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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)323号 判決 2000年2月23日

原告

旭光学工業株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

被告

特許庁長官【C】

指定代理人

【D】

【E】

【F】

【G】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成10年補正審判第50032号事件について、平成10年8月10日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和63年9月8日、名称を「コンパクトカメラ用高変倍ズームレンズ」とする発明につき特許出願をし(特願昭63ー225294号)、平成9年11月10日、願書に添付した明細書につき特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の補正(以下「本件補正」という。)をしたが、平成10年1月5日に補正却下決定を受けたので、同年3月6日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成10年補正審判第50032号事件として審理したうえ、同年8月10日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年9月9日、原告に送達された。

2  本件補正の内容

本件補正は、願書に最初に添附した明細書(以下「当初明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1及び請求項6の記載である下記(1)の記載を、下記(2)の請求項1及び請求項6の記載に補正すること、並びにこの特許請求の範囲の記載の補正に合わせて、明細書の発明の詳細な説明の記載を補正することを含むものである。

(1)  当初明細書の特許請求の範囲の請求項1及び請求項6の記載

【請求項1】 物体側より順に、正の焦点距離を有する第1レンズ群と、正の焦点距離を有する第2レンズ群と、負の焦点距離を有する第3レンズ群から構成され、短焦点側から長焦点側へズーミングする時、第1、第2レンズ群間隔は増大し、第2、第3レンズ群間隔は減少するように、第1、第2、第3レンズ群の総てが物体側へ移動するコンパクトカメラ用ズームレンズにおいて、

(A) 第2レンズ群は、物体側から、負の焦点距離を有する第2aレンズ群と、正の焦点距離を有する第2bレンズ群とから構成されている事

(B) 絞りは、第2レンズ群と第3レンズ群の間に配置され、ズーミングの際、第2レンズ群と一体に移動する事

(C) ただし絞りと第2レンズ群は分離可能で、フォーカシングの際、絞りは固定である事

を特徴とするコンパクトカメラ用高変倍ズームレンズ。

【請求項6】 請求項1記載のズームレンズにおいて、第2aレンズ群は、物体側から、物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有する両凹負レンズと正レンズの貼り合わせレンズから成り、かつ、

(7)

ただし

f2a:第2aレンズ群の焦点距離

f2:短焦点側における第2レンズ群の焦点距離

の条件を満足することを特徴とするコンパクトカメラ用高変倍ズームレンズ。

(2)  本件補正に係る明細書の特許請求の範囲の請求項1及び請求項6の記載

【請求項1】 物体側から順に、正の焦点距離を有する第1レンズ群と、正の焦点距離を有する第2レンズ群と、負の焦点距離を有する第3レンズ群から構成され、短焦点距離端から長焦点距離端ヘズーミングするとき、第1、第2レンズ群間隔は増大し、第2、第3レンズ群間隔は減少するように、第1、第2、第3レンズ群のすべてが物体側へ移動するコンパクトカメラ用ズームレンズにおいて、

(A) 第2レンズ群は、物体側から、負の焦点距離を有する第2aレンズ群と、正の焦点距離を有する第2bレンズ群とから構成されていること

(B) 絞りは、第2レンズ群と第3レンズ群の間に配置され、ズーミングの際、第2レンズ群と一体に移動すること

(C) 絞りと第2レンズ群は独立して移動可能で、フォーカシングの際、絞りは固定であること、及び

(D) 次の条件式(1)を満足すること、

(1)

ただし、

f2a:第2aレンズ群の焦点距離、

f2:短焦点距離端における第2レンズ群の焦点距離、

を特徴とするコンパクトカメラ用高変倍ズームレンズ。

【請求項6】 請求項1記載のズームレンズにおいて、第2aレンズ群は、物体側から順に、物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有する両凹負レンズと正レンズの貼り合わせレンズからなることを特徴とするコンパクトカメラ用高変倍ズームレンズ。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、当初明細書においては、

ただし、

f2a:第2aレンズ群の焦点距離

f2:短焦点距離端における第2レンズ群の焦点距離」

との条件式(当初明細書記載の条件式(7)、本件補正に係る明細書記載の条件式(1)、以下「本件条件式」という。)は、少なくとも、第2aレンズ群が負、正2枚の構成であることを前提としており、第2aレンズ群が単に負の焦点距離を有する場合と本件条件式とを組み合わせることの記載、示唆はなく、また、当初明細書の記載から、該組合わせが自明であるとすることもできないから、本件補正は、明細書の要旨を変更するものであり、却下すべきものであるとした。

第3原告主張の審決取消事由の要点

1  審決は、当初明細書に記載された技術事項を誤認し、かつ、その記載の解釈を誤って、当初明細書に、第2aレンズ群が単に負の焦点距離を有する場合と本件条件式とを組み合わせることの記載、示唆はなく、また、当初明細書の記載から、該組合わせが自明であるとすることもできないと判断した(取消事由)結果、本件補正が明細書の要旨を変更するものであるとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

2  取消事由(当初明細書に記載され、又は示唆された事項の誤認)

当初明細書は、本件条件式を、第2aレンズ群が、負、正2枚のレンズ構成である場合、さらには、物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有する両凹負レンズと正レンズの貼り合わせレンズである場合と組み合わせる記載があるだけでなく、次に述べるとおり、本件条件式を、一般的な負の焦点距離を有する第2aレンズ群と組み合わせることをも示唆しているものというべきであるから、当初明細書に、第2aレンズ群が単に負の焦点距離を有する場合と本件条件式とを組み合わせることの記載、示唆はなく、また、当初明細書の記載から、該組合わせが自明であるとすることもできないとして、本件補正が明細書の要旨を変更するものであるとした審決の判断は誤りである。

