東京高等裁判所 平成10年(行ケ)266号 判決 2000年2月08日
原告
アスト・リサーチ・インコーポレーテッド
代表者
A
訴訟代理人弁護士
大野聖二
那須健人
弁理士
B
訴訟復代理人弁護士
辻河哲爾
被告
特許庁長官C
指定代理人
D
E
F
G
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
「特許庁が平成5年審判第6982号事件について平成10年3月9日にした審決を取り消す。」との判決。
第2事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告(出願公告時の名称=グリッド・システムズ・コーポレーション)は、昭和62年7月24日、名称を「入出力装置」とする発明について特許出願をし(1986年7月25日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張。特願昭62-185313号)、平成5年1月13日拒絶査定があったので、同年4月12日審判を請求し、平成5年審判第6982号事件として審理され、平成6年1月19日出願公告されたが(特公平6-5498号)、特許異議の申立ての後、平成10年3月9日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年4月30日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
平成7年5月1日付け手続補正書の特許請求の範囲の記載のとおりであるが、そのうち、請求項第1項の記載の発明(本願第1発明)の要旨は次のとおりである(ただし、特許請求の範囲に「内の」とあるのは、以下においては「うちの」と表記する。)。
手書き記号を認識しそして手書き記号に応答して第1の動作または第2の動作を自動的に実行するものであり、立っていたり歩いたりしていても使用可能な携帯可能で自蔵型の認識装置であって、前記第1動作は、前記手書き記号の画像の表示を含み、前記第2動作は、編集機能の実行を含んでおり、前記認識装置が、
a)該装置の部品へ電力を供給するための電源と、
b)少なくともプログラムとデータとを格納するメモリーと、
c)表示スクリーンと、
d)該表示スクリーンの上に設けられた入力スクリーンと、
e)前記表示スクリーン及び前記入力スクリーンと共に自蔵型構成を与えるハウジングと、
f)前記入力スクリーンに結合しており、前記入力スクリーンの第1の領域のうちの少なくとも1部分の上の任意の位置に手書き記号を書くための手持ち式手段と、
g)前記入力スクリーンに結合しており、前記手書き記号をディジタル化することによりディジタル化記号を与えるためのディジタル化手段と、
h)前記表示スクリーンと前記ディジタル化手段とに結合しており、前記手書き記号の画像をこれが書かれた通りに前記表示スクリーン上で前記第1領域の少なくとも1部分内に表示させるための手段と、
i)前記表示スクリーンに結合しており、異なった複数の編集機能を実行するための手段と、
j)前記ディジタル化手段に結合しており、複数のフォント記号及び複数の編集記号を含むデータベースとして定義された複数の所定記号のうちの少なくとも1つに対し前記ディジタル化記号を相関させるための手段であって、該相関を、前記ディジタル化記号の特徴部を、前記複数の所定記号のうちの少なくとも幾つかのものの記憶した特徴部と比較することにより行って、これにより前記複数の所定記号のうちの1つを、前記手書き記号に相関した指定記号として与える、前記の手段と、及び
k)前記表示スクリーンに結合した手段であって、前記指定記号がフォント記号であるときには前記表示スクリーン上にコンピュータ生成記号を表示させ、前記指定記号が前記複数の編集記号のうちの第1のものであるときには前記手書き記号の位置によって特定されたテキストの一部を編集するために前記複数の編集機能のうちの少なくとも第1の編集機能を実行させ、また前記指定記号が前記複数の編集記号のうちの第2のものであるときには前記手書き記号の位置によって特定されたテキストの一部を編集するために前記第1編集機能とは異なった前記複数の編集機能のうちの少なくとも第2の編集機能を実行させるための前記の手段と、から成る認識装置。
3 審決の理由の要点
(1) 本願第1発明の要旨
前項のとおりである。
(2) 引用例
これに対して、特許異議申立人・Hが提出した、本件優先権主張日前に頒布された刊行物である特開昭58-144287号公報(引用例)には、以下のことが記載されている。
引用例には、手書き入力ワードプロセッサーに関するものが記載されている。そして、その2頁左下欄5行ないし14行には、「タブレット板2上にて、ディスプレイ3に表示されている文字・図形記入部11の文字枠内に文字を記入する。文字は各文字枠毎に切り出されて文字の筆跡を表わす座標信号がオンライン文字認識装置4に入力される。オンライン文字認識装置は、公知の技術で構成することができる。認識結果12が、文字、図形記入部11の対応する文字枠内に活字体で次々と表示される。又、文字枠内に書きつつある文字の筆跡13がディスプレイ3に時々刻々と表示される。」とある。この記載は、この手書き入力ワードプロセッサーが「手書き記号を認識しそして手書き記号に応答して第1の動作を自動的に実行するものであり、前記第1動作は、前記手書き記号の画像の表示を含む」ものであることを示している。
