東京高等裁判所 平成10年(行コ)57号 判決 1999年9月22日
控訴人
石川新一
右訴訟代理人弁護士
新井宏明
同
大森恒太
被控訴人
上尾税務署長 東文明
右指定代理人
小原一人
同
須藤哲右
同
櫻井勉
同
永塚光一
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者が求めた裁判と原判決
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 控訴人の平成四年分所得税について、被控訴人が平成六年二月二一日なした更正処分のうち納付すべき税額一七八三万九五〇〇円を超える部分を取り消す。
3 訴訟費用は第一・二審を通じて被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨。
三 原判決
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二事案の概要と当事者双方の主張
事案の概要と原審における当事者双方の主張は、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要等」に記載のとおりであるので、これを引用する(誤記等の訂正は別紙のとおりである。)。事案の概要、及び当審における当事者双方の主張を要約すると次のとおりである。
一 問題点
土地所有者が都市計画法(以下「計画法」という。)による開発行為許可(以下「開発許可」という。)を取得した上で、許可に基づく地位と共に、目的土地を譲渡した場合にも、租税特別措置法(以下「措置法」という。)三一条の二第二項七号(平成元年改正後で平成六年改正前のもの)による優良住宅地の造成等のために土地を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税軽減の特例(以下「本件特例」という。)の適用が受けられるかどうかが争われた。
二 事実関係
1 開発許可申請・売却等と税務署員による誤指導
控訴人は、相続により取得した原判決別紙物件目録記載の上尾市平方所在の土地二筆(以下「本件土地」という。)につき、埼玉県知事に対して、計画法二九条の開発許可申請をなし、平成四年三月一七日、その許可を得た上で、同年五月二二日、本件土地を株式会社富田染工芸(以下「訴外会社」という。)に売り渡し、同年六月一九日、計画法四五条による許可に基づく地位承継の承認を得た。開発許可を得てから売却したのは、訴外会社から土地所有者でなければ、開発許可申請はできないが、訴外会社が買ってから申請すると許可まで時間がかかるので、予め控訴人名で許可を得ておいて欲しいと求められ、控訴人がこれに応じたからであった(計画法は、土地所有権者であることを開発許可申請の要件としていないから、訴外会社の右要請は誤解によるものであった。)。
なお控訴人は、右開発許可申請をした後である同年三月ころ、上尾税務署の係官に指導を求めたところ、管理徴収第一部門尾崎廣司徴収官から、土地所有者が自ら造成したのでは、本件特例は受けられないが、許可承継付譲渡なら本件特例の適用を受けることができるとの回答を得た。
2 確定申告・更正処分・異議申立・審査請求
(一) 控訴人は、平成五年三月、平成四年分所得税確定申告をした。
総所得金額 一〇万四六五五円
分離長期譲渡課税所得金額 一億二〇〇二万五三八一円
納付すべき税額 一七八三万九五〇〇円
(二) 被控訴人は、六年二月二一日、納付すべき税額を三五六七万九〇〇〇円とする更正処分をした(所得額は確定申告のとおり)。確定申告は本件特例の適用があることを前提に税額を計算したが、更正処分はその適用がないとするものであった。
(三) 控訴人は、同年四月八日、異議申立をしたが、被控訴人は、同年六月三〇日に棄却決定した。
(四) 控訴人は、同年七月二六日、審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成八年一一月一日、審査請求棄却の裁決をした。
三 本件特例の適用の有無を巡っての双方の主張
1 控訴人の主な論拠
(一) 措置法三一条の二第二項七号は、本件特例の適用を受ける譲渡に関し、譲受人が「開発許可を受けて造成を行う個人又は法人(又はその承継人)」でなければならないと定めるが、譲渡人が自ら開発許可を得た場合を除外するとは規定していないし、譲渡人が許可を得た場合を除外しなければならない合理的理由はない。
(二) 措置法の平成元年改正により、譲受人は、開発許可を受けた者の一般承継人だけでなく(計画法四四条)、許可を受けた者から許可に基づく地位を特定承継した者であってもよいとされたが、その結果、土地譲渡人が開発許可を取得して、土地所有権と共に、許可に基づく地位を譲渡することも可能になったのである。
