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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)396号 判決 2000年3月23日

原告

エス・エム・エス・シュレーマン-ジーマーク・アクチエンゲゼルシャフト

代表者

【A】

【B】

訴訟代理人弁護士

八掛俊彦

同弁理士

【C】

【D】

被告

特許庁長官【E】

指定代理人

【F】

【G】

【H】

【I】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実

第1請求

特許庁が平成9年審判第18312号について平成10年7月31日にした審決を取消す。

第2前提となる事実(当事者間に争いのない事実)

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成元年3月6日、昭和56年10月13日(優先権主張1980年10月15日、ドイツ連邦共和国)に出願された特願昭56-162123号からの分割出願として、発明の名称を「圧延機」とする発明(以下「本願発明」という)につき特許出願(特願平1-52183号)をしたところ、平成6年9月7日出願公告(特公平6-69578号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成9年8月6日拒絶査定を受けたので、同年11月4日拒絶査定不服の審判の請求をした。

特許庁は、この請求を平成9年審判第18312号事件として審理した結果、平成10年7月31日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同年8月26日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

(1)  請求項1に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨(別紙2 本願第1発明図面参照)

ワークロールが互いに軸方向に摺動可能であり、ワークロールの各々がロール胴全長にわたって湾曲されている輪郭に従って形成されており、かつ両ワークロールの湾曲された輪郭が互いに補完し合うように形成されている圧延機において、ワークロール(23′,24′)を支持するバックアップロール対(23,24)のバックアップロール(23,24)が湾曲を有していない円筒形であることを特徴とする、上記圧延機。

(2)  請求項2に記載された発明(以下「本願第2発明」という。)の要旨ワークロール(23′、24′)を支持するバックアップロール対(23,24)のバックアップロール(23,24)が軸方向で摺動不能であることを特徴とする、特許請求の範囲第1項に記載の圧延機。

3  審決の理由

審決の理由は、別紙1審決書の理由写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであり、審決は、本願を適法な分割出願とすることはできないから、本願の出願日は、実際の出願日である平成元年3月6日となるところ、引用例(「アイアンアンド スチール エンジニア」64巻3号(1987年3月 ASSOCIATION OFIRON AND STEEL ENGINEERS発行、昭和62年4月15日特殊法人日本科学技術情報センター受け入れ))には、本願第1及び第2発明と同一の構成を持つ圧延機が記載されているから、本願第1及び第2発明は、特許法29条1項3号の規定する発明に該当し、特許を受けることができない旨判断した。

第3審決の取消事由

1  審決の認否

(1)  審決の理由1(手続の経緯)及び同2(原査定の理由)は認める。

(2)  同3(分割の適否についての当審(審決)の判断)のうち、審決書6頁8行の「しかない。」、6頁12行、13行の「恣意的に取り出して、」、及び6頁18行ないし7頁4行は争い、その余は認める。

(3)  同4(発明の同一性についての当審(審決)の判断)のうち、審決書12頁11行「上記3」から13行までは争い、その余は認める。

(4)  同5(むすび)は争う。

2  取消事由

審決は、分割の適否の判断を誤った結果、本願発明が新規性を欠くと誤って判断したものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  分割に係る構成は、原出願明細書中に記載されているに等しい。

すなわち、原出願明細書(甲第3号証)の特許請求の範囲の記載(別紙3 原出願発明図参照)は、

A ワークロールおよび/又はバックアップロールおよび/又は中間ロールが相互に軸方向に摺動可能であり、

B これらのロール対の少くとも一つのロール対の各々のロールがクラウン端部の方向で走る彎曲したかつ両ロールにおいてそれぞれ相反する側で被圧延材の幅の一部分にわたって延びている輪郭を有している様式の、