引用例の3頁右上欄8行ないし12行には、「これら文書編集に使用するファンクション指定領域9中の命令キーは、認識装置4に命令キーに対応する記号を認識させることにより、文書中に書かれた手書き記号で代行することも可能である。」とあり、この記載は、この手書き入力ワードプロセッサーが「手書き記号を認識しそして手書き記号に応答して第2の動作を自動的に実行するものであり、前記第2動作は、編集機能の実行を含む」ものであることを示している。
引用例に示される手書き入力ワードプロセッサーに、装置の部品へ電力を供給するための電源と、少なくともプログラムとデータとを格納するメモリーが存在することは明らかである。
引用例に示される手書き入力ワードプロセッサーは、表示スクリーン(3)と、該表示スクリーン(3)の上に設けられた入力スクリーン(2)を有している。
引用例の2頁左下欄5行ないし14行には、「タブレット板2上にて、ディスプレイ3に表示されている文字・図形記入部11の文字枠内に文字を記入する。文字は各文字枠毎に切り出されて文字の筆跡を表わす座標信号がオンライン文字認識装置4に入力される。オンライン文字認識装置は、公知の技術で構成することができる。認識結果12が、文字、図形記入部11の対応する文字枠内に活字体で次々と表示される。又、文字枠内に書きつつある文字の筆跡13がディスプレイ3に時々刻々と表示される。」とある。これは、引用例に示される手書き入力ワードプロセッサーが「前記入力スクリーンに結合しており、前記入力スクリーンの第1の領域のうちの少なくとも1部分の上の位置に手書き記号を書く」ものであり、そのための手持ち式手段(スタイラス・ペン1)を有するものであることを示している。
また、上記記載は、この手書き入力ワードプロセッサーが「前記入力スクリーンに結合しており、前記手書き記号をディジタル化することによりディジタル化記号を与えるためのディジタル化手段」を有することを示している。
引用例の2頁左下欄12行ないし14行には、「文字枠内に描きつつある文字の筆跡13がディスプレイに時々刻々と表示される。」とある。これは「前記表示スクリーンと前記ディジタル化手段とに結合しており、前記手書き記号の画像をこれが書かれた通りに前記表示スクリーン上で前記第1領域の少なくとも1部分内に表示させるための手段」を示している。
引用例の3頁左上欄5行ないし右上欄2行には、引用例に示される手書き入力ワードプロセッサーに「訂正」「削除」「挿入」のファンクションが存在することを記している。これは、この手書き入力ワードプロセッサーに「前記表示スクリーンに結合しており、異なった複数の編集機能を実行するための手段」が存在することを示している。
引用例では、手書き記号の認識は公知の技術で構成するとするのみであるが、手書き記号の認識の技術において、認識を、「認識すべき記号を含むデータベースとして定義された複数の所定記号のうちの少なくとも1つに対しディジタル化記号を相関させるための手段であって、該相関を、前記ディジタル化記号の特徴部を、前記複数の所定記号のうちの少なくとも幾つかのものの記憶した特徴部と比較することにより行って、これにより前記複数の所定記号のうちの1つを、前記手書き記号に相関した指定記号として与える手段」により行うことは常套手段である。
また、引用例の3頁左上欄7行ないし11行には「訂正は、訂正したい文字の位置をスタイラスペン1で押した後、ファンクション指定領域9中の「訂正」キーをスタイラスペン1で押してその文字を消去し、空白のできた文字枠内に新しい文字を記入することにより実行する。」としている。この記載は、訂正ファンクションの指定操作と文字入力の操作は一連の動作として行われることを示している。そのため、ファンクションの指定を「文書編集に使用するファンクション指定領域9中の命令キーを、認識装置4に命令キーに対応する記号を認識させることにより、文書中に書かれた手書き記号で代行」させる構成とした場合、フォント記号と編集記号は一つのデータベースとして定義されることは明らかである。よって、引用例に示される手書き入力ワードプロセッサーは「前記ディジタル化手段に結合しており、複数のフォント記号及び複数の編集記号を含むデータベースとして定義された複数の所定記号のうちの少なくとも1つに対し前記ディジタル化記号を相関させるための手段であって、該相関を、前記ディジタル化記号の特徴部を、前記複数の所定記号のうちの少なくとも幾つかのものの記憶した特徴部と比較することにより行って、これにより前記複数の所定記号のうちの1つを、前記手書き記号に相関した指定記号として与える、前記の手段」を有することとなる。
そして、引用例に記載されたものでは、認識装置(4)による認識の結果、入力された記号が文字と認識された場合は該文字を表示し、編集記号と認識された場合はその編集記号に対応した編集動作を行うものであるから、「前記表示スクリーンに結合した手段であって、前記指定記号がフォント記号であるときには前記表示スクリーン上にコンピュータ生成記号を表示させ、前記指定記号が前記複数の編集記号のうちの第1のものであるときにはテキストの一部を編集するために前記複数の編集機能のうちの少なくとも第1の編集機能を実行させ、また前記指定記号が前記複数の編集記号のうちの第2のものであるときにはテキストの一部を編集するために前記第1編集機能とは異なった前記複数の編集機能のうちの少なくとも第2の編集機能を実行させるための前記の手段」を有することは当然である。
結局、引用例には以下のものが記載されていることになる。
「手書き記号を認識しそして手書き記号に応答して第1の動作または第2の動作を自動的に実行するものであり、前記第1動作は、前記手書き記号の画像の表示を含み、前記第2動作は、編集機能の実行を含んでおり、前記認識装置が、
