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東京高等裁判所 平成11年(ネ)102号 判決 1999年10月19日

控訴人(被告)

京王自動車株式会社

右代表者代表取締役

山武宏

右訴訟代理人弁護士

石川清隆

被控訴人(原告)

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

平出晋一

主文

一  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

二  右取消部分に係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。

二(ママ) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

主文同旨及び仮執行免脱宣言

第二事案の概要

一  本件は、控訴人会社にタクシー乗務員として勤務していた被控訴人が、勤務中に他の乗務員との間で無線ルール違反の有無をめぐって口論となり、その営業車両のエンジンキーを抜き取り持ち去って乗務不能の状態としたこと等(以下「本件事件」又は「本件行為」という。)について、就業規則所定の懲戒事由に該当するとして控訴人がした懲戒解雇が無効であると主張し、控訴人の従業員の地位にあることの確認及び右地位にあることを前提とする懲戒解雇日以降の未払賃金(平成九年七月分は日割りで一六万四九一〇円、同年八月分以降は毎月四三万円)の支払を求めた事案である。

原審裁判所は、被控訴人の本件行為は就業規則所定の懲戒事由に該当するが、諸般の事情を考慮すると本件懲戒解雇は解雇権の濫用に当たり無効であるとして、被控訴人の地位確認請求を認容するとともに、賃金請求のうち、解雇直前三か月の平均給与日額に基づいて計算した金額(平成九年七月分は日割りで一二万六二二五円、同年八月分以降は毎月四二万六五九四円)につき判決確定までを限度として認容し、これを超える請求の部分を棄却した。

そこで、控訴人はこれを不服として本件控訴を提起し、本件懲戒解雇は解雇権の濫用に該当するものではなく有効であると主張し、原判決中、控訴人敗訴部分を取り消して、右取消部分に係る被控訴人の各請求を棄却するよう求めた。

二  前提となる事実並びに争点及び争点に関する当事者双方の主張は、次のように原判決について付加、訂正をするほか、原判決「事実及び理由」の第二「事案の概要」の二から四まで(原判決三頁六行目から一三頁八行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決に対する付加、訂正)

1  原判決四頁二行目の「組合支部」を「京王自動車労働組合(以下「組合」という。)の支部(本件の場合は府中営業所の支部)」に改める。

2  同六頁二行目の「七月七日付けで、」の次に「被控訴人の行為は、就業規則七条二項及び九条に違反するとし、同規則七八条一項に基づき、同規則七九条一項により」を加え、同四行目の「(証拠略)」を「(証拠略)」に改める。

3  同八頁五行目の「否定し」を「争い」に、「支払わない」を「支払っていない」に改め、同八行目の「懲戒権」を「解雇権」に改め、同八行目の次に改行して次の記載を加える。

「(一) 無線ルールの意義・内容等

(二) 金沢の無線ルール違反の有無

(三) 被控訴人の無線ルール違反の有無

(四) 被控訴人の行為の動機・態様・結果等

(五) 事後の対応の適否

(六) 被控訴人の過去歴等

(七) 他の処分との均衡」

4  原判決九頁末行から一三頁八行目までを次のように改める。

「2 解雇権の濫用の有無について

(一) 被控訴人の主張

(1) 無線ルールの意義・内容等

控訴人会社が組合支部との協議を経て決定した無線ルールは、無線センターからの呼び掛けを受けた時点で、目的地まで「五分以内かつ二キロメートル以内」にいる営業車は第一回の呼び掛けに応ずることができるが、その範囲を超える位置にいる営業車は、第二回の呼び掛けを待たなければならないというルールであり、組合のチラシで頻繁に広報されるなど、相当以前から実施されていたが、本件事件の前日及び前々日にも組合支部会で周知徹底されており、その内容は当時の乗務員の常識であった。特定の乗務員がこれを知らなかったとしても、それは単に当該乗務員の認識不足であるにすぎず、金沢は右の組合支部会に出席していたのであるから、当該ルールを知らなかったという抗弁は許されない。

無線ルールの遵守に関しては、各乗務員のモラルに委ねられる面があり、組合支部役員や班長が無線ルール違反があると判断した乗務員に対して口頭で注意するほか、乗務員が現場で相互に声を掛け合うことにより守られてきた。それは、乗務中には、会社が直接指導・監督を行うことはできないので、平素からの乗務員間の互助協調が利用者へのサービスを円滑に行う上で必要不可欠であり、乗務員がルール違反を行った場合、乗務員同士が現場で直ちに相互に注意し合う等により、後にうやむやになる事態を防ぐことができるからである。このように、控訴人から各乗務員に対し、各乗務員間で相互に指導・監督し合う必要最小限度の権限が当初から委ねられていたものというべきである。

(2) 金沢の無線ルール違反の有無

被控訴人は、タクシー乗務員として勤務中に、金沢が「五分以上かつ二キロメートル以上」の地点で第一回目の呼び掛けに応じて無線をとり、無線ルールに違反したところを現認したため、これを本人に注意したものである。金沢が無線を受けた駅から目的地の清水ヶ丘舎宅までは約二・五キロメートルであり、午後八時過ぎに制限速度内で行く場合には約七、八分はかかる場所である。仮に控訴人の主張するように駅構内ではなく駅付近で無線を受けたとしても、清水ヶ丘舎宅に行くためにはいったん駅構内を回らなければならないため、駅構内より遠い場所で無線を受けたことになり、違反の程度は更に重くなるものというべきである。

金沢が無線ルール違反をしたと被控訴人が判断したことについては、明らかに相当な理由があるものというべきである。

(3) 被控訴人の無線ルール違反の有無

また、柳寿司までの配車の点は本件懲戒処分の対象とされておらず、処分を決める際の参考にもされていなかった事実であり、本件懲戒解雇を正当化するための事実として考慮することはできない。

(4) 被控訴人の行為の動機・態様・結果等

ア 被控訴人の行為は、無線ルールに関する乗務員のモラルをただすため、具体的には金沢の無線ルール違反を戒めるために行われたものであり、各乗務員に認められた必要最小限度の指導・監督権限の行使であるから、実質的には就業規則七条二項及び同九条に該当しない。

