東京高等裁判所 平成11年(ネ)5448号 判決
主文
一 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
二 被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録記載の各土地につき、別紙登記目録(一)記載の登記の抹消を請求する権利を放棄せよ。
三 控訴人が当審で追加した請求1を棄却し、同2、3の請求に係る訴えをいずれも却下する。
四 訴訟費用は、控訴人が当審で追加した請求に係る費用を控訴人の負担とし、その余は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 申立て
一 控訴人
1 主文第一、二項と同旨
2 被控訴人は、控訴人に対し、別紙物件目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)についての別紙登記目録(二)記載の登記(以下「本件予告登記」という。)の抹消嘱託について、別紙登記目録(一)記載の登記(以下「Aの所有権移転登記」という。)の抹消を請求する権利を放棄する手続をせよ(当審で追加した請求1)。
3 被控訴人は、A株式会社(以下「A」という。)に対し、Aの所有権移転登記の抹消を請求する権利が存在しないことを確認する(当審で追加した請求2)。
4 控訴人は、被控訴人に対し、別紙登記目録(三)記載の所有権移転登記(以下「控訴人の所有権移転登記」という。)を抹消する義務が存在しないことを確認する(当審で追加した請求3)。
5 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
第二 事案の概要
本件は、本件各土地を競落した控訴人が、被控訴人及びA株式会社(以下「A」という。)に対し右土地について所有権の確認を求めるとともに、被控訴人に対しAの所有権移転登記の抹消を求める権利を放棄する旨の意思表示を求めたところ、原審が所有権確認請求を認容したものの権利放棄の意思表示を求める請求を棄却したため、控訴人が右敗訴部分を不服として控訴した事案である。
右権利放棄の意思表示を求める請求は、被控訴人が提起したAの所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴訟が同社の認諾により終了したにもかかわらず、右訴訟提起に伴って経由された本件予告登記が未だ抹消されないままになっていることから、その抹消を得ることを目的とするものであり、控訴人は当審において前記第一の一2ないし4記載の請求を追加した。
本件訴訟における実質的な争点は、右のような事実関係の下で控訴人が本件予告登記の抹消を求めることの可否及びその方法であり、争点に関する当事者の主張は、次のとおり付け加えるほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決書三頁四行目<編注 本誌二二五頁二段五行目>及び同六行目<同二二五頁二段八行目>の「一〇月九日」を「一〇月八日」に、同七行目<同二二五頁二段一一行目>の「買い受けた」を「買い受け、同月九日所有権移転登記を受けた」にそれぞれ改める。
二 控訴人の当審における主張
1 所有権に基づく物権的請求権の一つとして登記抹消請求権があることは実務上争いがなく、不動産登記法一四六条一項(以下「不動産登記法」を「法」といい、単に条文のみをもって記載する。)は「抹消ニ付キ登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者アルトキハ申請書ニ其承諾書又ハ之ニ対抗スルコトヲ得ヘキ裁判ノ謄本ヲ添附スルコトヲ要ス」と規定しているので、抹消につき登記上利害を有する第三者があるときはその第三者に登記抹消の承諾を請求することができることもまた明らかである。これに対し、一四五条二項には「確定シタル登記ノ抹消又ハ回復ヲ請求スル権利ヲ抛棄シタルコト」とあるだけで、一四六条一項のように「之ニ対抗スルコトヲ得ヘキ裁判」という文言はない。しかし、物権的請求権とは物権の内容の実現が妨げられ又は妨げられるおそれがある場合に、物権をもつ者が、その事態を生ぜしめている者に対し、その妨害を除去又は予防するに必要な行為を請求できる権利のことであるから、一四五条二項に権利放棄の意思表示を求めることができる旨規定されていないからといってこれが否定されることにはならず、物権の内容の完全な実現に対する妨害を除去又は予防する行為として必要なものであればこれを請求することができるとするのが実体法上の物権的請求権の正しい理解である。