C 場合によってはバックアップロールと/又は中間ロールに支持されているワークロールを備えた圧延機において、

D 彎曲した輪郭が両ロール(3,4;23,24;43″,44″)の全クラウン長さにわたって経過しており、

E かつ両クラウン輪郭が専らこれらのロール(3,4;23,24;43″,44″)の一定の相対的な軸方向の位置で補完し合う形状を有していること、

F を特徴とする圧延機

というものである。

(2)  原出願明細書に添付の第1図ないし第3図(別紙3参照)に各記載のものの作動態様は共通している。

すなわち、第1図のものについては、「ロールギャップ8が少なくとも帯板9の幅にわたって、特にクラウンの全長にわたって、幾分S-字形に反らされてはいる」(甲第3号証11頁12行ないし15行)と記載され、第2図のものについては、「第2図から、ワークロール23′と24′のクラウンは自体円筒形の形状を有しているが、バックアップロールとの協働により必然的に幾分S-字形の曲がりを強いられ、したがって帯板29が通り抜けるロールギャップ28も相応して幾分S-字形の断面形状を示すことが伺がえる。」(同13頁13行ないし18行)と記載され、第3図のものについては、「この際(中間ロール43″と44″が変形を受ける際)、中間ロール43″と44″とによりワークロール43′と44′の円筒形のクラウンに僅かにS-字形の彎曲が強制的に附与され、この彎曲は帯板49のためのロールギャップ48の形状を決定する。」(同15頁末行ないし16頁4行)と記載されている。

このように、第1図ないし第3図の作動様態の共通性は、帯板9(第1図)、29(第2図)、49(第3図)にわずかにS-字形の彎曲を与えることである。

帯板9、29、49にわずかにS-字形の彎曲を与える原因となるのは、「中間ロール43″と44″のクラウン輪郭(第3図参照)は根本的に第1図による二段圧延機1の両ワークロール3と4のクラウン輪郭もしくは第2図による四段圧延機21のバックアップロール23と24のクラウン輪郭に相当する。」(甲第3号証15頁7行ないし12行)とあるように、第1図のワークロール3と4、第2図のバックアップロール23と24、第3図の中間ロール43″と44″にあるとされる。

これらのロール対は、上記構成事項Eを満足し、補完し合う形状を有するという意味で、以下「形状的な補完ロール対」と呼ぶこととする。

(3)  第1図のワークロール対(3、4)は、形状的な補完ロール対であり、第1図のものは、この補完ロール対のみからなっている。

第2図のバックアップロール対(23、24)も、形状的な補完ロール対をなしていて、その内側に円筒形状のワークロール対(23′、24′)があるので、第2図のものは、この補完ロール対の内側に、内側円筒ロール対を備えている。

第3図の中間ロール対(43″、44″)は、形状的な補完ロール対であり、その内側に円筒形状のワークロール対(43′、44′)と、その外側に円筒形状のバックアップロール対(43、44)とを有し、これらを形状的に補完ロール対、内側円筒ロール対、外側円筒ロール対と呼ぶと、第3図のものは、補完ロール対の内外側に、内側円筒ロール対と外側円筒ロール対とを備えている。

第1図ないし3図について共通していえることは、1つの補完ロール対があることが必須であって、加えるとしても円筒ロール対しか加えていないことである。これが、原出願明細書の原則である。

(4)  第1図ないし第3図のものの構成は、上記した原出願明細書の特許請求の範囲の各構成事項AないしFのすべてを充足している。

(5)  第1図のものでは、形状的な補完ロール対だけからなるので、補完ロール対の形状がそのまま利用されている。したがって、構成事項Eはこの補完ロール対そのもので充足される。

第2図のものでは、形状的な補完ロール対に内側円筒ロール対が用いられている。補完ロール対の形状そのものは変形されないでそのまま利用され、内側円筒ロール対を変形させている。この場合、内側円筒ロール対の変形が利用されているので、構成事項Eは内側円筒ロール対の変形されたもので充足されるといえる。しかし、形状的な補完ロール対の形状はそのまま残されているので、構成事項Eは、形状的な補完ロール対で充足されるともいえる。

第3図のものでは、外側円筒ロール対は形状的な補完ロール対に変形を及ぼし、この2つの対は組として形状的な補完ロール対とは異なる「変形補完ロール対」というべきものを形成している。

