東京高等裁判所 平成11年(う)1703号 判決 2000年9月28日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役二年に処する。
原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。
被告人から金一〇〇〇万円を追徴する。
原審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
一 本件控訴の趣意は、主任弁護人清永敬文、弁護人矢田次男、同新穂均、同黒岩俊之共同作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官上田勇夫作成名義の答弁書にそれぞれ記載のとおりであるから、これらを引用するが、所論は、要するに、被告人を懲役二年六月の実刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり、被告人に対しては刑の執行を猶予するのが相当であるというのである。
二 そこで、原審記録を調査して検討することとする。
1 本件は、衆議院議員であった被告人が、<1>比例代表選出議員として当選した平成八年一〇月二〇日施行の衆議院議員総選挙において、自己の当選を得る目的で、衆議院名簿への登載の前後を通じて、選挙対策本部事務局長ら自己の選挙運動者三名に対し、他の選挙運動者や選挙人に交付又は供与すべき選挙運動報酬、投票報酬等の資金として現金合計二〇〇〇万円を交付したほか、選挙運動者(かつ選挙人)二名に対し各現金二〇万円を供与した公職選挙法違反の事案、<2>防衛政務次官在任中、航空機製造等を目的とする富士重工業株式会社の代表取締役らから海上自衛隊救難飛行艇の試作製造分担の決定に際し有利な取り計らいをしてもらいたいとの趣旨の請託を受け、同月三一日現金五〇〇万円の賄賂を収受した受託収賄の事案、<3>国会議員の政策担当秘書の有資格者らと共謀の上、その者を同秘書に採用した旨装って衆議院事務局担当者を欺き同院からその給与等支給名下に現金合計一〇三一万円余を騙し取った詐欺の事案、<4>自己が代表する自由民主党支部の会計責任者らと共謀の上、政党助成法に基づき国が同党に交付する政党交付金をもって充てられる支部政党交付金に関する使途等を記載し同党本部会計責任者及び選挙管理委員会に提出した平成八年分及び平成九年分の各支部報告書に、その各提出に当たり、それぞれ虚偽の記入をした政党助成法違反の事案、<5>自己が代表する政治団体の会計責任者らと共謀の上、自治大臣に提出した平成九年分の同団体の収支報告書に、その提出に当たり、虚偽の記入をした政治資金規正法違反の事案である。
2 このような被告人の一連の犯行は、原判決が指摘するとおり、国民全体の奉仕者である公務員、就中、国権の最高機関かつ国の唯一の立法機関の構成員として求められる高度の倫理性、廉潔性にかんがみて、国民に対する背信性の高い事案といわざるを得ない。また、犯行が多岐にわたっていることにも徴すると、被告人の倫理観及び規範意識に問題があると窺われる。なお、各犯行について原判決が説示する量刑事情も首肯できる。以下若干補足する。
まず、公職選挙法違反の事案については、金のかからない公正な選挙の実現を目指した小選挙区比例代表並立制の下での最初の衆議院議員総選挙であること等にも照らすと、選挙の公正に対する侵害は甚だしいものがあること、交付にかかる買収資金も多額であることなどが指摘できる。
次に、受託収賄の事案においては、自己が贈賄側の富士重工の創業者の孫である等の特殊な関係にあったとの点をも考慮すれば職務の廉潔性を著しく傷付けたものであると認められる上、被告人は防衛政務次官として長官を助け、政策及び企画に参画し、政務を処理するという広範な職務権限を保有していたのであるから、国の行政全般に対する信頼をも損ねたと解さざるを得ない。
また、詐欺の事案について、政策担当秘書制度の制定に関わった調査会の委員は、「呆れて開いた口が塞がらない。国権の最高機関の構成員として極めて恥ずべき行為というほかない。」とその供述調書において述懐しているのである。原判決もいうとおり言語道断の一語に尽きる。
最後に、政党助成法違反及び政治資金規正法違反の各事案については、いずれも政治活動の公明と公正等の確保を図ろうとする右各法の趣旨にもとるいわば国民をないがしろにする犯行であり、その態様も架空若しくは水増し領収書を利用するなど巧妙であるとともに累行性を窺わせるものである。
これらの事情に照らせば被告人の刑事責任には軽視を許されないものがあるといわなければならない。
