東京高等裁判所 平成10年(行ケ)312号 判決 1999年11月09日
原告
株式会社三洋物産
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
被告
特許庁長官【C】
指定代理人
【D】
同
【E】
同
【F】
同
【G】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 請求
特許庁が平成7年審判第26765号事件について平成10年7月29日にした審決を取り消す。
第2 前提となる事実(当事者間に争いのない事実)
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成2年4月19日、名称を「パチンコ遊技機」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願(実願平2-42358号)をしたところ、平成7年10月20日付け拒絶査定を受けたので、同年12月14日拒絶査定不服の審判を請求した。
特許庁は、この請求を平成7年審判第26765号事件として審理した結果、平成10年7月29日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同年9月10日原告に送達された。
2 本願考案の要旨
パチンコ球が入賞したときに、遊技状態に応じて効果音を発するパチンコ遊技機であって、
遊技状態に対応する遊技モードを決定するモード決定手段と、モード決定手段により決定された遊技モードに対応する音声信号を発生する効果音発生手段と、効果音発生手段からの音声信号によって遊技者のみに向けて効果音を発する指向性スピーカとを備えたことを特徴とするパチンコ遊技機。
3 審決の理由の要点
(1) 本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) これに対して、原査定の拒絶理由において引用された、実願昭56-171468号(実開昭58-77779号)のマイクロフィルム(以下「引用例」という。)には、
「遊技機の全体または一部のゲーム装置や入賞装置を電子的に制御する回路を備えた制御回路基盤を有する弾球遊技機において、前記弾球遊技機の予め設定された種々の特定状態に対応した異なる音信号を発生する回路を備えた音制御基盤と、前記音制御基盤からの音信号を受けて効果音を発生し前記遊技機ごとに設けられたスピーカとを備え、前記音制御基盤および前記スピーカとが前記制御回路基盤に対して独立分離して配設され、かつ電気的接続手段により互いに接続されていることを特徴とする弾球遊技機の効果音発生装置。」の考案が記載されている。
(3) ところで、本願考案と引用例に記載された考案とを比較すると、両者は、パチンコ遊技機において、パチンコ球が入賞したときに、遊技状態に応じて効果音を発する遊技機であって、遊技状態に対応する遊技モードを決定するモード決定手段と、モード決定手段により決定された遊技モードに対応する音声信号を発生する効果音発生手段と、効果音発生手段からの音声信号によって効果音を発するスピーカとを備えた点で一致し、効果音を発生するスピーカが、本件出願の考案が、遊技者のみに向けて効果音を発する指向性スピーカであるのに対し、引用例に記載された考案が、効果音を発生するスピーカとするだけで、指向性を持ったものかどうか不明な点で相違している。
(4) そこで、上記相違点について検討するに、
ア 指向性スピーカは、原査定の拒絶理由において指摘したとおり本願出願前周知であり、その使用目的は、衆人の中の特定の個人に情報を伝えることであって、各種施設において用いられるものである。
イ また、引用例には、「以上の実施例においては、ゲーム装置に関連してのみ制御回路基盤7および音制御器盤15を説明したが、本考案は、ゲーム装置に限らず、全てのパチンコ機で発生し得る特定状態例えば「打止」、「受皿満杯」、「玉補給」の各状態を音声をもってアナウンスするような装置に関連しても適用され得るものである。」(10頁3~9行)と、引用例に記載された考案におけるスピーカが、入賞時に効果音を発するばかりか、それ以外のパチンコ機で発生し得る特定状態が発生した時にも、そのことを遊技者に伝えるために使用されるものである。
