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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)278号 判決 2000年3月08日

原告

バイタル工業株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁理士

被告

訴訟代理人弁理士

被告補助参加人

象印チェンブロック株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁理士

主文

特許庁が、平成9年審判第9589号事件について、平成10年7月21日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「建方補助具」とする実用新案登録第1970192号考案(昭和61年6月11日出願、平成4年9月18日出願公告、平成5年6月10日設定登録、以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。

原告は、平成9年6月5日に被告を被請求人として、本件考案の実用新案登録を無効とする旨の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成9年審判第9589号事件として審理したうえ、平成10年7月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月6日、原告に送達された。

2  本件考案の要旨

レバーブロックに係止フックを軸支し、同係止フックの先端を内側に大きく楔状に突出し、又前記レバーブロックと組合わせて使用するリンクチエンの一端に略L形状フックを取付け、同フックの基端に長尺の棒を脱着自在に取付けたことを特徴とする建方補助具。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、(1)請求人(原告)が提出した証拠方法である「小谷亮之助商店の総合カタログNO.85」(審決甲第2号証、本訴甲第2号証、以下「引用例2」という。)、「大吉堂ニュース54年12月号」(審決甲第4号証、本訴甲第4号証、以下「引用例4」という。)及び「東商の総合カタログ」(審決甲第5号証、本訴甲第5号証、以下「引用例5」という。)が、いずれも本件実用新案登録出願前に頒布された刊行物であると認めることはできないとし、(2)本件考案が、請求人が提出した証拠方法である特開昭53ー78633号公報(審決甲第1号証、本訴甲第1号証、以下「引用例1」という。)に記載された考案(以下、「引用例考案1」という。)、及び同様に請求人が提出した証拠方法である「大吉堂ニュース54年3月号」(審決甲第3号証、本訴甲第3号証、以下「引用例3」という。)、実公昭60ー33255号公報(審決甲第6号証、本訴甲第6号証、以下「引用例6」という。)及び特公昭59ー43398号公報(審決甲第7号証、本訴甲第7号証、以下「引用例7」という。)にそれぞれ記載された周知の技術手段に基づいて、極めて容易に想到できたとすることはできないとして、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件考案の登録を無効とすることはできないとした。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本件考案の要旨の認定、引用例1の記載をそのまま摘記した部分の認定(審決書15頁9行~17頁5行)、引用例3につき、その記載をそのまま摘記した部分の認定(同17頁14~18行)及び「その先端を内側に突出させたクランプ」が記載されているとの認定、引用例6の記載自体をそのまま摘記した部分の認定(同18頁9行~19頁9行)、引用例7の記載事項の認定は認める。

審決は、引用例2、4、5が、本件実用新案登録出願前に頒布された刊行物であること(公知性)を看過し(取消事由1)、本件考案と、引用例考案1及び引用例3、6、7記載の各考案との対比・判断の方法を誤り(取消事由2)、さらに、本件考案が各引用例記載の考案及び周知技術に基づいて極めて容易に想到できたとすることはできないと誤って判断した(取消事由3、4)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(引用例2、4、5の公知性の看過)

審決は、引用例2、4、5が本件実用新案登録出願前に頒布された刊行物であると認めることはできないとして、当該各引用例の記載との関係において本件考案の進歩性を判断しなかったが、次のとおり、引用例2、4、5は、本件実用新案登録出願前に頒布された刊行物であって、審決の該判断は誤りであり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

(1)  審決は、引用例2につき、「『総合カタログ 小谷亮之助商店 №85』なる表示がある表紙のカタログに、表紙の次の頁以降の各頁すべてが掲載されているものであるかどうか確認ができない。また、たとえ添付されている各頁がそのカタログに掲載されているとしても、『本カタログの価格については昭和58年12月現在当社の卸価格を基準に設定した』旨の記載があるからといって、その記載をもってただちに『昭和58年12月頃に』頒布されたとすることはできない。」(審決書11頁20行~12頁9行)として、引用例2が本件実用新案登録出願前に頒布された刊行物であると認めることはできないとした。

