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東京高等裁判所 平成11年(ネ)5819号 判決 2000年3月16日

控訴人

有限会社萩原建設

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

澤田儀一

被控訴人

石田建設株式会社

右代表者代表取締役

【B】

右訴訟代理人弁護士

和田光弘

今井誠

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  反訴請求についての原判決を取り消す。

2  被控訴人の反訴請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二事案の概要

事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由「一 一一三号の請求の趣旨及び原因」及び「二 五二号事件の請求の趣旨及び原因」のとおりであるから、これを引用する。なお、当裁判所も、「四実用新案権」、「本件契約」、「代理店等」の用語を、原判決に準じて用いる。

(当審における控訴人の主張の要点)

一  本件契約書の規定のみでみるならば、確かに、本件契約は、被控訴人に代理店等との契約権原があることを前提にするものと解釈するのが自然である。しかし、この権原の所在を明確にするためにこそ、わざわざ、本件契約付属協定書を作成し、これによって右契約締結権原が控訴人にあることを明確にしたのである。同協定書の表現上、「甲乙協議の上、甲(控訴人)が契約を行うものとする」対象に、住宅機器メーカーの選定のみならず、代理店、加盟会員募集も含まれていることは明白である。

二  原判決は、代理店等との契約締結権原の所在の認定について、「本件契約による権利金が一億一六〇〇万円と高額であること」を考慮している。しかし、本件契約を締結する前に作成され、それに基づいて契約が締結される予定であった甲第一五号証の契約書においては、対象となるのは四実用新案権のみ、実施地域は三県、代理店等との契約締結権原は佐二にあるという前提で、契約金は五三〇〇万円とされていた。これに対して、本件契約では、対象となるのは実用新案権三権、実施地域は一〇県となっているから、被控訴人に代理店等との契約締結権原が一切ないとしても、権利金一億一六〇〇万円は、決して高額なものではない。

三  原判決は、①被控訴人代表者の供述によれば、被控訴人はBJ工法に関する代理店について、住宅機器メーカーを除いて被控訴人に契約締結権原があると信じて一億一六〇〇万円の権利金を支払う約定で本件契約を締結したと認められる、②他方、控訴人代表者の供述によれば、控訴人は当初から被控訴人に代理店等すべてについて契約締結権原を授与する意思はなかったと認められる、③控訴人は、被控訴人が、代理店等との契約締結権原が被控訴人にあると考えていることを認識していたと認めるのが相当であると判断した。

控訴人、被控訴人各代表者などの供述によると、①、②は確かにそのとおりのようである。しかし、③については、控訴人は、被控訴人が代理店等との契約締結権原が被控訴人にあると考えていることを認識していなかったのである。

四  被控訴人には、錯誤に陥ったことについて以下のとおり重大な過失がある。

1 控訴人代表者は、本件契約締結前の平成八年三月か四月ころ、弁理士とともに被控訴人会社へ行き、被控訴人代表者に代理店等との契約締結権原がないことを話している。

弁理士の説明によれば、通常実施権の場合には、権利者が代理店等との契約締結権原を有するのが常識である。そして、本件契約は通常実施権の設定契約であるから、控訴人が代理店等との契約締結権原を有するのが常識である。

被控訴人代表者は、控訴人の意思を正確に把握せず、すべてのことを被控訴人の都合の良いふうに勝手に解釈して、控訴人も被控訴人と同様な考え、意思を持っていると思い込んで本件契約に至ったものである。

2 被控訴人には、顧問弁護士であった和田光弘弁護士が終始立会い、文書の起案を行い、契約文書の読み合わせを行っていたから、契約文書に将来紛争の原因になりかねないような疑義があれば、法律専門家としてその時点でこれを解決しておくべきであった。ところが、同弁護士は、本件紛争になっている事項について何らの指摘も行っていない。

五  本件契約においては、第五条により、「支払われた金員はいかなる事情が発生しても返還されない」と取り決められている。したがって、控訴人は、被控訴人から支払いを受けた本件契約金四〇〇〇万円の返還義務を負わない。

第三当裁判所の判断

当裁判所も、被控訴人の反訴請求は理由があると判断する。

一  本件契約が締結されたこと、本件契約における権利金が一億一六〇〇万円であること、被控訴人が控訴人に対し、平成九年二月二〇日、右権利金の内金四〇〇〇万円を支払ったことは当事者間に争いがない。

