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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)95号 判決 2000年2月22日

原告

ザ ボード オブ トラスティーズ オブ ザ リーランド スタンフォード ジュニア ユニバーシティ

代表者

【P1】

訴訟代理人弁理士

【P2】

【P3】

【P4】

【P5】

【P6】

【P7】

【P8】

【P9】

【P10】

【P11】

【P12】

【P13】

被告

特許庁長官【P14】

指定代理人

【P15】

【P16】

【P17】

【P18】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実

第1請求

特許庁が平成8年審判第5179号事件について平成9年10月24日にした審決を取り消す。

第2前提となる事実(当事者間に争いのない事実)

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成5年8月16日、昭和60年2月28日(優先権主張 1984年3月1日 米国、1984年10月2日 米国)を国際出願の出願日とする出願である昭和60年特許願第501144号の一部である「T-細胞レセプター-β-サブユニットポリペプチド」との発明につき分割出願(平成5年特許願第222809号)をしたが(以下「本願発明」という。)、平成8年1月8日付け拒絶査定を受けたので、同年4月15日拒絶査定不服の審判を請求した。

特許庁は、この請求を平成8年審判第5179号事件として審理した結果、平成9年10月24日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同年12月3日原告に送達された。

2  本願特許請求の範囲第1項の記載

哺乳類T細胞抗原レセプターβサブユニットの一部であって該T細胞抗原レセプターβサブユニットは:

(ⅰ) T細胞特異的mRNAから発現され、

(ⅱ) T細胞特異的再構成を示す核酸によりコードされ、

(ⅲ) ハイブリダイゼーション法により、下記に示す配列又はそれの相補配列からなるプローブにハイブリダイズする核酸によりコードされることを特徴とする、少なくとも8アミノ酸からなる単離されたペプチド又はポリペプチド。

【化1】 別紙1のとおり。

3  審決の理由

審決の理由は、別紙2審決書の理由写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであって、審決は、本願明細書の特許請求の範囲第1項に記載された事項を必須の構成要件とする発明について、本願明細書には当業者がそれを容易に実施できる程度に記載されているとは認められないから、本願は、特許法36条3項に規定する要件を満たしていない旨判断した。

ただし、審決書6頁15行の「組み替えられ」は「再構成されて」の、審決書6頁17行、18行の「抗原認識」は「抗原の認識」のそれぞれ誤記である。

第3審決の取消事由

1  認否

(1)  審決の理由1(手続の経緯等)及び同2(当審の拒絶理由)は認める。

(2)  同3(当審(審決)の判断)のうち、審決書4頁3行から8行「なければならず、」まで、及び4頁16行ないし5頁14行及び6頁9行ないし19行は認め、その余は争う。

(3)  同4(むすび)は争う。

2  取消事由

(1)  取消事由1(免疫原性の有無)

審決は、「特許請求の範囲第1項に記載されたペプチド等に含まれる86T1以外のペプチドであって化学式1と無関係な8アミノ酸という短いペプチド断片が、同様にT細胞抗原レセプターβサブユニットに対する抗体産生能力があるとはいえず、このようなペプチドは無数といっていい程多数あり、T細胞抗原レセプターβサブユニットに対する抗体産生能力のあるペプチドを選択することは、当業者であっても容易に実施できるものではない。」(審決書7頁8行ないし17行)と判断するが、誤りである。

ア そもそも、8アミノ酸以上のペプチドであれば、どのようなペプチドであっても免疫原として用いてそのペプチドを認識する抗体を作らせることができることは、本願優先権主張日当時、既によく知られた事実であった。

(ア) まず、「免疫原性」という用語と「抗原性」という用語の関係についてみると、一般に、「抗原性」とは、ある物質が抗体と反応することができる性質、「免疫原性」とは、その物質と特異的に反応することができる抗体を生体内に誘起することができる性質と考えられている(甲第7号証の5訳文1頁末行ないし2頁2行、甲第7号証の7訳文2頁8行ないし13行)。

(イ) 【P19】博士は、その第1宣言書(甲第7号証の2)において、本願優先権主張日当時、合成ペプチドは誰でも日常的に高純度のものを合成できたこと、そのような合成ペプチドは水溶性のタンパク質担体に結合させて動物に抗原として投与すると、タンパク質のどの部分に対しても抗体を作らせることができることを明確に述べ、結論として、すべてのT細胞抗原レセプターβサブユニット(以下「TCR-β」ともいう。)の「8以上のアミノ酸からなるペプチドはいずれも抗体を作成するための免疫原として使用することができた。これより小さくて免疫原としては効果的でないと判明したペプチドであっても抗原性であってしたがって競合的イムノアッセイには有用であろう。」(訳文3頁4行ないし7行)と述べている。

(ウ) 上記甲第7号証の2は、本願優先権主張日当時の技術水準を示すものとして、英国の科学雑誌「ネイチャー」(1982年10月)に載った総説(甲第7号証の5)と、「Annual Review in Microbiology」(1983年)に載った総説(甲第7号証の7)を引用している。いかなる連続する8アミノ酸からなるペプチドであっても、抗原性、免疫原性を有することが、本願優先権主張日当時、この分野で周知の事実だったことは、上記2つの総説からも明らかである。

(エ) さらに、上記総説中で引用されている【P20】 ら「インフルエンザウイルスのヘマグルチニンの免疫原性構造」(「Cell」28巻3号477頁ないし487頁(1982年)。甲第11号証)は、ヘマグルチニンの75%をカバーする20個のペプチドを合成し、キーホールリンペットヘモシアニンに結合してウサギを免疫化したところ、18個(ほとんどすべて)のペプチドに対して特異的な抗血清が作られたことを述べている。

甲第11号証の実験において、HA1分子の中で同じ範囲を重複して免疫原性を調べた部位と重複して調べていない部位があることは事実であるが、結果的にはHA1分子の全体にわたって合成ペプチドとして投与したときの免疫原性が調べられており、大部分の部分ペプチドが元のタンパク質を認識する抗体を誘起できたものである。

イ さらに、8アミノ酸以上のペプチドに対して作られた抗体はその大部分が元のタンパク質を認識できるということも、周知の事実であった。

(ア) あるタンパク質を構成するアミノ酸鎖の一部に相当するペプチドに対して誘起された抗体がそのタンパク質と反応できない主たる原因は、その抗体が当該アミノ酸鎖に接近できないことにあるから、タンパク質分子の形態が変化し得るものである以上、当該タンパク質を構成するアミノ酸鎖のどの部分に相当するペプチドであっても、そのペプチドに対して誘起された抗体は原理的には当該タンパク質と反応し得る。すなわち、ある天然タンパク質が球状の立体構造を採っていて、あるペプチドがその内奥部のアミノ酸配列に相当しているような場合には、そのペプチドに対して誘起された抗体はそのペプチドに相当するアミノ酸配列部分に近づけないため、当該タンパク質とは天然の状態では反応しない可能性が高い。しかしながら、例えば生体組織を切り取ってホルムアルデヒドで固定したものに抗体を作用させること(組織染色法など)により、その組織の中に特定のタンパク質が存在するかどうかを調べるような場合には、当該タンパク質分子がホルムアルデヒドによって変性し、天然の状態では内奥部にあったアミノ酸鎖が表面に露出してくることもある。

