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東京高等裁判所 平成11年(ネ)1239号 判決 2000年4月19日

主文

一  原判決を次のように変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、金一〇九万六九二四円及び内金九万六四九五円に対する平成六年六月二九日から支払済みまで年六分の、内金四二九円に対する平成一〇年七月二八日から支払済みまで年六分の、内金一〇〇万円に対する右同日から支払済みまで年五分の各割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを八分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

三  この判決の主文一1項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金九一七万〇八七六円及び内金一八八万七七八九円に対する平成六年六月二九日から、内金七二八万三〇八七円に対する平成一〇年七月二八日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件事案の概要は、次のように補正するほかは、原判決の「事実及び理由」中「第二 事案の概要」の記載と同一であるからこれを引用する。

1  原判決三頁二行目から末行までを次のように改める。

「 本件は、控訴人が被控訴人に対し、①被控訴人と控訴人との間に、控訴人と大学卒業年次が同じで卒業と同時に被控訴人に入社した者(以下「新卒同年次定期採用者」という。)の中間点の格付(以下「平均的格付」という。)による給与を支給することを内容とする雇用契約が成立したのに、被控訴人が控訴人に対し平均的格付を下回る格付による給与を支給したとして、平均的格付による給与と実際に支給を受けた給与との差額の未払賃金(うち時間外手当については付加金を含む。)の支払、②控訴人と被控訴人との間に合意が成立したと主張する住宅手当の額と実際に支給を受けた住宅手当との差額の支払、③時間外手当の支給においてその額の算定に誤りがあるとしてこれによるその支給額の不足分及びこれについての付加金の支払、④被控訴人が控訴人に対し、新卒同年次定期採用者より低い格付をしたほか、昇給や配置転換等における不当な取扱いをしたとして、不法行為に基づく慰謝料の支払をそれぞれ求める事案である。」

2  原判決四頁四行目の「工学部」を「理工学部」に改める。

3  原判決五頁三行目の「Ⅰ類からⅣ類」から五行目末尾までを「Ⅰ類からⅣ類までに区分され(Ⅰ類は一般職員、Ⅱ類は主任、Ⅲ類は課長、支社長、主査等、Ⅳ類は部室店長、調査役、次長等に対応するものとされる。)、各類はEからAまでの号(ただし、EはⅠ類、Ⅱ類のみ。A1、A2、B1、B2のように区分される類もある。)に区分される。Ⅱ類はEからAまでに区分される(Eが下位、Aが上位である。)。事務給職員の給与は、この類及び号と年令(期首(四月一日)の年令に従って加算がある。)とによってその額が定まる。」に改める。

4  原判決七頁一行目の「も同様の」を「新卒同年次定期採用者と同待遇で処遇する、その平均的給与からスタートするとの」に、三行目の「、被告は原告に」から五行目末尾までを「本件雇用契約が成立したところ、右によれば、その契約は、被控訴人が控訴人に対しその新卒同年次定期採用者の平均的格付により定まる給与を支給することを内容とするものである。」にそれぞれ改め、五行目の次に行を改めて次のように加える。

「 なお、a課長ら被控訴人担当者が、真意は控訴人に対し右平均的格付による給与を支給する意思がなかったとしても、控訴人に対しその趣旨の採用条件を被控訴人から与えられた権限に基づき提示したものであるから、民法九三条本文により、その意思表示は有効である。」

5  原判決七頁八行目の「(なお」から一〇行目の「格付である。)」までを削る。

6  原判決一四頁六行目の次に行を改めて次のように加える。

「3 時間外手当及び付加金

(一)  控訴人の主張

仮に前記1に関する控訴人の主張が採用されない場合においても、控訴人に支給された時間外手当には、以下のとおり支給額の不足分がある。

(1) 被控訴人においては、午後四時四五分(ただし平成八年四月以降は午後五時)から午後六時までの勤務を労働基準法三七条の適用のない時間外勤務(以下「法内超勤」という。)、午後六時以降の勤務を同条の適用のある時間外勤務(以下「法適用超勤」という。)とし、これらの勤務に対し、前者については基準給与日額の時間当たり単価(以下「時間単価」という。)により、後者については時間単価に二五パーセントを割増した単価により算出した時間外手当を支給しているところ、控訴人がしたこれらの時間外勤務の時間は、別紙「時間外賃金差額一覧表」記載のとおりである。なお、同表記載の法内超勤時間(一六時四五分から一八時までの欄に記載の時間)のうち平成六年(一九九四年)三月までについては、その記載の時間数に一・五分の一・二五を乗じた時間数が実働時間数である(例えば、一・五とあるのは一・二五と、四・五とあるのは三・七五と読み替える。)。

(2) 時間外手当の計算の基礎とすべき賃金額は、①本給、②類別加算給、③役職手当、④住宅手当、⑤付加給、⑥定額付加給、⑦社会保険料補助を加算したものとすべきである。

