東京高等裁判所 平成11年(ネ)2414号 判決
主文
一 原判決を取り消す。
二 控訴人が原判決別紙物件目録記載の一の土地について所有権を有することを確認する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文と同旨
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二当事者の主張
一 控訴人の主張
1 儀保洋子(以下「洋子」という。)は、昭和四〇年二月二五日、原判決別紙物件目録記載の三の建物(以下「本件建物」という。)をその敷地の一部である同目録記載の二の土地(以下「本件二土地」という。)とともに前所有者である古堅英雄から買い受けた。
当時の本件建物の配置は原判決別紙図面記載のとおりであり、本件建物の敷地は、本件二土地と被控訴人所有にかかる別紙物件目録記載の一の土地(かつての水路の一部)(以下「本件土地」という。)及び杉並区高円寺南三丁目二六三番二の土地の一部(後に分筆されて二六三番五九となる土地)の三つの土地(以下、これらを併せて「本件敷地」という。)で構成されていた。(以下、土地の表示については、「杉並区高円寺南三丁目」を省略し、地番のみで記す。)。
しかし、洋子は、本件建物がほぼ敷地いっぱいに建てられていたことから、本件敷地の全部が買い受けた二三五番二八の土地であると信じていた。
2 本件土地はもと国有水路(以下「本件旧水路」という。)の一部であったが、本件旧水路は、大正一三年から昭和二年までの間に新しく水路が開設されたことにより(以下これを「本件新水路」という。)、そのころ埋め立てられ、以後は水路として全く使用されず、やがて隣接地と一体となって使用されあるいは売買されるようになり、洋子が前記売買契約に基づいて本件土地に対する占有を開始した昭和四〇年二月二五日当時、既に黙示的に公用が廃止されていた。
3 洋子は、右のとおり、昭和四〇年二月二五日に公用が廃止されていた本件土地に対する占有を開始し、以後、その占有を継続してきたから、二〇年が経過した昭和六〇年二月二五日に本件土地の所有権を時効により取得した。
4 控訴人は、平成八年九月二九日、洋子との間で、自己が所有する沖縄県の土地の共有持分と本件建物や本件敷地等とを交換する旨の契約を結び、これにより、本件土地の所有権を取得した。
5 控訴人は、本件訴訟において、本件土地についての取得時効を援用した。
6 しかるに、被控訴人は、本件土地の所有権が控訴人に帰属することを争っている。
7 よって、控訴人は、本件土地について控訴人が所有権を有することの確認を求める。
二 被控訴人の主張
1 公用廃止の不存在
(一) 洋子が本件土地を昭和四〇年二月二五日以来占有してきたことは認めるが、本件土地はかつて水路の一部として使用されており、国有財産法三条二項二号にいう公共用財産であった。公共用財産である本件土地について取得時効が成立するためには、右昭和四〇年二月二五日当時において、本件土地が長年の間事実上公の目的に供されることなく放置されていた事実が必要であるが、本件土地についてはそのような事実はないから、本件土地について黙示的に公用が廃止されていたということはできない。
(二) また、本件新水路は私人によって私有地に開設されたものである。したがって、その私有地の所有者がいつ本件新水路の存在に異を唱えるか分からず、もし私有地の所有者が異を唱えた場合には本件旧水路を原状に復活させて水路として使用する必要があったのであるから、そうとすれば、そのような必要性が存在しまた存在した本件旧水路については、それを公共用財産として維持すべき理由がなかったということはできないというべきである。したがって、本件土地について黙示的に公用が廃止されていたということはできない。
2(一) 他主占有権原
洋子は、その性質上所有の意思がないものとされる権原に基づいて本件土地に対する占有を開始した。
(二) 他主占有事情
