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東京高等裁判所 平成11年(ネ)3788号 判決 2000年3月28日

控訴人

日水製薬株式会社

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

杉山克彦

柴崎栄一

椿正隆

井上清彦

山崎祐史

右補佐人弁理士

【B】

被控訴人

日東紡績株式会社

右代表者代表取締役

【C】

被控訴人

ニットーボーメディカル株式会社

右代表者代表取締役

【D】

被控訴人ら訴訟代理人弁護士

大治右

坂東規子

上石奈緒

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らは、控訴人に対し、各自金五〇〇〇万円及びこれに対する平成九年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

第二事案の概要

本件は、控訴人が、被控訴人らによる商品の製造販売が控訴人の有する特許権を侵害(間接侵害)すると主張して、被控訴人らに対して損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  控訴人の有する特許権

控訴人は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有している。

発明の名称 免疫比濁法による血清CRPの簡易迅速定量法

出願日 昭和五七年六月三日

出願公告日 平成四年二月一九日

登録日 平成五年八月一三日

登録番号 第一七七九一七七号

特許請求の範囲 原判決別紙「特許出願公告公報」写しの該当欄記載のとおり(以下、右出願公告公報掲載の明細書を「本件明細書」という。)

2  本件発明の構成

A 次の四種の液を調整する。

a 検体血清と抗血清使用液との混合液である被験液T

b 検体血清と検体ブランク緩衝液との混合液である検体ブランク液SB

c 生理食塩液と抗血清使用液との混合液である試薬ブランク液RB

d 生理食塩液と検体ブランク緩衝液との混合液である緩衝液ブランク液BB

B これら四種の液をそれぞれインキュベートしてプラトーに達せしめた後に、それぞれの液の吸光度(AT, ASB, ARB 及び ABB)を測定する。

C CRPによる検体血清の吸光度(ACRP)を式

ACRP = ATーASB ー(ARB ー ABB)

として算定する。

D 一方、右記と同様に、但し検体血清の代わりに各種濃度のCRP標準液を用いて吸光度ーCRP値の関係を示す検量線を予め作成しておく。

E 右記の算定吸光度値に該当するCRP値を上記の検量線から求める。

3  被控訴人らの行為

被控訴人日東紡績株式会社は、昭和六三年ころから、原判決別紙方法目録記載の方法(以下「イ号方法」という。)の実施に使用する原判決別紙物件目録記載の物件(以下「イ号製品」という。)を業として製造し、全量を被控訴人ニットーボーメディカル株式会社に対して販売している。

被控訴人ニットーボーメディカル株式会社は、昭和六三年ころから、イ号物件を業として販売している。

なお、イ号方法は、日立七〇五形自動分析装置により実施することができる。

二  争点

1  イ号方法と本件発明の構成の対比

(控訴人の主張)

イ号方法は、以下のとおり、本件発明の構成をすべて充足する。

(一) 本件発明に係る方法(以下「本件特許方法」という。)及びイ号方法の特徴

(1) 本件特許方法の測定原理は、免疫比濁法(Turbidimetry)を適用してエンドポイント法により血清CRPの定量を行うというものである。また、本件特許方法の特徴は、緩衝液ブランク、試薬ブランク、検体ブランクを厳密に差し引くことを必須要件とすることにより、血清CRPの低量域の測定を可能としていることにある。

本件特許の出願前、CRP検査法としては、ルーチン検査法やレーザー比濁法(比朧法)があった。しかし、毛細管法、ラテックス凝集法、一元免疫拡散法等のルーチン検査法では、CRP値の変動の定量的な把握、特に低値域におけるCRP値の変動の把握に難点があった。また、比朧法は、測定感度が優れていたが、機器が高価であり、測定精度、範囲に問題があり、試薬や検体血清の澄明度に注意を払う必要があり前処理が煩雑となる等の欠点が存した。

本件特許方法は、①出願当時、測定感度において比朧法より劣るとされ、血液中の微量物質の測定に利用されていなかった免疫比濁法を用い、②血清CRPの測定に、免疫比濁法や生化学物質の測定用の理論又はこれを表した算定式を適用して、緩衝液ブランク、試薬ブランク、検体ブランクそれぞれの差引を厳密に実施することにより、課題を解決したものである。出願当時の技術水準に照らせば、本件発明の構成要件の解釈は、後記(二)ないし(四)のとおりとなるべきである。

(2) これに対して、イ号方法の特徴は、次のとおりであるから、イ号方法も、その測定原理は免疫比濁法のエンドポイント法により血清CRPの測定を行うものである。したがって、イ号方法は、測定原理と特徴において、本件特許方法と同一である。

