大判例

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東京高等裁判所 平成11年(う)118号 判決

被告人 大橋祐毅

〔抄 録〕

所論は、要するに、原判決は、被害者が被告人運転車両から「飛び降りた」にもかかわらず、被害者の供述を信用して「転落した」と認定しており、これは判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果も併せて検討するに、関係証拠によると、原判示交差点は、八王子市街の南北に走る車道幅員約一三・二メートルの国道一六号線と東西に走る車道幅員約一二メートルの甲州街道とが交差する交通量の多い交差点で、被告人は、二〇〇〇シーシーの四ドアの普通乗用自動車を運転して国道一六号線を北上し、右折車線側を通り、同交差点入り口側の横断歩道に差しかかるころ左に車線を変更し、赤信号を無視して同交差点に進入したこと、被害者は、右自動車の後部座席の助手席後方にいたが、ドアがいわゆるチャイルドロックされて内部からは開かない状態になっていたことから、助手席のシートを前方に倒し、助手席ドアを開けた状態にしていたこと、事故後、被害者は、交差点の入り口横断歩道を越えて右折車線の左側の通行帯の延長に、横断歩道の白線から〇・七メートル北側の地点から長さ一・三メートル、幅〇・五メートルの範囲に血痕を残す状態で転倒していたことが明らかであるところ、被害者は、司法警察員に対して(平成一〇年九月五日付け員面調書)「最近の自殺未遂の行動などから彼の様子は異常でしたので、このままではどうなるか分からないと思い、自分で車から降りるしかないと思ったのです。そこで、私は車から飛び降りたようですが、そのあたりからの記憶が無くなっており、どのようにして飛び降り、何処をどう打ったか分かりません。」と述べていたが、検察官に対して(同月二五日付け検面調書)「少しずつ当時の記憶が戻ってきました。」「大橋は交差点に赤信号を無視して突っ込み、右側の右折車線から突然左にハンドルを切り、直進車線に進路を変更しようとしたために助手席のドアが大きく開き、そのため助手席のドアのとってを左手で握っていた私の身体は車から外に放り出されたのです。」と述べ、平成一一年六月一八日実施の当裁判所の証人尋問においても同様の供述をしている(当裁判所の尋問調書)。

所論は、被告人は、原判示交差点において、左に進路を変更しても、同交差点を直進するつもりであったから、その進路変更は緩やかなものであり、かつ、左に進路を変更したときは、慣性の法則により右斜め後方向きの力が助手席ドアにかかることになるから、助手席ドアは閉まることはあっても、開くことはあり得ないと言うべきであり、被害者の供述は不合理である、というものであるところ、被害者の転倒位置や、交差点の形状等に照らし、被告人の車線変更がさほど極端なものとは認められず、助手席ドアが大きく開く状態にあったものとは考え難い上、被害者の座った後部座席から、助手席ドアの外に出るには、前方に倒した助手席シートとドアの支柱との間の二四・五センチメートルの隙間を通らなければならないのであって、車線変更の反動で被害者が車外に放り出されたとみるのは困難である。さらに、関係証拠から明らかなように、被害者の履いていた靴(サンダル)は、車外にあり、被害者が転倒した路上に遺留され、その右足のものに血痕が付着していたこと、被害者が携帯していた手提げバッグは、二本の手提げ用のひものうち、一本は両側がとれて、路面にあり、他の一本はその片側がとれ、バッグの本体は助手席後部の座席の足下にあったことからバッグのひもに相当の外力が加わったことが推測されること、被告人は、原審及び当審において、被害者が靴を脱いで手に持って立ち上がり中腰の姿勢になっており、飛び降りるところは直接見ていないが、飛び降りたと思う旨一貫して供述していること、被害者は、前記員面調書の中で、車から飛び降りたような供述をしていることを考え合わせると、被害者が脱出しようとして意識的に車外に飛び降りた疑いが残るといわざるを得ない。

被害者は、前記検面調書及び当裁判所の尋問調書の中で、当初は記憶がなかったが、その後少しずつ当時の記憶が回復してきたもので、自分が飛び降りたのではないと思う旨供述しているところ、当裁判所の証人尋問における被害者の供述は、その問い答えの内容、態度からみても、誠実に応答しようとしていることが明らかであるが、被害者が靴(サンダル)をどのようにしていたか、手提げバッグをどのように所持していたかについては記憶が判然としない旨述べており、前記の諸事実にも照らすと、車外に放り出された旨の被害者の供述をそのまま信用するわけにはいかない。

そうすると、被害者の供述を採用して認定した原判示「罪となるべき事実」一二行目以下の「右同時刻ころ、同女が同車両の助手席側ドアから脱出しようとして転落したことにより」とある部分は、「右同時刻ころ、同女が同車両の助手席ドアから脱出しようとして飛び降りるのやむなきに至らしめ、路上に転倒させたことにより」と認定すべきであって、原判決には事実誤認があるといえる。

しかしながら、いずれにしても監禁致傷罪は成立する上、被告人は、赤信号の交差点もこれを無視して通過し、被害者が泣いて降ろすように懇願し、ついには助手席ドアを開けたのに、そのまま走行を続け、いよいよ被害者が靴を脱いで立ち上がり、中腰の姿勢となり、助手席ドアから外部に脱出しようとしている様子に気付いても、その危険性を省みずに走行を続けるという無謀な行動をとっており、被害者は、約二週間前被告人から被害者の携帯電話に「エイコヲコロシテオレモシヌ」とのメッセージが送られたり、数日前刃物を持った被告人に勤務先から帰宅途上を待ち伏せされたりしたため、監禁されていた車内において、連行先で被告人に殺されるかもしれないとの恐怖感を抱いていたのであるから、走行中の右自動車から脱出する行動をとることは、誠にやむを得ない行動であって、被害者が飛び降り路上に転倒したことによって傷害の結果が発生したとしても、被告人の刑責に軽重はないものというべきであるから、右事実誤認は、いまだ判決に影響を及ぼすものとはいい難い。

(高橋省吾 青木正良 本間榮一)

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