東京高等裁判所 平成10年(行ケ)78号 判決 1999年6月24日
徳島県美馬郡穴吹町穴吹字岡86の1
原告
梶間定勇
訴訟代理人弁護士
安倉孝弘
同
弁理士 須藤阿佐子
岡山県津山市二宮22番地の1
被告
院庄林業株式会社
代表者代表取締役
豆原直行
訴訟代理人弁護士
冨島智雄
同
山中靖司
高知県高岡郡窪川町魚ノ川241番地
被告補助参加人
有限会社寿製材所
代表者代表取締役
市川長俊
訴訟代理人弁護士
和田高明
同
弁理士 田中幹人
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用及び補助参加によって生じた訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成8年審判第4518号事件について平成9年12月26日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、発明の名称を「木材のヒビ割れ防止方法」とする特許第1690426号の特許発明(昭和59年12月26日に出願、平成4年8月27日に設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。
被告は、平成8年3月28日に本件発明に係る特許の無効の審判を請求し、特許庁は、同請求を平成8年審判第4518号事件として審理した上、平成9年12月26日に「特許第1690426号発明の特許を無効とする。」旨の審決をし、その謄本を平成10年2月19日に原告に送達した。
2 本件発明の特許請求の範囲
製材された木材を乾燥処理前において木材(1、11)における板目(2、12)が現出する表面に、柾目(3、13)部分を除いて該板目(2、12)部分の幅(W1、W2)でもってしかもその全長に亘る範囲に適宜の水分発散抑制処理を施し、その後に該木材(1、11)を乾燥処理するようにした木材のヒビ割れ防止方法。(別紙図面参照)
3 審決の理由
別紙審決書の理由の写のとおりである。以下、当裁判所も、審決の定義に従い、「引用例」、「訂正発明」の用語を用いる。
4 審決の取消事由
審決の理由第1、第2は認める。同第3は争う。同第4のうち、(1)ないし(4)は認める。同第4の(5)のうち、訂正発明の「適宜の水分発散抑制処理を施し」についての本件明細書の記載内容(11頁6行目から12頁7行目まで)、引用例記載の発明の「パラフィン」が「パラフィンロウ」と同意義であることは周知であること(12頁8行目から14行目の「参照」まで)、相違点の認定(13頁7行目の「(イ)後者は、」から13行目まで)、相違点(イ)についての判断(13頁16行目から14頁14行目まで)及び原告の主張(17頁2行目から5行目の「主張する。」まで)は認め、その余は争う。同第5(本件発明)は認める。同第5(当審の判断)のうち、引用例の記載事項(18頁6行目から21頁2行目まで)、本件発明の「適宜の水分発散抑制処理を施し」についての本件明細書の記載内容(21頁3行目から22頁4行目まで)、引用例記載の発明の「パラフィン」が「パラフィンロウ」と同意義であることは周知であること(22頁の5行目から11行目の「参照)」まで)、相違点の認定(23頁の4行目の「(a)後者は、」から9行目まで)、相違点(a)についての判断(23頁12行目から末行まで)並びに原告の主張(24頁18行目から25頁1行目の「主張している。」まで及び25頁14行目から26頁2行目の「主張する。」まで)は認め、その余は争う。同第6は争う。
審決は、訂正発明と引用例記載の技術との一致点を誤認し、相違点(ロ)、(ハ)の判断を誤り、相違点(イ)~(ハ)に係る構成の組合わせによる特有な作用効果を看過して本件明細書の訂正を認めなかった違法があるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(「適宜の水分発散抑制処理」の一致点の誤認)
イ 引用例には、製材した碁盤を1週間から1か月くらい乾燥させ、木口に小ヒビが入ってきたら、高熱のパラフィンを塗る旨記載されている。
木口(碁盤用に四角に木取った榧材における大きい木口)に小ヒビが入る状態とは、木口表層部の水分が蒸発することによる乾燥収縮が内層部によって拘束されるために発生した小さなヒビが、木口表面に入った状態である。また、それは盤の表面にも小さなヒビが入りかけた状態である。その状態に高熱のパラフィンを塗るということは、更に表層付近の水分を急速に蒸発させて乾燥収縮させ、多数の小さなヒビを生じさせると同時に、熱軟化によりストレスを分散させることになる。そして、その機を逃さず、小さなヒビにパラフィンをしみ込ませ、あるいは樹脂を溶かして木口に向かわせ、パラフィンやその樹脂によって導管を密閉するようにして本乾燥させると、完全乾燥の時点になるとこの割れがひっつき、そのままの状態で安定して碁盤の原盤が完成するものである。
通常、150℃以上の熱処理では、収縮が大きくクラックが生じることが知られている。また、熱軟化すること等様々な変化が起こり、その変化は不可逆的である。更に、古くから木口割れ防止剤など、様々な液体の塗り易い材料が存在しているにもかかわらず、引用例は、あえて煙の出るまで熱したパラフィンを、クラックが生じる危険をかえりみず、最も表面のヒビ割れの発生し易い時期を選んで塗布している。
引用例記載の技術は、パラフィンを「煙の出るまで熱して」いるものである。これは、鍋の縁がパラフィンの沸点(340~430℃)となり、焦げて煙が出る温度のことである。仮に煙の出るまで熱した温度が200℃程度であるとしても、高温度に熱するまでの熱が大きく蓄熱されること及び建築用の木材が熱により変化し始めるのが70~80℃以上であることを考え合わせると、熱による相当な影響があることは必至である。
ロ 以上のことと、榧材の特性は、「割れて榧、ついて榧」といわれるまで復原力のある木質であり、ひび割れ、くるいなどの難点を出しつくさせて大きく割れないようにすること及び榧材に多く含まれる樹脂の機能を発揮させて完全乾燥の時点の安定性に寄与させることを考え合わせると、引用例の上記記載は、ヒビ割れがまだ表面のみの段階に、表面の乾燥応力を、予備乾燥と高温度の急激な熱処理であえて浅い小ヒビを入れさせて、また、応力の緩和を計りその時期を見逃さずパラフィンを埋め込み、かつ、樹脂の機能を発揮させ、復元力に期待して、組織を保護することにあると推定される。
ハ したがって、引用例記載の「熱したパラフィンを刷毛で塗り」との技術は、訂正発明とは全く異なる発想でもってされる、碁盤用に四角に木取った榧材特有の方法であるから、訂正発明の「適宜の水分発散抑制処理を施し」に相当しない。
(2) 取消事由2(「乾燥処理前に」の一致点の誤認)
引用例記載の碁盤用の木材は、一週間から一か月くらい木口に小ヒビが入るぐらいまで乾かした後のものである。すなわち、引用例の方法は、既に1次乾燥状態にあるものに対して行うものであり、乾燥処理前に行うものではない。
(3) 取消事由3(「木材のヒビ割れ防止方法」の一致点の誤認)
引用例は、割れることなく碁盤として完成させることを目的としており、碁盤用に四角に木取った榧材の大きな割れの防止を解決すべき課題とし、それを解決するために、ヒビ割れ、クルイなどの難点を出しつくさなければならないものであるから、ヒビ割れを防止してはならない。すなわち、引用例は、碁盤用に四角に木取った榧材は、乾燥過程において小ヒビあるいはヒビ割れを起こすことが、割れることなく碁盤として完成させるために必要な現象であることについて記述するものである。