2 そして一四五条二項によると、書記官は「確定シタル登記ノ抹消又ハ回復ヲ請求スル権利ヲ抛棄シタルコトヲ証スル書面」の提出を受けた場合でなければ予告登記の抹消の嘱託をすることができないから、控訴人が本件各土地の所有権の内容の完全な実現を可能ならしめるためには被控訴人の「権利放棄の意思表示」が不可欠である。
3 別件訴訟の認諾調書によれば被控訴人のAに対する登記抹消請求権は所有権に基づく妨害排除請求権であり、物権的請求権である。物権的請求権は物権と運命を共にし、物権の存在する限り不断にこれから派生し、それが消滅するという性質の権利ではないから、物権的請求権に基づく妨害排除請求権について権利放棄という観念をいれる余地はない。したがって、この場合に被控訴人が行う権利放棄の意思表示とは当該時点において登記抹消請求権が存在しないことを知らせる観念の通知にほかならず(その点では一四五条二項の「権利の抛棄」という文言は正しくない。)、右通知をすることにより被控訴人の財産に増減が生じることはない。
4 以上の点からすれば、被控訴人に登記抹消請求権の放棄の意思表示を求める控訴人の請求は認容されるべきである。
5 控訴人が当審で追加した請求1は登記抹消請求権の放棄の意思表示に止まることなく権利放棄の手続をすることを求める請求であり、当審で追加した請求2、3は、控訴人の本件各土地の所有権が認められる以上、被控訴人の本件各土地の所有権も、これに基づくAに対する登記抹消請求権も成立する余地がないので、そのことを確認するための請求である。
三 被控訴人の反論
1 一四五条二項は平成五年法律第二二号により追加された規定であり、権利放棄の意思表示が任意にされない場合には予告登記が残存することを予定して立法化されている。したがって、本件予告登記の処理については控訴人と被控訴人とが話し合って解決すべきであって、裁判手続により権利放棄の意思表示を請求することは許されない。
2 控訴人は被控訴人に融資をして高額で不動産を購入させた上、競売手続により右不動産を廉価で取得している。これは競売制度を濫用した暴利行為であり、憲法二九条、一一条、一三条に違反し、民法一条にも違反する。
3 控訴人の自己競落は弁護士法七三条に違反し、権利を濫用するものである。
第三 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 当裁判所の判断
当裁判所は、控訴人が被控訴人に対しAの所有権移転登記の抹消を求める権利を放棄する旨の意思表示を求める請求は理由があり、控訴人が当審で追加した請求1は理由がなく、同2、3の請求に係る訴えはいずれも不適法であると判断する。その理由は次のとおりである。
一 控訴人の本件各土地の所有権取得について
控訴人が競売手続により本件各土地の所有権を取得し、その所有権を被控訴人に対抗することができることは、原判決書六頁四行目<編注 本誌二二五頁三段二四行目>の「被告」を「A」に改めるほか、原判決理由説示のとおりであるから、右記載を引用する(なお、被控訴人は原判決が控訴人の本件各土地の所有権確認請求を認容した部分について不服の申立てをしていない。)。
二 権利放棄の意思表示を求める請求について
1 予告登記は、登記原因の無効又は取消しによる登記の抹消又は回復の訴えが提起されたことを公示することにより、第三者に対し、不測の損害を被るおそれがあることを警告することを目的とする登記であり、抹消又は回復の訴えを起こした者が勝訴し、これに基づいて登記の抹消又は回復がされた場合には、その使命を終え、登記官の職権によりこれが抹消される(一四五条三項)。またこれとは逆に、訴えを提起した者が敗訴したり、訴えを取り下げたりすることで右訴えによる登記の抹消又は回復の可能性がなくなった場合にも、予告登記を存置させる必要はないので裁判所書記官からの嘱託により抹消される(同条一項)。