(1)  当初明細書には、第2aレンズ群と本件条件式とに関し、「第2aレンズ群は、全体として収差をオーバーにする効果を持っているが、この群内で色収差を補正するためには少なくとも負レンズと正レンズが必要である。しかし単に負レンズと正レンズだけで構成しようとすると、負、正の互いに隣りあう面の曲率が大きくなるので、貼り合わせとした方が製作上よい。また、絞り位置を第2レンズ群の後方に配置したために、第2aレンズ群から絞りまでの距離が大きくなるから、第2aレンズ群は第2b、第3レンズ群と比べると大きなパワーを持たせることができない。条件(7)(注、本件条件式に係る条件)の下限を越えると、負の第2aレンズ群の効果が小さく、第1レンズ群で発生したアンダーな収差が補正不足となり、その収差を補正しようとすると、第1レンズ群のパワーが小さくなりレンズ系は大型化する。逆に上限を越えると、単に負,正2枚の構成ではコマ収差,非点収差のズーミングによる変動が大きくなる。」(甲第2号証21頁16行~22頁13行)との記載(以下、この記載を「記載Z」という。)がある。

しかして、記載Zには、第2aレンズ群の概念について、「負の焦点距離を有する」(最上位概念)、「負レンズと正レンズから成る」(中間概念)、「負レンズと正レンズが貼り合わされている」(下位概念)との階層構造が示されているが、「物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有して両凹負レンズと正レンズが貼り合わされている」という概念(最下位概念)は示されていない。

そして、記載Zにおける本件条件式の「下限についての記述が、第2aレンズ群の具体的な構成と関係がない」(審決書13頁12~13行)ことは審決の認めるところであるが、上限についての記述に関し、審決は、「上限についての記述『上限を越えると、単に負、正2枚の構成ではコマ収差、非点収差のズーミングによる変動が大きくなる。』は、第2aレンズ群が負、正2枚の構成であるからこそ上限として設定したものと解され、第2aレンズ群が負の焦点距離を有する一般的な場合に、条件式(7)の上限を設定する根拠は記載されていないので、条件式(7)は第2aレンズ群の具体的構成と密接不可分のものとみなすべきである。」(同13頁14行~14頁2行)と判断した。

しかしながら、本件条件式の技術的意義は、第2aレンズ群によって、第1レンズ群で発生したアンダーな収差(主にコマ収差と非点収差)を補正することである。そして、コマ収差と非点収差の補正という目的を達成するためには、第2aレンズ群が本件条件式を満足する負のパワーを有すれば足り、負、正2枚のレンズ構成であること、さらには、物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有する両凹負レンズと正レンズの貼り合わせレンズからなることを要しない。他方、第2aレンズ群内でさらに色収差も補正するためには、正レンズがなければ色収差の補正はできないので、第2aレンズ群を、本件条件式を満足させた上で、負、正2枚のレンズ構成とした方がよい。

上記上限についての記述は、以上のことに基づいて、「本件条件式の上限を満足させることなく単に負、正2枚のレンズ構成としただけでは、色収差を補正することはできるが、本件条件式の上限を満足する負のパワーをもたないと、コマ収差、非点収差のズーミングによる変動を抑えることができない」との趣旨と解することができる。すなわち、本件条件式の下限及び上限についての記述の直前に、第2aレンズ群を負、正2枚のレンズ構成とした場合について論じたため、これに続く記載で、本来比較することができない第2aレンズ群が負、正2枚のレンズ構成の場合と、第2aレンズ群のパワーが本件条件式の上限を超える場合とを、混同して対比してしまったことによって、該上限についての記述となってしまったものであり、本件条件式の「上限を越えると、コマ収差、非点収差のズーミングによる変動が大きくなる」ことは、第2aレンズ群が負、正2枚のレンズ構成の場合に限られないのである。

このことは、本件条件式の技術的意義と合致するものである。すなわち、本件条件式に用いられる符号は、f2a(第2aレンズ群の焦点距離)、f2(短焦点距離端における第2レンズ群の焦点距離)のみであるから、第2aレンズ群が負の焦点距離を有していれば本件条件式は成立するのであり、負、正2枚のレンズ構成でなければ、さらには、物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有して両凹負レンズと正レンズが貼り合わされていなければ、本件条件式が成立しないというものではない。

また、本件条件式の上限を超えると、コマ収差、非点収差のズーミングによる変動が大きくなるのは、第2aレンズ群が負、正2枚のレンズ構成の場合に限られないことは、全体として負の焦点距離を有する第2aレンズ群が、単レンズからなる場合、負、正2枚のレンズ構成からなる場合及び負、正、負3枚のレンズ構成からなる場合のそれぞれについて、本件条件式の値が、概ね0.5、0.83~0.85及び1.0となり、収差が実用上支障のない範囲に収まるという境界条件を設定して自動設計した場合の諸収差の報告書(甲第15号証)において、第2aレンズ群の具体的構成にかかわらず、非点収差及びコマ収差がズーミングによる変動が少ない状態で補正されていることが示されていることによっても明らかである。

