東京高等裁判所 平成11年(ネ)3786号 判決
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文同旨
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
第二事案の概要
一 本件は、登録された貸金業者である被控訴人が、控訴人に対し、現実に二〇〇万円を交付して貸し付けたことを根拠として、その貸付金の残元金一〇九万〇二二〇円及びその間の利息制限法所定の利率による遅延損害金八四万六七八七円の計一九三万七〇〇七円並びにこれに対する最終弁済日ののちであると主張する平成一〇年五月一日から支払済みまで利息制限法所定の利率である年三〇パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。被控訴人の本件請求に関する請求原因事実については、原判決添付「(別紙)請求」欄記載のとおりである。
原審において、被控訴人は、控訴人の住居所が不明であるとして、公示送達手続の申立てをしたところ、原審はこれを認め、控訴人に対して公示送達による送達手続を行った上、被控訴人から提出された証拠等に基づき、控訴人不出頭のまま、被控訴人の本件請求をすべて理由があるとして認容し、平成一〇年一〇月二日、公示送達による判決(第三回口頭弁論調書)正本の送達手続を行った。
控訴人は、右公示送達による判決正本の送達から法定の控訴期間が経過したのち、はじめて本件訴訟の提起及び判決言渡しがされていることを知り、控訴人には長期間の出張等の事情があることなどからすると、控訴期間経過後の本件控訴には控訴の追完が認められるべきである旨を主張して、本件控訴を提起するに至った。
二 そこで、本件においては、まず控訴人には本件控訴の追完が認められるべきであるかどうかが判断されなければならず、右の追完が認められた場合、被控訴人の本件請求の成否(具体的には、被控訴人主張に係る日時に被控訴人から控訴人に現実に二〇〇万円の現金の交付を伴う貸付があったかどうか。右交付に係る貸付を以下「本件貸付」という。)が主な争点となる。
第三当裁判所の判断
当裁判所は、控訴人の提起した本件控訴については、その追完が認められるべきものであるから適法なものというべきであり、また、被控訴人の本件請求はすべて理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
一 本件控訴の適否(追完の可否)について
証拠(甲一、二、一六ないし二一、乙一、二、三の一、二、証人尾形明人、控訴人)並びに本件記録によれば、次の事実が認められる。
1 被控訴人は、平成一〇年六月四日、本件請求に係る本件訴状を、甲一(借用証書。平成五年五月一一日に被控訴人が控訴人に二〇〇万円を貸し付けた旨が記載されている。)及び甲二(領収証。右同日、控訴人が被控訴人から二〇〇万円を受領した旨が記載されている。)等と共に原審に提出した。これを受けて原審においては、まず、第一回口頭弁論期日を平成一〇年七月七日と指定し、被控訴人及び控訴人のそれぞれに対して右期日の呼出状の特別送達手続を行った。右の呼出状は被控訴人に対しては同年六月一五日に送達されたものの、本件訴状に記載された住所(東京都豊島区東池袋二丁目四九番九号第二尾形ビル(三階応接室)。本判決記載の控訴人の住所、すなわち、現住所に同じ。以下「本件訴状上の住所」という。)宛に行われた控訴人に対する送達は、いわゆる留置期間徒過により不送達となり、同月二二日右呼出状は原審に返戻され、再度同様の特別送達手続が行われたものの、前同様、留置期間徒過により不送達となり、右呼出状は同年七月九日原審に返戻された。
