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東京高等裁判所 平成11年(う)892号 判決 2000年2月18日

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

原審における未決勾留日数中一七〇日を右刑に算入する。

本件公訴事実中不動産侵奪の点については、被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人角田伸一作成名義の控訴趣意書及び同補充書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官渋谷勇治作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する(なお、弁護人は、控訴趣意書第一の一は陳述せず、同補充書一の3の主張(刑訴法三一七条違反)及び同補充書二の4、5の主張(刑訴法三七八条三号違反)は撤回する旨述べた。)。

第一  事実誤認の主張(恐喝罪関係)について

論旨は、要するに、原判決は、原判示第二の事実につき、被告人はAと共謀の上、甲野党同志会又は同会会員から金員を喝取しようと企て、同会常任理事Bを脅迫して、Aにおいて二回にわたり現金合計八〇〇万円を喝取したとの事実を認定して有罪としたが、被告人には右犯行についての動機がなく、またAとの共謀も存在せず、更に、被告独自の金員要求行為もないのであるから、被告人につき恐喝罪が成立する余地はなく、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査して検討するに、原判決がその挙示する関係証拠によって原判示第二の事実を認定し、「事実認定の補足説明」第二においてその理由を説示しているところは、すべて正当として是認することができ、その他の証拠及び当審における事実取調べの結果を合わせて検討しても、原判決の右認定に所論指摘のような誤認があるとは認められない。所論に即し、若干補足して説明する。

所論は、原判決は、被告人が本件恐喝を企図した動機として、所属する暴力団の会費を滞納し、支払を督促されていたことを挙げるが、本件の発端は読売新聞社に対する街頭宣伝活動であるところ、本当に被告人がそのような窮状にあったとすれば、街宣をかけたからといって現金を出すはずのない読売新聞社を街宣対象に選ぶことはあり得ないのであって、暴力団からの督促があり、それが本件恐喝事件の動機になったとは考え難いと主張する。しかし、関係証拠によれば、当時被告人が、所属する暴力団の会費を滞納していた事実を認定でき、かつ、原判決は、右事実を本件恐喝の直接の動機として認定しているのではなく、当時被告人が金銭に窮していたことの一つの例示として評価しているのであって、このことが一般的に財産犯たる本件犯行の動機足り得ることは当然である。また、所論のうち、恐喝の犯意があったとすると、金員を出すはずのない読売新聞社に街宣をかけるのは不自然であるなどとする点については、読売新聞社に対する街宣は事件の発端にすぎず、それに関連してCが現れて被告人と接触するなどする中で本件恐喝事件に発展していたものであるから、街宣を受けたからといって読売新聞社が金員を出すはずがないなどとして被告人の動機形成を争う所論は理由がなく、いずれにしても所論は採用の限りでない。

次に所論は、被告人とAとの共謀の存在を争い、原判決が右共謀を認定する上で依拠した証拠のうち、Dの検察官調書(原審甲65証)については、(1)同人は原審公判証言で、自らが助かりたくて捜査官に嘘の供述をしてしまった旨述べているところ、同人は被告人が不動産侵奪罪の容疑で逮捕された平成九年七月の数か月後に毒物及び劇物取締法違反で逮捕されたほか、少年時代にも複数の同種前歴を有するなどシンナーに係る常習性が窺われ、本件の捜査段階にあっても恐喝の事実だけでなく、シンナーに関する追及も恐れて自分の取調べを早く終わらせたいとの気持から虚偽の供述をしたものである、また、(2)仮に、Dの捜査段階の供述どおり、被告人がCからの金銭呈示の話をAに告げたとすると、その話を持ち出した当の被告人が、本件犯行により八〇〇万円を喝取したAから一円の分け前も受け取っていないことは説明がつかないのであって、これらの事情にかんがみればDの検察官調書には全く信用性がないと主張する。

