及ぼす影響が大きいなどとして、両商標が称呼上互いに紛れるおそれはないとした審決の判断は誤りである。

(1)  両商標は、第1に長音と促音の関係が問題であり、また、引用商標の「バ」の音の特異性が問題となる。一般に、強音に続く促音は強音に吸収され、聴取しにくいとされ、引用商標の「マルチバック」は、「バ」の音が強音のため「マルチバク」とも聴取されかねない。

また、引用商標の「バ」(ba)音は子音(b)より母音(a)が強く発音され、実際の取引において「マルチバック」は「マルチアク」に近く聴取される。電話、口頭の取引において称呼が一音一音区切って発音されるのはまれなので、「マルチアク」に近似する語調、語感で聴取される引用商標は、本件商標と互いに紛れ聞かれやすい類似の商標である。

(2)  本件商標の「マルチ」は、中学段階で教授される英語の「multi」の音を片仮名で表記したものであることは明らかであり、「マルチタレント」などで使用される日常用語におけるものでもあるから、本件商標に接した需要者は、「マルチ」を「多様な」の意義で容易に想起できる。他方、本件商標の後半部「アーク」からは英語の「Ark」(箱船)を想起し得るが、前半部「マルチ」と後半部「アーク」の具体的関連性は薄いから、本件商標からは「マルチ」と「アーク」の称呼も生じる。

引用商標の前半部の称呼も「マルチ」であるが、本件商標と同様、後半の引用商標の後半部が生じる観念は「バッグ」又は「バック」(bag)との具体的関連性が薄いから、引用商標からも「マルチ」と「バック」の称呼も生じる。

したがって、両商標は、「マルチ」として同一の称呼が生じ、この「マルチ」の語は一般によく知られているから、看者、聴者にとって強く意識され、両商標は紛れやすい、類似のものというべきである。

2  審決取消事由に対する被告の反論

原告の主張は争う。本件商標と引用商標とは、称呼の上でも紛れることのない顕著な差異があり、このような顕著な差異のあることを前提にした審決の認定、判断に誤りはない。

第4  当裁判所の判断

1  本件商標からは「マルチアーク」の称呼が生じ、引用商標からは「マルチバック」の称呼が生じることは原告も争っておらず、この両者の称呼の後半部分は、本件商標が「アーク」であり、母音の「ア」で始まり長音で「ク」につながるものであるのに対し、引用商標が「バック」であり、子音の「バ」で始まり促音で「ク」につながるものであって、この発音上の差異は明らかに異なるものというべきである。

そして、審決が認定するように、この発音上の差異が称呼全体に及ぼす影響は大きく、一連に称呼した場合に両商標が称呼上紛れるおそれはないということができる。

なお、原告は、引用商標「マルチバック」は「マルチバク」と聴取されかねず、また「マルチアク」に近似する語調、語感で聴取されると主張するが、引用商標が「マルチバク」と聴取される場合があるとしても、上記認定を左右するに足りるものではない。また、わが国においては、引用商標が「マルチアク」に近い語調、語感で発音されるものとは到底認められないところであり、これを前提とする主張は失当である。

2  原告は、両商標は「マルチ」として同一の称呼が生じ、紛れやすい類似のものであるとも主張する。しかしながら、「マルチ」という両商標に共通する前半部分は、それだけで使用されることよりも、「マルチタレント」、「マルチ商法」、「マルチメディア」などのように、それに続く別の語と一体となって使用される場合が多いことは、当裁判所に顕著である。したがって、原告主張のように、「マルチ」の語が一般的に普及しているものであるとしても、需要者が両商標の「マルチ」の部分にのみ着目して、その部分が共通することから、両商標をもって相紛らわしいものと知覚すると認めることは到底できない。他に両商標が称呼上類似するものであるとすべき事実関係を認め得る証拠もないので、両商標は称呼上類似のものと認めることはできない。

3  よって、両商標は「それぞれ一連に称呼するも語調、語感が異なり、称呼上互いに紛れるおそれはないものである」との審決の認定に誤りはなく、本件商標と引用商標とは外観及び観念において類似しないことは原告も認めるところであるから、本件商標は、商標法4条1項11号の規定に違反して登録されたものということはできないとした審決の判断にも誤りはない。

第5  結論

以上のとおりであり、審決取消事由は理由がないので、原告の請求を棄却すべきである。

(平成10年2月2日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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