2 そこで、被控訴人は、平成一〇年八月七日、以下の三点の資料、すなわち、<1>控訴人の所在に関する調査報告書その一(被控訴人支配人松元安俊-以下「松元」という-が控訴人の住居所を調査するため、平成一〇年七月一三日、本件訴状上の住所地に赴いたところ、近隣の者は「一年程前に控訴人を見かけたことがあるが、その後見かけておらず、移転先も就業先も知らない。」旨述べ、また、右住所地の近くに住む控訴人の母親(尾形勝子。以下「勝子」という。)に問い合わせたところ、「債権者から身を隠すため本件訴状上の住所に住まわせていたが、一年程前から土木現場を渡り歩いており、現在は音信不通である。」旨の供述を得ただけであって、控訴人の現在の住居所及び就業場所を把握する手だてはない旨の同支配人作成に係る同月一五日付けの調査報告書)、<2>同報告書その二(被控訴人従業員が、平成一〇年七月二八日、再び控訴人の住居所を把握するため、控訴人の母親の居宅-東京都豊島区東池袋三-一五-二-に赴き、同人に控訴人の移転先等について尋ねたところ、控訴人は三年程前に離婚し、その後本件訴状上の住所に住んでいたが、ここ一年程は何らの連絡もなく、土木作業員の仕事をしているようであるが、現在の就業場所等は分からない、との回答を受けた旨の同支配人及び右従業員ら作成に係る同年八月五日付けの調査報告書)、<3>控訴人に関する平成一〇年八月四日付けの戸籍附票の写し(控訴人の住所は平成六年五月一〇日以降本件訴状上のそれである旨が記載されている。)、以上の各資料を添付した上、原審に対し、控訴人の住居所等が不明であるため通常の手続では訴訟上の書類の送達ができないとして、公示送達の許可の申立てをした。
3 そこで、原審書記官は、控訴人の本件訴状上の住所における郵便物の状況について豊島郵便局集配課へ問い合わせをするなどした上、平成一〇年八月二一日、本件につき公示送達をすることとし、右同日、訴状副本、同年九月八日を第一回口頭弁論期日とする呼出状等の送達書類につき公示送達による送達手続を行った。そして、本件訴訟につき公示送達手続による審理が行われた結果、同月二二日、前示のとおり、被控訴人の本件請求のすべてを認容する内容の原判決が言い渡され、同年一〇月二日、控訴人に対する右判決(第三回口頭弁論調書)正本の公示送達手続が行われ、右送達の効力は翌三日発生した。
4 控訴人は、平成九年三月ころから日本工営株式会社に契約社員として勤務し、土木設計、土木施工管理等の業務に従事していた。当初は本件訴状上の住所地から同会社の大宮営業所に通勤していたが、平成一〇年六月ころから長野のトンネル工事に従事することとなり、長期の出張となる見通しであったことから、同月一三日には母親の勝子のもとに赴き、右出張の件を伝えるとともに、勝子の老齢等からくる記憶力等の衰えが懸念されたので、出張先のホテルの住所と電話番号を書いたメモを勝子の居宅の電話機の前に貼り付け、連絡先を明らかにした。さらに、翌一四日には勝子と別居している実兄の尾形明人(以下「明人」という。)のもとに赴き、右出張の件を伝えた。そして、控訴人は、同月一五日から同年一一月二一日まで及び同年一二月一日から同月九日までの間、長野第一ホテルに宿泊して右工事作業に従事しており、その間本件訴状上の住所地には戻っていない。同年一一月半ばころ足首を捻挫したことから契約社員を解雇され、間もなく本件訴状上の住所地に戻った。
ところで、勝子は、老齢(当時八三、四歳)等のため一人暮らしが困難な状態となり始めていたことから、明人は、平成一一年六月、母親引取りのため同人が住んでいたマンションを訪れ、その荷物整理をしていたところ、宛名を「尾形勝子様方尾形武人様」とする被控訴人差出しに係る郵便物を発見した。明人が直ちにこれを開封したところ、残元金等合計二二〇万〇六二四円に関する提訴予定日を平成一〇年二月とする同年一月二三日付けの被控訴人から控訴人に対する「提訴通知書」が出てきたので、明人は、右の通知書等を持参した上、同年五月下旬ころに控訴人からその債務整理の委任を受けていた本件控訴人代理人弁護士に善後策を相談した。右訴訟代理人弁護士は、控訴人に対して右通知書等につき問い質したが、全く関知しないものであるとのことであったので、念のため東京地方裁判所民事部受付で調査をして貰ったところ、本件訴訟が提起された上、訴訟手続は既に終了していることを知るに至った。そこで、右訴訟代理人弁護士は、同年六月一七日、控訴人からの委任を受けた上、本件訴訟に関する記録の閲覧謄写申請をし、翌一八日、その閲覧等をした結果、前示のとおりの本件訴訟に関する原審での全貌が控訴人側に判明したため、直ちに右同日、本件控訴を提起するに至った。
5 なお、被控訴人は、本件訴訟の提起に先立ち、本件訴状上の住所地に本件請求に係る内容証明郵便を数回にわたって送付することを試みたが、いずれも留置期間徒過により、同郵便物は被控訴人のもとに返戻されている。また、被控訴人は、本件訴状上の住所地へと同時に勝子の住所地にも控訴人を宛名として、控訴人の住所地への書類の配達ができないので控訴人宛の内容証明郵便を勝子から控訴人に手渡して欲しい旨が記載された書類を送付してもいる。