ウ ところで、上記遊技者にその旨を伝える特定状態には、その内容によっては、特定状態の発生したパチンコ機で遊技中の遊技者にのみ伝えれば目的が達せられ、他の遊技者には不要なものもある。このことは、効果音を発するスピーカに指向性スピーカを採用することを示唆するものである。
エ しかも、引用例に記載された考案は、スピーカは遊技機ごとに設けるものであるから、そのスピーカに、指向性スピーカを採用することは、当業者が極めて容易になし得ることと認める。
オ そして、本願考案の奏する効果も、引用例に記載された考案及び本願出願前周知かつ慣用の事項から、当業者が予測し得る程度のものであって、格別顕著なものは認められない。
(5) したがって、本願考案は、引用例に記載された考案及び本願出願前周知かつ慣用の事項に基づき、当業者が極めて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。
第3 審決の取消事由
1 審決の認否
(1) 審決の理由の要点(1)(本願考案の要旨)は認める。
(2) 同(2)(引用例の記載事項の認定)は認める。
(3) 同(3)(一致点、相違点の認定)は認める。ただし、引用例に記載された考案が指向性を持ったスピーカを有さないことは明らかである。
(4) 同(4)(相違点についての判断)中、
アのうち、指向性スピーカは各種施設において用いられるものであることは不知、その余は認める。
イは認める。
ウないしオは争う。
(5) 同(5)(むすび)は争う。
2 取消事由
審決は、相違点についての判断を誤ったため、本願考案の進歩性の判断を誤り(取消事由1)、また、手続上の違法を有するものであるから(取消事由2)、違法なものとして取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(進歩性の判断の誤り)
審決は、「引用例に記載された考案は、スピーカは遊技機ごとに設けるものであるから、そのスピーカに、指向性スピーカを採用することは、当業者が極めて容易になし得ることと認める」(審決の理由の要点(4)エ)と判断するが、誤りである。
ア(ア) まず、審決は、「上記遊技者にその旨を伝える特定状態には、その内容によっては、特定状態の発生したパチンコ機で遊技中の遊技者にのみ伝えれば目的が達せられ、他の遊技者には不要なものもある。」(審決の理由の要点(4)ウ)と認定しているが、誤りである。
パチンコ機に用いられる効果音は、単に遊技状態を遊技者に知らせる伝達機能だけではなく、パチンコホールの雰囲気を盛り上げ、他の遊技者の遊技意欲をそそるという射幸心向上機能も備えている。
審決は、パチンコ機の効果音を単なる伝達手段としてのみ捉えている点でそもそも誤っている。
(イ) なお、本願明細書(甲第2号証)には、従来のパチンコ遊技機にあっては、スピーカから発せられる効果音は、他の遊技者の遊技意欲をそそるため、当該遊技機で遊技している遊技者のみならず、近くのパチンコ遊技機で遊技している他の遊技者にも聞こえるようになっていた旨の記載があるが(2頁13行ないし18行)、この記載は、本願出願当時の当業者の認識を説明するものである。
これに対し、本願考案は、このような当業者の認識を覆した全く逆の発想から生まれたものである。
よって、本願明細書の記載と原告の本訴における主張との間に、何ら矛盾はない。
イ(ア) 本願出願時に、指向性スピーカがパチンコ遊技機に使用されることを示唆するものは全くない。
(イ) 審決は、上記「上記遊技者にその旨を伝える特定状態には、その内容によっては、特定状態の発生したパチンコ機で遊技中の遊技者にのみ伝えれば目的が達せられ、他の遊技者には不要なものもある。」との認定に続けて、「このことは、効果音を発するスピーカに指向性スピーカを採用することを示唆するものである。」(審決の理由の要点(4)ウ)と判断しているが、この判断は、上記ア(ア)の誤った認定を前提とするものであり、やはり誤りである。