① 自動分析装置の反応容器に、検体が自動的に採取され、これに緩衝液Rー1が自動的に加えられる(以下、この液を「イ号1液」という)。

② イ号1液が反応した後、吸光度A1が測定される。

③ 次に、同反応容器内のイ号1液に抗CRP血清溶液Rー2が追加分注される(以下、この液を「イ号2液」という)。

④ イ号2液が反応した後、吸光度A2が測定される。

⑤ 装置内蔵のコンピューターにより AX = A2 ー kA1が演算され、AXが得られる(kは液量補正係数)。

⑥ 同様に、検体に代えてブランク用の生理食塩水を用いて右記①と同様の操作が行われる(以下、この液を「イ号3液」という)。

⑦ イ号3液が反応した後、右の液の吸光度A3が測定される。

⑧ 反応容器内のイ号3液に抗CRP血清溶液Rー2が追加分注される(以下、この液を「イ号4液」という)。

⑨ イ号4液が反応した後、吸光度A4が測定される。

⑩ WX = A4 ー kA3 が演算され、WX が得られる。

⑪ ACRP = AX ー WX が演算される。

⑫ 以上と同様の操作がCRP既知濃度の標準品についても行われ、CRP濃度と吸光度との関係が演算される。

⑬ ⑪で求めた血清CRPの免疫反応による生成物質の吸光度から、検体中のCRPの濃度が算出される。

(二) 構成要件Aについて

(1) イ号方法においては、以下のとおり、本件発明の被験液T、検体ブランク液SB、試薬ブランク液RB、緩衝液ブランク液BBに当たる四種の液を調製している。 すなわち、イ号1液は検体と緩衝液Rー1との混合液であるから、検体ブランク液SBに該当し、イ号2液はイ号1液と抗CRP血清溶液Rー2(抗血清と緩衝液との混合液)との混合液、すなわち検体と抗血清と緩衝液との混合液であるから、被験液Tに該当する。イ号3液は生理食塩水と緩衝液Rー1との混合液であるから、緩衝液ブランク液BBに該当し、イ号4液は生理食塩水と抗CRP血清溶液Rー2との混合液、すなわち生理食塩水と抗血清と緩衝液との混合液であるから、試薬ブランク液RBに該当する。

(2) 本件特許方法においては、その特許請求の範囲及び発明の詳細な説明において、四種の液の調製の順序、調製方法等について何らの限定をしていないから、構成要件Aの四種の液のそれぞれは、二液のみを混合して調製するものに限定されるとか、第三液の付加を排除するというものではなく、イ号方法のように、特に技術的意義を有しない第三液を更に付加することを排除するものではない。

かえって、本件特許方法が日立七〇五形自動分析装置によって実施することができることは、本件明細書の発明の詳細な説明に、「更には測定自体の自動化が可能である。」(8欄6行)と記載されていることから明らかである。右「自動化」は、具体的には日立七〇五形自動分析装置によるものを意味する(甲第一九号証)。

したがって、イ号1液に抗CRP血清溶液Rー2を追加する方法でイ号2液を調製しても、イ号2液は本件特許方法における「被験液T」に該当すると解される。同様の理由により、イ号4液も、本件特許方法における「試薬ブランク液RB」に該当すると解される。

(三) 構成要件Bについて

(1) 構成要件Bにおける「インキュベートしてプラトーに達せしめ」とは、反応のための時間をおいて、吸光度の経時的変化を示す曲線を高原状態に達せしめることを意味する。高原状態とは同曲線の勾配が急峻な状態を脱してなだらかになった状態をいう。

目的物質による反応生成物の量(吸光度により測定)から目的物質の定量を行うエンドポイント法は、元来生化学反応による定量方法であった。これを免疫反応による比濁法に応用して、従来のCRP定量法ではできなかった課題を解決したのが本件発明である。しかし、免疫反応では、生化学反応におけるように反応終了点が明確ではないし、反応を完全に終了させなくても、反応曲線がプラトーに達した状態で測定すれば検査目的に適った精度の定量が可能である。そのため本件発明は、「インキュベートしてプラトーに達せしめ」ることを構成要件としている。

(2) イ号方法はフイックスドタイム法を用いる方法であるが、フィックスドタイム法は、自動分析装置と当該自動分析装置の設定時間内に反応が最終段階(プラトー)に達するよう調整された自動分析装置専用の試薬とを用いて、設定された一定時間後に吸光度測定を行う点に特長がある。フィックスドタイム法は、一定時間経過後に吸光度測定を行うものではあるが、同装置用試薬を用いることによりエンドポイント法の原理を用いて定量を行うので、一般にエンドポイント法の一種として分類されている。日立七〇五形自動分析装置の取扱説明書の記載においても、イ号方法の実施モードである2ポイントアツセイ(これはフィックスドタイム法である)はエンドポイント法の一種として記載されている。