(イ) 前記甲第7号証の7には、インフルエンザウイルスの外殻を構成するタンパク質であるヘマグルチニン(HA1とHA2という2つのポリペプチドからなる。)を用いて、その各種断片の免疫原性と得られた抗体のヘマグルチニン分子に対する反応性について調べた結果について、「完全(無傷)なヘマグルチニンは、自然の感染または精製タンパク質に対する免疫反応の過程で、基本的に4つの抗原部位にだけ結合する抗体を誘起し、これらの部位はヘマグルチニン分子の1次および2次構造上の位置もわかっている。ヘマグルチニンの断片の免疫原性を調べるため、我々はHA1の1次構造の75%をカバーする20個のペプチドを選んだ。・・・ペプチドは固相合成法で合成され、そのタンパク質の対応領域がとっている三次構造を模倣する努力は一切しなかった。・・・20のペプチドのうち18個が精製ヘマグルチニンまたは完全ウイルスと反応する抗体を誘起した。」(訳文2頁20行ないし3頁3行)と記載されている。この結果は、用いたペプチド断片のほとんどすべてが完全なヘマグルチニンと反応する抗体を誘起したことを示すものである。

さらに、前記甲第7号証の7には、あるタンパク質に対する抗体を作るのにその部分鎖であるペプチドを用いる場合、どのような条件に該当するペプチドを用いればよいかということについて、「ペプチド全部がタンパク質に反応する抗体を誘起するわけではないので、効果的なペプチド免疫原とはどのようなものであろうか。」(訳文12頁1行、2行)、「タンパク質反応性抗体を誘起するのに必要な構造上の特徴ではっきりしているのはただひとつ、ペプチドが抗体が接近できるタンパク質の領域、すなわちタンパク質表面の領域に相当するということである。」(同12頁18行ないし20行)、「免疫原として用いるペプチドを選ぶ1組の基準を考案した。まず、ペプチドはそれを水溶性にして扱いやすくするために十分な数の極性または荷電アミノ酸を持たなければならない。このような残基を持つペプチドを選択することは、天然タンパク質の表面上にあるようなペプチド・・・を選ぶことにもなる。第2に、ペプチドはペンタマー(5アミノ酸)よりも長くなければならない。なぜならそれより短いとペプチドは免疫原性でなくなる傾向があるからである。・・・3番目に、極性または荷電残基に加えてプロリンを有するペプチドは、コンフォーメーション的に天然のタンパク質と反応する抗体を常に誘起する。この理由は、プロリンはポリペプチド鎖の露出した「コーナー」または湾曲部に普通見出されこのような領域は抗体に接近できるから・・・かもしれない。これら三つ基準で我々が試験したペプチドの90%以上が天然タンパク質と反応する抗体を誘起した。」(同12頁22行ないし13頁6行)と記載されている。

ウ 被告の主張に対する反論

(ア) 被告は、天然タンパクの部分ペプチドであるからといって、すべて天然タンパクと反応する抗体を誘起する能力があるわけではなく、天然タンパクの有する免疫原性エピトープに対応した部分ペプチドであって、しかも、その立体構造を保存していたペプチドを選択しなくてはならない旨主張し、その根拠として、前記甲第7号証の7の記載を引用しているが、実験に用いられた20個の合成ペプチドは、天然のヘマグルチニンの4つの抗原部位に対応するものに限定されているわけではなく、その対応部位がHA1アミノ酸配列の全体にわたっているということが明らかであり(甲第7号証の7訳文2頁下から10行ないし3頁9行)、その記載は、用いたペプチドが誘起した抗体が元の天然タンパク質と高い割合で反応したことから判断して、それらのペプチドが元の天然タンパク質の当該ペプチドに相当する部分とよく似たコンフォーメーション(立体構造)をとったに違いないことを述べているにすぎないから、被告の上記主張は失当である。

(イ) 被告は、甲第11号証においては、実際に3つの基準を適用してHA1鎖の75%をカバーする20個のペプチドを選定したが、甲第7号証の5によれば、上記HA1鎖が折り畳まれた状態で採っているαヘリックス、ランダムコイル、βシート等の立体構造も分かっていたため元のタンパクの立体構造を損なわないようにペプチドが選ぶことができたものである旨主張する。

しかしながら、インフルエンザウイルスのヘマグルチニンを選んだのは、一般性の検証のために(甲第7号証の5訳文3頁8行)、構造の分かっているタンパク質を用いる必要があったからであって、元のタンパクの立体構造を損なわないようにペプチドを選ぶためではない。なお、「一般性の検証」とは、ここでは、ペプチドの免疫原性と元のタンパク質の立体構造との間の関係を明らかにすることを意味するものである。

そして、あらかじめ元の天然のタンパク質の立体構造が保存されていると思われる部位を選んでペプチドを合成しなくとも、非常に多くのペプチドが、溶液中では天然のコンフォーメーションを真似すると考えられており、「事実上全部」のこのようなペプチドが未変性のタンパク質と反応することができる抗体を誘起することができるものである(甲第7号証の7訳文9頁14行ないし17行、11頁下から9行ないし5行)。

したがって、被告の上記主張は理由がない。

(ウ) 被告は、従来試みられたペプチド抗体はほとんどがウイルス由来のものであり、抗体が作られやすいが、元来哺乳類自身のタンパクであるTCR-βは動物同士で似ており、その部分ペプチドに対する抗体は免疫寛容により作られない可能性が高い旨主張する。

しかしながら、これは、ハプテン-キャリヤーに対する免疫反応を理解していないための誤った判断である。非自己抗原である免疫原性のあるキャリヤー(通常はタンパク質)に連結することにより、単独ではそれに対する抗体の作られることのない物質、例えば体内に大量に存在するAMPに対する抗体なども作らせることができることはよく知られている。またその際特に大量に投与する必要もない。現に、自己免疫疾患の発現機構は、このモデルで説明されているのである(【P21】・【P22】「免疫学の基礎」(1989年)-甲第16号証)。また、哺乳動物の体内に存在する抗原に対し、自然に自己抗体が産生されている場合もある(岩波講座 免疫科学10 免疫と病気Ⅱ(1983年)-甲第17号証)。さらに、類似のタンパク質が哺乳動物にひろく存在することが知られているタンパクの合成部分ペプチド免疫原を使用して、元のタンパク質を認識する抗体を作成した例も、当時知られていたものである(【P23】ら「 Proc. Natl. Acad. Sci. USA」1984年4月号2176頁ないし2180頁-甲第18号証等)。

したがって、被告の上記主張は失当である。

(エ) 被告は、1998年に出版された乙第4号証等を引用して抗ペプチド抗体法には今でも問題点がある旨指摘している。

しかしながら、そこで説明されている問題点は、タンパク質を構成するペプチドのうち限られた部位以外のものは抗ペプチド抗体を絶対に誘起し得ないということではなく、実験的に効率よく抗体を得るにはいろいろと工夫が必要であるということを述べたにすぎないものである。

(2)  取消事由2(他の有用性-エピトープマッピング)