このような予告登記制度の趣旨目的に照らすと、たとえ登記原因の無効又は取消しによる登記の抹消又は回復の訴えを提起した者が勝訴し登記請求権が認められた場合であっても、その後にその者が請求権の放棄その他の事由により右請求権を失ったときは、右訴えによる登記の抹消又は回復の可能性が失われ第三者が不測の損害を被る可能性がなくなるから、予告登記は目的を失いこれを存続させる必要はないことになる。もっとも、法は勝訴した者が直ちに判決の内容に従った登記申請手続を行うことを前提として予告登記の抹消に関する手続を定め、右のような場合についての規定を置かなかった。しかし、現実には勝訴した者が種々の事情から直ちに登記手続をしないまま放置しそのため予告登記が長期間抹消されないまま経過することがあり、なかでも勝訴した者がその後右請求権を失ったような場合にはもはやその者において判決に従った登記手続を行うことができず、そのままでは予告登記が抹消されないままとなるという事態が想定されたことから、この点の不備を補うため平成五年法律第二二号により一四五条二項が追加されるに至った(従前の一四五条二項は一四五条三項に繰り下げられた。)。
すなわち、一四五条二項は登記権利者の権利放棄を証する書面が裁判所に提出された場合に裁判所書記官の嘱託により予告登記を抹消すべきことを規定して右のような場合にも予告登記を抹消することを可能とした。そして一四五条二項が定める「権利放棄を証する書面」とは権利者が確定した登記請求権を放棄したことが明らかにされている書面のことであり、通常は権利者が任意に作成する書面が予定されているといえるにしても、法律上は権利者が作成した書面に限られないから、権利放棄を記載した和解調書等もこれに当たるというべきである。
本件では判決において権利者に対し権利放棄の意思表示を命じることができるか否かが問題とされているので、以下この観点から検討することとする。
2 被控訴人はAの所有権移転登記の抹消を求める権利を有することが別件訴訟(請求認諾)により確定しているが、前記のとおり、本件各土地については競売手続により控訴人が所有権を取得しており、被控訴人は実体法上本件各土地の所有権を控訴人に対抗することができない立場にあることが認められるから、もはや被控訴人はAの所有権移転登記を抹消することができず、本件各土地に経由された予告登記はその目的を失いこれを維持すべき理由がなくなったものといわなければならない。
このような場合、目的を失った予告登記は土地の所有者にとって有害かつ無用な登記であり土地の所有権を妨害するものであるから、一般的には物権的請求権に基づく妨害排除の問題になると考えられなくはないが、前記のとおり法が予告登記の抹消に関する手続を定めていることからすれば、本件の場合にも一四五条二項の手続に従って予告登記の抹消登記手続をすべきであり、これと無関係に物権的請求権に基づいて本件予告登記の抹消登記手続を求めることは許されないというべきである。そして通常の場合には、登記請求権を失った勝訴者についてはもはや予告登記を維持すべき格別の利益を見いだせないから、勝訴者が登記請求権を放棄する旨の書面を任意に作成して交付することにより一四五条二項の手続に従った予告登記の抹消登記手続が行われることになると考えられるが、本件各土地については前記のとおり被控訴人がAに対する登記請求権を放棄する旨の書面の作成に応じないため、控訴人において一四五条二項の手続に従った予告登記の抹消を受けられずにいることが認められる。
3 以上の事実関係からすると、控訴人が本件予告登記の抹消を得るためには、一四五条二項が定める「権利放棄を証する書面」、すなわち被控訴人がAの所有権移転登記の抹消を求める権利を放棄したことを証する書面を得ることが不可欠であり、被控訴人が任意にその作成に応じない場合には控訴人は被控訴人に対し右権利放棄の意思表示を訴求するほかないことになる。そして物権的請求権は物権の内容を完全ならしめることを要求する権利であって予めその内容が定まっているものではなく、それぞれの場面において物権の内容を完全ならしめるために必要とされる行為をすることを他人に求めることができると解されるから、控訴人は、本件各土地の所有権に基づく物権的請求権を根拠として、被控訴人に対し右登記請求権を放棄する旨の意思表示をすることを求めることができるといわなければならない。被控訴人は別件訴訟においてAから請求の認諾を得ているが、前記のとおり被控訴人は本件各土地の所有権を控訴人に対抗することができず、実体法上Aの所有権移転登記の抹消登記請求権を有していないから、被控訴人に権利放棄の意思表示を命ずることは被控訴人に実体法上の権利が存在しないことを実質的に明らかにするものにすぎず、これを否定すべき根拠はない。