(3) 平成元年改正の趣旨は、それまでは転売による地価高騰を招くことになりかねないので、本件特例は特定承継には適用されないとしていたが、優良宅地供給を促進するために、特定承継についても、本件特例の道を開いたものである。その趣旨からすれば、譲渡人が開発許可を受けた場合に本件特例の適用を否定する理由はない。被控訴人の解釈によっても、控訴人が一旦許可を取り下げて、あらためて譲受人に許可申請させればよかったことになるが、如何にも無駄である。
(四) 被控訴人の主張によれば、土地譲渡に先立ち、譲受人が開発許可を得ておかなければならないことになるが、実際には土地を買収してから開発許可申請をしている事例が多く、また所有権を取得してから開発許可申請をするように行政指導している自治体があり、被控訴人の見解に従うと、そのような場合には、本件特例の適用を受けられなくなってしまう。
(五) 控訴人が開発許可申請人になったのは、各目だけであって、実質的には訴外会社が申請人であったし、許可を承継した時点で許可時点に遡って申請人になったのと異なるところがない。形式的な理由から本件特例の適用を除外するのは相当ではない。
(六) 措置法三一条二第二項七号の文言からは、本件特例の適用が受けられるのは、譲受人が自ら開発許可を受けたか、又は譲渡人ではない許可権者からの許可を承継した場合に限られるとの解釈は導かれない。それ故に上尾税務署員も控訴人に対して、前出のような指導をしたのであった。本件の確定申告後の平成五年八月一〇日に、国税庁資産税課課長補佐著「優良住宅地等のための譲渡の軽減税率の特例」が公刊されたが、それまでは、この点に関する資料はなかった。このような不明瞭な文言による条文は、租税法律主義に反する。
2 被控訴人の主な論拠
(一) 措置法三一条の二第二項七号によれば、本件特例の適用があるのは、計画法二九条・・・の開発許可を受けて住宅建設の用に供される一団の宅地の造成を行う個人又は法人(計画法四四、四五条の承継人を含む。)に対する土地の譲渡であって、その面積が一〇〇〇平方メートルを超えるなどの要件を満たすものでなければならないところ、訴外会社が許可承認となったものは、本件土地譲受け後であるから、本件特例の適用の要件を満たしていない。そもそも譲渡人がまず開発許可を取得した後に、目的土地を譲渡して、しかる後に譲受人に対する許可承継承認を得たところで、既に譲渡時には譲受人は、許可取得者でもその承継人でもなかったのであったから、本件特例の適用を受ける余地がないのである。つまり開発許可付譲渡は本件特例の適用外である。
(二) 本件特例適用対象を、平成元年改正によって、それまでは開発許可を受けた者又はその一般承継人に対する土地譲渡に限っていたのを、特定承継人に対する譲渡に拡大したのは、許可権者が倒産などのよって事業継続不能となった場合に、他の者に事業を継続させることによって、優良宅地の開発を円滑に行わせようとしたことなどのためであって、土地所有者による開発許可付譲渡を可能としたのではない。
(三) 計画法二九条は、開発行為者が自ら開発許可を受けなければならないとしており、開発許可申請がなされたときは、都道府県知事は、同法三三条所定の基準に適合しているかどうかを審査し、それが満たされた場合に許可すべきものとしているが、このことは土地所有者が自分では開発する意思がないのに開発許可を得て、許可付で土地を売却することを予定しておらず、計画法の趣旨にも反する。
第三当裁判所の判断
当裁判所の判断も原判決と概ね同様であり、原判決を維持すべきものと判断する。その理由は、原判決の「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」と概ね同様であるので、これを引用する(誤記等の訂正は別紙のとおりである。)。多くはないが、当裁判所が本件控訴を棄却すべきものと判断した理由を付加すれば、次のとおりである。
一 措置法三一条の二第二項七号に定める本件特例は、特別の例外的減税措置を定めるものであるから、課税の公平のためにも厳格に解釈しなくてはならず、拡張解釈を避けなれればならないのは当然であり、できるだけ文言に忠実に解釈しなければならない。
たしかに、措置法三一条の二第二項七号のどこにも、土地譲渡人が計画法二九条の開発許可を受けた者であってはならないとは書かれてはいない。しかし、措置法三一条の二第二項七号は、土地譲渡人が計画法二九条の開発許可を取得して、許可付で譲渡することまで予定していない。
何故なら計画法二九条は「・・・開発行為をしようとする者は、・・・都道府県知事の許可を得なければならない。」と定めており、特段の事情がないかぎりは、自ら開発行為をする意思のない者が許可に基づく地位を譲渡することを目論んで、許可を申請することを予定しているとは考えられないからである。
