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東京高等裁判所 平成11年(ネ)4022号 判決 2000年3月07日

平成一一年(ネ)第四〇二二号 意匠権侵害行為差止等請求控訴事件

平成一一年(ネ)第五五八一号 附帯控訴事件

控訴人(附帯被控訴人。以下「控訴人」という。)

株式会社ロストアロー

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

伊藤亮介

高橋聖

被控訴人(附帯控訴人。以下「被控訴人」という。)

右訴訟代理人弁護士

高橋賢一

右補佐人弁理士

主文

一  控訴人の控訴に基づき、原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  被控訴人の附帯控訴を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一控訴及び附帯控訴の趣旨

一  控訴の趣旨

主文第一、二、四項と同旨の判決

二  附帯控訴の趣旨

1  原判決中、被控訴人敗訴部分を取り消す。

2  控訴人は、原判決別紙ロ号物件目録記載の「ロープ連結環」を展示し、又は販売してはならない。

3  控訴人は、控訴人の本店、営業所及び店舗に存在する前項記載の「ロープ連結環」を廃棄せよ。

4  控訴人は、被控訴人に対し、金九三万四三五〇円及びこれに対する平成一〇年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

6  仮執行宣言

第二事案の概要

次のとおり改めるほか、原判決「第二 事案の概要」(四頁七行ないし一七頁九行)のとおりである。

(以下、原判決イ号物件目録記載の「ロープ連結環」を「イ号物件」、原判決別紙ロ号物件目録記載の「ロープ連結環」を「ロ号物件」という。)

一  被控訴人の主張

原判決九頁八行ないし一一頁七行を次のとおり改める。

「1 イ号物件の意匠及びロ号物件の意匠は、本件登録意匠に類似する。

(一)  本件登録意匠とイ号物件の意匠との類似性

(1) 本件登録意匠の基本的構成態様は、次のとおりである。

ア 正面から見て上部側が下部側より巾広い変形C状体である。

イ 右変形C状体の右側における上下端部間にはロープを該変形C状体内に挿入する間隔が設けられている。

ウ 右間隔には、縦長にして下側ほど巾広のリング体が架設されている。

エ 右リング体の下端部は、変形C状体の下端部にその両側が上下にズレる状態で嵌入されている。

オ 右リング体の折曲上端部は、変形C状体の上端部内側に弾圧当接している。

(2) また、本件登録意匠の具体的構成態様は、次のとおりである。

ア 変形C状体は、ストレート杆の上端部に六〇度程度の角度で傾斜し、ストレート杆の約二分の一の長さの上杆が連設され、この上杆の端部には、やや内側へ向かった状態にして上杆の約半分の長さの上短杆が連設され、また、ストレート杆の下端部には、湾曲部が存在し、この湾曲部の端部には、やや外側へ向かう下短杆が連設されている。

イ ストレート杆、上杆、上短杆、湾曲部及び下短杆は、断面円形であり、この円形の径は上短杆の長さの約三分の一である。

ウ 上短杆と下短杆との間のロープを挿入する間隔の長さは、上短杆の長さとほぼ等しい。

エ リング体を構成する線材は、その径が変形C状体を構成する杆の約二分の一弱である。

オ リング体の下側の巾は上側の巾の約二倍弱である。

カ リング体の下端部の両側におけるズレは、およそリング体構成線材の径一つ分である。

キ リング体の折曲上端部の変形C状体の上端部内側への当接長さは、およそ変形C状体の構成杆の径とほぼ等しい長さである。

(3) 本件登録意匠の右基本的構成態様が、看者の注意を惹く意匠の要部を構成する。

ア すなわち、対比する意匠の類否判断は、両意匠の基本的構成態様、具体的構成態様を認定し、これを全体的に観察し、物品の性質・用途・使用形態等を参酌してどこが看者の最も注意を惹かれる部分かを判断し、これを意匠の要部とし、両意匠の要部同士を対比して美感が共通か否かを比較するものである。ただ、公知部分・周知部分は、要部の認定に際し、それ以外の部分に比しウエイトが低くなるにすぎない。

イ 本件登録意匠の右基本的構成態様と具体的構成態様を比較すれば、主として右基本的構成態様が看者の注意を惹く部分である。

また、登録類似意匠(一)及び(二)が本件登録意匠の類似意匠であることを考慮すれば、本件登録意匠は、上部側が下部側より巾広い変形C状体のロープ挿入間隔に、変形C状体を構成する杆より細い径の杆で形成した縦長にして下側ほど巾広のリング体が下端部両側が上下にズレる状態で嵌入され、折曲上端部がC状体の内側に当接する状態で架設された造形であるという美感を有するものである。

