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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)290号 判決 2000年3月15日

原告

株式会社アルプスツール

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

【D】

被告

特許庁長官【E】

指定代理人

【F】

【G】

【H】

【I】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成9年審判第16617号事件について、平成10年7月6日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成元年11月16日、名称を「主軸移動旋盤におけるフィードパイプ追従装置」とする発明につき特許出願をした(特願平1ー298428号)が、平成9年9月9日に拒絶査定を受けたので、同年10月9日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成9年審判第16617号事件として審理したうえ、平成10年7月6日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年8月17日、原告に送達された。

2  本願明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨

旋盤のベッド上に前進及び後退可能に取り付けられた主軸台の方へ被加工棒材を供給するフィードパイプを、主軸台のチャックが閉じている時に、前記主軸台の移動する方向に沿って移動させる制御モータと、前記主軸台のチャックが開いた状態で、新たな被加工用棒材を加工位置に位置決めするときにフィードパイプを前進させるとともに、非加工中において主軸台が後退する時にフィードパイプを介して被加工棒材に弱い前進用トルクを与えて被加工棒材の後退を防止する前進用モータと、前記主軸台の移動を検出する検出器と、該検出器からの出力を処理し前記主軸台の移動に同期して前記フィードパイプを移動させるための出力を前記制御モータに対して行う制御部とを備えたことを特徴とする主軸移動旋盤におけるフィードパイプ追従装置。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、いずれも本願出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開昭64ー40202号公報(審決甲第1号証、本訴甲第2号証、以下「引用例1」といい、そこに記載された発明を「引用例発明」という。)及び特開平1ー121102号公報(審決甲第2号証、本訴甲第3号証、以下「引用例2」という。)にそれぞれ記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができず、本願出願は拒絶すべきものであるとした。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例1の記載を摘記した部分の認定(審決書4頁7行~5頁13行)及び引用例発明の「送り込みバー」、「前進用減速機付モータ」、「材料供給制御装置」が、それぞれ「フィードパイプ」、「前進用モータ」、「フィードパイプ追従装置」と表現し得るとの認定(同7頁8~12行)、引用例2の記載事項の認定、本願発明と引用例発明との相違点1、2の認定並びに相違点1についての判断は認める。

審決は、引用例1記載の技術事項を誤認して、本願発明と引用例発明との一致点の認定を誤り(取消事由1)、また、相違点2についての判断を誤った(取消事由2)結果、本願発明が引用例1、2にそれぞれ記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)

(1)  審決が、引用例発明について、「二つのクラッチ手段の相互の作動状態について、オンされるのは何れか一方であり、かつ、主軸チャックが開のときには送り込みバーを移動する減速機付モータを係脱するクラッチ手段は必ずオンとなるごとく作動することが明白である。このことからすると、主軸チャックが開となり、主軸台が単独で移動、すなわち、前進又は後退可能となると同時に自動棒材供給機の送り込みバーは、送り込みバーを軸方向に駆動するための送り込みバー駆動手段に必ず結合されているものとすることができる。」(審決書5頁14行~6頁5行)とした認定は認める。

しかしながら、審決が、上記認定に続けて、「したがって、・・・非加工中において主軸台が後退する時に送り込みバーを介して被加工棒材にこれが後方へ移動することがない力を与えて被加工棒材の後退を防止する前進用減速機付モータが記載されているものとすることができる。」(同6頁6~12行)と認定したことは誤りである。

故に、審決が、本願発明と引用例発明とが、「旋盤のベッド上に前進及び後退可能に取り付けられた主軸台の方へ被加工棒材を供給するフィードパイプを、主軸台のチャックが閉じている時に、前記主軸台の移動に同期してフィードパイプを移動させるための手段と、主軸台のチャックが開いた状態で、新たな被加工用棒材を加工位置に位置決めするときにフィードパイプを前進させるとともに、非加工中において主軸台が後退する時にフィードパイプを介して被加工棒材にこれが後方へ移動することがない力を与えて被加工棒材の後退を防止する前進用モータと、を備えた主軸移動旋盤におけるフィードパイプ追従装置」(同8頁11行~9頁2行)である点で一致するとした認定は、上記認定に基づいて「非加工中において主軸台が後退する時にフィードパイプを介して被加工棒材にこれが後方へ移動することがない力を与えて被加工棒材の後退を防止する前進用モータと、を備えた」とした部分において誤りであるといわなければならない。