右の認定事実によれば、原審が採った公示送達手続に違法があるとは認め難い。また、本件控訴が提起されたのは、本件公示送達手続により原判決が言い渡された日から不変期間である二週間を徒過してのちのことではあるが、控訴人が本件訴状上の住所地を不在とした理由、控訴人が本件訴訟の提起等の事実を把握するに至った経緯等、先にみた本件に関する諸事情に徴すると、右不変期間を遵守することができなかったのは控訴人の責めに帰することができない事由によるものと認めるのが相当である(先にみた本件訴状提起前に被控訴人が控訴人に宛てて採った内容証明郵便配達の経緯に照らすと、被控訴人は、本件訴状が本件訴状上の住所に配達されないことを予め認識し得る状態にあったのではないかとの疑いもなくはなく、また、被控訴人が勝子から聴取したとする控訴人の住居所に関する情報についても、当時の勝子の状況等に徴すると、果たして原審に呈示された調査報告書の内容が真実勝子から聴取した内容どおりのものであるのか、全く疑念がないといえなくはない。)。そして、控訴人側が本件訴訟手続が終了していることを知ったことにより右の事由は消滅したものであるところ、右消滅から一週間内に本件控訴の提起がされていることは前示のとおりであるから(民訴法九七条一項参照)、本件控訴の提起については、訴訟行為の追完を認めるのが相当である。よって、本件控訴は適法というべきである。
二 被控訴人の本件請求の成否について
1 被控訴人は、平成五年五月一一日、控訴人に対し、二〇〇万円を、弁済期同年六月一〇日、利息四〇・〇〇四パーセント、遅延損害金年率三〇パーセントとの約定のもとに、現実に交付して貸し付けた旨主張する。そして、被控訴人の右主張事実に沿う内容が記載された借用証書(甲一)、領収証(甲二)、借入申込書(甲六)があり、証人松元(被控訴人の支配人であり、被控訴人代表者の夫)は右主張事実に沿う証言をし、同旨の陳述書(甲二四)を提出している。
しかしながら、右各書証は後記のとおりの経緯で作成されたものであるから、これらをもって被控訴人主張に係る右二〇〇万円の控訴人に対する現実の交付による貸付の事実を認めるに足りる証拠とすることはできず、また、右松元証言及びこれと同旨の右陳述書も、後記のとおり信用することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。その理由は、次のとおりである。
2 証拠(甲七、一三、一四、証人尾形明人、同松元、控訴人)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 控訴人は、平成三年八月ころ、貸金業者である被控訴人から一〇ないし二〇万円程度の金員を、利息年三〇パーセント程度の約定のもとに借り受け、これを一〇日に一度程度の割合で利息相当分を被控訴人の事務所に直接持参して返済していた。しかし、右の返済は遅れ勝ちであって、約束の日に支払ができない場合には被控訴人から厳しい取立ての催促が行われたことから、控訴人は、たとえ返済予定日に支払ができない場合であっても、支払延期方の承諾を得るためにも同事務所には赴いていた。平成四年一月二四日、控訴人は、被控訴人から、それまでの貸付金の残高(元本に利息等を加えた残高の合計額)が五〇万円に達しているとして、被控訴人から求められるまま、それまでの支払分の充当状況等について何らの説明も受けることなく、控訴人が右同額の消費貸借上の債務を被控訴人に対して負担していることを承認したことなどを内容とする公正証書の作成嘱託を求められてこれに応じ、その後は被控訴人に対して一か月に一度程度の割合で一〇万円程の支払を続け、平成四年三月八日に元本分として五〇万円を一括返済するなどしたことにより、右公正証書上の債務は完済された。
(二) 控訴人は、当時、いわゆる街の高利の金融業者から借りなければならない程逼迫した状況にあったため、右公正証書上の債務完済から暫くしてから、再び被控訴人に二〇ないし三〇万円程度の融資方を申し込んだ。しかし、最初の融資の返済が前示のとおり滞り勝ちであったことなどから、当初はこれを断られたが、再三にわたって懇請した結果、ようやく右金員を借り受けられるところとなり、時折遅滞することはあったものの、月々一〇万円程度を利息相当分とする返済を平成五年五月ころまで続けていた。
