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東京高等裁判所 平成11年(ネ)2302号 判決 2000年4月13日

控訴人(被告) 株式会社Y

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 鈴木重信

同 谷垣岳人

被控訴人(原告) X1

被控訴人(原告) X2

右両名訴訟代理人弁護士 横山康博

主文

一  原判決主文第一項を取り消す。

二  被控訴人X1の控訴人に対する請求を棄却する。

三  控訴人の被控訴人X2に対する本件控訴を却下する。

四  控訴人と被控訴人X1との間に生じた訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人X1の負担とする。

五  控訴人の被控訴人X2に対する控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人らの控訴人に対する請求をいずれも棄却する。

二  被控訴人ら

控訴棄却

第二事案の概要

一  本件は、控訴人に複数の定期預金を有していた被控訴人X1(被控訴人X1)が、預金返還請求権に基づき、控訴人に対し、三口の定期預金から合計七八〇万円の預金の返還とその遅延損害金の支払を求め、被控訴人X2(被控訴人X2)が、控訴人の従業員は被控訴人X2が七八〇万円を着服横領したかのような言動をとり同被控訴人の信用、名誉を毀損したと主張して、不法行為による損害賠償請求権に基づき、控訴人に対し、慰謝料一〇〇万円とその遅延損害金の支払を求めた事案である。

原判決は、被控訴人X1の請求を認容し、被控訴人X2の請求を棄却したところ、これに対して控訴人が不服を申し立てたものである。

二  右のほかの事案の概要及び当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

1 原判決は、平成七年六月六日、四八〇万円の預金の払戻しが被控訴人X2の依頼に基づいて行われ、控訴人の行員であるBが被控訴人X2に対し現金四八〇万円を交付したことを認めなかったが、これは事実を誤認したものである。

次のような被控訴人X2の言動は、被控訴人X2が四八〇万円を受領していないとすれば理解できないものである。

すなわち、被控訴人X2は、平成七年六月六日の右四八〇万円が払い戻された旨記帳された定期預金通帳をその頃受け取っていながら、平成八年二月下旬頃まで、控訴人に対し、四八〇万円の払戻しを依頼しておらず四八〇万円を受領していない旨の申入れをしなかった。

そして、平成七年九月にCから、被控訴人X1が同年六月六日に四八〇万円を受け取った旨記載された「お届け現金等受領書」(乙四)を示されたときも、Cに対し、四八〇万円を受け取っていないとは述べず、乙四の作成経緯を質すことも、四八〇万円が被控訴人X1の預金口座から払い戻されていないか自己の所持する通帳により確認することもしなかった。

また、Bは、一時被控訴人らの担当を離れた後、平成七年一一月から担当に復帰し、被控訴人ら宅を度々訪れたが、被控訴人X2は、Bに対し、右四八〇万円を受領していないといわず、乙四について疑問があるとも述べていない。

さらに、被控訴人X2は、Bに対し不信感を持つことなく、平成八年一月三一日にも、Bから現金を受け取るに当たり、「お届け現金等受領書」(乙一六)への押印をBに任せている。

被控訴人X2の右一連の言動は、四八〇万円の払戻しが被控訴人X2の依頼に基づいて行われ、被控訴人X2はBから四八〇万円を受領した事実がなければ理解し得ないものである。

2 原判決は、平成八年一月三一日、Bが被控訴人らの認める八〇〇万円ではなく現金一一〇〇万円を被控訴人X2に交付した事実を認めなかったが、事実を誤認したものである。

平成八年一月三一日の現金授受の場における一連のBの行動には、特別不審な点は見当たらない。

一方で、被控訴人X2の行動には、午前一〇時四五分ころには、現実に受け取ったより三〇〇万円程度多く定期預金から払い戻されたとの記帳がされていることがわかったといいながら、控訴人に連絡をとることもなく、午後四時になって控訴人の長後支店(長後支店)を訪れるなど不審な点がある。

Bが被控訴人ら宅で一一〇〇万円との記載がある乙一六に押印したときの状況、Bの供述内容からして、Bが被控訴人X2に一一〇〇万円を交付したことは明らかである。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、被控訴人X1の控訴人に対する請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。