本願発明のペプチド等は、ある特定のTCR-βの全アミノ酸配列を構成するように選択された一連の部分ペプチドを組み合わせれば、エピトープマッピングによりそのTCR-βの免疫原性エピトープを特定するのに用いることもできるという有用性を有している。

(注)エピトープマッピングとは、抗体によって認識される構造(エピトープ)が抗原分子のどの部分にあるかを、分子を種々の方法で断片化して調べることであり、アミノ酸配列が既知のものであれば適当な大きさのペプチドを合成し、あるいは一部のアミノ酸を置換することによって抗原性の変化を調べ、エピトープとなる部分を決定する。

エピトープマッピング(ハプテン阻害テスト)については、本願明細書に具体的に記載されているわけではないが、あるタンパク質のアミノ酸配列が分かったときにその免疫原性エピトープを特定することは免疫学の分野では常套手段であり、エピトープマッピングはそのために用いられる周知技術である。そして、本願発明がTCR-βというタンパク質をコードする遺伝子を同定したことに基づく発明であり、本願明細書に「蛋白質の特異的部分に対する抗血清又はモノクローナル抗体を生成せしめることができるであろう。」という記載(甲第4号証18頁15行、16行)があることにかんがみれば、TCR-βタンパク質の免疫学的研究の第一歩として、その免疫原性エピトープを特定するためにエピトープマッピングを行うことは、当業者には当然ともいえる作業であり、TCR-βの部分ペプチド(すなわち本願発明のペプチド等)をそのような用途に用いることは当業者には自明なことである。

(3)  取消事由3(基準自体の不当性)

仮に、ペプチド断片によって誘起された抗体がその断片を含むタンパク質と100%反応するものではないとしても、100%の反応を要件とする審決の判断は誤りである。

ア 本願特許請求の範囲第1項に記載されたペプチド等に含まれるペプチドを用いて誘起した抗体は、理論上はそのすべてがTCR-βと反応する抗体を産生する可能性を有しており、それらの中から任意に選択したペプチド等を用いれば高い確率で抗TCR-β抗体を産生させることができることが本願優先権主張日当時の技術水準から期待できたのであるから、本願特許請求の範囲第1項に記載されたペプチド等が有用性を有することは明らかである(【P24】の養殖真珠法の発明の例及び甲第13ないし第15号証参照。)。

イ 発明の有用性は個々の実施態様について求められるものではなく、技術思想としての発明自体について求められるべきものである。したがって、本願発明の有用性は、「哺乳類TCR-βの一部をなす8アミノ酸以上のペプチド等」の全体として認められれば足りるものである。

乙第1号証(「物質特許に関する運用基準」8頁)には、「(4)化学物質発明における一の発明の範囲」として、「A 複数の化学物質であっても(イ)一般式(化学構造式)又は上位概念の形に合理的に包括されるもの」と記載されており、その説明として、該基準には「一般式(化学構造式)又は上位概念の形に「合理的に包括されたもの」とは、とくにそれらを一括するため不自然に一般式又は上位概念を作り上げるような場合を除く意味であり、無理なく包括されたものであれば足りるものとする。」と記載され、さらに、同号証9頁には、「(5)化学物質発明における実施態様」として、「A 一般式(化学構造式)又は上位概念で表現された化学物質の発明において、その一般式に含まれる個別的化学物質又はその上位概念に含まれる下位概念の化学物質はその発明の実施態様である。」と記載されているが、これらの記載は、上記の考え方を支持するものである。

そして、本願特許請求の範囲第1項に記載されたペプチド等を用いれば高い確率で抗TCR-β抗体を産生させることができるものであり、事実上すべてのペプチド等が元のペプチドを認識する抗体を作るものであるから、全体として有用性が認められるべきである。

(4)  取消事由4(手続違反)

審決には、拒絶理由に示された明細書の記載要件に関する基準に基づいて本願の適否判断しなければならないにもかかわらず、それと異なる基準によって判断をした手続上の違法がある。

ア すなわち、審判手続において通知された拒絶理由通知書(甲第5号証)には、「以上の理由により、本願発明のペプチド又はポリペプチドには、有用性のないものが包含されており、しかも、これらの中から有用性のあるものを選択することは、当業者が容易に実施できるとも認められないので、本願明細書の記載は、特許法第36条第3項の規定に違反する。」との記載がある。

イ これに対し、審決は、「本願の場合には、単離されたペプチド又はポリペプチド(以下、「ペプチド等」という。)に係る特許請求の範囲第1項の発明に包含される全てのペプチド等について、その有用性があると認められない場合、もしくは、有用性のあるペプチド等が容易に選択できない場合には、当該発明を当業者が容易に実施することができるものとは認められない。」(審決書4頁8行ないし15行)との基準を採用したが、この基準は、上記拒絶理由とは異なるものである。

第4審決の取消事由に対する被告の認否及び反論

1  認否

原告主張の取消事由は争う。

2  反論

(1)  取消事由1(免疫原性の有無)

ア 8アミノ酸以上のペプチドであれば、どのようなペプチドであっても免疫原として用いてそのペプチドを認識する抗体を作らせることができることは本願優先権主張日当時既によく知られた事実であった旨の原告の主張は、誤りである。

(ア) タンパク質が生物体内で「抗体」を作らせる反応を「免疫原性」、当該「抗体」を認識する反応を「抗原性」というが、通常「免疫原性」の方が「抗原性」よりも強い結合力を要求され、あるペプチドが「抗体」を認識できたからといって、「抗体」を誘起する能力があることにはならない。

そして、タンパク質中の「免疫原性」に関与する部位を「免疫性エピトープ」、「抗原性」に関与する部位を「抗原性エピトープ」という。もちろんタンパク質中の両エピトープの位置は一致している場合も多く、これらエピトープは、いずれも抗体中の「パラトープ」と呼ばれる立体的な特異性の高い部位と結合するものである。このエピトープとパラトープとの特異的な関係は、「鍵と鍵穴」モデルで説明されることがある。

(イ) 前記甲第7号証の7には、「あるペプチドが天然タンパクと反応する抗体を誘起する能力はそのペプチドが天然タンパクの対応する領域をまねできる能力を反映するに違いない。」(訳文8頁下から3行、2行)と記載され、甲第11号証を引用して、「ペプチドは元のタンパク質の対応する領域のコンフォーメーションに似ていたに違いない。」(同9頁12行、13行)と記載されている。さらに、「実施上の考察」においても、「ペプチド全部がタンパク質に反応する抗体を誘起するわけではない」(訳文12頁1行)と明記されている。

これらの記載は、天然タンパクの部分ペプチドであるからといって、すべて天然タンパクと反応する抗体を誘起する能力があるわけではなく、天然タンパクの有する免疫原性エピトープに対応した部分ペプチドであって、しかも、その立体構造を保存していたペプチドを選択しなくてはならないことを示すものである。

そして、前記甲第7号証の7では、上記の前提を踏まえて、効果的なペプチド免疫原とはどのようなものか、どのような基準で選択すればよいかについて考察し、免疫原として用いるペプチドを選ぶ1組の基準として、①十分な数の極性又は荷電アミノ酸を持つこと、②5アミノ酸よりも長いこと、③プロリンを有すること(12頁23行ないし13頁2行)を提案している。

