東京高等裁判所 平成10年(行ケ)65号 判決 1999年7月15日
原告
住友電装株式会社
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
【C】
【D】
被告
特許庁長官 【E】
指定代理人
【F】
【G】
【H】
【I】
主文
特許庁が平成7年審判第27610号事件について平成10年1月8日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
主文第1項同旨の判決。
第2事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和63年2月23日、名称を「コネクタ」とする発明(本願発明)につき特許出願(昭和63年特許願第40232号)をし、平成5年5月7日、出願公告(平成5年出願公告第30031号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成7年11月28日拒絶査定があったので、平成7年12月27日に審判請求をし、平成7年審判第27610号事件として審理された。原告は、平成8年1月24日、本願発明の明細書の特許請求の範囲の請求項1について補正(本件補正)をしたが、平成10年1月8日、本件補正を却下する旨の決定(補正却下決定)とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決があり、その謄本はいずれも平成10年2月5日に原告に送達された。
2 本願発明の請求項1の記載
2-1 本件補正前のもの
ターミナルの収容通路を内部に含む筒状部の側壁を一部切り欠いて、ターミナルの通路への挿入方向にそって延びる可撓性の片持ち梁り状弾性腕を形成し、当該弾性腕の自由端に設けられた凸部を通路に収容されたターミナルの凹部に嵌合することによりターミナルを通路内に固定するようにし、且つ上記筒部にその開口端から枠状に形成された固定部材を被冠することにより弾性腕の形成部分上に固定部材を位置させて上記嵌合を錠止するようにしたコネクタにおいて、上記固定部材の上記筒状部開口端からの被冠を、その被冠途上において、まず固定部材の枠部を形成する側壁が筒状部上の上記弾性腕の先端部の手前に位置するところで仮係止させるようにすると共にその後のさらなる押し込み力により弾性腕形成部分上に位置するところで本係止させるようにしたことを特徴とするコネクタ。
2-2 本件補正によるもの
コネクタハウジングには相手側コネクタハウジングへ向けて開口するスカート部を設け、このスカート部の内側には、ターミナルの収容通路を内部に含む筒状部を設けるとともに、この筒状部の側壁を一部切り欠いて、ターミナルの通路への挿入方向にそって延びる可撓性の片持ち梁状弾性腕を形成し、当該弾性腕の自由端に設けられた凸部を通路に収容されたターミナルの凹部に嵌合することによりターミナルを通路内に固定するようにし、
一方、前記ハウジングとは別体でかつ枠状に形成された固定部材を設け、この固定部材を上記スカート部の開口側より前記筒部に対して被冠させ弾性腕の形成部分上に固定部材を位置させることで上記嵌合を錠止するようにし、
さらに上記固定部材の上記筒状部開口端からの被冠を、その被冠途上において、まず固定部材の枠部を形成する側壁が筒状部上の上記弾性腕の先端部の手前に位置するところで仮係止させるようにし、その後のさらなる押し込み力により弾性腕形成部分上に位置するところで本係止させるようにした構成であることを特徴とするコネクタ。
3 補正却下決定の理由の要点
本件補正は、特許請求の範囲の請求項1に「コネクタハウジングには相手側コネクタハウジングへ向けて開口するスカート部を設け、このスカート部の内側には、」という事項を付加し、当該スカート部を設けたことに伴い、請求項1に記載された発明(本願第1発明)を特定する事項のうち「且つ上記筒部にその開口端から枠状に形成された固定部材を被冠することにより弾性腕の形成部分上に固定部材を位置させて上記嵌合を錠止めするようにしたコネクタにおいて、」という事項を「一方、前記ハウジングとは別体でかつ枠状に形成された固定部材を設け、この固定部材を上記スカート部の開口側より前記筒状部に対して被冠させ弾性腕の形成部分上に固定部材を位置させることで上記嵌合を錠止するようにし、」という事項に変えるものである。