しかしながら、(1)の点については、Dの検察官調書における供述内容は、Cからの金銭呈示に関してなされた被告人とAとの具体的な会話の状況やAの被告人に対する指示状況等に係るものであり、しかもそれは関係証拠とも矛盾なく符合していること、推測にわたる部分はその旨断って供述していることなどに照らせば、それ自体高い信用性が認められるものである上、Dは被告人の実の息子であるばかりでなく、右翼活動に関してはいわゆる絶対服従の関係にあったこと、取調べを受けた当時既に二二歳になっていたこと、更に、Aとも子供のころから面識があり同人にかわいがられていたことなどを考慮すると、さして重くない罰則の定めしかない毒物及び劇物取締法違反で追及されることを恐れて自分への取調べを早く終了させたいとの気持から、被告人とAとの間の恐喝に関する共謀等の重大な事項について、捜査官に迎合するなどして虚偽の供述をしたというのは、経験則に照らしても容易に考え難いところである。また、(2)の点についても、被告人は「乙山曽」の設立に際してAの世話を受けたことなどもあって、同人を師と仰いでいたこと、本件当時もAは被告人に対して指示、命令できる立場であったこと等の被告人とAとの関係のもとにおいては、Aが受領した金員を被告人に渡していなくても、格別不自然とはいえず、そのことをもって、Dの検察官調書の信用性が減殺されるものではない。以上いずれにしても、所論は採用の限りでない。

更に所論は、原判決は、原判示第二記載の赤坂プリンスホテル新館三階の喫茶店内において、Aと同席していた被告人が、甲野党同志会のB及びEに対して独自に金員要求行為をした旨認定しているが、そのような事実はないと主張する。

しかし、前述したとおり、被告人とAとの間に本件恐喝についての共謀が認められる以上、仮に、被告独自のBらに対する金員要求行為がなかったとしても、被告人につき恐喝罪が成立することは明らかであるばかりでなく、関係証拠によれば、原判決の右認定は相当であるから、所論は採用できない。

その他所論にかんがみ記録を精査検討しても、恐喝罪の成立を肯定した原判決の認定に所論指摘のような事実誤認は認められない。この点に関する論旨は理由がない。

第二  事実誤認の主張(不動産侵奪罪関係)について

一  論旨は、要するに、原判決は、原判示第一の事実に関して、被告人がFと共謀の上、平成八年一二月中旬ころ、東京都葛飾区東金町《番地略》及び同《番地略》所在の土地の一部(同《番地略》所在の土地については全部)合計約一一〇・七五平方メートルの空地(以下「本件土地」という。)上に簡易建物を建築し、引き続いて、そのころ、同建物の西端に接続して簡易建物を増築し(以下、増築分を合わせた簡易建物全体を「本件簡易建物」という。)、もって本件土地を侵奪したとして有罪の認定をしたが、(1)本件簡易建物は、基礎工事がなされていないため地面に固定されておらず、屋根や壁面の相当部分がビニールシー卜張りであるなど、不動産侵奪の手段足り得る性状を有していないから不動産侵奪罪には当たらない、また、(2)不動産侵奪に関する本件公訴事実は、平成八年一二月中旬ころに被告人らが本件簡易建物を建てたことをもって不動産侵奪罪に当たるとするものであるが、右建物の性状の詳細については同九年八月一日に実施された検証に基づく資料(同月一二日付け検証調書、原審甲10号証)しか存しないのであり、これをもって七か月以上も前の建物の性状を推認することはできないから、結局、本件公訴事実については立証がないことに帰するのであり、いずれにしても原判決の右認定には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を合わせて検討する。

二  関係証拠によれば、被告人らが本件簡易建物を作った経緯、同建物の構造等に関しては、以下の各事実が認められる。

1  本件土地は、東京都葛飾区所在の都立水元公園(平成八年六月一日時点で約六八・二ヘクタール)の予定地とするため民有地を買収した土地の一部であるが、同公園の中央付近に位置し、公園の金網フェンスと区道に囲まれた扁平な三角地状の平地で、面積は約一一〇・七五平方メートルである。