イ 被控訴人が金沢の車両のエンジンキーを抜き取ったのは、同人に制裁を加えたり会社の財産権を侵害するためではなく、自分が戻ってくる間に金沢が現場から離れ去って、ルール違反がうやむやになることを避けようとしたにすぎない。

ウ 金沢が車両を運行できなかった時間は僅か二〇分程度であり、被控訴人の行為は突発的・偶発的なものにすぎない。

エ 現場は、本件事件が起きた時刻には、日常的に空車のタクシーが列をなしている状況であり、被控訴人の行為によって当時現場において公衆に甚大な被害を与えたという事実はない。

(5) 事後の対応の適否

ア 本件事件に関しては、当日の控訴人会社側の責任者である府中営業所主任の訴外猪嶋(以下「猪嶋主任」という。)が既に喧嘩両成敗の形で判断しており、同人の仲介の下に被控訴人と金沢との間で既に和解が成立し、解決済みである。

イ 被控訴人は、平成九年六月二六日に控訴人会社の府中営業所所長から始末書の提出を求められた際、組合の府中支部長に相談したい旨述べて了解を得ており、その後同年七月一日には控訴人会社に始末書を提出して受領されている。また、始末書の提出要求に応じなかった点は、本件懲戒解雇の対象行為とはされていない。

ウ 同年六月二八日に控訴人から出勤停止命令が発令された際、被控訴人は、府中営業所所長宛てに顛(ママ)末書を提出している。

エ 被控訴人は、今回の行為について深く反省している。

(6) 被控訴人の過去歴等

控訴人会社の府中営業所長は、陳述書(<証拠略>)において、被控訴人の過去歴は問題にしていないと明確に記載しており、当時も全く問題とされておらず、本件で問題とすべきではない。

(7) 他の処分との均衡

控訴人会社における過去の処分例を見ても、組合支部長による刃物を抜いての他の組合員に対する脅迫行為について全く処罰されていなかったり、窃盗や飲酒運転という重大な違法行為についても厳罰がされておらず、本件のような軽微な規律違反について懲戒解雇とした本件の処分は、均衡を失する。

また、無線ルールに違反した金沢に対しては、何の処分もされておらず、その点でも均衡を失している。

以上の諸事情に照らし、本件のような軽微な規律違反に対して懲戒解雇をもってのぞむことは、控訴人の有する合理的・客観的な裁量権の範囲を逸脱したものであり、解雇権の濫用に該当するものというべきであって、本件懲戒解雇は無効である。

(二) 控訴人の主張

(1) 無線ルールの意義・内容等

ア 無線ルールは、顧客をめぐる過当な競争や遠方からの時間のかかる配車を排除し、乗務員間の軋轢を回避するとともに利用者の利便及び交通の安全(過度のスピード違反や交通の危険発生の回避)を確保することを目的として、基本的なルールに加えて、各エリアごとに地域の特性を踏まえた別個のルールが制定されている。

その制定手続に関しては、府中営業所においては、従来、原案の取りまとめを委託された組合支部が原案を会社に示して協議し、修正が必要であれば修正し、営業所長がそれについて承認をすることによって無線ルールが作成されてきた。平成九年六月末からはこの方法を一部改め、最終的には各エリアで組合役員及び班長等が集まり原案を作成し、営業所長及び組合支部長の協議により成案を得て、決定されることになった。

しかしながら、無線ルールの遵守に関しては、事業者が直接指導監督することはできず、無線ルールを距離で表示した場合その距離の起点が必ずしも明確ではなく、時間により何分以内と定めても、時間帯や経路の取り方により所要時間にかなりの差異があるため、最終的には乗務員のモラルに委ねられる部分もある。そのため、違反ないし違反の疑義については、現場の班長や組合支部役員に不満ないし疑問として寄せられるものも多く、従来、多摩地区では、組合支部役員や班長が違反があると判断した乗務員に対しては口頭で注意することによって、大過なく運用されてきた。また、口頭での注意によっても改善されない場合には、勤務時に無線のマイクを取り外して営業させることにより反省を促す制裁が予定されているだけであるが、府中営業所では、従来、右の口頭の注意により円滑な運用がされており、右のような制裁を加えなければならないようなケースは過去数年間に一件もなかった。

イ 本件における府中エリアの無線ルールに関しては、本件事件直前の平成九年六月一九日及び二〇日に開催された組合支部会において、組合支部長は、無線ルールの内容について、一回目のコールは「五分以内・二キロメートル以内」と説明し、この支部会における確認事項として「一回目五分以内(二キロメートル)」との掲示がされた。しかしながら、同月下旬ころ、営業所長から、右の掲示では五分以内と二キロメートルとの関係が「又は」なのか「かつ」なのか不明であるとの指摘があり、組合支部役員及び班長の一部が話し合ったところ、右の掲示の意味は「五分以内かつ二キロメートル」を意味するとのことであったが、その趣旨は、金沢等を含む支部組合員に徹底されることはなく、同年八月一八日に表現を改めた掲示がされた際にも、修正された部分は「五分以内(二キロメートル以内)」というものであった。

そのため、同年九月に府中営業所長がタクシー業務に従事している乗務員から聴取した結果では、組合支部役員及び班長を除く多数の乗務員は、「五分以内又は二キロメートル」という理解をしており、本件事件後も、府中本町駅付近から清水ヶ丘舎宅までの配車について一回目の無線コールに応答する乗務員が多数いた。

ウ 以上のとおり、府中営業所における無線ルールに関しては、「五分以内かつ二キロメートル」という趣旨自体が乗務員間に十分に周知されておらず、組合支部会の翌日に改訂されたルールを直ちに規範として履行させることは不可能である。また、時間及び距離に関しては、絶対的に結果として五分以内又は二キロメートルを僅かでも超えてはならないというものではなく、ある程度判断の個人差等の幅を許容するものである。