3 確かに、被告人が本件起訴後とはいえ衆議院議員を辞職するに至ったことは量刑上優に斟酌できる事情ではある。しかし、右にみた本件犯罪の数、罪質、態様、社会的影響等にかんがみると、被告人が原審公判において各公訴事実を認めて反省の態度を示していること、本件詐欺及びそれ以前の同種行為による騙取金及び損害金を共犯者とともに返済していること、本件政党助成法違反の犯行の讀罪として日本育英会に一二四〇万円を寄附していること、本件が広く報道されるなどして相応の社会的制裁を受けていること、七年近くにわたり衆議院議員として国政に携わったこと、被告人には妻及び幼い子がいることなどの諸事情を考慮しても、被告人に対しては刑の執行を猶予するのは相当でなく、被告人を懲役二年六月の実刑に処した原判決の量刑は、その言渡しの時点においては、やむを得ないものであって、これが重過ぎて不当であるとはいえない。
4 次に、弁護人の実刑は相当ではないことの論拠とする若干の主張に対する判断を以下に示すこととする。
(一) 「本件は、政界全体にみられる案件であって突出した悪質なものとはいえない。」との主張について
しかし、本件の犯情が極めて悪質なものであることは先にみたとおりであって、主張自体およそ失当といわざるを得ない。
(二) 「受託収賄以外の犯罪においては、秘書や後援会関係者らが主犯ないしは主導的立場であり、それらの責任の方が大きいにもかかわらず、共犯者らが刑の執行を猶予され、被告人に対して実刑が科されるというのは刑の均衡を失している。」との主張について
なるほど、共犯者らの勧め等により各犯行が敢行されたものであり、その意味で被告人が犯行立案段階から関与したとは認めがたいが、いずれの犯行においてもその者らの提案を受けこれを了として犯行実現に寄与したものであることが優に認められるのである。そして、もとより、いずれの犯行も被告人の対応いかんがその実現の可否を決するといっても過言ではない。被告人はこのような立場にありながら、右の者らの提案を唯々として受け入れているのであって、この行動自体が国会議員として強い非難に値するものといわざるを得ない。その者らに対する量刑とは自ずと逕庭があるというべきである。
(三) その他の主張について
弁護人は、公職選挙法違反の事案について、交付にかかる二〇〇〇万円のうちには合法な選挙資金が相当額含まれている点を斟酌すべきであると主張する。しかし、この金額の中にそのような資金も不可分一体のものとして含まれていたと認められるものの、その金額は厳格に算出されていたわけではなく、買収への使用金額については受交付者に委ねる趣旨の包括的交付がなされたと認められるから、右主張は失当である。
また、弁護人は、受託収賄の事案について、被告人が賄賂を収受した点弁解の余地はないとしつつ、収受の際、当選祝いと言われたこともあって、被告人は賄賂性の認識が希薄となり、抵抗なく受領してしまったと主張する。しかしながら、そのような言葉が述べられたことは認められるが、これは、関係人も供述するとおり、受け取りやすい雰囲気作りをしたにすぎないと認められ、もとより賄賂であることが明白な五〇〇万円についての賄賂性の認識に影響を及ぼす事情などとはいえない。右主張も失当である。
5 ところで、当審における事実取調べの結果によれば、原判決後の情状として、被告人が、当審において、国民への謝罪の言葉のほか、人生を見つめ直し真摯に罪を償うなどの心境を記した上申書を提出するとともに、就労等の目途も立たない状況下で更に法律扶助協会に五〇〇万円の讀罪寄附をするなど本件について反省をより深めている状況が窺えること、被告人自身、その心身に相当程度変調を来たし現在通院加療中であること、当審公判廷において母及び妻が被告人の更生に協力する旨それぞれ述べていることなど、被告人のために斟酌すべき新たな事情が生じていることが認められる。そこで、前記諸事情にこれらの原判決後の事情を併せて量刑を再考すると、未だ本件は刑の執行を猶予するのを相当とする事案とは認められないものの、原判決の量刑は、その刑期の点において重きに過ぎ、これを破棄しなければ明らかに正義に反すると認められる。
三 以上の次第で、刑訴法三九七条二項を適用して、原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により、更に被告事件について次のとおり判決する。
原判決が認定した罪となるべき事実に原判決の掲げる罰条を適用し、同様の刑種の選択、併合罪の処理を施した刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、刑法二一条を適用して、原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入し、原判示第一の一の犯行で被告人が甲野ほか二名に交付した二〇〇〇万円のうち、被告人が甲野から返還を受けた五〇〇万円及び同第二の犯行で被告人が収受した賄賂五〇〇万円は、いずれも没収することができないので、前者について公職選挙法二二四条後段、後者について刑法一九七条の五後段によりこれらの価額合計金一〇〇〇万円を被告人から追徴し、原審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文により被告人に負担させることとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河辺義正 裁判官 廣瀬健二 裁判官 佐々木信俊)