2  本件土地の用途は、有事の際の緊急用務等のほか、日常的には右土地に接して南側を通る区道の通行車両のすれ違い等の利用に供されていたところ、平成八年一〇月ころから、被告人らが本件土地上に中古電器製品等を置き、右土地を不法に占拠してリサイクルショップを営むようになり、風雨対策として商品の上にビニールシートをかけるなどしていた。

3  被告人は、平成八年一二月、商品の電器製品等が傷むのを防止するために風雨対策をより充実させたいと考え、Fと相談の上、簡易な建物を建てることとし、材料として廃材を調達し、被告人が面倒をみていたホームレスらを使って、本件簡易建物の建築に着手した(本件簡易建物が完成するまでの経過については、後に認定する。)。なお、基礎工事は行わずに、土台として地面に角材を置いただけで、その上に建造物を作る方法によっている。

4  本件簡易建物につき検証がなされた平成九年八月一日時点における同建物の性状は、建築面積が約六四・三平方メートル余りで本件土地の中央部分を占めているが、3記載のように土台として地中に埋設することなくそのまま地面に角材を置いた上、建物の隅及び要所に一四本の角材(長さ約三メートル)の柱が立てられ、屋根部分の桁、母屋に接合されているものである。土台、柱、屋根部分などの組立については、ほぞとほぞ穴ではめ込み固定する方法はとられておらず、土台の角材同士、土台の角材と柱とを、平板や三角状に切った木片を当てて釘打ちをして接続し、また柱と柱を平板を当てて釘打ちするなどしてつなぎ、屋根部分は多数の角材等を桁、母屋とし、その上に建築用ビニールシートをかけ、更にその上に平板を当てて柱等に固定するなどし、建物周囲はビニールシート、廃材の戸板、アコーディオンカーテン等で覆い、要所に板を当てて釘打ちするなどされているものであり、日中、リサイクルショップとして利用されるときには、道路に面した南側と東側及び西側のビニールシートを巻き上げて開放されるようになっている。また、公園の金網フェンスに接する部分は、針金、電気コード等で右フェンスに結びつけられている。

5  平成九年八月一日時点における本件簡易建物内部の状況は、ありあわせの木製ドア及びシートによって東西に区分されていたが、東側の床面積は約三七平方メートル、西側の床面積は約二七・三平方メートルで、区分されたいずれの側にも家庭電器製品や家具類の古物品が山積みされ、建物内には区道を隔てて向かい側にある「丙川コーポ」から電線を引いて蛍光灯が設置されていた。なお、本件土地のうち、本件簡易建物の敷地以外の部分にも家庭電器製品等が並べられていた。

6  被告人らが本件で亀有警察署に検挙された後の同年九月一一日、東京都において解体業者に依頼して本件簡易建物を撤去したが、その作業は六名の人員により大き目のハンマーなどを用いて約一時間で終了し、これに要した費用は二六万円余りであった。

三  所論は、本件簡易建物については、基礎工事はされておらず、柱も地中に埋まっていない上、容易に撤去できるものであって、半永久的、強固な建物ではないから、その建築によって本件土地に対する東京都の占有が侵害されたと評価することはできず、不動産侵奪罪の成立を認めることはできないと主張する。

本件において、被告人及びFらが本件簡易建物の建築に着手したのが平成八年一二月中旬ころであることは関係証拠により明らかであるものの、右建物がどのような経過で完成したのか、とりわけ西側部分の増築の時期がいつころなのかなどの点に関しては、これを直接証明する証拠が乏しく、必ずしも明らかでない。そこで、まず、亀有警察署による検証がなされた平成九年八月一日時点における本件簡易建物の性状等を前提にして、不動産侵奪罪の成否を検討する。

1  不動産侵奪罪にいう「侵奪」があったか否かについては、具体的事案に応じて、不動産の種類、占有侵奪の方法、態様、占有期間の長短、原状回復の難易、占有排除及び占有設定意思の強弱、相手方に与えた損害の有無などを総合的に判断し、社会通念に従って決定すべきである。