ところが、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1には、コネクタハウジングにスカート部を設けることについての記載はなく、また審判請求理由補充書に記載されているように、前記スカート部を設けることによって、「仮係止位置にある固定部材が本係止位置へ不用意に移行してしまわないようにし、また、本係止位置では固定部材を確実にその場所に止め置き、弾性腕の解離変形を確実に規制しておくようにする」という本件補正前の請求項1に記載された発明が有しない具体的な目的を達成しようとするものであるから、本件補正によって、特許請求の範囲の請求項1が減縮されるものであっても、本件補正前の請求項1に記載された事項によって構成される発明の具体的な目的を逸脱し、その技術的事項を変更するものとなる。
したがって、本件補正は、補正前の特許請求の範囲を実質上変更するものということができる。
よって、本件補正は、特許法64条2項において準用する特許法126条2項の規定に違反するものであるから、特許法159条1項の規定により準用する同法54条1項の規定により却下すべきものである。
4 審決の理由の要点
本願発明の要旨は、出願公告後に補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1~3に記載されたとおりの「コネクタ」にあると認められるところ、本願第1発明は、前記2-1のとおりのもの(本件補正前のもの)と認める。
なお、本件出願については、平成8年1月24日付けの手続補正がされたが、この補正は、平成10年1月8日付けの補正却下の決定により却下された。
これに対し、原査定の拒絶の理由である特許異議の決定の理由で引用された米国特許第4708662号明細書(引用例)には、ターミナル60の収容通路を内部に含む筒状部の側壁を一部切り欠いて、ターミナル60の通路への挿入方向に沿って可撓性の片持ち梁状弾性指22を形成し、当該弾性指22の自由端に設けられた凸部を通路に収容されたターミナル60の凹部に嵌合することによりターミナル60を通路内に固定するようにし、かつ上記筒部にその開口端から枠状に形成されたターミナルハウジング6を被冠することにより弾性指22の形成部分上にターミナルハウジング6を位置させて上記嵌合を錠止するようにしたコネクタにおいて、上記ターミナルハウジング6の上記筒状部開口端からの被冠を、その被冠途上において、まずターミナルハウジング6の枠部を形成する側壁が筒状部上の上記弾性指の先端部の周囲に位置するところで仮係止させるようにすると共にその後のさらなる押し込み力により弾性指形成部分上に位置するところで本係止させるようにしたコネクタ、について記載されているものと認められる。
そこで、本願第1発明と引用例に記載のものとを比較すると、引用例の「弾性指」と「ターミナルハウジング」は、本願第1発明の「弾性腕」と「固定部材」にそれぞれ相当するから、両者は、「ターミナルの収容通路を内部に含む筒状部の側壁を一部切り欠いて、ターミナルの通路への挿入方向にそって延びる可撓性の片持ち梁状弾性腕を形成し、当該弾性腕の自由端に設けられた凸部を通路に収容されたターミナルの凹部に嵌合することによりターミナルを通路内に固定するようにし、且つ上記筒部にその開口端から枠状に形成された固定部材を被冠することにより弾性腕の形成部分上に固定部材を位置させて上記嵌合を錠止するようにしたコネクタにおいて、上記固定部材の上記筒状部開口端からの被冠を、その被冠途上において、まず固定部材の枠部を形成する側壁が筒状部上の上記弾性腕の先端部の近くに位置するところで仮係止させるようにすると共にその後のさらなる押し込み力により弾性腕形成部分上に位置するところで本係止させるようにしたコネクタ」である点で一致し、次の点で相違する。
固定部材の上記筒状部開口端からの被冠において、本願第1発明は、固定部材の枠部を形成する側壁が筒状部上の弾性腕の先端部の手前に位置するところで仮係止させるようにしたのに対し、引用例に記載のものは、固定部材の枠部を形成する側壁が筒状部上の弾性腕の先端部の周囲に位置するところで仮係止させるようにした点。
