東京高等裁判所 平成10年(行ケ)394号 判決 1999年6月08日
栃木県鹿沼市さつき町13番地の2
原告
株式会社チューオー
代表者代表取締役
尼子一彦
訴訟代理人弁護士
海老原元彦
同
田路至弘
同
本村健
同
上田淳史
同弁理士
山名正彦
同
浅賀一樹
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官 伊佐山建志
指定代理人
足立光夫
同
廣田米男
同
小林和男
主文
特許庁が平成9年審判第13140号事件について平成10年11月9日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 原告が求める裁判
主文と同旨の判決
第2 原告の主張
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成7年11月20日に意匠に係る物品を「建築用板材」とする別紙審決書添付の別紙第一表示の意匠(以下「本願意匠」という。)について意匠登録出願(平成7年意匠登録願第35150号)をしたが、平成9年6月13日に拒絶査定を受けたので、同年8月1日に拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、これを平成9年審判第13140号事件として審理した結果、平成10年11月9日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同月25日にその謄本を原告に送達した。
2 審決の理由
別紙審決書の理由写しのとおり(審決にいう「引用の意匠」を以下「引用意匠」という。)
3 審決の取消事由
審決は、その認定した差異点はいずれも微弱な差異にとどまり、かつ、工事施工後の連結部の表面(化粧面)に目地溝が現れるか否かは意匠の類否判断に影響を与えるほどのものではない旨説示している。
しかしながら、建築用板材の意匠においては、建築工事の難易及び工事施工後の表面の美感を左右するものとして、下側板材と上側板材との連結の形状が重視されるところ、本願意匠及び引用意匠における板材の連結は「実はぎ」であって、審決認定の差異点はいずれも板材の連結の形状に直接関わるものであり、特に、工事施工後に現れる表面の態様が板材の選択に当たって最も重視されることは当然であるから、審決の上記説示は誤りである。のみならず、審決は、本願意匠の雄連結部の凸部が比較的低く構成されているのに対して、引用意匠の雄連結部の凸部が比較的高く構成されている点、本願意匠の雌連結部の凹部の両端が不揃いであるのに対して、引用意匠の雌連結部の凹部の両端が揃っている点が両意匠の重要な差異点であることを看過している。
そして、本願意匠によって得られる板材の連結は、下側板材の表面上端と上側板材の表面下端とが密着し、工事施工後の表面には1本の横線が現れるのみであるから、雨仕舞の完全さを感じさせる。また、雄連結部の凸部の形状と雌連結部端の凹部の形状はほぼ全面的に対応しているから、遊びがほとんどない連結を実現できるとの印象を与えるものである。
これに対して、引用意匠によって得られる連結は、下側板材の表面上端と上側板材の表面下端との間に上下幅がかなり大きい凹部(目地)が現れ、雨仕舞の不完全さを感じさせる。また、雄連結部の凸部の形状と雌連結部の凹部の形状は部分的にしか対応しないから、遊びが大きい連結しか実現できないとの印象を与えるものである(これは、引用意匠の雄連結部の凸部が比較的高く、雌連結部の凹部が比較的浅く形成されていることに起因する。)。
以上のとおり、本願意匠によって得られる板材の連結の形状と、引用意匠によって得られる板材の連結の形状とは明らかに異なる美感を与えるものであるから、両意匠は全体として類似するとした審決の認定判断は誤りである。
第3 被告の主張
原告の主張1、2は認めるが、3(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は、正当であって、これを取り消すべき理由はない。
原告は、建築用板材の意匠においては2つの板材の連結の形状、特に工事施工後に現れる表面の態様が重視される旨主張する。
しかしながら、本願意匠によって得られる板材の連結の形状は、従来から普通に採用されている実はぎの一態様にすぎず、意匠全体として観察すれば、引用意匠によって得られる板材の連結の形状と大差のないものである。また、下側板材の表面上端と上側板材の表面下端とが密着して工事施工後の表面に目地が現れない形状も、従来から普通に採用されており、特に特徴的なものではない。