(2) 金沢の無線ルール違反の有無

駅周辺から清水ヶ丘舎宅までの間は、道路事情や時間帯により所要時間に差異があるが、金沢が無線コールを受けた午後八時四〇分ころは五分以内で配車できる時間帯であり、必ずしも無線ルールから逸脱していない。したがって、金沢が無線ルールに違反したという認識自体が、被控訴人の誤解に基づくものである。

また、そもそも、前記(1)のとおり、金沢を含めた府中営業所の乗務員に対して、前記組合支部会の翌日に改訂されたルールを直ちに規範として履行させることは不可能である。

(3) 被控訴人の無線ルール違反の有無

本件事件の直前に、被控訴人は駅構内で柳寿司への配車について第一回の無線コールに応答しているが、駅構内から柳寿司までは二キロメートルを超えており、被控訴人がこの距離を時速九〇キロメートルを超える速度で走行して五分以内で到着したとしても、そのことは、交通危険惹起の可能性がある以上、無線ルールの趣旨・目的(過度のスピード違反や交通の危険発生の回避を含む。)に反しているものということができる。

(4) 被控訴人の行為の動機・態様・結果等

ア 本件事件発生後も、駅周辺から金沢と同様の無線コールを一回で応答した乗務員が多数いる中で、被控訴人が本件当日を含めてその後二度乗車しながら、他の乗務員に注意した形跡さえ全くないばかりか、自らは本件事件の直前に一般道を時速九〇キロメートルで走行するという無線ルール違反を犯しながら、金沢のみを標的として、単なる口論にとどまらず暴力行為を行い、更には二〇分余りの業務妨害を引き起こした動機は極めて悪質である。被控訴人が他の先輩や同僚の乗務員に対しては注意さえせず、後輩の金沢のみに対して執拗にこのような行為に及んだことは、同人の内気な性格に乗じたもと窺え、その動機は極めて不公正である。被控訴人は、単に私的な感情を暴発させ、無線ルールを私的憤怒に基づく制裁の口実としているにすぎない。被控訴人が直前に受けた仕事と比べ、金沢が受けた無線が長距離(いわゆる「ロング」)で乗務員に喜ばれる仕事であったことが、背景となっている。

イ 金沢が無線ルールに違反したという認識自体が被控訴人の誤解に基づくものであり、被控訴人は、他の乗務員のように班長や支部組合役員に注意を求めることなく、金沢に対して執拗に口論を吹っ掛け、同人の額を数回小突き、独断でエンジンキーを強引に抜き取り、二〇分余りにわたって同人の車両を公道上に違法駐車状態で放置して業務妨害を引き起こしたものである。その損害の程度は一乗務員にとどまらず、会社の事情聴取等のために訴外工藤(組合役員)及び訴外成田(班長)の両乗務員(以下「工藤乗務員」及び「成田乗務員」という。)も一時間余り業務を中断せざるを得ず、金沢もエンジンキーを抜かれてから七〇分余り稼働できていない。

タクシーの乗務員は乗務中に会社が直接指導・監督を行うことができないものであるから、平素から乗務員間の互助協調が、利用者へのサービスを円滑に行う上で必要不可欠であるにもかかわらず、被控訴人は、本来乗務員間の調和を図るべき無線ルールを濫用して自己の行為を正当化しているにすぎない。

ウ 会社は、乗務員一人に一台のタクシー車両を貸与し、営業を委託しているものであり、他のタクシー車両の運行まで委託しているものではない。したがって、一乗務員が会社から営業の委託を受けた他の乗務員の会社財産であるタクシー車両の鍵を強奪して持ち去り、営業妨害を行った行為は、会社秩序を紊乱する重大な事件であり、これを許容することはできない。乗務員がタクシーのエンジンキーを勝手に持ち去り、会社の管理権を侵害する行為は、労働争議の手段としてでさえ違法性を阻却するものではない。

エ 金沢の車両がエンジンキーを抜き取られた場所は公道の片側車線上であり、当該車両は違法駐車となって他の車両の通行を妨害し、同業他社の乗務員から不評をかうとともに、駅構内に待機していた同業他社の従業員からは同じ会社の乗務員同士何をしているのかという衆目を集めた。

(5) 事後の対応の適否

ア 被控訴人と金沢との間には私的な和解すら成立しておらず、そもそも業務阻害が私的な和解によって免責されるものではない。

本件事件直後、両者は感情的に対立し、被控訴人は金沢に一方的にまくしたてており、猪嶋主任は双方に一般的な説示をして喧嘩状態を収めさせ、後日現業長と支部長に報告するよう指示したが、金沢はその後三〇分経過しないうちに帰庫し、どうしても納得できないとして欠務した。その後被控訴人は金沢宅を訪ねて和解書に署名を求めたが拒否されており、被控訴人は金沢から私的な和解を拒否されている。

イ 府中営業所長の訴外栗原(以下「栗原所長」という。)は、平成九年六月二六日に被控訴人を呼んで事情を聞き、事の重大さを説明して始末書の提出を求めたが、被控訴人は始末書の作成を拒否した。被控訴人は、始末書の提出について組合支部長に相談することを会社が承諾した旨主張するが、そのような事実はない。また、被控訴人が七月一日に提出した始末書の内容は、金沢を非難し、金沢から違反の事実を確認したとの虚偽の記載をして事実関係を争うものであり、始末書の実質を欠くものである。

ウ 被控訴人が提出した顛(ママ)末書にも、<1>金沢が無線コールを受けた位置は府中本町駅構内であるとの虚偽の記載及び<2>被控訴人が鍵を持ち去ったのは五分以内であるとの虚偽の記載をしており、何らの誠実さもなく、反省の態度を全く窺うことができない。

エ 被控訴人は、本件事件後も、営業所でエンジンキーを投げ捨てるなどの行為を行い、小突いたことを撫でただけだと詭弁を弄し、本件事件の直前に自ら無線ルール違反の行為を行っていながら、金沢の無線ルール違反を主張し、右ウと同様の虚偽の主張を続け、本件を軽微な規律違反と主張するなど、何ら真摯な反省が見られない。