洋子は、本件土地に対する占有中、真の所有者であれば通常とらない態度を示し又は真の所有者であれは当然にとるべき行動に出なかった。したがって、外形的客観的にみて、洋子は本件土地に対する占有中他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったというべきである。すなわち、
(1) 洋子は、本件二土地の面積が本件建物の面積より少ないことを知りながら、その理由を前所有者である古堅英雄に尋ねたりせず、また、本件二土地の地積更正登記手続をとることもしなかった。
(2) 洋子は、建設省所管国有財産部局長である東京都知事に対し、本件旧水路の水路敷の一部について菱沼冨美子及び高見澤三千雄がした公共用財産の用途廃止及び売払いの申請について、隣地所有者として異議なく承諾する旨の承諾書を提出しており、これによって、本件土地が被控訴人の所有であることを自認した。
3 時効援用権の放棄
仮に洋子が本件土地の所有権を時効取得したとしても、洋子は、右のとおり、平成三年四月九日付けで、建設省所管国有財産部局長である東京都知事に対し、本件旧水路の水路敷の一部について菱沼冨美子及び高見澤三千雄がした公共用財産の用途廃止及び売払いの申請について、隣地所有者として異議なく承諾する旨の承諾書を提出しており、これによって、本件土地の時効援用権を放棄した。
第三当裁判所の判断
一 証拠(甲一ないし五八、五九の1、2、六〇の1、2、六二ないし六四、乙一の1ないし17、二ないし九、一〇の1ないし3、一一ないし一七、当審証人鈴木伊作)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 現在の東京都杉並区高円寺南三丁目(旧杉並区馬橋二丁目)地区には、大正年間に素掘りの国有水路(本件旧水路)が南から北に帯状に流れており、その位置は別紙図面の緑色部分であった。
2 本件旧水路は東側にやや湾曲しており、大雨が降ったときなどには水があふれて、そのため、近隣の土地(田や畑)は水浸しになることがしばしばであった。
そこで、昭和二年ころ、地元の地主である伊集院兼高、橋本精吾、関口辰蔵らが自己の所有地(二六一番、二六二番、二六三番、二六四番、二六五番一の各一部)を提供するなどして、本件旧水路の西側に別紙図面の赤色部分のとおり帯状に幅約二メートルの直線的な水路(本件新水路)を開設し、そのころ、本件旧水路を埋め立て、これを使用しないものとした。なお、右伊集院兼高や関口辰蔵らは、本件旧水路を本件新水路に付け替えた記念として石碑を建てるなどした。(乙一六、当審証人鈴木伊作)
3 その後、本件旧水路は、それが埋め立てられたことから、いつのころからか、隣地(主として二三五番の土地)と一体となって使用されるようになり、その埋立部分に建物が建てられたり、また、それが売買の対象ともされるなどした。しかし、このことに対して本件旧水路の管理者である行政主体から是正措置がとられたことはなかった。
4(一) その一部が本件新水路の水路敷の一部とされた前記二六三番、二六四番、二六五番一は、昭和三年一二月八日、他の土地とともに合筆されて二六三番の土地となり、そして、同日、二六三番一及び二に分筆され、右二六三番二の土地が本件新水路の水路敷等とされた。右二六三番二の土地は、昭和三年一二月一四日に伊集院兼高から関口辰蔵に所有権移転登記がされ、さらに、昭和二六年八月三〇日に関口辰蔵から関口久蔵に相続を原因として所有権移転登記がされた後、昭和二七年四月二六日に本件新水路の水路敷に当たる部分として新たに二六三番一八の土地が右二六三番二から分筆された。(甲二六ないし三一)
(二) また、その一部が本件新水路の水路敷の一部とされた前記二六一番、二六二番は、昭和二年五月一二日、二六〇番一に合筆され、その後、右二六〇番一の土地につき、昭和一一年六月一六日に橋本精吾から三好桂に所有権移転登記がされ、さらに、昭和一四年九月二九日に二六〇番一の土地から同番八の土地が分筆され、昭和一六年七月七日に同じく同番九ないし一一の土地が分筆されて、残った二六〇番一の土地が本件新水路の水路敷等とされた。昭和一七年五月、右二六〇番一の土地は、「水路成」として免租され、同年八月二七日に三好桂から関口林之助に所有権移転登記がされ、その後、昭和二五年一一月一七日に関口林之助から関口久蔵に相続を原因として所有権移転登記がされた上、同日、関口久蔵から棚田桂吾に所有権移転登記がされた。(甲三二ないし四二)