(2)  すなわち、引用例1には、非加工中の主軸台の後退時に被加工棒材の後退を積極的に防止する前進用減速機付モータについての記載は全くない。

確かに、引用例発明においては、2つの電磁クラッチ(減速機付モータを係脱する図示されていない電磁クラッチ及び主軸台の移動に係脱する電磁クラッチ28)が交互にオン・オフすることにより、送り込みバーは、主軸台の移動又は減速機付モータの駆動の一方と常に連結しているが、引用例1の「主軸チャックによって棒材を把持している加工サイクル中には主軸台14と送り込みバー56とを連動させ、また主軸チャックが開放されている非加工サイクル中、例えば、1個の部品加工が終了して自動棒材供給機40から自動旋盤10に材料を送り込むときや、1本の棒材の加工終了後自動旋盤10から残材を引き抜いて新たな棒材を供給するときには連動を切り離して送り込みバー56を単独で移動させることができる。」(甲第2号証4頁左下欄1~10行)との記載からみて、引用例発明において、主軸台のチャックが開放されている非加工中に、減速機付モータ側の電磁クラッチがオンとなって、送り込みバーを単独で移動させる動作は、棒材をある距離だけ(ストッパー位置まで)前進させる場合や新たな棒材と交換する場合に機能するものであり、一連の加工中において、一つの部品(ピース)の加工終了後、次の部品の加工のため主軸台が後退して棒材を掴み換える場合を対象とするものではない。チャックが開いて主軸台が後退するときは、減速機付モータ側の電磁クラッチはオンとなっても、減速機付モータはオフであり、主軸台が後退し、所定長さの棒材の加工部分が主軸台のチャックから突出すると、チャックが閉じて主軸台側の電磁クラッチ28がオンとなるだけであって、主軸台が後退するときに減速機付モータが駆動して棒材に後退防止用のトルクを与えるものではない。

仮に、引用例発明において、棒材の掴み換えのときにも、減速機付モータ側の電磁クラッチがオンとなって送り込みバーが単独で移動するとすれば、後記のとおり、主軸台の後退中に、棒材に通常の前進トルクが作用することになるが、その結果、加工の終了した一つのピースを切断した突切りバイト(又は他のストッパー)に棒材が大きな力で突き当てられ、突切りバイトが破損するか、棒材が曲がってしまうことになる。つまり、引用例発明における送り込みバーを単独で移動させる動作は、1本の棒材全体を送り込んだり、引き抜いたりする交換時に機能するもので、1本の棒材の加工中の主軸チャックの掴み換え時には適用できないものである。

一般に、主軸台移動型の棒材加工において、棒材の後端は送り込みバーの先端に把持されているから、棒材加工中にチャックによって棒材を掴んだ主軸台が逐次前進すると、棒材が主軸台のチャックにより引っ張られるため、送り込みバーやその駆動系のチェーン、ベルトも前方に引っ張られたストレス状態となっており、そのため、主軸台のチャックが開くと、棒材は僅かではあるが後退する。また、主軸台のチャックとして一般に用いられているコレットチャックは、開放時にチャック本体が僅かに後退し、このときにも棒材が僅かながら後退する。本願発明は、このような棒材の僅かな後退が加工誤差の原因となるので、これを防止することを課題とするものである。

これに対し、引用例発明は、従来の主軸台移動型NC自動旋盤において、主軸台が棒材を把持したまま送り込みバーの押圧力及び慣性力に抗して送り込みバーを押し戻していたため、細い棒材では曲がってしまう欠点があったので、これを解消することを課題とするものであり、主軸台の移動時に、棒材に送り込みバーの駆動力が全くかからないようにすることを技術思想とするものであって、主軸台のチャックを開いたときの棒材の後退を防止するという着想は全くなく、それ故、主軸台のチャックが開いて後退するときに減速機付モータをオンとすることについては、引用例1に開示も示唆もないのである。