右の基準を踏まえて、前記二認定の各事実に照らして、被告人らが本件簡易建物を建てたことが本件土地の侵奪と評価し得るかどうかについて検討すると、本件簡易建物の構造は前記二、4認定のとおりで、建物としてのそれなりの構造がないわけではなく、被告人らがこのような建造物を作ったことによって、それまでの被告人らの本件土地に対する不法占有状態がより深まった面があることは確かである。しかしながら、本件簡易建物は本件土地のコンクリート部分や土部分の上に土台として角材を置いただけのものであって、基礎工事は全くなされていない(前記二、3)から、土地の定着物としての面が弱いことは否めない上、その構造についてみても、柱や屋根のほか一部に壁部分もあって一応風雨に耐え、直ちに倒壊するものではないとはいうものの、屋根や壁に相当する部分にビニールシートといった耐久性に劣る素材を使用し、また材料は基本的に無償で調達してきた廃材を使うなど本格建築とはほど遠いものである。特に、建物の組立につきほぞとほぞ穴とを使用するなどの強固な建造物を作るための基本的手法をとっておらず、土台の角材と柱、あるいは柱と柱との接合は板を用いて単に釘打ちをする方法でつなげているだけであり、この点でも建造物としては十分なものではないということができる。要するに、本件簡易建物は、壁らしき部分が一部にあるとはいえ、建物の強固さの観点からみれば、木枠があるだけの建造物にすぎないものといってよい。そして、前記二、6認定のとおり、本件簡易建物は、解体業者によって約一時間で取り壊されて殆ど跡形もなくなってしまったということも合わせ考えると、本件簡易建物を建てたことによる被告人らの本件土地に対する占有侵害の態様は必ずしも高度のものとは言い難いところがある。検察官は、本件簡易建物が風雨の強い二度の台風にあっても倒壊しなかったことを一つの根拠として、本件簡易建物が相当に強固な性状を有していると主張するが、本件簡易建物の壁に相当する部分は、北側部分を除いて殆どがビニールシート等の風によっても動く物で覆われていたのであるから、検察官の右主張は採用できない。

また、前記二、1認定のとおり、本件土地は広大な都立水元公園の敷地内に存し、しかも当時は東京都側の管理状況も比較的緩やかなものであり、このことは前記二、2認定のように本件簡易建物の建築前に被告人らが本件土地の占有を始めてからも、東京都側は強い警告をしなかったことからも窺われる(被告人らに注意を与えた水元公園管理事務所管理係職員Gは、当時は都有地である本件土地につき、区有地である区道との境がどこであるか、厳密には分からなかったとの認識を原審公判廷で述べている。)のであって、この点は前述した不動産侵奪と評価し得るか否かの判断基準である占有排除及び占有設定意思の強弱、相手方に与えた損害の有無の要件の検討に際して、一定の考慮をすべきものである。次に、本件簡易建物の用途ないし使用状況に関してみると、これは人が生活するための設備等は一切ないこと(前記二、5)が示すように、建物の構造上も被告人らの主観面においても、人が居住する目的はなく、専ら風雨で電器製品等が傷むのを防止するためということであって、この点も原状回復の難易や被告人側の占有設定意思の強弱という観点からは、これを弱める方向で評価すべきものというべきである。

更に、東京都の職員らは、平成八年一〇月ころから被告人らが本件土地上に中古の電器製品等を置いて同土地を不法に占有するようになって以降、時折、注意を与えていたのであるが、関係証拠によれば、その警告の内容は本件簡易建物建築の前後を通じて本件土地を明け渡すようにとの趣旨でなされており、右建物建築後も「不動産侵奪」ということについて指摘することなく、従前と同様の対応をしていた事実も、本件簡易建物の建築により必ずしも被告人らの占有態様が質的に変化したものとまでは考えていなかったことも窺わせるものと評価することもできる。

以上に検討したところを総合すると、被告人らにおいて本件簡易建物(平成九年八月一日時点における性状のもの)を建てたことをもって、本件土地に対する東京都の占有を排除して被告人側の占有を設定した、すなわち不動産侵奪罪にいう「侵奪行為」があったと評価することには重大な疑問が残るものといわざるを得ない。

