大判例

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東京高等裁判所 平成11年(う)183号 判決

論旨は,要するに,原判決は,被告人が自動装填式けん銃1丁(以下「本件けん銃」という。)及びこれに適合する実包等を所持したとの事実を認定して有罪とした,しかし,右事実認定の用に供されたけん銃等及びそれらの鑑定書には,その収集手続に令状主義の精神を没却するような重大な違法性があるから証拠能力がない,すなわち,(1)被告人が本件けん銃や適合実包等を所持するに至ったのは,捜査官と通謀したおとりであるAによって,暴力団幹部からこれを預かるように仕向けられたためで,被告人はAの誘発行為がなければ預かることさえしなかったのであり,かかるおとり捜査は,憲法,刑事訴訟法の諸規定に違反し重大な違法性があり,(2)本件現行犯逮捕の手続は,被告人に対する逮捕状がないのに警察官において逮捕状が出ている旨嘘を言って,被告人に対する職務質問,所持品検査などを行い,これに基づいてなされたものであって重大な違法がある,以上いずれにしても重大な違法性を帯びた手続により収集された本件けん銃等には証拠能力がないのであり,証拠能力を有しない証拠を事実認定の用に供した原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある,というのである。

第1違法なおとり捜査であるとの主張について

1 関係各証拠を総合すると,被告人が本件けん銃を所持し,ガンショップであるA方店舗にこれを持参して銃砲刀剣類所持等取締法違反の嫌疑で現行犯逮捕されるまでの経緯に関して,以下の各事実が認められる。

(1) けん銃について詳しい知織を有していた被告人は,かねて知人の暴力団幹部から「グロック19」というけん銃の修理を依頼されて,平成9年4月12日にこれを預かる予定であったところ,同月は都合により預かることができず,同年5月2日ころにこれを適合実包等とともに受け取ったこと

(2) 一方,Aは,早くから被告人が自己の店舗にけん銃を持ってくるとの情報を警察OBや自己の店舗を管轄する牛込警察署に提供しており,同年4月中旬ころから武蔵野警察署員がA方店舗に張り込むなどしていたこと

(3) 被告人は,(1)記載のとおり,本件けん銃等を預かった後の同年5月2日ないし4日ころ,A方店舗に電話をかけて,同人にけん銃の修理を依頼し,Aはこれを承諾するとともに,警察へ通報したこと

(4) 同月5日,被告人は,右の暴力団幹部から預かり当時同居していたB方で保管していた本件けん銃を持ってA方店舗に赴いたが,Aから右けん銃の製造番号プレートが欠けているのを補修するには接着剤が必要だと言われて,本件けん銃を置いたまま,接着剤を買うために同店舗から外に出たこと

(5) 被告人が店舗から出ると,Aはすぐに外で張り込んでいた警察官に携帯電話で,被告人がけん銃を持ってきたことを暗号で連絡したこと

以上の各事実を認めることができる。

2 これを踏まえて検討するに,Aは被告人がけん銃を持って自己の店舗に来ることについて警察に通報しているばかりでなく,右(2),(3)及び(5)の各事実に徹すれば,同人は単なる通報者に止まるものではなく,警察側と緊密な連絡を取りつつ,これに協力的な態度をとっているものと認められるのであるが,他方において認められる,暴力団幹部から修理を依頼されてけん銃を預かり所持することは,被告人がAに本件けん銃の修理に関する問い合わせの電話連絡をする以前から予定されていたものであること,右電話はA側から被告人にかけたものではなく,被告人が任意にAにかけたものであることなどに照らせば,Aの誘発行為がなければ被告人に本件けん銃等所持の犯意を生じなかったとは到底いえない。

所論は,被告人は,5月2日に暴力団幹部から本件けん銃等を預かる際,Aに電話をすると,同人から「一度持って来てみないと,修理できるかどうか分からない。」旨言われたために,本件けん銃とその適合実包25発等の入ったセカンドバッグを預からざるを得なくなった旨主張する。そして,被告人の供述(原審公判供述,平成9年5月25日付け司法警察員調書)中には,これに沿う部分が存するが,他方,原審証人Aは,この点について,「平成9年5月4日に電話で被告人から,明日けん銃を手入れして欲しいとの連絡を受け,翌日被告人が本件けん銃をA方店舗に持参したのであり,自分から被告人にけん銃を持ってくるように勧めたことはない。」との趣旨の証言をしており,両者の供述は,電話連絡のあった日,両者間のやりとりの内容等につき全く対立していて,Aが被告人にけん銃を店舗に持ってくるように勧めたか否かに関しては真偽不明といわざるを得ないのであるが,仮に,Aが所論主張のようなことを述べたとしても,けん銃の不具合ないし修理という事柄の性質からすれば,現物を持参しなければ修理の要否や可否を判断しにくいことは確かであるから,被告人からの修理に関する問い合わせに対して,Aがそのように言ったことの故をもってAが被告人にけん銃所持の犯意を新たに生じさせたことにはならず,いずれにしても所論は失当である。