a)該装置の部品へ電力を供給するための電源と、
b)少なくともプログラムとデータとを格納するメモリーと、
c)表示スクリーンと、
d)該表示スクリーンの上に設けられた入力スクリーンと、
f)前記入力スクリーンに結合しており、前記入力スクリーンの第1の領域のうちの少なくとも1部分の位置に手書き記号を書くための手持ち式手段と、
g)前記入力スクリーンに結合しており、前記手書き記号をディジタル化することによりディジタル化記号を与えるためのディジタル化手段と、
h)前記表示スクリーンと前記ディジタル化手段とに結合しており、前記手書き記号の画像をこれが書かれた通りに前記表示スクリーン上で前記第1領域の少なくとも1部分内に表示させるための手段と、
i)前記表示スクリーンに結合しており、異なった複数の編集機能を実行するための手段と、
j)前記ディジタル化手段に結合しており、複数のフォント記号及び複数の編集記号を含むデータベースとして定義された複数の所定記号のうちの少なくとも1つに対し前記ディジタル化記号を相関させるための手段であって、該相関を、前記ディジタル化記号の特徴部を、前記複数の所定記号のうちの少なくとも幾つかのものの記憶した特徴部と比較することにより行って、これにより前記複数の所定記号のうちの1つを、前記手書き記号に相関した指定記号として与える、前記の手段と、及び
k)前記表示スクリーンに結合した手段であって、前記指定記号がフォント記号であるときには前記表示スクリーン上にコンピュータ生成記号を表示させ、前記指定記号が前記複数の編集記号のうちの第1のものであるときにはテキストの一部を編集するために前記複数の編集機能のうちの少なくとも第1の編集機能を実行させ、また前記指定記号が前記複数の編集記号のうちの第2のものであるときにはテキストの一部を編集するために前記第1編集機能とは異なった前記複数の編集機能のうちの少なくとも第2の編集機能を実行させるための前記の手段と、から成る認識装置。」
(3) 本願第1発明と引用例の対比
本願第1発明と引用例記載のものを比較すると、以下の3点で相違し、その余に実質的差異は認められない。
◇ 相違点1
本願第1発明の認識装置は、「立っていたり歩いたりしていても使用可能な携帯可能で自蔵型」であり、「表示スクリーン及び入力スクリーンと共に自蔵型構成を与えるハウジング」を有しているのに対して、引用例記載のものはその構造が特定されていない点。
◇ 相違点2
本願第1発明では「入力スクリーンの第1の領域のうちの少なくとも1部分の上の任意の位置に手書き記号を書く」構成であるのに対して、引用例記載のものでは入力スクリーン上の文字枠内に記号を書く構成である点。
◇ 相違点3
本願第1発明では指定記号が編集記号であるとき、手書き記号の位置によって特定されたテキストの一部を編集しているのに対して、引用例記載のものでは編集記号の入力位置とテキストの編集位置の関係が明示されていない点。
(4) 相違点1に関する審決の判断
情報処理機器を小型化し携帯可能とすることは広く行われていることあり、また、携帯可能でありかつ手書き入力可能な情報処理機器、あるいは携帯可能でありかつ入力スクリーンと表示スクリーンを一体構成とした入出力部を持つ情報処理機器は本件優先権主張日前に広く知られている(例えば特開昭58-114287号公報、特開昭60-250461号公報参照)。
してみれば、引用例記載のものを、立っていたり歩いたりしていても使用可能な携帯可能な自蔵型とし、表示スクリーン及び入力スクリーンと共に自蔵型構成を与えるハウジングを設けることに格別の技術力を要するとは認められない。
(5) 相違点2に関する審決の判断
表示スクリーン及び入力スクリーンを一体構成とし、入力スクリーン上に手書きされた記号を認識し入力する装置において、入力すべき記号をスクリーン上の任意の位置に手書き可能とすることは本件優先権主張日前に広く知られていることである(例えば、本件出願に対する他の異議申立人により提出された特開昭59-35277号公報参照)。
してみれば、引用例記載のものにおいて、手書き入力を指定された枠の中で行う構成に代えて、入力スクリーン上の任意の位置で手書き入力可能な構成とすることは当業者にとって設計上の軽微な選択事項にすぎないものと認められる。
(6) 相違点3に関する審決の判断
引用例の3頁左上欄7行ないし11行の「訂正」の項で説明されているように、訂正したい文字の位置を指定しなければならないことは明らかである。また、異議申立人が提出した特開昭59-91585号公報にも示されるように、手書き入力装置において、編集記号が手書き入力された時、認識された記号コードと位置の情報に基づき編集すべき文字位置と編集種別を決定することは、よく知られたことである(同公報の2頁左下欄9行ないし右下欄9行参照)。
してみれば、引用例記載のものにおいて、テキストの編集位置を手書き記号の位置によって特定する構成とすることに特許性を見いだすことはできない。
(7) 審決のむすび
以上のとおり、本願第1発明は、引用例に記載されたもの及び周知の技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるから、本件出願は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
第3原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(同一性の認定の誤りその1)