しかしながら、引用例2の各葉はいずれも1冊のカタログの一部をなす頁である。また、該カタログは、卸業者が小売業者に対して頒布するものであって、業者間の取引に資される極めて重要なカタログであるところ、一般に、このようなカタログに掲載商品の価格について「昭和58年12月現在」と記載してある以上、昭和58年12月の前後1~2か月の間に頒布されるものであることが明らかである。現実には、引用例2は、株式会社三共コーポレーションが、2次卸業者である小谷亮之助商店名で作成したカタログで、その表紙に記載された「NO.85」は、1985年版の意味であり、通常は前年に頒布されていたものであるから、たとえ、その頒布が遅れたとしても、遅くとも1985年(昭和60年)12月までには頒布されたものである。したがって、審決の上記判断は誤りである。

(2)  審決は、引用例4につき、「表紙の次の頁のものは、・・・その表紙の頁(「54年12月号 大吉堂ニュース 株式会社大吉堂通信販売部」等の表示がある頁)とどのような関係にある頁なのか明確でない。すなわち、・・・『54年12月号 大吉堂ニュース』の一部であると確認することができない。」(審決書14頁3~13行)として、引用例4が本件実用新案登録出願前に頒布された刊行物であると認めることはできないとした。

しかしながら、引用例4は、表裏に記載のある1葉の用紙からなり、審決のいう「表紙の次の頁」は、「表紙の頁」の裏面であって、これと一体をなすことは明白である。したがって、審決の上記判断は誤りである。

(3)  審決は、引用例5につき、「このカタログが頒布された日付についての記載はなく」(審決書14頁19~20行)として、引用例5が本件実用新案登録出願前に頒布された刊行物であると認めることはできないとしたが、引用例5も本件実用新案登録出願前に頒布されたものであり、審決の上記判断は誤りである。

2  取消事由2(対比・判断の方法の誤り)

審決は、本件考案と引用例考案1とを対比するに当たり、引用例1の記載を摘記し(審決書20頁15行~21頁6行)、さらに本件明細書(実公平4ー39959号公報、甲第12号証)の記載を摘記した(審決書21頁7行~22頁13行)うえで、「以上の点を考慮すると、甲第1号証(注、引用例1)に記載されたものは、目的、課題等において一部類似しているものの、全体としての目的、課題において相違し、さらに、その具体的な解決手段、構成そして作用効果の点においても、本件考案とは相違する。換言すれば、甲第1号証には、本件考案の要旨であるところの、『レバーブロックに係止フックを軸支し、同係止フックの先端を内側に大きく楔状に突出し、又前記レバーブロックと組合わせて使用するリンクチエンの一端に略L形状フックを取付け、同フックの基端に長尺の棒を脱着自在に取付けた建方補助具』との全体的な構成についての記載がなく、またその示唆するところもない。」(審決書22頁14行~23頁6行)とした。

また、審決は、本件考案と引用例3記載の考案(後記引用例考案3)との対比につき、「甲第3号証(注、引用例3)に記載されたものとの対比、検討をすると、その『家起し機』も、本件考案とほぼ同じような目的、課題を達成するための装置ではあるが、上記甲第1号証におけるものと同様に、本件考案とは、目的、課題の細部において相違し、さらには、その解決のための具体的な構成、作用効果を異にしている。・・・してみると、甲第3号証には、本件考案の要旨であるところの、『レバーブロックに係止フックを軸支し、同係止フックの先端を内側に大きく楔状に突出し、又前記レバーブロックと組合わせて使用するリンクチエンの一端に略L形状フックを取付け、同フックの基端に長尺の棒を脱着自在に取付けた建方補助具』との全体的な構成についての記載がなく、またその示唆するところもない。」(同23頁7行~24頁7行)とし、さらに、本件考案と引用例6記載の考案との対比については、「甲第6号証(注、引用例6)に記載されたものとの対比、検討をすると、その『パネル締付具のコーナ保持具』は、本件考案とは、目的、課題が相違し、そして、その解決のための具体的な構成、作用効果を異にしている。」(同24頁8~12行)とした。

なお、上記本件考案と引用例1及び引用例3記載の各考案との対比における「レバーブロックに係止フックを軸支し、・・・建方補助具」との部分は、本件考案の要旨そのものである。