2  ところで、本件公訴事実は、平成八年一二月中旬ころに被告人らが本件簡易建物を建築したことをもって不動産侵奪罪に当たるとするものであるところ、前述したように亀有警察署により検証がなされた平成九年八月一日ころにおける本件簡易建物の形状等については明確な資料が存するものの、同八年一二月ころの本件簡易建物の形状を直接裏付ける証拠がないことは原判決が説示するとおりである。

この点について、検察官は、水元公園管理事務所の係員であったGの原審証言、同係長であったHの当審証言及び共犯者Fの供述等に依拠して、平成八年一二月ころの本件簡易建物の性状と検証時における同建物の性状とは本質的部分に変更はないものと推認できる旨主張する。これに対して、被告人は当審公判廷において、平成八年一二月中旬ころ本件簡易建物の建築に着手したときには、まず建物東側部分を作り、その後順次補強をしたり、西側部分を増築するなどして、最終的に同九年八月までに検証時のような形状の建物になったものである、西側部分の増築をした時期については細かく覚えてはいないが、平成八年一二月中ではなく、翌九年に入っていたことは間違いない、などとして、要するに、同八年一二月中旬における本件簡易建物の性状は検証時のそれと異なり、規模は小さく、構造面でもより強度の低いものであったとの趣旨を供述しているところ、捜査段階でも「本件簡易建物の西側部分を増築した時期は、東側の建築からかなり時間が経ってからだったような気がする。」旨述べていた(原審乙3号証)もので、この点についての供述は一貫したものであるとも評価し得るものである。

まず、当審証人Gは、「自分は、当時水元公園管理事務所管理係長として勤務していたが、平成八年一二月一〇日ころに本件土地上に建物が建てられているとの情報があり、その二、三日後現場を見に行った。同月一七日ころ、再度現場に行き、その二回目のときにポラロイドカメラで本件簡易建物につき二枚の写真を撮った。この写真撮影時の本件簡易建物と翌年の検証時のそれとはほぼ同一である。」旨証言する。そして、同人が撮影したという右写真(東京高等裁判所平成一一年押第二三〇号の13)は、問題となっている平成八年一二月中旬ころにおける本件簡易建物の性状に関して最も客観的な証拠であるといえるのであるが、同写真を子細に見分しても、枚数が二枚と限定されている上、本件簡易建物をかなり遠方から撮影したものであり、更に、撮影の角度の関係などもあって建物の西側増築部分があるか否かの点についてさえ、断定的な判断をすることができないものである(弁護人は、同写真には西側増築部分が写っていないと主張するが、一概に右主張を否定することができないようにも思われる。)。

また、Gの原審証言は、被告人らが平成八年一二月一〇日ころに本件簡易建物を作り始めたので、現場にいた被告人に注意をした、その建物は同月一四日には完成したが、それは平成九年八月の検証時における本件簡易建物と同様の状態であった旨供述するものであるが、右証言は、結論として建物の同一性を述べるものの、本件簡易建物建築の具体的な経過については殆ど触れるところがなく、しかも右に述べたように、この点に関するHの当審証言の信用性が十分でない上、Gの原審証言の証拠価値も同程度のものに止まるものと評価せざるを得ない。

なお、検察官の申請に基づいて当裁判所は、本件簡易建物の建築に関与して建築の経過をある程度知っているはずのFを取り調べたが、同人は、「リサイクルショップの商品が雨などで濡れないように被告人と相談の上、平成八年一二月一〇日ころだったと思うが、ホームレスらを使って本件簡易建物の建築を始めた。最初は、同建物の東側部分を作ったが、商品を収納しきれなかったことなどから、その後、西側部分を増築した。」ということは明言するものの、西側部分の増築がいつ頃完成したのかという点については、平成八年一二月中にできたと述べたり、同月中にはできておらず、完成したのは翌年に入ってからだったと思うと述べたりして、最終的には時期的なことについては自信を持って答えられないとの趣旨を述べているのであって、右証言をもって本件簡易建物の形状が同八年一二月中旬ころと翌九年八月一日時点とほぼ同一であると認めることは到底できないものである。

