東京高等裁判所 平成11年(ネ)1554号 判決 1999年11月04日
控訴人
株式会社ダイエーオーエムシー
右代表者代表取締役
舟橋裕道
右訴訟代理人弁護士
片岡義広
同
小林明彦
同
小宮山澄枝
同
内山義隆
同
関高浩
右五名訴訟復代理人弁護士
稲葉譲
被控訴人
破産者株式会社ベストフーズ破産管財人
馬橋隆紀
右訴訟代理人弁護士
岡本弘哉
被控訴人
国
右代表者法務大臣
臼井日出男
右指定代理人
松本真
外六名
右当事者間の供託金還付請求権確認請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 控訴人と被控訴人らとの間において、控訴人が原判決別紙供託目録記載の各供託金について還付請求権を有することを確認する。
二 被控訴人ら
控訴棄却
第二 事案の概要
一1 本件は、集合債権の譲渡担保権者である控訴人が、担保権設定者の破産管財人及び集合債権についての滞納処分による差押債権者である被控訴人らに対し、譲渡担保権を主張して、集合債権の弁済供託金について、その還付請求権の帰属の確認を請求する事案である。
2 控訴人は、平成九年三月三一日、株式会社イヤマフーズ(イヤマフーズ)に対する一切の債権を被担保債権として、譲渡担保権設定者である株式会社ベストフーズ(ベストフーズ)から、同社が集合債権の債務者である株式会社ダイエー(ダイエー)との間の継続的取引契約に基づいて取得する商品売掛代金債権及び商品販売受託手数料債権(将来の債権を含む。)について譲渡担保の設定を受けた。ベストフーズは、ダイエーに対し、平成九年六月四日付けの確定日付がある書面で右譲渡担保設定の通知(本件譲渡担保設定通知)をした。その後、右譲渡担保の実行事由が発生したので、控訴人は、ダイエーに対し、平成一〇年三月三一日付け書面で譲渡担保権実行の通知をした。被控訴人国は、ベストフーズのダイエーに対する平成一〇年三月一一日から同月三〇日までの商品売掛代金債権及び商品販売受託手数料債権(本件債権)につき滞納処分による差押えを行い、ダイエーに対し、平成一〇年四月三日付け及び同月六日付け差押通知書でその旨通知した。そこで、ダイエーは、平成一〇年五月二六日、本件債権につき債権者不確知を理由として、被供託者をベストフーズ又は控訴人とする供託をした。その後の同年六月二五日、ベストフーズは、破産宣告を受け、被控訴人馬橋隆紀が破産管財人に選任された。
3 原判決は、本件の譲渡担保設定契約では、譲渡担保権者の取立権取得の時期及び設定者の弁済受領権消滅の時期がいずれも譲渡担保権の実行通知の時とされていることを根拠に、債権が設定者から担保権者へ移転するのは、設定契約の時ではなく右の実行通知の時であるとし、その時に債権譲渡の対抗要件である設定者による譲渡通知を欠く本件においては、控訴人は、譲渡担保権を第三者である被控訴人らに対抗できないとして、控訴人の請求を棄却した。これに対して控訴人が不服を申し立てたものである。
二 右のほかの事案は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の当審における主張)
控訴人とベストフーズは、平成九年三月三一日、債権譲渡担保設定契約を結び、ベストフーズのダイエーに対する債権を担保目的で控訴人に譲渡することを合意した。これは、担保目的という制約はあるが、法形式は、債権の譲渡である。したがって、右債権は、右の契約時に控訴人に対外的に移転したものである。その後の担保権実行時に初めて債権が移転するものではない。なお、担保権実行時までは、設定者であるベストフーズにダイエーからの弁済受領権を認めている。しかし、これは、担保権を設定した当事者間の内部問題として、合意により自由に定めることができる事柄であるから、控訴人に対する債権移転の効力を否定する根拠となるものではない。
そして、ベストフーズは、ダイエーに対し、平成九年六月四日付けの確定日付がある書面で本件譲渡担保設定通知をすることにより、債権譲渡の対抗要件を具備した。したがって、控訴人は、被控訴人らに対し、本件債権の取得を対抗することができる。なお、控訴人とベストフーズとが担保目的で債権譲渡という法形式を採用するとの確定的な合意をしており、すでに債権譲渡の効力が発生していることは、本件譲渡担保設定通知を受けたダイエーにも一義的に明らかであるから、本件譲渡担保設定通知は、債権譲渡の対抗要件として欠けるところはない。
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所は、控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 当事者間に争いのない事実、原判決挙示の証拠及び弁論の全趣旨によれば、原判決の「第二 事案の概要」の「二 基礎となる事実」に記載の事実が認められる。
この認定事実によれば、ベストフーズと控訴人との間の債権譲渡担保契約においては、ベストフーズは、控訴人に対し、控訴人のイヤマフーズに対する一切の債権の担保として、ベストフーズのダイエーに対する平成九年三月三一日現在の商品売掛代金債権及び商品販売受託手数料債権と同日から一年間に取得する商品売掛代金債権及び商品販売受託手数料債権を譲渡すること、控訴人は、債務者イヤマフーズや担保提供者ベストフーズが基本契約に基づく債務を履行しないとき等一定の場合には、ダイエーに譲渡担保の実行通知をして、ダイエーから直接取り立てることができること、ベストフーズは、それまでの間、自己の計算において、ダイエーから弁済をうけることができることが合意されたことが認められる。
また、証拠(甲三の1)によれば、ベストフーズのダイエーに対する本件譲渡担保設定通知には、「ベストフーズは、同社がダイエーに対して有する債権につき、控訴人を権利者とする譲渡担保権を設定いたしましたので、民法第四六七条に基づいて御通知申し上げます。控訴人からダイエーに対して譲渡担保権実行通知(書面または口頭による)がなされた場合には、この債権に対する弁済を控訴人に行って下さい。」と記載されていることが認められる。
