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東京高等裁判所 平成11年(ウ)145号 決定

主文

一  控訴人兼被控訴人(第一審被告)国は左記の文章を当裁判所に提出せよ。

一橋出版株式会社が平成三年一〇月一八日付けで文部大臣に対し検定申請した高等学校公民科現代社会教科用図書「新高校現代社会」の原稿(受理番号三-一三六)(以下「本件申請図書」という。)中の「テーマ[6]現在のマスコミと私たち」及び「テーマ[8]アジアの中の日本」の部分(以下「本件部分」という。)の検定に当たり作成された次の各文書。

1  文部省教科用図書検定調査審議会教科用図書検定調査分科会第二部会及び同現代社会小委員会の審議の結果を記載した書面のうち本件申請図書中の本件部分に関する部分。

2  文部省教科用図書検定調査審議会(又は同検定調査審議会長)が文部大臣に提出した本件申請図書に対する検定意見についての答申書又は報告書のうち本件部分に関する部分。

二  本件文書提出命令申立のうち、右により提出を命じた文書以外の文書の提出命令を求める申立てを却下する。

理由

控訴人兼被控訴人(第一審原告)(以下「一審原告」という。)は、別紙「文書提出命令の申立」書(省略)記載のとおり、別紙文書目録記載一ないし六の文書(以下「本件文書」という。また右文書目録一の文書は「本件文書一」という。)の提出命令を求めた。

一  本案訴訟と原判決

教科書出版社である一橋出版株式会社(以下「一橋出版」という。)は、平成五年度から使用することを予定して、文部大臣に対し、高等学校公民科現代社会教科書「新高校現代社会」の原稿本を申請図書として、教科書検定申請をしたところ、文部省の担当教科書調査官から一橋出版の担当者に対して、平成四年一〇月一日、本件申請図書のうち一審原告が執筆した「テーマ[6]現在のマスコミと私たち」及び「テーマ[8]アジアの中の日本」に対する複数の検定意見(以下「本件検定意見」という。)が通知された。一審原告は、この教科書検定制度そのものが憲法に違反すること、及び制度が違憲でないとしても、その運用方法や検定手続が違憲又は違法であること、更には本件検定意見の通知とその内容が違法であると主張し、この違憲違法な検定制度に基づく違憲違法な検定処分としての違法な本件検定意見の通知によって、本件部分の執筆完成を断念させられたことを理由に、国家賠償法一条に基づき、公務員の不法行為による損害賠償として、控訴人兼被控訴人(第一審被告)国(以下「一審被告」という。)に対して金一〇〇万円の慰謝料の支払いを求めた。

原審である横浜地方裁判所は、平成一〇年四月二二日言い渡した判決により、一審被告に対して金二〇万円を支払うよう命じたが、その余の一審原告の請求を棄却した。原判決は、教科書検定制度とその運用としての本件の検定処分は違憲でも違法でもないが、本件の一〇個の検定意見のうち二個の検定意見は違法であったと認定し、原告の請求を一部認容し残部を棄却したので、当事者双方が控訴した。その控訴事件が本件の本案訴訟事件である。

二  先行文書提出命令申立事件

一審原告は、原審裁判所において、本件文書と同じ文書の提出命令申立てをなし(以下この申立事件を「前件」という。)、それを受けて原審裁判所は、平成七年三月二九日、一審被告に対して、本件文書六のうちの本件部分の検定意見を示す部分の提出を命じたが、本件文書一ないし五の提出を求める申立てを却下する決定をしたので(以下この決定を「前件地裁決定」という。)、一審被告は即時抗告をした。当時の東京高等裁判所第四民事部は、同年一〇月三日、この抗告を容れて、右文書提出命令を取り消して一審原告の申立てを却下したので(以下この決定を「前件高裁決定」という。)、一審原告が特別抗告の申立てをしたが、最高裁判所は、平成八年一月一九日、特別抗告却下決定をした。

前件高裁決定の理由は、本件文書六は、もっぱら行政庁の内部で使用するための内部文書であるところ、そのような文書は、解釈上、旧民事訴訟法(以下「旧民訴法」という。)三一二条三号後段の「挙証者卜文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書には当たらないから、所持者の意思に反して提出を強制することはできない、というものであった。

なお前件地裁決定が本件文書一ないし五の文書提出命令申立てを却下した理由も、前件高裁決定の理由と同様に、それらの文書が行政庁の内部で使用するための内部文書に当たると判断したためであった。