したがって、引用例は、ヒビ割れのないものを得るための木材のヒビ割れ防止方法ではない。
(4) 取消事由4(相違点(ロ)の判断の誤り)
審決は、引用例の「木を切り、製材してから、木口や板目の部分に割止めのボンドを塗り乾燥する。」(148頁上段の<1>)という記載は、割止めボンドを塗布することが水分発散抑制処理に相当することは自明であるから、水分発散抑制処理前に木材を乾燥させない方法が示されていると認定する。しかし、それに続く引用例の記載内容から、上記「木を切り、製材してから、木口や板目の部分に割止めのボンドを塗り乾燥する。」ということは、木の宝石と呼ばれる貴重な銘木の榧の取扱いにふさわしくない間違った取扱いであることがすぐに分かる。したがって、審決の上記認定は、前後の文章の意味からも、技術的に見ても誤りである。
(5) 取消事由5(相違点(ハ)の判断の誤り)
イ 引用例記載の榧は、碁盤用に四角に木取った榧材であり、特殊な技術分野に属する。
ロ(イ) 四方柾の碁盤は、一丁千数百万円もするという、まさに、木の宝石である。碁盤は、まず何百年と成長した榧の大木を個々吟味して後、長さ60cmに切断される。そして、芯、ワレ、節、アテ(木理の肥厚したところ)、色の悪いところ、また、木理(木目、年輪)の悪いところを除いて碁盤の形に製材される。欠点という欠点をすべてとり除いて、四角に製材される。この宝石の原石をいかにカットし磨き上げて光り輝くダイヤモンドにするか、宝石師の腕の見せ所である。
碁盤の作成に当たっては、何代目なにがしというような碁盤師は、秘技として弟子に何代目を名乗らせ、また、盤の目盛にも、碁石磨きにも、門外不出の秘伝が代々伝えられて来たものである。
(ロ) 一方、一般建築材は、柱材は3m、他はほとんどど4mの長尺に切断される。一般建築材も、秋から冬にかけて伐採された材が好まれるが、春から後に切られた材もかなりの量が使用される。そして、ほとんどそのまま原木の太さと需用に応じて製材される。ワレの原因となる芯、節、アテは、製材品の内部にそのまま含まれている。また、長尺であることも、短尺に比べてワレ易い原因であり、節とアテもワレと狂いの大きな原因である。
一般建築材には、秘伝とされるようなものはない。
(ハ) このように、長尺で欠点が取り除かれず、すべてを含んだ一般建築材と、何百年を経た榧の大木を60cmの短尺に切り、その上、欠点をすべて取り除いた、木の宝石といわれる碁盤とは、同じ爼上にのせて議論すべきでない。
ハ また、一般建築材は、一度割れたものは元へ戻らないが、碁盤は「割れて榧、ついて榧」といわれるように、割れても元へ戻る特質がある。そして、その特殊な用途に適した銘木である榧材の木質は、大きく割れてしまわない限り、本来の特性を発揮できるのであり、碁盤用に四角に木取った榧材においては、「割れすなわちヒビ割れ」ではない。
(6) 取消事由6(相違点(イ)~(ハ)に係る構成の組合わせによる特有な作用効果の看過)
前記(3)において述べたとおり、訂正発明と引用例記載の技術は、その技術的課題(目的)において相違しており、その技術的課題を達成したということで、効果においても相違していることは明らかである。
訂正発明は、明細書に記載されたとおり、
イ 乾燥を均一化させヒビ割れを防ぎながら木材製品を乾燥させることができる。
ロ 従来(第4図)のヒビ割れ防止方法のごとく細溝(輪抜き)を削り加工するものに比してヒビ割れ防止のための作業が簡単となる。
ハ 木材をそのまま使用する場合に発生していたヒビ割れによる強度低下もなく、その結果木材の太さを従来のものより細くしても所望の強度が得られるようになり、経済的な効果もある。
ニ 従来の細溝(輪抜き)加工によるヒビ割れ防止法では木材の使用後に内部応力のバランス失墜から木材に変形を生じることが常態であったが、木材の変形を生じることがない。
という引用例記載の技術から予期されない優れた作用効果を奏するものである。
第3 被告及び補助参加人の主張
1 被告の主張
(1) 取消事由1について
イ パラフィンは加熱溶解して使用する高温用の塗料であり、ヒビ割れ防止効果として水分発散抑制のために木口に塗布することは、本件発明の出願前に当業者に周知の事実であった。
したがって、引用例のパラフィンを煙の出るまで熱して刷毛で塗るという記載は、固形のパラフィンを加熱溶解して刷毛で塗ることを説明しているのである。ロ パラフインは、融点37.8℃~64.5℃であり、300℃を超えると沸騰が始まって引火のおそれがあり、200℃以上で白煙を生じる。これを前提とすると、引用例の煙の出るまで熱したパラフィンは約200℃であり、刷毛に付着したパラフィンは200℃を下回る。しかも、刷毛に付着したパラフィンを榧で塗る際には、更に温度が低くなっていることも合理的に推測される。引用例の回答者は銘木店の店主であるが、刷毛による塗布の段階でパラフィンが融解している必要があり、単に融点を超えた段階で刷毛で塗布したのではパラフィンの温度が低下して融点以下となり凝固することから、経験的に煙が出る程度まで熱すれば刷毛での塗布においても凝固することなく、融解されたパラフィンを塗布できるという趣旨で、パラフィンを熱する程度の目安を回答していると解するのが合理的な解釈である。
ハ 融解したパラフィンを刷毛で塗布することにより被膜が形成され、この被膜により水分発散が抑制される。原告の主張は、この重要な点を無視した立論である。
(2) 取消事由3について
引用例の「質問室」の質問者は、「榧は乾燥の時に割れが入りやすいと聞き、乾燥方法についていろいろ尋ねてみました。」、「ほかに、もっといい方法があるのでしょうか。」として、榧で碁盤を作るに当たり、割れないようにする方法を尋ねているのであり、回答者は、ヒビ割れを防止する方法として回答しているのである。原告の主張は、根拠のない小ヒビを積極的に利用したということを加えただけで、言葉のすり替えにすぎない。
(3) 取消事由4について
予備乾燥は、榧という長期間の乾燥期間を要する木材についての初期的なものであり、製材した天然材を乾燥させるに当たり、それを省略させることは、特に困難な技術ではない。
(4) 取消事由5について
榧の木も建築用木材も木材であることに変わりはなく、引用例記載の技術は、その乾燥においてヒビ割れを生じないようにするものであるから、当業者であれば、この技術を建築用木材に利用することは、なんら難しいことではない。
2 補助参加人の主張
(1) 取消事由1について
イ 木口及び板目部分は乾燥による収縮率が大きいためにヒビ割れが生じやすく、他方、柾目部分は収縮率が小さいためにヒビ割れが生じにくいのであって、このことは、本件発明の出願のはるか以前より、木材業界共通の知見として一般化していた。
また、本件発明の出願の25年も前に、表面割れのおそれのある箇所に部分的かつ選別的に水分発散抑制処理をすることが知られていた。
そうすると、木材業者が、木材のいかなる部分について水分発散抑制処理を行うことになるかは、自ずから明らかである。
ロ また、本件発明の出願前には、干割れ(乾燥過程において生じる損傷で、特に板目材に生じやすく、繊維方向に不規則な線状として現れ、かつ、木口面に及ばない材面の割れ)防止剤として、銘木類などではパラフィンロウが使用されていた。
ハ したがって、引用例記載の技術内容は、木口及び板目部分にのみ水分発散抑制の効果を持つ皮膜を形成するものであり、乾燥によるヒビ割れが最も生じやすい木口及び板目部分に水分発散抑制処理をすることによってヒビ割れも防止するものであることは明白である。
