東京高等裁判所 平成11年(ネ)6004号 判決 2000年4月19日
控訴人(原審被告)
アストロ・システム・ジャパン株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
小原真一
右訴訟復代理人弁護士
松居英二
被控訴人(原審原告)
破産者株式会社イメージボックス
破産管財人
B
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた判決
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二当事者の主張
当事者双方の主張は、後記一及び二のとおり、当審における主張を付加するほかは、原判決事実及び理由欄の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人の主張
1 同意を求めるための被控訴人の努力の欠如
共有著作権の一体的利用を確保するために、その行使につき、持分の過半数ではなく、共有著作権者全員の合意を必要としている著作権法六五条一、二項の趣旨に照らして、共有著作権の持分を譲渡しようとする者は、他の共有者の同意を得るための努力や、合意形成のための努力をすべきものとされるのであるから、少なくも同意を得るための努力や、合意形成のための努力をしない共有著作権行使者に対しては、他の共有者は、そのことの故に、当該共有著作権の持分の譲渡についての同意を拒む正当な理由があるものというべきである。
しかるところ、本件の破産者持分の譲渡に関しては、被控訴人は、控訴人に対し、平成一一年四月一九日に、同月二五日を回答期限として、破産者持分を買い受けるかどうかの問合せをし、また、同年五月六日に、破産者持分を三六〇万円で買い受けたいという申出があるとして、その譲渡に同意するよう求めたうえ、控訴人において三六〇万円でこれを買い受けるのであれば、売却する用意がある旨の通知をしただけである。控訴人は、右通知に対し、一部の業者によって、本件著作物が表示価格を無視した廉価で販売されて市場に混乱を与え、消費者にも誤解を与えていることを指摘し、これらの混乱や誤解を除去するためには、著作権を分散させずに信頼を回復する必要がある等の回答したが、被控訴人からは、その後何らの返事もなく、本件訴訟が提起されるに至った。
右の事情の下において、控訴人は、誰に対し、あるいはどのような者に対し、破産者持分が譲渡されるのかさえ全く分からないまま、譲渡についての同意を求められたのであり、被控訴人が、共有著作権の一体的利用のために控訴人の同意を得るための努力をしたとはいい難く、したがって、控訴人には右同意を拒否する正当な理由があるというべきである。
2 控訴人とピーエスジーとの協議の困難性
原判決が認定するとおり、イメージボックスの許諾を受けて本件著作物を販売していたピーエスジーと控訴人との間に、平成一一年四月二日頃、ピーエスジーが控訴人に年間一五〇万円の使用料を支払う合意が成立したが、ピーエスジーは、少なくともイメージボックスから右許諾を得る際には、控訴人が本件著作権の共有者であることを知り得たはずである。そして、ピーエスジーは、右平成一一年四月二日頃の使用料支払いの合意と時期を接して、被控訴人との間で破産者持分を譲り受ける協議をしていたが、これについて控訴人には何も知らせなかった。
本件訴訟の提起後、控訴人は、ピーエスジーが破産者持分の買受人であることを初めて知り、平成一一年六月一〇日に、控訴人代表者がピーエスジー代表者Cに対し、本件著作権についての協議を求めたが、Cが、ピーエスジーと被控訴人との間の破産者持分の売買契約が既に効力を生じ、ピーエスジーが破産者持分を取得したかのような主張をしたために、協議ができなかった。
また、原審での和解手続におけるピーエスジーとの協議は、ピーエスジーが、控訴人に破産者持分を譲渡したうえで、その後五年間、本件著作権をピーエスジーが利用することとし、控訴人が、その従前の販売先に対するものも含めて、本件著作物を販売するためには、ピーエスジーの利用権に基づき、ピーエスジーに利用料を支払って行うことを申し入れ、右五年間においても、控訴人が、ピーエスジーからの制約を受けることなく、販売先に対して本件著作物を販売し得ることを希望した控訴人との間で合意が成立しなかった。