本件で提出を求められている文書も、この前件提出命令申立ての対象とされたものと全く同じ文書である。

三  本件申立理由と一審被告の主張

一審原告による本件文書提出命令申立ての理由は、本件文書は、いずれも平成一〇年一月一日から施行された現行民事訴訟法(以下「新民訴法」という。)二二〇条三号後段の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された」文書であるが、これらの文書は、本件の検定意見の内容と趣旨が一審原告主張のとおりであることを立証するために必要であるので、その提出を求めるというものである。

一審被告は、次の理由により、本件申立ては却下されるべきであると主張した。

1  本件申立ては前件地裁決定及び前件高裁決定の既判力に抵触する。実体的権利関係について終局的に判断する決定には、判決と同様に既判力があるが(既判力とは明言しないが、補助参加申立却下決定確定後の同じ理由に基づく再度の補助参加の申立ては許されないとした最高裁昭和五八年六月二五日決定、及び訴訟救助申立却下決定の「確定」を理由に再度の申立てを失当とした東京高裁昭和五六年一二月二四日決定参照)、前件地裁決定及び前件高裁決定は、文書提出義務という実体的義務がないことを終局的に判断したものであって、この決定は確定した。

2  旧民訴法三一二条三号後段と新民訴法二二〇条三号後段の文言は同一であるから、自己使用のための内部文書はいわゆる「法律関係文書」に含まれず、提出命令の対象とされないとの旧民訴法の解釈は、新民訴法になってもなお維持されるべきであり、本件文書は、この自己使用のための内部文書に当たるから、所持者(文部大臣)の意に反して提出を命ずることはできない。

四  教科書検定手続の仕組み

本件文書提出命令についての判断に先立ち、教科書検定手続を概観すると次のとおりである。

高等学校においては、文部大臣の検定を経た教科用図書又は文部省が著作の名義を有する教科書を使用しなければならないものとされており(学校教育法五一条、二一条一項)、その検定手続は、教科用図書検定調査審議会令(昭和二五年五月一九日政令一四〇号)、教科用図書検定規則(平成元年四月四日文部省令二〇号)及び教科用図書検定規則実施細則(同一〇月一七日文部大臣裁定)によっている。原判決が認定した検定手続の実際はおおよそ次のとおりである。

文部大臣は、検定申請のあった図書が教科書として適切かどうかを教科用図書検定調査審議会(以下「検定審議会」という。)に諮問する。検定審議会は、まず複数の調査員に申請図書を調査させるが、複数の担当教科書調査官の調査も併行して行なわれる。調査員と教科書調査官の調査結果は、検定審議会第二部会現代社会小委員会に報告され、まずこの小委員会で審議されて、審議結果は第二部会に報告され、同部会が審議して議決するが、この議決が教科用図書検定調査分科会の議決とされ、この分科会の議決が検定審議会の議決とされる。この議決に基づき検定審議会は文部大臣に対して答申する。文部大臣は、この答申に基づいて、検定の決定又は決定審査不合格の決定をして申請者に通知する。しかし検定審議会は、合否の決定を留保しつつ、必要な修正をさせた上で再審査をするのが適当であると認めたときは、文部大臣にその旨報告し、文部大臣はこれを検定意見として申請者に通知する。検定意見の通知を受けた申請者が、所定の期間内に検定意見に従った修正を施した上でその旨の書面を提出すると、検定審議会の再度の審議を経て答申がなされ、その答申に基づき検定又は不合格の決定が通知される。

右の検定意見の通知は、担当の教科書調査官からの口頭によってなされる扱いであり、本件でも口頭による通知がなされたために、果たして特定の記載事項につき検定意見の通知があったかなかったか、通知された検定意見の内容は何であったか、どこまでが担当教科書調査官の個人的感想にすぎないのかが争われることになったものである。

なお検定審議会委員(一二〇人以内、非常勤)は、文部大臣が広く各方面から推薦を受けたものの中から任命するが、教育について識見と経験を有する教職員が適切に配慮して人選すべきものとされており、調査員は、各都道府県教育委員会や大学等の長の推薦を受けて、大学教授等の専門学識者又は経験豊で見識の優れた学校の教員等から文部大臣が毎年数百人を任命している。教科書調査官は、文部省初等中等教育局に属して、検定申請のあった教科用図書の調査に当たる高度の専門知識を有する常勤職員であって、平成四年当時その総数は四七名(内地理歴史公民科一四名)であった。