さらに、前記甲第7号証の7の「まとめ」には、「合成ペプチド免疫原がそのペプチドを含む全長のタンパク質と反応できる抗体を誘起できることが示された。そのような抗体は、そのタンパク質の研究者によって前もって選択された特定の領域に向けられているので、あらかじめ決定された特異性を有する。」(訳文22頁6行ないし9行)と記載されており、この記載によれば、既にタンパク質中の免疫原性エピトープであることが期待されている特定の領域に対応したペプチドが選定され、そのペプチドが期待どおりの効果を示したというものであり、タンパク質のすべての部分配列からなるペプチドがタンパク質と反応することができる抗体を誘起することができることが示されているわけではない。むしろ、この記載は、元のタンパク質と反応することができる抗体を誘起することができる部分ペプチドを確実に選択するための基準が研究段階であり、いまだ常に成功するという段階には至っていないことを示唆しているものである。

(ウ) 前記甲第11号証においては、実際に3つの基準を適用してHA1鎖の75%をカバーする20個のペプチドを選定したが、甲第7号証の5によれば、上記HA1鎖が折り畳まれた状態で採っているαヘリックス、ランダムコイル、βシート等の立体構造も分かっていたため元のタンパクの立体構造を損なわないようにペプチドが選ぶことができたものである(訳文3頁8行ないし11行等)。

そして、前記甲第11号証の実験においては、20個のペプチドのほとんどが15アミノ酸以上の長いペプチドであり、エピトープとなりそうな部位については長さを変えて同じ位置のアミノ酸配列を重複して使用しているものである(図1)。例えば、甲第11号証には、「次の2つのペプチドNO.4(2E図;アミノ酸残基39-65。以下、かっこ内の訳は省略する。)及びNO.7は、53番目のアミノ酸残基周辺の配列を含んでいる。この領域は278番目のアミノ酸残基周辺のセグメントと対となって、3量体の外側表面で外側の出っ張りを形作っており、天然分子における抗原性部位となり得る部位として提案されていた領域である。65番目のアミノ酸残基から始まるペプチドNO.7のカルボキシ末端領域は短いS-S結合のループを形成し、3回転ヘリックス構造に入っている。そして当該構造はオーバラップしているペプチドNO.10に続いている。」(被告訳文1頁3行ないし11行)等と記載されている。

特に、前記甲第11号証の図1のペプチドNO.5は、原告が提出した本願優先権日当時及びそれ以降の文献も含めて「8アミノ酸ペプチド」の唯一の数値的根拠となっているものであるが、上記のとおり「天然分子における抗原性部位となり得る部位として提案されていた」抗原との反応性の高さが予測されていたペプチドNO.4の配列の中でも、甲第11号証の筆者が四重にも重複して調べようとした部位(図1最上列参照)に相当する部分ペプチドであり、しかも、極性又は荷電残基とともに、プロリンを有している特別な配列である。

また、前記甲第11号証には、「ペプチドNO.13及びペプチドNO.14は、ほぼこのループ領域内に位置しており、これらの抗体はヘマグルチニン分子と反応しなかったので4C図に示されている。しかしながら、当該領域にそのループのいずれかの末端に相当する追加配列を加えた場合(NO.11,NO.12,NO.15)は、誘起した抗体がヘマグルチニン分子と反応し、それは、図4Bに示されている。」(被告訳文1頁下から12行ないし下から5行)と記載されているが、この記載によれば、元のタンパク質における抗体誘起可能な部位のコンフォメーションを模倣できた場合(上記説明では、ループ領域)、元のタンパク質と反応する抗体を誘起することができるが、そのコンフォメーションを模倣できるほどの長さがなければ元のタンパクと反応する抗体は作れないことも示唆されている。

このような基準で選択し、8アミノ酸ペプチドの2倍から3倍の長さを有するペプチドを用いたものであっても、20個のうちの18個しか天然のウイルスタンパクと反応しなかったものである。

(エ) 本願優先権主張日から14年後の1998年に発行された文献である乙第4号証(【P25】編「改訂版分子生物学研究のためのタンパク実験法」)においても、「ペプチド合成は固相法で行うのが一般的である。純度及び回収率を考えるとアミノ酸残基数は10~25であることが実用的である。抗ペプチド抗体の弱点は合成ペプチドに対する抗体がその設計に用いたタンパク質と必ずしも反応するとは限らないということである。これはアミノ酸残基の多いペプチドを合成することで回避できることもあるが,抗体の認識できるアミノ酸残基数は6~7であるといわれているので,このサイズと同等以下のペプチド部分を標的とする場合は合成ペプチドの残基数が多いと目的にあてはまらない抗体ができる可能性もあるので,合成されるペプチドの設計は慎重に行うべきである。」(87頁下から7行ないし1行)と記載されており、単にタンパクを構成する部分ペプチドだからといって、すべて元のタンパクを認識する抗体産生能力があるとする仮説自体が誤りであることが立証されている。

また、1994年に発行された乙第5号証(【P26】ら「抗ペプチド抗体実験プロトコール」)にも、「しかし、抗ペプチド抗体の作成を実際にやってみるとよくわかるが、タンパク質のどの部分を合成したときでも、必ずしもそのタンパク質を認識する抗体が得られるわけではない。抗原として選んではいけない部分、抗体ができにくい部分、また逆に抗体が比較的できやすい部分があり、よい抗ペプチド抗体を作るためには、どのようなアミノ酸配列のペプチドを免疫原として合成するかというペプチドの設計法がポイントになることが多い。残念ながら、適当な免疫原を得るための、アミノ酸配列に関する一般的法則はない。したがって、抗体ができそうな箇所をいくつか挙げて、ある程度は試行錯誤を繰り返しながら、使いやすい抗体を作っていくしかないと思われる。」(14頁6行ないし13行)、「しかし、これらの抗原ペプチドで抗体が実際にできるかどうかは、やってみないとわからない。」(24頁4行、5行)と記載されている。

(オ) 以上のとおり、本願優先権主張日当時の技術常識からみて、タンパク質の部分配列からなるペプチドすべてがタンパク質と反応する抗体を誘起することができるわけではなく、しかも元のタンパク質と反応する8アミノ酸からなる部分ペプチドを確実に選定するための手段はなかったものである。

イ 原告の主張に対する反論

(ア) 原告は、甲第7号証の2(【P19】博士の第1宣言書)中の記載を根拠に、8アミノ酸以上のペプチドであれば、どのようなペプチドであっても免疫原として用いてそのペプチドを認識する抗体を作らせることができることは、本願優先権主張日当時既によく知られた事実であった旨主張する。

しかしながら、従来試みられたペプチド抗体は、甲第7号証の5及び甲第7号証の7(総説)によると、ほとんどウイルス由来のものであるが、ウイルスは哺乳動物にとって明らかに攻撃すべき異物であって、体内の免疫システムの総力を挙げて戦う体制で臨む対象である。これに対し、TCR-βは、哺乳動物自身のタンパクであって、しかも免疫細胞であるT細胞の表面に存在し、ウイルスなどの抗原を認識するためのレセプターとして働くものであるから、マウスはマウスTCR-βの持つエピトープ(免疫原性エピトープ)に対しては抗体を作らない(免疫寛容)と考えられる。そして、哺乳動物のうちでも極めて類似した種であるウサギとマウスでは、その配列もその配列が形作る立体構造も極めて類似していると考えるのが自然であるから、ウサギを免疫しても免疫寛容が起こると考えられる。したがって、甲第7号証の2に基づく原告の上記主張は失当である。