したがって、引用例1に、非加工中において主軸台が後退する時に送り込みバーを介して被加工棒材にこれが後方へ移動することがない力を与えて被加工棒材の後退を防止する前進用減速機付モータが記載されているとする審決の認定は誤りである。

なお、被告は、昭和37年5月10日発行の【J】ら編「機械加工の自動制御」(乙第1号証、以下「周知例1」という。)及び昭和43年10月30日発行の日本工作機械自動盤協議会編「実用自動盤ハンドブック」(乙第2号証、以下「周知例2」という。)の記載を挙げて、主軸台のチャックが開いて主軸台が後退するときに、被加工棒材の後退を防止するための前進用トルクを与えることが、主軸移動旋盤において当然に考慮されなければならない前提事項であって、引用例発明においても当然前提とされている課題であると主張するが、上記のとおり、引用例発明の送り込みバーを単独で移動させる動作は、主軸台が後退して棒材を掴み換える場合を対象とするものではなく、引用例1は、主張のような課題を前提とするものではない。

2  取消事由2(相違点2についての判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明との相違点2として認定した「非加工中において主軸台が後退する時にフィードパイプを介して被加工棒材にこれが後方へ移動することがない力を与えて被加工棒材の後退を防止する前進用制御モータについて、本件出願の【請求項1】に係る発明(注、本願発明)においては、被加工棒材に弱い前進用のトルクを与えるものとしているのに対して、甲第1号証刊行物に記載された発明(注、引用例発明)においては、弱い前進用のトルクを与えるものとは特定していない点」(審決書9頁17行~10頁5行)につき、「本件出願の【請求項1】に係る発明において、前進用制御モータを被加工棒材に弱い前進用のトルクを与えるものと特定したことにより、被加工棒材にこれが後方へ移動することがない力を与えて被加工棒材の後退を防止するにあたり格別の機能を奏するものでもないから、この相違点において掲げた本件出願の【請求項1】に係る発明の構成のごとくすることは、当業者が容易に想到することができたものである。」(同11頁6~14行)と判断したが、それは誤りである。

すなわち、本願発明においては、棒材加工中に、1個の部品(ピース)の加工が終了すると、該加工終了部品は突切りバイトで棒材から切断され、次いで、棒材の掴み換えのため、主軸台のチャックが開放して主軸台が後退し、次の部品の加工のために一定長さだけ棒材をチャックの前方に突出させるが、この時、前進用モータによって弱い前進用トルクが棒材に加えられ、その前端が突切りバイト(又は他のストッパー)に当接させられて、その状態で棒材が定位置に停止するものである。

これに対し、上記のとおり、引用例発明における送り込みバーを単独で移動させる動作は、一連の加工中の1つの部品(ピース)の加工が終了し、次の部品の加工のために主軸台が後退して棒材を掴み換える場合を対象とするものではないから、減速機付モータの前進用トルクは本願発明のような弱いトルクではなく、それ故、仮に、主軸チャックが開放されたと同時に減速機付モータ側の電磁クラッチがオンして送り込みバーを単独で移動させるものであれば、通常の前進用トルクによる力が棒材に作用して突切りバイト(ストッパー)に付き当て、突切りバイトが破損するか、棒材が曲がってしまうことになる。

引用例1には、上記のとおり、加工誤差の原因となる棒材の僅かな後退を防止しようとする課題がなく、これを解決するために前進用制御モータが被加工棒材に弱いトルクを与える点の開示も示唆もないのであるから、引用例発明において、被加工棒材に弱い前進用のトルクを与える本願発明の構成とすることが、当業者が容易に想到することができたとする審決の判断は誤りである。

第4被告の反論の要点

審決の認定・判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

原告は、引用例発明において、減速機付モータ側の電磁クラッチがオンとなって送り込みバーを単独で移動させる動作が、一つの部品(ピース)の加工終了後、次の部品の加工のため主軸台が後退して棒材を掴み換える場合を対象とするものではなく、チャックが開いて主軸台が後退するときに、減速機付モータ側の電磁クラッチはオンとなっても、減速機付モータはオフであり、主軸台が後退するときに減速機付モータが駆動して棒材に後退防止用のトルクを与えるものではないと主張するが、それは誤りである。