そして、審決は、「相違点の判断」として、「以上検討したように、本件考案と甲第1号証のものとは、基本的な構成を異にし、構成全体にわたって相違する。甲第3号証、甲第6号証及び甲第7号証(注、引用例7)に記載された周知の技術手段を考慮したとしても、甲第1号証に記載されたもの及びこれら周知の技術手段に基いて、本件考案がきわめて容易に想到できたとすることはできない。」(審決書24頁18行~25頁4行)と判断したものである。

しかしながら、上記の本件考案と引用例1、3、6記載の考案との対比に係る説示は極めて抽象的であり、「一部類似している」、「全体としての目的、課題において相違し」、「具体的な解決手段、構成そして作用効果の点においても、本件考案とは相違する」、「ほぼ同じような目的、課題を達成するための装置」、「目的、課題の細部において相違し」、「その解決のための具体的な構成、作用効果を異にしている」等の抽象的な文言が具体的に何を意味するのかが、該説示からは全く読み取ることができず、さらに、引用例1、3に、本件考案の要旨に係る「全体的な構成」についての記載、示唆がないとの説示の趣旨も不明である。このことは、「相違点の判断」に係る「本件考案と甲第1号証のものとは、基本的な構成を異にし、構成全体にわたって相違する」との説示に関しても同様である。

原告は、本件審判において、本件考案が引用例考案1と同一であると主張したのではなく、引用例1及びその余の各引用例の記載に基づいて極めて容易に想到できることを主張したものであるから、引用例1、引用例3記載の各考案が、本件考案の要旨に係る構成を全部備えなければならないものではない。審決は、本件考案と、引用例1及びその余の各引用例に記載された考案、技術とにつき、具体的に対比判断を行わなければならないものである。

審決は、以上の点で、本件考案と各引用例との対比・判断の方法を誤ったものであり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼし得ることは明らかである。

3  取消事由3(容易想到性の判断の誤り1)

引用例1(甲第1号証)には、全長を可変とした竿状本体1の下端にアンカー11を軸支し、その上端に鉤状係止片6を取り付けた柱のよろび修正装置である引用例考案1が記載されているところ、該考案のアンカー11は建築用の角材に固定する点で機能を共通にする本件考案の係止フックに相当し、また、引用例考案1の鉤状係止片6は、一例としてコ字型をなすもので、建物の桁や梁など、構造部材に係止する作用を有する部材であり、これをその機能を共通にする本件考案の略L形状フックとすることは、単なる設計変更にすぎない。

そして、レバーブロック自体及びレバーブロックに係止フックを軸支することは、引用例2(甲第2号証)及び実開昭60ー55659号公報(甲第13号証の1~2、以下「周知例1」という。)に記載されているように、本件実用新案登録出願前周知の技術手段であり、引用例考案1の全長を可変とした竿状本体1は、2つの部材の間隔を伸縮させる点において、本件考案のレバーブロックと同一技術思想に基づくものであるから、該伸縮手段をレバーブロックとし、これに係止フックを軸支する程度のことは、単なる設計事項にすぎない。また、土台への固定を果たすため、係止フックの先端を内側に突出させることは引用例2に記載されているように周知の技術である。さらに、レバーブロックと組み合わせて使用されるワイヤ等の索状に略L形状フックを取り付け、この略L形状フックを軒桁に引き掛けるために使用することは、周知例1及び実開昭53ー58430号公報(甲14号証の1~2、以下「周知例2」という。)に記載されているとおり周知技術であり、該索状をリンクチエンとすることは単なる材料の選択にすぎない。なお、被告は、「レバーブロック」の用語が「チェーンレバーホイスト」を意味すると主張するが、「レバーブロック」は、「チェーンレバーホイスト」と「ワイヤ式レバーホイスト」とを含んだ「レバーホイスト」の別称として当業者に慣用的に使用されている用語であり、実開昭64ー39393号公報(甲第18号証)等に、ワイヤ式のものが「レバーブロック」として記載されているように、「チェーンレバーホイスト」に限って使用されているものではなく、ワイヤ式のものも当業者に周知である。したがって、ワイヤ式のレバーブロックにするか、チェーン式のものにするかは当業者にとって単なる選択の問題であって、格別の考案を要することではない。