ウ 控訴人は、乙第三、第九ないし第一二号証を考慮すると、本件登録意匠の変形C状体と形態を共通にする意匠は公知であり、本件登録意匠の要部はリング体にある旨主張する。

しかし、右乙第三、第九ないし第一二号証に係る意匠には、本件登録意匠のリング体に相当するものがなく、変形C状体のロープを挿入する間隔には、変形C状体の構成杆と同径の杆が架設され、この同径の杆により、閉止状態においてはあたかも変形C状体は間隔が看取されず、閉じた環体のように見えるものばかりであるから、本件登録意匠の変形C状体と形態を共通にする意匠が公知であるとはいえない。

また、乙第一三、第一四号証の意匠は、変形C状体の下側に丸くなった屈曲部があり、本件登録意匠とは美感において異なっており、そもそも本件登録意匠の要部認定の際に考慮される先行意匠とはいえない。

(4) イ号物件の意匠は、原判決別紙イ号物件目録(添付図面及びその説明)のとおりである。

(5) 乙第三、第九ないし第一二号証の存在により、変形C状体のウエイトを低くみても、本件登録意匠とイ号物件の意匠とは、極めて近似し、美感を共通にする。

(6) 仮に、控訴人主張のとおり、本件登録意匠の要部がリング体にあるとしても、本件登録意匠のリング体とイ号物件のリング体には、リング体が変形C状体の内側に当接しているか、リング体がC状体の内側の溝に係止されているかの相違及び下側ほど巾広のリング体か否かの相違のみがあるところ、これらの相違は、両者の美感を異ならせるほどのものではない。

したがって、本件登録意匠とイ号物件の意匠は、リング体の美感においても類似している。

(7) そして、本件登録意匠とイ号物件の意匠とは、同一の物品に係るものである。

(二)  本件登録意匠とロ号物件の意匠との類似性

(1) ロ号物件は、イ号物件と形態において同一である。

(2) 形態における相違点は、大きさのみである。

(3) 本件登録意匠の「ロープ連結環」とロ号物件の「キーホルダー」とは類似物品の関係にあり、両物品の間に出所の誤認混同が生じ得るものである。

ロ号物件は、登山の際にコーヒーカップ等の軽量品をぶらさげるのに用いる物品である。これをキーホルダーと呼ぶか否かは名称の決め方の問題であって、本件登録意匠は、連結するものがロープであり、ロ号物件は、例えば登山カップであり、両者は連結するものが異なるにすぎず、物を連結するという用途を同じくする「連結環」である。

(4) したがって、ロ号物件の意匠は、本件登録意匠に類似する。

1ー2 自由意匠の抗弁について控訴人は、乙第三、第九ないし第一二号証を根拠に自由意匠の抗弁を主張するが、乙第三、第九ないし第一二号証に示されているカラビナの意匠には本件登録意匠のリング体に相当するものがなく、したがって、これらの意匠とイ号物件の意匠及びロ号物件の意匠とは全体観察において美感を異にし、非類似関係にあるから、控訴人主張の右抗弁は理由がない。」

二  控訴人の主張

原判決一六頁八行ないし一七頁九行を次のとおり改める。

「3 本件登録意匠とイ号物件、ロ号物件の意匠との非類似性次のとおり、イ号物件の意匠及びロ号物件の意匠は、本件登録意匠と類似せず、本件意匠権を侵害するものではない。

(一)  意匠の類否の判断方法

要部の認定及び類否判断は、全体観察によって行うことを前提に、①意匠の構成内容のうち、重視すべき部位の新規性、創作性の強いものは、その類似範囲が広い、②機能によって自ずと定まる形態部分の評価は小さく、造形的任意性の広い部分の評価は大きい、③従来公知部分は、相対的に弱く評価される、④創作容易部分は相対的に弱く評価されるべきである。その結果、著しく創作性が低いと判断された部分については、要部を構成せず、構成するとしても類似の幅は極めて狭く判断されるべきである。