(1) 審決は、「引用例の3頁右上欄8行ないし12行には、「これら文書編集に使用するファンクション指定領域9中の命令キーは、認識装置4に命令キーに対応する記号を認識させることにより、文書中に書かれた手書き記号で代行することも可能である。」とあり、この記載は、この手書き入力ワードプロセッサーが「手書き記号を認識しそして手書き記号に応答して第2の動作を自動的に実行するものであり、前記第2動作は、編集機能の実行を含む」ものであることを示している。」と認定、判断している。
しかし、審決が指摘している引用例の開示は、手書き編集記号の認識、編集機能の実行に関して、抽象的に開示されているだけで、当業者において実施可能な程度に記載されておらず、発明が開示されているとはいえない。
すなわち、引用例には、認識装置4の具体的構成等に関するものが一切開示されていない。手書き入力された記号のうち、どのようにして編集記号を文字記号から識別して編集機能を実行させるのか、どのような手書き記号を使用すれば認識できるのかというような問題が解決されなければ、このような機能を有する装置を作ることはできない。
同様に、引用例記載のものにおいて、文字・図形記入部11に文字、記号がすべて記入され、余白がない場合には、どのように、編集記号が手書き入力されるのか、どのように編集機能が実行されるかが明らかではない。
したがって、引用例に開示された内容だけでは、当業者といえども、本願発明の構成を実現できず、発明が開示されているとはいえない。この点を看過した審決は誤りである。
(2) 審決が周知例として指摘した特開昭59-91585号公報には、余白がない場合でも編集記号を欄外余白部分に手書きすれば、編集機能が実施できる旨の記載はない。しかも、引用例記載のものでは、文字枠に入力されることが前提とされている。したがって、引用例の記載自体、余白がない場合にどのように編集記号が手書き入力されるかという課題自体の認識も解決策も開示されていない。
また、特開昭59-91585号公報に記載されている手書き編集記号の認識、編集機能の実行に関する技術は、入力装置の上に、用紙をセットすることを必須の構成とするものであり、これ以外の構成に適用できる手書き編集記号の認識、編集機能の実行に関する一般的な技術を開示するものではない。引用例記載のものは、入力スクリーンと表示スクリーンを一体構成としているので、特開昭59-91585号公報記載の技術は、引用例記載のものと組み合わせて用いることはできない。
2 審決取消事由2(同一性の認定の誤りその2)
(1) 審決は、構成要件j)に相当する構成に関して、「この記載は、訂正ファンクションの指定操作と文字入力の操作は一連の動作として行われることを示している。そのため、ファンクションの指定を「文書編集に使用するファンクション指定領域9中の命令キーを、認識装置4に命令キーに対応する記号を認識させることにより、文書中に書かれた手書き記号で代行」させる構成とした場合、フォント記号と編集記号は一つのデータベースとして定義されることは明らかである。」とする。
しかしながら、引用例記載のものでは、常に、編集記号の入力に際して、スタイラス・ペンによる指定が必要不可欠な手順となっており、文書作成のためのフォント記号入力と文書編集のための編集記号入力とは明らかに異なるデータベースにおける相関処理がなされており、「フォント記号と編集記号は一つのデータベースとして定義されることは明らかである」とするのは、論理の飛躍である。
(2) 審決は、「引用例に記載されたものでは、認識装置(4)による認識の結果、入力された記号が文字と認識された場合は該文字を表示し、編集記号と認識された場合はその編集記号に対応した編集動作を行う」として、認識装置(4)が、フォント記号か編集記号かを判別していると認定している。
しかし、引用例記載のものでは、編集記号を入力する段階で、スタイラス・ペンによる指定により、フォント記号なのか編集記号なのかが識別されており、認識装置(4)による認識の結果これが判別されるわけではない。この点、本件発明では、構成要件k)に規定する認識装置が、指定記号がフォント記号か編集記号かを初めて判別し、ユーザーは、特定の動作、設定等を行うことなく、文書作成作業と編集作業を同時並行してすることができるのである。
(3) したがって、引用例記載のものにおいて「ファンクションの指定を「文書編集に使用するファンクション指定領域9中の命令キーを、認識装置4に命令キーに対応する記号を認識させることにより、文書中に書かれた手書き記号で代行」させる構成とした場合、フォント記号と編集記号は一つのデータベースとして定義されることは明らかである」とした審決の認定は誤りである。
3 取消事由3(相違点1の認定及び判断の誤り)
(1) 引用例記載のものは携帯することを予定しておらず、相違点1に関し、引用例記載のものが「その構造が特定されていない」とした審決の認定は誤りである。
引用例記載のものは、本願第1発明と異なり、文字枠内に文字を手書きすることによって入力する。このような入力方式の場合、手書き文字を正確に文字枠内に入力することが不可欠となるために、審決が認定するように「立っていたり歩いていたりしていても使用可能」とはならない。引用例記載のものの文字入力方法を前提にあえて「立っていたり歩いていたりしていても使用可能」とするためには、文字枠を大きくする必要が生じるが、そうなると、携帯可能な手書きワードプロセッサーとはならなくなってしまう。いずれにしても、引用例記載のものが文字入力装置として、文字枠入力方法を採用しているのは、その前提として携帯可能な装置を前提としていないことと同義である。