ニ 補助参加人の実験では、パラフィンを熱すると、100℃の段階では固体部分が確認でき、120℃で煙が出始めた。したがって、「煙の出るまで熱して」とはパラフィンが十分溶融する状態まで熱することを示しているものである。そして、この状態で刷毛で塗れば、融点以上を保つことを示していると解釈するのが相当である。180℃以上に加熱すると、煙が多くなり、引火の危険性が高まって通常の状態では使用することができない。
ホ 仮に加熱したパラフィンの塗布が、水分発散抑制以外に熱軟化等の結果をもたらすとしても、木材業者としての一般的知見からすれば、引用例のパラフィンの塗布を水分発散抑制処理とみるのは当然である。
(2) 取消事由2について
碁盤を作る際には、長いものでは10年に達しようかという長期を費やして乾燥させる。このような極めて長期にわたる乾燥の過程にあって、碁盤用に木取った後に日陰で1週間から1か月くらい木口に小ヒビが入るくらいまで乾かすとしても、この時期の乾燥はごく表層部で進行を始めた段階にすぎず、本格的な乾燥は、木口と板目の部分だけパラフィンを熱して刷毛で塗る処理をした後に予定されているのであって、当業者の立場からみれば、木材の乾燥処理前に水分発散抑制処理を行うことに相違はない。
(3) 取消事由3について
引用例の「質問室」の質問者は、「榧は乾燥の時に割れが入りやすいと聞き、乾燥法についていろいろ尋ねてみました。」ということを前提として、質問者が人から聞いた複数の乾燥方法につき、「この中のどれが正しいのでしょうか。ほかに、もっといい方法があるのでしょうか。最もよい方法をお教えください。」として、乾燥時のヒビ割れを防止するための最も良い方法を質問しているのであって、この質問と答を合わせた全体の文意からしても、答の欄に記載されている事項を、ヒビ割れ防止方法以外のものとして理解することは不可能である。
榧が他の樹種と比較して復元力が強い性質を有するとしても、その復元力には自ずから限界があり、乾燥によるヒビ割れが重大な欠点となることは明白である。榧を使用した碁盤にあっても、ヒビ割れを防止することが重要な課題であって、原告の主張を前提とすると、碁盤用に木取った榧材は、ヒビ割れやクルイが生じるままに放置すれば足りることになり、およそ秘技や秘伝の存在する余地はなく、また、榧材の乾燥方法を殊更に「質問室」で記事として取り上げる必要もないことになってしまう。
(4) 取消事由4について
当業者であれば、木材の乾燥過程の中の適宜の時期を選択して、水分発散抑制処理を行うことは当然である。
(5) 取消事由5について
木材は、原木を伐採し、製材後に乾燥することが必須の工程であり、かつ、乾燥時におけるヒビ割れが生じ、それが製品に影響を及ぼすことから、ヒビ割れを防止する必要があることは周知の事項である。したがって、最終製品がどのようなものであるにせよ、そこには技術分野の関連性、技術的課題の共通性がある。
木材業界において実施されてきたヒビ割れ防止方法は、水分発散抑制処理のために使用する材料一つとってみても、碁盤作りにおける水分発散抑制処理とその技術的基盤を共通にしていることが明白である。
(6) 取消事由6について
原告主張に係る作用効果のうち、ロないしニは、建築木材の技術分野における技術常識である「輪抜き」(背割り)を施さないことによる効果であって、訂正発明の構成に基づく効果ではない。そして、原告の主張に係るイの効果についても、引用例で開示されている技術の効果と全く同一であり、何ら異なるところはない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1 請求の原因1ないし3の事実は、被告及び補助参加人において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。
第2 訂正発明の概要
甲第15号証中の全文訂正明細書によれば、上記明細書(以下「訂正明細書」という。)には、訂正発明について、次の記載があることが認められる。
1 「本発明は建築用木材のヒビ割れ防止方法に関するものである。」(1頁11行目)
「建築用木材(例えば建築用の柱材、梁材、桁材等)は原木から所定形状に製材された後に乾燥(陰干し又は日なた干し)せしめられる(原木より製材されたすぐは水分が多いのでしばらく自然乾燥される)が、その木材乾燥時においては、木材表層部分がその中心部付近より先に乾燥してしまい、その表層部分と中心部付近との間の乾燥度の差が大きくなると、その乾燥度の大きい表層部分にヒビ割れが生じるようになる。このヒビ割れは特に木材の板目が現出している表層部に発生する性質がある。」(1頁13行目から19行目まで)、「木材製品をそのまま自然乾燥させた場合、ほとんどの製品に大きなヒビ割れが生じ樹種によっては30~40%程度は商品として不適格のものがでるようになる。」(2頁6行目から8行目まで)、「従来では、上記したような建築用木材のヒビ割れ発生を防止するために、木材を乾燥させる前に予じめ第4図に示すように木材21の全長に亘ってその一面から中心部付近に達する深さの細溝(輪抜きと称される)22を削り加工しておき、乾燥時に木材21の外周面だけでなく細溝22内面からも同時に水分を発散し得るようにし、もって木材21の表層部付近と中心部付近との乾燥度に大きな差が生じないようにすることにより木材21にヒビ割れが生じ難くするようにしていた。ところが、第4図に示す従来の建築用木材のヒビ割れ防止方法では・・・問題があった。」(2頁9行目から17行目まで)
「本発明は上記した従来の細溝削り加工による建築用木材のヒビ割れ防止方法の問題点に鑑み、木材に細溝を削り加工することなしにヒビ割れの発生を防止し得るようにした建築用木材のヒビ割れ防止方法を提案することを第1の目的とするものである。又、本発明は、従来ヒビ割れするにまかせていた桁、梁等の建築用木材についてそのヒビ割れを生じないようにする方法を提案することを第2の目的とするものである。(3頁16行目から22行目まで)
2 「特許請求の範囲1.製材された建築用木材を乾燥処理前において該建築用木材(1、11)における板目(2、12)が現出する表面に、柾目(3、13)部分を除いて該板目(2、12)部分の幅(W1、W2)でもってしかもその全長に亘る範囲に適宜の水分発散抑制処理を施し、その後に該建築用木材(1、11)を乾燥処理するようにした建築用木材のヒビ割れ防止方法。」(1頁3行目から8行目まで)
3 「本発明の建築用木材のヒビ割れ防止方法は、木材乾燥処理前において、ヒビ割れが発生し易い板目部分(柾目部分はヒビ割れし難い)に適宜の水分発散抑制処理を施すことにより、木材乾燥中における木材の板目部分からの水分の発散を抑制でき、該板目部分に急激な収縮作用が起こらない。従って木材表層部における板目部分に発生する収縮時の歪みが小さくなって、そこにヒビ割れが発生することがなくなる。このように水分発散抑制処理を施してヒビ割れを防止するようにしたものであっても、木材中の水分を水分発散抑制処理を施していない柾目部分の表面から外気中に発散せしめることができ(柾目部分の水分が外気中に発散されることにより、木材中心付近及び板目部分にある水分も順次柾目部分側に浸透していく)、適度の木材乾燥作用が得られる。又、木材表層部における柾目部分は、年輪模様が平行で且つその間隔が密になっているので、この柾目部分から急速に水分が発散しても該柾目部分はさほど収縮することがなくしかも歪みも発散しない。従って柾目部分にヒビ割れが発生することはない。」(4頁7行目から20行目まで)