(3) しかるに、被控訴人は、平成四年六月分までは、右⑤、⑥、⑦を、同年七月分以降も⑤を、それぞれその計算基礎から除外している。

(4) 右①から⑦までの賃金費目を加算した月額給与を月の所定労働時間(一四〇時間)で除した控訴人の給与の時間単価及びその基礎となる①から⑦までの賃金費目の月額は、各期間毎に次のとおりである。

平成四年一月から同年六月まで 二八六八円

(①二三万二七〇〇円、②七二〇〇円、③四二〇〇円、④二万六〇〇〇円、⑤六万一〇二五円、⑥五万二九〇〇円、⑦一万七五四〇円)

平成四年七月から平成五年六月まで 三〇三二円

(①二四万四二〇〇円、②七二〇〇円、③四二〇〇円、④二万八〇〇〇円、⑤六万三九〇〇円、⑥五万九五〇〇円、⑦一万七五四〇円)

平成五年七月から平成六年三月まで 三二五二円

(①二六万五四〇〇円、②七二〇〇円、③四二〇〇円、④二万八〇〇〇円、⑤六万九二〇〇円、⑥六万三七〇〇円、⑦一万七五四〇円)

平成九年五月から同年七月まで 三三九四円

(①三〇万七四〇〇円、②八三〇〇円、③四七〇〇円、④四万九五〇〇円、⑤一万六〇二〇円、⑥六万五七〇〇円、⑦二万三五〇〇円)

(5) 右により被控訴人が支給すべき時間外手当の要支給額、控訴人が現実に受給した実支給額及びその差額(未払額)は、それぞれ別紙時間外賃金差額一覧表記載のとおりであり、その未払額合計は一四万〇一八八円となる。

(6) よって、右未払額及び労働基準法一一四条に基づきこれと同額の付加金の支払を求める。

(7) 被控訴人は、法内超勤についての基礎賃金の額は、別に定めさえすればどのような額でも構わない旨主張するが、労働条件を改善して八時間を下回る所定労働時間を定めたのに、所定労働時間を超える八時間までの労働に対しては所定労働時間の対価より低額な賃金で労働させることになって、その不当であることが明らかである。

次に、付加給は、労使協議により毎年その額に変動があるにしても、社員給与細則によってあらかじめ毎月支払われるものとしてその額が確定されているのであるから、臨時に支払われた賃金又は一か月を超える期間ごとに支払われる賃金に当たるものということはできず、これを時間外手当の算定基礎賃金に加えないことは、労働基準法三七条、同法施行規則二一条に違反するものである。

(二)  被控訴人の主張

(1) (一)(1)、(3)、(4)の各事実及び同(5)のうち控訴人に対する実支給額については、認める。

(2) (一)(2)の主張は争う。

被控訴人は、時間外手当の算定基礎となる賃金費目を労働組合との協議・協約に基づく社員給与細則により定めているところ、法内超勤については、労働基準法上の割増賃金に関する規定の適用はないのであるから、その算定基準額が著しく低額であるなど特段の事情がない限り、右社員給与規則に基づきその算定基礎から⑤、⑥、⑦の賃金費目を除外しても、何ら違法の問題を生じない。

次に、法適用超勤について、まず、付加給は、本来六月及び一二月に会社の業績その他を勘案して臨時に支給すべき臨時給与と同じ性質のものを、運用上分割して支払っているのに過ぎず、実際にも毎年臨時給与、賞与と同様に団体交渉によりその算定方法、支給時期、支給額等を確定しているものであるから、その実体は一か月を超える期間ごとに支払われる賃金にほかならない。また、社会保険料補助は、家族手当と同様に個人的事情に基づくものであるから、時間外手当の算定基礎から除外しても、労働基準法に違反しない。

したがって、時間外手当についての未払分はない。」

7  原判決一四頁七行目の「3」を「4」に改める。

8  原判決の別紙のうち「未払賃金明細表」中期間欄最上段の「93.1~3」を「92.1~3」に改める。

第三当裁判所の判断

一  本件雇用契約の内容及び未払賃金の請求について

1  前記当事者間に争いのない事実等及び証拠(甲一、二、四ないし八、一七、二三、三〇、三一、三九、乙一、二、七ないし九、一二、二〇、二六ないし三一、四四(枝番のあるものはその全てを含む。)、証人b、同a、同c、控訴人本人)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一) 控訴人は、昭和五六年に、早稲田大学理工学部を卒業して日産自動車株式会社に入社し、自動車エンジンの設計、品質管理、市場クレーム対策等の業務を担当してきたところ、平成三年ころから、仕事の幅を広げてゼネラリストを目指すべく、就職情報誌等により転職に関する情報を収集するなどして、希望にかなう転職の機会を窺っていた。