また、引用例考案1の鉤状係止片6の基端には竿体1が取り付けられていて、本件考案のフックの基端に取り付けた長尺な棒と、鉤状係止片6を高い位置に係止できる構成である点で共通しており、かかる構成は周知例1にも記載されているとおり周知である。また、引用例考案1である柱のよろび修正装置は、建方の補助具であり、本件考案と同一目的に供されるものである。

したがって、本件考案は、引用例考案1に前示各周知技術を適用することにより極めて容易に想到することのできるものであり、審決の判断は誤りである。

4  取消事由4(容易想到性の判断の誤り2)

引用例3(甲第3号証)には、柱の上部、又は軒桁などに掛け渡したロープをレバーブロックの一端のクランパーにより掴み、該レバーブロックの他端に土台部に係止したクランプを接続した家起し機の考案(以下「引用例考案3」という。)が記載されている。なお、審決は、引用例考案3につき「レバーブロックの他端に、土台部に係止したクランプをロープ状のものを介して接続した」(審決書18頁3~4行)と認定するが、審決のいう「ロープ状のもの」は、レバーブロックの一部を構成するものであり、したがって、引用例考案3においてはレバーブロックにはクランプが直接接続されているものである。そして、そのレバーブロックに接続したクランプの先端は内側に突出しており、かかるレバーブロックに接続したクランプから、本件考案の、レバーブロックに係止フックを軸支し、同係止フックの先端を内側に大きく楔状に突出する構成を想到することに格別の考案を要するものではない。なお、「家起し機」は、本件考案と同じく「柱の転びを修正する」目的のために使用するものである。

また、レバーブロックと組み合わせて使用されるロープ、ワイヤ等の索状に略L形状フックを取り付け、この略L形状フックを軒桁に引っ掛けるために使用することが、周知例1、2に記載されている周知技術であり、該索状をリンクチエンとすることが単なる材料の選択にすぎないことは上記3のとおりである。さらに、略L形状フックの基端に長尺の棒を取り付けて該略L形状フックを高い位置に係止できる構成が周知であることも上記3のとおりであり、収納のために脱着式とすることは、何ら格別の考案を要することではない。

したがって、本件考案は、引用例考案3に前示各周知技術を適用することによっても極めて容易に想到することのできるものであり、本件考案が各引用例記載の考案及び周知技術に基づいて極めて容易に想到できたとすることはできないとした審決の判断は、この点からも誤りである。

第4被告の反論の要点

審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(引用例2、4、5の公知性の看過)について

(1)  引用例2には、そこに掲載された商品の価格について「昭和58年12月現在」との記載があるのみで、その発行日に関する記載は一切なく、その頒布日についての証明がないことに帰するから、引用例2が本件実用新案登録出願前に頒布された刊行物であると認めることはできないとした審決の判断に誤りはない。

(2)  原告は、本件審判において、引用例4と同じ「大吉堂ニュース」である引用例3について、その頒布日を立証するための資料を提出したが、引用例4についてはかかる資料の提出をしていないから、引用例4が現実に頒布されたかどうかは不明であり、したがって、引用例4が本件実用新案登録出願前に頒布された刊行物であると認めることはできないとした審決の判断に誤りはない。

(3)  引用例5には、その発行日の記載は一切なく、その頒布日についての証明がないことに帰するから、引用例5が本件実用新案登録出願前に頒布された刊行物であると認めることはできないとした審決の判断に誤りはない。

2  取消事由2(対比・判断の方法の誤り)について

原告は、審決の、本件考案と引用例1、3記載の各考案との対比に係る説示が抽象的で、「一部類似している」、「全体としての目的、課題において相違し」、「具体的な解決手段、構成そして作用効果の点においても、本件考案とは相違する」、「ほぼ同じような目的、課題を達成するための装置」、「目的、課題の細部において相違し」、「その解決のための具体的な構成、作用効果を異にしている」等の文言の意味を読み取ることができないとし、引用例1、3に、本件考案の要旨に係る「全体的な構成」についての記載、示唆がないとの説示の趣旨も不明である主張するが、これらの用語の意味は、審決の、本件考案と引用例1、3記載の考案との対比部分から、明確に把握されるものである。