なお、原告は、本願意匠と引用意匠との間には雄連結部の凸部の高低及び雌連結部の凹部の両端の高低において差異がある旨主張するが、意匠全体として観察すれば、これらは微細な差異にすぎず、両意匠の美観を左右するものではない。
理由
第1 原告の主張1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由)は、被告も認めるところである。
第2 そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。
1 乙第1号証の2(登録願書添付の「使用状態参考図」)及び第2号証(実用新案公報の第4図)によれば、建築用板材(建築用パネル)は建築物の外壁として使用される部材であって、本願意匠及び引用意匠は、いずれも、板材の上部背面に薄く設けられている部分を下地に釘止めし、同板材の上の木口に設けた凸部(審決にいう「雄連結部」)に、他の板材の下の木口に設けた凹部(審決にいう「雌連結部」)を嵌合することによって2枚の板材を連結する、いわゆる「実はぎ」用の部材の意匠であると認められる。
したがって、建築用板材の取引者、需要者は建築を専門とする設計者あるいは施工業者であるから、本願意匠及び引用意匠は、それによってどのような実はぎが得られるかという観点から注意深く観察され、相当微細な差異であっても有意の差異として認識されるものと解すべきである。
2 このような観点から本願意匠及び引用意匠を検討すると、前掲乙第1号証の2の「使用状態参考図」によれば、本願意匠においては雄連結部の形状と雌連結部の形状がほぼ全面的に対応しており、かつ、下側板材の表面上端と上側板材の表面下端とが完全に密着して工事施工後の表面には凹部(目地)が現れない態様であることが認められる。
これに対して、前掲乙第2号証の第7図(i)によれば、引用意匠においては雄連結部形状と雌連結部の形状は部分的にしか対応しておらず、かつ、工事施工後は2枚の板材の間に、板材の厚さのほぼ1/2ないし1/3の幅の凹部(目地)が現れる態様であることが認められる。
そして、雄連結部の形状と雌連結部の形状の対応の程度は、建築工事の難易及び板材の連結の強度に影響を及ぼすものと考えられる。また、工事施工後に2枚の板材の間に凹部(目地)が現れるか否かは、建築物の外壁の美感に強い影響を及ぼすことが明らかである。
したがって、上記の差異点は、本願意匠と引用意匠との類似性を否定するものとして、取引者、需要者である設計者あるいは施工業者によって決して看過されることのないものというべきである。
3 以上のとおりであるから、雄連結部の形状と雌連結部の形状の対応の程度を両意匠の差異点として認定判断せず、かつ、工事施工後の表面に目地が現れるか否かは両意匠の類否判断に影響を与えるほどのものではないとして、本願意匠は引用意匠に類似するとした審決の結論は、維持することができない。
第3 よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成11年5月11日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)
理由
本願の意匠は、平成7年11月20日の意匠登録出願に係り、願書の記載及び願書に添付した図面の記載によれば、意匠に係る物品を「建築用板材」とし、その形態を別紙第一に示すとおりとしたものである。
これに対して、原審において拒絶の理由として引用した意匠は、特許庁発行(平成1年5月17日)の公開実用新案公報に所載の平成1年実用新案出願公開第73237号(考案の名称「建築用パネル」)の第7図(i)に表された意匠であって、同公報の記載によれば、意匠に係る物品を「壁板材」とし、その形態を別紙第二に示すとおりとしたものである。
そこで、本願の意匠と引用の意匠を比較検討すると、両意匠は、共に建築物の壁面等の構成部材として使用されるものであるから、意匠に係る物品が共通し、形態については、次のとおりの共通点及び差異点が認められる。
すなわち、両意匠の形態は、基本的な構成態様において、全体を断面形状が一様な肉厚の長尺材としたものであって、長手方向に延びる板体の表面部と裏面部は、幅広の平坦面を基本とし、板体の上辺側に略凸状の連結部(以下、雄連結部という。)、下辺側に略凹状の連結部(以下、雌連結部という。)を形成して、いわゆる「実はぎ」を構成している点が共通しており、その具体的な態様においても、雄連結部につき、上辺側の中央寄りに断面視四角形状で幅のやや短い係合突起を形成し、係合突起と表面部を繋ぐ段差面を形成した点、裏面側に係合突起よりもかなり長い幅の薄板状の係止片を形成し、係止片と係合突起との間に係合溝を設けた点、雌連結部につき、表面側の下端片の幅をやや短くし、その裏面に断面視三角形状の小さな突条を形成した点、裏面側に表面側の下端片よりも短い差込片を形成した点、表面側の下端片と裏面側の差込片との間に設けた係合溝を断面視略コの字状とした点、裏面部につき、雌連結部寄りに浅い段差部を設け、段差部から下方の板体の肉厚をごく僅かに薄く形成した点の各態様が共通しているものである。