その場合、内側円筒ロール対は、この組としての変形補完ロール対の影響を受けて変形されることになる。この場合も、内側円筒ロール対の変形が利用されているので、構成事項Eは、内側円筒ロール対の変形されたもので充足されているといえる。しかし、この場合、形状的な補完ロール対の形状は残されることなく、外側円筒ロール対で形状的な補完ロール対が変形され、変形補完ロール対としてその形状が残されているので、構成事項Eは、変形補完ロール対で充足されるともいえる。

すなわち、形状的な補完ロール対も変形補完ロール対も、補完ロール対としてみれば、いずれも1つの補完ロール対にすぎない。

(6)  前記(2)のとおり、第1図ないし第3図のものは、補完の作動様態は共通している。

そうすると、第2図のものと第3図のものとは、第2図が形状的な補完ロール対を用いているのに対し、第3図が形状的な補完ロール対と外側円筒ロール対とを組とした変形補完ロール対を用いている違いはあるが、補完の意味では同様の扱いになっていてそれぞれ内側円筒ロール対を変形させ、構成事項Eを充足している。すなわち、形状的な補完ロール対も、変形補完ロール対も補完という意味では同様である。

したがって、第2図のものの形状的な補完ロール対を変形補完ロール対に置換すれば第3図のものとなり、第3図の変形補完ロール対を形状的な補完ロール対に置換すれば第2図のものとなる。

(7)  原出願明細書には、変形補完ロール対のみとして使用することの記載はない。

しかし、形状的な補完ロール対も変形補完ロール対も補完ロール対としてみればいずれも1つの補完ロール対にすぎないものであるから、原出願明細書の記載は、次のようにみることができる。

ア 第1図の形状的な補完ロール対と第3図の変形補完ロール対とは共通する補完ロール対として置き換えることが当然できるので、変形補完ロール対のみとして用いることは、原出願明細書に記載されているに等しい。

イ 見方を変えるなら、第2図のものの形状的な補完ロール対に対する内側円筒ロール対を取り除いて第1図のもののように形状的な補完ロール対のみとして用いることは、第1図に記載されているのであるから、第3図のものの変形補完ロール対に対する内側変形ロール対を取り除いて、変形補完ロール対のみとして用いることは、原出願明細書に記載されているに等しい。

(8)  被告は、六段圧延機の中間ロール対とバックアップロール対を組として四段圧延機のバックアップロール対と比較する議論は、圧延機の技術分野における技術常識を無視したものであって、技術的に意味がないなどと主張する。

圧延機一般としてみれば、例えば四段圧延機と六段圧延機とを比較して議論するようなことが、技術常識として許されないことは、被告のいうとおりである。しかしながら、原出願明細書には、「第1図による二段圧延機1、第2図による四段圧延機21或いは第3図による六段圧延機41のいずれにも共通して、第4~6図でもって本発明による圧延機の作動態様を以下に説明する。」(甲第3号証16頁16行ないし20行)と記載されているように、二、四、六段圧延機である第1図ないし第3図の作動態様は共通するとして比較して述べている。これは、上記した段数相違により特有の機能及び構造の違いをもつという技術常識を一応おいて、段数相違があっても原出願明細書のような配置であれば、補完するという作動態様では共通するとして比較して述べているものである。すなわち、甲第3号証においては、段数相違について、その段数特有の機能及び構造の違いは技術常識に一任したような形で、補完するという作動態様のみを問題にするときには、圧延機の段数の相違があっても共通して考えてよいということである。

第4審決の取消事由に対する認否及び反論

1  認否

原告主張の審決の取消事由は争う。

2  反論

(1)  原告は、第1図ないし第3図(別紙3原出願発明図)について共通していえることは1つの補完ロール対があることが必須であって、加えるとしても円筒ロール対しか加えていないことであり、これが原出願明細書の原則である旨主張する。

しかしながら、「加えるとしても円筒ロール対しか加えていないこと」が原出願明細書の原則であることは、特許請求の範囲をはじめ明細書のいずれの箇所にも記載がない。

(2)  原告は、第2図及び第3図のものでは、構成事項Eは内側円筒ロール対の変形されたもので充足されるといえる旨、並びに第3図のものにおいては、構成事項Eは変形補完ロール対で充足されるともいえる旨主張する。