該報告書につき、被告は、特定のレンズ系に係るもので、負の焦点距離を有する普遍的なレンズ構成に係るものでないとの主張をするが、収差を論じるのは常に特定のレンズ系に限られ、特定のレンズ系以外で具体的な収差を求めることはできない。

被告は、第2aレンズ群が、多数のレンズを組み合わせたり、非球面レンズを使用するような場合であれば、本件条件式の上限を超えても、コマ収差、非点収差のズーミングによる変動を抑えることができる構成を採用し得るとも主張するが、該主張は、Fナンバー(焦点距離/有効口径)が2前後以下の明るいレンズを前提とし、かつ、光の波動性を無視した幾何光学上の議論に基づくものであって、口径が小さくFナンバーが大きいコンパクトカメラ用のレンズ(本願明細書の実施例におけるレンズのFナンバーは4.0(短焦点距離端)~8.2(長焦点距離端)である。)に当てはまるものではなく、また、波動光学上、レンズ系の収差は、波面収差が1/4λ以下であれば許容されることは技術常識であるから、レンズ枚数を増やしたり、非球面レンズを用いたりして、幾何光学的に収差を改善しても、ある程度以上収差補正がなされれば、それ以上は実用上意味がない。

さらに、被告は、当初明細書の「作用」欄の記載が「課題を解決するための手段」欄に記載された各事項に対応し、記載Zは後記記載Yに対応した作用の記載であるとしたうえで、記載Zが第2aレンズ群の具体的構成に関するもので、本件条件式が、第2aレンズ群が「物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有する両凹負レンズと正レンズの貼り合わせレンズ」であることを前提としていると主張するが、明細書の「作用」欄の記載を「課題を解決するための手段」欄の記載と厳密に関係付けることが義務付けられているわけではなく、その各記載は、小タイトルをどうするかを含めて、出願人に委ねられているものであるから、被告の該主張は論拠を欠くものである。

(2)  当初明細書には、第2aレンズ群と本件条件式とに関し、「ここで、本発明のズームレンズのレンズ構成を具体的に説明すると、物体側より順に、第1レンズ群は両凹負レンズ,両凸正レンズ及び物体側に凸面を向けた正レンズから成り、第2aレンズ群は物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有する両凹負レンズと正レンズの貼り合わせレンズから成り、第2bレンズ群は物体側に凹の曲率大なる貼り合わせ面を有する正レンズと負メニスカスレンズの貼り合わせレンズ及び正レンズから成り、第3レンズ群は像面側に凸の曲率大なる正レンズ及び物体側に凹の曲率大なる2枚の負レンズから成っている。尚、前記第1レンズ群中の両凹負レンズと両凸正レンズは貼り合わせレンズでもよく、また前記第2aレンズ群はf2

(7)

ただし

f2a:第2aレンズ群の焦点距離

f2:短焦点側における第2レンズ群の焦点距離

を満足することが好ましい。」(甲第2号証13頁5行~14頁5行)との記載(以下、この記載を「記載Y」という。)がある。

しかして、審決は、記載Yに関し、「尚書きは、(ア)前記第1レンズ群中の両凹負レンズと両凸正レンズは貼り合わせレンズでもよいこと、(イ)前記第2aレンズ群は条件式(7)(注、本件条件式)を満足することが好ましいこと、の2つの事項を記述しており、(ア)は、第1レンズ群が、この記載の直前の第1レンズ群(両凹負レンズ、両凸正レンズ及び物体側に凸面を向けた正レンズから成り)であることを前提としており、より一般的な正の焦点距離を有する第1レンズ群を意味していない、ことは明らかであるから、(イ)についても、この記載の直前の第2aレンズ群を前提としている、と解釈することが自然である。」(審決書11頁1~14行)とし、また、「当初明細書の第11頁には、『また本発明は、上記ズームレンズにおいて、』に続いて、条件式(1)~(4)が記載されており、同じく当初明細書の第12頁には、『更に本発明のズームレンズは、』に続いて、条件式(5)及び(6)が記載されているので、条件式(7)が、審判請求人(注、原告)の主張するように『より一般的な負の焦点距離を有する第2aレンズ群をも意味する』のならば、条件式(1)~(6)と同様に、ズームレンズの具体的なレンズ構成を説明する前に、『本発明のズームレンズは、』等に続いて、条件式(7)を記載しているはずであり、この点からも、条件式(7)は、この記載の直前の第2aレンズ群を前提としている、と解釈することが自然である。」(同11頁15行~12頁9行)として、「条件式(7)は第2aレンズ群の具体的なレンズ構成と密接不可分であると限定的に解釈すべきという合理的理由が存在」(同13頁5~7行)すると判断した。

しかしながら、記載Yの尚書きの「また前記第2aレンズ群は・・・を満足することが好ましい。」との記載に関し、その「第2aレンズ群」が、「この記載の直前の第2aレンズ群」、すなわち「物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有する両凹負レンズと正レンズの貼り合わせレンズ」からなる第2aレンズ群に限られるという積極的な記載が当初明細書にあるわけではない。しかも、上記のとおり、本件条件式に用いられる符号は、f2a(第2aレンズ群の焦点距離)、f2(短焦点距離端における第2レンズ群の焦点距離)のみであって、本件条件式は、上記「この記載の直前の第2aレンズ群」の構成とは関係をもたない。