1  事実の経過について

<証拠省略>によれば、本件の事実の経過として、次の各事実を認めることができる。

(一) 被控訴人X2は、農業、養鶏業、不動産賃貸業を営む者であり、被控訴人X1は、被控訴人X2の母親である。被控訴人X1は、平成六年に夫であるDの遺産として相続した土地を売却し、代金約九億円を取得した。被控訴人らは、他にも多くの不動産を有しており、相続税、固定資産税等として多額の税金を支払う必要があった。そのため、被控訴人X1は、右の売却代金を納税資金とし、長後支店において複数の短期の定期預金として預け入れた。

被控訴人X1の預金の管理は、被控訴人X2が行っており、被控訴人X2が管理していた預金には、右の預金のほか、自らの預金、兄弟名義の預金、養鶏業を営む有限会社産鶏園の預金があり、これらは複数の金融機関にまたがっていた。

(二) Bは、平成六年一〇月から、長後支店の被控訴人らの担当者となり、被控訴人ら方を訪れ、定期預金の書替えや預金の預け入れ、払戻しの依頼に応じていた。

平成七年一月初めの時点で、被控訴人X1は、長後支店に八口の定期預金を有していた。その後、同年一月二六日、三月一三日、四月一三日にそれぞれ書替えや貯蓄預金への入金がされ、五月二日には新たな定期預金がされ、六月六日の前には七口の定期預金があった。それらの定期預金は、一通の定期預金通帳に記帳されていた。

(三) 平成七年六月六日、Bは、被控訴人ら宅を訪れ、被控訴人X2から、定期預金払戻請求書兼出金伝票等の必要書類を受け取り、長後支店に戻った。

Bは、長後支店において、一口の定期預金から四八〇万円を現金で払い出す手続をとり、その定期預金の残金を他の一口の定期預金とともに併合書替えとした。また、他の五口の定期預金について、それぞれ書替えを行った。

Bは、同日、被控訴人ら宅を訪れ、被控訴人X2に対し、依頼された事務処理が完了したことを口頭で報告し、現金で四八〇万円を支払い、残りを他の定期預金に加えて継続した旨の記載のある定期預金お利息計算書(乙三五、三六の一)を被控訴人X2に交付した。

(四) その後、同年七月六日、八月七日、九月七日にそれぞれ定期預金の書替えが行われた。

そのうち九月七日の書替えは、八月下旬にBが体調を崩し休暇を採ったことから、Cが担当し、他はBが担当した。

このような月一回の定期預金の書替えの際、被控訴人X2の手元に定期預金通帳があり、その通帳には、平成七年六月六日前記四八〇万円の払戻しにより、六月六日の残高が、五月二日の残高に比べ約四〇〇万円減少している旨の表示がされていた(乙四二の三・四)。ところが、この間、被控訴人X2から、BやCに対し、払戻しを依頼していない金が通帳上は払い戻されたことになっているなどの苦情はなかった。

(五) Bが同年六月六日に長後支店に提出した被控訴人X1名義の「お届け現金等受領書」(乙四。右(三)の四八〇万円を受領した旨の記載がある。)に押捺された被控訴人X1名義の印鑑は、届出印と違っていた。同年九月中旬ころ、Cは、支店長から、被控訴人ら宅に行って右印鑑が被控訴人X1の印鑑に間違いないかどうか確認してくるよう言われた。

Cは、同月一八日ころ、一人で被控訴人ら宅を訪れ、被控訴人X2からいくつかの印鑑を見せてもらったが、乙四に押捺された印鑑を確認することができなかった。

Cは、同月二〇日、Eとともに再度被控訴人ら宅を訪れ、被控訴人X2から、再度、いくつかの印鑑を見せてもらった。しかし、乙四に押捺された印鑑を確認することはできなかった。その際、Cは、被控訴人X2に対し、乙四を見せ、被控訴人X1が「四八〇万円を受け取った」という書類であると説明した。

右二度にわたって「お届け現金等受領書」を示されたとき、被控訴人X2は、この四八〇万円を受領していないと述べなかった。

そのため、長後支店内では、四八〇万円は交付されているものと考えられるようになった。そして、受領書に押捺されるべき印鑑についても、その後、長後支店内で、あらかじめ適式の払戻請求書が提出された後に現金を別途届けたのであれば、「お届け現金等受領書」に押捺する印鑑は届出印でなくともよかったということになり、二度にわたってされた印鑑の確認作業も中断された。

(六) 一〇月の定期預金の書替えはCが担当し、一一月にはBが被控訴人らの担当者に戻り、同月九日、一二月一二日にそれぞれ定期預金の書替えが行われた。このいずれのときにも、被控訴人X2は、CやBに対し、右四八〇万円を受領していないとか、乙四の書類のことや印鑑について尋ねることはなかった。