五  判断

当裁判所は、おおよその教科書検定手続が前項記載のとおりであることを参酌しつつ、次の理由により本件文書全部の提出を求める申立ての内、本件文書五及び六のうち本件部分(本件訴訟の対象とされているのは、本件申請図書のうちテーマ[6]とテーマ[8]に関する部分だけである。)の提出を求める部分は理由があると判断した。なお本件検定意見の内容を特定するには、本件文書五及び六を以て足りるものと推定されるので、本件文書一ないし四の提出命令はその必要性がないものと判断した。

1  別紙「通知された検定意見の内容についての当事者双方の主張と原判決の認定」(省略)記載のとおり、本案訴訟事件において、本件検定意見の内容が争われており、その内容の特定は本件検定意見の違法性の有無を判断するための前提として不可欠であるが、本件文書五及び六は、その認定のための有力な証拠と推認される(本件検定意見の内容を証する書証は、本案訴訟において甲第三号証の四として提出された別紙「指摘事項一覧表」(省略)(本件検定意見の口頭による告知にあたり交付されたもの)と教科書調査官のメモ(甲三の九)だけであり、これと関係者の供述証拠だけでは、本件検定意見の内容を特定するのは極めて困難である。)。

2 文書提出命令申立却下決定は、当事者間における特定文書の交付閲覧謄写等の「実体法」上の権利義務の存否を判断するものではないが、一般に当事者双方の文書提出義務についての意見も聴取した上で、「訴訟法」上の文書提出義務の有無を終局的に判断するものであるから、既判力又はこれに準ずる効力があると解する余地がある(証拠調べの必要性がないことを理由とするものを除く。)。しかし、前件各決定は、旧民訴法に基づく文書提出義務の存否を確定したものであるが、現に進行中の当裁判所における本案訴訟事件(控訴事件)の手続については、平成一〇年一月一日から施行された新民訴法が適用されるところ、新民訴法に基づく文書提出命令義務の有無については、未だ終局的な決定はなされていない。よって前件地裁決定及び前件高裁決定に既判力又はこれに類する効力があるとしても、それによって本件申立てが妨げられるものではない。

3 前件地裁決定は、本件文書一ないし五につき、また前件高裁決定は本件文書六について、いずれもこれらの文書は行政庁の内部で使用する内部文書であって、旧民訴法三一二条三号後段の文書には当たらないと判断した。前件高裁決定の理由中の記載によれば、「……本件文書部分(本件文書六)は、検定の過程において、文部省内に設置された官職又は機関によって、その職務又は所管事務の範囲内において公文書として作成されたものの一つであって、単に職務上の便宜や備忘のために任意に作成されたものではないというべきであるが、その一方で、これを作成する根拠となる明文の法令は見当たらない。また本件文書は、検定審議会が文部大臣に、審議の結果を報告するために作成されるものであり、外部に公表し、あるいは対外的に利用されることを予定しているものとはいえない。文部大臣が審議会の報告に基づき、申請者に検定意見を通知する場合、(教科書)調査官は、本件文書部分に基づき検定意見を告知していると推認されるが、その場合にも、申請者には「指摘事項一覧表」が交付されるのみで、検定意見は口頭でなされることになっており、本件文書部分を交付することはない。以上のような本件文書部分の作成過程、形式及び文書の性質等を勘案すれば、本件文書部分は、もっぱら行政庁の内部で使用する内部文書であるとされた。

4 前件高裁決定は、旧民訴法の下での文書提出命令の申立てに対して、本件文書六に関して、前記のとおり解釈したのであったが、この解釈は、次に示すとおり、新民訴法の下での解釈としては維持されるべきものではないと解する。すなわち、新民訴法二二〇条は、旧民訴法三一二条の柱書及び一号ないし三号の規定をそのまま現代語化したものに加えて、四号を新設して「公務員又は公務員であった者がその職務に関し保管し又は所持する文書」(以下「公文書」という。)を除く文書について一定の提出拒絶事由がある場合を除き提出義務を一般義務化し、提出されるべき文書の拡大を図った。公文書については新民訴法と旧民訴法とは規定上の変化はなく、したがって、旧民訴法下における公文書の提出義務の範囲と新民訴法下における公文書の提出義務の範囲は同一であるとの解釈も、文理上は十分成り立ちうるものではある。