(二)  本件登録意匠の要部

次の点からすると、本件登録意匠の要部は、そのリング体にあり、変形C状体は、その創作性がなく、又は著しく低いものとして、要部を構成しないものと考えるべきである。

(1) 次の各文献に示されているように、本件登録意匠の変形C状体については、従来意匠が多数存在し、本件意匠権の出願当時(昭和五九年一一月二六日)公知であった。

「山岳辞典(登山講座別巻)」(山と渓谷社 昭和三五年四月一五日発行。乙第九号証)三七八頁 「カラビナ」説明図中の左下図、「登山用具入門」(池田書店 昭和三五年一一月一〇日発行。乙第一〇号証)三五頁説明図⑤、

「世界山岳百科事典」(山と渓谷社 昭和四六年七月一日発行。乙第三号証)の一六四頁「各種のカラビナ」説明図中の右下図(変形D型)、

「登山技術」(ベースボール・マガジン社 昭和五三年九月二五日発行。乙第一一号証)一二四頁「カラビナのいろいろ」説明写真③、⑤、⑥、⑨及び⑫、 「改訂新版現代登山技術」(山と渓谷社 昭和五八年(一九八三年)二月一日発行。乙第一二号証)五七頁説明図29

(2) また、カラビナという物品の機能的必然性から、変形C状体の一方側面にロープ挿入用の間隔が設けられることは、必要不可欠である。

また、カラビナという物品は、登山時に相当程度の重さを支えるロープを連結するための器具であり、変形C状体部分の上辺及び下辺部分は、そこにかけられたロープが左右に移動しないように斜めにならざるを得ない。

(3) 本件登録意匠と登録類似意匠(一)、(二)とを対比すると、それらに共通するのは、リング体の存在であり、変形C状体の形状を異にしている。このことは、登録類似意匠(一)、(二)は、本件登録意匠のC状体部分のバリエーションを登録したものであることを示している。

(4) さらに、意願平一〇ー三一〇九号(甲第六号証の一)及び意願平一〇ー三一一〇号(第七号証の一)の意匠登録出願は、本件登録意匠と類似するとして意匠登録を拒絶されている。

これらの意匠登録出願は、変形C状体部分の形状において本件登録意匠と明らかに異なるものであるから、その拒絶の理由は、同じ形状のリング体を有するためであると考えられる。

(三)  本件登録意匠とイ号物件の意匠との対比

(1) 本件登録意匠のリング体

本件登録意匠のリング体は、縦長にして下側ほど巾広であり、下側巾広部分は変形C状体の断面形状の外側にはみ出す形状となっている。また、リング体の上部先端部分は、変形C状体上端部の内側面に接し、変形C状体の内周に突出した形状となっている。

乙第八号証の二(一九八一年新聞)、乙第一三号証(一九八二年公開フランス国意匠公報)、乙第一四号証(一九八一年出願国際意匠公報)には、本件登録意匠のリング体と同じものが記載されているように、本件登録意匠のリング体部分の創作性は、ないか又は極めて低いものである。

(2) イ号物件のリング体

イ号物件のリング体は、変形C状体の断面形状の外側にはみ出さない形状となっている。リング体の上部先端部分は、変形C状体上端部の鉤状の溝内にその全体が収り、C状体の内周に突起する部分がない。そのため、ほぼ本体の断面形状の巾で環状の形状である。

(3) 本件登録意匠とイ号物件の意匠との非類似性

本件登録意匠のリング体の形状は、縦長にして下側ほど巾広で、変形C状体の内側面に接し、変形C状体の内周に突出した形状となっているものである。

これに対し、イ号物件のリング体の形状は、下側ほど巾広となっているものではなく、均一の巾である。リング体の先端部はその全体が変形C状体の鉤溝内に収められる。また、変形C状体及びリング体がほぼ同じ断面形状の径となるように統一されている。このようなイ号物件のリング体の形状は、意匠全体として滑らかな調和した形態を実現している。

これに対し、本件登録意匠にはこのような美感はなく、イ号物件の意匠と本件登録意匠とは、美的特徴を異にしている。

(四)  本件登録意匠とロ号物件の意匠との対比

(1) ロ号物件は、イ号物件と形状を同じくするものであるから、ロ号物件の意匠は、以上と同様の理由で、本件登録意匠と類似せず、本件意匠権を侵害するものではない。

(2) さらに、本件登録意匠の「ロープ連結環」とロ号物件の「キーホルダー」とは、用途も機能も異なるのであるから、仮に意匠それ自体が類似していても、取引者、需要者に混同は生じ得ない。