(6) 被控訴人の過去歴等

ア 被控訴人が受けた「優良乗務員表彰」は、表彰金目当ての遠回りや速度超過等の弊害もあり、名称に伴う実体を失った単なる売上げ表彰となっていると組合から指摘されており、控訴人も右表彰の在り方を見直している。また、「優良無事故表彰」は勤続表彰に近く、ほとんどの従業員が受賞するもので、これらの表彰を受けているからといって勤務態度が良好であるとはいえないことは明らかである。

イ 被控訴人は、過去にも新人の乗務員に対して無線配車について詰問し、同人の無線マイクを持ち去ったことがある。

控訴人は、右の事実を含む(証拠略)記載の事実については、本件行為自体が懲戒解雇相当であることを前提として、なお情状面について調査したが有利な情状はなく、かえって不利な情状ばかり明らかになったという趣旨で述べるものであり、それらの過去歴を本件懲戒解雇を基礎付ける事実として主張するものではない。

(7) 他の処分との均衡

ア 被控訴人は過去に組合支部長が刃物を振り回したケースがあると主張するが、控訴人の調査によればそのような事実は存在せず、組合民主主義の下で組合内部でも何らの対応もされなかったことは明らかである。また、当該主張に係る組合支部長は長期に病気で療養しており、病気を理由に支部長を退任したものと報告されている。当時、組合支部内では、被控訴人は当該支部長に対して、組合支部の旅行会不参加を煽ったことを詰問されたことを恨んで反感を抱いているとの見方が支配的であった。

被控訴人は窃盗や飲酒運転のケースを指摘するが、控訴人としては、自ら非を認めて任意に退職する者については深追いをしないというだけであって、会社が懲戒解雇と任意退職のいずれを選択するかは、人事権の裁量的行使の範囲内である。

また、金沢については、同人が無線ルールに違反した事実はない以上、処分の対象とすべき理由は存しない。

イ 平成二年一月、公道上で乗務員が他の車両の通行方法に激怒し、相手の運転手に暴言を浴びせた上、暴力行為に及んだ。当該乗務員は、懲戒解雇相当と判断されたが、真摯な反省が見られたので、論旨解雇とした。本件は、前述のとおり、右の例と同様に駅構内という公共の場で衆人の面前で暴言を吐き、金沢の額を小突くなどの暴行を加えている上、独断でエンジンキーを抜き取り業務阻害を惹起したという事案であり、真摯な反省が見られないため、懲戒解雇とされたものである。

以上のとおり、被控訴人の行為は、無線ルールを口実として私的な制裁を加えたもので、その動機は悪質であり、他の従業員に暴言、暴行を加えた上に会社財産であるタクシー車両のエンジンキーを強奪して営業を妨害し、会社秩序を紊乱した点で、重大な事件であって、以上の事実によれば、本件懲戒解雇は相当な処分であり、解雇権の濫用には当たらないものというべきである。将来の乗務員同士のトラブルや労働争議への影響等を考慮すると、会社秩序を維持するためには、本件のような重大な事件については厳正な処置を採ることが必要である。」

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  当裁判所も、控訴人のした出勤停止命令は懲戒処分ではなく、本件懲戒解雇が二重処罰に該当する旨の被控訴人の主張は理由がないものと判断する。その理由は、次の2のように原判決について訂正をするほか、原判決「事実及び理由」の第三「争点に対する判断」の一(原判決一三頁末行から一五頁一〇行目まで)の説示と同一であるから、これを引用する。

2  原判決一五頁八行目の「同視できる」を「認めることができる」に改める。

二  争点2について

1  前記第二、二の前提となる事実に加えて、争いのない事実及び証拠(<証拠・人証略>、被控訴人本人の供述)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の(一)から(七)までの事実を認めることができる(<証拠・人証略>並びに被控訴人本人の供述中右認定に反する部分は、採用することができない。)。

(一) 控訴人会社においては、<1>遠方からの配車を排除して迅速な配車を行い、乗務員の秩序を守ることにより、利用者の利便を確保すること、<2>適正な目安で配車することにより、速度超過等による事故発生を防止すること、<3>一定の基準を設定することにより、乗務員間の不公平や軋轢をなくすこと等を目的として、無線センターの開設に伴い、各営業所と組合支部との申し合わせ事項として無線ルールが定められ、各営業所に共通の基本的なルールとともに各地区ごとの地域の特性を踏まえた個別の無線ルールが定められている。

無線ルールの作成手続に関しては、府中営業所においては、従来、原案の取りまとめを委託された組合支部が原案を会社に示して協議し、修正が必要であれば修正し、営業所長がそれについて承認をすることによって無線ルールが作成されてきたが、平成九年六月末からはこの方法を一部改め、最終的には各地区で組合役員及び班長が集まり原案を作成し、営業所長及び組合支部長の協議により成案を得て、決定されることになった。