(二) 被控訴人は、従業員の人材の量的確保及び質的拡充が不可欠である一方採用環境が年々厳しくなっていること、今後の業務の拡大の中で他業種経験者からの人材確保が有用であることなどの認識に基づき、それまで臨時的に行ってきた中途入社者の採用を計画的に実施し拡充するとの方針を立て、平成三年四月、これを労働組合(全損保日新支部)に提案し、その運用基準等について協議した。その結果、同年七月八日、運用基準について合意に達してその実施につき組合の了解を得ることができたので、運用基準に基づき計画的な中途入社者の採用(以下「計画的中途採用」という。)を実施することを決定した。

(三) 運用基準(乙七)においては、その基準適用者を三〇歳以上の者とし、職種、勤務地域限定の者(地域限定職型)以外の者(総合職型)の初任給の決定は、「当該年齢の現実の適用考課の下限を勘案し、個別に決定する」ものとされた。また、その昇給考課の運用については現行のあり様を基本とするとされたが、最長滞留制度(同一格付に滞留する年数に限度を設ける制度)等の適用はしないものとされた。これらは、計画的中途採用が既存の新卒採用者の雇用条件に悪影響を及ぼすことを懸念する労働組合との関係をも考慮し、新卒入社後一定の年数内であれば同時入社者の間に格付の差がほとんどないが、一定の年数を超えると同時入社者間に格差が生ずるところ、中途入社者の初任給の格付を新卒同年次定期採用者の中位の者と同等に位置づけることは、社員全体の公平感、モラールを損なうおそれがあるとの判断によるものであった。なお、この運用基準の策定及び労使交渉には、a課長が中心的立場で関わった。

(四) 右労使間の合意が成立する直前、被控訴人は、計画的中途採用のため、就職情報誌「Bーing」平成三年六月二七日号に求人広告を掲載した。

その求人広告(甲一の一)には、「キャリアを活かした転身もよし。」、「新卒としてやり直すもよし。」、「住みなれた土地で落ちつくもよし。」との見出しの下に、「時代の変化、消費者のニーズの変化に対して、事業の多角化や企業内改革で次々と柔軟で弾力的な革新を行ってきた、日新火災海上保険。その一環として今年から、本格的な中途採用をスタートさせました。」、「キァリアを活かした転職。業界経験、職種経験をフルに発揮して、もっと満足できる環境のなかで能力を磨きたい。そんな方には、きっと納得していただけるような待遇を用意してお待ちしております。」、「第二新卒としてやり直してみたい方。八九、九〇年既卒者を対象として、もう一度新卒と同様に就職の機会を持っていただく制度があります。もちろんハンディはなし。たとえば八九年卒の方なら、八九年に当社に入社した社員の現時点での給与と同等の額をお約束いたします。」などの記載がされた。

(五) 控訴人は、右記事を見て、その希望にかなうものと考え、右求人に対し総合職型社員として応募することとし、同年八月二六日d人事部次長及びb人事部課長による第一次面接を受け、次いで、同月三〇日被控訴人の役員や人事部長等による第二次面接を経て、同年九月初めころ被控訴人から入社予定日を平成四年一月一日とする採用内定の通知を受けた。そして、平成三年一一月五日に会社説明会が行われ、初めに総合職型と地域限定職型の両応募者が一緒に、後半は両者各別に説明が行われたところ、総合職型には控訴人外一名が出席し、aから雇用条件、就業規則等の内容の説明を受けた。その際、「本給・手当項目」と題する書面(甲二の5)が示され、同書面には、各種手当の額が表示されていたが、本給については「別紙のとおり」とのみ記載されただけで、その別紙として本給テーブルその他その具体的な額を示す資料は提示されなかった。控訴人は、同年一二月二五日ころ、採用通知を受け、これに対し誓約書、身元保証書等を提出して、そのころ、被控訴人と控訴人との間に平成四年一月一日を入社日とする本件雇用契約が成立した。

(六) 平成四年一月当時、その年度の期首(平成三年四月一日)における満三三歳(控訴人の入社時の年齢)の事務給職員三八名の格付分布は、Ⅱ類B八名、同C二四名、同D六名であった。そこで、被控訴人は、運用基準に基づき、被控訴人の初任給をその下限であるⅡ類D(平成三年度の本給テーブルにおけるその本給の額は二三万二七〇〇円)に格付することとし、平成三年一二月二五日労働組合と交渉してその合意を得た。

(七) 控訴人は、平成四年一月六日から出社し、同月九日に、採用年月日を同年一月一日、勤務部署を安全サービス部サービス課、本給を二三万二七〇〇円、職位を主任とする本給通知書(甲二の7)の交付を受け、これにより自己の本給額を初めて知らされた。