(イ) 原告は、ペプチドは溶液中で適当なコンフォーメーションをとることができるから、タンパク質に反応できる抗体を産生するのに天然のコンフォーメーションを正確に再現する必要はない旨主張する。しかしながら、そもそも対応するタンパク質の対応部位にタンパク質に反応できる抗体を誘起する能力がないものは、いくら同じコンフォメーションが再現できてもタンパク質に反応できる抗体は誘起することはできない。また、タンパクはその定まった立体構造をとるためにそれぞれの領域中のペプチドレベルでの各部分にとってみれば電気的又は立体障害的な力でひずみを持っているはずであるから、ひずみの大きい部分に対応するペプチドの場合、元のタンパクと同じコンフォメーションを再現できる確率は極めて低いものである。したがって、溶液中で適当なコンフォーメーションをとることをもっては、任意の8アミノ酸部分ペプチドに対する抗体がすべて元のタンパクを認識するとはいえない。

(ウ) 原告は、キャリアータンパクに繋いだペプチドであれば自己由来のペプチドであっても抗体産生が容易に行われるかのように主張する。

しかしながら、前記甲第16号証は、単に自己免疫疾患の1つの要因として考えられているT細胞バイパス機構を解説したものであって、通常の生体細胞中で起こっていることではない。そもそも自己免疫疾患自体が希なことであり、通常の生物においてウイルスやある種の薬剤等の非自己抗原に曝されたからといって、自己抗体を産生するものではない。甲第16号証は、免疫疾患障害が起きた場合に初めてウイルスやある種の薬剤等の非自己抗原が自己抗原と結びついて、ヘルパーT細胞を活性化する作用を称して「いわばキャリアーとして」と記載しているのであって、自己免疫疾患の際のT細胞バイパス機構のモデルが、ハプテンとキャリアータンパクとの関係で説明できるというにとどまる。したがって、「自己免疫疾患」が存在するからといって、当該疾患に罹っていない動物を免疫する場合、キャリアータンパクに繋げば自己由来のペプチドであっても必ず閾値以上のペプチド抗体が産生されることを示すものでもない。

しかも、前記甲第16号証の図19・3は、血清タンパク質濃度とT,B細胞の寛容度の関係を示したものであるが、血清中に大量に存在するIgG、IgM等免疫グロブリンに対してはB細胞にもT細胞にも通常免疫寛容が起きていることを示している。そして、前記のように、本願発明のTCR-βのほとんどのアミノ酸配列が免疫グロブリンと一致しているものであるから、少なくともこれら免疫グロブリンとの共通配列からなる8アミノ酸ペプチドについては通常のウサギを用いた抗血清取得法では抗ペプチド抗体自体が誘起される可能性が少ないと考えられる。

そして、当該図19・3からも類推できるように、これら自己抗体を産生するか否かは確率的な問題であって、絶対に自己抗体は産生しないというものではなく、ほとんど産生しない場合から産生量が少ない程度のものまで様々であるから、甲第17、第18号証において、正常の場合でも自己抗体が閾値以上に誘起されることがあっても驚くにはあたらないし、このことをもって免疫寛容の存在自体が否定されることではない。

したがって、原告の上記主張は失当である。

(2)  取消事由2(他の有用性-エピトープマッピング)について

エピトープマッピングはほとんどが抗原性のない多数ペプチド試料中から抗原性ペプチドを検出するために有用なツールであるから、その検査手法には有用性があるとしても、生体内組織、細胞を構成するタンパク質由来のペプチドであればすべて調べる対象である検査試料となり得るものであるから、検査試料になり得る程度のことをもって化学物質発明を成立させるほどの有用性があるとはいえない。

(3)  取消事由3(基準自体の不当性)について

ア 本願特許請求の範囲第1項に記載された発明は、ペプチド又はポリペプチドという化学物質に係る発明であり、しかも包含される多数のペプチド等のそれぞれについての独立した化学物質発明に係るものである。化学物質発明の本質が「有用な化学物質の創製」にあることを考慮すれば、本願特許請求の範囲第1項に記載された発明に係る多数のペプチド等のすべてが有用な化学物質であることが要求されることは当然である(乙第1号証参照)。

イ ところで、特許法36条3項には、「発明の詳細な説明には、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度にその発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない。」と規定されているが、有用性についていえば、その有用性が明細書中で確認されているか、又は少なくとも明細書の記載事項に基づいて当業者が十分予測できるように記載されていなければならない。

そうすると、有用性について本願が特許法36条3項の要件に違反する場合とは、

① 本願優先権主張日当時の技術常識を勘案しても、本願特許請求の範囲第1項に記載された発明に包含されるすべてのペプチド等に有用性があることが本願明細書の記載からでは当業者が十分予測できない場合と、

② 本願特許請求の範囲第1項に記載された発明に包含される多数のペプチド等の中に有用性のあるものと、ないものが混在しており、本願優先権主張日当時の技術常識を勘案しても、その中の有用性のあるもののみを当業者が容易に選択できるように明細書中に記載されていない場合

の2つの場合がある(ただし、②の場合は同条4項にも違反している。)。

ウ(ア) 原告は、本願特許請求の範囲第1項に記載された発明のペプチド等に含まれるペプチドが誘起した抗体が必ずしも100%の確実性をもってTCR-βと反応するとはいえないとしても、そのペプチド等の有用性が否定されるわけではない旨主張し、その根拠として甲第13ないし第15号証を提出している。

しかしながら、甲第13ないし第15号証において論じられているのは、方法の発明や生物を用いた発明などにおける発明の再現性、反覆性についてであって、化学物質発明の有用性について論じたものではないから、原告の主張の根拠となり得るものではない。

(イ) さらに、原告は、乙第1号証(物質特許に関する運用基準)に基づく主張をする。もちろん、複数の化学物質であっても、乙第1号証に記載されているように、一般式(化学構造式)又は上位概念の形に「合理的に包括される」ときに一般式又は上位概念で記載される場合があるが、本来、化学物質は、机上の論理が通用しないいわゆる「やってみなくてはわからない」といわれる実証主義を基本とする分野である。したがって、上記の合理的に包括される場合とは、長い化学物質合成の歴史の中で1つ又は少数の実施例から、当該実施例と同様に製造でき、かつ同様の作用効果が期待できる範囲が推定できるような場合のことであり、その合理的に包含できる範囲のものを一般式で表現できるというだけであり、「全体として」の一般式からなる化学物質発明の成立性を判断しようという趣旨ではない。このことは、「上位概念」で表示される場合も同様である。特にペプチドの場合、構成する20種類のアミノ酸を並べれば、無数のアミノ酸配列を机上で作成することができ、ペプチドを製造すること自体も簡単であるから、単にアミノ酸配列を提示しただけでは完成した発明とはいえず、その「有用性」が確認されることが発明の完成には必須の要件である。