(ウ) 前記アのとおり、本願出願時においては、パチンコ機の効果音を特定の遊技者にのみに向けて発するという発想は当業者には全くなかった。また、指向性スピーカをパチンコホールやこれに類する施設で使用した事実も全くなかったものである。したがって、引用例(甲第4号証)のスピーカが指向性スピーカを意図したものでないことは明らかである。
被告は、引用例に記載された弾球遊技機においてはスピーカにより「打止」等の特定状態を音声をもってアナウンスするものであるが、この特定状態は遊技中の遊技者にのみ伝えれば目的が達せられ、他の遊技者には不要なものであるから、引用例には他の遊技者に不要である効果音を遊技者のみに聞こえるようにすること、つまり、指向性スピ一カの採用が示唆されている旨主張している。
しかしながら、本願出願時においては、「打止」等の特定状態のアナウンスは、「打止」等の特定状態が発生したことを従業員に知らせて当該パチンコ機へ向かわせという業務連絡の面もあったから、パチンコホールの壁等に装着されたスピーカでホール全体に聞こえるように行っていた。そして、このアナウンスは、当然に遊技者全員にも聞こえるのであるから、個々の遊技者のみに聞こえるようにするためにわざわざ高価な指向性スピーカを設けるはずがない。逆に、「打止」等の特定状態のアナウンスを弾球機ごとに設けられた指向性スピーカのみで行うとすれば、従業員にはアナウンスが聞こえず、業務連絡するという機能を果たすことができない。
また、引用例に記載された弾球遊技機にしても、「打止」等の特定状態のアナウンスが「他の遊技者には不要である」という意識からではなく、単に「大当たり」等の効果音だけでなく、このようなアナウンスにも引用例の考案が適用できることを付随的に述べたにすぎない。そもそも、引用例に記載された弾球遊技機においては、「大当たり」等の効果音と「打止」等の特定状態のアナウンスとは、どちらも遊技機に設けられた同一のスピーカから発せられるものであるから、後者のみを「遊技中の遊技者にのみ伝えれば目的が達せられ、他の遊技者には不要なものである」と断定することはできない。
しかも、前記のとおり、本願出願時における当業者は、パチンコ機に用いられる効果音は、他の多くの遊技者の遊技意欲をそそるためのものであり、他の遊技者にもすべて必要であると認識していたものである。
これらの点から判断すれば、引用例には、弾球遊技機の効果音を発するスピーカとして指向性スピーカを採用することが示唆されているということはできず、被告の主張は失当である。
さらに、被告は、引用例の弾球遊技機におけるスピーカ14は弾球遊技機の前にいてゲームをする特定の遊技客に対して音声による報知や効果音を出すものであるから、指向性スピーカを採用することを示唆するものであると主張する。
しかしながら、弾球遊技機のスピーカが弾球遊技機の前にいてゲームをする特定の遊技客に対して音声による報知や効果音を出すものであることは、引用例の弾球遊技機のスピーカ14に限らず、あらゆる弾球遊技機のスピーカについていえることであり、被告の上記主張は、論理の飛躍である。
(エ) 審決は、「指向性スピーカは、原査定の拒絶理由において指摘したとおり本件出願前周知であり、その使用目的は、衆人の中の特定の個人に情報を伝えることであって、各種施設において用いられるものである。」(審決の理由の要点(4)ア)と認定しているが、甲第5ないし第7号証(実願昭63-47784号(実開平1-154839号)のマイクロフィルム等)は、本願出願前において、指向性スピーカがパチンコホール以外のレストラン、会議室、学習室等の施設で使用されることが周知であったことを示すにすぎないものである。レストラン、会議室、学習室等は一般に閑静な場所であり、騒々しいパチンコホールとは全く異質の場所である。よって、このようなレストラン、会議室、学習室等で指向性スピーカを使用する事実があるからといって、その事実を、それらの場所とは全く異質のパチンコホールやパチンコ機に当てはめて考えることは妥当ではない。
(オ) 被告は、原告の主張からすると、遊技者及び他の遊技者にむけて効果音を発するスピーカを設けることとなり、本願考案の遊技者のみに向けて効果音を発する指向性スピーカを備えたものとは異なるものとなる旨主張するが、本願考案は、遊技者及び他の遊技者に向けて効果音を発する指向性スピーカ以外のスピーカを設けることを何ら否定するものではないから、被告の上記主張は失当である。