以上の次第であって、検察官の指摘する各供述を検討しても、これらはいずれも前記被告人の当審公判供述を排斥するに足りるものではなく、そうすると本件起訴の対象となっている平成八年一二月中旬ころの本件簡易建物が、検証時のそれと構造や性状の上で本質的部分において同一であるとの立証はないことに帰着し、当時の本件簡易建物の形状は検証時のそれよりも更に規模が小さく、あるいは構造が強固でないものであった可能性があるというべきであって、この点からも不動産侵奪罪の成立を認めるには証拠上合理的な疑いが残り、犯罪の証明が十分でないといわざるを得ない。

四  結論

以上によれば、原判決が、原判示第一の事実につき被告人においてFと共謀の上、本件簡易建物を建築することによって本件土地を侵奪した旨認定したのは、事実を誤認したものといわざるを得ず、右誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。この点で、論旨は理由がある。

第三  破棄自判

原判決は、原判示第一の罪と同第二の罪とを刑法四五条前段の併合罪の関係に立つものとして、一個の刑を言い渡しているので、量刑不当の論旨について判断するまでもなく、原判決中被告人に関する部分は全部について破棄を免れない。

そこで、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄した上、同法四〇条ただし書により、直ちに当裁判所において自判すべきものと認め、次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

原判示第二の事実と同一であるから、これを引用する。

(証拠の標目)《略》

(法令の適用)

被告人の原判示第二の所為は、刑法六〇条、二四九条一項に該当するので、その所定刑期の範囲内で、被告人を懲役二年に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一七〇日を右刑に算入し、原審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項ただし書を適用して、被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件には、被告人が、Aと共謀の上、平成九年六月初めころから同月二一日ころまでの間、甲野党同志会を誹謗中傷する内容の街頭宣伝活動を右同志会本部周辺で繰り返し、その信用失墜を恐れる被害者の気持につけ込んで、街頭宣伝活動にからめて金八〇〇万円もの現金を喝取したそれ自体重大な事案である。その犯行態様は、被告人において主として街宣活動を行い、共犯者Aにおいて甲野党同志会関係者を脅迫するなど、相互に役割を分担し、連携を取りながら犯行を実行しているのであって、計画的で、執拗かつ悪質なものである。動機に酌むべき点がないのはもちろんであるし、被害者が八〇〇万円もの財産的被害を被ったばかりでなく、所属する団体にいわれなき誹謗中傷を加えられた被害者を始めとする同志会関係者の精神的苦痛も大きかったことは明らかであり、関係者の処罰感情に厳しいものがあるのは当然である。そして、被告人は、前科八犯を有するが、平成八年七月には覚せい剤取締法違反の罪で懲役一年六月、三年間執行猶予に処せられたにもかかわらず、右猶予期間内に本件犯行に及んでおり、規範意識が欠けすぎているというべきであるし、犯行後の情状についてみても、被害者側に対し全く慰謝の措置を講じないばかりか、不自然な弁解を繰り返すなど反省の様子が認められない。以上によれば被告人の刑責には重いものがあるというべきであるが、他方において、被告人は本件犯行によって得た金員を全く受け取っていないようであることなど被告人に有利な事情も存するので、以上を総合考慮して、主文掲記の刑を量定した。

(一部無罪の理由)

前記第二に記載のとおり、平成九年八月二〇日付け起訴状記載の公訴事実(原判示第一の事実と同一である。)については、犯罪の証明がないことに帰するから、刑訴法三三六条後段により被告人に対し無罪の言渡しをすべきものである。

よって、主文のとおり判決する。

(検察官 渋谷勇治 公判出席)

(裁判長裁判官 仁田陸郎 裁判官 下山保男 裁判官 角田正紀)

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