そこで、相違点につき検討すると、固定部材の枠部を形成する側壁を、引用例に記載のもののように弾性腕の先端部の周囲に位置させることと、本願第1発明のようにそれの手前に位置させることとの間に、技術的意義において格別の差異があるものとは認められず、前者から後者への構成の変更は、当業者が適宜になし得る設計変更である。
したがって、本願発明は、引用例に記載のものに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。
第3原告主張の審決取消事由
審決は、補正却下決定に基づいて本願の請求項1に記載された発明の要旨を、本件補正前の請求項1に記載された発明(本件補正前の本願第1発明)と認定したが、下記のとおり、補正却下決定は誤りであり、その結果、審決は、本願特許請求の範囲第1項に記載された発明(本件補正後の本願第1発明)の要旨の認定を誤ったから、取り消されるべきである。
1 コネクタハウジングにスカート部を設けることは、本件補正前の明細書及び図面に記載されている。
コネクタハウジングにスカート部を設ける、という補正は、固定部材が被冠される筒状部の形態を、コネクタに設けたスカート部で覆われる形態に限定したものであるが、これは、次の補正前の明細書及び図面の記載に基づくものである。すなわち、「ハウジング1は、ターミナル2を収容する通路11aを有した一対の筒状部11,11′、これら筒状部と適宜間隔をおき、これらを囲んだ状態でハウジング1の前半分に設けられたスカート部12、…とから成る。」(本件特許出願公告公報(甲第3号証)5欄12行ないし22行)という明細書の記載、及び、相手側コネクタハウジングヘ向けて開口するスカート部がコネクタハウジングに一体に形成され、このコネクタハウジングと別体でかつ枠状に形成された固定部材が、スカート部の開口側より筒状部に対して被冠される様子を明示する図面に基づいてされたものである。
2 本願第1発明の目的は、「ハウジングに対し固定部材を装着した状態で、アッセンブリラインに対し供給出来るようにし、且つ固定部材が装着された状態にあるハウジングの通路に対し、そのままターミナルを挿入出来るようにする」(本件出願公告公報3欄16行ないし20行)ことである。
補正却下決定は、スカート部を設けることが、「『仮係止位置にある固定部材が本係止位置へ不用意に移行してしまわないようにし、また、本係止位置では固定部材を確実にその場所に止め置き、弾性腕の解離変形を確実に規制しておくようにする』という本件補正前の請求項1に記載された発明が有しない具体的な目的を達成しようとするもの」であると認定している。
しかし、「固定部材が不用意に本係止位置へ移行」するようなことがあると、固定部材は弾性腕の形成部分上に移行することとなり、このときにはターミナルを収容通路内へ挿入しようとしても、弾性腕が撓むことができず、弾性腕とターミナルとが干渉してターミナルの挿入が不能となってしまい、発明の目的を達成し得なくなる。本件補正によってスカート部が設けられれば、固定部材が仮係止位置に保持されて本係止位置へ不用意に移行しないようになり、発明の目的の達成をより確実なものとすることができる。
したがって、本願第1発明は、本件補正の前後においてその達成しようとする目的において軌を一にするものであり、本件補正後の本願第1発明は本件補正前の本願第1発明の目的を逸脱するものではない。本件補正に伴う効果は、本件補正前の本願第1発明の目的の範囲内において、特許請求の範囲の減縮に伴って付随的に生じる副次的なものというべきものであって、これを本件補正前の本願第1発明の目的を逸脱するものとみるのは誤りである。
3 以上のとおり、本件補正は本件補正前の特許請求の範囲を実質上変更するものではなく、これに反する判断に基づく補正却下決定は誤りである。
第4審決取消事由に対する被告の反論
審決取消事由は争う。
1 本件補正は、「一方、前記ハウジングとは別体でかつ枠状に形成された固定部材を設け、この固定部材を上記スカート部の開口側より前記筒状部に対して被冠させ弾性腕の形成部分上に固定部材を位置させることで上記嵌合を錠止するようにし」という事項に変更するものである。この事項は、「仮係止位置にある固定部材が本係止位置へ不用意に移行してしまわないようにし、また、本係止位置では確実にその場所に止め置き、弾性腕の解離変形を確実に規制しておくようにする」ことを目的とするものであるから、技術的事項である。このように、本件補正に係る事項は、技術的事項の変更に相当する。