のみならず、計画法三三条が定める開発許可基準中には、譲渡と自己使用目的ではない開発行為の場合には、「・・・申請者に当該開発行為を行うために必要な資力及び信用があること。」(同条一二号)や「・・・工事施工者に・・・工事を完成するために必要な能力があること。」(同条一三号)などと明記されており、開発許可申請者の資力、信用、能力も許可を与えるかどうかの判断要素の一つとされており、このことも自ら開発行為を行う意思のない者の許可申請を予定していないことを裏付ける。
二 控訴人は、平成元年の措置法三一条の二第二項七号の改正により、本件特例の適用を受ける土地譲渡の譲受人に、許可権者の一般承継人(計画法四四条)だけでなく、開発許可に基づく地位の特定承継人(計画法四五条)が加えられたことを理由として、本件事案のように、自ら開発行為をする意思のない者が開発許可付で土地を譲渡する場合にも、本件特例の適用が可能となったと主張する。そう解さなければ特定承継につき、本件適用の余地がなくなるという。控訴人のこの指摘は注目に値する。計画法四五条は、「開発許可を受けた者から当該開発区域内の土地の所有権(等の)・・・権原を取得した者は、都道府県知事の承認を受けて、当該開発許可を受けた者が有していた当該開発許可に基づく地位を承継することができる。」と定めているが、この規定によれば、計画法四五条が予想した典型例は開発許可を取得した土地所有権者から、許可に基づく地位と共に、所有権を取得した場合であるが、五年以上の長期土地所有者が、自ら開発する意思もないのに、開発許可を受けた場合には、本件特例を受ける余地がないとすると、結局、土地所有権者等でない者から、目的土地を開発する何らかの権原と共に、許可に基づく地位を承継し、併せて五年以上の長期土地所有者から目的土地所有権を譲り受ける場合でないと、本件特例の適用を受けることができないからである。極めて例外的な場合を想定するほかにない。しかしそのような事例も皆無ではない。たとえば、長期土地所有者と土地売買予約を締結した上で、目的土地につき開発許可を得た者が、上地売買本契約を締結する以前に、自ら開発行為を行うことを断念し、土地売買予約上の地位と共に、許可に基づく地位を移転し、これを新事業者に承継させる場合である。このように適用場面が希有な事例のために、法改正をする必要があったかは疑問を禁じ得ないが、おそらく同趣旨の文言を挿入して、同時に改正した措置法二八条の二、二八条の五や大都市地域における優良宅地開発促進に関する緊急措置法の規定と平仄を合わせるために、十分な検討もないままに、適用の余地が殆どない特定承継の場合を加えてしまったのであろう(このような適用場面の稀な場合に関する文言を加えたことも、控訴人が指摘する税務署員等による誤指導に、ある程度の寄与をしたことも否定できない。)。
しかしそれにもかかわらず、平成元年の措置法三一条の二第二項七号の改正により、自ら開発行為をする意思のない者が開発許可を取得して、許可付で目的土地を譲渡することを予定してないという計画法の鉄則が変更されたと解することは到底できない。そうだとすれば、平成元年の改正によって、本件特例は、開発許可に基づく地位の特定承継を受けた者を譲受人とする土地譲渡にも適用されることになったが、そのような事例は、右に掲げた極めて例外的な場合に限られ、やはり、長期土地所有者が自ら開発意思もないのに、許可付で目的土地を譲渡した本件のような事例には、本件特例は、適用されないと解さざるを得ない。
三 控訴人主張のように、上尾税務署員が誤った教示することなく、適切な指導をしていれば、その段階で開発許可申請を取り下げてから、土地を譲渡することにより、本件特例の適用をうけることもできたのであり、もし控訴人主張のような誤指導があったとすれば、気の毒というほかにないが、そうだとしても法定の要件を備えれば、国家賠償法等により賠償をもとめられることがあるのは格別としても、本件事例についてだけ、措置法三一条の二第二項七号の解釈を曲げて、本件特例を適用して控訴人を救済することはできない(控訴人は、裁判所が行政寄りであると非難するが、裁判所は、法を枉げられないだけであって、殊更、行政機関に有利な判断をしなければならない理由はどこにもない。)。
第四結論
以上の次第であるから、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却する。残念ながら本訴訟事件によっては控訴人を救済することはできない。
控訴費用については、民事控訴法六四条、六七条一項を適用した。
(裁判長裁判官 高木新二郎 裁判官 河本誠之 裁判官 白石哲)
別紙 原判決正誤表
一 三頁三行目と八行目の「二月二二日」は「二月二一日」と訂正する。
二 六頁一行目の「七月二七日」は「七月二六日」と訂正する。
三 九頁六、七行目の「別表のとおりの算式で算出した」を削除する。
四 一二頁一〇行目の「戸建専用住宅」は「戸建分譲住宅」と訂正する。
五 三〇頁一〇行目の「都市開発法」は「都市計画法」と訂正する。
六 三七頁一〇行目の「3」は「2」と訂正する。
七 六六頁八行目の「譲渡人」を「譲受人」と訂正する。
八 六七頁六行目の「ている個人が土地を譲渡し」とあるのを削除する。