エンドポイント法では、原理的に反応が最終段階に達しない時点で測定しても正確な定量はできないのであるから、検査実務上要求される精度の定量を行っているというそのこと自体が、イ号方法では反応の最終段階でプラトーに達した後に測定を行っていることを示している。

(四) 構成要件Cについて

本件発明の特許請求の範囲では、計算式から補正係数を排除しておらず、そのような排除を根拠付ける記載もない。

イ号方法では液量補正計数kを用いて補正を行うが、これは本件発明の計算式の適用の準備として当然されるべきことである。液量補正(k)は、本件発明が予定する態様の実施方法のために必要な補正であるから、自動化に際して適宜なし得るのは当然であり、液量補正(k)をもって、本件発明における計算式と異なるものとすることはできない。

(五) 均等

イ号方法に、本件発明の特許請求の範囲の記載に基づいて確定された構成と異なる部分が存在するとしても、イ号方法は、以下のとおり、本件発明と技術思想の本質的部分を同じくするから、これと均等である。

すなわち、本件発明の本質は、前記(一)のとおり、免疫比濁法を適用して血清CRPの定量を行うに際し、緩衝液ブランク、試薬ブランク、検体ブランクを厳密に差し引くことを必須要件とすることにより、血清CRPの低量域の測定を可能としたことにある。したがって、どのように組合わせて液を構成するかは適宜選択し得ることであり、単に液量が相違することは本質的なものではない。そして、相違する部分をイ号方法のものに置き換えることが可能である。

さらに、右のように置き換えることは、当業者にとって容易であった。

(六) 禁反言の主張ないし出願前公知の主張に対して

以下のとおり、控訴人の主張は出願経過における主張と相反するものではないし、本件発明が出願当時に公知であったということもない。

(1) 控訴人が、出願段階において補正(乙二一)を行い、審判請求の理由(乙六)として述べたことは、本件特許方法が、免疫比濁法の測定原理に、厳格なブランク補正法を組み合わせ、微量のCRP測定を可能にしたことを明確にしようとしたものにすぎない。

審査官が拒絶理由通知(乙七の一)に引用した【E】「ネフェロメーター」(臨床検査臨時増刊二三巻一一号一二八六頁。乙七の二)には、「一般にネフェロメーターを用いる場合、・・・盲検をたてブランク差し引きすることにより補正する。」(一二八九頁左欄五行ないし九行)ことが記載されているのみであり、本件特許方法と右引用例の方法とは、本件特許方法が比濁法であるのに対し、引用例の方法はネフェロメーターによる測定法(すなわち、比朧法)である点、引用例の方法は、「一般に比較的高濃度の試料に対しては比濁法が多く用いられ、低濃度の試料に対しては比ろう法が適すると言われている。」(一二八六頁左欄一七行ないし一九行)と記載されているのに対し、本件特許方法は、低濃度の試料に対して比濁法を用いる測定法である点において、根本的に異なるものである。したがって、右引用例は、そもそも本件発明を拒絶する理由となるものではなく、本件発明における「それぞれの液」を「二液のみの混合液」に限定する必要は何らなかったものである。

しかも、控訴人が右意見書で述べたことは、拒絶査定書(乙五)の備考欄に記載された事項に対するものであるが、右備考欄の記載は法的拘束力を有するものではないから、それに対する反論を部分的に取り出し、禁反言の根拠とすることはできない。

(2) また、【F】による異議申立てに対する答弁書(乙八の五)で述べたことは、酵素基質反応の測定に用いられるブランク補正法の理論を抗原抗体反応に用いることは容易ではなく、まして、微量のCRPの測定に用いることは当業者が容易に知り得るものではないということであり、日立七〇五形自動分析装置には酵素基質反応測定用のブランク補正法の理論は組み込まれているが、その理論を抗原抗体反応、殊に微量のCRPの測定に用いることは予定されていないということにすぎない。

なお、日立理化学機器セールスインフォメーション(乙一五)は、販売会社、アフターサービス会社の判断に基づき、特定の顧客に渡すことができるにすぎず、交付した相手には取扱いに注意する義務を課しているから、本件特許権に係る出願前の公知資料には当たらない。

(被控訴人らの反論)

