東京高等裁判所 平成11年(う)1666号 判決
被告人 松浦優之
〔抄 録〕
二 控訴趣意中、憲法違反の主張について
1 所論は、要するに、次のようなものである。すなわち、
(一) 薬事法二条一項は、「医薬品」について、「日本薬局方に収められる物」(一号)に加え、「人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている物」(二号)又は「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物」(三号)であって器具器械でないものと定義付けているが、このような定義は、それ自体極めてあいまいなものである。しかも、厚生省の発した通知(昭和四六年六月一日薬発第四七六号厚生省薬務局長通知「無承認無許可医薬品の指導取締りについて」の平成一〇年三月三一日医薬発第三四四号同省医薬安全局長通知に至るまでの一連の改正通知をいう。以下「本件通知」という。)は薬事法の趣旨を逸脱するものであって、薬事法の解釈規範とすることには疑問があるばかりでなく、本件通知によっても医薬品の意義についてのあいまいさは残る以上、医薬品の無許可販売業等を刑罰をもって禁止する薬事法二四条一項及び八四条五号並びに本件通知は、憲法三一条に違反して無効である。
(二) 薬事法の前記各規定及び本件通知は、医薬品の意義の解釈において効能効果の標ぼうの有無をも考慮すべきものとして、健康食品の成分や効果につき国民に十分な情報を提供することを禁止するものであって、国民の健康管理についての知る権利や自己決定権を侵害するとともに、業者の経済活動における表現の自由及び経済的自由をも侵害するものであるから、薬事法の右各規定及び本件通知は、憲法一三条、二一条一項及び二二条一項にも違反して無効である。
(三) したがって、原判示第一の事実について無許可医薬品販売業の罪に当たるとして薬事法八四条五号、二四条一項を適用し被告人を有罪とした原判決には、憲法の右各規定に違反した違法があるというのである。
2(一) そこでまず、憲法三一条との関係について検討するに、薬事法の立法趣旨が、医薬品の使用によってもたらされる副作用や中毒等の国民の健康への積極的危害だけでなく、薬効に対する過度の信頼から国民をして適切な医療を受ける機会を失わせるなどの消極的危害をも未然に防止しようとする点にあることに照らすと、同法二条一項二号及び三号にいう医薬品とは、その物の成分、形状、名称、その物に表示された使用目的・効能効果・用法用量、販売方法、その際の演述・宣伝などを総合して、その物が通常人の理解において「人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされ」又は「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている」と認められる物をいい、これが客観的に薬理作用を有するものであるか否かを問わないと解するのが相当である(最高裁昭和五七年九月二八日第三小法廷判決・刑集三六巻八号七八七頁参照)。
(二) この点、所論は、本件通知の解釈によれば、医薬品販売業の許可を受けた者は健康食品についても薬効を標ぼうできることになって、国民の健康への危害を未然に防止するという薬事法の趣旨に反することになるから、本件通知は薬事法の趣旨と相いれないというのである。しかしながら、許可を受けた薬局開設者又は医薬品の販売業者であっても、薬効を標ぼうして健康食品を販売することは、その直接の容器若しくは直接の被包に医薬品としての必要的記載事項の記載を欠くことともなり、又はこれに添付する文書、その健康食品自体若しくはその容器や被包に、当該健康食品に関し虚偽や誤解を招くおそれのある事項(同法五四条一号)若しくは同法一四条や一九条の二の規定による承認を受けていない効能や効果(同法五四条二号)を記載することを伴なうことともなり、帰するところ同法の規定する諸規制に触れることとなり、すなわちこのような販売方法は同法五五条一項により禁止されるところであって、これに違反すれば、同法七五条一項により右許可の取消し事由となるばかりでなく、同法八五条三号により処罰されることにもなる。したがって、本件通知が所論のような趣旨を含むものでないことは明らかである。
(三) そして、薬事法二条一項二号又は三号にいう「医薬品」について右(一)説示のとおり解釈できる以上、右各規定は、所論指摘の諸事情を踏まえて検討しても、所論のように同法八四条五号、二四条一項の犯罪構成要件の内容をなすものとして憲法三一条に違反するような明確さに欠けるものとはいえないのである(前掲最判昭和五七年九月二八日参照)。