しかし、構成事項Eは「かつ両クラウン輪郭が専らこれらのロール(3,4;23,24;43″,44″)の一定の相対的な軸方向の位置で補完し合う形状を有していること、」というものであって、両クラウン輪郭が専ら補完し合う形状を有していることが明記されていることから、構成事項Eを充足するロール対は、原告がいう「形状的な補完ロール対」そのものであることは明らかである。

(3)  原告は、第2図のものと第3図のものとは、補完の意味では同様の扱いになっていてそれぞれ内側円筒ロール対を変形させ構成事項Eを充足しているとし、第2図のものの形状的な補完ロール対を変形補完ロール対に置換すれば第3図のものとなり、第3図の変形補完ロール対を形状的な補完ロール対に置換すれば第2図のものとなる旨主張する。

しかし、第2図のものでは、バックアップロール対が「補完し合う形状を有するロール対」であるのに対し、第3図のものでは、中間ロールが「補完し合う形状を有するロール対」であり、補完という意味で比較されるロール対は、第2図のもののバックアップロール対と第3図のものの中間ロール対である。そして、中間ロール対とバックアップロール対とでは、中間ロール対は、主に、そのロール軸方向へのシフト動作により、ワークロールのそりを調整し、被圧延材の断面形状を制御する機能を有し、バックアップロールにより支持されているため小径のロールを用いることができるのに対し、バックアップロール対は、圧延荷重を最終的に受け持つ機能を有し、剛性が要求されるため大径のロールが用いられ、また、ロールの表面硬度も、中間ロールとバックアップロールとでは違えることが一般的である等、ロールの機能及び構造を異にするものであり、圧延機の技術分野においては、相互に常に互換性があるとはいえないものであって、六段圧延機の中間ロール対とバックアップロール対を組として四段圧延機のバックアップロールと比較する議論は、圧延機の技術分野における技術常識を無視したものであって、技術的に意味がない。

よって、原告の主張するような「第2図のものの形状的な補完ロール対」と「第3図のものの変形補完ロール対」は、置換ができるものではない。

(4)  さらに、原告は、変形補完ロール対のみとして用いることは原出願明細書に記載されているに等しい旨又は第3図のものの変形補完ロール対に対する内側変形ロール対を取り除いて変形補完ロール対のみとして用いることは原出願明細書に記載されているに等しい旨主張する。

しかし、第1図の「形状的な補完ロール対」と第3図の「変形補完ロール対」とは、上記(3)で述べたとおり、置き換えることはできるものではない。また、内側円筒ロール対を取り除くことは、中間ロール対又はバックアップロール対が、被圧延材に直接接触するワークロール対として使用されることを意味しているが、ワークロール対と中間ロール対及びバックアップロール対とでは、中間ロール対及びバックアップロール対の機能及び構造については、上記(3)で述べたとおりであるのに加え、ワークロール対は、被圧延材に直接接触して変形させる機能を有し、四段及び六段圧延機においては、圧延荷重を減らすために比較的小径のロールが用いられ、また、ロールの表面あらさが被圧延材に写しとられるため、いわゆる肌あれしにくい材質であって、さらに、熱間圧延では耐熱性の高い材質が用いられる等、ロールの機能及び構造を異にするものであり、中間ロールによって代用されるようなものではない。したがって、上記のようなワークロール対を取り除くような議論は、圧延機の技術分野における技術常識を無視したものであって、技術的に意味がない。

(5)  したがって、原出願明細書及び図面には、本願発明の構成である「湾曲されている輪郭に従って形成されているワークロール」と「ワークロールを支持する湾曲を有していない円筒形であるバックアップロール」との組合せを備えた圧延機について記載されているに等しいという原告の主張は失当である。

理由

1  分割の適否の判断の誤りについて

(1)  本願発明は、その要旨から明らかなように、「湾曲されている輪郭に従って形成されているワークロール(23′,24′)」と「ワークロールを支持する湾曲を有していない円筒形であるバックアップロール(23,24)」との組合せを備えた圧延機の発明である(別紙2本願発明図参照)。