「本発明の建築用木材のヒビ割れ防止方法は、木材乾燥処理前において板目(2、12)が現串する表面に、該板目部分の幅でもってしかもその全長に亘る範囲に水分発散抑制処理を施し、しかも木材中の水分はこれを水分発散抑制処理を施していない柾目(3、13)部分の表面から外気中に発散せしめ得るようにしているので木材の乾燥をその内部から柾目部分を通して行わせるとともに、一番乾燥し易い表面の板目部の乾燥をおさえることにより乾燥を均一化させヒビ割れを防ぎながら木材製品を乾燥させることができるという効果がある。又、本発明の建築用木材のヒビ割れ防止方法は、単に木材の板目部分に適宜の水分発散抑制処理を施すだけでよいので、従来(第4図)のヒビ割れ防止方法の如く細溝(輪抜き)を削り加工するものに比してヒビ割れ防止のための作業が簡単となる。さらに、従来(第4図)の木材のように細溝(輪抜き)を削り加工することによる強度低下や細溝加工をせず、木材をそのまま使用する場合に発生していたヒビ割れによる強度低下もなく、その結果木材の太さを従来のものより細くしても所望の強度が得られるようになり、経済的な効果もある。又、従来の細溝(輪抜き)加工によるヒビ割れ防止法では木材の使用後に内部応力のバランス失墜から木材に変形を生じることが常態であったが、細溝(輪抜き)加工を行わない本発明の方法ではそのような木材の変形を生じることがない。」(8頁8行目から9頁2行目まで)
第3 審決の取消事由について判断する。
1 取消事由1について
(1) 乙第2号証(満久崇麿著「木材の乾燥」(森北出版株式会社昭和37年4月25日発行)、丙第2(「木材工業 第14巻第5号」社団法人日本木材加工技術協会昭和34年5月1日発行)、第6号証(西尾茂著「木材乾燥の実際」株式会社日刊木材新聞社昭和58年9月30日発行)によれば、丙第2号証刊行物には、「建築材料をはじめ木工・・・銘木類に使用される木材の木口割れ、表面割れに依る損失は相当な数量」(34頁左欄1行目から3行目)、「製材後の木口、干割れ等は乾燥の過程に於て起る現象で、・・・アコロンAMは此のヒビ割れによって蒙る莫大なる損失を防ぐ為に研究の結果、製造されたもの」(同欄8行目から12行目まで)、「木材の表面割れ及び木口割れの原因は、表面よりの水分蒸散が内部の水分の外面への移動よりも急速なためとされております。特に木口面が他の面と比較して、水分蒸散が急速な為に、木口割れが生じ易いのであり、又木口面の急速な蒸散を抑える事によって他の面とのつり合いを保つことも必要と考えられています。従来のペンキ、木蝋、紙貼り等の処理では被膜よりの水分蒸散を抑え過ぎる」(同欄16行目から23行目まで)、乙第2号証刊行物には、「木口割れ・・・繊維方向の水分移動が直角方向のそれよりはるかに大きいため木口面が早く乾燥収縮して引張応力を生ずるためよく起る。」(88頁2行目から4行目まで)、「木口割れを防止するには、・・・貴重材には特殊塗料を木口に塗布する。この処理法または塗料そのものをエンド・コーティング(End coating)といい、常温で使用する低温用と加熱溶解して使用する高温用とがある。高温用・・・(3)パラフィン 天然乾燥用・・・少量の場合は・・・ペイント等も使用される。なお、木口割れ防止の簡単な方法としては、桟積の木口面にカンバスや板をあてて過乾燥を防ぐ場合もある。」(92頁下から4行目から93頁19行目まで)、丙第6号証刊行物には、「両方の木口に塗料を塗り(エンドコーティング)、木口からの蒸発を防ぐようにする。」(118頁下欄7行目から8行目まで)との記載がそれぞれあることが認められ、以上の事実によれば、木材の乾燥に関連して、木材に加熱溶解したパラフィンを塗布するということは、ヒビ割れ防止のために水分発散抑制処理を施しているということを意味するものと認められる。
(2) もっとも、原告は、木材は、通常、150℃以上の熱処理では、収縮が大きくクラックが生じ、熱軟化すること等様々な変化が起こるところ、引用例記載の技術は、パラフィンを「煙の出るまで熱して」おり、右の温度は、上記のような変化が起こる高温度である旨主張する。そこで、検討するに、甲第2(「理科年表 昭和38年」(丸善株式会社昭和37年12月25日発行)、第18号証(「化学大辞典7 縮刷版」(共立出版株式会社昭和39年1月15日発行)、丙第7(「製品安全データシート」モービル石油株式会社平成6年4月1日作成・改訂)、第8号証(市川福重撮影のパラフィン溶融実験写真)によれば、パラフィンは、一般には融点が約37.4℃~64℃で、300℃を超えると沸騰が始り引火のおそれがあるものであるが、引火点が約200℃のものもあること、パラフィンを鍋で熱して溶融させていった場合、約100℃では、まだ固形の部分が残っており、約140℃で煙が出、約180℃では煙が盛んに出ることが認められ、以上の事実によれば、引用例のパラフィンを「ナベで煙の出るまで熱して」との記載は、約140℃ないしこれを若干超えた温度を指すものであることが認められる。そして、これを刷毛につけ、木材に塗布した場合には、更に温度が下がることが推認されるところである。そうすると、引用例の上記記載は、榧材に対して150℃以上の熱処理をする趣旨と解することはできず、むしろ、パラフィンを刷毛で塗るのに適当な温度まで加熱融解させるという趣旨と解すべきである。したがって、原告の主張は、採用することができない。
また、原告は、仮に煙の出るまで熱した温度が200℃程度であるとしても、高温度に熱するまでの熱が大きく蓄熱されること及び建築用の木材が熱により変化し始めるのが70~80℃以上であることを考え合わせると、熱による相当な影響があるとも主張する。しかし、引用例記載の技術において、パラフィンを熱する温度は、約140℃ないしこれを若干超えた温度であることは上記認定のとおりであるから、原告の主張は前提を欠くものである。そして、甲第10(鈴木正治・徳田迪夫編「木材科学講座 8 木質資源材料」海青社平成5年3月30日発行)、第11号証(北原覺一著「実用木材加工全書 別巻 木材物理」森北出版株式会社昭和41年3月10日発行)によれば、木材も軟化を起こす温度域があるが、セルロース、ヘミセルロース、リグニンが複合しており、セルロースが結晶性であるため、熱転化の起こり方は比較的鈍いこと、上記3成分からなる木材では、80ないし100℃に軟化点があること、熱処理の効果は温度×時間で影響されることが認められ、上記事実に、引用例記載の技術においては、榧材に塗布されるパラフィンは、約140℃ないしこれを若干超えた程度から更に温度が下がっていることを総合すれば、上記のパラフィンを塗布した場合に榧材のパラフィン塗布面が熱軟化点を超える温度である時間がさほど長いものとは認めがたく、熱軟化の起こり方の比較的鈍い木材に対して相当の影響があるものと認めることはできない。
更に、原告は、引用例の記載について、製材した碁盤にパラフィンを塗布する時期は、木口に小ヒビが入っており、盤の表面にも小さなヒビが入りかけた状態であることを前提とした主張をする。しかし、甲第16号証によれば、引用例の記載は、「木口に小ヒビが入るぐらいまで乾かす。」、「小ヒビが入りかけたら、・・・パラフィンを・・・刷毛で塗る。」というものであって、パラフィンを塗布するために木口に小ヒビが入ることを待つという趣旨ではなく、その直前の小ヒビが入りかけた段階でパラフィンを塗布するという趣旨と解されるから、原告の主張は、この点でも前提を欠くものである。
2 取消事由2について