以上のとおりであるから、被控訴人に右意思表示を求める控訴人の請求は理由がある。
4 被控訴人は一四五条二項は「権利放棄の意思表示」が任意にされない場合に予告登記が残存することを予定して立法化された旨主張する。しかし、一四五条二項がそのような趣旨の下に改正されたと認めるに足りる証拠はなく、被控訴人の主張は独自のものであるから、これを採用することができない。
三 控訴人が当審において追加した請求について
1 控訴人の追加請求1は本件予告登記の抹消嘱託について被控訴人にAに対する登記抹消請求権を放棄する手続をすることを求めるものである。しかし、前記のとおり控訴人は被控訴人に権利放棄の意思表示を求めることによって本件予告登記の抹消を得ることができるのであるから、被控訴人にそれ以上の行為をすることを請求することは許されず、右請求は理由がない。
2 控訴人の追加請求2は被控訴人にAの所有権移転登記の抹消を請求する権利が存在しないことの確認を求めるものであり、同請求3は控訴人の所有権移転登記の抹消義務が控訴人にないことの確認を求めるものである。しかし、前者は他人間の権利の不存在の確認を求めるものであり、これにより控訴人の権利義務に直接影響を及ぼすものではないから控訴人に確認の利益はないといわなければならないし、後者についても、原判決により本件各土地の所有権が控訴人に帰属することが確認されており、これに加えて控訴人の所有権移転登記の抹消義務の不存在まで確認しなければならない必要性は見いだせないから、確認の利益がないというべきである。
四 被控訴人の反論について
1 被控訴人の一四五条二項に関する見解が独自のもので採用することができないことは前記のとおりである。
2 被控訴人は、控訴人が被控訴人に融資をして高額で不動産を購入させた上、競売手続によりこれを廉価で取得しているとして、これが競売制度を濫用した暴利行為であると主張する。しかし、被控訴人が控訴人からの融資金をもって不動産を高額で取得したことがあるとしても、控訴人がその後の地価の下落や被控訴人の返済不能を予測し暴利を目的として右融資をしたと認めるに足りる証拠はなく、また競売制度を利用して融資金の回収を図ることは正当な権利の行使として是認されるべきものであるから、これが憲法二九条、一一条、一三条及び民法一条に違反するということはできず、被控訴人の右主張は失当である。
3 被控訴人は控訴人の自己競落が弁護士法七三条に違反すると主張する。その趣旨は必ずしも明らかではないが、同条は他人の権利を譲り受けて訴訟等の方法によりその権利を実行することを業とすることを禁止する規定であるから、被控訴人は控訴人が担保権を設定した土地を自ら競売により取得して訴訟等により権利行使することを業としているとして、これが弁護士法七三条に違反すると主張しているように理解することができる。しかし、担保権を設定した土地を自ら競落することは民事執行法上禁止されておらず、競売制度により不動産の所有権を取得した者がその所有権を行使することは、民事執行法上当然に予定されていることであるから、たとえこれを業とするものであっても何ら弁護士法七三条に違反するものではない。また控訴人がAと共謀して被控訴人の権利を侵害する目的で本件各土地を自己競落したと認めるに足りる証拠はなく、ほかに控訴人の権利行使を権利の濫用であると認めるべき根拠も見いだせない。したがって、この点の被控訴人の主張は採用することができない。
第五 結論
よって、原判決中控訴人の請求を棄却した部分は不当であるからこれを取り消し、控訴人の右請求を認容し、控訴人が当審で追加した請求1は理由がないからこれを棄却し、同2、3の請求に係る各訴えはいずれも不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 宮岡章 裁判官 田川直之)
別紙物件目録<省略>
別表登記目録(一)(二)<省略>