(八) 被控訴人は、前記中途採用に次ぐ計画的中途採用のため、平成四年五月二八日号の「Bーing」に再度求人広告を掲載したが、その広告(甲一の三)には、「正社員定期中途採用も二年目を迎えました。」、「同年次新卒者の給与からスタート。」との見出しの下に、「これは当社の正社員として入社し、当社幹部をめざしていただくための募集です。去年四月に約五〇名の新入社員を迎えましたが、それと同様に昨年一年間で定期中途入社者を約三〇名迎えました。」、「全く異職種の方を迎える「定期採用」に当たって私たちは二つのことを用意しました。一つは給与面で新卒同年次入社者の平均給与からスタートしてもらうこと。もう一つは新卒と同様にきちんとした研修プログラムを用意することです。去年入社した三〇名は(中略)今では自分の経験を現場で生かし、新卒組を刺激してくれる存在になっています。」などと記載した。

なお、被控訴人は、平成四年の採用をもって、計画的中途採用を中断した。

(九) 控訴人は、平成五年三月に、上司から本給テーブルの等級が同年四月一日付けをもってⅡ類DからⅡ類Cに上がる旨を告げられた際に、その格付が新卒同年次定期採用者よりも遅れていることを初めて知らされ、そのことを契機に労働組合から資料を得るなどして調査した結果、右Ⅱ類Dの格付は新卒同年次定期採用者の下限に位置付けられたものであることを知った。そこで控訴人は、平成四年の求人に応じて中途入社し控訴人と同様に中途入社者の格付に不満を持っていたcに相談するなどするとともに、安全サービス部の上司に対し平均的格付への格付の変更を陳情したが、平成六年一月にb(当時人事部次長)から、「採用時には下限にすることが決まっている。しかし努力すれば上がっていく。」旨の被控訴人側の回答と説明を受けた。

(一〇) 控訴人は、右の回答に納得せず、被控訴人との対決姿勢を採ることに意を決し、平成六年二月初め、被控訴人の中途入社者の採用方法につき、採用前に本給額が示されていないこと及び求人広告の内容と実際の雇用条件とが異なることに問題があるとして、労働省の窓口に相談した上、同月二一日に三田労働基準監督署に被控訴人に対する是正措置の発動を求め、同監督署は、これに基づき、同年三月九日被控訴人に対し、本給通知書の雇用契約前の交付がないこと及び平成四年五月にされた就職情報誌「Bーing」掲載の求人広告(甲一の三)中の「同年次新卒者の給与からスタート」との記載部分が実際の運用と異なることをそれぞれ指摘して、その是正を求める行政指導をした。

(二) 控訴人は、平成六年三月二四日、同年四月一日付けでの総務部総務課印刷室への配置転換の通告を受けたが、右印刷室での仕事が印刷物の上げ下ろし等の肉体労働業務であることから、肝機能障害、腰痛等の病気があること及び入社時の採用条件と異なることを理由にこれを拒絶し、このため、右四月一日付けで自宅待機を命じられ、そのまま同年七月二五日まで経過した。その間、控訴人は、自己の健康状態に関し肉体労働を不適とする診断書を提出し、同年六月一五日本件訴訟を提起し、同年七月五日労働基準法違反で被控訴人及びその担当者を労働基準監督官に刑事告訴するなどした。控訴人は、同月二六日から浦和本社総務部の印刷室で製本、印刷等の業務に従事し、平成七年四月一日から総務課内の資料センターへ配置換えとなって、図書の管理、新聞の整理等の業務に従事し、平成九年四月一日付で本店業務部へ配置転換となり、以来、郵便メールの仕訳等の業務に従事している。

2  右認定事実を踏まえて判断するのに、まず、控訴人は、本件雇用契約が給与に関し控訴人主張の内容をもって成立したとする根拠として、前記1(四)認定の求人広告(甲一の一)の記載を挙げ、控訴人本人も、その記載を見て、新卒同年次定期採用者と同等の給与待遇を受けるものと理解した旨を供述する。

しかしながら、求人広告は、それをもって個別的な雇用契約の申込みの意思表示と見ることはできないものである上、その記載自体から、八九年及び九〇年既卒者について同年次新卒入社者と同等の給与額を支給する旨を表示したもので、それ以前の既卒者についてこれと同様の言及をするものでないことを十分に読み取ることができるものというべきであって、その他には「納得いただける待遇」との表現があるのみであるから、その記載をもって、本件雇用契約が控訴人主張の内容をもって成立したことを根拠づけるものとすることはできないというほかない。

3  次に、控訴人の応募に対する被控訴人側からの採用(給与)条件に関する説明の内容につき、控訴人は、その供述証拠(甲一七、控訴人本人)において、「平成三年八月二六日の第一次面接において、dは、控訴人の質問に対し、中途採用者に対するハンディはないことを明言し、そこで控訴人は、自分が新卒同年次定期採用者と同一の待遇を受けるものと理解した。また、同年一一月五日の会社説明会において、aは、控訴人の質問に対し、新卒同年次定期採用者と同待遇で処遇し、平均給与からスタートしてもらう、中途採用者のハンディはないと回答した。」旨を供述する。

