大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成11年(う)1133号 判決

被告人 今野宇一

〔抄 録〕

(一) 所論は、要するに、原判決は、被告人が、東京都港区内の信号機により交通整理の行われている本件交差点を右折進行するに当たり、右折禁止の道路標識を看過し、かつ、あらかじめ右折の合図をせず、対向直進車両の有無及びその安全を確認しないまま漫然時速約六〇キロメートルの速度で右折進行した過失により、折から同交差点の対向車線右折ライン付近で停止中の普通乗用自動車の左側部に自車前部を衝突させ、運転者に全治約二週間を要する外傷性頚神経損傷の傷害を負わせた旨認定しているが、(1)被告人が右折の際、減速して周囲の安全を確認しながら右転把していたら、本件事故は避け得たものであり、仮に、右折に際して事前にその合図をしていたとしても、本件事故時に被害者がこれを認識して、被害車両を退避させ、事故を回避できるような状況にはなかったから、被告人が、右折禁止の道路標識を看過し、更に右折の合図をしないまま右折を開始したことと本件事故との間には因果関係があるとはいえない、また、(2)本件事故当時、被害車両は交差点内において右折待ちのため停止していたのであるから、被告人の「対向直進車両」の有無及び安全の不確認が本件の衝突事故に対する過失の内容となることはなく(本件の過失は、右折に当たり、本件交差点内に停止中の被害車両を認めた被告人が、右車両との衝突を避けるべく十分減速し、右車両の手前をゆとりを持って右へ転把すべき注意義務に反したことにある。)、したがって、原判決の過失の認定には、判決に影響を及ぼす事実の誤認がある、というのである。

(二) そこで、検討すると、関係証拠によれば、被告人は、無免許で本件自動車を運転中、交通検問で停止を求められたのに、これに従わず、警察官の追跡を逃れようとして進行中、時速約六〇キロメートルの速度で本件交差点に進入し、その際、右折禁止の標識を看過し、直進するか右折するか迷った挙げ句、右折すれば警察官から逃げ切れるのではないかと考え、また、折から、右交差点内の対向車線右折ライン付近で停止して、右折のため直進車が途切れるのを待っていた被害車両が右折しようとして動いているように見えたことなどから、安全に右折できると速断し、右折の合図をしないまま右へ転把し、制動措置を講じたものの曲がりきれずに右被害車両の左側部に自車前部を衝突させたこと、本件交差点は、南北方向については、南から交差点に進入する被告人車側車線からの右折は禁止されているのに対し、北から交差点に進入する車両側からの右折は許されていることから、被告人車の対向車線側のみ右折待ちラインが設けられており、その位置の関係から、被告人車側車線から右折しようとすると、対向車線上の右折待ちライン付近で右折のため停止中の対向車両との間隔が十分確保されない状況にあることが、認められる。

(三) 右の事実関係に照らすと、本件事故に対する被告人の直近の過失は、被害車両との衝突を避けるための適切な速度の調節(減速)及び転把操作を怠った点にあるというべきである。しかし、被告人が右折を決めた時点における被告人車と被害車両との距離如何によっては、被告人が右折することを決した時点において、既に本件衝突の回避が著しく困難な状況に陥っていた可能性も否定し得ないというべきであるから、右折の判断をしたこと自体の当否についても過失の有無を検討する必要がある。

被告人が右折を決めたのは、右折禁止の道路標識を看過した上、被害車両との距離関係や同車両の動静についての誤認から、同車と衝突せずに右折が可能であると判断したからであるが、本件のように、交差点の構造上、被告人車側車線から右折しようとすると、対向車線の右折待ちライン付近で停止中の車両との間に安全な距離を確保することが困難な場合においては、右折しようとすること自体、交差点内に停止中の車両との衝突の危険性の高い行為であり、本件道路標識も、このような事態を未然に防止するために設けられているところ、本件事故は、正に右の危険性が現実化したものというべきであるから、右標識を看過し、これに従うことなく右折を決めた点は、本件において過失を構成するというべきである。また、被告人は、当時右折待ちで停止中であった被害車両が右折のため進行していると誤認したことなどから、右折が可能であると判断したものであるが、このような状況判断の誤りも、右標識の看過と共に過失を構成するというべきである。

(四) なお、被害車両は、事故当時、右折待ちで停止中であり、かつ、被害者は、「交差点内の右折ライン付近で待っていると赤羽橋方面から突然ライトが目に入った途端、自分の車の左側に激しく衝突されてしまった。」「本件交差点は、丁度坂の上の高いところにあり、対向車が急に猛スピードで走ってきたので、驚いたときには車をぶつけられていました。」などと述べているのであって、仮に、被告人が前もって右折の合図をしていたとしても、被害者がこれを認識して、衝突を回避できる状況にはなかったというべきであるから、右折の合図をしなかったことと本件事故との間には因果関係があるとは認められない。

(五) 以上によれば、本件において、被告人には、右折禁止の道路標識に注意を払い、また、右折待ちの対向車両の動静、安全を確認して、右折を差し控え、あえて、右折する場合には、右折待ちの対向車両との衝突を避けるべく、適切に速度を調節し、転把行為をする注意義務があるのに、これを怠り、右折禁止の道路標識を看過し、時速約六〇キロメートルの速度で本件交差点に進入し、対向車線の右折ライン付近に右折待ちで停止していた被害車両が右折のために進行していると誤認したことなどから、安全に右折できるものと軽信し、さらに、被害車両に衝突しないように、適切な速度調節(減速)、転把行為を行わなかった過失があったというべきである。

(六) そうすると、原判決が、右折の合図を怠った点が過失を構成するとした点は相当でなく、また、その余の判示部分も、過失の摘示として曖昧さが残るものの、前項で判断した被告人の過失内容との間で基本的な差異はなく、その差異は、判決に影響を及ぼすような事実の誤認とはいえない(なお、本件の過失を前記のように判断しても被告人の防御に実質的に不利益を与えるものではない。)。

なお、所論は、事故当時、被害車両が右折待ちで停止中であったことなどを指摘して、原判決が、「対向直進車両」の有無、安全を確認しなかったことを過失としている点を論難するが、原判決は、被告人車両がこれから横切ることになる対向車線上の車両の趣旨でこのような表現をしたものと解され、表現にやや適切さを欠く嫌いがあるものの、認定に誤まりがあるとまではいえない。

(高木俊夫 岡村稔 芦澤政治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!