引用例記載の技術において、水分発散抑制処理を施す時期は、1週間から1か月くらい木口に小ヒビが入るくらいまで乾燥した後であるから、これを乾燥処理前ということはできない。審決は、引用例記載の技術は、水分発散抑制処理をする前に木口に小ヒビが入るまで乾燥しているのに対して、訂正発明はこれがない点を相違点(ロ)として両者の水分発散抑制処理を施す時期の相違を正しく認定していることからみれば、上記相違を正しく認識した上で、乾燥処理が終了する前という趣旨で「乾燥処理前に」との用語を用いたものとも解されるけれども、それは、訂正発明の特許請求の範囲で用いられている「乾燥処理前に」との用語の意味とは異なるものである。したがって、「乾燥処理前に」の点を一致点とした審決の認定は誤りといわざるを得ない。しかしながら、審決は、上記のとおり相違点(ロ)を正しく認定し、この点について判断しているから、結局、上記誤りは、審決の結論に影響を及ぼすものではない。
3 取消事由3について
引用例記載の技術が、ヒビ割れ防止のために水分発散抑制処理を施しているものであることは前記1(1)の認定のとおりである。したがって、引用例記載の技術はヒビ割れ防止方法であるというべきである。
原告は、引用例は、碁盤用に四角に木取った榧材は、乾燥過程において小ヒビあるいはヒビ割れを起こすことが、割れることなく碁盤として完成させるために必要な現象であることについて記述するものである旨主張する。しかし、引用例記載の技術が榧材の割れの防止方法であることは明らかであるところ、ヒビ割れが割れではなく、これとは別のものであると認めるに足りる証拠はない。そして、引用例の木口の小ヒビに関する記載は、木口に小ヒビが入ることを待つという趣旨ではないことは、前記1(2)の認定のとおりであって、他に引用例において、ヒビ割れを起こすことが必要であると記述していると認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の主張は、採用することができない。
4 取消事由4について
(1) 前記1(1)の認定に係る乙第2号証刊行物、丙第2、第6号証刊行物の記載によれば、木材に加熱溶解したパラフィンを塗布するということは、木材の木口割れ、干割れ等のヒビ割れ防止のための水分発散抑制処理であることは、本件発明の出願前において、当業者の技術常識であったものと認められる。
丙第3号証(「日刊木材新聞 昭和57年5月22日」)によれば、「「ランバーメイト」は、従来の干割れ止め剤である木工用ボンドと比べ、・・・干割れ効果がボンドよりも優れている。また、銘木類などでは、パラフィンロウが使用されているが」(5面右下の「ランバーメイトを本格販売へ」の記事欄)との記載があることが認められ、上記記載によれば、ボンドもパラフィンと同様の水分発散抑制の効果を持つ割止め剤であることは、本件発明の出願前において、当業者の技術常識であったものと認められる。
甲第16号証(引用例)によれば、引用例は、「<1>冬に木を切り、製材してから木口や板目の部分に割止めのボンドを塗り乾燥する。」という乾燥方法をあげた上、「この中のどれが正しいのでしょうか。ほかに、もっといい方法があるのでしょうか。最もよい方法をお教えください。」という質問に対する回答として、「最も普通に行われている方法について述べます。」として引用例記載の技術を記述していることが認められ、上記<1>の方法を全くの誤りとしている趣旨とは解されない。
以上の事実によれば、当業者は、上記<1>の方法は、水分発散抑制処理を乾燥処理前にするものであると認識するものと認められる。
(2) 甲第8(吉田寅義著「碁盤将棋盤一棋具を創る」(株式会社大修館書店昭和56年4月20日発行)、第16号証によれば、榧の碁盤は、製材された後に半年ないし1年程度で半作り等をした後、薄い物で3年、厚い物になると7年から10年とか、6寸盤なら6年等といわれるほどの長い期間をかけて乾燥されるものであることが認められる。そうすると、引用例記載の技術において、水分発散抑制処理を施す時期は、1週間から1か月の乾燥期間しか経ていないのであるから、乾燥期間の初期の段階というべきものである。
(3) 以上の事実によれば、当業者において、水分発散抑制処理を、引用例記載の技術のような乾燥期間の初期の段階ではなく、乾燥処理前にすることは、当業者が必要に応じて適宜し得た程度のことというべきである。
5 取消事由5について
(1) 前記1(1)の認定事実に弁論の全趣旨を総合すれば、木材は、一般に原木を伐採し、製材後に乾燥するという工程を経るものであること及び乾燥の過程で木口割れ、干割れ等のヒビ割れが生じ、それが製品に影響を及ぼすため、ヒビ割れを防止する必要があることが認められる。そして、この点において、建築用木材と榧の碁盤が異なると認めるに足りる証拠はない。
(2) 前記4(1)の認定事実によれば、木材の割止め剤として、ボンドやパラフィンが使用されていたところ、榧の碁盤の製作においても、割止剤としてボンドやパラフィンが使用されていたことが認められる。
(3) そうすると、建築用木材の技術分野と榧の碁盤の技術分野については、木材のヒビ割れの防止という点で技術分野が共通しており、使用される割止め剤であるパラフィン等も共通するから、引用例記載の技術を建築用木材に適用することは、当業者において容易にし得たことというべきである。
(4) 原告は、碁盤は、「割れて榧、ついて榧」といわれるように、割れても元へ戻る特質があり、その権材の木質は、大きく割れてしまわない限り、本来の特性を発揮できるのであり、碁盤用に四角に木取った榧材においては、「割れすなわちヒビ割れ」ではない旨主張する。しかし、榧材の復元力が大きいものであるとしても、ヒビ割れが割れではなく、これとは別のものであると認めるに足りる証拠はないこと及び引用例の木口の小ヒビに関する記載は、木口に小ヒビが入ることを待つという趣旨ではないことは、前記3の認定のとおりであるから、榧材の碁盤におけるヒビ割れ防止方法が、建築用木材に適用できないとする理由はないものというべきである。
6 取消事由6について
原告主張に係るロないしニの作用効果は、細溝(輪抜き)加工をしないことによる効果であることは、前記第2の3の認定に係る訂正明細書の記載から明らかであり、訂正発明の構成から当業者が容易に予想できるものと認められる。また、原告主張に係るイの作用効果は、引用例記載の技術の効果と同質のものであることは明らかであるから、やはり訂正発明の構成から当業者が容易に予想できるものというべきである。
7 以上の事実によれば、訂正発明について、引用例記載の技術及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとして本件明細書の訂正を認めず、本件発明は引用例記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決の結論に誤りはないものというべきであって、審決には、原告主張の違法はない。
第4 結論
よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用及び補助参加によって生じた訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、66条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日・平成11年6月15日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
別紙図面
<省略>
理由
第1 手続の経緯
本件特許第1690426号(以下、「本件特許」という)は、昭和59年12月26日の特許出願(特願昭59-281632号)に係り、当該特許出願について平成3年8月20日に出願公告(特公平3-54603号)された後、平成4年8月27日に特許権の設定登録がなされたものであって、その後、本件審判請求がされると共に、当審において無効理由の通知がされ、その指定期間内に本件特許明細書に対し訂正請求がされた。更に、この訂正請求に対し、当審において訂正の拒絶理由を通知したところ意見書が提出された。