(2) 取消事由2(手続上の違法)
本件の審判手続は、実用新案法41条、特許法133条1項に違反するものであり、違法である。
ア 審判請求人である原告は、本願考案につき平成7年12月14日拒絶査定不服の審判を請求したが、審判請求書(甲第8号証)の「請求の理由」中の[3]本願考案が登録されるべき理由の欄には、「詳細な理由は、追って補充する。」と記載されていた。
審決は、審判請求書(甲第8号証)の上記記載にもかからわず、原告に審判請求の理由の補充を命ずることなく、されたものである。
イ 特許法133条1項に規定するように、審判請求書に請求の理由の記載がない場合は、審判長は請求人に対し相当の期間を指定して補正を命じなければならない。この規定に反してされた審決は、原則として違法であり、取り消されるべきである。
被告は、審判請求から審決までに約2年半の期間があり、審判請求人は、自発的に補正書を提出する時間が十分にあったにもかかわらず自ら補正をしなかった旨主張する。
しかしながら、そのことは、約2年半の間、補正命令も出されなかったことを意味するものである。手続を解怠したという意味では被告にも原告にも責められるべき点はあるが、補正を命ずるべきであるとの明文の規定が存することに加え、国家権力と一私人との力関係を考慮すれば、例外の適用は極めて厳格に行うのが相当である。
ウ 被告は、東京高等裁判所昭和63年10月11日判決に基づく主張をするが、この判決は、意見書の内容と後に提出された理由補充書の内容がほぼ完全に同一であり、審決の実体上の判断に影響を与えておらず、その実体上の判断も違法でなかったという特段の事情があったことから、審決の取消事由としなかったものであり、本件とは事案を異にする。
エ 上記東京高等裁判所昭和63年10月11日判決のいう特別の事情について検討しても、本件訴訟における原告の主張は、審査段階において提出した意見書(甲第9号証)の内容と明らかに異なっており、審判においては、かかる請求人の拒絶査定を不服とする理由を推測することはできなかったはずであるから、手続上の瑕疵にもかかわらず、結論に影響を及ぼさないことが明らかであると認められる特別の事情もない。
すなわち、原告は、審査段階における意見書(甲第9号証)において、パチンコ機の設置形態と引用文献2から4(本訴甲第5ないし第7号証)に記載される「音響装置」の設置形態との違い、及び両装置から発せられる「音(効果音)」の聞き手(遊技者)の立場の違い、という2点から両技術は無関係である旨を主張している。
これに対し、原告は、本件訴訟段階において、本来、パチンコ機の効果音は「伝達機能」と「射幸心向上機能」との2つの機能を有するにもかかわらず、審決では、「射幸心向上機能」を考慮することなく、「伝達機能」にのみ基づいて誤った判断を下している旨主張している。
したがって、原告(出願人)の本件訴訟における主張は、審査段階における意見書(甲第9号証)と明らかに相違しており、しかも、出願人(原告)の上記意見書に基づいて、原告が準備書面において主張した内容を推測することはできなかったものである。
第4 審決の取消事由に対する認否及び反論
1 認否
原告主張の取消事由のうち、(2)アの事実は認め、その余は争う。
2 反論
(1) 取消事由1(進歩性の判断の誤り)について
ア 本願明細書(甲第2号証)には、「また、効果音の役割の一つに「遊技者の遊技意欲をそそる」ことがあるが、遊技者にとってみれば、確かに自分が遊技しているパチンコ遊技機からの効果音には遊技意欲をそそられるものの、他のパチンコ遊技機からの効果音は耳障りとなることがあった。すなわち、パチンコ遊技機から発せられる効果音は、そのパチンコ遊技機で遊技している遊技者の遊技意欲をそそる半面、近くのパチンコ遊技機で遊技している他の遊技者の遊技意欲を減退させる虞があった。」(3頁9行ないし18行)と記載されている。したがって、効果音が他の多くの遊技者の遊技意欲をそそるためのものである旨の原告の主張は、上記本願明細書の記載と矛盾しており、この点ですでに原告の主張は理由のないものである。