(2) 特開昭58-114287号公報に記載されているのは電子手帳に関する発明であり、その発明の対象となる装置の性格から、当然に携帯を予定されている。したがって、引用例記載のもののように、本来携帯を予定されていないワードプロセッサーを携帯可能とする技術的課題に対しては、何らの示唆も与えるものではない。また、特開昭58-114287号公報は、携帯可能かつ手書き入力が可能な電子手帳を開示しているにすぎず、引用例記載のもののように、入力スクリーンと表示スクリーンを一体構成としている出力部を持つものではなく、かかる技術があるからといって、引用例に開示された入力スクリーンと表示スクリーンを一体構成としている出力部を持つ手書き入力ワードプロセッサーを携帯可能とすることが容易推考とはいえない。
(3) 特開昭60-250461号公報は、同じく電子メモ帳に関する発明であり、引用例記載のものの技術的課題を解決するのに何らの示唆を与えるものではない。同公報に記載のものは、タッチ操作により入力を行うものであり、手書き入力を前提にするものではなく、同公報記載の技術を前提にしても、引用例記載のものの手書き入力ワードプロセッサーを携帯可能なものとすることが容易推考とはいえない。
(4) 特開昭58-114287号公報及び特開昭60-250461号公報は、結局、極めて抽象的なレベルでの情報処理装置における携帯可能という課題を示唆しているだけで、そこで問題とされている具体的な技術的課題及び開示されている課題解決のための技術手段は、引用例記載のものには、全く適用することができず、これを根拠に容易推考性を認めているのは不当である。
(5) 審決が説示するように、入力スクリーンと表示スクリーンを一体構成としている出力部を持つ手書きワードプロセッサーを携帯可能とすることが容易であるとすると、本願第1発明の出願前に、公知技術としてそのような技術が存在してしかるべきである。しかるに、そのような公知技術は全くなく、せいぜい電子手帳という本来的に携帯を前提とする公知技術が存在しているのみである。
本願第1発明以前においては、手書き入力ワードプロセッサーにおいて、入力スクリーンと表示スクリーンを一体構成とし、かつ、小型化し、携帯可能とすることを解決した公知技術は一切存在していないのみならず、かかる技術的課題を解決する技術手段を示唆するものすら存在していない。
4 取消事由4(相違点2の判断の誤り)
(1) 審決は相違点2について判断するに際し、特開昭59-35277号公報を引用して、「引用例記載のものにおいて、手書き入力を指定された枠の中で行う構成に代えて、入力スクリーン上の任意の位置で手書き入力可能な構成とすることは当業者にとって設計上の軽微な選択事項にすぎないものと認められる。」とする。しかしながら、特開昭59-35277号公報に開示された技術は、記入する文字等を1画のものに限定することにより、初めて文字枠を使用しないで入力することを可能にしたものであり、かかる技術が存在したからといって、引用例に開示された装置において、手書き入力を指定された枠の中で行う構成に代えて、入力スクリーン上の任意の位置で手書き入力可能な構成とすることは当業者にとって設計上の軽微な選択事項にすぎないとはいえない。
(2) 被告は、特開昭58-114287号公報を根拠に、手書きされた複数画数の文字を、文字枠を使用することなしに認識し表示するようにした手書き文字認識装置は周知である旨主張する。しかし、同公報には、入力スクリーンと表示スクリーンを一体構成とする装置が開示されておらず、相違点2に関する本願第1発明の進歩性判断の資料としての前提を欠く。同公報には、手書きにより文字・シンボルが入力されることが開示されているだけで、本願第1発明のように、文字枠を使用しないで、手書き編集記号が入力されそれにより編集機能が実現されることに関しては開示がない。
5 取消事由5(相違点3の判断の誤り)
(1) 審決は、「本願第1発明では指定記号が編集記号であるとき、手書き記号の位置によって特定されたテキストの一部を編集しているのに対して、引用例記載のものでは編集記号の入力位置とテキストの編集位置の関係が明示されていない点」をもって、相違点3と認定している。
しかし、引用例記載のものは、編集記号の入力位置とテキストの編集位置の関係が明示されていないわけではなく、「編集したい位置をあらかじめスタイラス・ペンで位置指定をする必要がある」ものであって、審決の上記相違点の認定は不正確である。
(2) 審決は、特開昭59-91585号公報に記載のものとの組合せで、相違点3に関する本願第1発明の構成の容易推考性を認定するが、同公報に記載のものは、入力装置の上に用紙をセットすることを必須の要件とし、当然の前提として、入力装置と表示装置は一体的構成をとらない。もし、入力装置と表示装置が一体的構成をとるとすれば、入力装置に用紙をセットすると表示装置の機能は果たせなくなるからである。引用例記載のものは、入力スクリーンと表示スクリーンを一体構成としているので、同公報記載のものを組み合わせて用いることはできない。
しかも、同公報に記載のものは、その第3図に示されているとおり、文字枠に入力される装置を前提にした技術であり、かかる技術と引用例記載のものを組み合わせたとしても、本願第1発明のスクリーン上の任意の位置において、編集できる構成を達成することはできない。
第4審決取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1(同一性の認定の誤りその1)に対して