これに対し、a及びbは、その供述証拠(乙二七、二八の各一、証人としての証言)において、控訴人の右供述のような発言があったことを全面的に否定するとともに、右会社説明会において、aは、運用基準に基づき、中途採用者の初任給は当該年齢の現実の適用考課の下限を勘案し、個別に決定するとの趣旨を明瞭に説明した旨供述する。

右面接及び会社説明会における発言の内容については、右供述証拠以外に客観的証拠はないから、この点の認定は、右各供述証拠の信用性のいかんに依拠するほかない。

(一) そこで、まず、a及びbの右供述証拠について考えると、次のような事情に照らせば、運用基準に基づいて中途採用者の初任給は当該年齢の現実の適用考課の下限を勘案し個別に決定するとの趣旨を説明したとの点については、これらの証拠を採用することはできないというべきである。

(1) 前記1(二)に認定のように、被控訴人においては、当時採用環境が採用側にとって厳しい状態になっていることを認識しつつ、有為の中途入社者の採用を切望していたのであり、このことに照らせば、運用基準で定めたとおり中途採用者の初任給が当該年齢者の現実の適用考課の下限に位置づけられることを明示した上で適切な人材の採用を得ることは客観的にみても困難な状況にあったことは明らかであるというべきであって、そのことは、aら被控訴人の人事担当責任者も十分に承知していたものと考えられること。

(2) 被控訴人が就職情報誌「Bーing」に平成三年六月及び平成四年五月に掲載した求人広告(甲一の一ないし三)の記載に照らせば、被控訴人は、中途採用者として有為の人材を得るため、応募者に対し、同年次新卒者と差別しない処遇を訴える姿勢を採っていたものと認められること。

(3) 被控訴人は、控訴人に対し、その採用前に本給テーブルその他初任給又はその本給の額を具体的に示す資料を提示していないこと。また、もしaらが供述するように、適用考課の下限を勘案して決定するとの趣旨を説明したとすれば、その説明を受けた控訴人らから、「下限」の意味を問われないはずがないと考えられること。

(4) 前記1(九)に認定の事実に照らせば、控訴人が平成五年三月に上司から知らされるまで新卒同年次定期採用者に劣らない格付がされているものと信じていたことは、これを認めることができるものというべきこと。

(二) 他方、控訴人の右供述証拠についても、右面接及び会社説明会において被控訴人側から、初任給を新卒同年次定期採用者の平均的格付によるものとするとの明確な説明があったとの趣旨においては、これを採用することはできないというべきである。aら被控訴人の人事担当責任者は、「当該年齢の現実の適用考課の下限を勘案し、個別に決定する」との運用基準が、労使の交渉により定まったもので、これによる運用が動かし難いものであることを熟知していたのであるから、同人らにおいて、有為の中途採用者を得るため控訴人ら応募者に対し処遇上同年次新卒者と差別しないとの趣旨を抽象的な表現をもって説明したとしても、初任給を新卒同年次定期採用者の平均的格付によるものとするとの運用基準と明確に矛盾する説明を明確な形ですることは考え難いところというほかないからである。

また、この観点に照らせば、被控訴人が平成四年五月に「Bーing」誌上でした求人広告の内容から見て、同人らにおいて控訴人主張のような説明をしたはずであるとの控訴人の主張も、採用することはできないというべきである。

(三) そこで、以上判示したところを総合して判断すると、被控訴人の人事担当責任者が右面接及び会社説明会において控訴人に対し説明した内容は、これを厳密に明らかにすることはできないけれども、少なくとも、給与条件につき新卒採用者と差別をしない(ハンディはない)との趣旨の抽象的な説明をしたものと認めるべきであるが、しかし、新卒同年次定期採用者の平均給与を支給するとか、それの平均的格付による給与を支給するなど、控訴人の給与の具体的な額又は格付を確定するに足りる明確な意思表示があったものと認めることはできないというべきである。

(四) そうとすれば、第一次面接及び会社説明会における被控訴人の人事担当責任者の説明によって、被控訴人と控訴人との間に、本件雇用契約上、新卒同年次定期採用者の平均的格付による給与を支給する旨の合意が成立したものということはできない。

以上によれば、控訴人の人事担当責任者による控訴人への説明は、内部的に既に決定している運用基準の内容を明示せず、かつ、控訴人をして新卒同年次定期採用者と同等の給与待遇を受けることができるものと信じさせかねないものであった点において不適切であり、そして、控訴人は、入社時において右のように信じたものと認めるべきである(もっとも、「同等」といっても、そこにはある程度の幅があり得るものであることを否定することはできない。)が、なお、被控訴人と控訴人との間に、本件雇用契約上、新卒同年次定期採用者の平均的格付による給与を支給する旨の合意が成立したものと認めることはできない。