すなわち、仮にパチンコ機に用いられる効果音が、単に遊技状態を遊技者に知らせる伝達機能だけではなく、他の遊技者の遊技意欲をもそそるための射幸心向上機能をも有するものであるとすると、遊技者及び他の遊技者に向けて効果音を発するスピ-カを設けることとなり、本願考案の「遊技者のみに向けて効果音を発する指向性スピ-カ」を備えたものとは異なるものとなる。
イ ところで、引用例(甲第4号証)に記載された弾球遊技機においては、効果音を出すスピ-カ14は「遊技機ごとに設けられ」(1頁11行、12行)ており、また、スピ-カにより「特定状態例えば「打止」、「受皿満杯」、「玉補給」の各状態を音声をもってアナウンスする」(10頁6行ないし8行)ものであるが、この特定状態は、遊技中の遊技者にのみ伝えれば目的が達せられ、他の遊技者には不要なものであるから、引用例には他の遊技者に不要である効果音を遊技者のみに聞こえるようにすること、つまり、指向性スピ-カの採用が示唆されているものであり、審決の判断に誤りはない。
ウ さらに、引用例(甲第4号証)には、次の記載が認められる。
「音声のアナウンスにより遊技客の聴覚に訴えて、特定状態例えば打止状態、さらには複雑なゲーム方法や結果等を報知することによって遊技客は安心して遊技に没頭でき、また特定状態に対応した効果音によって爽快な気分で遊技ができるので、多様化の傾向にある最近のパチンコ機等では特にこの効果音が重要な役割を果すものである。」(3頁8行ないし15行)
「パチンコ機のゲーム内容と関連した効果音を発生させる装置およびその動作を説明する、」(6頁11行ないし13行)
「このようにしてゲーム開始とともにある周波数の効果音がスピーカ14から流れ、次いでストップスイッチ31の作動によりゲーム結果(大当り、中当り、外れ)に対応した音色の効果音がスピーカ14から流れるものである。」(9頁4行ないし8行)
「スピーカ14からは各特定状態に対応して互いに異なった効果音が放送される。」(9頁18行ないし20行)
これらの記載によれば、引用例のスピーカ14は、ゲーム方法や結果等を報知したり、ゲーム内容と関連した効果音を発生させるものであることから、パチンコ機の前にいてゲームをする特定の遊技客に対して音声による報知や効果音を出すものであることは明らかであり、この点も、引用例のスピーカ14が指向性スピーカを採用することを示唆するものである。
エ 甲第5ないし第7号証には、指向性スピ-カがパチンコホ-ルやパチンコ機で使用されている点は記載されていない。しかし、甲第5ないし第7号証は、指向性スピ-カが本願出願前周知であったことの証拠の一例として挙げたものである。
また、上記甲第5ないし第7号証の指向性スピ-カは、レストラン、会議室、学習室等各種施設で使用され、衆人の中の特定の人に音情報を伝えることは明らかであり、この点において審決に誤りはない。
オ 上記アないしエに記載したように、引用例には、遊技機ごとに設けられ効果音を発するスピ-カに指向性スピ-カを採用することが示唆されており、また、指向性スピ-カを各種施設で使用することが本願出願前周知であったので、引用例記載の弾球遊技機の効果音を発するスピ-カに、本願出願前周知の指向性スピ-カを採用することは、当業者が極めて容易になし得たことである。
(2) 取消事由2(手続上の違法)について
ア 審判請求から審決まで約2年半の期間があり、この期間内に、請求の理由を補正することを制限する規定はないのであるから、審判請求人は、審判長からの補正命令の有無にかかわらず、自発的に補正書を提出することができたものである。
イ 仮に、本件審判段階において、審判請求の理由の記載を命じる補正命令が出されるべきであったとしても、その暇疵が審決の結論に影響を及ぼさないことが明らかであると認められる特別の事情があるときは、その瑕疵は審決の取消事由とならないものというべきである(東京高等裁判所昭和63年10月11日判決無体集20巻3号466頁参照)。
本件において、仮に審判請求の理由の記載を命じる補正命令が出さなかったとの瑕疵があったとしても、その暇疵は審決の結論に影響を及ぼさないことが明らかであると認められる特別の事情があったものである。