第2 当事者の主張および提出した証拠方法
1.請求人の主張
請求人は、「第1690426号特許はこれを無効とする。審判費用は被請求人の負担とする」との審決を求め、下記の証拠方法を提示して、本件特許に係る発明は、特許法第29条第1項第3号又は同第2号に該当し特許を受けることができなく、本件特許は、特許法第123条第1項第2号により、無効とすべきである旨主張するものである。
記
甲第1号証 特公平3-54603号公報
甲第2号証 特許第1690426号原簿
甲第3号証 岡山地方裁判所津山支部 平成8年(ワ)第24号特許権侵害差し止め請求事件 訴状副本
甲第4号証 雑誌「室内」No.288 12月号第148頁~149頁 昭和53年12月発行
甲第5号証 雑誌「室内」No.396 12月号第148頁~149頁 昭和62年12月発行
2.被請求人の主張
被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする」との審決を求める、下記の証拠方法を提示して、答弁書(平成8年7月30日付け)、審判事件意見書(平成8年12月2日付け)、訂正請求書(平成8年12月2日付け)、審判事件意見書(第2回)(平成9年6月6日付け)及び上申書(平成9年6月9日付け)を提出し、本件特許は、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては無効となるものではなく、更には後述の当審の通知した無効理由によっても無効となるものではない旨主張する。
記
乙第1号証 昭和37年12月25日 丸善株式会社発行「理科年表 昭和38年」物57の頁
乙第2号証 昭和51年6月20日 丸善株式会社発行「新版 木材工業ハンドブック第532頁 a.加熱処理木材」の項
乙第3号証 1989年10月5日 株式会社幸書房発行「ワックスの性質と応用(改訂第2版)」第82~84頁
乙第4号証 平成6年審判第12324号の審決書
乙第5号証 1993年2月15日 海青社発行「木材科学講座4 化学」第116頁~119頁
乙第6号証 1976年8月20日 社団法人日本木材加工技術協会発行「木材の人工乾燥」第44~45頁
乙第7号証 1981年4月20日 株式会社大修館書店発行「棋具を創る」第103頁~105頁
乙第8号証 昭和38年7月1日 社団法人日本木材加工技術協会発行「木材工業」第21頁
乙第9号証 1993年3月30日 海青社発行「木材科学講座8 木材資源材料」第51頁
乙第10号証 昭和41年3月10日 森北出版株式会社発行「実用木材加工全書<別巻>木材物理」第65頁
乙第11号証 昭和63年9月25日 文永堂出版株式会社発行「木材の物理」第71~72頁
第3 当審の無効理由
本件特許に係る発明(以下、「本件発明」という)の要旨は、願書に添付した明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりのものと認める。
そして、本件発明は、この特許出願前に国内で頒布されたことが明らかな刊行物である「室内」、12月号(No.288、昭和53年12月1日発行、148頁)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるので同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
第4 訂正請求の適否
(1)被請求人の提出した前記訂正請求書(平成8年12月2日付け)の内容について以下検討する。被請求人は、特許第1690426号明細書における<1>発明の名称を「建築用木材のヒビ割れ防止方法」と訂正し、<2>同特許請求の範囲を下記のように訂正し、<3>それに伴って、同明細書の発明の詳細な説明を訂正しようとするものである。
記
訂正後の特許請求の範囲
「製材された建築用木材を乾燥処理前において該建築用木材(1、11)における板目(2、12)が現出する表面に、柾目(3、13)部分を除いて該板目(2、12)部分の幅(W1、W2)でもってしかもその全長に亘る範囲に適宜の水分発散抑制処理を施し、その後に該建築用木材(1、11)を乾燥処理するようにした建築用木材のヒビ割れ防止方法。」
(2)まず、上記<2>の訂正についてみると、<2>の訂正は、「木材」を「建築用木材」に訂正しようとするものであり、訂正前の明細書第1頁15~第4頁12行(従来技術)の項に建築用木材の乾燥についての問題点が述べられ(同明細書第16行に「例えば建築用の柱材、梁材、桁材等」と記述されている)、実施例において、家屋の梁、柱等に使用される旨記載されているので、訂正前の明細書には、建築用木材についての発明は認識されていたのであるから、この訂正は、特許請求の範囲の減縮に相当する。さらに<1>、<3>の訂正は、<2>の訂正に応じて訂正しようとするものであって、明瞭でない記載の釈明に相当する。
(3)そして、訂正後の発明(以下、「訂正発明」という)の要旨は、その訂正後の明細書及び図面の記載からみて上記の特許請求の範囲に記載されたとおりのものと認める。
(4)これに対して、前記訂正拒絶理由において示されたこの特許出願前に頒布された刊行物である「室内」No.288 12月号 昭和53年12月発行(以下、「引用例」という)の第148頁には、以下の事項が記載されている。
(A)「榧で碁盤を作りたい
<問>事情があって、碁盤を作らなければならなくなりました。今まで、様々な木を扱ってきましたが、榧は初めてです。榧は乾燥の時に割れが入りやすいと聞き、乾燥法についていろいろ尋ねてみました。どころが、みなさんちがった事をおっしゃいます。以下がそれです。
<1>冬に木を切り、製材してから木口や板目の部分に割止めのボンドを塗り乾燥する。
<2> ・・・
<3> ・・・
<4> ・・・
<5> ・・・
―など、この中のどれが正しいのでしょうか。ほかに、もっといい方法があるのでしょうか。最もよい方法をお教えください。」
(第1段右から1行~2段16行)
(B)「<答>碁盤用材となる榧は、全国的に少なく、現在では貴重な銘木となっています。特に良材は木材の中で最も高価で、出来た製品の価格からしても木の宝石と呼ばれるに至っています。そのため、この貴重な材を割れないように製品にしなければなりません。
以下簡単に最も普通に行われている方法について述べます。
<1>榧の立木は冬期に伐採する。
<2>原木もなるべく冬の問に製材する(現在は木が細くなってきているので、白太も使用する。梅雨を越すと白太が変色するからである。)
<3>碁盤用に四角に木取ったものを木端立てにして、日陰の室内で乾燥する。一週間から一ヶ月くらい木口に小ヒビが入るぐらいまで乾かす(その場合、二寸角以上のサン木の上に置く)。
<4>小ヒビが入りかけたら、木口と板目の部分だけパラフィン(石油会社で売っている)をナベで煙の出るまで熱して刷毛で塗る。
<5>そして<3>の方法で日陰の室内で乾燥する。」(第2段右から18行~4段3行)
(C)四角に製材された木材の表面に、板目部分の幅でもってしかもその全長に亘る範囲、木口および木口より1寸ぐらい回りにパラフィンを塗布されたもの(第4段図面)