3 ところで、被控訴人支配人である松元の本件貸付に至る経緯についての証言の要旨は、次のとおりである。
すなわち、「本件貸付の前に貸し付けたのは、平成三年八月ころの五〇万円だけであり、それも平成四年三月ころには完済されていた。それから控訴人が本件貸付を求めてきた平成五年の五月ころまでの間、全く貸借はなかった。本件貸付の前から控訴人が潜りの金融に手を出していることは知っていた。控訴人は真面目であるが、お金にルーズなところがあった。本件貸付の依頼は十五回程あったが、二〇〇万円という大金であったので、保証人がいれば貸してあげると言ったが、保証人がいなかったので断っていた。本件貸付につき公正証書を作成しようと思っていたが、控訴人の印鑑証明書の有効期限がきれたことと、控訴人はきちっとした人だと信頼していたことなどから、作成するに至らなかった。また、物的担保として、尾形ビルが控訴人の所有となるので、これを担保に入れても良いとの話しはしていたので、安心して貸し付けた。もっとも、そのビルの登記簿謄本の取り寄せはしていないが、控訴人が妻の和子とよりが戻ってきちっとした生活をするというので信用できた。二〇〇万円は天引きしないでそのままの金額を貸し渡した。一年間おつき合いをしたら、情がわいてきて貸した。」。以上のとおりである。
しかしながら、右の証言は、その内容自体に徴しても、いかにも不自然、不合理といわなければならず、到底信用することができない。それまでの控訴人の遅れ勝ちの返済状況等から本件融資申込みを断っていたという被控訴人が、何ら有効な担保もとらずに、しかもそれまでの貸付金とは比べものにならない程多額である二〇〇万円もの金員を、天引きもせずに現実に交付して貸し付けたとすることにつき、合理的な説明(証言)がされているとは到底認め難い。「情がわいたので信用して貸した」と言いながら、本件貸付日とされた当日に控訴人及び妻から念書まで徴しており、控訴人が当時街の潜りの金融に手を出さざるを得ない状況にあることやお金のルーズな人であることを知っており、したがって、返済が滞る可能性の高いことをも十分予測しながら、「信頼できる人であったので貸した」などという証言は到底信用できるものではない。松元の前記証言は、いずれも本件貸付(二〇〇万円を現実に交付することによってされた貸付)が行われる必然性のないことを如実に物語っているというべきである。被控訴人の前記主張に沿う内容の松元作成に係る陳述書(甲二四)の内容も、前記証言と同旨であり、信用することはできない。
却って、前掲各証拠によれば、控訴人は、被控訴人から受けた二回目の貸付金につき月々一〇万円程度を利息相当分として平成五年五月ころまで継続して支払っていたところ、同月一一日、控訴人は、前同様、被控訴人から求められるまま、それまでの滞納額が合計二〇〇万円に達しているので右同額を貸付金とする借用証書を作成するよう求められ、それまでに返済した金員の充当内容等が一切明らかにされないまま、現実の金員の交付は全くないにもかかわらず、二〇〇万円を貸付元本とした借用証書の作成に応じることとした。このような経緯のもとに作成されたのが甲一(本件借用証書)、甲二(領収証)、甲六(借入申込書)である。そして、本件借用証書に基づく貸付金に関する返済は、毎月数万円ないし一〇万円程度宛平成七年の半ばころまで続き、その返済額の合計は二〇〇万円を超えるまでになっていた。そして、それまで少しでも支払遅滞があると行われていた控訴人に対する支払催促は、平成八年一二月に行われるまで全くなかった。
4 以上によれば、被控訴人主張に係る本件貸付の事実、すなわち、被控訴人が、平成五年五月一一日に二〇〇万円の現金全部を控訴人に現実に貸し付けたことによって成立したとする金銭消費貸借契約締結の事実、を認めることはできないから、右貸付の事実を前提とする本件請求は理由がないことに帰する。したがって、本件請求をすべて理由があるとして認容した原判決は不当であり、取り消されるべきである。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤瑩子 裁判官 鈴木敏之 裁判官 小池一利)