一方、両意匠の形態には、具体的な態様のうち、主として、(1)雄連結部の係合突起と表面部を繋ぐ段差面の態様について、本願の意匠が、段部を設けて階段状に形成しているのに対し、引用の意匠は、傾斜面に形成している点、(2)雄連結部の係合突起の上面について、本願の意匠が、表下がりの傾斜状に形成しているのに対し、引用の意匠は、水平状に形成している点、(3)雄連結部の係止片の態様について、本願の意匠が、平坦状としているのに対し、引用の意匠は、係止片の中央付近に表面側に突出する小さな突起条を形成している点、(4)雌連結部の表面側の下端片の態様について、表面側をそのまま僅かに延長した態様の突出片を先端に形成しているか否かの点に差異がある。
以上の共通点及び差異点を総合して、両意匠を全体として観察すると、両意匠において共通しているとした基本的な構成態様は、両意匠の形態についての骨格的要素となるものであり、また、共通しているとした各部の具体的な態様は、両意匠の形態上の特徴を表す要素であり、そうして、共通しているとしたこれらの態様が相俟って、意匠的なまとまりと特徴を形成し、看者の注意を最も強く惹くところであるから、共通しているとしたこれらの態様は、両意匠の類否判断を左右する要部と認められる。
これに対して、差異点のうち(1)については、両意匠は、雄連結部につき、前記のとおり具体的な態様において共通点が認められ、その共通点における段差面の態様について、階段状であるか傾斜面であるかの差異であるが、本願の意匠の段部は、小さく形成されたものであって、形態全体からみれば、その部位を観察した場合に目立つ程度の小さな差異であること、また、段差面を階段状に形成した態様のものは、この種の物品の分野においては一般的に見受けられ、看者の注意を惹くほどの特徴とは認められないものであることから、両意匠の全体的な観察の際にその差異が与える影響も微弱である。差異点の(2)については、係合突起の上面という限られた部位についての差異であり、また、本願の意匠は、上面をごく僅かに傾斜させた態様であって、特異性のみられないものであるから、両意匠の類否判断に影響を与えるほどのものとはなり得ない微弱な差異である。差異点の(3)については、係止片の中央付近に小さな突起条を有するか否かの差異であって、引用の意匠は、この種の物品の分野ではよく見られるありふれた態様で、形態上の特徴とはなり得ないものであるから、その差異は、限られた部位における微弱な差異に止まる。差異点の(4)については、本願の意匠は、表面側の下端片の先端を僅かに延長し突出片としたものであって、本願の意匠を特徴づける要素の一つとして目立つほどに形成されたものではないから、その差異は、看者に別異の意匠を構成したという印象を与えるほどのものとはなり得ない軽微な差異であって、類否判断の要素としてはそれほど評価することができない。なお、請求人は、本願の意匠は、施工時に連結部の表面側(化粧面)が目地溝の無いフラットな面に形成されるのに対し、引用の意匠は、目地溝が形成される点で、印象が異なる旨主張しているが、この点については、物品の使用状態における連結部の表面側の態様に多少の差異があっても、両意匠は、形態に関しては前記認定のとおりの態様に表したものであり、前記の共通しているとした各態様の具有する特徴がその差異を凌駕していると言えるところであるから、両意匠の類否判断に影響を与えるほどのものではない。結局、各差異点は、いずれも類否判断を左右する要部とは認められない。
以上のとおりであるから、類否判断を左右する要部において共通している両意匠は、前記のような差異があっても、全体として類似するものというほかない。
したがって、本願の意匠は、その出願前に頒布された刊行物に記載の意匠に類似するものであるから、意匠法第3条第1項第3号に該当し、意匠登録を受けることができない。
別紙第一 本願の意匠
意匠に係る物品 建築用板材
説明 左側面図は右側面図と対称にあらわれる。この意匠は正面図において左右に連続するものである。
<省略>
別紙第二 引用の意匠
実開平1-73237号
<省略>