東京高等裁判所 平成10年(行ケ)274号 判決 2000年6月22日
原告
株式会社三洋物産
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
被告
特許庁長官【C】
指定代理人
【D】
同
【E】
同
【F】
同
【G】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成7年審判第17676号事件について平成10年7月24日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和63年10月24日に、発明の名称を「パチンコ機」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願をしたが、平成7年6月15日付けで拒絶査定を受けたので、平成7年8月17日に拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、これを平成7年審判第17676号事件として審理した結果、平成10年7月24日付けで、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成10年8月17日、原告に送達された。
2 本願発明の特許請求の範囲
「特別遊技状態に対応して少なくとも入賞装置への入賞個数を表示するセグメントLED表示器と、前記特別遊技状態において前記セグメントLED表示器を駆動制御する表示駆動制御手段とを備えたパチンコ機において、前記表示駆動制御手段は、前記セグメントLED表示器を通常遊技状態においても所定の態様で駆動する通常状態表示駆動制御手段を含むことを特徴とするパチンコ機。」
3 審決の理由
審決の理由は、別紙審決書の理由の写しのとおりである(なお、4頁13行及び17行の「解放」は、「開放」の誤記と認める。)。要するに、本件発明は、昭和63年特許願第128121号の願書に最初に添付された明細書及び図面(以下「先願明細書」という。特開平1-297089号(甲第4号証)参照)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と対比し、発明の構成において実質的に差異がなく、同一と認められるから、本願出願は特許法29条の2に該当し、特許を受けることができない、というものである。
第3原告主張の審決取消事由の要点
審決は、本願発明と先願発明との相違点に対する判断を誤った結果、両発明が同一であり、本願出願は特許法29条の2に該当し、特許を受けることができない、との誤った結論を導いたものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
1 審決は、先願発明の「可変表示装置」と本願発明の「セグメントLED表示器」とが相違していることを認めつつ、「パチンコ機の表示器としては、ドットマトリックスLED方式とセグメントLED方式とは、先願の出願前より均等の技術手段である(上記先願明細書9頁の記載、特開昭61-172572号公報参照)。このように先願の出願時における技術水準を勘案してみると、本件発明の「セグメントLED」方式としたことと、先願発明の「ドットマトリックスLED」方式としたこととの間に、発明の構成として実質的な差異があるとすることはできない。以上みたように、本件発明は、先願発明と発明の構成において実質的な差異がないものであるから、本件発明は先願発明と同一である、と言わざるを得ない。」(審決書8頁7行~9頁1行)と判断した。しかし、同判断は、誤りである。
2 先願発明の可変表示装置であるドットマトリックスLED表示器は、文字、グラフィックス、さらには画像とあらゆる図柄を表示することが可能であり、したがって、ドットマトリックスLED表示器は、基本的に何でも表示できる汎用性を有する表示器であるということができる。これに対し、本願発明のセグメントLED表示器は、本来的に主として数字のみを表示するものであり、それ以外のものを表示することは一切期待されていないから、主として数字のみを表示する数字専用表示器であるということができる。
また、構成の面でも、本願発明のセグメントLED表示器は、7つのLEDしか備えておらず、基本的にそれぞれのLEDを個別に明滅させるだけの単純な回路しか必要としない装置であるのに対して、先願発明の可変表示装置であるドットマトリックスLED表示器は、多数のLEDを利用しつつ、複雑な表示回路を備えないと模様も表示できない装置である。
結局、先願発明の可変表示装置は、ドットマトリックスパターンによっていかような表示をも可能とするものであるのに対して、本願発明のそれは、本来、数字しか表示できないセグメントLED表示器であり、両者は、発光の原理こそ同一であるものの、表示の態様及び構成において相違しており、表示素子として見たときは全くの別物というに値するものである。
そうすると、先願発明のドットマトリックスLED方式と本願発明のセグメントLED方式との差異は、到底、微差とはいえないから、これらを均等の技術手段とし、本件発明と先願発明とが同一であるとした審決の判断は、誤っていることが明らかである。
3 本願発明のセグメントLED表示器は、数字を表示するこしか予定されていないため、数字以外の模様が表示された場合に、遊技者に意外で新鮮な印象を与え、また、非数字の無意味な模様を表示するので、装飾性も高く、これらの効果は、先願発明にはない顕著な効果というべきである。
第4被告の反論の要点
審決の認定判断は、正当であって、審決を取り消すべき理由はない。
1 本願発明のセグメントLEDと先願発明の可変表示装置であるドットマトリックスLEDは、いずれもパチンコ機の表示器として先願出願前に通常使用されていた技術手段であり、一方から他方へ変えることは、単なる慣用手段の転換にすぎない。
このことは、セグメントLEDが、数字以外の各種情報をも表示する汎用性を有する表示器として先願出願前に周知であった(乙第1号証~第2号証参照)ことからも裏付けられる。
2 本願発明は、特別遊技状態に対応して少なくとも入賞装置への入賞個数を表示する表示器を通常遊技状態においても駆動させることにより遊技の興趣を盛り上げるところにその本質を見出すことができ、表示器の方式の差異が、発明の本質たる遊技の興趣の盛り上がりに影響を与えるものではない。本願発明に格別の効果を認めることはできない。
