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東京高等裁判所 平成11年(う)259号 判決 1999年4月20日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における末決勾留日数中七〇日を原判決の刑に算入する。

理由

一  本件控訴の趣意は、弁護人岡田英夫作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する(ただし、同控訴趣意書のうち二頁の「なお」以下の一段落を除く。)。

二  控訴趣意一(事実誤認、法令適用の誤りの主張)について

1  所論は、要するに、次のようなものである。すなわち、原判決は、「罪となるべき事実」の項において、被告人が、共犯者三名と共謀の上、毒物又は劇物の製造及び販売業の登録を受けず、かつ、法定の除外事由がないのに、業として、販売の目的で、平成一〇年七月二二日ころから同月二五日ころまでの間、東京都杉並区内の都営アパートの一室において、劇物であるトルエン約一〇〇リットルをドリンク瓶一〇〇〇本(一本約一〇〇ミリリットル入り)に詰め替え、小分けして製造したとの事実を認定した上、右小分けが毒物及び劇物取締法三条一項にいう劇物の「製造」に当たるとして、同法上の無登録劇物製造業の罪の成立を認めているが、小分けは、社会通念上も法解釈上も製造に当たらないというべきである。したがって、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実認定及び法令適用の誤りがあるというのである。

2  そこで検討するに、原審で取り調べた関係各証拠によれば、原判示のとおり、被告人が、共犯者三名と共謀の上、約一六リットル入りの缶に入った劇物であるトルエンを約一〇〇ミリリットル入りのドリンク瓶に詰め替えて、密売に適する形態に小分けしたことが認められる。そして、薬事法一二条一項は医薬品等の「製造」に「小分け」が含まれる旨、また、覚せい剤取締法二条二項は覚せい剤の「製造」に小分けと同趣旨の「分割して容器に収めること」が含まれる旨それぞれ明文をもって規定し、さらに平成三年法律第九三号による改正前の覚せい剤取締法二条二項については、右のような明文の規定がなかったが、覚せい剤の「製造」に「小分け」も含まれると解されていたのである(最一小決昭和二八年一〇月二二日・刑集七巻一〇号一九五二頁参照)。しかも、毒物及び劇物取締法三条一項及びその罰則規定である二四条一号は、業としてする毒物又は劇物の製造を禁ずることにより、それらの害毒が社会に広く拡散することを防止しようとするものと解されるところ、毒物又は劇物の小分けは、これらを流通に適する形態に変えることによって、その害毒が社会に拡散する危険を増大させるものであり、とりわけ、本件のようなトルエンの小分けは、その密売を助長して、その乱用の危険を飛躍的に増大させるものであるから、これらを禁じなければ、右各規定の趣旨を全うできないことは明らかである。加えて、毒物及び劇物取締法施行令三六条の四第一項一号は、製剤の製造に製剤の小分けが含まれる旨規定し、また、同号及び同令三六条の五第一項は、原体の小分けのみを行う製造業者について定めていて、同法にいう「製造」には「小分け」も含まれることを前提としていることが窺われるのである。以上のような関係法令及びその解釈、同法二四条一号、三条一項の趣旨、トルエンの小分けによる法益侵害の危険性等の諸事情に照らすと、毒物又は劇物の小分けは同法三条一項にいう「製造」に当たると解するのが相当であって、これと同旨の原判決の判断は正当である。

3  そうすると、原判決には、所論のような事実認定及び法令適用の誤りはないから、論旨は理由がない。

三  控訴趣意二(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、被告人を懲役一年八月に処するとともに、算入した未決勾留日数が七五日にとどまった原判決の量刑は重過ぎて不当であるというのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を合わせて検討することとする。

本件は、被告人が、知り合いの暴力団幹部及びその知人二名と共謀の上、業として、販売の目的で、劇物であるトルエン約一〇〇リットルをドリンク瓶一〇〇〇本に詰め替え小分けして製造し、右トルエンと共に小分け前のトルエン約四八リットルを隠匿して貯蔵したという事案であり、被告人らが製造し貯蔵したトルエンはいずれも多量である。被告人らは、右暴力団幹部の指揮の下、繰り返し、塗料販売業者からトルエンを、ディスカウントショップからドリンク剤を多量に購入しては本件と同様の小分けを行い、その都度、密売関係者に卸しては多額の不法の利益を得ていて、本件は、その一環をなすものである。しかも、これらのトルエンの卸し先が暴力団関係者であることが窺われることも考慮すると、極めて悪質な犯行というべきである。

被告人は、無為徒食の生活を送るうち、遊興費や生活費欲しさから、右暴力団幹部の誘いに安易に応じて、本件犯行の約一か月半前ころから、同人から指示されるままに、レンタカーを借り受けて自ら運転し、同人が仕入れた多量のトルエンやドリンク剤を別の共犯者の自宅に持ち込んだ上、共犯者らと共にトルエンの小分けを行っていた者であり、右暴力団幹部から受けていた報酬が、小分け等のみを担当していた他の共犯者よりも多額であったことも考慮すると、被告人は、本件において重要かつ不可欠な役割を果たしていたものと認められ、その刑事責任は、右暴力団幹部に次ぐものがあるというべきである。加えて、被告人には、原判示の累犯前科のほか、昭和六一年九月に恐喝罪、昭和六二年二月に恐喝、同未遂の各罪により各懲役刑に処せられ(いずれも執行猶予付きであったが、後に取り消されている。)、また、昭和六一年六月には毒物及び劇物取締法違反(トルエン吸入目的所持)の罪により罰金刑に処された各前科がある。

以上によると、本件の犯情はよくなく、被告人の刑事責任は決して軽いものではない。

そうすると、被告人は、共犯者である暴力団幹部の指示により行動した者であって、本件の主犯ではないこと、被告人が、捜査段階から、反省の態度を示し、二度と犯罪には関与せず、本件後に婚姻した女性と共に人生をやり直したいと述べていること、その女性が原審公判廷に出廷し、被告人の更生に協力すると述べていることその他、所論指摘のような被告人のために酌むべき有利な諸事情を十分に考慮し、併せて共犯者らに対する量刑との均衡を考慮しても、被告人を懲役一年八月に処した原判決の量刑は、やむを得ないものであって、これが重過ぎて不当であるとはいえない。また、原判決による未決勾留日数の算入も裁量の範囲内のものであって、量刑上不当とすべき点はない。論旨は理由がない。

四  よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して、当審における未決勾留日数中七〇日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項ただし書を適用して、被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河辺義正 裁判官 中谷雄二郎 裁判官 高橋 徹)

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