よって、原告の上記主張は失当である。

(4)  取消事由4(手続違反)について

審決の「本願の場合には、単離されたペプチド又はポリペプチドに係る特許請求の範囲第1項の発明に包含される全てのペプチド等について、その有用性があると認められない場合、もしくは、有用性のあるペプチド等が容易に選択できない場合には、当該発明を当業者が容易に実施することができるものとは認められない」(審決書4頁8行ないし15行)との説示が意味するところは、前記(3) イに述べたことと同旨であり、拒絶理由通知書の記載内容と変わるところがないから、審決に手続違反の違法性があるとはいえない。

理由

1  取消事由1(免疫原性の有無)について

(1)  8アミノ酸からなるペプチド等のすべてが抗TCR-β抗体を誘起する能力を有するものと認めることはできない。

原告は、本願優先権主張日当時の当業者にとって、本願特許請求の範囲第1項記載の発明のペプチド等は一般にTCR-β自体を認識する抗体を誘起する能力を有し、したがって当時既に知られていた抗ペプチド抗体法により抗TCR-β抗体を作製するという有用性を有することは明らかである旨主張するが、その主張は、(2)以下に述べる理由により、採用することができない。

(2)  免疫寛容について

ア  甲第7号証の5、甲第7号証の7及び弁論の全趣旨によれば、従来試みられたペプチド抗体はほとんどウイルス由来のものであることが認められるところ、ウイルスは哺乳動物にとって明らかに攻撃すべき異物であって、体内の免疫システムの総力を挙げて戦う体制で臨む対象であると認められる。他方、弁論の全趣旨によれば、TCR-βは哺乳動物自身のタンパクであって、しかも、免疫細胞であるT細胞の表面に存在し、ウイルスなどの抗原を認識するためのレセプターとして働くのであるから、自分自身に異物と認識されて攻撃されては困るものである。そうすると、例えばマウスは、マウスTCR-βの持つエピトープ(免疫原性エピトープ)に対しては通常抗体を作らない(免疫寛容)ものと認めるのが相当である。

また、弁論の全趣旨によれば、マウスTCR-βの配列はその進化の過程で保存されている配列が多く、哺乳動物のうちでも極めて類似した種であるウサギとマウスでは、その配列も、その配列が形作る立体構造も極めて類似しているものと認められる。

そうすると、マウスTCR-βの任意の8アミノ酸ペプチドは、ウサギ自身が持つウサギTCR-βの部分配列と極めて類似している可能性が高く、ウサギをマウスTCR-βで免疫しても、免疫寛容のため、抗体を作らせるためには大量に投与しなくてはならないか、あるいは全く抗体を作らない可能性があるものと認められる。

イ  原告は、甲第7号証の7及び甲第16号証に基づき、キャリアータンパクに繋いだペプチドであれば自己由来のペプチドであっても抗体産生が行われる旨主張する。

しかしながら、弁論の全趣旨によれば、そもそも自己免疫疾患自体が希なことであり、通常の生物において、ウイルスやある種の薬剤等の非自己抗原に曝されたからといって自己抗体を当然に産生するものではないものと認められる。また、甲第16号証によれば、同号証には、「自己抗原がもともと自己抗原ではなく、T細胞における寛容も成立していない抗原、たとえばウイルスとかある種の薬剤により修飾を受けると、これらの非自己抗原がいわばキャリヤーとして図19・4のようにヘルパーT細胞を活性化し、この助けを受けて自己抗原反応性B細胞クローンが活性化され自己抗体を産生する。ヘルパーT細胞のレベルでの自己抗原に対する寛容状態がバイパスされて自己抗体産生が起こるのである。」(173頁下から7行ないし2行)と記載されているが、その直前には「図19・2に示すように、抗体産生には免疫担当細胞間の複雑な相互作用が必要である。この相互作用を通じて、正常個体では自己反応性クローンが抗体産生へと働かないように、主としてT細胞や抗原提示細胞のレベルでの調節機構が働いているが、これに破綻をきたしたとき、自己免疫疾患が起こる考えてよいだろう。・・・これら発症要因のいくつかについて次に記してみよう。」(172頁9行ないし173頁4行)との記載があることが認められる。これらの記載を合わせ考えれば、甲第16号証は、免疫疾患障害が起きた場合に初めてウイルスやある種の薬剤等の非自己抗原が自己抗原と結びついて、ヘルパーT細胞を活性化する作用を称して「いわばキャリアーとして」と記載しているものであり、自己免疫疾患の際のT細胞バイパス機構のモデルが、ハプテンとキャリアータンパクとの関係で説明できるというにとどまるものであり、自己免疫疾患に罹っていない動物を免疫する場合、キャリアータンパクに繋げば自己由来のペプチドであっても必ず閾値以上のペプチド抗体が産生されることを示しているものではないと認められる。

さらに、原告は、甲第17,第18号証に基づく主張をするが、甲第16号証の図19・3(173頁)によれば、同図には、血清中に大量に存在するIgG、IgM等免疫グロブリンに対してはB細胞にもT細胞にも通常免疫寛容が起きていることが示されていることが認められる。そして、同図の記載によれば、自己抗体を産生するか否かは確率的な問題であって、ほとんど産生しない場合から産生量が少ない程度のものまで様々であることが認められるから、甲第17、第18号証に正常の場合でも自己抗体が閾値以上に誘起されることがあることが示されているとしても、そのことをもって、免疫寛容の存在自体を否定することはできないものと認められる。

よって、原告の上記主張はいずれも理由がない。

(3)  ペプチドの立体構造について

ア  甲第7号証の7によれば、同号証には、「あるペプチドが天然タンパクと反応する抗体を誘起する能力はそのペプチドが天然タンパクの対応する領域をまねできる能力を反映するに違いない。」(訳文8頁下から3行、2行)と記載され、さらに、甲第11号証を引用して、「インフルエンザウイルスヘマグルニチンの研究から、そのようなペプチド20個のうち18個が天然の立体構造をとるタンパク質と反応する抗体を誘起したことを知っている。それゆえある点では、ペプチドは元のタンパク質の対応する領域のコンフォーメーションに似ていたに違いない。」(同9頁9行ないし13行)と記載されていることが認められる。この記載によれば、天然タンパクと反応する抗体を誘起する「免疫原性」を有するペプチドは、天然タンパクの有する免疫原性エピトープの立体構造と類似した立体構造を持っていなければならないことを示唆しているものであり、そのことは、天然タンパクの部分ペプチドであるからといって、どの部分でもすべて天然タンパクと反応する抗体を誘起する能力があるわけではなく、天然タンパクの有する免疫原性エピトープに対応した部分ペプチドであって、しかもその立体構造を保存していたペプチドを選択しなくてはならないことを示唆しているものと認められる。

また、甲第7号証の7によれば、同号証の「実施上の考察」においても、「ペプチド全部がタンパク質に反応する抗体を誘起するわけではない」(訳文12頁1行)と記載されていることが認められ、また、同号証では、その点を踏まえて、効果的なペプチド免疫原とはどのようなものか、どのような基準で選択すればよいかについて考察していることが認められる。