例えば、引用例1には「柱のよろびを修正するための装置」が記載されており、また引用例3には「家起し機」が記載されているのに対し、本件考案の建方補助具は、「柱の転びを修正する」ためにも使用できるが、それ以外に、部材の継手を結合するような場合にも使用することができるため、本件考案と引用例1、3に記載された考案とは、「目的、課題において一部類似している」ものであり、あるいは「ほぼ同じような目的、課題を達成するための装置」であるとされているのである。

他方、例えば、引用例考案1の柱のよろび修正装置は、その全体構成が、竿状本体、鉤状係止片、フックおよびアンカーなどにより構成されているのに対し、本件考案の建方補助具は、その全体構成が、レバーブロック、略L形状フック、係止フックなどにより構成されており、この点において、両者の「全体的な構成」が相違しているから、引用例1に本件考案に係る「全体的な構成」についての記載、示唆がないとされているのである。引用例3に本件考案に係る「全体的な構成」についての記載、示唆がないとされているのも、これと同様である。

また、原告は、審決の、本件考案と引用例6記載の考案との対比についても、「解決のための具体的な構成、作用効果を異にしている」との説示の意味を読み取ることができないと主張するが、引用例6記載のパネル締付具は、プレハブ方式の建物において、複数のパネルを引き寄せて床や壁を施工するために使用されるものであって、本件考案と、目的、課題が相違しており、また、具体的な構成、作用についても、全く異なっていることは明らかである。

原告は、さらに、審決の「相違点の判断」に係る「本件考案と甲第1号証のものとは、基本的な構成を異にし、構成全体にわたって相違する」との説示の趣旨が不明であると主張するが、本件考案の基本構成がレバーブロックであるのに対して、甲第1号証の基本構成が竿状本体である点において、基本的に相違している旨を認定判断したものである。

したがって、審決に、原告が主張するような、本件考案と各引用例との対比・判断の方法を誤った瑕疵は存在しない。

3  取消事由3(容易想到性の判断の誤り1)について

原告は、引用例考案1のアンカー11が本件考案の係止フックに相当し、引用例考案1の鉤状係止片6を本件考案の略L形状フックとすることが単なる設計変更にすぎないと主張するが、いずれも誤りである。本件考案の係止フックは、その先端が、「内側に大きく楔状に突出」し、この係止フックの先端を角材に係止させることにより角材に直接固定できるものであるから、引用例考案1のアンカー11とは全く異なるものである。また、本件考案の略L形状フックは、レバーブロックと組み合わせて使用するリンクチエンの一端に取付けられるものであり、しかも、その基端には、長尺の棒が脱着自在に取付けられているものであって、かかる構成をもたない引用例考案1の鉤状係止片6と異なるものである。

また、原告は、レバーブロック自体及びレバーブロックに係止フックを軸支することが、引用例2、周知例1に記載されている周知の技術手段であるとし、これを前提として、竿状本体1をレバーブロックとし、これに係止フックを軸支することが設計事項にすぎないとか、索状をリンクチエンとすることが単なる材料の選択にすぎない等と主張するが、引用例2、周知例1にはレバーブロックは記載されていないから、該主張は前提を欠き、失当である。すなわち、「レバーブロック」とは、日本工業規格の用語の「チェーンレバーホイスト」を意味するものであり、「日本工業規格 巻上機用語」(乙第1号証)は、チェーンレバーホイストを「レバーの反復操作によって荷の巻上げ,巻下げ又はけん引などを行なう装置で,ロードチェーンとしてリンクチェーン又はローラチェーンが使用される」と定義している(なお、本件考案の要旨が規定するように、本件考案のレバーブロックは、ロードチェーンとしてリンクチエンを用いるものに限定される。)。「レバーブロック」の用語は、チェーンブロックメーカーである株式会社キトー(旧商号・株式会社鬼頭製作所)が有する登録商標に係るものであるが、当業者の間では、この種装置について、JIS用語の「チェーンレバーホイスト」よりも、「レバーブロック」の名称が通用しているものである。したがって、「レバーブロック」すなわち「チェーンレバーホイスト」と、上記「日本工業規格 巻上機用語」(乙第1号証)に記載されている「ワイヤ式レバーホイスト」とは明確に区別されるものであり、引用例2、周知例1に記載されている張線器は、レバーブロックと区別されるべきものである。なお、原告は、実開昭64ー39393号公報等に、ワイヤ式のものが「レバーブロック」として記載されていると主張するが、該公報等に係る明細書では、必ずしも正確な技術用語が使用されているとは限らない。また、索状(ワイヤ)が、伸びや緩みが生じたり、ワイヤの癖がついたりするため、容易、かつ、素早く作業することができず、また、耐久性が低いため、素線切れなどを生じるおそれがあって、安全な作業が確保できないなど、リンクチエンに比べて、不具合が多いことは明らかであり、索状とリンクチエンの機能が同じではない。