すなわち、原告は、審査段階における拒絶理由通知に対する意見書(甲第9号証)において、引用文献1(本訴甲第4号証)には指向性スピーカについての記載、示唆がない旨、また、引用文献2ないし4(本訴甲第5ないし第7号証)の指向性スピーカはパチンコ機とは無関係である旨、及びパチンコ機の効果音は観賞やリラックスを目的とした音とは異なる旨等を主張していた。審決は、審査段階における拒絶理由通知に対する原告の意見書に基づいて審判請求の理由を推測し、これを審理判断の対象として審決を行ったものである。
そして、原告が本訴における第1回準備書面において、上記意見書と実質的に同じ内容の主張をしていることからすると、仮に本件審判段階において審判請求の理由の記載を命じる補正命令が出されたとしても、原告の審判請求の理由は上記意見書における主張と実質的に変わらなかったものと認めるべきである。
理由
1 取消事由1(進歩性についての判断の誤り)について
(1) 審決の理由の要点(2)(引用例の記載事項の認定)及び同(3)(一致点、相違点の認定)は、当事者間に争いがない。
(2)ア 指向性スピ-カは本願出願前周知であり、その使用目的は衆人の中の個人に情報を伝えることであること(審決の理由(4)アの一部)は、当事者間に争いはない。
イ そして、甲第4号証によれば、引用例には、「遊技機ごとに設けられたスピーカとを備え」(1頁11行、12行)、「音声のアナウンスにより遊技客の聴覚に訴えて、特定状態例えば打止状態、さらには複雑なゲーム方法や結果等を報知することによって遊技客は安心して遊技に没頭でき、また特定状態に対応した効果音によって爽快な気分で遊技ができるので、多様化の傾向にある最近のパチンコ機等では特にこの効果音が重要な役割を果すものである。」(3頁8行ないし15行)と記載されていることが認められる(一部は当事者間に争いがない。)。
これらの記載によれば、引用例のスピーカは、遊技機ごとに設けられ、複雑なゲーム方法や打止状態等の結果を音声アナウンスによって報知するものであって、これによって遊技客が安心して遊技に没頭し得るようにするものと認められる。そして、複雑なゲーム方法や打止状態等の結果は、実際に遊技している遊技者にとっては有用な情報であるが、他の遊技者にとってはむしろ邪魔であることを考慮すると、引用例には、引用例のスピーカが指向性スピーカであることが示唆されているものと認められる。
ウ そうすると、「特定状態には、その内容によっては、特定状態の発生したパチンコ機で遊技中の遊技者にのみ伝えれば目的が達せられ、他の遊技者には不要なものもある。」ことを根拠に「効果音を発するスピーカに指向性スピーカを採用することを示唆するものである。」とし、「しかも、引用例に記載された考案は、スピーカは遊技機ごとに設けるものであるから、そのスピーカに、指向性スピーカを採用することは、当業者が極めて容易になし得ることと認める。」、「そして、本願考案の奏する効果も、引用例に記載された考案及び本願出願前周知かつ慣用の事項から、当業者が予測し得る程度のものであって格別顕著なものは認められない。」との審決の認定、判断(審決の理由の要旨(4)ウないしオ)に誤りはないものと認められる。
(3)ア 原告は、本願出願当時の当業者は、パチンコ機に用いられる効果音は単に遊技状態を遊技者に知らせる伝達機能だけではなく、パチンコホールの雰囲気を盛り上げ、他の遊技者の遊技意欲をもそそるための射幸心向上機能をも備えていると考えていたものであり、指向性スピーカの採用に想到することは困難であった旨主張する。
しかしながら、パチンコ機に用いられる効果音に他の多くの遊技者の遊技意欲をそそるという面があるとしても、弁論の全趣旨によれば、本願出願当時における当業者は、効果音には「自分が遊技しているパチンコ機からの効果音に混じって、近くのパチンコ遊技機からの効果音が、自分が遊技しているパチンコ遊技機からの効果音とほとんど変わらない大きさで聞こえてくるため、効果音によってパチンコ球の入賞を正確に知ることができ(ず)」(甲2号証3頁3行ないし8行参照)、「他のパチンコ遊技機からの効果音は耳障りとなることがあった。すなわち、パチンコ遊技機から発せられる効果音は、そのパチンコ遊技機で遊技している遊技者の遊技意欲をそそる反面、近くのパチンコ遊技機で遊技している他の遊技者の遊技意欲を減退させる虞があった」(同3頁12行ないし末行参照)と認識していたものと認められ、これと異なる前提に立つ原告の上記主張は採用することができない。