イ号方法は、以下のとおり、本件発明の構成を充足しない。

(一) 構成要件Aについて

イ号方法では、検体に緩衝液を加えて調整したイ号1液の吸光度を測った後、これに抗CRP血清溶液Rー2を加えてイ号2液とし、この吸光度を測定する。イ号3液、イ号4液についても同様に、イ号3液の吸光度を測った後、これに抗CRP血清溶液Rー2を加えてイ号4液とし、その吸光度を測定するものである。

このようにイ号方法においては、イ号1液とイ号2液は、検体を共有している。これに対し、本件発明における検体ブランク液SBと比験液Tは、検体血清を二度サンプリングしており、検体を共有していない。イ号3液、4液も検体を共有しているのに対し、本件発明における緩衝液ブランク液BB、試薬ブランク液RBは検体を共有していない。

イ号方法は、用手法ではなく、自動化法を前提とするCRPの定量方法である。具体的には、日立七〇五形自動分析装置の仕様に基づき、免疫比濁法により定量を行う。右装置では、イ号1液とイ号2液で検体血清を共有する仕様となっている。その利点は、検査すべき試料(患者の血清)の量が半分で済むこと、作業手順が少なくて済み、作業時間が短縮されることである。

控訴人は、本件明細書中の「自動化」(8欄6行)との記載に基づく主張をするが、本件明細書の発明の詳細な説明欄には、「本発明の目的は、免疫比濁法を利用するものではあるが、特殊にして高価な機器を必要とせずに、安定且つ良好な精度にて実施し得る血清CRPの比較的迅速な定量法を提供することである。」(2欄末行ないし3欄4行)と記載されているように、本件発明は、日立製七〇五形自動分析装置のような高価な機器を使用するものは含まないものである。

よって、イ号方法は、構成要件Aを充足しない。

(二) 構成要件Bについて

控訴人が主張するように、本件発明の「インキュベートしてプラトーに達せしめる」とは、反応に必要な時間が経過したことを意味すると解すべきところ、イ号方法では、反応に必要な時間を経過させる必要はない。むしろ、反応が生成される中間段階の生成物の量を計測するものである。イ号方法の反応時間は、反応が終了したかどうかに関わりなく、日立七〇五形自動分析装置の仕様に基づき五分間と定められており、五分間では反応は終了しない。

用手法においては反応容器と測定容器が異なり、一定時間インキュベートした後、反応液が反応容器から測定容器に移され、そこで光が照射され、吸光度が測定される。実際に病院で患者の血清のCRP測定を行う場合、検査対象は多数であるから、用手法では、反応から測定まで検体により少なからざるタイムラグが生じる。そこで、多数の検体について試薬と混合させてからプラトーに達せしめるまで待ち、その後、測定することにすれば、タイムラグにより測定誤差が生じることを最小限にくい止められる。しかし、イ号方法は厳密な時間管理の下で測定されるので、タイムラグの発生する危険性はなく、プラトーに達してから測定する必要はない。

よって、イ号方法は、構成要件Bを充足しない。

(三) 構成要件Cについて

本件発明は、用手法により四回エンドポイント法を実施するものである。したがって、一液について測定する回数は一回である(一ポイント法)。

イ号方法では、検体を共有するので、検体ブランク補正は、まず被験液に緩衝液を添加して検体ブランクを測定し、次に抗CRP血清を添加して主反応を液量補正をした上で測定することになる。したがって、測定する回数は二回である(二ポイント法)。

二ポイント法は、自動化法を前提とする方法であり、用手法では、操作が煩雑になり、測定精度の低下を招き、実用的ではない。

本件発明は、液量補正を前提としないので、CRPによる検体血清の吸光度(ACRP)を式

ACRP = ATーASB ー(ARB ー ABB)

として算定するのに対し、イ号方法は、液量補正係数kを用いて補正を行うことになり、右の式で算定することはない。

よって、イ号方法は、構成要件Cを充足しない。

(四) 禁反言ないし出願前公知について

(1) 禁反言について

本件特許の出願過程において、審査官からの「平成02年04月09日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって拒絶すべきものと認める。免疫比濁法により、各種の抗原成分を測定することは、本願出願前より周知であり、これを、CRPの測定に適用することは、当業者が容易になし得たものと認められる」旨の理由による拒絶査定(乙五)に対し、控訴人は、「本願方法では、

a)四種類の液を調製する

b)それぞれインキュベートしてプラトーに達せしめる

c)各液の吸光度を測定する

d)各液の吸光度を演算式に代入して検体血清の吸光度(ACRP)を算出する

e)標準検量線を予め作成しておく

f)吸光度値(ACRP)を標準検量線に照合する方法を採ったが、右a)‐d)の工程は引例文献に開示、示唆されていない」旨主張し(乙六)、その旨の補正(乙二一)を行った。