(1) 手書き文字認識装置自体は、本件優先権主張日前周知の技術であり、また、手書き入力された文字、文書修正用記号等の編集記号がそれぞれ、文字、編集記号として認識され得ることは、審決で引用した特開昭59-91585号公報中に記載されているように、本件優先権主張日前に周知の技術的事項である。したがって、認識装置の具体的構成が開示されていなくても、引用例中に「これら文書編集に使用するファンクション指定領域9の命令キーは、認識装置4に命令キーに対応する記号を認識させることにより、文書中に書かれた手書き記号で代行することも可能である。」との記載があってみれば、引用例記載のものにおいて、手書き入力された文字、編集記号を認識させ、編集記号を文字記号から識別して、編集機能を実行させることは、当業者であれば上記周知技術に基づき直ちに認識し得る程度のことである。
したがって、引用例中に認識装置の具体的構成に関して開示されていないからといって発明が開示されていないとすることはできない。
(2) 特開昭59-91585号公報の第3図(a-2)の挿入記号12、挿入文字列の終了記号13は、明らかに文字記入欄からはみ出ており、しかも、文字の記入箇所以外の余白部分を利用して手書きにより記入されているから、「編集記号を欄外余白部分に手書き」した例である。
特開昭59-91585号公報は、「手書き入力された文字、文書修正用記号等の編集記号がそれぞれ、文字、編集記号として認識され得ること」が周知の技術的事項であることを示すために例示したものであり、この技術的事項は、入力スクリーンや表示スクリーンの構成の違いにかかわらない一般的な手書き文字認識技術に係るものである。
2 取消事由2(同一性の認定の誤りその2)に対して
(1) 手書き文字認識装置は「認識すべき記号を含むデータベースとして定義された複数の所定記号のうちの少なくとも1つに対しディジタル化記号を相関させるための手段」を有する。そして、引用例中には、「これら文書編集に使用するファンクション指定領域9の命令キーは、認識装置4に命令キーに対応する記号を認識させることにより、文書中に書かれた手書き記号で代行する」例も記載されている。そうすると、この例の場合、認識装置4は文字に加えて命令キーに対応する記号も認識することになり、認識すべき記号を含むデータベースには、フォント記号の他に命令キーに対応する記号も含まれると解される。
そして、編集記号の入力に際して、スタイラス・ペンによって編集すべき位置の指定を行うことが、データベースの構成とどのように関係しているのか、引用例中に特に言及されていない以上、上記解釈を変更する理由は見当たらない。
(2) 引用例において、命令キーを手書き記号で代行する例の場合に、編集記号を入力する段階で、スタイラス・ペンによる指定によりフォント記号か編集記号か識別されるとする記載はなく、また、それを示唆する記載も見当たらない。そして、引用例記載のものにおいて命令キーを手書き記号で代行する例の場合には、認識装置4は文字に加えて命令キーに対応する記号をも認識している以上、認識装置(4)による認識の結果、フォント記号か編集記号かを識別していると解するのが自然である。
引用例において、認識装置(4)による認識の結果、入力された記号が文字と認識されない場合、あるいは、編集記号と認識されない場合は、文字の表示あるいは編集記号に対応した編集動作を行い得ないから、「引用例に記載されたものでは、認識装置(4)による認識の結果、入力された記号が文字と認識された場合は該文字を表示し、編集記号と認識された場合はその編集記号に対応した編集動作を行う」とした審決の判断に誤りはない。
3 取消事由3(相違点1の認定及び判断の誤り)に対して
(1) 文字枠の大きさ、タブレット板の大きさ、タブレット板上に書き得る字数等を適宜に選べば、文字枠があったところで「立っていたり歩いていたりしていても使用可能な携帯可能で自蔵型」の手書き文字認識装置が得られることは明らかなので、引用例記載のものを携帯可能とすることに格別の困難性はないとした審決の判断に誤りはない。
特開昭58-114287号公報における電子手帳も、引用例記載における手書きワードプロセッサーも、共に手書き文字認識技術を用いた装置である点で共通しており、手書き文字認識技術の一つの応用例である電子手帳において携帯可能とする技術的課題が、特開昭58-114287号公報に記載のもので達成されている以上、手書き文字認識技術のもう一つの応用例である手書きワードプロセッサーにおいても、上記技術的課題を達成することに対する一定の示唆を与える。
(2) 特開昭58-114287号公報の引用の趣旨は、「携帯可能でありかつ手書き入力可能な情報処理機器」が周知であることを示すことにあり、引用例記載のものを携帯可能とすることに格別の困難性はない以上、周知の「携帯可能でありかつ手書き入力可能な情報処理機器」に適用することは当業者が容易に推考し得るところと認められる、とした審決の判断に誤りはない。
(3) 特開昭60-250461号公報の引用の趣旨は、「携帯可能でありかつ入力スクリーンと表示スクリーンを一体構成とした入出力部を持つ情報処理機器」が周知であることを示すことにあり、引用例記載のものを携帯可能とすることに格別の困難性はない以上、周知の「携帯可能でありかつ入力スクリーンと表示スクリーンを一体構成とした入出力部を持つ情報処理機器」に適用することは、当業者が容易に推考し得るところと認められるとした審決の判断に誤りはない。
(4) 特開昭58-114287号公報記載のものと引用例記載のものとは、技術的課題を異にしているわけではなく、また、特開昭60-250461号公報の引用の趣旨が「携帯可能でありかつ入力スクリーンと表示スクリーンを一体構成とした入出力部を持つ情報処理機器」が周知であることを示すことにあるから、特開昭58-114287号公報、特開昭60-250461号公報の記載を根拠に、容易に推考し得るとした審決の判断に誤りはない。