イ さらに、原告は、本願出願時においては、「打止」等の等の特定状態のアナウンスは、「打止」等の特定状態が発生したことを従業員に知らせて当該パチンコ機へ向かわせという業務連絡の面もあったから、引用例において、個々の遊技者のみに聞こえるようにするためにわざわざ高価な指向性スピーカを設けるはずがない旨主張する。
しかしながら、引用例の弾球遊技機においては既に遊技機ごとにスピーカが設けられているものであるから、ここでは、遊技機ごとに設けられたスピーカとパチンコホールの壁などに装着されたスピーカが併存しているものと認められるところ、原告主張のホールの従業員への打止等の特定状態の連絡は、パチンコホールの壁などに装着されたスピーカでホール全体に聞こえるようすることで行うことができ、遊技機ごとのスピーカは、ホールの従業員への打止等の特定状態を連絡する機能を果たす必要はないものであるから、原告主張のホールの従業員への打止等の特定状態の連絡の点は、引用例における遊技機ごとに設けられたスピーカが指向性スピーカではないと解する根拠とはならず、原告の上記主張は理由がない。
(4) したがって、本願考案は、引用例に記載された考案及び本願出願前周知かつ慣用の事項に基づき、当業者が極めて容易に考案をすることができたものと認められるとの審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(手続上の違法)について
(1) 審判請求人である原告は、本願考案につき平成7年12月14日拒絶査定不服の審判を請求したが、審判請求書(甲第8号証)の「請求の理由」中の[3]本願考案が登録されるべき理由の欄には、「詳細な理由は、追って補充する。」と記載されていたこと、及び審決は原告に審判請求の理由の補充を命ずることなく、審判請求から約2年7箇月後の平成10年7月29日にされたものであることは、当事者間に争いがない。
そして、甲第8号証によれば、本件の審判請求書には、「5 請求の趣旨」として「原査定を取り消す、本願の考案は登録すべきものである、との審決を求める。」と記載され、「6 請求の理由」の欄には、「[1]手続の経緯」として、出願、拒絶理由の通知、意見書・手続補正書の提出、拒絶査定の謄本送達の各日時が記載され、「[2]拒絶査定の理由の要点」として拒絶理由通知書及び拒絶査定の謄本の内容が詳細に記載されていることが認められる。
さらに、甲第8、第9号証によれば、特許庁審査官は、平成7年7月18日発送の拒絶理由通知書において、引用例(甲第4号証)を主引用例とし、甲第5ないし第7号証を副引用例とする拒絶理由を通知したところ、原告は、平成7年9月14日付け意見書(甲第9号証)において、引用例には本願考案の「効果音発生手段からの音声信号によって遊技者(のみ)に向けて効果音を発する指向性スピーカ」についての記載は勿論、示唆すら」されてないこと(4頁下から4行ないし2行)、甲第5、第6号証には「超指向性スピーカ」を設けた「テーブル装置」が開示されているが、パチンコ遊技機とは無関係であること(4頁末行ないし5頁末行)、甲第7号証には「指向性スピーカを用いることにより、対象となる当事者のみに音が聞こえる構成とする点」が記載されているが、これをパチンコ遊技機にどのように適用するかは記載されていないこと(6頁1行ないし5行)、本願考案と各引用文献の考案との比較においては、各引用文献中の考案では他人とは全く異なる音楽を聞くことが重要であり、本願考案におけるような「隣合うパチンコ遊技機が全く同じ「効果音」を使用しているにもかかわらず、効果音によってパチンコ球の入賞を確実に知らせることができ、近くのパチンコ遊技機で遊技している他の遊技者の遊技意欲を減退させることなく、遊技者の遊技意欲をそそることが可能なパチンコ遊技機を提供する」という明確な目的意識がないこと(7頁3行ないし7行)、及び引用例の考案が、本願考案と同様な目的意識がない以上、この引用例の考案に甲第5ないし第7号証に記載された構成を適用することができないこと(7頁11行ないし13行)を主張したことが認められる。