さらに、甲第11号証によれば、同号証には、「ペプチドNO.13及びペプチドNO.14は、ほぼこのループ領域内に位置しており、これらの抗体はヘマグルチニン分子と反応しなかったので4C図に示されている。しかしながら、当該領域にそのループのいずれかの末端に相当する追加配列を加えた場合(NO.11,NO.12,NO.15)は、誘起した抗体がヘマグルチニン分子と反応し、それは、図4Bに示されている。」(被告訳文1頁下から12行ないし5行)と記載されていることが認められるが、この記載によれば、元のタンパク質における抗体誘起可能な部位のコンフォメーションを模倣できた場合(上記説明では、ループ領域)、元のタンパク質と反応する抗体を誘起することができるが、そのコンフォメーションを模倣できるほどの長さがなければ元のタンパクと反応する抗体は作れないことも示唆されているものと認められる。

イ  原告は、ペプチドは溶液中で適当なコンフォーメーションをとることができるから、タンパク質に反応できる抗体を誘起するために、天然のコンフォーメーションを正確に再現する必要はない旨主張する。

しかしながら、前記(2)のとおり、そもそもタンパク質に反応することができる抗体を誘起する能力がない部分については、いくら同じコンフォメーションが再現できてもタンパク質に反応する抗体は誘起することはできないものと認められる。また、弁論の全趣旨によれば、タンパクはその定まった立体構造をとるためにそれぞれの領域中のペプチドレベルでの各部分にとってみれば電気的又は立体障害的な力でひずみを持っているはずであるから、ひずみの大きい部分に対応するペプチドの場合、元のタンパクと同じコンフォメーションを再現することができる確率は、極めて低いものと認められる。したがって、原告の上記主張は採用することができない。

(4)  甲第7号証の5、7及び甲第11号証

ア(ア)  甲第11号証によれば、同号証には、インフルエンザウイルスのヘマグルチニンHA1分子から、①十分な数の極性又は荷電アミノ酸を持つこと、②5アミノ酸よりも長いこと、③プロリンを有することとの3つの基準を適用して(甲第7号証の7訳文12頁下から10行ないし13頁1行参照)、実際にHA1鎖の75%をカバーする20個のペプチドを選定したことが記載されていることが認められるが、インフルエンザウイルスのHAが選ばれた理由は、「遺伝子の核酸配列が完全にわかっており、その結晶学的構造が高解像度でわかっていたからである」(甲第7号証の5訳文3頁9行ないし11行)ことが認められる。

(イ) 甲第7号証の5及び甲第11号証によれば、上記20個のペプチドのほとんどが15アミノ酸以上の長いペプチドであることが認められる。

(ウ) さらに、甲第11号証によれば、同号証には、「次の2つのペプチドNO.4(アミノ酸残基39-65)及びNO.7(アミノ酸残基53-87)は、53番目のアミノ酸残基周辺の配列を含んでいる。この領域は278番目のアミノ酸残基周辺のセグメントと対となって、3量体の外側表面で外側の出っ張りを形作っており、天然分子における抗原性部位となり得る部位として提案されていた領域である・・・。65番目のアミノ酸残基から始まるペプチドNO.7のカルボキシ末端領域は短いS-S結合のループ(アミノ酸残基65-77)を形成し、3回転ヘリックス構造に入っている。そして当該構造はオーバラップしているペプチドNO.10(アミノ酸残基76-111)に続いている。」(被告訳文1頁3行ないし11行)と記載されていることが認められ、図1(478頁)の記載も考慮すれば、ペプチドの選択に当たっては、エピトープとなりそうな部位については長さを変えて同じ位置のアミノ酸配列を重複して使用していることが認められる。特に、甲第11号証図1のペプチドNO.5(アミノ酸残基53-60は、上記のとおり「天然分子における抗原性部位となり得る部位として提案されていた」抗原との反応性の高さが予測されていたペプチドNO.4の配列の中でも、甲第11号証の筆者が四重にも重複して調べようとした部位(図1最上列参照)に相当する部分ペプチドであり、しかも、極性又は荷電残基とともに、プロリンを有している特別な配列であることが認められる。したがって、そのように選択されたペプチドNO.5が元のタンパクを認識する抗体を誘起したことをもって、任意の位置の8アミノ酸ペプチドが元のタンパクを認識する抗体を誘起することの根拠にはならないものである。

(エ) 甲第11号証によれば、同号証には、「これらペプチドの大多数(18)に対する抗体はヘマグルチニン分子と反応することができた。」(訳文1頁7行、8行)と記載されていることが認められる。

イ  これらの記載によれば、上記のような基準で選択し、8アミノ酸ペプチドの2倍から3倍の長さを有するペプチドを用いたものであっても、20個のうちの18個しか天然のウイルスタンパクと反応しなかったことが認められる。そうすると、甲第7号証の5及び甲第11号証に記載された上記実験結果は、むしろ、元のタンパク質と反応することができる抗体を誘起することができる部分ペプチドを確実に選択するための基準が研究段階であり、いまだに常に成功するには至っていないことを示唆しているというべきである。

(5)  現在における知見

乙第4号証によれば、1998年発行の同号証(【P25】編「改訂版分子生物学研究のためのタンパク実験法」)において、「ペプチド合成は固相法で行うのが一般的である。純度及び回収率を考えるとアミノ酸残基数は10~25であることが実用的である。抗ペプチド抗体の弱点は合成ペプチドに対する抗体がその設計に用いたタンパク質と必ずしも反応するとは限らないということである。これはアミノ酸残基の多いペプチドを合成することで回避できることもあるが、抗体の認識できるアミノ酸残基数は6~7であるといわれているので、このサイズと同等以下のペプチド部分を標的とする場合は合成ペプチドの残基数が多いと目的にあてはまらない抗体ができる可能性もあるので、合成されるペプチドの設計は慎重に行うべきである。」(87頁下から7行ないし1行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、単にタンパクを構成する部分ペプチドだからといって、すべて元のタンパクを認識する抗体を誘起する能力があるとする仮説自体が正しいものとはいえないものであると認められる。

また、乙第5号証によれば、1994年に発行された同号証(【P26】ら「抗ペプチド抗体プロトコール」)にも、「しかし、抗ペプチド抗体の作成を実際にやってみるとよくわかるが、タンパク質のどの部分を合成したときでも、必ずしもそのタンパク質を認識する抗体が得られるわけではない。抗原として選んではいけない部分、抗体ができにくい部分、また逆に抗体が比較的できやすい部分があり、よい抗ペプチド抗体を作るためには、どのようなアミノ酸配列のペプチドを免疫原として合成するかというペプチドの設計法がポイントになることが多い。残念ながら、適当な免疫原を得るための、アミノ酸配列に関する一般的法則はない。したがって、抗体ができそうな箇所をいくつか挙げて、ある程度は試行錯誤を繰り返しながら、使いやすい抗体を作っていくしかないと思われる。」(14頁6行ないし13行)、「しかし、これらの抗原ペプチドで抗体が実際にできるかどうかは、やってみないとわからない。」(24頁4行、5行)と記載されていることが認められる。

(6)  まとめ

以上認定の諸事実によれば、原告主張のその余の点を考慮しても、本願優先権主張日当時、8アミノ酸以上のペプチドであれば、どのようなペプチドであっても免疫原として用いてそのペプチドを認識する抗体を作らせることができるものとも、任意の8アミノ酸ペプチドの中から「TCR-β」の抗原決定基(エピトープ)を認識する抗体を誘起する能力のあるペプチドのみを容易に選択し得るものとも認めることはできない。