第2現行犯逮捕に至る過程について

1 関係各証拠を総合すると,警察官らが被告人を現行犯逮捕する前後の状況に関しては,以下の各事実が認められる。

(1) C武蔵野警察署刑事課課長代理(以下「C課長代理」という。)を責任者とする合計9名の警察官は,被告人がけん銃を持ってA方店舗に来るかもしれないとのAからの事前の情報に基づき,平成9年5月5日午前11時ころから同店舗周辺で張り込みを行っていたが,被告人に対する逮捕状はなく,被告人のけん銃所持が確認できたときに現行犯逮捕する予定であったこと

(2) 同日午後3時ころ被告人が現われてA方店舗内に入り,午後3時55分ころ同店舗から出てきたので,店から少し離れた商店街の横断歩道上で,まずD警部補において被告人に,「警察の者だ。ちょっと聞きたいことがある。」と話しかけたところ,被告人が,「警察がなんの用ですか。切符でも出ているんですか。」と逮捕状の有無を尋ねたのに対し,D警部補は,逮捕状が出ている旨答えたこと

(3) そこで,被告人は,「分かりました。行きましょう。」と言って,同行に応じることにしたところ,D警部補は自分の右腕で被告人の左手をつかみ,下から巻き込むようにし,C課長代理,E巡査部長ほか1名が取り囲むようにしたまま被告人を数十メートル離れた駐車場に停めておいた捜査用車両まで同行したこと

(4) D警部補らは,右駐車場において着衣の上から被告人の所持品検査をしたが,けん銃が発見されなかったことから,被告人を捜査用車両の後部座席に乗車させた上,被告人が所持していた手提げバッグの中にけん銃が入っているかもしれないと考え,「中を見せてくれ。」と言ったところ,被告人は先に逮捕状を見せて欲しい旨要求し,これに対してD警部補が,「逮捕状は後で見せる。」と答えたため,被告人は手提げバッグのファスナーを開けて見せたが,中にけん銃はなかったこと

(5) そこで,D警部補が,「お前,何を置いてきたんだ。何を修理に出してきたんだ。」と追及したところ,被告人が,「分かっているなら取ってこい。グロックというけん銃だ。」と答えたので,C課長代理らがA方店舗に確認に向かい,ショーケース上に置かれていた本件けん銃につき,それが被告人の物だという確認をAからとった上,本件けん銃が磁石につくことを確かめ,これらに基づいてD警部補らは被告人を本件けん銃所持の現行犯人として逮捕したこと

(6) 被告人は,逮捕される際にも,逮捕状の呈示を重ねて要求したが,警察官らは警察署に行ってから見せるなどと答えたこと

2 以上認定の事実をもとに検討するに,D警部補らが職務質問に着手したのは,東京都新宿区内の繁華街の横断歩道上であり,しかも事前の情報等から被告人が真正けん銃を所持している疑いが強かったのであるから,所持品検査の必要性に問題はなく,更に,同所での所持品検査についても,その方法等に関しては格別問題はない。ただ,実際には逮捕状が出ていないのに,D警部補においてこれがある旨嘘を言い,更に,被告人からの逮捕状の呈示要求に対して,後で見せると述べて,いかにも逮捕状が発付されているように振る舞った点は,被告人が主張するように,警察官の要求などに対しては抵抗できないとの強い心理的な強制を及ぼすものであるから,事実上の強制にわたるものといわざるを得ず,これは原判決も指摘するように任意捜査の原則に照らして,違法評価を受けるべきものである。

そこで,進んで右捜査の違法性が,本件けん銃やその後の過程で収集された証拠の証拠能力に影響を与えるほどの重大なものであったかどうかについて検討するに,被告人のけん銃所持を現認したAは,被告人がけん銃を置いて同人方店舗を出た直後,付近で張り込んでいた警察官にその旨連絡をしており,D警部補らはその直後店舗から出てきた被告人に職務質問を行ったものであること,本件における被告人の嫌疑は真正けん銃の所持という重大な犯罪に係るものであったこと,職務質問の過程で被告人自身捜査官に対してけん銃の所持を自白したこと,職務質問に着手してからさしたる時間を経ないうちに,C課長代理らがA方店舗に行って,本件けん銃が被告人の所持していた物であることの確認を取り,この段階で現行犯逮捕の要件は満たされたことなどの諸事情に徴すれば,右に指摘した違法は軽微ならざるものではあるものの,本件現行犯逮捕に引き続く捜査過程で収集された証拠の証拠能力の否定にまでつながるものではないというべきである。

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