そして、前記引用例に記載された事項によれば、引用例には、榧の木を伐採し、これを製材した碁盤用の木材を、まず、木口に小ヒビが入るぐらいまで乾燥させ、その後木口と板目の現出する表面部分だけ(前記図面を参照すると柾目部分を除いて板目部分の幅でもってしかもその全長に亘る範囲も含んで)熱したパラフィンを刷毛で塗り乾燥処理するようにした前記木材のヒビ割れ防止方法が記載されていると認められる。
(5)ところで、訂正発明の「適宜の水分発散抑制処理を施し」について、本件明細書第7頁下から第5行~第8頁第13行には、「本発明の実施に適した水分発散抑制方法としては、たとえば液状又は固形の種々の塗布剤を塗布する方法、あるいは接着テープ類を貼付する方法等があるが、この実施例では現在市販されているヒビ割れ防止剤Zを塗布している。又、この実施例では、木材1、11の木口4、14及び該木口付近の柾目3、13部分(適宜小寸法Sの長さ範囲だけ)にも水分発散抑制処理(ヒビ割れ防止剤Zの塗布)を施している。この実施例で使用されるヒビ割れ防止剤Zとしては、例えば(株)木研製の商品名「木研・ストッパー」と称される液状のものがある。このヒビ割れ防止剤Zはハケで塗布される。
そのほか、水分発散抑制用の塗布剤としては、固形物としてはたとえばワックス(ロウ)があり、液状物としてはたとえば各種の接着剤、ニス、塗料等がある。また、接着テープ類としては粘着剤つきのセロハンテープや紙テープ等がある。」と記載されており、水分発散抑制用の塗布剤として、ワックス(ロウ)や接着剤があげられている。
そこで、訂正発明(以下、「前者」という)と引用例に記載された発明(以下、「後者」という)とを比較すると、後者の「パラフィン」は、「パラフィンロウ」と同意義であることは周知であるから(要すれば、「化学大事典7」、昭和39年1月15日縮刷版第1刷、共立出版株式会社発行、第176頁パラフィンの項参照)、ヒビ割れ防止として用いる物質において両者は変わりはないので、後者に記載されている「熱したパラフィンを刷毛で塗り」は、前者の「適宜の水分発散処理を施し」に相当する。また、後者の「榧の木を伐採し、これを製材した碁盤用の木材」は、前者の「製材された木材」に相当することは明らかである。
してみると、両者は、製材された木材を乾燥処理前において木材における板目が現出する表面に、該板目部分の幅でもってしかもその全長に亘る範囲に適宜の水分発散抑制処理を施し、その後に該木材を乾燥処理するようにした木材のヒビ割れ防止方法、である点で一致し、(イ)後者は、木口まで水分発散抑制処理をしているのに対して、前者はこれがない点、および(ロ)後者は、水分発散抑制処理をする前に木口に小ヒビが入るまで乾燥しているのに対し、前者は、これがない点及び(ハ)前者は、木材を建築用木材であるのに対して後者は碁盤用榧材である点で相違する。
そこで、相違点(イ)~(ハ)について検討する。
相違点(イ)について
本件明細書をみると、その第8頁1~4行には「この実施例では、木材1、11の木口4、14及び該木口付近の柾目3、13部分(適宜小寸法Sの長さ範囲だけ)にも水分発散抑制処理(ヒビ割れ防止剤Zの塗布)を施している。」と記載されており、このように、前者の実施例には木口にも水分発散抑制処理を施すものがあることから、両者において、この点に差異は認められない。
相違点(ロ)について
引用例の前記(A)の項には、「木を切り製材してから木口や板目の部分に割り止めのボンドを塗り乾燥する」と記載され、水分発散抑制処理(割止めボンドを塗布することが相当することは自明)前に木材を乾燥させない方法が示されていることをみれば、後者の方法において、水分発散抑制処理前に乾燥させることを省略することは当業者が必要に応じて適宜なしうる程度のことといえる。
相違点(ハ)について
引用例には、「榧で基盤を作りたい」と題して記載されており、前記(B)の項に「榧の立木は冬期に伐採する」、「原木もなるべく冬の間に製材する(・・・)」、「碁盤用に四角に木取ったものを木端立てにして、日陰の室内に乾燥する。・・・いわゆる予備乾燥、ヒビ割れ処理」及び「本乾燥」、が記載されているものとも認められる.このような記載からして榧は木材には変わりがなく、その乾燥時に割れが入りやすいことから、割れ即ちヒビ割れを生じないようにするための方法が引用例に示されているのである。ところで、引用例に記載のものに限らず種々の分野で用いられる木材は、原木を伐採し、製材後「乾燥」することは、必須の工程である。そしてその乾燥時にヒビ割れが生じ、それが、製品に影響を及ぼし、ヒビ割れを防止するべく処置の必要性のあることも周知である(農林省林業試験所編「木材工業ハンドブック」、昭和39年8月10日丸善株式会社発行、第240~300頁、ヒビ割れについては第258~263頁の4.1.7の乾燥による木材の損傷を参照のこと)。そして、木材を素材とする建築用材も碁盤同様ヒビ割れのないものがよりよい素材であることはその用途からみて自明であるから、引用例記載の碁盤用の榧材におけるヒビ割れの防止方法を建築用木材に適用することは当業者において格別の困難性があるものはいえない。
してみると、上記相違点において、前者のように「建築用木材」と限定することは当業者において容易になし得る程度のことといえる。
そして、前者は、前記相違点(イ)~(ハ)において、前者の各構成を採用し組み合わせることによって、引用例から予期できない格別顕著な効果を奏するものと認められない。
したがって、前者は、引用例に記載された発明および周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
以上のとおりであるから、訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明は本件特許出願の際独立して特許を受けることができないものであり、本件訂正は特許法第134条第5項で準用する同法第126条第3項の規定に違反するものである。
よって、本件訂正は認めることができない。
なお、被請求人は、本件発明の「建築用木材」と引用例記載の「碁盤用に四角に木取った榧材」とは、同一の技術分野に属するとはいえないと主張する。しかしながら、両者とも原木から加工して建築用としたり、碁盤用とするものであって、最終製品は異なるとしても、木材の乾燥におけるヒビ割れ防止なる技術分野において異なるものではないので、この点についての上記被請求人の主張は採用できない。
第5 本件発明
本件特許に係る発明(以下、本件発明という)は、前述のように訂正が認められないので、前記訂正前の、即ち本件特許時の明細書に記載されたものであり、その記載からみて、本件発明の要旨は、その特許請求の範囲に記載された次のとおりであると認める。
「製材された木材を乾燥処理前において木材(1、11)における板目(2、12)が現出する表面に、柾目(3、13)部分を除いて該板目(2、12)部分の幅(W1、W2)でもってしかもその全長に亘る範囲に適宜の水分発散抑制処理を施し、その後に木材(1、11)を乾燥処理するようにした木材のヒビ割れ防止方法。」
第5 当審の判断
これに対して、当審で通知した無効理由中で引用した本件特許出願前に国内で頒布されたことが明らかな刊行物「室内」12月号(No.288、昭和53年12月1日発行)(以下、「引用例」という)の第148頁には、以下の事項が記載されている。
(ア)「榧で碁盤を作りたい
<問>事情があって、碁盤を作らなければならなくなりました。今まで、様々な木を扱ってきましたが、榧は初めてです。榧は乾燥の時に割れが入りやすいと聞き、乾燥法についていろいろ尋ねてみました。ところが、みなさんちがった事をおっしゃいます。以下がそれです。
<1>冬に木を切り、製材してから木口や板目の部分に割止めのボンドを塗り乾燥する。