すなわち、引用例1には、「ここで、前述のエンドレスチェーン34および電磁クラッチ28、または後述のタイミングベルト68および電磁クラッチ28は前記主軸台移動伝達手段と前記送り込みバー駆動手段とを選択的に連結して主軸台の移動に同期させて送り込みバーを移動可能とする係脱手段を構成するものである。一方、自動棒材供給機40のフレーム46の後端に設けられたスプロケットホィールまたはプーリ50には、送り込みバー56を単独で軸方向に移動可能とする減速機付モータ(図示せず)が電磁クラッチ(図示せず)を介して係脱可能に設けられている。主軸台14の移動をスプロケットホィール30に係脱する電磁クラッチ28と、図示しないモータの駆動をスプロケットホィールまたはベルト50に係脱する図示しない電磁クラッチとは交互にオン・オフし、常に一方の電磁クラッチがオンとなるときには他方の電磁クラッチがオフとなるように作動し、送り込みバー56は主軸台14の移動又は図示しないモータの駆動の一方と常に連結されている。そして、本実施例では、電磁クラッチ28は主軸のチャックの開閉と連動して作動するように構成されており、主軸チャックが閉じているときには送り込みバー56は主軸台14の移動と連動し、主軸チャックが開いているときには図示しないモータの回転によって送り込みバー56が単独で移動可能となっている。」(甲第2号証3頁右下欄5行~4頁左上欄12行)との記載があり、ここで「モータの駆動」とは、モータがオンであることにほかならない。また、引用例1には、「主軸チャックが開放されている非加工サイクル中、例えば、1個の部品加工が終了して自動棒材供給機40から自動旋盤10に材料を送り込むときや、1本の棒材の加工終了後自動旋盤10から残材を引き抜いて新たな棒材を供給するときには連動を切り離して送り込みバー56を単独で移動させることができる。」(同号証4頁左下欄3~10行)との記載があって、ここで「1個の部品加工が終了して自動棒材供給機40から自動旋盤10に材料を送り込むとき」とは、一つの部品(ピース)の加工終了後、次の部品の加工のため主軸台が後退して棒材を掴み換えることを意味するものである。

そして、これらの記載によれば、引用例1には、主軸台のチャックが開いて主軸台が後退するとき、減速機付モータはオンであって、送り込みバーに対して前進用トルクを与えることが記載されていることが明らかである。

また、原告は、引用例1に、主軸台のチャックを開いたときの棒材の後退を防止するという着想は全くないと主張するが、連続的に棒材を加工する場合において、主軸台のチャックが開いて主軸台が後方に移動するときに、棒材が後退したのでは、その目的を達成できないから、棒材を後退させないようにすることは当然であり、周知例1の「この場合ヘッドストックの後退時棒材が一緒に後退するのを避けるために荷重,気圧,特殊な電動機などを用いて棒材を停止させる装置が必要である。」(乙第1号証222頁1~3行)、「この後退時特殊なモーターにて駆動されたプッシャー(pusher)④により素材の後退を防いでいる。」(同号証222頁15~16行)との各記載及び図8.18、図8.19の記載、並びに周知例2の「材料はチャックが開いたときに,ウエイトにより前方へ押し出される。」(乙第2号証49頁8~9行)との記載及び図2.32の記載によっても明らかなとおり、非加工中、主軸台のチャックが開いて主軸台が後退するときに、被加工棒材の後退を防止するための前進用トルクを与えることは、主軸移動旋盤において当然に考慮されなければならない前提事項であって、引用例発明においても当然前提とされている課題である。