棚田桂吾は、昭和二六年一二月一九日、右二六〇番一の土地を当時自己が所有していた後記二三五番二の土地と合筆したが(甲四四)、二六〇番一の土地の内、実際に右二三五番二の土地と一体として使用されたのは、本件新水路を除くその余の部分であり、本件新水路の水路敷部分は依然として公図上も二六〇番一とされていた(甲七、八)。なお、このほかに、既に埋め立てられていた本件旧水路も、その一部(右二三五番二の土地に接する部分)が二三五番二の土地と一体となって使用された(甲七、八、弁論の全趣旨)。
5(一) 本件旧水路の東側に沿って南北に長く存在していた二三五番の土地は、明治四一年五月二一日に所有権保存登記を経由した関口林之助が所有していたが、昭和二二年九月一二日に関口林之助から関口久蔵に相続を原因として所有権移転登記がされ、昭和二五年六月一六日に同番一及び二に分筆された。
(二) 棚田桂吾は、昭和二五年一一月一七日に右二三五番二の土地について所有権移転登記を経由し、前記のとおり、これに二六〇番一の土地を合筆した。(甲四四)
小宮照雄は、昭和二六年一二月ころ、右二三五番二の土地から分筆された二三五番六の土地上に家屋を新築したが、この家屋の敷地には埋立後の本件旧水路の一部が含まれていた。(甲二四、二五、六三)
(三) 志村兵吉は、昭和二五年一一月一七日に右二三五番一の土地について所有権移転登記を経由し、その後、昭和三二年四月一七日に同番二五の土地を分筆した後、昭和三六年一二月一四日に右二三五番一の土地から同番二八の土地を分筆した。(甲三、四三)
6 新屋光徳は、昭和三七年一〇月ころ、右二三八番二八の土地とそれに隣接する本件旧水路の一部である埋立後の本件土地並びにそれに隣接する二六三番二の土地の一部(後に分筆されて二六三番五九となる部分)を買い受け、右土地上に第一栄荘(本件建物)を建築し、同年一二月六日、第一栄荘の所有権保存登記を経由し、また、昭和三八年一一月八日、同月七日売買を原因として右二三五番二八の土地についての志村兵吉から自己に対する所有権移転登記を経由し、そして、昭和三九年五月二七日、右二三五番二八の土地を同番二八の土地(本件二土地)と同番三〇の土地に分筆した。(甲一ないし三、六)
7 古堅英雄は、昭和三九年一〇月三〇日、本件建物とともにその敷地である本件二土地、本件土地及び右二六三番二の土地の内の後に二六三番五九となる部分(これらを併せたものが「本件敷地」である。)を二三五番二八の土地として新屋光徳から買い受け、同月三一日、本件建物及び本件二土地につきその旨の所有権移転登記を経由した。(甲一、三)
松井フミは、昭和三九年九月二六日、二三五番三〇の土地を新屋光徳から買い受け、同月二八日、その旨の所有権移転登記を経由した。(甲六)
8(一) このような状態の中で、洋子は、昭和四〇年二月二五日、本件建物とその敷地である本件敷地を古堅英雄から買い受け、同月二六日、本件建物及び本件二土地につきその旨の所有権移転登記を経由した。(甲一ないし三、一九)
洋子は、当時、本件敷地全体が本件二土地(二三五番二八の土地)であると思っており、以後、本件建物を所有して本件土地を含む本件敷地全体を占有していた。そのころの本件建物の配置は原判決別紙図面記載のとおりであった。
(二) また、洋子は、昭和四〇年六月一八日、右二三五番三〇の土地を松井フミから買い受け、同日、その旨の所有権移転登記を経由し、その後、その土地上に第三栄荘を建築した。(甲六、一九)
9 本件新水路は当初は開渠であっだが、その後蓋が付けられるなどして暗渠となった。
そして、本件敷地付近の下水は、昭和四五年三月二八日付け東京都下水道局告示第六〇号により、同年四月四日から公共下水道によって処理されることとなった。(乙一〇の3)
10 昭和六三年一一月一六日、当時の二六三番二の所有者であった田山孝は、二六三番二から二六三番五九を分筆した。(甲四、五)