府中営業所の無線ルールに関しては、平成八年一〇月に、時間による目安として、第一回の無線コールは「五分以内」に到着できる場所にいる者だけが応答できるというルールが作成・掲示され、当初は府中地区が除外されていたが、同年一一月からは右のルールが全エリアに適用されるようになり、乗務員手帳の「無線営業の要領」欄にも「配車場所には、原則として五分以内に到着するようにして下さい。」と記載されるようになった。府中営業所の管轄する多摩地区では、その地域性として山や谷が多く、距離による目安を設定することは困難な面があったため、時間による目安として、大体五分前後であれば利用者が苛立たないという趣旨で、右のルールが作成されたものである。その後、本件事件(平成九年六月二一日)の前日及び前々日(同月一九日及び二〇日)に開催された組合支部会では、距離や道路事情から本来は五分以内で到着するのが困難な地点で第一回の無線コールに応答し、一般道を著しい速度超過(時速八〇ないし九〇キロメートル)で走行して無理に五分以内で配車するケースが見られることから、距離による目安も導入することについて提案がされ、これを受けて、組合支部長は一回目の無線コールは「五分以内・二キロメートル以内」とする旨説明し、同支部会の確認事項として第一回の無線コールは「五分以内(二キロメートル)」とする旨を記載した掲示がされた。これに対しては、府中営業所長から、時間と距離の関係が「又は」なのか「かつ」なのかが不明確であるとの指摘があり、乗務員の間にもその趣旨が明確に伝わっていなかったため、同年八月の組合支部会では、役員らの間で「五分以内かつ二キロメートル」の趣旨であるとの判断がされたが、同支部会後の掲示でも六月のときと同様に「五分以内(二キロメートル)」との記載がされたため、なおその趣旨は必ずしも明確ではなく、新ルールが「五分以内かつ二キロメートル」の趣旨であることが乗務員の間に定着したのは、同年一〇月下旬ころであった。そのため、同年九月に府中営業所長がタクシー業務に従事している乗務員から聴取した結果では、組合支部役員及び班長を除く多数の乗務員は、新ルールについて「五分以内又は二キロメートル」という理解をしていた。

また、無線ルールの遵守に関しては、<1>勤務中に事業者が直接乗務員を指導監督することはできず、乗務員間の互助協調が必要不可欠であることから、最終的には各乗務員の自律的な判断に委ねざるを得ない面があること、<2>時間の基準については、多摩地区の地理的事情もあり、時間帯、道路事情や経路の取り方により所要時間にかなりの差異があるため、あくまでも目安にとどまること、<3>距離の基準についても、距離の起点が必ずしも明確ではなく、厳密な計測をするわけではないので、あくまでも目安にとどまること等の理由から、従来、多摩地区では、違反又は違反の疑義については、組合支部役員や班長が、乗務員から不満又は疑問として寄せられた事例を検討し、違反があると判断した乗務員に対しては口頭で注意することによって、大過なく運用されてきた。なお、口頭での注意によっても改善されない場合の措置としては、営業所長の判断の下に、勤務時に無線のマイクを取り外して営業させることにより反省を促す制裁が一応予定されていたが、府中営業所では、従来、右の口頭の注意により円滑な運用がされており、右のような制裁を加えなければならないような事例は過去数年間に一件も現れなかった。

(二) 本件事件の当日(平成九年六月二一日)の午後八時四〇分ころ、金沢は、駅付近のイトーヨーカ堂の角を走行中、清水ヶ丘舎宅への配車について第一回の無線コールに応答して右配車を行い、乗客を目的地(東池袋)まで送った後、駅構内に戻った。右無線コールを受けた際、金沢は、同舎宅とは逆方向に向けて走行中であったため、いったん駅構内を通って方向を変えてから、清水ヶ丘舎宅への配車に向かった。金沢が右無線コールを受けた駅付近の地点から清水ヶ丘舎宅までの距離は約二キロメートル(駅構内からの距離は二キロメートルを若干超える。)であり、所要時間は、道路状況等により五分ないし六~八分と幅があるが、午後八時四〇分ころの時間帯では五分以内に到着可能な範囲内であり、本件事件当時、現に多数の乗務員が駅付近から清水ヶ丘舎宅までの配車について一回目の無線コールに応答していた。

(三) 被控訴人は、たまたま、金沢が右無線コールに応答した直後、駅付近で金沢の車両とすれ違ったため、右応答の事実を認識したものであるが、その後、同日の午後九時八分ころ、駅構内において、柳寿司への配車について第一回の無線コールに応答して右配車を行い、乗客を目的地まで送った後、駅構内に戻った。被控訴人が右無線コールを受けた地点から柳寿司までは約二キロメートル(控訴人の計測によれば二キロメートルを若干超える。)であり、所要時間は、道路状況等により五分以内又は五分以上と幅があるが、被控訴人は、制限速度を大幅に超過する時速八〇ないし九〇キロメートルの速度で走行することにより、右無線コールを受けてから五分弱で柳寿司に到着している。

(四) 同日午後一〇時五〇分ころ、金沢は、清水ケ(ママ)丘舎宅からの乗客を目的地まで送り、駅に戻ったが、駅構内が待機車両で満車のため、最後尾の車両に続いて公道上に停車した。被控訴人は、金沢より先に駅構内に戻っていたが、同人が清水ヶ丘舎宅への無線コールを第一回で応答したのは無線ルール違反であるとして、会社の後輩である同人を難詰するため、同人が公道上に停車するとすぐに、自己の車両から降りて同人の車両のところまで行き、運転席側窓を半開きにした乗車中の同人に対し、先刻の無線配車がどこまでの客だったかと難詰し、東池袋までの長距離の客であったことを確認した。さらに、被控訴人は、金沢の右の対応では、前日に組合支部会で提案された「五分以内・二キロメートル」のルールは守れないはずである旨難詰したところ、同人が他の乗務員達も清水ヶ丘舎宅までの無線コールには一回で応答していると答えたため、口論となり、被控訴人は、運転席窓から手を差し入れ、同人の額を小突き、同人の制止を振り切って同人の車両のエンジンキーを抜き取って持ち去り、その後に来た乗客を自己の車両に乗せてその場を立ち去った。

金沢は、その後すぐに府中営業所の猪嶋主任に電話をして事情を説明し、成田乗務員及び工藤乗務員にスペアキーを届けてもらったが、それまでの約二〇分間にわたり、自己の車両を運行することができない状況のまま、公道上に違法駐車の状態で放置する結果となった。金沢は、その後、午後一一時三〇分ころに府中営業所に戻って本件事件について報告をし、その後午前〇時一五分ころまでの事情聴取を含めて、一時間以上にわたって業務を遂行することができなかった。本件事件の対応のため、府中営業所の班長である成田乗務員及び組合役員である工藤乗務員も、一時間以上にわたって業務を中断せざるを得なかった。