また、当初明細書において、記載Yの「ズームレンズの具体的なレンズ構成」と本件条件式の説明の後に、請求項1の従属項である請求項9記載の発明に係る「更に本発明のズームレンズにおいては、短焦点側から長焦点側ヘズーミングする際、第2a,第2bレンズ群は、その群間隔を減少しながら両方とも別々に物体側へ移動することを特徴とする。」(甲第2号証14頁6~9行)との説明があるように、一般論として、明細書の記載はそれほど厳密に構成されているわけではないから、本件条件式の第2aレンズ群が一般的な負の焦点距離を有する第2aレンズ群をも意味するのならば、ズームレンズの具体的なレンズ構成を説明する前に、本件条件式が記載されたはずであるというような厳密な文理解釈によって、明細書の記載内容を認定することは、出願人に対し酷であって相当ではない。

そうすると、記載Yの尚書きにおける上記「また前記第2aレンズ群は・・・を満足することが好ましい。」との記載に係る第2aレンズ群は、単に負の焦点距離を有するレンズ群であると解することも可能であるというべきであり、そのように解することが可能である以上、「条件式(7)は第2aレンズ群の具体的なレンズ構成と密接不可分である」ことだけが、当初明細書に記載されていたと認めるべきではない。

したがって、記載Yは、本件条件式と特定の形状の貼り合わせレンズからなる第2aレンズ群の組合わせだけでなく、本件条件式と一般的な負の焦点距離を有する第2aレンズ群との組合わせをも示唆しているものというべきである。

なお、補正が明細書の要旨を変更するものであるかどうかは、該補正によって後願者に不利益が与えられるか否かによって判断されるべきであり、審決の判断は、この点からも誤りである。

第4被告の反論の要点

1  審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

2  取消事由(当初明細書に記載され、又は示唆された事項の誤認)について

(1)  原告は、本件条件式の技術的意義が、第2aレンズ群によって、第1レンズ群で発生したアンダーな収差(主にコマ収差と非点収差)を補正することであって、コマ収差と非点収差の補正という目的を達成するためには、第2aレンズ群が本件条件式を満足する負のパワーを有すれば足り、負、正2枚のレンズ構成であること、あるいは物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有する両凹負レンズと正レンズの貼り合わせレンズからなることを要しないとしたうえで、当初明細書の記載Zにおける本件条件式の上限についての記述が、「本件条件式の上限を満足させることなく単に負、正2枚のレンズ構成としただけでは、色収差を補正することはできるが、本件条件式の上限を満足する負のパワーをもたないと、コマ収差、非点収差のズーミングによる変動を抑えることができない」との趣旨と解することができ、上限を超えると、コマ収差、非点収差のズーミングによる変動が大きくなることは、第2aレンズ群が負、正2枚のレンズ構成の場合に限られないと主張する。

しかしながら、当初明細書の発明の詳細な説明における記載Zを含む「作用」欄(甲第2号証15頁4行~25頁16行)には、記載Yを含む「課題を解決するための手段」欄(同号証10頁9行~15頁3行)に記載された各事項に対応する作用が順に記載されているところ、「作用」欄のうちの記載Zを含む「レンズ構成上、・・・非常に大きな負のパワーを有している。」(同号証21頁11行~23頁4行)との部分の記載は、「課題を解決するための手段」欄のうちのズームレンズの具体的なレンズ構成に係る記載である記載Yに対応した作用の記載であることが明らかである。したがって、記載Zは、第2aレンズ群の具体的構成に関する記載であり、本件条件式は、第2aレンズ群が「物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有する両凹負レンズと正レンズの貼り合わせレンズ」であることを前提としている。

しかるところ、記載Zの前半部分は、第2aレンズ群が、全体として収差をオーバーにしたうえで、群内で色収差を補正するという作用を行うために、負レンズと正レンズを必要とし、それを貼り合わせレンズ(上記のとおり、該貼り合わせレンズは、「物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有する両凹負レンズと正レンズの貼り合わせレンズ」であることが前提である。)とすべき理由を記載したものであり、これに引き続く記載Zの後半部分は、本件条件式の上限及び下限の意義を説明し、第2aレンズ群が上記作用を行うために、本件条件式を満足することが好ましいことを示したものである。

したがって、本件条件式は、色収差を補正する負、正2枚のレンズ構成の第2aレンズ群が、さらに第1レンズ群で発生したアンダーな収差を補正するための条件式と解するべきであって、原告の主張するように、条件式を適用すべきレンズ系が負の焦点距離を有する一般的な第2aレンズ群であるとすることは極めて不自然である。

原告の上記主張は、本件条件式の上限が、第2aレンズ群が負、正2枚のレンズ構成である場合に限らず、負の焦点距離を有するレンズ構成でさえあれば、同じ意義を有するということを意味するが、記載Zの「上限を越えると、単に負、正2枚の構成ではコマ収差、非点収差のズーミングによる変動が大きくなる」との記載は、第2aレンズ群が、例えば、多数のレンズを組み合わせたり、非球面レンズを使用するような場合であれば、本件条件式の上限を超えても、コマ収差、非点収差のズーミングによる変動を抑えることができる構成を採用し得るとしても、負、正2枚のレンズ構成の場合には、変動を抑えるために上限を超えないようにすべきであるということを示したものと解されるのであり、原告の上記主張は、当初明細書の記載内容と異なるものである。なお、原告主張の報告書(甲第15号証)は、本件条件式の数値範囲に属する単レンズ、負、正2枚のレンズ構成及び負、正、負3枚のレンズ構成という特定のレンズ系において、収差を補正できることを示すに止まるものであるが、原告の上記主張は、そのような限定されたものではない負の焦点距離を有する普遍的なレンズ構成に係るものである。