さらに、原告は、引用例考案1の竿体1が、本件考案のフックの基端に取り付けた長尺な棒と、鉤状係止片6を高い位置に係止できる構成である点で共通していると主張するが、竿体1は鉤状係止片6と脱着自在になっておらず、運送、保管のときには取扱いに不便を来すものであるのに対し、本件考案の長尺の棒は、略L形状フックに脱着自在に取り付けられていて、取扱いが容易であるから、引用例考案1の竿体1が本件考案のフックの基端に脱着自在に取り付けた長尺な棒と共通しているとするのは誤りである。加えて、原告は、引用例考案1である柱のよろび修正装置が、建方の補助具であり、本件考案と同一目的に供されると主張するが、本件考案の建方補助具は、柱の転びを修正するのみならず、部材の継手を結合するためにも使用することができるところ、引用例考案1は、部材の継手を結合するためには使用することができず、このような使用方法についての技術的思想までをも包含するものではないから、引用例考案1の柱のよろび修正装置が、本件考案にいう建方補助具と同一目的に供されるとの原告の主張は失当である。

したがって、本件考案が、引用例考案1に周知技術を適用することにより極めて容易に想到することのできるものではないとした審決の判断に誤りはない。

4  取消事由4(容易想到性の判断の誤り2)について

原告は、引用例3に、柱の上部、又は軒桁などに掛け渡したロープをレバーブロックの一端のクランパーにより掴み、該レバーブロックの他端に土台部に係止したクランプを接続した家起し機の考案である引用例考案3が記載されていると主張するが、引用例3にレバーブロックが記載されていないことは、引用例2、周知例2について述べたと同様である。また、引用例考案3のクランプは本件考案の係止フックに相当するものではない。引用例考案1の竿体1が本件考案の略L形状フックの基端に脱着自在に取り付けた長尺な棒と共通しているとすることが誤りであること、引用例考案3の「家起し機」が部材の継手を結合するためには使用することができず、本件考案にいう建方補助具と同一目的に供されるとすることが誤りであることも上記3のとおりである。

したがって、本件考案が、引用例考案3に周知技術を適用することにより極めて容易に想到することができるとの原告主張も誤りである。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(引用例2、4、5の公知性の看過)について

(1)  引用例2(甲第2号証)の原本は、1冊に製本されたカタログであって、提出された書証の写しの1枚目は表紙、2枚目は目次の一部、3~5枚目はそれぞれ本文中の121、129、130頁部分、6枚目は裏表紙である。その表紙には「総合カタログ」、「小谷亮之助商店」、「NO.85」との各記載があり、2枚目の目次の末尾には「本カタログの価格については昭和58年12月現在当社の卸価格を基準に設定した」との記載がある。そして、原告代理人弁理士作成の質問書と株式会社三共コーポレーション作成の回答書とが一体となった書面(甲第17号証)には、引用例2が同会社の作成したもので、遅くとも昭和60年12月までに頒布したものであることが記載されており、その記載は、引用例2の前示価格の基準時についての記載に照らしても、格別不審な点はないから、これによって、引用例2が遅くとも昭和60年12月までに頒布されたことを認めるのが相当である。

そして、引用例2の130頁には、住宅用建築用張線器「家起し用シメール」及び家起しクランプの各考案が記載されており、これらの考案の用途ないし機能及び構成の少なくとも一部は、それぞれ、本件考案と共通するものと認められる。