このように、控訴人は、出願経過において、本件発明の内容が、四種類の液を調製し、それぞれインキュベートしてプラトーに達せしめ、各液の吸光度を測定するものであることを明確に主張している。

また、【F】による異議申立てに対する答弁書(乙八の五)でも、イ号方法が用いられている日立七〇五形自動分析装置には、本件発明で規定されている計算式が組み込まれていない旨主張している。

したがって、本件特許方法の本質は、微量のCRPを測定する方法として、免疫比濁法のうちの一つであるエンドポイント法を用い、特許請求の範囲に記載されている特定の計算式によって示される「ブランク補正法」とを組み合わせた方法であることにあり、それ以上のものではあり得ない。

したがって、控訴人がこれらの記載に反する主張をすることは許されない。

(2) 出願前公知について

本件特許方法は、当業者には既に公知であった。

控訴人自身、【F】による異議申立に対する答弁書で、本件特許出願以前の刊行物に記載された方法と計算式が同一内容であることを認めている。右方法は、測定対象をCRPと異にするが、CRP自体の定量測定のために同様のブランク補正を行う方法も出願前に公表されている。これは、CRP定量に係る比朧法において、吸光度のブランク補正を行う方法である。免疫比濁法と免疫比朧法は照射により生じた反応液の透過光を測定するか(比濁法)、散乱光を測定するか(比朧法)の相違があるだけである。したがって、本件発明は、当業者が容易に発明をすることができたものである。

また、本件発明の出願以前である昭和五六年一月に作成された日立七〇五形自動分析装置取扱説明書では、本件発明の演算式と同様の概念により免疫比濁法に基づく定量が行われていたことが示されているほか、昭和五七年五月二六日付けの「705形新分野への応用(その4)」と題する日立理化学機器セールスインフォメーション(乙一五)には、イ号方法が、そのまま記載されている。

右セールスインフォメーションは、本件特許出願前の昭和五七年五月二六日に発行され、販売会社、関連会社、ユーザーに広く頒布されていたから、右セールスインフォメーションに記載された方法は、既に本件特許出願前に公知となっていた。

したがって、本件特許権の範囲としては、控訴人自身が発明の詳細な説明により明らかにしている範囲に限られるべきである。そうすると、イ号方法は、調整液の調整方法、液の調整と吸光度の測定の順序、方法において、本件発明と明らかに異なる。

2  損害額

(控訴人の主張)

被控訴人ニットーボーメディカル株式会社が、本件特許権の出願公告日である平成四年二月一九日から平成八年末までに販売した血清CRP定量のための検査薬の売上高は、三一億九三四九万円と推定される。控訴人が通常受けるべき実施料相当額は売上高の五パーセントが相当である。したがって、控訴人の被った損害額は、一億五九六七万円となる。

よって、控訴人は、被控訴人らに対し、その内金五〇〇〇万円及びこれに対する催告書到達の日の翌日である平成九年三月二五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯しての支払を求める。

(被控訴人らの認否)

いずれも争う。

第三争点に対する当裁判所の判断

一  イ号方法と本件発明の構成の対比について

イ号方法は、以下のとおり、本件発明の構成要件AないしCを充足しないので、控訴人の主張は失当である。

1  本件発明の技術的範囲について

本件発明の技術的範囲については、特許請求の範囲の記載を基礎として検討するとともに、、本件特許出願手続における補正等の内容を参照すると、以下の(一) (2)、(二)(2)のとおり確定することができる。順に検討する。

(一) 本件特許請求の範囲の記載に基づく検討

(1) 本件特許請求の範囲の記載は、次のとおりである(甲二)。

「検体血清と抗血清使用液との混合液である被験液Tと、検体血清と検体ブランク緩衝液との混合液である検体ブランク液SBと、生理食塩液と抗血清使用液との混合液である試薬ブランク液RBと、生理食塩液と検体ブランク緩衝液との混合液である緩衝液ブランク液BBとを調製し、これらをそれぞれインキュべートしてプラトーに達せしめた後に、それぞれの液の吸光度(AT, ASB, ARB及び ABB)を測定し、CRPによる検体血清の吸光度(ACRP)を式

ACRP = ATーASB ー(ARB ー ABB)

として算定し、一方上記と同様に、但し検体血清の代わりに各種濃度のCRP標準液を用いて吸光度ーCRP値の関係を示す検量線を予め作成しておき、上記の算定吸光度値に該当するCRP値を上記の検量線から求めることを特徴とする、免疫比濁法による血清CRPの簡易迅速定量法。」