この点に関し、原告は、第2aレンズ群が、多数のレンズを組み合わせたり、非球面レンズを使用するような場合であれば、本件条件式の上限を超えても、コマ収差、非点収差のズーミングによる変動を抑えることができる構成を採用し得ることが、Fナンバーが2前後以下の明るいレンズを前提とし、かつ、光の波動性を無視した幾何光学上の議論に基づくものであると主張するが、Fナンバーの大小にかかわらず、収差は発生し、その収差を補正する必要があることは当然であるし、また、幾何光学による収差論において収差が小さくなれば近似が悪くなり、波動光学上の回折理論による収差論が必要になることが周知の事項であるとはいえ、当初明細書には、波動光学理論の適用が必要となるほどの収差補正を行うことについては、何ら記載されていないのであるから、原告の主張は明細書の記載に基づかないものである。

のみならず、本件補正が明細書の要旨を変更するものであるかどうかは、第2aレンズ群が負の焦点距離を有する一般的な構成の場合と本件条件式とを組み合わせた発明が、当初明細書に記載されていたか否かによるのであるから、仮に、原告主張のとおり、収差の変動を抑制するには、第2aレンズ群が本件条件式を満足する負のパワーを有していれば足り、負、正2枚のレンズ構成であることを要しないとしても、そのことと、本件補正が要旨を変更するものか否かの判断とは関連を有しない。

(2)  原告は、記載Yの尚書きにおける「また前記第2aレンズ群は・・・を満足することが好ましい。」との記載に係る第2aレンズ群が、「この記載の直前の第2aレンズ群」、すなわち「物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有する両凹負レンズと正レンズの貼り合わせレンズ」からなる第2aレンズ群に限られるという積極的な記載が当初明細書にあるわけではないこと等を挙げて、該尚書きの上記「前記第2aレンズ群」が単に負の焦点距離を有するレンズ群であると解することも可能であり、そうである以上、「条件式(7)は第2aレンズ群の具体的なレンズ構成と密接不可分である」ことだけが、当初明細書に記載されていたと認めるべきではないと主張する。

しかしながら、当初明細書における、記載Y中の尚書き(甲第2号証13頁17行~14頁5行)に記述されている2つの事項の対比に照らし、また、条件式(7)(本件条件式)と条件式(1)~(6)の記載箇所の相違及び記述の仕方の相違に鑑み、さらに、請求項6の文言から見て、本件条件式が第2aレンズ群の具体的なレンズ構成と密接不可分であると解釈すべき合理的理由が存在することは審決の判断(審決書11頁1行~13頁8行)のとおりであり、該尚書きの「前記第2aレンズ群」が単に負の焦点距離を有するレンズ群であると解することは極めて不自然である。

なお、原告は、補正が明細書の要旨を変更するものであるかどうかは、該補正によって後願者に不利益が与えられるか否かによって判断されるべきであると主張するが、該判断は、補正後の発明の構成に関する技術的事項が、当初明細書又は図面に記載された事項の範囲内であるか否かによってなされるものであって、該主張が失当であることは明白である。

第5当裁判所の判断

1  取消事由(当初明細書に記載され、又は示唆された事項の誤認)について

(1)  本願発明の当初明細書(甲第2号証)には、「産業上の利用分野」として、「本発明は、バックフォーカスの制約が小さいコンパクトカメラ用に適したズームレンズに関するもので、特に小型でありながら高変倍比なズームレンズに関するものである。」(同号証6頁17~20行)との記載があり、「従来の技術」及び「発明が解決しようとする課題」として、「コンパクトカメラ用ズームレンズとしては、次の5つのタイプがある。・・・(Ⅳ)正の第1レンズ群と、正の第2レンズ群と、負の第3レンズ群とから成り、正の第2レンズ群は、絞りを含み、絞りより物体側の負の第2aレンズ群及び絞りより像面側の正の第2bレンズ群から成り、ズーミングの際、第2a,第2bレンズ群は一体に移動することを特徴とする、前記(Ⅲ)の4群タイプを変形した3群タイプ・・・しかし、これらのタイプには次のような課題がある。・・・(Ⅳ)のタイプは、移動量に関しては小さいという特徴はあるが、ズーム比は2倍以下と小さく、このタイプの延長でズーム比を大きくすると、前玉径、レンズ全長が急激に大きくなり、レンズ系そのものが大型化し、コンパクトカメラ用としては適当でない。・・・本発明は上述の課題を解決すべくなされたもので、前記(Ⅳ)の3群タイプを改良し、約2.5倍以上の高変倍比と小型化を同時に達成し、かつズーミングだけでなく、フォーカシングの機構が容易で、製造上有利なコンパクトカメラ用高変倍ズームレンズを提供することを目的とする。」(同7頁2行~10頁8行)との各記載がある。