これらの書替えの結果、平成八年一月三一日の前には、被控訴人X1名義の定期預金は五口となっていた。

(七) 平成八年一月三〇日、Bは、被控訴人ら宅を訪れ、被控訴人X2から、定期預金の書替えのほかに、定期預金の一部と貯蓄預金の一部を払い戻すことを依頼された。Bは、定期預金通帳、貯蓄預金通帳、定期預金払戻請求書兼出金伝票五枚、貯蓄預金払戻請求書一枚を預かった。

Bは、長後支店において、一口の定期預金から八〇〇万円を払い出し、貯蓄預金から三〇〇万円を払い出す手続を行い、右定期預金を含め五口の定期預金の書替えを行った。

翌三一日、Bは、出納係から、現金一一〇〇万円を受け取り、午前一〇時ころ、被控訴人ら宅を訪れ、被控訴人X2に対し、依頼された事務処理が完了した旨を口頭で報告し、現金で八〇〇万円を支払い、残りを定期預金として継続した旨の記載のある定期預金お利息計算書(乙一九)、現金で三〇〇万円を支払った旨の記載のある貯蓄預金通帳(甲四)等を被控訴人X2に交付した。

そして、Bは、その場で被控訴人X2に現金を交付し、被控訴人X2は、Bに届出印を交付して、金一一〇〇万円と記載のある「お届け現金等受領書」(乙一六)に、被控訴人X2の面前で押印させた。

(八) 一月三一日の午後四時ころ、被控訴人X2が長後支店を訪れ、預金から八〇〇万円の払戻しを依頼したのに一一〇〇万円が払い戻されたことになっている、現金は八〇〇万円しか受け取っていない旨を申し出た。しかし、控訴人側は、一一〇〇万円が払い戻され、交付されたはずであるとして、決着がつかなかった。

(九) 二月中にも、長後支店の支店長、C、Bらと被控訴人X2との間で話合いがされたが、平行線をたどるばかりであった。

その後、被控訴人らは、同年四月、本件訴えを提起した。

2  四八〇万円の払戻しと交付の有無

原審及び当審において被控訴人X2本人は、平成七年六月六日にBに対し、四八〇万円を払い出してほしいと依頼したことはなく、四八〇万円の現金も受け取っていない旨供述する。

しかし、被控訴人X2本人の右の供述は、次のとおり不自然で採用することができない。

まず、平成七年六月六日当日の状況についてみる。被控訴人X2が控訴人の担当者に事務を依頼したときには、担当者は必ず事務が完了したことを報告するに当たって、定期預金お利息計算書等の書面を被控訴人X2に交付していたものと認められる。被控訴人X2は、問題の平成七年六月六日及び平成八年一月三〇、三一日には、これらの書面を受け取っていないというが、そのときに限って受け取っていないというのは、まことに不自然で信用し難い。そうすると、平成七年六月六日にもこれらの書面が被控訴人X2に交付されたとみるのが相当で、それらの書面には、四八〇万円の払戻しの記載があるのであるから、仮にBが四八〇万円を交付しなかったとすれば、これらの書面によりBの犯行が発覚したはずである。

次に、被控訴人X2は、平成七年六月六日より後に七月、八月、九月、一〇月、一一月、一二月と毎月定期預金の書替えを依頼しているが、その際、定期預金の現在高について疑問をもらしたことはない。

被控訴人X2本人は、六月六日の書替え後、定期預金の通帳を返してもらっていなかったと供述する。しかし、同被控訴人の供述自体からも、右は通帳を直ちに返してもらわなかったことをいうだけで、次の書替時期までには、通帳を受け取っており、これが被控訴人X2の手元にあったものと認められる。

そうすると、被控訴人X2は、定期預金の通帳を見て、四八〇万円の払戻しにより六月六日に定期預金の残高が約四〇〇万円減少していることを認識したものと認められる。そうであるのに、苦情を申し出ていないのであるから、被控訴人X2の頭の中には、六月六日に四八〇万円を受領した記憶があり、通帳の記載を見ても特に不審に思わなかったとみるほかはない。被控訴人X2本人は、通帳の残高に関心を持たなかったかのようにいうが、自己又は他人のため預金の管理をしている者が残高に関心を持たないということは考えられず、その供述は採用することができない。