そうとすれば、控訴人主張に係る右内容の雇用契約が成立したことを前提とする控訴人の本件未払賃金の請求は、後に判断する住宅手当及び時間外手当の点を除いては、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないというべきである。

なお、控訴人は、入社時の給与の格付のみならず、その後平成一〇年七月に至るまでの給与についても、新卒同年次定期採用者の平均的格付と同様に昇格し、昇給すべきものとする合意が成立しているとして、これに基づく賃金の差額を請求しているが、右に判示したところによれば、この点も理由がないことが明らかというべきである。

二  住宅手当について

1  証拠(甲二の5、乙一、二)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、就業規則に基づくものとしての社員給与規程及びそれに基づく社員給与細則を定めているところ、控訴人の入社当時において効力を有する同規程(乙一)において、社宅等社有施設以外に居住する社員に対し住宅手当を支給するものとし、その支給額を世帯区分により区分し、単身独立生計者はこれを所得税法上の扶養親族を有する者と有しない者とに区分し、所得税法上の扶養親族を有する者とは、本人と同居し扶養している場合(生計を一にする証明書を添付すること)である旨を定め(一八条)、同細則(乙二)において、その支給額を、単身独立生計者で所得税法上の扶養親族を有する者については二万九五〇〇円、それがない者については二万六〇〇〇円と定めている(九条)ことが認められる。

そして、証拠(控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、母を扶養者としているが、母と同居していなかった者であると認められ、そうすると、右規程等上控訴人に支給されるべき住宅手当の額は二万六〇〇〇円である。

2  前記1(五)に認定した平成三年一一月五日の会社説明会において控訴人に示された「本給・手当項目」と題する書面(甲二の5)の住宅手当の欄には、単身者で自宅を有し、扶養者がいる者については月額二万九五〇〇円、扶養者がない者については月額二万六〇〇〇円を支給する旨の記載があるところ、控訴人は、その本人尋問において、右説明会の席上aから、単身者で扶養親族がある控訴人の住宅手当が月額二万九五〇〇円となる旨を確認した旨供述し、控訴人と被控訴人との間に同額の住宅手当を支給する旨の合意が成立した旨主張する。

これに対し、aは、その供述証拠(乙二七、証人a)において、右説明会では、諸手当について住宅手当を含めその概要を説明しただけであり、控訴人との間でその供述するような具体的な応答があった記憶はない旨供述している。

3  ところで、給与の内容を成す各種手当の支給区分、額等について就業規則に基づくものとして給与規程が定められている場合には、雇用契約締結時において当事者間でこれと異なる内容によるものとして別段の合意をするなどのことがない限り、その支給額はその規程の定めるところによるものとして雇用契約が成立するものというべきであるところ、右説明会においてaが右書面(甲二の5)に基づいてした説明は、前記社員給与規程及び同規則の定めるところを説明する趣旨でしたものであることは明らかというべきである。したがって、その説明において、細部の説明を欠き、正確性に欠けるところがあり、又は誤りがあったことなどにより、控訴人において正しい理解を持つことができず、右規程等の定めるところと異なる認識を持つに至ったとしても、(労働基準法一五条二項の問題が生ずる余地があるとしても、)そのことから直ちに、その際の説明内容又は控訴人が認識したところのとおりの別段の合意が成立したものと認めることはできないといわなければならない。他に、右規程等の内容と異なる別段のものとして控訴人主張の合意が成立したものと認めるべき事由を見いだすことはできない。

4  よって、住宅手当の未払分の請求は、理由がない。

三  時間外手当について

1  被控訴人において、時間外手当算定上の賃金基礎額に、平成四年六月までは付加給、定額付加給及び社会保険料補助を含めないものとし、同年七月以降も付加給を含めないものとしていることは、当事者間に争いがないところ、争点は、法内超勤及び法適用超勤のそれぞれにつき、これらの賃金費目をその基礎額に加えないことの適法性いかんである。

2  法内超勤の時間外手当について

労働基準法三六条一項に規定する労働時間の範囲内でのいわゆる法内超勤については、同法三七条の適用がないから、その労働に対する手当の額をどのように定めるかは、基本的に雇用契約に定めるところによるものというべきである。しかるところ、証拠(乙一ないし六、証人b)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人においては、就業規則に基づくものとしての社員給与規程及びこれに基づく社員給与細則を労働組合との協議を経た上で定めており、同細則によれば、右1のとおり付加給等の賃金費目を含めないものとしてその基礎額を定めていることが認められ、これが被控訴人と控訴人との雇用契約の内容となっているものと認められる。そして、右は労使の協議を経て定められているものである上、本件証拠上、その定められた基礎額が労働契約上の信義則に照らし不当に低額に過ぎると判断すべき事情を認めることもできない。

したがって、法内超勤に関する限り、右付加給等の賃金費目をその基礎額に加えないことをもって違法と評価し、雇用契約外の規範をもってこれを補充しなければならないこととする根拠はないというべきである。