3 次いで、憲法一三条、二一条一項及び二二条一項との関係について検討するに、薬事法の立法趣旨は、前記2(一)でみたとおり、医薬品の使用による国民の健康に対する積極的な危害の防止だけでなく、その消極的な危害の防止にもあると解されるところ、医薬品の販売を無制限に許容し、ひいては健康食品や栄養補助食品についてその効能や効果を標ぼうすることを自由に放任することになれば、たとえ販売される健康食品や栄養補助食品がそれ自体人の健康に有益無害なものであっても、衛生的な保管方法の確保が保しがたいことや用法等の指導が常に適切になされるともいいがたいことと相俟って、公衆に対する保健衛生上有害な結果を招来するおそれがあるばかりでなく、その販売を促進するためにその効能や効果、適応症等についてややもすれば虚偽誇大な標ぼうに流れ、広く顧客を惑わすなどして、適時適切な医療を受ける機会を失わせるおそれもあるといわざるを得ない。そうすると、このような弊害を未然に防止するために同法にいう医薬品の意義について前記のような解釈をとることにより、所論指摘のような権利ないし利益がある程度制約されることになったとしても、それは公共の福祉によるやむを得ないものというべきである。したがって、薬事法が憲法の右各規定に違反しないことも明らかである(前掲最判昭和五七年九月二八日のほか、最高裁昭和四〇年七月一四日大法廷判決・刑集一九巻五号五五四頁参照)。
4 以上のとおり、薬事法が所論のように憲法の前記各規定に違反するものでない以上、原判決の憲法違反をいう所論はその前提を欠くものというほかない。論旨は理由がない。
三 控訴趣意中、事実誤認の主張について
1 所論は、要するに、次のようなものである。すなわち、
(一)(1) 原判決は、罪となるべき事実第一として、被告人が、薬局開設者又は医薬品の販売業の許可を受けず、かつ、法定の除外事由がないのに、業として、単独又は高倉てる子(以下「高倉」という。)と共謀の上、平成一〇年六月九日ころから同年九月一日ころまでの間、前後二一回にわたり、顧客一一名に対し、医薬品である「スーパーオメガ3」合計二四箱を代金合計二八万八〇〇〇円で販売し(同一の事実)、同月三日ころ、右「スーパーオメガ3」合計九五箱を販売の目的で陳列又は貯蔵した(同二の事実)との各事実を認定判示している。
(2) しかしながら、スーパーオメガ3は栄養補助食品であって医薬品ではなく、被告人には医薬品を販売する故意もないし、被告人が「業として」スーパーオメガ3を販売したこともない。
《中略》
2 そこで、原審記録を調査して検討すると、原判決挙示の関係各証拠を総合すれば、原判決が罪となるべき事実第一ないし第四として各認定判示するところは、すべて正当として是認することができるのであって、原審で取り調べたその余の証拠及び当審における事実取調べの結果を合わせて検討しても、原判決には、所論のような判決に影響を及ぼすことが明らかな事実認定の誤りはない。以下に補足して説明する。
(一) まず、原判示第一の事実に関する所論について検討する。
(1)ア 所論は、まず、スーパーオメガ3は栄養補助食品であって薬事法にいう「医薬品」には当たらないというのである。
イ しかしながら、関係各証拠によると、次の事実が認められる。すなわち、
(ア) スーパーオメガ3は、レチノール、総トコフェロール、エイコサペンタエン酸(イコサペント酸)(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)等を成分とするものであるが、このうちレチノールは酢酸レチノール及びパルミチン酸レチノールとして、総トコフェロール(ビタミンE)はトコフェロールとして、いずれも日本薬局方に収められている物であり、エイコサペンタエン酸(イコサペント酸)はイコサペント酸エチル(EPAエチルエステル)として医薬品としての承認が得られている物である。
(イ) スーパーオメガ3は、そのカプセル一〇〇粒入りのプラスチック容器が紙製の外箱に収納された形で販売されているところ、右容器に貼付されたラベルには、「栄養補助食品」、「健康増進・美容にご利用ください」との文言のほか、成分として「EPA」、「DHA」、「天然ビタミンEその他脂肪酸」などと印刷され、右外箱には、アメリカの有名な健康マガジンが「どんなビタミンよりも強烈」と治験例を挙げて特集し、医学博士が「心臓病を打ち負かす」との書名の著書で「体内に蓄積した多量のコレステロール・中性脂肪・トリグリセロイド(循環脂肪)を、短期間に、しかも急速に中和し、動脈壁を刺戟し、血管成長因子を分泌させて、血管を若がえらせる。特に脳疾患・動脈硬化症・心臓病・眼疾患に対し驚異的力がある。」と発表したり、アメリカ水産学会で「今世紀最大の医学革命」と講演したなどと印刷されている。
(ウ) スーパーオメガ3については、右(イ)認定の外箱の印刷内容をより詳細にした販売員用のパンフレットが印刷されており、被告人自ら又は高倉らその従業員らを介して顧客らに対し、右パンフレットを示して、「これを飲めばすべての病気に効く。私も昔心臓病を患ったが、これを飲んで生き返った。一回三錠、朝昼晩に飲めば、高血圧症などはすぐに直る。今世紀最大の発明だ。」、「脳や成人病に効く。中性脂肪を取り、血液をきれいにして若返らせる。」などと説明していた。
ウ 以上認定のようなスーパーオメガ3の成分、形状、名称、その物に表示された使用目的・効能効果・用法用量、販売方法、その際の演述・宣伝などに照らすと、スーパーオメガ3は、日本薬局方に収められている成分が含まれている上、通常人の理解において、人の疾病の診断、治療若しくは予防に使用されることが目的とされ、又は人の身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすことが目的とされている物として販売されていたものと認められるから、薬事法二条一項の各号に該当し、同法にいう医薬品に当たることは明らかである。
(河辺義正 廣瀬健二 高橋徹)