2 本件補正後の具体的な目的は、仮係止や本係止の状態を妨げるような外力を遮断することにあり、本件補正前の具体的な目的すなわち仮係止や本係止の状態を専ら係止力により外力に抗して保持することとは全く別のものであるから、本件補正は、補正前の目的に全く別異の目的を付加するもので、本件補正前の具体的な目的を逸脱する。
すなわち、仮係止手段の係止力のみでは発明の目的が達成し得なくなること、及びスカート部の構成を予想される外力が固定部材に作用しないように設けることにつき、補正前の明細書及び図面には記載も示唆もされていないのである。
第5当裁判所の判断
1 甲第3号証によれば、本件補正前の本願明細書の発明の詳細な説明には、以下のような記載があることが認められる。
(1) 産業上の利用分野として、
「本発明は、ハウジングの通路内へ突出する片持ち梁り状弾性腕の自由端近くの凸部を、当該通路内に収容されたターミナルの凹部に嵌合させることにより、ターミナルを通路内に固定すると共にターミナル収容後にあっては上記弾性腕の外方への変位を防止する為に別体で構成した固定部材を弾性腕形成部分上に装着するようにしたコネクタに関する。」(特許出願公告公報2欄12行ないし19行)との記載。
(2) 従来の技術として、
「従来此種コネクタは、……ターミナルをハウジングの通路内へ収容し、ターミナルの凹部に弾性腕の凸部が嵌合した状態となって初めて、上記固定部材をハウジングに装着するものであった。」(同21行ないし26行)との記載。
(3) 発明が解決しようとする課題として、
「今日、ハウジング製造ライン、ターミナル製造ライン及びターミナルをハウジングヘアッセンブリするアッセンブリラインは夫々別の場所で行われ、ハウジング及びターミナルのアッセンブリラインヘの供給は、輸送手段を介して行われる。
また、ターミナルのハウジングヘのアッセンブリは、自動化ラインで行われる傾向にある。
以上のことから上述した従来コネクタにあっては、ハウジングのアッセンブリラインヘの供給が、ハウジングと上記固定部材との2種部品での供給という形となり、それら部品の管理において工数を要した。
又、ターミナルを収容した状態のハウジングヘの固定部材の装着作業を自動化ラインで行う場合には、固定手段をハウジングの装着位置に案内する為の設備が必要となり、アッセンブリラインが大掛りなものとなった。
本発明の第一の目的は、ハウジングに対し固定部材を装着した状態で、アッセンブリラインに対し供給出来るようにし、かつ固定部材が装着された状態にあるハウジングの通路に対し、そのままターミナルを挿入出来るようにすると共にターミナルの挿入後にあっては、固定部材のハウジングヘの取付けをその方向を考慮することなく行うことができるコネクタを供給することにある。」(同2欄28行ないし3欄23行)との記載。
(4) 発明の効果として、「請求項1のコネクタにおいては、固定部材が仮装着された状態のハウジングを、ターミナルのハウジングへアッセンブリラインに供給することが出来、且つ供給された状態のままでハウジングに対しターミナルをアッセンブリすることが出来、更に仮装着状態において、既に固定部材のハウジングヘの装着の為の取付方向が規制されており、本装着が極めて迅速、且つ容易に行え、自動化ラインにも適している。」(同9欄10行ないし18行)との記載。
これらの記載から明らかなとおり、本件補正前の本願第1発明は、上記(1)のコネクタに関するものであり、(2)、(3)記載の従来技術を改良して(3)記載の目的、課題を達成するために、本件補正前の特許請求の範囲第1項記載の構成を採用した結果、(4)記載の作用効果を奏するものとされている。
2 そして、甲第3号証によれば、コネクタハウジングについて、本件補正前の本願明細書の実施例の項に次のように説明されていることが認められる(別紙本願発明実施例図面参照)。
「雌コネクタAは、ハウジング1、ターミナル2、無端状弾性シールリング3及び固定部材4から成る。ハウジング1は、ターミナル2を収容する通路11aを有した一対の筒状部11,11′、これら筒状部と適宜間隔をおき、これらを囲んだ状態でハウジング1の前半分に設けられたスカート部12、筒状部の同軸方向上中央位置でこれと直交して立ち上がり、上記スカート部の後端に継続する垂壁部13及び上記垂壁部と上記筒状部とが直交する位置において、対となる2つの筒状部に跨って筒状部の側壁との間に段差を有して形成された弾性シールリングの巻き付け台14とから成る。」(特許出願公告公報5欄10~22行)