よって、法内超勤に係る時間外手当の未払額及びこれに関する付加金の支払を求める請求は、理由がない。

3  法適用超勤の時間外手当について

労働基準法三六条一項に規定する労働時間を超える労働に対する割増賃金の基礎となる賃金について、同法三七条四項は、家族手当、通勤手当その他命令で定める賃金は算入しないと定め、この規定に基づく同法施行規則二一条は、右賃金に算入しない賃金として別居手当、子女教育手当、臨時に支払われた賃金及び一か月を超える期間ごとに支払われる賃金を定めているところ、これらの規定は、算入しない賃金をこれらの賃金に限定する趣旨と解すべきであるから、右1の付加給、定額付加給又は社会保険料補助が、これら列挙された賃金と実質的に見て同視すべきものということができるかどうかの観点から検討すべきである。

そこでまず、付加給についてみると、証拠(乙一ないし六、四〇ないし四二、四五、四八の1、証人b)によれば、被控訴人は、その社員給与規程において、付加給につき、期首五四歳以前の社員に対しては臨給分割払分を付加給として支給する旨(乙一の二三条等)、臨時給与につき、臨時給与は会社の業績その他を勘案し必要に応じて支給する、臨時給与の支給期、支給額、支給要件等についてはその都度定める旨(乙一の三九条等)を定めていること、付加給は、通常毎年六月と一二月に支給される臨時給与の一部を分割して毎月支給する趣旨で設けられたものであること、そのため、その支給額(算定基礎額に対する比率、臨時給与との按分等)は、毎年、臨時給与の額の決定とともに、労使協議を経て個別に決定されてきたこと、付加給を割増賃金の基礎に加えないことにつき(定額付加給及び社会保険料補助を除外していた当時においてこれらの賃金費目を加えないことについても)、これまで被控訴人の労働組合から異論が提起されたことがないことがいずれも認められる。これによれば、付加給は、その内容の実質において、臨時給与、すなわち一か月を超える期間ごとに支払われる賃金と同じものと評価することができる。

しかしながら、一か月を超える期間ごとに支払われる賃金を割増賃金の基礎から除外することとした前記規則の規定の趣旨は、家族手当や通勤手当等が労働の質や量と無関係な労働者の個人的事情に応じて支給されるものであることに基づくのとは異なり、それが労働に対する対価であることは否定し得ないものの、計算技術上割増賃金の基礎とすることが困難であるとの理由に基づくものと解されるから、付加給が臨時給与とその内容において同質のものであるとしても、その支給月額が毎年あらかじめ定められ、これにより月毎に支給されるものである以上、これを一か月を超える期間ごとに支払われる賃金と同視して、割増賃金の基礎から除外することはできないものと解すべきである。

次に、定額付加給及び社会保険料補助については、証拠(証人b)によれば、平成四年七月からこれらの賃金費目を基礎額に加えることとしたのは、労働基準監督署からの改善指導によったものであると認められるところ、これらの賃金が家族手当等と同様に労働の質や量と無関係な個人的事情に応じて支給されるものに当たり、その他前記除外賃金と同視すべき賃金に当たるものと認めるに足りる証拠はない。

そうすると、被控訴人は、労働基準法三七条一項に基づき、控訴人の法適用超勤の労働に対し、右付加給、定額付加給及び社会保険料補助の額を加算した基礎額に基づく割増賃金を支払う義務があるものというべきところ、控訴人がした法適用超勤の時間、控訴人の給与の時間単価、その基礎となる各賃金費目の額等に関する前記第二の二3(一)(1)、(3)、(4)の事実及び同(5)のうち控訴人の現実の受給額については、当事者間に争いがないから、これにより算出される法適用超勤に係る時間外手当の額と現実に支給した額との差額は、別紙「法適用超勤の時間外手当不足額」記載のとおり、合計九万六九二四円(うち平成六年三月分まで九万六四九五円、平成九年五月から七月分まで四二九円)となる。

なお、被控訴人は、時間外手当の請求につき消滅時効の主張をするものかどうか必ずしも明らかでないが、仮にその主張をするものとしても、本件訴状の記載によれば、その中に右時間外手当の請求を含むことが明らかであるところ、同訴状による本件訴えの提起が平成六年六月一五日にされたことは本件記録上明らかであり、かつ、証拠(甲四の1ないし3)によれば、控訴人は被控訴人に対し、同年二月二一日到達の書面をもって未払賃金(時間外手当を含む。)の請求をしていることが認められるから、その主張は理由がない。

4  付加金について

控訴人は、右時間外手当の未払分について労働基準法一一四条の規定による付加金の支払を求めるが、右3判示のとおり、その支払不足額は、主として付加給を基礎額に加えなかったことによるものであるところ、その内容の実質が一か月を超える期間ごとに支払われる賃金と同じものであること、付加給等を基礎額に加えないことについて被控訴人の労働組合からこれまで何らの異論が提起されたこともなかったこと及びその不足額が小額であることに照らし、その不払の違法性の程度は低いものというべきであることにかんがみ、当裁判所としては、これに対し付加金の支払を命じないこととするのが相当であると判断する。