二  本件契約において、実際には、被控訴人には、BJ工法に関する代理店、加盟会員の募集について契約締結権原が与えられなかったことも当事者間に争いがない。すなわち、当事者主義の支配する民事訴訟である本件における以下の訴訟経過の下では、裁判所としては、右の点につき当事者間に争いがないものとして処理する以外にないというべきである。

本件訴訟の当初においては、被控訴人は、「本件実用新案権実施に関する代理店、加盟会員の募集及び契約・・・を認めているのであるから、右契約段階で被告会社の代理権原を承認していたものである。」(平成一〇年一月二九日付け準備書面(一)二頁)として、右権原が被控訴人に与えられた旨を主張していた。これに対し、控訴人は、「右契約段階で被告会社の代理権原を承認していたことは否認する。・・・被告会社には、代理権を授与していない。」(平成一〇年三月九日付け準備書面二頁)と主張し、反訴提起後も、被控訴人には代理店、加盟会員との契約締結権原が与えられていない旨の主張を継続してきた(平成一〇年九月二五日付け準備書面、平成一一年九月二一日付け準備書面)。一方、被控訴人は、控訴人の右主張を受けて、「反訴における争点と反訴原告の請求原因・・・もっと正確に言うならば、・・・本件契約を締結する際に、・・・反訴原告に本件契約上の各権限を有している・・・と誤信させ、契約の要素について錯誤に陥らせ・・・たのか否か」(平成一一年九月九日付け反訴準備書面(四)二ないし三頁)、「反訴被告は反訴原告に対し、真実はその権限を与える意思がないのにもかかわらず、代理店等募集の契約締結権限を与えるかのように装って、反訴原告を錯誤に陥らせ・・・反訴原告は、・・・契約の要素において重大な錯誤に陥って契約締結に至った」(同九ないし一〇頁)と主張して、被控訴人には代理店、加盟会員との契約締結権原が与えられていないことを要件とする錯誤無効の主張をするに至った。

三  証拠によれば、被控訴人は、本件契約の時点においては、BJ工法に関する代理店、加盟会員の募集について契約締結権原が与えられるものと信じており、右権原が与えられないことを知っていれば本件契約を締結しなかったであろうことが認められる(被控訴人代表者(原審))。

BJ工法に関する事業を展開するに当たり、被控訴人が自ら代理店、加盟会員との契約を締結することができるならば、被控訴人は、独力で傘下の代理店、加盟会員を増やし、右事業拡大を進めることができるけれども、右契約締結権原がない場合には、控訴人が了解した相手でなければ代理店、加盟会員にできないから事業の拡大は控訴人が主導権を握ることになり、大きな違いが生じる。ちなみに、被控訴人が石川県において代理店としたのが全部被控訴人の従業員の知人であったことに関する控訴人と被控訴人の思惑の違いが本件契約をめぐる争いの一因となっていることが窺えるところである(被控訴人代表者(原審))。そうであれば、本件契約において、被控訴人にBJ工法に関する代理店、加盟会員の募集について契約締結権原が与えられているか否かは、契約の要素となるものというべきである。

右のとおりであるから、被控訴人には、本件契約を成立させるに当たり、その要素に錯誤があったものと認めることができる。

四  被控訴人の重大な過失の有無について判断する。

1  本件契約書の四条において、被控訴人が控訴人に代理店等からのロイヤリティーの一部に相当する金額を支払うということになってるいるから、これに同契約書三条をあわせて普通に読めば、被控訴人には、BJ工法に関する代理店、加盟会員の募集について契約締結権原があるものと解釈される(甲第一号証の一)。

2  控訴人は、本件契約付属協定書の表現上、「甲乙協議の上、甲(控訴人)が契約を行うものとする」対象に、住宅機器メーカーの選定のみならず、代理店、加盟会員募集も含まれていることは明白であると主張する。しかし、本件契約付属協定書の2号の規定をみれば、「本件契約書第3条実施事業の内容について本条3号の本件実用新案権の実施のための代理店、加盟会員募集・住宅機器メーカー等との契約及び組織育成」までは本件契約書三条3号の記載を転記しただけのものであるから、本件契約書本文を補充するものとして意味があるのは、それ以下の「住宅機器メーカーの選定は、甲乙協議の上、甲が契約を行うものとする。」との部分とみる以外にない。そうすると、右協定書は、本件契約書三条では、代理店等すべてについて被控訴人に契約締結権原があることになっているが、これを修正し、そのうちの住宅機器メーカーのみについては、控訴人にのみ契約締結権原があることを明らかにしたものと理解せざるを得ない。したがって、本件契約書と右協定書とをあわせて普通に読めば、本件契約により被控訴人に対して、BJ工法に関する代理店、加盟会員の募集について契約締結権原が与えられるものと理解するのが自然というべきである(甲第一号証の一、二)。