しかしながら、旧民訴法から新民訴法への改正に当たって国会に提出された政府原案は、公文書についても、その提出義務を一般義務化し、ただ「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出について当該監督庁(衆議院又は参議院の議員の職務上の秘密に関する文書についてはその院、内閣総理大臣その他の国務大臣の職務上の秘密に関する文書については内閣)が承認をしないもの」について提出義務を免れるものとして新民訴法二二〇条の四号のイないしハと並べて掲げていたところ、国会審議等において、このような規定は情報公開の流れに逆行し、行政庁のいわゆる情報隠しを助長することになる等の批判がなされたため、「……(公)文書を対象とする文書提出命令の制度については、行政機関の保有する情報を公開するための制度に関して行われている検討と並行して、総合的な検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を、……新法の公布後二年を目処として講ずるもの」(附則二七条)とされた結果、四号による提出義務の対象文書から公文書が除外されたものであることは、公知の事実である。このように、公文書が四号の文書から除外されたのは、公務上の秘密に関する文書の取扱いが問題とされ、新民訴法の立法当時、立法準備作業中であった「情報公開法」(平成一一年五月一四日法律第四二号、二年以内に施行予定)と平仄を合わせた規定を追加するためにすぎず、公文書だけを旧民訴法下における提出義務の範囲内に止めるためであったものではない。

そして、新民訴法は、民事紛争が訴法を通じて公正かつ迅速に解決することを企図して裁判所や当事者の責務を定め(二条参照)、また、いわゆる現代型訴訟を中心とする証拠の偏在を解決するために証拠収集手続の拡充を図るための改正を行ったものであるから、公文書における提出義務の範囲、とりわけ本件で問題となっている新民訴法二二〇条三号に定める「法律関係文書」としての提出義務の範囲も、旧民訴法下における提出義務の範囲と同一であるとすることはできず、新民訴法の右の趣旨に則り、更に検討を加える必要があり、右法律関係文書から除外される「自己使用文書(内部文書)」の解釈も、より厳格に行うのが相当である。

5  以上の見地から、本件文書五及び六の提出義務の有無について検討する。

本件文書五及び六のうち本件部分に関する部分は、一審被告による一審原告に対する表現などの自由に対する制限という広い意味での挙証者たる一審原告と所持者たる国(文部省)との間の「法律関係について作成された文書」(新民訴法二二〇条三号)である。また、本件文書五及び六は、もっぱら文書の所持者が自己使用するための内部文書ではない。まず担当者の日記や備忘録とは異なり、もっぱら自己使用のための文書とはいえない。また検定審議会は、専門知識を有する者を含む中立で公正な学識経験者によって構成される文部大臣の諮問機関であって、教科用図書の検定の適正を期するための公的な機関であるが、本件文書五及び六は、文部大臣が教科用図書の検定の結論を出すに先だって、予め審議した結果を記載し、その審議結果を文部大臣に答申(報告)した内容を記載した文書であって、特に秘密にしなければならないものではないし、公開することによって何らかの不都合が生ずるとも考えられず、その審議内容を検証するために必要があるときは、一般に公開すべきものであるから、文部省の内部文書ということもできない。

また本件文書五及び六は、外部に公表することを目的として作成されたものではないが、本件検定意見を作成する過程において、文部大臣の諮問機関である検定審議会によって職務上作成された公文書であり、後日、検定意見の内容を検証することなどのために参照されてしかるべきものであるから、もっぱら文部省が内部で使用するための内部文書であるということはできない。

6  かくして本件文書五及び六は、新民訴法二二〇条三号文書に該当し、そのうち本件部分に関する部分は、本案訴訟の重要な争点である本件検定意見の内容を特定するための資料として、裁判上提出されるべきものである。しかし、右のための資料としては本件文書五及び六の内の右の部分で足りると推認されるので、本件文書五及び六のうち本件部分を除く部分、及び本件文書一ないし四の提出を求める必要性がないものと判断する(従って、本件文書一ないし四が新民訴法二二〇条三号の文書に該当するかどうかの判断は、その必要がないので留保する。)。

よって主文のとおり決定する(なお、主文掲記1及び2の文書は、本件文書五及び六とその表現が多少異なるが、前者が本件部分だけに限定する他は、両者は同じ文書を指すものである)。

(裁判長裁判官高木新二郎 裁判官河本誠之 裁判官白石哲)

別紙文書目録<省略>

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