したがって、審決が、引用例発明について、「二つのクラッチ手段の相互の作動状態について、オンされるのは何れか一方であり、かつ、主軸チャックが開のときには送り込みバーを移動する減速機付モータを係脱するクラッチ手段は必ずオンとなるごとく作動することが明白である。このことからすると、主軸チャックが開となり、主軸台が単独で移動、すなわち、前進又は後退可能となると同時に自動棒材供給機の送り込みバーは、送り込みバーを軸方向に駆動するための送り込みバー駆動手段に必ず結合されているものとすることができる。」との認定を前提として、「したがって、・・・非加工中において主軸台が後退する時に送り込みバーを介して被加工棒材にこれが後方へ移動することがない力を与えて被加工棒材の後退を防止する前進用減速機付モータが記載されているものとすることができる。」と認定したこと、及びこの認定に基づいて、本願発明と引用例発明とが「非加工中において主軸台が後退する時にフィードパイプを介して被加工棒材にこれが後方へ移動することがない力を与えて被加工棒材の後退を防止する前進用モータと、を備えた」点で一致すると認定したことに何らの誤りもない。

2  取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について

原告は、引用例発明における送り込みバーを単独で移動させる動作が、一連の加工中の1つの部品(ピース)の加工が終了し、次の部品の加工のために主軸台が後退して棒材を掴み換える場合を対象とするものではないとか、引用例1には、加工誤差の原因となる棒材の僅かな後退を防止しようとする課題がない等と主張するが、いずれも誤りであることは上記1のとおりである。

そして、本願発明と引用例発明における前進用制御モータは、非加工中において主軸台が後退する時に、フィードパイプ(送り込みバー)を介して、被加工棒材にこれが後方へ移動することがない力を与え、被加工棒材の後退を防止する前進用制御モータとして差異はない。この前進用トルクを発生させる手段として、上記のとおり、周知例1は「荷重,気圧,特殊な電動機」を、周知例2は「ウエイト」を挙げており、これらはいずれも周知慣用の手段であるが、これらの手段のいずれもが、被加工棒材にこれが後方へ移動することがない力を与え、その後退を防止するための前進用トルクとして、その目的を超えた不必要な前進用トルクを与えるものではない。目的に応じた力を作用させ、必要以上の力を作用させることのないようにすることは、当業者における技術常識である。

さらに、本件明細書には、弱い前進用トルクの力の程度について具体的な開示はない。

そうすると、引用例発明の前進用トルクを、単に弱い前進用トルクとして、本願発明の構成とすることは、当業者において容易に選択できる事項であるというべきであり、審決の相違点2についての判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

引用例1に、引用例発明に関して、「自動棒材供給機40のフレーム46の後端に設けられたスプロケットホィールまたはプーリ50には、送り込みバー56を単独で軸方向に移動可能とする減速機付モータ(図示せず)が電磁クラッチ(図示せず)を介して係脱可能に設けられている。主軸台14の移動をスプロケットホィール30に係脱する電磁クラッチ28と、図示しないモータの駆動をスプロケットホィールまたはプーリ50に係脱する図示しない電磁クラッチとは交互にオン・オフし、常に一方の電磁クラッチがオンとなるときには他方の電磁クラッチがオフとなるように作動し、送り込みバー56は主軸台14の移動又は図示しないモータの駆動の一方と常に連動されている。そして、本実施例では、電磁クラッチ28は主軸のチャックの開閉と連動して作動するように構成されており、主軸チャックが閉じているときには送り込みバー56は主軸台14の移動と連動し、主軸チャックが開いているときには図示しないモータの回転によって送り込みバー56単独で移動可能となっている。」(審決書4頁10行~5頁11行)、「主軸台14または送り込みバー56は、それぞれ独立して移動することができ」(同5頁12~13行)との各記載があって、引用例発明が「主軸チャックが開となり、主軸台が単独で移動、すなわち、前進又は後退可能となると同時に自動棒材供給機の送り込みバーは、送り込みバーを軸方向に駆動するための送り込みバー駆動手段に必ず結合されているものとすることができる」(同5頁20行~6頁5行)ものであることは当事者間に争いがない。