3  本件契約自体は通常実施権の設定契約であるけれども、本件契約による権利金は一億一六〇〇万円と高額であるから、本件契約書及び本件契約付属協定書の前記1、2の記載と相まって、被控訴人において、BJ工法に関する代理店、加盟会員の募集について契約締結権限が与えられるものと信じたとしても、無理からぬことというべきである。

この点に関して、控訴人は、甲第一五号証の契約書と対比して、被控訴人に代理店等との契約締結権原が一切ないとしても、権利金一億一六〇〇万円は、決して高額なものではないと主張する。しかし、甲第一五号証の契約書は、そもそも締結された契約に係るものとは認められないから、これと比較して金額の高低を論じる控訴人の主張は、採用することができない。

4  また、控訴人は、控訴人代表者が、本件契約締結前の平成八年三月か四月ころ、弁理士とともに被控訴人会社へ行き、被控訴人代表者に代理店等との契約締結権原がないことを話していると主張し、控訴人代表者(原審)もその旨供述する。

しかし、右供述自体、裏付けのないものであって、簡単には採用することのできないものである。のみならず、仮にそれが事実であるとしても、それは、本件契約締結の半年も前のことである。当然その後に様々な交渉がなされて本件契約締結に至ったであろうことは容易に推測できるところである(ちなみに、本件契約締結の約半年前の日付である甲第一五号証の契約書と本件契約書を対比すると、代理店等との契約に関する点をも含めて、相当な違いがあることが認められる。)。仮に、被控訴人において、約半年前に控訴人から代理店等との契約締結権原を与えるつもりがないことを告知されていたとしても、本件契約締結の時点において本件契約書及び本件契約付属協定書を普通に読んで、BJ工法に関する代理店、加盟会員の募集について契約締結権原が被控訴人に与えられるものと信じたとしても、そのことをもって重大な過失ということはできない。

5  本件契約には、弁護士が立会人となっている。しかし、前記のとおり、本件契約書と右協定書とをあわせて普通に読めば、被控訴人に対してBJ工法に関する代理店、加盟会員の募集について契約締結権原が与えられるものと理解するのが自然であって、他に理解するのはむしろ不可能というべきであるから、この点に関して右立会人にも重大な過失はない。

6  以上のとおりであるから、被控訴人において、BJ工法に関する代理店、加盟会員の募集について契約締結権原が被控訴人に与えられると信じたことに重大な過失があるものとは認められない。

五  控訴人は、本件契約書の五条を根拠として、控訴人に本件権利金の内金四〇〇〇万円の返還義務はないと主張する。しかし、本件契約自体が被控訴人の錯誤により無効であることは、前認定のとおりである。そうである以上、特段の事情の認められない本件においては、本件契約の一部である本件契約書の五条も、やはり無効であるものといわざるを得ない。同条を根拠とする控訴人の主張は、採用することができない。

六  利息金について

前認定のとおり、本件契約書と右協定書とをあわせて普通に読めば、被控訴人に対して、BJ工法に関する代理店、加盟会員の募集について契約締結権原が与えられるものと理解するのが自然であって、他に理解するのはむしろ不可能である。

右事実によれば、控訴人代表者は、本件契約の時点では、被控訴人が右の点について錯誤に陥っていたことを認識していたものと認められる。右認定に反する控訴人代表者(原審)の供述は、採用することができない。したがって、控訴人は悪意の受益者というべきである。

七  以上の事実によれば、本件契約は要素の錯誤により無効であり、控訴人は、被控訴人が支払った本件契約の権利金の内金四〇〇〇万円及び利得の日である平成九年二月二〇日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による利息金の支払い義務がある。したがって、被控訴人の反訴請求は、その余について判断するまでもなく、理由があることが明らかである。

第四結論

よって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

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