そして、最後に、平成七年九月に二回にわたり四八〇万円の「お届け現金等受領書」を示されたときにも、被控訴人X2は四八〇万円を受領していない旨述べていない。この点について、被控訴人X2は種々弁解し、自分の方に影響がないものと考えたというけれども、前述のとおり、定期預金はその分だけ減少しているのであり、到底その弁解を採用することはできない。

このようにみてくると、六月六日には、現金の払戻しを依頼したことはなく、現金も受け取っていないという原審及び当審における被控訴人X2本人の供述は、不自然で信用できないものといわざるを得ない。

そして、1で認定した経過に原審及び当審証人Bの証言とを合わせて判断すれば、Bは、平成七年六月六日に、被控訴人X2から、定期預金から四八〇万円を払い出してほしいと依頼され、四八〇万円を被控訴人X2に交付したものと認めることができる。

3  三〇〇万円の払戻しと交付の有無

原審及び当審証人Bは、平成八年一月三〇日に、被控訴人X2から、定期預金から八〇〇万円、貯蓄預金から三〇〇万円を払い戻してほしいと依頼され、翌三一日、現金一一〇〇万円を被控訴人X2に交付したと供述する。

これに対しても、原審及び当審における被控訴人X2本人は、定期預金から五〇〇万円、貯蓄預金から三〇〇万円を払い戻してほしいと依頼し、翌三一日、現金八〇〇万円を受け取ったと供述する。

しかし、右証人Bの供述によれば、Bは、被控訴人X2から納税資金として七百数十万円が必要であると聞き、金額が最も少ない定期預金から八〇〇万円を払い戻すことを提案したところ、被控訴人X2の承諾を得た、その後、Bから貯蓄預金に三〇〇万円が入っていることを話したら、被控訴人X2は、三〇〇万円を持ってきてというので、Bは、定期預金の八〇〇万円と貯蓄預金の三〇〇万円を払い戻すものと理解し、合計の金額は確認しないまま、被控訴人ら宅から帰ってきたというのである。

これについては、被控訴人X2本人も、Bに対し納税資金として七百数十万円が必要であることを話すと、Bが金額が最も少ない定期預金から八〇〇万円を払い戻すことを提案したため、これを承諾した、その後、Bが貯蓄預金に三〇〇万円が入っているがどうしようというので、そこから三〇〇万円を持ってきてと言った、被控訴人X2は、定期預金から五〇〇万円と貯蓄預金から三〇〇万円の合計八〇〇万円を払い戻すものと理解していたという。

そうすると、証人Bの話と被控訴人X2本人の話とは、依頼の内容が八〇〇万円と貯蓄預金三〇〇万円の払戻しであったのか、貯蓄預金三〇〇万円を含め八〇〇万円の払戻しであったのかという点を除いては一致している。そして、甲二五によれば、このような双方の言い分は、平成八年二月の時点にも同様であったことが認められる。

右によれば、少なくともBは、定期預金から八〇〇万円、貯蓄預金から三〇〇万円の払戻しを依頼されたものと信じて手続を進めたものと認められる。

そして、前述のとおり、Bは、平成八年一月三一日に現金を被控訴人X2に交付するに当たって、定期預金から八〇〇万円が払い出されたこと及び貯蓄預金から三〇〇万円が払い出されたことが明確に記載されている計算書と通帳を被控訴人X2に交付したものと認められるのである。そうすると、Bがこのような書類を交付して事務処理の内容を報告しながら、その内容と矛盾する金額の現金を交付するとは考え難い。同日Bが一一〇〇万円を被控訴人X2に交付したとする原審及び当審証人Bの供述には信用性がある。

1に認定した事実の経過と原審及び当審証人Bの証言によれば、Bは、平成八年一月三一日に、被控訴人X2に対し、現金一一〇〇万円を交付したと認めることができる。

右のとおり、控訴人の弁済の抗弁はいずれも理由がある。

二  したがって、被控訴人X1の請求を認容した原判決は失当であるからこれを取り消し、同被控訴人の請求を棄却することとする。なお、控訴人の被控訴人X2に対する本件控訴は、控訴人に一部の訴訟費用を負担させた原判決を不服とするものであるが、民訴法二八二条によれば訴訟費用の負担の裁判に対しては独立して控訴できないのであって、不適法であり却下すべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 江口とし子 裁判官菊池洋一は、転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 淺生重機)

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