被控訴人は、駅から乗客を目的地に送った後、午後一一時三〇分過ぎころ、府中営業所に戻った(被控訴人が金沢の車両のキーを抜き取ってから府中営業所に帰るまでの走行時間は、約三四分であった。)。被控訴人は、府中営業所に戻るとすぐに、金沢に対して「ルールを守れない奴は会社なんかやめちまえ。」等と威圧的に罵倒し、工藤乗務員から車両のエンジンキーについて尋ねられると、「鍵なんか捨てちゃった。知らないよ。」と言いながらポケットからエンジンキーを取りだして机の上に投げ出し、その勢いで右キーは床に滑り落ちたため、訴外星野乗務員がこれを拾ってカウンターの上に置いた。

その後、府中営業所において当直の猪嶋主任らによる両名からの事情聴取が行われ、同主任は、無線ルールの判断は難しいところであったが、金沢に対しては遵守事項を適切に守るよう指示し、被控訴人に対しては、激情し過激な行動に出たことを諫め、今度二度と同様の行為に及ぶことのないよう厳重に注意した上、双方に握手をさせ、後日営業所長及び組合支部長に報告すること及び営業に戻ることを指示した。なお、同年九月一四日午後一一時ころ、被控訴人は金沢の自宅を訪問し、猪嶋主任立会いの下で和解したと思っているので和解したことを一筆書いてほしい旨求めたが、金沢は、自分は和解したとは思っていないとして、右の要求を拒絶した。

(五) 本件事件について猪嶋主任から報告を受けた栗原所長は、事柄の性質にかんがみ、当事者間の和解で宥恕されるべき事案ではなく、組織の秩序として懲戒処分を相当と考え、被控訴人に対して説諭の上始末書の提出を三回にわたり命じたが、被控訴人は自己の過失を認めず、同年六月二六日の面談の際には組合支部長に相談すると一方的に言って席を立ち、始末書の提出を拒否した。

このような状況について栗原所長から報告を受けた本社総務部次長の訴外石井(以下「石井次長」という。)は、同月二七日、本社常務の立会いの下に、本社総務部長の訴外義澤(以下「義澤部長」という。)及び栗原所長とともに被控訴人からの事情聴取を本社において行ったが、被控訴人は、事故の過失を認めず、事件の経緯についても自己を正当化する発言に終始し、反省する態度を示さなかったため、石井次長は、義澤部長の指示に基づき、出勤停止命令書を作成して被控訴人に通告するとともに、再度始末書の提出を促した。

その後、同年七月一日に被控訴人は栗原所長宛てに始末書を提出したが、直接手渡すのではなく、栗原所長の不在の間に営業所の職員への言付けもなく同人の机の上に置くという対応であり、始末書の文面も、金沢の無線ルール違反及びその言動を非難する記述を強調した内容であった。また、右の出勤停止命令の際に被控訴人が提出した顛(ママ)末書の文面も、専ら金沢の無線ルール違反及びその言動を非難する記述に終始していた。

(六)ア 控訴人は、以上の事実関係に基づき、被控訴人の本件行為を懲戒解雇相当であると判断した上で、右(五)の点も含めて情状面について調査・検討したところ、<1>被控訴人は、以前にも新人の乗務員に対して無線配車について詰問し、同人の無線マイクを持ち去ったことがあること、<2>駅で待機中の新人の車両に後ろから自己の車両をぶつけたまま押し、威嚇したことがあること、<3>組合支部旅行の際、バス車内で新人の乗務員等に対してエアガンを撃ったことがあること、<4>視覚障害のある顧客を乗せた際に不必要な遠回りをして苦情を受けたことがあること等の事実が明らかとなり、いずれも被控訴人に不利な情状であることから、本件事件に対する処分を軽減する方向の判断には至らなかった。

イ なお、被控訴人が受けている「優良無事故表彰」は勤続表彰に近く、ほとんどの従業員が受賞するもので、これらの表彰を受けているからといって勤務態度が良好であるとはいえない性質のものであった。また、同じく被控訴人が受けている「優良乗務員表彰」は、表彰金目当ての遠回りや速度超過等の弊害もあり、名称に伴う実体を失った単なる売上げ表彰となっていると組合から指摘されており、右表彰の在り方については現在見直しがされている。かえって、この売上げ表彰を受けている乗務員の中には、表彰金目当てに不必要な遠回りをしたり、長距離の顧客を獲得するために強引な無線の取り方をする者が少なくなく、被控訴人についても現にそのような事例や傾向が見られた。そのため、これらの表彰の点も、必ずしも有利な情状とはいえないことから、本件事件に対する処分を軽減する方向の判断には至らなかった。

(七) 控訴人は、前例に従い、被控訴人を懲戒解雇とすることについて被控訴人の所属する組合に対し事前に意見を求めたところ、組合は、同年七月二日、懲戒解雇を了承する旨を回答した。

2  以上の事実関係を前提として各争点について検討した結果は、次のとおりである。

(一) 無線ルールの意義・内容等

前記1(一)の認定によれば、無線ルールは、利用者の利便、乗務員間の軋轢の防止、交通安全の確保等の観点から、各営業所と組合支部の申し合わせ事項として定められてきたものであるが、本件事件の直前まで時間による基準しか示されておらず、その趣旨も、乗務員手帳(<証拠略>)の記載からも明らかなように、事柄の性質上、原則として五分以内という目安を示したものと解するのが相当である。また、本件事件の直前に組合支部で提案された「五分以内(二キロメートル)」という新ルールも、本件事件当時は、その趣旨自体(時間と距離の関係)が必ずしも明確にされておらず、営業所長からもその点について疑義がある旨の指摘がされていたというのであるから、本件事件当時において厳格な「五分以内かつ二キロメートル」という新ルールが府中営業所内で確立されていたものとは認められないというべきである。そして、事柄の性質上、距離についても時間と同様に厳密な計測や確認が事実上困難であること等を考慮すると、本件事件当時の府中営業所と組合支部の申し合わせ事項としての無線ルールは、原則として五分以内という従来の時間による目安に、約二キロメートルという距離による目安を加味するという概括的な内容にとどまっていたものと認めるのが相当と解される。(<証拠略>に示されている組合支部長の見解もこれと同趣旨のものと解される。)。そして、無線ルール制定の趣旨及び距離による目安を加味した趣旨にかんがみ、仮に五分以内に配車が可能であるとしても、そのために大幅な速度超過の走行をすることは、右の無線ルールの趣旨に反するものとの評価を免れないものというべきである。