しかるところ、当初明細書(甲第2号証)の特許請求の範囲には、前示争いのない請求項1、6のほか、請求項4として「請求項1記載のズームレンズにおいて、第1レンズ群は、物体側から、両凹負レンズ、両凸正レンズ及び物体側に凸面を向けた正レンズから成ることを特徴とするコンパクトカメラ用高変倍ズームレンズ。」(同号証4頁4~8行)との、請求項5として「請求項4記載のズームレンズにおいて、第1レンズ群の両凹負レンズと両凸正レンズは貼り合わせレンズであることを特徴とするコンパクトカメラ用高変倍ズームレンズ。」(同頁9~12行)との、請求項7として「請求項1記載のズームレンズにおいて、第2bレンズ群は、物体側から、物体側に凹の曲率大なる貼り合わせ面を有する正レンズと負メニスカスレンズの貼り合わせレンズと、正レンズとから成ることを特徴とするコンパクトカメラ用高変倍ズームレンズ。」(同5頁4~9行)との、請求項8として「請求項1記載のズームレンズにおいて、第3レンズ群は、物体側から、像面側に凸の曲率大なる正レンズと、物体側に凹の曲率大なる2枚の負レンズとから成ることを特徴とするコンパクトカメラ用高変倍ズームレンズ。」(同頁10~14行)との各記載があるところ、前示「発明が解決しようとする課題」欄に引き続く「課題を解決するための手段」欄には、(a)「本発明のコンパクトカメラ用高変倍ズームレンズは、物体側より順に、正の焦点距離を有する第1レンズ群と、正の焦点距離を有する第2レンズ群と、負の焦点距離を有する第3レンズ群から構成され、短焦点側から長焦点側ヘズーミングする時、第1、第2レンズ群間隔は増大し、第2、第3レンズ群間隔は減少するように、第1、第2、第3レンズ群の総てが物体側へ移動するコンパクトカメラ用ズームレンズにおいて、

(A) 第2レンズ群は、物体側から、負の焦点距離を有する第2aレンズ群と、正の焦点距離を有する第2bレンズ群とから構成されている事

(B) 絞りは、第2レンズ群と第3レンズ群の間に配置され、ズーミングの際、第2レンズ群と一体に移動する事

(C) ただし絞りと第2レンズ群は分離可能で、フォーカシングの際、絞りは固定である事

を特徴とする。」(同号証10頁10行~11頁8行)との記載、及び(b)「ここで、本発明のズームレンズのレンズ構成を具体的に説明すると、物体側より順に、第1レンズ群は両凹負レンズ,両凸正レンズ及び物体側に凸面を向けた正レンズから成り、第2aレンズ群は物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有する両凹負レンズと正レンズの貼り合わせレンズから成り、第2bレンズ群は物体側に凹の曲率大なる貼り合わせ面を有する正レンズと負メニスカスレンズの貼り合わせレンズ及び正レンズから成り、第3レンズ群は像面側に凸の曲率大なる正レンズ及び物体側に凹の曲率大なる2枚の負レンズから成っている。」(同13頁5~16行、記載Yの前段部分)、(c)「尚、前記第1レンズ群中の両凹負レンズと両凸正レンズは貼り合わせレンズでもよく、また前記第2aレンズ群は

(7)

ただし

f2a:第2aレンズ群の焦点距離

f2:短焦点側における第2レンズ群の焦点距離

を満足することが好ましい。」(同13頁17行~14頁5行、記載Yの後段部分)との各記載があり((b)、(c)は連続した記載である。)、ここに摘記した「課題を解決するための手段」欄の記載(a)は請求項1に、同(b)は、第1レンズ群に関する部分が請求項4に、第2aレンズ群に関する部分が請求項6に、第2bレンズ群に関する部分が請求項7に、第3レンズ群に関する部分が請求項8に、さらに同(c)のうち、第1レンズ群に関する部分が請求項5に、第2aレンズ群に関する部分(本件条件式に係る部分)が請求項6に対応していることは明白である。

そして、当初明細書(甲第2号証)の「課題を解決するための手段」欄に引き続く「作用」欄には、①「本発明の最も大きな特徴は、ズーミング、フォーカシング機構を容易にするために、第1、第2、第3レンズ群の各レンズブロックとシャッター機構を含んだ絞りとを分離し、絞りを第2、第3レンズ群間に配置したことである。こうすることによって、ズーミングの機構が簡単になるばかりでなく、・・・第2あるいは第3レンズ群によるフォーカシング(第1レンズ群はパワーが小さいのでフォーカシングすると最短距離において周辺光量不足を招くため、フォーカシングには不適当)の際、シャッター機構を固定できるので、オートフォーカス機構も簡単になり、移動部はレンズブロックだけであるから軽量となるため、オートフォーカスの高速化も容易に達成できる。」(同号証15頁5~19行)との記載、②「レンズ構成上、レンズ全長を小さく、かつ前玉径を小さくするためには、第1レンズ群の第1負レンズは両凹レンズの方がよく、また、この両凹負レンズと次の両凸正レンズは貼り合わせにした方が製作誤差による収差劣下を小さくできる。」(同21頁11~15行)、③「第2aレンズ群は、全体として収差をオーバーにする効果を持っているが、この群内で色収差を補正するためには少なくとも負レンズと正レンズが必要である。しかし単に負レンズと正レンズだけで構成しようとすると、負、正の互いに隣りあう面の曲率が大きくなるので、貼り合わせとした方が製作上よい。また、絞り位置を第2レンズ群の後方に配置したために、第2aレンズ群から絞りまでの距離が大きくなるから、第2aレンズ群は第2b、第3レンズ群と比べると大きなパワーを持たせることができない。条件(7)(注、本件条件式に係る条件)の下限を越えると、負の第2aレンズ群の効果が小さく、第1レンズ群で発生したアンダーな収差が補正不足となり、その収差を補正しようとすると、第1レンズ群のパワーが小さくなりレンズ系は大型化する。逆に上限を越えると、単に負、正2枚の構成ではコマ収差、非点収差のズーミングによる変動が大きくなる。」(同21頁16行~22頁13行、記載Z)、④「第2bレンズ群は、全体として正のパワーの大きいレンズ群であるが、その中に負のパワーの大きい発散面を有する貼り合わせレンズを有していることを特徴としている。これは負の第2aレンズ群に大きな負担を与えないためで、収差をオーバーにする役目を分担している。ここでも発散面は大きな負のパワーが必要となるので、貼り合わせレンズにした方が製作上有利である。」(同22頁14行~23頁1行)、⑤「第3レンズ群は2群タイプの後群のレンズ構成と変わりないが、条件(1)で説明したように非常に大きな負のパワーを有している。」(同23頁2~4行)との各記載があり(②~⑤は連続した記載である。)、ここに摘記した「作用」欄の記載①は、「課題を解決するための手段」欄の記載(a)(したがって請求項1)に対応し、記載②は、記載(b)及び同(c)のうちの各第1レンズ群に関する部分(したがって、請求項4、5)に、記載③(記載Z)は記載(b)及び同(c)のうちの各第2aレンズ群に関する部分(したがって、請求項6)に、記載④は記載(b)のうちの第2bレンズ群に関する部分(したがって、請求項7)に、記載⑤は記載(b)のうちの第3レンズ群に関する部分(したがって、請求項8)にそれぞれ対応することも明白である。