原告は、変形補完ロール対も形状的な補完ロール対も原出願明細書の特許請求の範囲の構成事項Eを充足し、そのクラウン輪郭が補完し合う形状でありクラウン輪郭が補完し合う形状であるものとしてみれば同様であることを前提に、原出願明細書第1図(別紙3原出願発明図参照)の形状的な補完ロール対を第3図の変形補完ロール対に置き換えること、又は第2図に係るものにおいて内側円筒ロール対を取り除いて形状的な補完ロール対のみとして用いることは第1図に記載されているのであるから、第3図に係るものにおいて内側円筒ロール対を取り除いて変形補完ロール対のみとして用いることは、原出願明細書に記載されているに等しい旨主張する。

しかしながら、原告主張の上記の点が原出願明細書(甲第3号証)に記載されているに等しいものと認めることはできない。その理由は次のとおりである。

(2)ア  甲第3号証によれば、原出願明細書には、「第1図による二段圧延機1、第2図による四段圧延機21或いは第3図による六段圧延機41のいずれにも共通して、第4~6図でもつて本発明による圧延機の作動態様を以下に説明する。作動態様にとって、全クラウンの長さにわたって曲彎した輪郭を有しているロール対、しかも両クラウン輪郭がロールの一定の相対的な軸方向の位置において補完し合うように曲彎した輪郭を有しているロール対のみが重要な要件である。説明を簡単にするために、第4~6図との関連において、彎曲したクラウン輪郭を有しているロール対が第1図による二段圧延機1のワークロール対3と4であるものと仮定する。」(16頁16行ないし17頁9行)、「この際両ワークロール対3と4との間のロールギャップ8はクラウン全長にわたつて等しい高さを有しており、したがって帯板9はロールギャップ8が僅かにS-字形に反った軌跡を備えているにも拘らず等しい厚さに圧延される。」(17頁13行ないし18頁)、「重要なことは、ロールギャップ8の形状が、クラウンがその全長にわたつて彎曲された輪郭を有するロール対の両ロールの軸方向摺動によつて決定できることである。B」(19頁18行ないし20頁2行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、原出願明細書には、第1図ないし第3図のものがロールギャップの形状をS-字形に規定するという作動態様が共通するものとして記載されていることが認められる(なお、クラウンとは、通常、「圧延ロールのロール軸方向表面に与えられた湾曲形状」を意味する。)。

イ  しかし、甲第3号証によれば、原出願明細書には、「中間ロール43″と44″のクラウン輪郭は根本的に第1図による二段圧延機1の両ワークロール3と4のクラウン輪郭もしくは第2図による四段圧延機21のバックアップロール23と24のクラウン輪郭に相当する。」(15頁7行ないし12行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、原出願明細書には、ロールギャップの形状をS-字形に規定するという作動態様を果たすために重要なクラウン輪郭につき、第3図の中間ロール43″,44″は第1図のワークロール3,4、第2図のバックアップロール23,24と対応関係にあり、同じ技術的意義を有する部材であることが明示的に記載されているものである。