また、当時の二六三番一八(本件新水路の水路敷の一部)の所有者であった同人は、同日、二六三番一八を同番一八、六〇、六一、六二に分筆した。(乙六ないし八)
11 平成元年一〇月二〇日、二六三番二の土地の所有者であった右田山孝は、右二六三番一八の土地を隣接する右二六三番二に合筆した。(乙九)
12 平成三年四月九日、洋子は、菱沼冨美子及び高見澤三千雄が自己所有地に隣接する本件旧水路の水路敷の一部につきその公用廃止及び売払いを申請した際(菱沼申請分三六・七五平方メートル、高見澤申請分三五・四三平方メートル)、建設省所管国有財産部局長である東京都知事に対し承諾書を提出して、隣地所有者として右払下げ等を異議なく承諾した。(乙一の1ないし17)
被控訴人は、菱沼冨美子及び高見澤三千雄に対し、本件旧水路の水路敷の一部を公用廃止の上で売り払った。(弁論の全趣旨)
13 平成五年三月二四日、前記二六三番六一(本件新水路の水路敷の一部)は、隣接する二三五番四五の土地(所有者福岡丈斉ほか三名)に合筆された。(乙七)
14 平成八年九月二九日、控訴人は、継母洋子との間で、自己の所有する沖縄県の土地の共有持分と本件建物及び本件敷地並びに第三栄荘とその敷地である二三五番三〇の土地とを交換する旨の契約を結び、平成九年二月一〇日、本件二土地につき所有権移転登記を経由した。(甲三、一九)
15 控訴人は、平成九年二月、本件建物及び第三栄荘を取り壊し、同年五月、その旨の登記を経由した。(甲二)
16 現在、本件新水路の水路敷の地番は、南から、二六三番六二(所有者福岡丈斉)、二三五番四五(所有者福岡丈斉ほか三名)の一部、二六三番六〇(所有者株式会社紀州)、二六三番二(所有者株式会社紀州)の一部、二六〇番一、二三五番三二である。(甲七、二二)以上の事実が認められる。
二 判断
1 公用の廃止について
(一) 「公共用財産が、長年の間事実上公の目的に供用されることなく放置され、公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、その物のうえに他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されるようなこともなく、もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなった場合には、右公共用財産については、黙示的に公用が廃止されたものとして、これについて取得時効の成立を妨げないものと解するのが相当である。」(最高裁第二小法廷昭和五一年一二月二四日判決)。
(二) そこで、これを本件についてみるに、本件旧水路は、昭和二年ころに本件新水路が開設されたことによって埋め立てられ、以来、洋子が本件土地に対する占有を開始した昭和四〇年二月二五日までの約三八年間にわたって水路として使用されておらず(現在でも使用されていない。かえって、被控訴人は、前記のとおり、本件旧水路の水路敷の一部を公用廃止の上で売り払っている。)、しかも、右埋立後は、その隣地と一体となって建物の敷地として使用されあるいは売買の対象とされてきたのであって、これに対して本件旧水路の管理者(行政主体)から是正措置がとられたことはなく、本件旧水路が水路としての形態や機能を全く喪失していることは明らかであるから、そうとすれば、本件旧水路は、遅くとも洋子が本件土地に対する占有を開始した昭和四〇年二月二五日当時において長年の間事実上公の目的に供用されることなく放置されていたものというべきである。
(三) また、本件旧水路に対しては、その埋立てがされて以来、私人の占有が継続してきたのであるが、本件旧水路に代わって本件新水路が開設されていたことから、その地域の下水や雨水の排水処理等に支障が生じたことはなく、したがって、本件新水路のほかに本件旧水路を併存させておく必要はなかったと認められるから、そうとすれば、本件旧水路については、遅くとも洋子が本件土地に対する占有を開始した右昭和四〇年二月二五日当時においてもはやそれを公共用財産として維持すべき理由はなくなっていたものというべきである。