<2> ・・・
<3> ・・・
<4> ・・・
<5> ・・・
―など、この中のどれが正しいのでしょうか。ほかに、もっといい方法があるのでしょうか。最もよい方法をお教えください。」
(第1段右から1行~2段16行)
(イ)「<答>碁盤用材となる榧は、全国的に少なく、現在では貴重な銘木となっています。特に良材は木材の中で最も高価で、出来た製品の価格からしても木の宝石と呼ばれるに至っています。そのため、この貴重な材を割れないように製品にしなければなりません。
以下簡単に最も普通に行われている方法について述べます。
<1>榧の立木は冬期に伐採する。
<2>原木もなるべく冬の間に製材する(現在は木が細くなってきているので、白太も使用する。梅雨を越すと白太が変色するからである。)
<3>碁盤用に四角に木取ったものを木端立てにして、日陰の室内で乾燥する。一週間から一ヶ月くらい木口に小ヒビが入るぐらいまで乾かす(その揚合、二寸角以上のサン木の上に置く)。
<4>小ヒビが入りかけたら、木口と板目の部分だけパラフィン(石油会社で売っている)をナベで煙の出るまで熱して刷毛で塗る。
<5>そして<3>の方法で日陰の室内で乾燥する。」(第2段右から18行~4段3行)
(ウ)四角に製材された木材の表面に、板目部分の幅でもってしかもその全長に亘る範囲、木口および木口より1寸ぐらい回りにパラフィンを塗布したもの。(第4段図面)
そして、前記引用例に記載された事項によれば、引用例には、榧の木を伐採し、これを製材した碁盤用の木材を、まず、木口に小ヒビが入るぐらいまで乾燥させ、その後木口と板目の現出する表面部分だけ(前記図面を参照すると柾目部分を除いて板目部分の幅でもってしかもその全長に亘る範囲も含んで)熱したパラフィンを刷毛で塗り乾燥処理するようにした前記木材のヒビ割れ防止方法が記載されていると認められる。
ところで、本件発明の「適宜の水分発散抑制処理を施し」について、本件明細書第7頁下から第5行~第8頁第13行には、「本発明の実施に適した水分発散抑制方法としては、たとえば液状又は固形の種々の塗布剤を塗布する方法、あるいは接着テープ類を貼付する方法等があるが、この実施例では現在市販されているヒビ割れ防止剤Zを塗布している。又、この実施例では、木材1、11の木口4、14及び該木口付近の柾目3、13部分(適宜小寸法Sの長さ範囲だけ)にも水分発散抑制処理(ヒビ割れ防止剤Zの塗布)を施している。この実施例で使用されるヒビ割れ防止剤Zとしては、例えば(株)木研製の商品名「木研・ストッパー」と称される液状のものがある。このヒビ割れ防止剤Zはハケで塗布される。
そのほか、水分発散抑制用の塗布剤としては、固形物としてはたとえばワックス(ロウ)があり、液状物としてはたとえば各種の接着剤、ニス、塗料等がある。また、接着テープ類としては粘着剤つきのセロハンテープや紙テープ等がある。」と記載されており、水分発散抑制用の塗布剤として、ワックス(ロウ)や接着剤があげられている。
そこで、本件発明(以下、「前者」という)と引用例に記載された発明(以下、「後者」という)とを比較すると、後者の「パラフィン」は、「パラフィンロウ」と同意義であることは周知であるから(要すれば、「化学大事典7」、昭和39年1月15貝縮刷版第1刷、共立出版株式会社発行、第176頁 パラフィンの項参照)、ヒビ割れ防止として用いる物質において両者は変わりはないので、後者に記載されている「熱したパラフィンを刷毛で塗り」は、前者の「適宜の水分発散処理を施し」に相当する。また、後者の「榧の木を伐採し、これを製材した碁盤用の木材」は、前者の「製材された木材」に相当することは明らかである。
してみると、両者は、製材された木材を乾燥処理前において木材における板目が現出する表面に、該板目部分の幅でもってしかもその全長に亘る範囲に適宜の水分発散抑制処理を施L、その後に該木材を乾燥処理するようにした木材のヒビ割れ防止方法、である点で一致し、(a)後者は、木口まで水分発散抑制処理をしているのに対して、前者はこれがない点、および(b)後者は、水分発散抑制処理をする前に木口に小ヒビが入るまで乾燥しているのに対し、前者は、これがない点で一応相違する。
そこで、相違点(a)および(b)について検討する。
相違点(a)について
本件明細書をみると、その第8頁1~4行には「この実施例では、木材1、11の木口4、14及び該木口付近の柾且3、13部分(適宜小寸法Sの長さ範囲だけ)にも水分発散抑制処理(ヒビ割れ防止剤Zの塗布)を施している。」と記載されており、このように、本件発明の実施例には木口にも水分発散抑制処理を施すものがあることから、両者において、この点に差異は認められない。
相違点(b)について
引用例の第1段の<1>の項には、「木を切り、製材してから木口や板目の部分に割り止めのボンドを塗り乾燥する」と記載され、水分発散抑制処理(割止めボンドを塗布することが相当することは自明)前に木材を乾燥させない方法が示されていることをみれば、後者の方法において、水分発散抑制処理前に乾燥させることを省略することは当業者が必要に応じて適宜なしうる程度のことといえる。
そして、本件発明の効果について、明細書を検討したが、引用例記載の事項から予期しうる程度のことといえる、
したがって、本件発明は、引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。
なお、被請求人は、乙第7号証を示し、引用例の発明は、「割れの防止」を解決すべき課題としており、「ヒビ割れの防止」を解決すべき課題としているものではない旨主張している。しかしながら、この乙第7号証を参照するも引用例記載の「榧で碁盤を作りたい
<問>事情があって、碁盤を作らなければならなくなりました。今まで、様々な木を扱ってきましたが、椎は初めてです。榧は乾燥の時に割れが入りやすいと聞き、乾燥法についていろいろ尋ねてみました。・・・」(第148頁上から第1段右から2行~8行))における「割れ」がヒビ割れ以外の意味を持つものとは認められず、「割れの防止」と「ヒビ割れの防止」とは異なり、両者の課題が相違する旨の上記被請求人の主張は採用できない。
また、被請求人は、乙第1~3号証、乙第5号証、乙第8~11号証を提出し、引用例の「熱したパラフィンを刷毛で塗り」の点について、引用例には具体的に煙の出るまで熱するのであるから、パラフィンはかなりの高温となり、木材に影響を及ぼすものである旨、また、引用例の「熱したパラフィンを刷毛で塗り」は、本件発明の「適宜の水分発散抑制処理を施し」に相当するものではない旨主張する。しかしながら、引用例の記載では、製材された木材の乾燥において、割れの防止に木材に影響するほど高温度で該パラフィンを塗布するとは認められず、また、引用例の記載において、木材の乾燥の際、本件発明と同様の処理方法がなされていることは前述のとおりであって、前記のパラフィンを塗布すれば木材からの水分発散抑制がなされることは技術常識である。そうしてみると、上記被請求人の主張は採用できない。
さらに、乙第6号証には、単に、木材の人工乾燥において、乾燥初期の割れとして考える場合、特定の短尺材を除き、木口部分から伸びた表面割れが主体となる旨記載されているに過ぎなく、該特定短尺材が直ちに引用例に記載の如き碁盤を指すものとは考えられない。
このように、乙号各証をみても、前記の判断を覆す根拠とはならない。
第6 結語
以上のとおりであるから、本件特許は、特許法第29条の規定に違反してなされたものであり、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。