(2)  引用例4(甲第4号証)の原本は、表裏に記載のある1葉の用紙からなる各種商品が掲載された広告パンフレットであって、その表面には「54年12月号大吉堂ニュース 株式会社大吉堂通信販売部」との記載がある。引用例4のかかる体裁及び記載に照らすと、引用例4は、昭和54年12月頃に頒布された刊行物であると認められる。被告は、原告が、本件審判において、引用例4と同じ「大吉堂ニュース」である引用例3について、その頒布日を立証するための資料を提出しながら、引用例4についてはかかる資料の提出をしていないから、引用例4が現実に頒布されたかどうかは不明であると主張するが、仮に、原告が引用例3につき該資料を提出し、引用例4については提出しなかったとの事実が存在するとしても、引用例4が頒布されたとの認定を左右するに足りるものではない。

そして、引用例4の裏面には、建前用屋起し「オコース」との考案が記載されており、この考案の少なくとも用途ないし機能は、本件考案と共通するものと認められる。

(3)  引用例5(甲第5号証)の原本は、表裏に記載のある縦に長い1葉の用紙からなる各種商品が掲載された広告パンフレットであって、提出された書証の写しの2枚目はその1枚目の下部に連続して、一体となって表面を形成する部分である。

しかしながら、引用例5には、その発行年月日の記載又はこれを推知し得るような記載はなく、他に引用例5の頒布時期を特定し得る証拠もない。

(4)  そうすると、審決が、引用例5について本件実用新案登録出願前に頒布された刊行物であると認めることはできないとした判断には誤りがないと認められるが、引用例2について同旨の判断をしたことは誤りというべきであり、さらに、引用例4について、「表紙の次の頁のものは、・・・その表紙の頁(「54年12月号 大吉堂ニュース 株式会社大吉堂通信販売部」等の表示がある頁)とどのような関係にある頁なのか明確でない。すなわち、・・・『54年12月号 大吉堂ニュース』の一部であると確認することができない。」(審決書14頁3~13行)として、本件実用新案登録出願前に頒布された刊行物であると認めることはできないとした判断は、書証の原本の閲読のための措置を怠ったことによる誤りであるといわざるを得ない(原本が存在し、それを確認すれば、その書証の成立年月日を認定できるのに、それをしなかった手続は適式の証拠調べをしたものということはできない。)。そして、これらの誤りは審決の結論に影響を及ぼし得るものというべきである。

2  取消事由2(対比・判断の方法の誤り)について

(1)  審決書によると、審決は、引用例1、3記載の各考案と本件考案とを次のように対比したものである。

すなわち、審決は、その摘記した引用例1の記載(審決書15頁9行~17頁5行)に基づき、引用例考案1を「長さを調整自在とした竿状本体の上端に、ネジを介してはりに引掛自在とした鉤状係止片をとりつけ、一方下端には、土台側に設ける別体のアンカーに引掛けるフックをネジを介して設け、竿状本体を螺転させることによって鉤状係止片とフックとの間隔を収縮させ、柱の狂いを修正する装置。」(同17頁6~11行)と認定し、本件考案との対比において、これを「本件考案とほぼ同じような目的、課題を達成するための装置である。」(同20頁11~12行)としながら、さらに、引用例1及び本件明細書の、主として引用例考案1自体及び本件考案自体の目的ないし作用効果に関する記載を摘記した(同20頁15行~22頁13行)うえで、「以上の点を考慮すると、甲第1号証(注、引用例1)に記載されたものは、目的、課題等において一部類似しているものの、全体としての目的、課題において相違し、さらに、その具体的な解決手段、構成そして作用効果の点においても、本件考案とは相違する。換言すれば、甲第1号証には、本件考案の要旨であるところの、『レバーブロックに係止フックを軸支し、同係止フックの先端を内側に大きく楔状に突出し、又前記レバーブロックと組合わせて使用するリンクチエンの一端に略L形状フックを取付け、同フックの基端に長尺の棒を脱着自在に取付けた建方補助具』との全体的な構成についての記載がなく、またその示唆するところもない。」(同22頁14行~23頁6行)とした。