しかるところ、引用例1(甲第2号証)には、引用例発明に関して、さらに、「主軸のチャックが開放されており、電磁クラッチ28がオフのときには、・・・主軸台14または送り込みバー56は、それぞれ独立して移動することができ、棒材の送り込みや新たな棒材との交換が可能となる。このように、主軸台14の移動と送り込みバー56の移動との連動を選択的に係脱できるので、必要なとき、例えば主軸チャックによって棒材を把持している加工サイクル中には主軸台14と送り込みバー56とを連動させ、また主軸チャックが開放されている非加工サイクル中、例えば、1個の部品加工が終了して自動棒材供給機40から自動旋盤10に材料を送り込むときや、1本の棒材の加工終了後自動旋盤10から残材を引き抜いて新たな棒材を供給するときには連動を切り離して送り込みバー56を単独で移動させることができる。」(同号証4頁右上欄12行~左下欄10行)との記載があり、この記載と前示争いのない記載事項とを併せ考えれば、引用例発明において、送り込みバーは、2個のクラッチ(減速機付モータを係脱する図示されていない電磁クラッチ及び主軸台の移動に係脱する電磁クラッチ28)の係脱の動作によって、主軸台の移動との連動による移動と、減速機付モータの駆動による軸方向の単独移動とが、二者択一的に切り換わる構成であるところ、非加工サイクル中であって、主軸台のチャックが開放されているときには、主軸台が単独で移動(前進又は後退)可能になるとともに、送り込みバーも減速機付モータの駆動による軸方向の単独移動が可能となり、このことによって、例えば、1個の部品(ピース)の加工が終了したことに伴って、自動棒材供給機40から自動旋盤10に棒材を送り込むこともできるものであることが認められる。

他方、周知例1(乙第1号証)には、「主として工作物の前進送りが加工工程になる場合,たとえばならい旋盤,縦送り旋盤など」(同号証221頁17~20行)において、「工作物が挿入されるとヘッドストック①(注、本願発明及び引用例発明の主軸台に相当するものと認められる。)の中に設けられたコレット②(注、同チャックに相当するものと認められる。)が閉じ,ヘッドストックの前進に伴い工作物③は前進すると同時に加工が行なわれる.続いて突切り,コレット開,ヘッドストック原位置後退が行なわれ1サイクルが終る.その後同じサイクルを繰り返しこの棒材を全部加工する.この場合ヘッドストックの後退時棒材が一緒に後退するのを避けるために荷重,気圧,特殊な電動機などを用いて棒材を停止させる装置が必要である.」(同221頁23行~222頁3行)との記載があり、さらに、その実例として、図8.19(同222頁)に示された「TavannesMachine社の一軸自動旋盤」につき、「この後退時特殊なモーターにて駆動されたプッシャー(pusher)④により素材の後退を防いでいる.」(同頁15~16行)との記載もある。これらの記載によれば、周知例1には、主軸移動旋盤に相当するものにおいて、1部品(ピース)の加工が終了し、主軸台のチャックが開いて主軸台が後退する際に(すなわち、原告の主張する棒材の掴み換えの際に)、被加工棒材が後退することを防ぐために、被加工棒材に前進用の力を与えるための技術手段が記載されているものと認められるところ、このような被加工棒材の後退を防ぐ技術手段を講じる前提として、棒材の後退により加工誤差が生じることを防止するという課題が存在していることは、当業者にとって明らかであるものと認められる。そして、周知例1が、機械加工の自動制御に関する一般的な概説書の体裁をなし、かつ、本願出願の二十数年前に発行されたものであることも考慮すれば、棒材の後退を防ぐ技術手段を講じて、その後退による加工誤差を防止するという課題は、本願出願時、当業者にとって周知であったものと認めることができる。

しかして、このことを併せ考えると、前示のような構成、機能を有する引用例発明が、前示周知の課題に対応する技術手段として、主軸台のチャックが開放された非加工サイクル中、主軸台が後退する際において、送り込みバーに結合した減速機付モータの駆動により、送り込みバーを介して被加工棒材にこれが後退しないような力を与えるものであることは、当業者にとって自明のことであると認められ、そうだとすれば、引用例1には、かかる前進用減速機付モータが記載されているものというべきである。