「雄コネクタBは、ハウジシグ5、夕ーミナル6及び固定部材7とから成る。
ハウジング5は、ターミナル6を収容する通路51aを有した一対の筒状部51,51′、これら筒状部と適宜間隔をおき、これらを囲んだ状態でハウジングの前半分に設けられたスカート部52、筒状部の軸方向上中央位置でこれと直交して立ち上がり、上記スカート部の後端に形続する垂壁部53及び上記スカート部の内側面上に構成される断面凸形状部54とから成る。」(同7欄14~23行)
これらの記載からすると、雌コネクタのハウジング1は、筒状部11,11′、スカート部12、垂壁部13、巻き付け台14とから成り、雄コネクタのハウジング5は、筒状部51,51′、スカート部52、垂壁部53、スカート部に設けられる断面凸型形状部54から成るものであることが明らかである(雌コネクタについては、別紙本願発明実施例図面第1図、雄コネクタについては同第6図参照)。
3 本願第1発明は、本件補正前の特許請求の範囲によれば「コネクタ」の発明であり、その「筒状部」は少なくともハウジングを構成する部分であることは明らかであり、本件補正前の特許請求の範囲に「ハウジング」の文言の明示の記載はないが、ターミナルを収容する容器としてのハウジングの概念を含むものであることは自明である。そして、本件補正により、請求項第1項において「コネクタハウジングには相手側コネクタハウジングヘ向けて開口するスカ一ト部を設け、」「このスカート部の内側には、」「筒状部を設ける」とされたものであるが、これは、ハウジングについての構成を明記し、筒状部の配置個所をハウジングのスカート部に限定したものというべきである。なお、スカート部とその内側の筒状部の関係については、前認定のように、本件補正前の明細書及び図面において「これら筒状部と適宜間隔をおき、これらを囲んだ状態でハウジング1の前半分に設けられたスカート部12」との記載及びこれを示した図面があるところである。
そして、本願第1発明は、本件補正の前後において、目的ないし作用効果が、①固定部材を仮係止(仮装着)してハウジングと一体的にアッセンブリラインに供給できる点、②固定部材を仮係止したままターミナルの挿入が可能である点、③固定部材の本係止(本装着)の取付け方向を規制する点において変わりはないが、本件補正において、本件補正前の明細書及び図面に記載されているハウジングの構成を明示し、スカート部を構成要件に付加したことにより、④仮係止位置にある固定部材が本係止位置へ不用意に移行しない点、及び⑤本係止位置では固定部材を確実にその場所に止め置く点が、目的ないし作用効果として明確になったものであることも、自明のことと認めるべきである。
すなわち、スカート部により奏する作用効果は、スカート部で筒状部を囲むことによって固定部材のハウジングへの係止機構が覆われ、外力が直接作用することを回避することにあることが自明であり、仮係止ないし本係止をより確実なものとすることにあると認められる。仮係止を確実にすることによって、上記目的①のアッセンブリラインへの供給、及び上記目的②の固定部材を仮係止したままのターミナルの挿入を確実にすることになり、また、本係止を確実にすることは、コネクタとして当然に要請される課題に沿う作用効果であるから、上記④及び⑤の作用効果は、本件補正前の構成による本願第1発明の目的をより確実に達成するためのものと認められる。
4 そうすると、本件補正によっては、補正前の本願第1発明の目的を逸脱したとはいうことはできず(その目的から当然に予測される作用効果の範囲内のものである。)、本件補正によって、補正前の特許請求の範囲を実質上変更するものではないというべきであり、これに反する判断に基づき本件補正を却下すべきものとした補正却下決定は誤りである。そして、審決は、誤った補正却下決定に基づいて本願第1発明の要旨を認定し、これを前提として引用例記載のものとの対比判断を行ったものであるから、違法なものとして取消しを免れない。
第6結論
よって、原告の請求を認容すべく、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)
別紙本願発明実施例図面
第1図
第6図