四  慰謝料の請求について

1  前記一に判示のとおり、被控訴人は、計画的中途採用を推進するに当たり、内部的には運用基準により中途採用者の初任給を新卒同年次定期採用者の現実の格付のうち下限の格付により定めることを決定していたのにかかわらず、計画的中途採用による有為の人材の獲得のため、控訴人ら応募者に対してそのことを明示せず、就職情報誌「Bーing」での求人広告並びに面接及び社内説明会における説明において、給与条件につき新卒同年次定期採用者と差別しないとの趣旨の、応募者をしてその平均的給与と同等の給与待遇を受けることができるものと信じさせかねない説明をし、そのため控訴人は、そのような給与待遇を受けるものと信じて被控訴人に入社したものであり、そして、入社後一年余を経た後にその給与が新卒同年次定期採用者の下限に位置づけられていることを知って精神的な衝撃を受けたものと認められる。

かかる被控訴人の求人に当たっての説明は、労働基準法一五条一項に規定するところに違反するものというべきであり、そして、雇用契約締結に至る過程における信義誠実の原則に反するものであって、これに基づいて精神的損害を被るに至った者に対する不法行為を構成するものと評価すべきである。

また、前記一1(七)及び(九)に認定の事実に照らせば、控訴人は平成四年一月の入社以来平成五年三月に上司から新卒同年次定期採用者との間に給与上の格差があることを聴かされるまでは、配属先の安全サービス部サービス課において格別の問題もなく勤務してきたものと推認される。しかるに、控訴人は、同(九)及び(一〇)認定の事実経過を経て、同(二)認定のとおり平成六年四月一日付けで総務部総務課印刷室への配置転換の通告を受けたのであるが、同室の業務内容は印刷物の製本、運搬等の肉体的単純労働を中心とする業務であるところ、控訴人の被控訴人への入社の意図及び被控訴人の控訴人採用の趣旨等に照らしてその配置転換の必要性、必然性を首肯するに足りる合理的理由を見いだすことは困難というべきであるから、右配置転換は、控訴人が被控訴人に対し給与上の格付を不当として新卒同年次定期採用者の平均的格付をするよう要求し、その要求が入れられなかったことなどから被控訴人に対する対決姿勢を採るに至り、被控訴人の中途採用者の採用方法につき労働基準監督署に対し告発行動をとるに至ったことなどの被控訴人の行動をその主たる理由とするものと推認するほかないものというべきである。そして、右のような控訴人の行動が前示採用の過程における被控訴人の不適切な説明に由来するものであることにかんがみれば、この点の被控訴人の控訴人に対する行為もまた、雇用契約上の信義誠実の原則に反する違法な行為に該当し、これに基づいて控訴人が受けた精神的損害に対し不法行為を構成するものと評価すべきである。

そして、右に判示したところと証拠(控訴人本人)によれば、控訴人は、右に指摘した被控訴人の行為により、少なからざる精神的苦痛を被ったものと認めることができる。

なお、前示のとおり、控訴人は、その後平成七年四月一日に総務課内の資料センターへ配置換えとなるとともに、給与の格付においてⅡ類Cから同Dに降格され、平成八年四月一日付けで更に同Eに降格され、平成九年四月一日付けで本店業務部へ配置転換されるなどの処遇を受けているところ、これらの配置換えや降格は、右の控訴人と被控訴人との間の抗争の延長線上のものではあるけれども、証拠(乙一七ないし二三)によれば、控訴人の平成六年四月の前記配置転換後の勤務状況は、遅刻・早退が多く、勤務時間中の怠業行動も少なくないものであると認められるから、これらの措置をもって独自の不法行為を構成するものと認めることはできないというべきである。

2  したがって、被控訴人は、控訴人に対し、被控訴人と控訴人との雇用契約締結の過程における説明及び平成六年四月一日付けの配置転換の点において不法行為を行ったものと認めるべきであるところ、前記一1に認定した事実その他本件に現れた一切の事情を総合考慮して、被控訴人の右不法行為により控訴人が被った精神的苦痛を慰謝すべき金額としては、金一〇〇万円をもって相当と認めるべきである。

五  結論

以上のとおりであるから、控訴人の本件請求は、時間外手当九万六九二四円及び内金九万六四九五円に対する平成六年九月二九日から、内金四二九円に対する平成一〇年七月二八日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金並びに慰謝料一〇〇万円及びこれに対する右同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべきであり、その余は理由がないから棄却すべきである。

よって、これと一部異なる原判決を右の範囲において変更することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 濱崎恭生 裁判官 田中信義 裁判官 松並重雄)

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