なお、原告は、引用例発明において、棒材の掴み換えのときに送り込みバーが単独で移動するとすれば、主軸台の後退中に、棒材に通常の前進トルクが作用する結果、突切りバイト等に棒材が大きな力で突き当てられ、突切りバイトが破損するか、棒材が曲がってしまうと主張するが、引用例発明において棒材に加えられる前進用トルクの強弱に関しては、審決が相違点2で採り上げているところであり、かつ、この点につき原告の該主張を採用できないことは後記2のとおりである。また、原告は、チャックが開いて主軸台が後退するときには、減速機付モータ側の電磁クラッチはオンとなっても、減速機付モータはオフであると主張するが、引用例1には、その場合に、減速機付モータ側の電磁クラッチがオンとなりながら、減速機付モータがオフであるとの記載はなく、該主張は何らの根拠も伴わないものといわざるを得ない。

そうすると、審決が、引用例1に「非加工中において主軸台が後退する時に送り込みバーを介して被加工棒材にこれが後方へ移動することがない力を与えて被加工棒材の後退を防止する前進用減速機付モータが記載されているものとすることができる。」とした認定に誤りはなく、したがって、この認定に基づき、本願発明と引用例発明とが、「非加工中において主軸台が後退する時にフィードパイプを介して被加工棒材にこれが後方へ移動することがない力を与えて被加工棒材の後退を防止する前進用モータと、を備えた」点において一致すると認定したことにも誤りはない。

2  取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について

原告は、引用例発明における減速機付モータの前進用トルクが、本願発明のような弱いトルクではなく、通常の前進用トルクであるから、その力が棒材に作用すると、突切りバイト等に付き当て、突切りバイトが破損するか、棒材が曲がってしまうこと、また、引用例1に、加工誤差の原因となる棒材の僅かな後退を防止しようとする課題がなく、これを解決するために前進用制御モータが被加工棒材に弱いトルクを与える点の開示も示唆もないことを主張して、引用例発明において、被加工棒材に弱い前進用のトルクを与える本願発明の構成とすることが、当業者が容易に想到することができたとする審決の判断が誤りであると主張する。

しかしながら、棒材の後退により加工誤差が生じることを防止するという課題が、本願出願時、当業者にとって周知であったものと認められることは前示のとおりである。

また、特開昭57ー132902号公報(甲第10号証)に、「棒材加工用旋盤の棒材繰出し方法」の発明に係る従来技術につき、「1個の部品の加工が完了すると、突切りバイトで部品が切落され、主軸が停止し突切りバイトをそのままストッパー6にし、或いは刃物台に取付けられた他のストッパー6に棒材3の先端を当接させて、主軸チャック2が開き主軸台1が後退する。このとき、棒材3は後方から重錘Wで押されているのでストッパー6に当接しており、」(同号証1頁右下欄15行~2頁左上欄1行)との記載があり、また、特開昭62ー130104号公報(甲第11号証)に、「1つの部品の加工が終ると、例えば主軸移動型自動旋盤の場合、突切りバイトで棒材の移動を抑え、コレットチャックが開き、主軸を後退させた後、」(同号証2頁左上欄14~17行)との記載があることに鑑みれば、本願出願当時、主軸移動旋盤において、突切りバイト(又は他のストッパー)に棒材を当接させることは慣用の技術手段であったものと認められるところ、かかる技術手段において、棒材を突切りバイト等に強い力で当接させれば、突切りバイト等が破損するか、棒材が大きく曲がってしまうという問題が発生し得ることは、技術常識上、当業者が当然予測できることであり、そうであれば、棒材を突切りバイト等に当接させる力を前進用モータのトルクによって生じさせる場合においては、当該前進用モータが発生するトルクを、かかる問題が起こらない程度の弱いトルクとすることは、単なる設計事項の範囲を出ないものというべきであって、当業者において、容易に想到することができたものと認められる。

そうすると、審決が、相違点2についての判断において、「本件出願の【請求項1】に係る発明(注、本願発明)において、前進用制御モータを被加工棒材に弱い前進用のトルクを与えるものと特定したことにより、被加工棒材にこれが後方へ移動することがない力を与えて被加工棒材の後退を防止するにあたり格別の機能を奏するものでもない」としたことは、必ずしも適切であるとはいえないが、相違点2につき、「この相違点において掲げた本件出願の【請求項1】に係る発明の構成のごとくすることは、当業者が容易に想到することができたものである。」と判断したこと自体に誤りがあるということはできない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

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