4 取消事由4(相違点2の判断の誤り)に対して
(1) 特開昭59-35277号公報記載のものは、記入する文字等が1画のもので説明されているが、手書きされた複数画数の文字を、文字枠を使用することなしに認識し表示するようにした手書き文字認識装置は、例えば特開昭58-114287号公報に見られるように本件優先権主張日以前に周知であるから、「文字枠を使用しないで、一般的に文字入力を可能とする」点に格別の創意を要し得たものとは認められないとした審決の判断に誤りはない。
(2) 特開昭58-114287号公報に示されるように、文字枠を使用しないで手書きにより文字・シンボルを入力することが周知であり、また、特開昭59-91585号公報で示したように、編集記号を手書き入力することも周知である以上、引用例記載のものに該周知技術を施した際、文字枠を使用しないで手書きにより文字・シンボル、編集記号を入力することは容易になし得るところである。
5 取消事由5(相違点3の判断の誤り)に対して
(1) 引用例記載のものにおいて命令キーを手書き記号で代行する場合、その入力位置とテキストの編集位置との関係を特定する具体的な記載は引用例中に見当たらない。したがって、引用例記載のものにおいて、「編集記号の入力位置とテキストの編集位置の関係が明示されていない」とした審決の判断に誤りはない。
(2) 特開昭59-91585号公報記載のものは、入力装置のタブレット面上に用紙をセットし、用紙に入力すべき文字、修正用記号等を筆記する構成のものであるが、審決で示したように、特開昭59-91585号公報の引用の趣旨は、「手書き入力装置において、編集記号が手書き入力された時、認識された記号コードと位置の情報に基づき編集すべき文字位置と編集種別を決定すること」が周知であることを示すにあり、当該周知事項が用紙に筆記する手書き入力装置に特有の構成とも認められない以上、上記周知事項を入力装置と表示装置が一体的構成をとる引用例記載のものに適用することに格別の創意を要することとは認められないとした審決の判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(同一性の認定の誤りその1)について
(1) 甲第3号証によれば、引用例に、「これら文書編集に使用するファンクション指定領域9中の命令キーは、認識装置4に命令キーに対応する記号を認識させることにより、文書中に書かれた手書き記号で代行することも可能である。」(3頁右上欄8行ないし12行)との記載があり、認識装置4に文書編集に使用する命令キーに対応する記号を認識させ、これにより文書編集に使用する命令キーは文書中に書かれた手書き記号で代行することが可能であることが認められる。
(2) 原告は、審決が指摘した引用例の上記開示は、手書き編集記号の認識、編集機能の実行に関して、抽象的に開示されているだけで、当業者において実施可能な程度に記載されていない旨主張する。
しかし、引用文献に技術内容が開示されているというためには、技術的思想としての構成が矛盾なく明確に把握することができれば十分である。引用例の「これら文書編集に使用するファンクション指定領域9中の命令キーは、認識装置4に命令キーに対応する記号を認識させることにより、文書中に書かれた手書き記号で代行することも可能である。」という上記記載によれば、文書編集に使用する命令キーに対応する記号を認識させ、これにより文書編集に使用する命令キーは文書中に書かれた手書き記号で代行するという技術的構成は明確に把握できるのであり、引用例に、このような構成を有する発明が開示されていないということはできない。
したがって、この引用例の記載から、「この記載は、この手書き入力ワードプロセッサが「手書き記号を認識しそして手書き記号に応答して第2の動作を自動的に実行するものであり、前記第2動作は、編集機能の実行を含む」ものであることを示している。」とした審決の認定に誤りはなく、取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(同一性の認定の誤りその2)について
(1) 上記説示のとおり、引用例には、「これら文書編集に使用するファンクション指定領域9の命令キーは、認識装置4に命令キーに対応する記号を認識させることにより、文書中に書かれた手書き記号で代行する」例が記載されている。そして、審決が認定しているように、手書き記号の認識の技術において、認識を、「認識すべき記号を含むデータベースとして定義された複数の所定記号のうちの少なくとも1つに対しディジタル化記号を相関させるための手段であって、該相関を、前記ディジタル化記号の特徴部を、前記複数の所定記号のうちの少なくとも幾つかのものの記憶した特徴部と比較することにより行って、これにより前記複数の所定記号のうちの1つを、前記手書き記号に相関した指定記号として与える手段」により行うことが常套手段であるとの点は、原告も争っていないところである。
そして、この「認識すべき記号を含むデータベース」には、フォント記号の他に命令キーに対応する記号も含まれると解するのが通常であり、これに反して異なるデータベースが定義されると解すべき理由はなく、引用例の上記記載の例の場合、認識装置4は文字に加えて命令キーに対応する記号も認識することになるのは明らかである。引用例に記載の「これら文書編集に使用するファンクション指定領域9中の命令キーは、認識装置4に命令キーに対応する記号を認識させることにより、文書中に書かれた手書き記号で代行する」例の場合、「認識装置4に命令キーに対応する記号を認識させる」と記載されているのであるから、認識装置4が、文字に加えて命令キーに対応する記号をも認識している以上、認識装置4による認識の結果、フォント記号か編集記号かを識別していると解される。