さらに、当初明細書(甲第2号証)には、「発明の効果」として、「以上説明したように、本発明に係るズームレンズは、絞りと各レンズブロックを分離したため、ズーミング機構及びフォーカシング機構が簡単になり、また、第2あるいは第3レンズ群によりフォーカシングするようにしたため、オートフォーカス機構は軽量,簡単になるのに加え、オートフォーカスの高速化も容易となる。更に、前述の諸条件を満足することにより、小型で性能良好な高変倍比のズームレンズが得られる。」(同号証33頁2~11行)との記載がある。

(2)  以上の各記載を含む当初明細書(甲第2号証)の記載によれば、当初明細書に記載された発明は、高変倍比と小型化を同時に達成し、かつ、ズーミングだけでなく、フォーカシングの機構が容易で、製造上有利なコンパクトカメラ用高変倍ズームレンズを提供することを目的とするものであり、その特許請求の範囲には、請求項1にその記載のとおりの構成要件からなる発明が記載され、これを基本的な要件として、請求項1の従属項(あるいは該従属項の更なる従属項)である請求項2以下の各請求項に、前示基本的な要件をさらに限定した構成要件からなる発明が記載されており、また、発明の詳細な説明の「課題を解決するための手段」欄及び「作用」欄には、請求項1の構成要件に対応した構成と、該構成に係る、第1、第2、第3レンズ群の各レンズブロックとシャッター機構を含んだ絞りとを分離し、絞りを第2、第3レンズ群間に配置したことによる、ズーミングの機構が簡単になるとともに、第2、第3レンズ群によるフォーカーシングの際、シャッター機構(絞り)を固定して、オートフォーカス機構を簡単、軽量、高速化することができるとの作用が説明されているとともに、請求項2以下についても、これに対応した構成及びその作用が記載されている。そして、各レンズ群の具体的なレンズ構成を限定した請求項4~8に関する、この点についての記載は前示(1)のとおりであって、「課題を解決するための手段」欄の記載は、各請求項に対応した部分ごとに明確に書き分けられており、「作用」欄の記載は、「課題を解決するための手段」欄における各請求項に対応した部分に更に個別に対応して、当該対応部分ごとに明確に書き分けられていることが明らかである(前示(1)の「作用」欄の記載①のみが、例外的に、「課題を解決するための手段」欄の記載(b)及び同(c)のうちの各第1レンズ群に関する部分(請求項4及び5に対応する部分)の説明を1センテンス中で一括して行っているが、これは請求項5が請求項4の更なる従属項であることによるものと解される。)。もとより、請求項6についての「課題を解決するための手段」欄の記載(記載(b)及び同(c)のうちの第2aレンズ群に関する部分)と、該記載に対する「作用」欄の記載(記載③)の対応関係も明確であり、該「作用」欄の記載③が、「課題を解決するための手段」欄のその他の部分に記載された構成に係る作用に言及していると解する余地は全く認められない。

そして、当初明細書(甲第2号証)の発明の詳細な説明には、前示「課題を解決するための手段」欄の記載(c)のうちの第2レンズ群に関する部分及び「作用」欄の記載③以外に、本件条件式に関する記載は見当たらない。

そうすると、当初明細書における本件条件式の記載は、第2aレンズ群が、具体的なレンズ構成、すなわち、物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有する両凹負レンズと正レンズとの貼り合わせレンズからなることを前提としていることは明らかであり、当初明細書上、負の焦点距離を有する一般的な第2aレンズ群と本件条件式とを組み合わせた場合についての記載はなく、その示唆がなされているということもできない。