また、審決は、その摘記した引用例3の記載及び図示(審決書17頁14~19行)に基づき、引用例考案3を「柱の上部、又は軒桁などに掛け渡したロープをレバーブロックの一端のクランパーにより掴み、そのレバーブロックの他端に、土台部に係止したクランプをロープ状のものを介して接続した家起し機。」(審決書18頁1~5行)と認定し、併せて引用例3に「その先端を内側に突出させたクランプ」(同頁5~6行)が記載されているものと認定し、本件考案との対比において、「その『家起し機』も、本件考案とほぼ同じような目的、課題を達成するための装置ではある」(同23頁8~10行)としながら、これに引き続いて、「上記甲第1号証におけるもの(注、引用例考案1)と同様に、本件考案とは、目的、課題の細部において相違し、さらには、その解決のための具体的な構成、作用効果を異にしている。また、『その先端を内側に突出させたクランプ』が記載されていると認められるが、その突出部が、本件考案におけるような、『部材に打込まれた先端が係止フックのスリップを防止する。』・・・作用を有するようなものであるかどうか不明である。してみると、甲第3号証には、本件考案の要旨であるところの、『レバーブロックに係止フックを軸支し、同係止フックの先端を内側に大きく楔状に突出し、又前記レバーブロックと組合わせて使用するリンクチエンの一端に略L形状フックを取付け、同フックの基端に長尺の棒を脱着自在に取付けた建方補助具』との全体的な構成についての記載がなく、またその示唆するところもない。」(同23頁10行~24頁7行)とした。

(2)  しかしながら、本件審判において、原告は本件考案の実用新案登録を無効とする事由として進歩性の欠缺を主張していたのであるから、これに対する審決においては、少なくとも、その認定した引用例考案1又は引用例考案3の各構成要素が本件考案の構成要素に相当するものであるかどうかを個別具体的に対比検討して、引用例考案1又は引用例考案3と本件考案との構成上の一致点及び相違点を摘出認定し、該相違点については、さらに他の引用例に記載された考案の構成要素又は周知技術等に基づいて、本件考案の構成とすることが極めて容易であるかどうかを個々的に、かつ、具体的に判断すべきものであるが、審決はかかる個別具体的な対比並びに一致点及び相違点の摘出認定の過程を経ておらず、その結果として、個々の相違点に対する判断の過程も経ていない。

もっとも、審決が、甲第1号証(引用例1)及び甲第3号証(引用例3)について、その「全体的な構成についての記載がなく、またその示唆するところもない」とした「レバーブロックに係止フックを軸支し、同係止フックの先端を内側に大きく楔状に突出し、又前記レバーブロックと組合わせて使用するリンクチエンの一端に略L形状フックを取付け、同フックの基端に長尺の棒を脱着自在に取付けた建方補助具」との考案の構成は、「ことを特徴とする」との定型的な文言及び句点がないほかは、本件考案の要旨の規定そのものであるから、審決が、「全体的な構成についての記載がなく、またその示唆するところもない」としたのは、引用例考案1又は引用例考案3と本件考案との間において、それぞれの構成上、一致する点が全くないと認定した趣旨と解されないでもない。

しかしながら、仮にそうであるとしても、そのような認定は、審決の認定した引用例考案1又は引用例考案3の各構成要素が本件考案の構成要素に相当するものであるかどうかの個別具体的な対比検討を経てなすべきが当然であるというべきところ、審決の前示説示によっては、例えば、審決が、いずれも「本件考案とほぼ同じような目的、課題を達成するための装置」であるとした引用例考案1の「柱のよろび修正装置」(甲第1号証特許請求の範囲)又は引用例考案3の「家起し機」が、本件考案の「建方補助具」に相当するものであるかどうか、引用例考案1の「鉤状係止片」、「アンカー」がそれぞれ本件考案の「略L形状フック」、「係止フック」に相当するものであるかどうか、引用例考案3の「レバーブロック」が本件考案の「レバーブロック」に相当するものであるかどうか等の当然考慮すべき各点において、それらが本件考案の各構成要素に相当しないとした具体的な理由を把握することが不可能又は著しく困難であり、その結果、引用例考案1又は引用例考案3と本件考案との間において、それぞれの構成上、一致する点が全くないと認定した理由も把握することができない。

したがって、いずれにせよ、審決は、本件考案と引用例1、3記載の考案との対比の方法を誤ったものといわざるを得ず、この誤りが、審決の結論に影響を及ぼし得ることは明らかである。

3  以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

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