4 自由意匠の抗弁

前記乙第三、第九ないし第一二号証には、本件登録意匠と同形のカラビナの各種形状が示されている。また、前記乙第八号証の二、第一三、第一四号証には、カラビナについて本件登録意匠と同形のリング体の形状が示されている。

イ号物件の意匠及びロ号物件の意匠は、これら公知意匠の範囲内にあるものであるから、本件意匠権を侵害することはない。」

第三当裁判所の判断

一  イ号物件の意匠が本件登録意匠に類似するか否かについて検討する。

1  本件登録意匠の構成

甲第二号証によれば、本件登録意匠の構成は、次のとおり分説することができるものと認めるのが相当である。

(一) 本件登録意匠の基本的構成態様は、次のとおりである。

(1) 正面から見て上部側が下部側より巾広い変形C状体である。

(2) 右変形C状体の右側における上下端部間には、ロープを挿入するための間隔が設けられている。

(3) 右間隔には、縦長にして下側ほど巾広のリング体が架設されている。

(4) 右リング体の下端部は変形C状体の下端部(下短杆の上部)にその両側が上下にズレる状態で嵌入されている。

(5) 右リング体の折曲上端部は変形C状体の上端部(上短杆の下部)内側に弾圧当接している。

(二) また、本件登録意匠の具体的構成態様は、次のとおりである。

ア 変形C状体は、ストレート杆の上端部に、六〇度程度の角度で傾斜しストレート杆の約二分の一の長さの上杆が連設され、この上杆の端部には、やや内側へ向かった状態にして上杆の約半分の長さの上短杆が連設され、また、ストレート杆の下端部には、湾曲部が存在し、この湾曲部の端部には、やや外側へ向かう下短杆が連設されている。

イ ストレート杆、上杆、上短杆、湾曲部及び下短杆は、断面円形であり、この円形の径は、上短杆の長さの約三分の一である。

ウ 上短杆と下短杆との間のロープを挿入する間隔の長さは、上短杆の長さとほぼ等しい。

エ リング体を構成する線材は、その径が変形C状体を構成する杆の径の約二分の一である。

オ リング体の下側の巾は、上側の巾の約二倍弱である。

カ リング体の下端部の両側におけるズレは、およそリング体構成線材の径一つ分である。

キ リング体の折曲上端部の変形C状体の上端部(上短杆の下部)内側への当接長さは、およそ変形C状体の構成杆の径とほぼ等しい長さである。

2  本件登録意匠の要部

公知意匠等を参酌しながら、本件登録意匠の要部について検討する。

(一) 乙第三号証(「世界山岳百科事典」山と渓谷社 昭和四六年七月一日発行。一六四頁「各種のカラビナ」説明図中の右下図(変形D型))、乙第九号証(「山岳辞典」(山と渓谷社 昭和三五年四月一五日発行。三七八頁「カラビナ」説明図中の左下図)、乙第一〇号証(「登山用具入門」池田書店 昭和三五年一一月一〇日発行。三五頁説明図⑤)、乙第一一号証(「登山技術」ベースボール・マガジン社 昭和五三年九月二五日発行。一二四頁「カラビナのいろいろ」説明写真③、⑤、⑥、⑨及び⑫)及び乙第一二号証(「改訂新版現代登山技術」山と渓谷社昭和五八年二月一日発行。五七頁説明図29)によれば、本件登録意匠の出願時において、本件登録意匠と同様の形状の変形C状体に、間隔(開閉部)を設けそこに動杆又はリング体(ただし、本件登録意匠のように、細い線材で形成されたものではない。)を組み合わせて、閉じた環体の形状としたものは、典型的なカラビナの形状一つである「変形D型」として、周知なものであったことが認められる。

(二) また、乙第三、第五号証及び弁論の全趣旨によれば、カラビナは、その機能上、一方側面にロープを挿入するための間隔(開閉部)を設けることが不可欠であり、また、環体に架けられたロープが左右に移動しすぎないように上辺及び下辺部分を斜めの形状にしたものが多数を占めることが認められる。

(三) さらに、本件登録意匠と登録類似意匠(一)、(二)(甲第三、第四号証)とを対比すると、登録類似意匠(一)は、変形C状体の形状を「D型」(乙第一二号証五七頁30参照)とする点で本件登録意匠と異なるが、リング体の形状を同じくするものであり、登録類似意匠(二)は、変形C状体の形状は「変形D型」であるものの、それを断面凸状の線材で形成し、上短杆及び下短杆の先端部分を滑らかにした点で本件登録意匠と異なるが、リング体の形状を同じくするものであることが認められる。