(2) 本件特許請求の範囲の記載と本件発明の技術的範囲の解釈

右特許請求の範囲の記載から、①調製する四種類の液は、被験液T、検体ブランク液SB、試薬ブランク液RB及び緩衝液ブランク液BBであること、②インキュべートしてプラトーに達せしめる対象とされる液は、「それぞれ」の液であること、③吸光度を測定する対象とされる液は、「それぞれ」の液であること、④測定される吸光度は、AT, ASB, ARB 及び ABBであることは明らかである。

そうすると、右記載に係る用語・文章を忠実に理解するならば、本件特許方法は、①検体血清と抗血清使用液とを混合して、被験液Tを調製し、これをインキュべートしてプラトーに達せしめた後に、その液の吸光度(AT)を測定し、②検体血清と検体ブランク緩衝液とを混合して、検体ブランク液SBを調製し、これをインキュべートしてプラトーに達せしめた後に、その液の吸光度(AsB)を測定し、③生理食塩液と抗血清使用液とを混合して、試薬ブランク液RBを調製し、これをインキュべートしてプラトーに達せしめた後に、その液の吸光度(ARB)を測定し、④生理食塩液と検体ブランク緩衝液とを混合して、緩衝液ブランク液BBを調製し、これをインキュべートしてプラトーに達せしめた後に、その液の吸光度(ABB)を測定し、⑤前記①ないし④の結果を受けて、CRPによる検体血清の吸光度(ACRP)を式 ACRP = AT ーASB ー(ARB ー ABB)として算定する方法であると解することができる。

(二) 本件特許出願の経緯に基づく検討

(1) 補正等の内容

(ア) 控訴人は、昭和五七年七月三〇日及び同年八月二四日、当初出願に係る特許請求の範囲の記載を補正した(乙二〇)。補正後の特許請求の範囲は、以下のとおりである。

「被験液(T)及び試薬液(RB)並びにこれらのブランク液(SB及びBB)を調製し、これらをインキュべートしてプラトーに達せしめた後に、それぞれの液の吸光度(AT, ARB, ASB 及び ABB)を測定し、CRPによる検体血清の吸光度(ACRP)を式

ACRP = ATーASB ー(ARB ー ABB)

により算定し、一方上記と同様に但し血清の代わりにCRP標準液を用いて吸光度―CRP値の関係を示す検量線を作成し、上記算定吸光度値に該当するCRP値を上記検量線から求めることを特徴とする、免疫比濁法による血清CRPの簡易迅速定量法。」

(イ) これに対して、審査官は、平成二年四月九日付け拒絶理由通知書(乙七の一)により、「この出願の特許請求の範囲に記載された発明は、その出願前国内において頒布された下記イ、の刊行物に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。・・・

イ、臨床検査 臨時増刊 第23巻 第11号(1979) P.1286ー1289

(引例イの特に第1289頁には、ブランクを差し引くことが記載されている。)」

そして、審査官は、平成二年一一月八日、「この出願は、平成02年04月09日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって、拒絶すべきものと認める。・・・

備考

免疫比濁法により、各種の抗原成分を測定することは、本願出願前より周知であり(例えば、特開昭52ーl25623号)、これを、CRPの測定に適用することは、当業者が容易になし得たものと認められる。」との理由により、拒絶査定を行った(乙五)。

(ウ) 控訴人は、右拒絶査定に対する審判請求を行った上、平成三年一月二八日、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明を補正し(乙二一)、現在の特許請求の範囲とした。

特許請求の範囲のうち、補正された部分は、次の傍線部である。

「〔検体血清と抗血清使用液との混合液である被験液Tと、検体血清と検体ブランク緩衝液との混合液である検体ブランク液SBと、生理食塩液と抗血清使用液との混合液である試薬ブランク液RBと、生理食塩液と検体ブランク緩衝液との混合液である緩衝液ブランク液BBと〕を調製し、これらを〔それぞれ〕インキュべートしてプラトーに達せしめた後に、それぞれの液の吸光度(AT, ASB, ARB 及び ABB)を測定し、CRPによる検体血清の吸光度(ACRP)を式

ACRP = ATーASB ー(ARB ー ABB)

〔として〕算定し、一方上記と同様に、但し〔検体〕血清の代わりに〔各種濃度の〕CRP標準液を用いて吸光度―CRP値の関係を示す検量線を〔予め作成しておき〕、上記の算定吸光度値に該当するCRP値を上記の検量線から求めることを特徴とする、免疫比濁法による血清CRPの簡易迅速定量法。」※ HP上では傍線部は〔 〕で表示