よって、原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(他の有用性-エピトープマッピング)について

原告は、免疫原性エピトープを特定するためにエピトープマッピングを行うことは当業者には当然ともいえる作業であり、本願特許請求の範囲第1項に記載されたペプチド等をそのような用途に用いることは当業者には自明なことであり、この点に有用性がある旨主張する。

しかしながら、弁論の全趣旨によれば、エピトープマッピングはほとんどが抗原性のない多数ペプチド試料中から抗原性ペプチドを検出するために有用なツールであることが認められるが、生体内組織、細胞を構成するタンパク質由来のペプチドであればすべてエピトープマッピングの対象になり得るものであるから、検査試料になり得る程度のことをもって化学物質発明を成立させるべき有用性があると認めることはできない。

よって、原告主張の取消事由2は理由がない。

3  取消事由3(基準自体の不当性)について

(1)  本願発明は、前記のとおり、「ペプチド又はポリペプチド」という化学物質に係る発明であり、しかも特許請求の範囲第1項に包含される多数のペプチド等のそれぞれについての独立した化学物質発明に係るものであるところ、化学物質発明の本質は有用な化学物質の創製にあるから、本願発明に係る多数のペプチド等のすべてが有用な化学物質であることが要求されるものである。

したがって、有用性につき、本願が特許法36条3項の要件を満たすためには、その特許請求の範囲に包含されるすべてのペプチド等につきその有用性が明細書に記載されているか、技術常識から当業者にとってその有用性が明らかな場合でなければならない。

そうすると、本願が特許法36条3項に違反する場合とは、① その特許請求の範囲に包含されるすべてのペプチド等につきその有用性が明細書に記載されているか、技術常識から当業者にとってその有用性が明らかであるとはいえない場合であり、かつ、② その特許請求の範囲に包含されるすべてのペプチド等の中から、有用性のあるもののみを当業者が容易に選択することができるように明細書中に記載されていない場合であるということになる。

(2)ア  原告は、仮に、ペプチド断片によって誘起された抗体の100%がその断片を含むタンパク質と反応するものではないとしても、本願特許請求の範囲第1項に記載されたペプチド等に含まれるペプチドを用いて誘起した抗体は、理論上はそのすべてがT細胞抗原レセプターβサブユニットと反応する抗体を誘起する可能性を有しており、それらの中から任意に選択したペプチド等を用いれば高い確率で(すなわち大して試行錯誤を繰り返さなくとも容易に)抗TCRβ抗体を産生させることができることが本願優先権主張日当時の技術水準から期待し得るのであるから、本願特許請求の範囲第1項に記載されたペプチド等が有用性を有することはあきらかである旨主張して、甲第13号証(【P27】「特許法概説[第12版]」)等の記載を引用する。

しかしながら、前記1のとおり、あるタンパク質を構成するアミノ酸鎖の一部に相当するペプチドに対して誘起された抗体がそのタンパク質と反応することができない主たる原因は、その抗体が当該アミノ酸鎖に接近できないためだけではないことは明らかであるから、理論上はその抗体すべてがT細胞抗原レセプターβサブユニットと反応する抗体を誘起する可能性を有しているとはいえない。さらに、甲第13号証等において論じられているのは、方法の発明や生物を用いた発明などにおける「発明の再現性、反覆性」についてであるところ、本願発明は、後記イのように、「哺乳類TCR-βの一部をなす8アミノ酸以上のペプチド又はポリペプチド」という上位概念に関するものではなく、下位概念である個々のペプチド又はポリペプチドについてのものであるから、本願発明における発明の有用性は個々のペプチド等について求められるものであって、個々のペプチド等につき実施可能かどうかを判断せざるを得ないものである。

したがって、この点に関する原告の主張は採用することができない。

イ  また、原告は、本願発明は、「哺乳類TCR-βの一部をなす8アミノ酸以上のペプチド又はポリペプチド」という上位概念に関するものであって、発明の有用性は個々の実施態様について求められるものではなく、技術思想としての発明自体について求められるべきものであるから、本願発明の有用性も、「哺乳類TCR-βの一部をなす8アミノ酸以上のペプチド等」の全体として認められれば足りる旨主張する。

しかしながら、本来、化学物質の分野においては、わずかの構造の違いが全く異なる物質を生じさせるものであって、その構造から物質の性質を予測することは困難である場合が多いというべきところ、ペプチドがこの例外に当たることを認めるに足りる証拠もない。しかも、原告主張のように上位概念で表現することができる場合とは、長い化学物質合成の歴史の中で1つ又は少数の実施例から、当該実施例と同様の作用効果が期待できる範囲を推定することができるような場合に、その合理的に包含できる範囲のものを一般式で表現しているにすぎないものである。したがって、個々の成立している化学物質発明をまとめて一般式で表記することができるというだけで、全体としての一般式からなる化学物質発明の成立性を判断すれば足りるというものではない。

したがって、原告の上記主張は理由がない。

(3)  よって、原告主張の取消事由3は理由がない。

4  取消事由4(手続違反)について

(1)  原告は、審決は拒絶理由とは別の基準を採用して判断した手続違反の違法性がある旨主張する。

(2)  前記3のとおり、本願が特許法36条3項に違反する場合とは、① その特許請求の範囲に包含されるすべてのペプチド等につきその有用性が明細書に記載されているか、技術常識から当業者にとってその有用性が明らかであるとはいえない場合であり、かつ、② その特許請求の範囲に包含されるすべてのペプチド等の中から、有用性のあるもののみを当業者が容易に選択することができるように明細書中に記載されていない場合をいい、拒絶理由もこれと同旨のものと認められる。

そして、前記審決の理由によれば、審決は、単に本願特許請求の範囲第1項に包含されるペプチド等についてその有用性があるかどうかのみを検討しているものではなく、「T細胞抗原レセプターβサブユニットに対する抗体産生能力のあるペプチドを選択することは、当業者であっても容易に実施できるものではない。」(審決書7頁14行ないし17行)、「ところで、本出願前、蛋白質をコードする核酸配列が決定さえすれば、異種の動物におけるその蛋白質の抗原性、免疫原性を有する部分を特定する手段が技術常識であったとはいえず、また、本願明細書中にそのための手法が明細書中に具体的に記載されているわけでもない。」(同7頁18行ないし8頁3行)、「本願明細書の発明の詳細な説明の記載から、当業者が容易に有用性のあるT細胞抗原レセプターβサブユニットの一部であって、少なくとも8アミノ酸からなるペプチド等を取得できるものということはできない。」(同8頁11行ないし15行)等と後者の選択の容易性の点についても検討した上、容易に実施することができるか否かの判断をしているものであるから、審決に記載された基準の意味するところは、審決で「もしくは」(審決書4頁12行)と表現している点は表現に正確さを欠くといわざるを得ないものの、審決全体をみれば、拒絶理由として通知された点と異なるところはないものと認められる。

(3)  したがって、審決に原告主張の手続違反の違法はなく、原告主張の取消事由4も理由がない。

5  結論

よって、原告の本訴請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

<以下省略>

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