また、無線ルールの遵守の方法についても、前記1(一)の認定によれば、会社秩序の維持、乗務員間の互助協調等の観点から、組合役員又は班長を通じての口頭の注意が原則とされ、右の注意によっても是正されない場合にも控訴人会社による制裁のみが許容されており(すなわち、個々の乗務員に制裁等の是正措置を加える権限は認められていない。)、個々の乗務員による私的な制裁は乗務員間の軋轢防止という無線ルールの趣旨に反し、会社秩序を乱すものとして許容されていないものと解するのが相当である。

(二) 金沢の無線ルール違反の有無

前記(一)の本件事件当時における無線ルールの解釈・運用の状況等に照らして、前記1(二)の事実関係について検討すると、金沢が前記の時間帯に駅付近から清水ヶ丘舎宅までの第一回の無線コールに応答したことは、駅構内を通って方向転換をしたために厳密には五分及び二キロメートルという原則的な目安を若干超えていたとしても、直ちに当時の無線ルールの趣旨・内容に違反するものということはできず、現に当時多数の乗務員が同様の無線コールに応答していたことからも、右金沢の対応を一方的に無線ルール違反と決めつけて同人のみを殊更に難詰した被控訴人の所為は、適切なものとはいえないというべきである。

(三) 被控訴人の無線ルール違反の有無

しかも、前記(一)の本件事件当時における無線ルールの解釈・運用の状況等に照らして、前記1(三)の事実関係について検討すると、被控訴人は、本件事件の直前に、駅付近から約二キロメートル(控訴人の計測によれば二キロメートルを若干超える。)の地点までの第一回の無線コールに応答し、五分弱で当該地点に到着したものの、五分以内に到着するために時速八〇ないし九〇キロメートルという大幅な速度超過の走行をしており、かかる被控訴人の対応は、形式的には無線ルールに抵触しないとしても、実質的にはその趣旨に反するものとの評価を免れないといわざるを得ない。

(四) 被控訴人の行為の動機・態様・結果等

ア 前記(二)及び(三)のとおり、被控訴人自ら無線ルールの趣旨に反する対応を直前にしていたにもかかわらず、右金沢の対応を一方的に無線ルール違反と決めつけて同人のみを殊更に難詰し、組合役員又は班長への上申又は照会という正規の手続を経ることなく、会社の判断も仰がずに独断で私的かつ暴力的な制裁を加えた被控訴人の行為は、その動機において到底正当なものとはいえないというべきである。右の事情に加えて、前記1の(四)及び(六)のとおり、被控訴人は、従来から売上げ実績を挙げるために強引な無線の取り方をする傾向があり、金沢の方が長距離の顧客に配車することができたことを確認した直後に本件行為に及んでいる事実からは、その動機は主として顧客の獲得をめぐる私的な感情に起因するものと推認されるところであり、無線ルールの遵守に関する指導・監督を目的とするものである旨の被控訴人の主張並びに供述及び陳述(<証拠略>)は、それ自体採用することができないものといわざるを得ない。

イ 右のとおり、無線ルールの運用について組合役員又は班長への上申又は照会という正規の手続を経ることなく、会社の判断も仰がずに独断で私的かつ暴力的な制裁を加えた被控訴人の所為は、乗務員に許容される権限の範囲を著しく逸脱し、その態様自体が著しく会社秩序を乱すものというべきである。

ウ さらに、前記1の(四)のとおり、被控訴人は、各社のタクシー車両が多数待機している駅構内に連なる公道上で、同僚の乗務員に対して暴行を加えた上、会社から営業財産として当該乗務員に委託された車両のエンジンキーを奪取して運行不能の状態に陥れ、公道に置き去りにしたまま自己の車両に顧客を乗せて立ち去ったものであり、他の乗務員等の協力がなければ、被控訴人が駅構内に戻るまでより長時間にわたって運行不能の状態が続いたものと推認されること、本件事件の対応のために金沢及び他の複数の乗務員が一時間以上にわたって業務の中断を余儀なくされたこと等を考慮すると、被控訴人の本件行為は、単に金沢個人との関係にとどまらず、会社秩序を著しく乱すのみならず、会社財産を不当に侵害し、その業務を妨害するとともに、会社の信用を毀損する行為であり、当該行為の規律違反の程度は、重大であるというべきである。他の乗務員等の協力によって運行不能の状態が二〇分程度に食い止められたことの一事をもって、自らの所為を軽微な規律違反とする被控訴人の主張は、事柄の重大性に対する認識を欠くもので、それ自体失当であるというべきである。また、被控訴人は本件が偶発的な事件であると主張するが、前記1の(六)のとおり、被控訴人は、以前にも新人の乗務員に対して無線配車について詰問し、同人の無線マイクを持ち去ったこと等があるというのであり、被控訴人の所為が単なる偶発的な行為であると認めることはできないというべきである(この点は、過去歴自体を評価の対象に加える趣旨ではなく、あくまでも本件行為の偶発性の有無に関する認定において右の事実を間接事実として参酌する趣旨である。)。

(五) 事後の対応の適否

前記1の(四)及び(五)のとおり、被控訴人は、府中営業所に戻った後も、金沢を罵倒した上でエンジンキーを机の上に投げ出し、栗原所長の説諭と指示に反して始末書の提出を再三拒み、本社における会社役員の事業聴取の際にも自己の過失を認めず、反省する態度を示さなかったというのであり、出勤停止命令後に作成された始末書及び顛(ママ)末書の内容及び提出の経緯に照らしても、被控訴人の事後の対応は、事柄の重大性に対する認識を欠き、真摯な反省が示されておらず、不適切なものであったといわざるを得ない。