(エ) 控訴人は、右補正に基づき、審判請求の理由として、拒絶査定で引かれた特開昭52ー125623号公報は、「免疫比濁法による測定の原理そのものであり、当該原理に基づくものであり且つ特許保護の対象となるべき特定の具体的な手法ではないのです。」(乙六5頁1行ないし4行)とした上、本件発明の内容について次のとおり述べた(同7頁17行ないし9頁末行)。

「本願発明は、当時における上記のような技術水準において既述の課題、通常の即ち一般の光学的濁度計を用いる比濁法では検出限界以下であって測定不可能と考えられ、又・・・等のルーチン検査法では検出限界に近く且つ定量測定が極めて困難乃至不可能とされ、一方レーザー比濁法は測定感度は充分であるが実用的には課題があるとされていた血清CRPの測定を通常の光学的濁度計の使用を以って可能ならしめたものです。

本発明方法では、このために、先ず

a)下記の4種類の液、即ち

i) 被験液(T):

検体血清と抗血清使用液との混合液、

ⅱ)検体ブランク液(SB):

検体血清と検体ブランク緩衝液との混合液、

ⅲ)試薬ブランク液(RB):生理食塩液と抗血清使用液との混合液、

及び、

ⅳ)緩衝液ブランク(BB):

生理食塩液と検体ブランク緩衝液との混合液とを調製し、

b)上記の各液を、それぞれ、インキュベートしてプラトーに達せしめた後に、

c)各液の吸光度(AT, ASB, ARB 及び ABB)を測定し、

d)得られた各吸光度値を次式、即ち

ATーASB ー(ARB ー ABB)

に算入して得られた値を検体血清の吸光度(ACRP)とし、

e)上記のa)‐d)項と同様にして、但し検体血清の代わりにCRP濃度が既知の且つ種々濃度のCRP標準液を用いてインキュ べートし、プラトーに達した各液の吸光度を測定することにより吸光度値とCRP値乃至濃度との関係を示す、所謂「標準検量線」を 予め作成しておき、

f)前記のd)項での算出により得られた吸光度値(ACRP)を上記のe)項で得た標準検量線に照合するのです。

このような本発明方法、殊に上記の工程の内のa)‐d)の工程〔工程e)及びf)自体周知の工程です〕は前審引例文献(注・特開昭52ー125623号公報)に開示はおろか、示唆すらされておらず、又当該分野の通常の技術者が窺い知り得る処ではなかったのです。」

(2) 右出願経緯と本件発明の技術的範囲の解釈

右のとおりの出願経緯に照らすならば、右補正は、各液の構成を具体的に特定し、四種類の液をそれぞれ調製し、それぞれインキュベートしてプラトーに達せしめ、各液の吸光度をそれぞれ測定することを明確にした趣旨であることが明らかである。すなわち、控訴人の拒絶査定に対する不服審判における主張によれば、控訴人は、本件特許方法は、前記(1)(エ)aのⅰないしⅳ記載の具体的な構成を有する混合液を用いる旨明確にした上で、本件発明に係る特許権を取得したものであるというべきである。

以上のとおりの補正の内容及び審判での控訴人の主張の内容に照らすと、本件発明の技術的範囲は、前記(一)(2)に記載のとおりと解するのが相当である。

(三) 控訴人の主張について

控訴人は、控訴人が審判で述べたことは、右拒絶査定の備考欄に記載された事項に対するものであるが、右備考欄の記載は法的拘束力を有するものではないから、それに対する反論を部分的に取り出し、禁反言の根拠とすることはできない旨、さらに、審査官が拒絶理由通知に引用した臨床検査臨時増刊二三巻一一号中の論文(乙七の二)には、「一般にネフェロメーターを用いる場合、・・・盲検をたてブランク差し引きすることにより補正する。」(一二八九頁左欄五行ないし九行)ことが記載されているのみであり、本件特許方法と右引用例の方法とが異なるものであることは明らかであったから、本件発明における「それぞれの液」を「二液のみの混合液」に限定する必要はなかった旨主張する。

しかしながら、前記認定の平成二年一一月八日付け拒絶査定書の記載内容からすると、右拒絶査定は、臨床検査臨時増刊二三巻一一号中の論文と特開昭52ー125623号公報により裏付けられる周知技術とを拒絶の理由とするものであるから、右周知技術がたまたま備考欄に記載されていることをもって、それに対する反論を禁反言を生じさせる根拠とすることはできないものと解することはできない。

さらに、右拒絶査定は、前記のとおり、臨床検査臨時増刊二三巻一一号中の論文と特開昭52ー125623号公報により裏付けられる周知技術とを拒絶の理由とするものであるから、控訴人が本件発明における「それぞれの液」を「二液のみの混合液」に限定する客観的必要があったことは明らかである。