(2) 原告は、引用例記載のものでは、編集記号を入力する段階で、スタイラス・ペンによる指定によりフォント記号か編集記号かが識別されると主張するが、以上に示したところによれば採用することができず、取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(相違点1の認定及び判断の誤り)について
(1) 原告は、引用例記載のものは携帯することを予定しておらず、引用例記載のものは「その構造が特定されていない」とした審決の認定は誤りであると主張する。しかし、審決は、相違点1の認定において、本願第1発明の認識装置が携帯可能で自蔵型であり、表示スクリーン及び入力スクリーンと共に自蔵型構成を与えるハウジングを有しているのに対し、引用例記載のものは「その(認識装置の)構造が特定されていない」と認定しているのみであり、引用例記載のものにつき携帯する構成であるとまで認定しているものではないから、原告の上記主張は理由がない。
(2) 原告はまた、引用例記載のものは文字枠入力方法を採用しており、携帯可能な装置を前提としておらず、特開昭58-114287号公報の電子手帳に関する発明、特開昭60-250461号公報の電子メモ帳に関する発明は、引用例記載のもののように本来携帯を予定されていないものに対しては何らの示唆を与えるものではないと主張する。
しかし、文字枠の大きさ、タブレット板の大きさ、タブレット板上に書き得る字数等を適宜に選べば、携帯可能とできることは明らかであって、引用例記載のものを携帯可能とすることを阻害する要因が存在するものとは認められない。また、特開昭58-114287号公報(甲第4号証)、特開昭60-250461号公報(甲第5号証)に携帯可能な情報処理機器が示されているように、情報処理機器を携帯可能とすることは周知の技術であったものと認められ、引用例記載のものを、立っていたり歩いたりしていても使用可能な携帯可能な自蔵型とし、表示スクリーン及び入力スクリーンと共に自蔵型構成を与えるハウジングを設けるのは容易に想到し得たものと認められ、これと同旨の審決の認定に誤りはない。
4 取消事由4(相違点2の判断の誤り)について
原告は、審決が相違点2の判断において掲げた特開昭59-35277号公報に開示の技術は、記入する文字等を1画のものに限定することにより、初めて文字枠を使用しないで入力することを可能にしたものであり、また、特開昭58-114287号公報には、入力スクリーンと表示スクリーンとを一体構成とする装置が開示されておらず、相違点2を軽微な選択事項、設計事項とすることはできないと主張する。
しかし、審決は「表示スクリーン及び入力スクリーンを一体構成とし、入力スクリーン上に手書きされた記号を認識し入力する装置において、入力すべき記号をスクリーン上の任意の位置に手書きすること」を周知技術と認め、その例示として特開昭59-35277号公報を挙げたものであり、甲第6号証(特開昭59-35277号公報)によれば、上記事項が周知技術であるとの審決の認定に誤りがあるとは認められない。また、特開昭59-35277号公報記載のものにおいて、記入する文字等が原告主張のように1画のものであるとしても、本願第1発明は記入する文字等の画数を限定するものではない(なお、手書きされた複数画数文字を文字枠を使用しないで認識表示するようにした装置も周知技術であったことは、甲第4号証によって認められる特開昭58-114287号公報の記載から明らかである。)から、いずれにしても原告の主張は理由がなく、審決のした相違点2に関する判断に誤りはない。
5 取消事由5(相違点3の判断の誤り)について
(1) 原告は、相違点3について、引用例記載のものは、あらかじめスタイラス・ペンで位置指定をする必要があり、審決の相違点の認定は不正確であると主張する。
しかし、甲第3号証(引用例)によっても、引用例に、命令キーを手書き記号で代行する例の場合にスタイラス・ペンで位置指定をするという記載があるとは認められず、原告の主張は理由がない。
(2) 原告は、審決が周知技術を示すものとして掲げた特開昭59-91585号公報は、入力装置の上に、用紙をセットすることを必須の要件とするのに対し、引用例記載のものは、入力装置と表示スクリーンを一体構成としているので、特開昭59-91585号公報の技術は、引用例記載のものと組み合わせて用いることはできないと主張する。
しかし、相違点3に関し審決が認定した「手書き入力装置において、編集記号が手書き入力された時、認識された記号コードと位置の情報に基づき編集すべき文字位置と編集種別を決定すること」という技術事項は、用紙に筆記する手書き入力装置に特有の構成と認めることはできず、審決が、特開昭59-91585号公報に例示されたこの技術事項を踏まえ、引用例記載のものにおいて、テキストの編集位置を手書き記号の位置によって特定することに特許性を見いだすことはできないと認定した点に誤りがあるということはできない。
(3) したがって、取消事由5も理由がない。
第6結論
以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がないので、原告の請求は棄却されるべきである。
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)