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東京高等裁判所 平成10年(行コ)62号 判決 1998年10月15日

埼玉県坂戸市石井二八九八―一三―三三二

控訴人

吉野和子

右訴訟代理人弁護士

江口公一

埼玉県川越市大字並木四五二番地の二

(送達場所 東京都千代田区大手町一丁目三番三号大手町合同庁舎第三号館)

被控訴人

緑税務署長事務承継者 川越税務署長 小木曽光弘

右指定代理人

加島康宏

井上良太

今泉憲三

齋藤隆敏

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  緑税務署長が、控訴人のした平成二年七月七日付けの控訴人の平成元年分所得税の更正の請求に対し、平成三年一一月二六日付けでした更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

三  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  本件の事案の概要及び当事者間に争いのない事実等は、原判決摘示(原判決三頁三行目から八頁八行目まで)のとおりであるからこれを引用する。ただし、原判決中の「被告」とあるのをすべて「緑税務署長」に改め、原判決三頁六行目の「以下」の前に「ただし、二、三の土地については共有持分。」を、五頁八行目の「原告は、」の次に「昭和六二年九月三〇日、」を、六頁二行目の「本件不動産」の前に「昭和六三年一二月二二日、」を、同頁四行目末尾に「(乙三号証の一ないし四)」をそれぞれ加える。

なお、控訴人は、緑税務署長による通知処分(原判決にいう「本件通知処分」)後に、住所を横浜市緑区から肩書住所地に移転したので、被控訴人が緑税務署長の事務を承継した。

二  争点及びこれに対する当事者双方の主張は、次に付加するほかは、原判決摘示(原判決八頁九行目から二七頁六行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における付加的主張)

1 租税法の解釈適用に関しては、公平負担の原則から、租税負担は、実質的に公平であることが必要であり、その法形式又は名義が同じであっても、その経済的実質が異なっている場合には、異なった扱いをすべきであり、法形式又は名義はどうあれ、その経済的実質において課税対象となるべき利益を享受しているものと認められる以上、その実質について課税するとされている。このような租税法の基本理念は、単に課税所得の帰属にとどまらず、本件のような所得計算の特例の適用に関しても当然適用される。なぜなら、本件は保証債務の履行のための資産譲渡所得の計算の問題であって、まさに、法形式ではなく、その経済的実質において所得額を算出すべきことがらであって、しかもまた、課税対象については法形式にとらわれず実質について課税し、いわばマイナスの課税である本件のような特例の適用に関しては法形式によるということでは、租税法のよって立つ公平の原則に反することになるからである。公平負担の原則は国税の徴収に関する場面全般に適用される以上、それは徴収にプラス、マイナス両方の局面において作用されなければならないはずである。

本件においては、控訴人は、本件の不動産を売却し、各債権者への弁済資金に充てることを決断して以降、不動産の売却先を含めた買主決定までの手続、売却代金の決定、売却代金による弁済手続に関する主債務者との交渉、不動産売買契約の締結、売却代金の支払、最終的な決裁手続はすべて控訴人の依頼により主債務者の代表者であった大森秀樹によって行われた。しかも、この間の各交渉手続について控訴人は大森秀樹から全く報告を受けておらず、控訴人としては一貫して前記の認識に従って不動産を売却し、売却代金をそのまま弁済に充当するとの認識のもとに対応していた。したがって、本件はあくまで控訴人による連帯保証人及び物上保証人としての弁済であって、控訴人と主債務者との間に金銭消費貸借契約の締結はなく、控訴人の主債務者に対する債権も貸金債権ではなく求償金債権にほかならない。

なお、仮に控訴人と主債務者との間で本件の公正証書により金銭消費貸借契約が締結されたとしても、それは一旦発生した求償金債権について準消費貸借契約を結んだものというべきである。

2 本件における控訴人の大菅係官に対する相談内容は、本件が特例の適用の対象となるかどうかというものではなく、特例の適用を求める確定申告手続の方法をも含んでいるのであって、このような相談を受けた係官としては、特例の適用の対象となるか否かについての判断を説明するだけでは足りず、特例の適用を求める場合の手続、記載方法等についても説明する必要があると解すべきである。しかるに、大菅係官は、このような説明を怠った。

第三争点に対する判断

一  当裁判所も、控訴人の本件請求は理由がないと判断するものであり、その理由は、次に付加するほかは、原判決理由説示(原判決二七頁八行目から六二頁三行目まで)のとおりであるからこれを引用する。ただし、原判決中に「被告」とあるのをすべて「緑税務署長」に改め、原判決二七頁九行目の「求償権」の次に「に係る債権」を加え、五四頁五行目の「やむえを得ない」を「やむを得ない」に改める。

二  控訴人は、公平負担の原則から、租税負担は実質的に公平であることが必要であり、このような租税法の基本理念は、単に課税所得の帰属にとどまらず、本件のような所得計算の特例の適用に関しても当然適用されるべきであるとしたうえ、本件は、実質的には控訴人による連帯保証人及び物上保証人としての弁済であって、控訴人の主債務者に対する債権も貸金債権ではなく求償金債権にほかならないと主張する。

しかしながら、所得税法六四条二項に定める特例は、保証人が代位弁済をした場合の求償権の行使不能という特別の事情がある場合の例外的規定であるから、保証人が、主債務者に対して債務弁済の資金を貸し付けたところ、その貸付金の返済が滞ったというような場合にまで、その経済的実質に変わりがないとの理由で、右規定を拡張して適用すべきものと解することはできない。本件においては、たしかに控訴人が本件不動産を売却した動機は、その保証ないし物上保証に係る主債務者の債務の弁済の必要に迫られたことにあるのであるが、その債務の弁済に当たっては、債権者側から、保証人ないし物上保証人である控訴人による弁済ではなく、債務者本人からの弁済を要望されたこと及びそれに応じるメリツト(主債務者である大森製作所が弁済すれば、信用保証協会の無担保融資が継続されることなど)もあると判断したことから、主債務者及び控訴人の側でこの要望を受け入れた結果、控訴人が主債務者に弁済金相当額を交付したうえ、主債務者がこの資金を用いて債権者に対しての債務の返済をする一方、主債務者と控訴人との間で消費貸借契約を締結したものであることはさきに引用した原判決認定のとおりであり、このような弁済方法の選択によって生じた法律関係は、関係当事者間の協議の結果、意識的に行われたものであって、単に形式的便宜的なものということはできない。したがって、本件が実質的には控訴人による連帯保証人及び物上保証人としての弁済であって、控訴人の主債務者に対する債権も貸金債権ではなく求償金債権であるとの控訴人の主張は、採用することができず、公平負担の原則から本件の場合にも所得税法六四条二項を適用すべきであるとの控訴人の主張は失当というべきである。

また、控訴人は、本件の消費貸借契約が求償金債権を消費貸借の目的とする準消費貸借契約であると主張するが、控訴人が主債務者に対して求償金債権を有していたと認めることができないことは右説示のとおりであるから、右主張も採用の余地はない。

さらに、控訴人は、大菅係官が本件特例の適用を受けるための手続まで説明をすべき義務があると主張するが、そのように解すべき理由のないことはさきに引用した原判決理由説示のとおりであって、右主張は理由がない。

三  以上によれば、控訴人の本件請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥山興悦 裁判官 都築弘 裁判官 佐藤陽一)

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