さらに、甲第六、第七号証の一、二によれば、変形C状体の形状を縦長台形の上部に半円部を加えた形状とし、リング体の形状を本件登録意匠と同じくする意匠出願(意願平一〇ー三一〇九号)、及びC状体の形状を縦長長方形の上部に半円部を加えた形状とし、リング体の形状を本件登録意匠と同じくする意匠出願(意願平一〇ー三一一〇号)は、本件登録意匠と類似することを理由としてその登録を拒絶されたことが認められる。

(四) また、乙第八号証の二、第一三号証及び第一四号証によれば、本件登録意匠と同様に、リング体に、変形C状体(ただし、下側に丸くなった屈曲部を有するもの。)を構成する杆の径の二分の一程度の太さの線材で形成されたものを用いたものが、本件登録意匠の出願当時、公知であったことが認められる。

(五) これらによれば、本件登録意匠の要部は、「変形D型」の変形C状体に、変形C状体を構成する杆の径の約二分の一弱の太さの線材で下側ほど巾広に形成され下側巾広部分が変形C状体の断面形状の外側に線材の太さ分以上はみ出る形状となっているリング体を、その上端部において変形C状体の上端部(上短杆の下部)内側に鉤部等を設けることなく弾圧当接させた点にあるものと認められる。

これに反する被控訴人の主張は採用することができない。

3  イ号物件の意匠との対比

本件登録意匠の構成とイ号物件の意匠の構成とを対比すると、イ号物件の意匠を示した図面であると認められる原判決別紙イ号物件目録によれば、イ号物件の意匠は、「変形D型」の変形C状体に、C状体を構成する杆の径の約二分の一以下(約四分の一)の太さの線材で形成されたリング体を組み合わせたものであるとの基本形態において、本件登録意匠とほぼ共通しているが、リング体は、本件登録意匠のように下側ほど巾広に形成され下側巾広部分が変形C状体の断面形状の外側に線材の太さ分以上にはみ出る形状となっているものではなく、均一の細巾に形成され、変形C状体の断面形状の外側にほとんどはみ出ない形状であり、また、リング体の上部先端部分は、変形C状体上端部(上短杆の下部)に設けられた鉤状の溝内にその全体が収っており、変形C状体の内周に突き出す部分がないことが認められる。

4  類否の判断

以上検討した点を総合して、全体的に両意匠を観察すると、両意匠は、「変形D型」の変形C状体に、C状体を構成する杆の約二分の一弱ないし約四分の一の太さの線材で形成されたリング体を組み合わせたものであるとの基本形態において共通するものであるが、この点そのものは、本件登録意匠の要部に関しないものである。そして、本件登録意匠は、リング体を下側ほど巾広に形成し、下側巾広部分が変形C状体の断面の外側に相当はみ出るものとし、また、リング体をその上端部において、変形C状体の上端部(上短杆の下部)内側に鉤部等を設けることなく弾圧当接させた構成としたため、変形C状体のロープ挿入のための間隔部分(開閉部分)及びリング体が明瞭に存在するとの印象を与えるものである。これに対し、イ号物件の意匠は、本件登録意匠と同様に、細い線材で形成されたリング体を採用したものではあるが、リング体が均一の細巾に形成され、変形C状体の断面形状の外側にほとんどはみ出ていないものであり、また、リング体の上部先端部分は、変形C状体上端部(上短杆の下部)の鉤状の溝内にその全体が収っており変形C状体の内周に突き出す部分がないため、依然として一個の環状をなしているとの印象を与えるものである。

これらの点を総合すると、本件登録意匠とイ号物件の意匠とは、全体として見る者に与える美感を異にし、類似しないものというべきである。

5  まとめ

よって、被控訴人のイ号物件の本件意匠権侵害に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

二  ロ号物件の意匠との類否について検討する。

1  ロ号物件の意匠を示した図面であると認められる原判決別紙ロ号物件目録によれば、ロ号物件は、イ号物件と同じ形状であることが認められるから、前記一と同様の理由により、ロ号物件の意匠は本件登録意匠と類似しないものと認められる。

2  よって、被控訴人のロ号物件の本件意匠権侵害に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三  結論

よって、被控訴人の請求はいずれも理由がなく、これと異なる原判決は一部失当であるから、本件控訴を認容し、被控訴人の附帯控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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