(2) ところで、実用新案法41条により準用される特許法133条によれば、審判請求書が同法131条1項1号ないし3号(請求の趣旨及びその理由)の規定に違反しているときは、審判長は、請求人に対し、補正を命じなければならないものとされ(同法133条1項)、補正命令を受けた者が指定期間内にその補正をしないときは、決定をもって請求書を却下しなければならないとされている(同条3項。平成8年法律68号により改正されるまでは、同条2項として、「審判長は、請求人が前項の規定により指定した期間内にその補正をしないときは、決定をもってその請求書を却下しなければならない。」とされていた。改正後は、2項が挿入されて3項に繰り下がり、その規定振りは「決定をもってその手続を却下することができる。」となっているが、これは、1項に基づく補正命令に対する旧2項の「請求書を却下しなければならない」という処分と、新2項に基づく補正命令に対する「手続を無効とすることができる」という処分の両者を併せて規定したために、「することができる」となったものであり、1項に基づく補正命令に対応する関係では、従前と同様に「却下しなければならない」ものと解されている。)。
(3) 原告は、審判請求書に請求の理由の記載がない場合であるから、審判長は請求人に対し相当の期間を指定して補正を命じなければならなかったのに、これを命じなかった違法がある旨主張するので、本件における審判請求書の請求の理由の記載が特許法131条1項3号に規定するものとして審判長が補正を命じなければならず、もし補正がされないときは却下しなければならない場合に該当するか否かを検討する。
本件は、前記(1)において認定したとおり、原告のした実用新案登録出願について、特許庁が引用例を示して進歩性の欠如を理由とする拒絶理由通知書を原告に送付し、これに対し、原告は、意見書を提出して詳細に反論したが、拒絶査定を受けたため、拒絶査定不服の審判を請求したものである。その審判請求書の「請求の理由」欄のうち、「本願考案が登録されるべき理由」としては「詳細な理由は、追って補充する。」とのみ記載され、具体的な理由は記載されていなかったが、「請求の理由」を全体としてみれば、「手続の経緯」及び「拒絶査定の理由の要点」が詳しく記載されている。そして、本件審判請求が実用新案登録出願の拒絶査定に対する不服審判請求であり、審判請求書の「請求の趣旨」、「請求の理由」欄の記載全体及び拒絶理由通知に対する意見書からすれば、4つの引用例に基づく進歩性欠如を理由とする拒絶査定に対し、本願考案が進歩性を有するから、登録されるべきものであると主張しており、その具体的な理由も審査段階における拒絶理由通知に対する意見書に詳細に記載されていることが明らかである。このような場合には、審査においてした手続は拒絶査定に対する審判においてもその効力を有する旨規定する実用新案法41条、特許法158条の規定の趣旨からしても、また、請求人の審判を受ける権利の保護という観点からしても、請求の理由の記載がないとはいえず、同法131条1項3号の規定に違反しているとは認められないから、同法133条1項にいう補正を命じなければならない場合には当たらないというべきである(なお、本件のように特許法131条1項3号違反とはいえない場合においても、詳細な理由の補充を促す意味での補正を命ずることは何ら差し支えない。しかし、それは、特許法131条1項に基づく補正命令ではないから、それに応じないことに基づいて同法133条3項により却下することはできないものと解すべきである。)。
これに反する原告の主張は採用することができない。
(4) よって、原告主張の取消事由2は理由がない。
3 結論
以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成11年10月26日)
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)