(3)  原告は、明細書の「作用」欄の記載を「課題を解決するための手段」欄の記載と厳密に関係付けることが義務付けられているわけではなく、その各記載は、小タイトルをどうするかを含めて、出願人に委ねられているから、当初明細書の「作用」欄の記載が「課題を解決するための手段」欄に記載された各事項に対応することによって、本件条件式が、第2aレンズ群が「物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有する両凹負レンズと正レンズの貼り合わせレンズ」であることを前提とするものと解することは論拠を欠くと主張するが、一般論として、明細書の「作用」欄の記載を「課題を解決するための手段」欄の記載と厳密に関係付けることが義務付けられているか否かにかかわらず、本願の当初明細書において、請求項1及び請求項4~8に係る「課題を解決するための手段」欄の記載及び「作用」欄の記載が、明確な対応関係を有していることは前示のとおりであり、本件条件式を一般的な負の焦点距離を有する第2aレンズ群と組み合わせることが記載又は示唆されているかどうかを、具体的な当初明細書の記載に基づいて検討する以上、一般論に依拠した原告の該主張は失当というべきである。

また、原告は、本件条件式は、第2aレンズ群が負の焦点距離を有していれば成立し、物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有して両凹負レンズと正レンズが貼り合わされていなければ成立しないというものではないと主張し、さらに、コマ収差と非点収差の補正という目的を達成するためには、第2aレンズ群が本件条件式を満足する負のパワーを有すれば足り、物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有する両凹負レンズと正レンズの貼り合わせレンズからなることを要しないとも主張する。

しかしながら、第2aレンズ群が負の焦点距離を有していれば、本件条件式が式としては成り立つとしても、そのことと、本件条件式が「作用」欄に記載された技術的意義ないし限界を有するか否か、特に、前示記載③(記載Z)の「上限を越えると、コマ収差、非点収差のズーミングによる変動が大きくなる」ことが、第2aレンズ群が物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有する両凹負レンズと正レンズの貼り合わせレンズである場合にいえることであるのか、それとも負の焦点距離を有する一般的な第2aレンズ群においても常にいえることであるのかとは、別問題である。

そして、この点につき、原告は、「上限を越えると、コマ収差、非点収差のズーミングによる変動が大きくなる」ことは、第2aレンズ群が負、正2枚のレンズ構成の場合に限られないとし、原告従業員作成の報告書(甲第15号証)に、全体として負の焦点距離を有する第2aレンズ群が、単レンズからなる場合、負、正2枚のレンズ構成からなる場合及び負、正、負3枚のレンズ構成からなる場合のそれぞれについて、本件条件式の値が、概ね0.5、0.83~0.85及び1.0となり、収差が実用上支障のない範囲に収まるという境界条件を設定して自動設計した場合において、第2aレンズ群の具体的構成にかかわらず、非点収差及びコマ収差がズーミングによる変動が少ない状態で補正されていることが示されていると主張する。

しかしながら、該報告書(甲第15号証)は、第2aレンズ群を前示3種類の各レンズ構成とするとともに、本件条件式を満たす(すなわち、その上限を超えない)ようにした特定のレンズ系において、ズーミングに伴う非点収差、コマ収差の変動を抑えることができることを示すものであるが、対象としたレンズ系の第2aレンズ群が、前示3種類のレンズ構成よりなるものだけに止まる点に照らし、さらに、いずれのレンズ系も本件条件式の上限を超える設定ではない点に鑑みれば、負の焦点距離を有する一般的な第2aレンズ群において、本件条件式の上限を超えると、コマ収差、非点収差のズーミングによる変動が大きくなることが常にいえるとの事実を証するに足りるものではなく、他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。

のみならず、前示のとおり、当初明細書においては、第2aレンズ群が、物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有する両凹負レンズと正レンズとの貼り合わせレンズからなることを前提として、本件条件式の記載がなされているものと認められるのであるから、仮に、技術的見地からすれば、コマ収差と非点収差の補正のためには、第2aレンズ群が本件条件式を満足する負の焦点距離を有すれば足りることが、そのとおりであるとしても、それは当初明細書の記載から離れた技術的事項であるにすぎないといわざるを得ない。

したがって、原告の前示主張も失当である。

(4)  原告は、補正が明細書の要旨を変更するものであるかどうかは、該補正によって後願者に不利益が与えられるか否かによって判断されるべきであると主張するが、本件補正について、それが明細書の要旨を変更するものであるかどうかは、該補正が当初明細書又は図面に記載した事項の範囲内でなされたかどうか、すなわち、補正後の発明が当初明細書又は図面に記載されていたかどうか(明示の記載がなくとも、当業者が当初明細書又は図面を見た場合に、それが記載されていたものと同視できる場合を含む。)によって判断すべきことは、平成5年法律第26号による改正前の特許法41条の規定に照らして明らかであり、原告の該主張は独自の見解を述べるものであって、採用し難い。

(5)  前示のとおり、当初明細書における本件条件式の記載は、第2aレンズ群が、物体側に凸の曲率大なる貼り合わせ面を有する両凹負レンズと正レンズとの貼り合わせレンズからなる特定のレンズ構成であることを前提としているものであって、当初明細書上、負の焦点距離を有する一般的な第2aレンズ群と本件条件式とを組み合わせた場合についての記載はなく、その示唆がなされているということもできないところ、本件補正における請求項1の補正は、単に負の焦点距離を有するとするだけで、それ以上の限定がない第2aレンズ群と、本件条件式とを組み合わせた発明を記載するものであるから、前示平成5年法律第26号による改正前の特許法41条の規定に照らし、本件補正は、当初明細書の要旨を変更するものであるといわざるを得ない。

2  以上のとおり、原告主張の取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

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