第5当裁判所の判断
1 甲第4号証及び弁論の全趣旨によれば、先願明細書には、「特別遊技状態に対応して少なくとも入賞装置への入賞個数を表示するLED表示器(ドットマトリックスLED方式)と、前記特別遊技状態において前記LED表示器を駆動制御する表示駆動制御手段とを備えたパチンコ機において、前記表示駆動制御手段は、前記LED表示器を通常遊技状態においても所定の態様で駆動する通常状態表示駆動制御手段を具備するパチンコ機」との技術(先願発明)が記載されていることが認められ、この点については、原告も争っていない。
そうすると、本件発明と先願発明とは、本願発明の可変表示装置が「セグメントLED表示器」であるのに対して、先願発明のそれはドットマトリックスLED方式のものである点でのみ相違し、その余の点においては一致するものであることが、明らかである。
2 甲第11号証(平成7年6月1日CQ出版社発行「トランジスタ技術6月号」)によれば、セグメントLED方式とドットマトリックスLED方式の可変表示装置とは、いずれも、LED、すなわち、発光ダイオード(light emitting diode)を利用した表示装置であり、セグメントLED方式においては、数字や文字の表示をさせるために、発光部分をセグメント化した表示装置としているのに対し、ドットマトリックスLED方式においては、数字や文字に限らず画像等も表示させるために、発光部分をマトリックス状に並べて表示装置としていることが認められる。
また、ドットマトリックスLED方式の可変表示装置は、多数のLEDを利用するため、表示回路は複雑となるものの、文字、グラフィックス、画像等の多様な表示を可能にしていること、一方、セグメントLED方式の可変表示装置は、主として数字を表示するためのもので、使用するLEDの数が少ないため表示回路は比較的単純であることは、弁論の全趣旨から明らかであり、原告自身も認めるところである。
そうすると、ドットマトリックスLED方式の可変表示装置とセグメントLED方式の可変表示装置とは、LEDを利用した表示技術である点では全く同一であり、表示装置として期待されるところの相違に応じて、発光部分の構造、形状、配置等が異なっているものであるということができる。
3 次に、先願出願当時のパチンコ遊技機の技術分野における可変表示装置の技術水準について検討する。
(1) 乙3号証(特開昭60-96277号公報)には、「表示器3としては、例えば、発光ダイオードによって点灯表示されるセグメント表示器が使用される。・・・電気的可変表示器3としては、上記セグメント表示器に限らず、例えば第4(b)図に示すように、豆ランプを多数配したものでもよく、或いはセグメントを用いず多数の発光ダイオードを配したものでもよい。」(3頁左下欄下から2行~右下欄下から3行)との記載、乙4号証(実開昭62-82080号)には、「パチンコ機(1)の遊技盤(2)の中央には、液晶、LED等を利用したセグメントあるいはドット等を表示する等の一個の電気的可変表示体(4)・・・が設けられている。」(6頁9行~13行)との記載があることが認められる。
(2) 本願明細書中の「従来の技術」の欄には、「近年、遊技状態が特別の遊技状態になると大型の開閉翼片や開閉扉が開放して多数の入賞玉を発生させる入賞装置が人気を博している。・・・入賞装置は、上記した繰り返し回数及び入賞個数を表示するためのセグメントLED表示器が設けられていた。」(1頁18行~26行)との記載があることが認められる。
(3) 先願明細書中にも、「表示器722は変動入賞装置7の開放残り時間を視覚的に表示するもので、例えば7セグメント型の数字表示器が用いられる。」(9頁右欄上2~5行)との記載があることが認められる。
(4) 以上の記載によれば、先願出願当時、パチンコ遊技機の技術分野において、ドットマトリックスLED方式及びセグメントLED方式の可変表示装置は、いずれも表示器として周知の技術であり、当業者において必要に応じて適宜選択し得るものであったことが認められる。
4 先願発明のドットマトリックスLED方式の可変表示装置と本願発明のセグメントLED方式の可変表示装置とが、表示装置として期待されるところの相違に応じて、発光部分の構造、形状、配置等が異なっているものではあるものの、いずれも周知の技術で、当業者において必要に応じて適宜選択し得るものであったことは、上記のとおりである以上、本願発明がセグメントLED方式の可変表示装置を採用したことについて特段の技術的意義が認められない限り、先願発明のドットマトリックスLED方式の可変表示装置と本願発明のセグメントLED方式の可変表示装置は、実質的に同一であるというべきである。しかし、本願発明に係る明細書を精査しても、本願発明がセグメントLED方式の可変表示装置を採用したことについて特段の技術的意義を見出すことはできない。
上記認定に反する原告の主張は、いずれも採用できない。
5 そうすると、「このように先願の出願時における技術水準を勘案してみると、本件発明の「セグメントLED」方式としたことと、先願発明の「ドットマトリックスLED」方式としたこととの間に、発明の構成として実質的な差異があるとすることはできない。・・・本件発明は、先願発明と発明の構成において実質的な差異がないものであるから、本件発明は先願発明と同一である、と言わざるを得ない。」とした審決の判断には、何ら誤りはないことになる。
6 原告は、本願発明のセグメントLED表示器は、数字を表示することしか予定されていないため、数字以外の模様が表示された場合に、遊技者に意外で新鮮な印象を与え、また、非数字の無意味な模様を表示するので装飾性も高く、これらの効果は、先願発明にはない顕著な効果である旨主張する。
しかしながら、仮に数字以外の模様が表示された場合に遊技者に意外で新鮮な印象を与え、また、非数字の無意味な模様を表示するので装飾性が高いとしても、このような効果は、パチンコ機の可変表示装置にセグメントLED表示器を採用したときに当然に予想され得るものであって、格別の効果ということができない。原告の主張は採用できない。
7 以上によれば、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がなく、その他、審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)