よって、控訴人の右主張は採用することができない。

2  イ号方法の技術内容について

イ号方法は、一方で、①「検体と緩衝液Rー1との二液の混合液」(イ号1液)をインキュベートしてその吸光度(A1)を測定し、②これにさらに抗CRP血清溶液Rー2を加えた「検体と緩衝液Rー1と抗CRP血清溶液Rー2との三液の混合液」(イ号2液)をインキュベートしてその吸光度(A2)を測定し、③前記①及び②の結果に液量補正kを考慮して、検体を用いた場合の吸光度AX(A2 ーkA1)が演算され、他方で、④「生理食塩水と緩衝液Rー1との二液の混合液」(イ号3液)をインキュベートしてその吸光度(A3)を測定し、⑤これにさらに抗CRP血清溶液Rー2を加えた「生理食塩水と緩衝液Rー1と抗CRP血清溶液Rー2との三液の混合液」(イ号4液)をインキュベートしてその吸光度(A4)を測定し、⑥前記④及び⑤の結果に液量補正kを考慮して、生理食塩水を用いた場合の吸光度WX(A4 ー kA3)が演算され、⑦前記③及び⑥の結果から、CRPによる検体血清の吸光度(ACRP)がACRP = AX ー WX により演算される、というものである(弁論の全趣旨)。

(なお、右液量補正kは次の式で表される。

S、R1、R2はそれぞれ、検体量、Rー1の添加量、Rー2の添加量を意味する。)

3  本件発明の構成とイ号方法の対比

そこで、前記1における本件発明の技術的範囲の解釈及び及び前記2におけるイ号方法の技術内容を前提として、本件発明の構成とイ号方法との同一性を検討する。

(一) 構成要件A及びBについて

インキュベートの対象液及び吸光度の測定対象液について対比してみると、本件発明においては、対象液が、①検体血清と抗血清使用液との混合液である被験液T、②検体血清と検体ブランク緩衝液との混合液である検体ブランク液SB、③生理食塩液と抗血清使用液との混合液である試薬ブランク液RB、及び④生理食塩液と検体ブランク緩衝液との混合液である緩衝液ブランク液BBであるのに対し、イ号方法においては、①検体と緩衝液Rー1との二液の混合液(イ号1液)、②検体と緩衝液Rー1と抗CRP血清溶液Rー2との三液の混合液(イ号2液)、③生理食塩水と緩衝液Rー1との二液の混合液(イ号3液)、④生理食塩水と緩衝液Rー1と抗CRP血清溶液Rー2との三液の混合液(イ号4液)である。

したがって、右②及び④の点については、本件発明においては二液の混合液をインキュベートして吸光度を測定するのに対し、イ号方法では三液の混合液をインキュベートし吸光度を測定するものであるから、両者はインキュベート及び吸光度測定の対象である混合液の構成要素の数において異なる。

よって、イ号方法は、本件発明の構成要件A及びBを充足しない。

(二) 構成要件Cについて

吸光度の算定方法について対比してみると、本件発明においては、前記四種類の液の各吸光度(AT, ASB, ARB, ABB)をそれぞれ測定した上、CRPによる検体血清の吸光度(ACRP)を式

ACRP = ATーASB ー(ARB ー ABB)

という単なる引き算の形で求めているのに対し、イ号方法においては、前記イ号1液ないしイ号4液の各吸光度(A1, A2, A3, A4)をそれぞれ測定した上、液量補正kを考慮して、検体を用いた場合の吸光度AX(A2 ー kA1)及び生理食塩水を用いた場合の吸光度WX(A4 ー kA3)が演算され、CRPによる検体血清の吸光度がACRP = AX ー WX により演算されるものであって、両者は液量補正kの考慮が必要であるか否かの点で、明確に吸光度算定の数式を異にしているものである。

よって、イ号方法は、本件発明の構成要件Cを充足しない。

4  均等の主張について

控訴人は、仮にイ号方法に本件発明に係る特許請求の範囲の記載に基づく構成と異なる部分が存在するとしても、イ号方法は本件発明と均等である旨主張する。

しかしながら、控訴人が、特許出願手続において述べた内容と異なる主張をすることは、禁反言の法理に照らし許されないというべきところ、前記1(二)「本件特許出願の経緯」において認定した事情を基礎にすれば、本件において、均等の主張を採用する余地はない。したがって、控訴人の右主張は理由がない。

二  したがって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の本件請求は理由がないから、これを棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとする。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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