ウ  しかも、乙第1号証によれば、日本鉄鋼協会編「第3版鉄鋼便覧Ⅲ(1)」(昭和55年6月30日第2刷発行)には、「2重式圧延機はバックアップロールがないためロールのたわみ量が大きいので仕上圧延機としては使用されず、粗圧延機としてのみ使用されている。2重式圧延機は4重式圧延機に比較してロール径が大きくなるので、圧延時の所要動力が大きくなり、4重式に比べ圧下量を小さく取らざるを得ないため圧延能力は4重式に比べ低下する。」(244頁左欄13行ないし19行)、「4重式圧延機は2重式および3重式圧延機から変遷した圧延機で、現在では厚板圧延機として一般的に用いられている。4重式圧延機は2重式および3重式圧延機に比べて高能率であり、バックアップロールを大きくできるので製品の寸法精度が格段によくなる。」(244頁左欄下から13行ないし9行)、「(ロ)6重式圧延機 ワークロールとバックアップロールの間に中間ロールを配して、これを板幅に合わせシフトさせる新6重式圧延機(図8・192)は4重式圧延機より優れた形状矯正能力をもっているが、ワークロールのうける板端部の余分な剪断変形がなくなり、弾性変形も少なくなるため、エッジドロップ改善効果がある。」(573頁右欄下から2行ないし574頁左欄4行)、「a.ロールの材質 圧延用ロールの具備すべき条件としては、耐熱性、耐摩耗性、強靱性に優れていることが上げられるが、これらの条件をすべて同時に満足することは一般には困難なため、圧延の用途に応じロールの使分けが行なわれる。(i) ワークロール 厚板用ワークロールには鋳鉄系の合金グレンロールが広く用いられる。最近の圧延機では、粗圧延機と仕上圧延機に共通のロールを使用する場合が多い。このため粗圧延から仕上圧延までの全工程を同一ロールで行なう必要があり、特に耐熱性、耐摩耗性が要求される。したがって、この2つの性質を具備するため、65~73Hs程度の合金グレンロールが使用される。」(260頁左欄下から3行ないし右欄10行)、「(ii)バックアップロール バックアップロールの具備すべき主要条件としては、次の3項目が考えられる。

(1)  強圧下に耐え、折損、変形および扁平化やたわみを生じにくいこと

(2)  胴部表面が転がり疲労に強いこと、すなわち耐スポーリング性に富むこと

(3)  耐摩耗性に優れていること

厚板バックアップロールの材質は鋳鋼ロールと鍛鋼ロールに大別される。」(260頁右欄下から6行ないし261頁左欄4行)と記載されていることが認められる。

エ さらに、乙第2号証によれば、特開昭53-108851号公報には、「ワークロール、中間ロールおよびバックアップロールよりなり中間ロールをロール軸方向に移動可能に構成した圧延機においてワークロールを材質ニッケルグレン、ショア硬度Hs75゜~80゜とし、中間ロールを材質鍛鋼、硬度80゜~85゜、バックアップロールを材質鍛鋼、硬度60゜~65゜にしたことを特徴とする6段式圧延機。」(1頁左下欄4行ないし11行)と記載され、乙第3号証によれば、特開昭55-22421号公報には、「作業ロール(注;ワークロール)と補強ロール(注;バックアップロール)の間に、軸方向に移動し得るように構成された中間ロールを配置せしめた圧延機において、ロールの表面硬さを補強ロールはHs60~80、中間ロールはHs82~90、作動ロールはHs90~97としたことを特徴とする6段圧延機。」(1頁左下欄5行ないし9行)と記載されていることが認められる。

オ これらの記載によれば、2段式、4段式、6段式の各圧延機において、ワークロール、中間ロール及びバックアップロールは、それぞれに固有の役割を果たし、それに応じて材質、形状等を異にしているものであり、このことは、当業者にとって技術常識に属することであると認められる。

カ 以上の事実によれば、第1図の「形状的な補完ロール対」と第3図の「変形補完ロール対」とを置き換えたり、第2図のものと第3図のものから単純に内側円筒ロール対を取り除くことができ、その結果も同じであることが原出願明細書に記載されているに等しいものと認めることはできない。

(3)  原告は、「第1図による二段圧延機1、第2図による四段圧延機21或いは第3図による六段圧延機41のいずれにも共通して、第4~6図でもって本発明による圧延機の作動態様を以下に説明する。」(甲第3号証16頁16行ないし20行)と記載されていることを、圧延機一般の技術常識とは異なり、補完するという作動態様のみを問題にするときには圧延機の段数の相違があっても共通して考えてよいことの根拠として挙げるが、原出願明細書中の原告指摘箇所のみから、圧延機についての技術常識を無視して原告主張のように原出願明細書を理解することはできないから、この点の原告の主張は理由がない。

(4)  以上によれば、本願を適法な分割出願とすることはできないとした審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。

2  結論

よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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