この点につき、被控訴人は、「本件新水路は私有地に開設されており、その私有地の所有者からいつ本件新水路の存在に対して異議が述べられるか分からず、もし異議が述べられた場合には本件旧水路を原状に復して再び水路として使用する必要があったから、そうとすれば、そのような必要性が存した本件旧水路について、それを公共用財産として維持すべき理由がなくなっていたとはいえないというべきである。」旨を主張する。しかし、今日まで本件新水路の水路敷の所有者から本件新水路の存在に異議が述べられたことはなかったのであり、これからも異議が述べられることはまずないものと認められ、また、仮に所有者が異議を述べたとしても、本件旧水路を復活させることはもはや不可能であると認められるから、そうとすれば、本件旧水路については、洋子が本件土地に対する占有を開始した昭和四〇年二月二五日当時においてそれを公共用財産として維持すべき理由はなくなっていたと認めるのが相当である。被控訴人の右主張は採用することができない。
(四) 右のとおり、本件土地については昭和四〇年二月二五日までに黙示の公用廃止があったものと認められるから、昭和四〇年二月二五日以来本件土地を占有してきた洋子は、二〇年が経過した昭和六〇年二月二五日に本件土地の所有権を時効により取得したものというべきである。控訴人の本件請求はこれを認容することができる。
2(一) 被控訴人は、「洋子は、その性質上所有の意思がないものとされる権原に基づいて本件土地に対する占有を開始した。」旨を主張するが、洋子は本件建物とその敷地である本件敷地を買い受けて本件土地に対する占有を開始したのであるから、洋子の占有には所有の意思があったことは明らかである。
(二) また、被控訴人は、「洋子は、本件土地に対する占有中、真の所有者であれば通常とらない態度を示し又は真の所有者であれば当然にとるべき行動に出なかった。」旨を主張するが、たとえ洋子が本件二土地の面積が本件建物の面積より少ないことについて前所有者である古堅英雄にその理由を尋ねなかったとしても、また、本件二土地の地積更正登記手続をとることをしなかったとしても、そもそも、洋子が本件二土地と本件建物の登記簿上の面積(本件二土地は七七・三二平方メートル、本件建物の一階の床面積は八九・六五平方メートル)を知っていたことを認めるに足りる証拠はなく、仮に洋子がそれを知っていたとしても、登記簿上の地積の記載は必ずしも正確ではないことに鑑みれば、洋子が右の行動に出なかったことをもって直ちに所有者として当然にとるべき行動に出なかったということはできず、また、たとえ洋子が建設省所管国有財産部局長である東京都知事に対して承諾書を提出し、本件旧水路の水路敷の一部について菱沼冨美子及び高見澤三千雄がした公共用財産の用途廃止及び売払いの申請について、隣地所有者として異議なく承諾したとしても、それは本件土地の売払いについてではないのであるから、それをもって本件土地の所有者であれば通常とらない態度をとったということはできないものというべきである。
3 さらに、被控訴人は、「洋子は、平成三年四月九日付けで、右のとおり、建設省所管国有財産部局長である東京都知事に対して承諾書を提出し、本件旧水路の水路敷の一部について菱沼冨美子及び高見澤三千雄がした公共用財産の用途廃止及び売払いの申請について、隣地所有者として異議なく承諾したから、これによって、本件土地の時効援用権を放棄した。」旨を主張するが、たとえ洋子がそのような承諾書を提出したとしても、それをもって本件土地の所有権が被控訴人に帰属することを認めたということはできず、洋子が本件土地に対する時効の援用権を放棄したものとみることはできないものというべきである。被控訴人のこの点の主張も採用することができない。
三 よって、控訴人の本件請求を棄却した原判決は不当であるからこれを取り消し、控訴人が本件土地について所有権を有することを確認し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 原田敏章 裁判官 木下秀樹)