2 以上の事実関係に基づき、控訴人が被控訴人らに対し本件債権を譲り受けたことを対抗することができるかどうかについて検討する。
民法四六七条一項が、債務者に対する債権譲渡の通知をもって、債務者だけではなく債務者以外の第三者に対する関係においても対抗要件としたのは、債権を譲り受けようとする第三者は、債務者に対し債権の存否又は帰属を問い合わせ、債務者は、債権がすでに讓渡されていたとしても、譲渡の通知を受けない限り、第三者に対し債権の帰属に変動はない旨回答することが通常であるという事情に基づくものである。このように、債権譲渡の対抗要件は、債権譲渡の有無についての債務者の正確な認識が第三者に表示されることに基礎を置いているものである。
そして、債務者は、債権の帰属状況いかんにより、だれに弁済しなければならないか、債権者に対する反対債権をもって相殺することができるかといった自己の法的な立場に影響を受けることになるから、そのような自己の利害への関心を背景として、正確な事実認識を持つことになるのである。債務者が通知を受けても、その内容からは、自己の法的な立場に影響がないと考えられる場合には、債務者が関心を持って通知の内容を認識し記憶し続けることを期待することはできない。そのため、そのような場合には、債務者の認識や記憶を通じて、第三者に通知の内容が伝わる可能性も極めて低いものといわざるを得ない。
したがって、債務者に対する通知が対抗要件としての効力を有するかどうかを判断するに当たっては、その通知の内容が、債務者自身の法的立場に影響を与えるものであって、それ故に、債務者が自己の問題として関心を持って受け止める事項であるかどうかを考慮しなければならない。
3 本件の場合、本件譲渡担保設定通知には、ベストフーズがダイエーに対する債権につき控訴人のために譲渡担保権を設定したとの記載があるが、これに続けて、控訴人からの別途の通知があった場合には、控訴人に弁済することを求める旨の記載もある。したがって、右の通知は、将来の別途の通知があるまでは、債務者であるダイエーは、当初の債権者であるベストフーズに弁済すれば足りることを意味している。
債権に質権が設定され、その対抗要件が具備された場合には、第三債務者は設定者である当初の債権者に対して弁済することが禁止される。これは、担保権である質権の設定により、担保権の目的物である債権を消滅させてはならないとの制約を受けるからである。しかし、本件の場合、控訴人のために譲渡担保権が設定されたものの、債務者は、将来別途の通知を受けるまでは、担保権設定者である当初の債権者に弁済することを求められているのであるから、それまでの間は、担保権の目的物を消滅させることが認められているのである。したがって、本件では、質権設定の場合と異なり、債務者に対し、当面は担保権設定による制約を受けない旨通知されていることとなる。
また、本件譲渡担保設定通知では、別途の通知があるまでは、債務者が担保権設定者である当初の債権者に対する反対債権をもって、譲渡担保権が設定されて債務と相殺することも容認しているものと考えられる。相殺は、いわば反対債権により自己の債務を弁済するものともいえるのであるから、弁済が認められている以上、相殺だけが禁止される理由はないからである。少なくとも、本件譲渡担保設定通知を受けた債務者が別途の通知を受けるまでは、右のような相殺をすることもできると受け止めることは当然である。そして、このような相殺ができるということは、すなわち、当初の債権者の債務者に対する債権の帰属に変化はなく、あくまでの担保権設定者が債権者であることを意味するものである。
そうすると、本件譲渡担保設定通知は、債務者に対し、当面は、当初の債権者である担保権設定者への弁済を求め、担保権設定者に対する相殺も認めているものであるから、担保権者である控訴人に債権が移転したことを通知したものと認めることはできない。したがって、債務者が右通知により債権の帰属に変動が生じたと認識することを期待することはできない。
そうである以上、控訴人が主張するように譲渡担保設定契約によってベストフーズから控訴人に対し本件債権が移転したものであったとしても、本件譲渡担保設定通知は、第三者に対する対抗要件としての通知の効力を認めることはできない。
4 また、本件の債権譲渡担保契約が、将来担保権実行事由が発生し、控訴人がダイエーに対し別途の担保権実行通知をした時点で、控訴人に債権が移転するという内容であったとしても、本件譲渡担保設定通知をその対抗要件であると認めることはできない。
すなわち、債務者が本件譲渡担保設定通知を受けた時点では、担保権実行事由が発生するかどうか不明であり、したがって、控訴人から担保権実行通知を受けるかどうか、また、その時期も全く不確定である。このように、本件譲渡担保設定通知は、そもそも発生するかどうかすら不確実な将来の事由が生じたら債権譲渡の効力を発生させるということを通知しているにすぎない。そうすると、債務者は、この通知を受けても、それだけでは自己の法的地位に影響を受けないのであり、そうである以上債務者が右の通知の内容に関心を持ちこれを正確に記憶し続け、第三者からの問合せに対し確実に通知の内容を回答することは、期待できないのであり、このような通知に法律上の対抗要件としての効力を認めるには、相当でないからである。
5 以上のとおりであるから、本件譲渡担保設定通知は、第三者に対する対抗要件としての通知の効力を認めることはできず、他にベストフーズから控訴人への債権譲渡の対抗要件が具備されたことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、控訴人は、本件債権の移転をもって被控訴人らに対抗することはできないものといわなければならない。
二 したがって、控訴人の請求をした棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・淺生重機、裁判官・菊池洋一、裁判官・江口とし子)