前記(四)のとおり、被控訴人の本件行為は、金沢個人との関係にとどまらず、会社秩序並びに会社の財産、業務及び信用を不当に侵害する重大な行為であり、乗務員間の私的な和解により宥恕されるべき事案ではない以上、前記1の(四)及び(五)のとおり、本件事件直後の猪嶋主任の対応はとりあえず当日の事態を収拾したものにすぎず、最終的な処分については報告の上営業所長及び本社の判断に委ねたものと解されるところであり、しかも金沢は被控訴人との和解を拒んでいるのであって、いずれにしても、右当日の猪嶋主任の対応により事件が解決している旨の被控訴人の主張は、理由がない。

(六) 被控訴人の過去歴等

控訴人は、被控訴人の前記1(六)アの過去歴自体を懲戒処分の対象として考慮したものではなく、被控訴人の本件行為がそれ自体として懲戒解雇に相当するとの判断を踏まえて、右(五)の点も含めて情状面について調査・検討したところ、右のような不利な情状が数多く明らかになり、他方で、前記1(六)イの各表彰の点は必ずしも有利な情状とはいえないことから、結論として処分を軽減する方向の判断に至らなかったというのであり、その判断は相当なものと認めることができる。

(七) 他の処分との均衡

被控訴人は、過去に組合支部長が刃物を振り回して他の組合員に対して脅迫行為を行った事例がある旨主張し、(証拠略)まで、(人証略)中には右主張に沿う記述又は証言が存するが、(証拠・人証略)及び弁論の全趣旨によれば、平成八年五月ころ、組合内部の対立に端を発して組合事務所内で口論があり、当時の組合支部長と対立関係にあった被控訴人を含む組合員数名が右脅迫行為の存在を主張して同支部長の解任を求め、控訴人本社総務部にも上申がされたが、総務部の調査結果では、そのような事実関係はなかったとの報告がされ、その後、同支部長は病気により組合役員を退任したことが認められる。右の認定によれば、控訴人としては、組合内部の対立抗争を背景とした組合事務所内の紛争に係る事案について会社として事実関係の確認ができない以上、これを懲戒処分の対象とすることはできないと判断したものであって、事案の性格が本件とは全く異なり、また、被控訴人が主張するような脅迫行為の存在を前提とした上で事件を不問に付したものでないことは明らかである。したがって、右の事案との処分の均衡を論難する被控訴人の主張は、理由がない。

また、被控訴人は、過去に乗務員が窃盗や飲酒運転を行った事例がある旨主張し、(証拠略)中には右主張に沿う記述が存するが、(人証略)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人会社においては、そのような不祥事で自ら退職の意思を表明する従業員については、本人が反省して辞めていくのであれば、殊更に懲戒解雇とはせず、任意の退職を認めていることが認められる。したがって、懲戒解雇事由が存するにもかかわらず本人が自ら退職の意思を表明しない場合において懲戒解雇の処分をすることは、それらの事例との均衡を失するものではなく、この点に関する被控訴人の主張も、理由がない。

さらに、<1>前記(二)のとおり、本件事件当時の府中営業所における無線ルールの解釈・運用の状況等に照らすと、金沢が前記の時間帯に駅付近から清水ヶ丘舎宅までの第一回の無線コールに応答したことが、直ちに当時の無線ルールの趣旨・内容に違反するものということはできず、現に当時多数の乗務員が同様の無線コールに応答していたこと、<2>本件事件において金沢は、専ら受動的な対応に終始し、被控訴人から一方的に暴行を受け、エンジンキーを持ち去られたものであること等を考慮すると、金沢について就業規則所定の懲戒事由に該当する事由は認められず、金沢が処分の対象とされていないこととの均衡を論難する被控訴人の主張は、理由がない。

なお、被控訴人を懲戒解雇とすることについて、控訴人は事前に被控訴人の所属する組合の了承を得ており、このことからも、本件懲戒解雇が従来の控訴人会社における他の懲戒事例等との均衡上問題のないことが推認されるものというべきである。

3  以上のとおり、<1>被控訴人の本件行為は、会社秩序を著しく乱すのみならず、会社財産を不当に侵害し、その業務を妨害するとともに、会社の信用を毀損する重大な行為であること、<2>被控訴人自ら無線ルールの趣旨に反する対応をしながら、他の乗務員の対応を一方的に無線ルール違反と決めつけて殊更に難詰し、組合役員又は班長への上申又は照会という正規の手続を経ることなく、会社の判断も仰がずに独断で私的かつ暴力的な制裁を加えた被控訴人の所為は、乗務員に許容される権限の範囲を著しく逸脱し、その動機においても到底正当なものとはいえないこと、<3>事後の対応も、営業所長への始末書の提出を再三拒み、本社の事情聴取の際も自己の過失を否定する発言に終始するなど、事柄の重大性に対する認識を欠き、真摯な反省が示されておらず、不適切なものであったこと、<4>右<3>の点も含めて、被控訴人の処分を軽減すべき有利な情状は見当たらず、調査の結果不利な情状の方が数多く明らかになったこと、<5>控訴人会社における他の非違行為等の事例との均衡を失するものとはいえず、現に本件懲戒解雇については被控訴人の所属する組合も事前に了承していること等の諸般の事情を総合して考慮すると、被控訴人の本件行為が就業規則七条二項及び九条に違反することは明らかであり、控訴人が同規則七八条一項、七九条一項を適用して被控訴人を懲戒解雇としたことは相当な措置であったといわざるを得ないのであって、本件懲戒解雇が解雇権の濫用に当たるとは到底認められない。

三  したがって、被控訴人の労働契約上の権利を有する地位の確認請求及び賃金請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

第四結論

以上の次第で、被控訴人の各請求は理由がないから、労働契約上の権利を有する地位の確認と賃金請求の一部を認容した原判決を取り消した上、右取消部分に係る被控訴人の各請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 橋本昌純 裁判官 岩井伸晃)

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