原判決は、無断販売の防止や販売価格の統一について、控訴人がピーエスジーと共に行うことができない事情が存するとは認められないとするが、右の事情に照らせば、それらを共に行うことが困難であるというべく、したがって、控訴人には、破産者持分譲渡についての同意を拒否する正当な理由があるというべきである。
二 被控訴人の主張
1 控訴人の主張1について
被控訴人が、平成一一年五月六日に、控訴人に破産者持分譲渡についての同意を求めるに際して、ピーエスジーとの売買契約についての協議や、その締結について、控訴人に知らせなかったことは認める。
しかしながら、控訴人は、被控訴人がした平成一一年四月一九日の買受けの問合せに対し、回答期限までに買受けの申出をせず、また、被控訴人が、同年五月六日に、破産者持分を三六〇万円で買い受ける旨の応募があったことを伝え、その譲渡についての同意を求めるとともに、控訴人において三六〇万円で買い受けるのであれば、売却する用意がある旨の通知をしたのに対し、控訴人は被控訴人に対して、譲渡先についての照会をすることもなく、平成一一年五月七日に、自己が単独で著作権を有するに至ったこと、市場の混乱を収め、消費者に誤解を与えないためには著作権を分散させない必要があることを理由として、譲渡についての同意を拒否する旨の通知をし、三六〇万円で破産者持分を買い受ける旨の申出をしなかった。
控訴人は、破産者持分の譲渡先がピーエスジーであることを知らされなかったことを理由として、被控訴人が控訴人の同意を得るための努力をしなかったと主張するが、右の事情によれば、控訴人は、譲受人が誰であれ、破産者持分の譲渡に同意をする考えは全くなかったということになり、被控訴人が控訴人に対して、ピーエスジーとの売買契約の締結を知らせていれば、控訴人として異なる対応をなし得たというわけではないのであるから、控訴人の右主張は失当である。
2 控訴人の主張2について
ピーエスジーが、被控訴人との間の破産者持分譲渡の協議について控訴人に知らせなかったことは認めるが、控訴人が、被控訴人とピーエスジーとの売買契約を知っていれば、異なる対応をなし得たというわけではないことは右のとおりである。
ピーエスジー代表者Cが、平成一一年六月一〇日に、控訴人代表者に対し、ピーエスジーが破産者持分を既に取得したかのような主張をしたことは否認する。
さらに、原審での和解手続では、控訴人が単独著作権者となることを主張したので、ピーエスジーが、控訴人に破産者持分を譲渡したうえで、その後五年間に限り本件著作権の利用許諾を受け、ピーエスジーのみが本件著作物の利用を行うことを求めたものである。控訴人の利用についてもピーエスジーの利用権に基づいて行うよう提案したことは、右の和解案に沿った正当なものであり、控訴人が自己の利益を強硬に主張した結果、和解が不調となったものである。
控訴人は、本件著作物に関する無断販売の防止や、販売価格の統一について、控訴人がピーエスジーと共に行うことが困難であると主張するが、右のとおりであるから、該主張は根拠がない。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所も、被控訴人の本件請求は理由があるものと判断する。
その理由は、控訴人の当審における主張に対し、次のとおり判断するほかは、原判決事実及び理由欄の「第三 争点に対する判断」の記載と同じであるから、これを引用する。
1 控訴人の主張1について
共有著作権者が、その持分を譲渡する際に、他の共有者の同意を得るための努力をしなかったことが、他の共有者において、持分譲渡についての同意を拒否する正当な理由となることがあり得るとしても、そのような努力は、持分譲渡をしようとする共有著作権者に一方的に求められるものではなく、具体的事情の下において、他の共有者にもこれに必要な協力をすることが求められるものであり、持分譲渡をしようとする共有著作権者に要求される努力の内容・程度は、他の共有者におけるこのような協力の有無・程度と相対的な関係をもって定まるものと解するのが相当である。
しかして、本件において、控訴人は、誰に対し、あるいはどのような者に対し、破産者持分が譲渡されるのかを知らされないまま、持分譲渡についての同意を求められたことをもって、被控訴人が、控訴人の同意を得るための努力をしたとはいえないとし、控訴人には同意を拒否する正当な理由があると主張するところ、被控訴人が、平成一一年五月六日に、控訴人に破産者持分譲渡についての同意を求めるに際して、その譲渡先がピーエスジーであることを知らせなかったことは、当事者間に争いがない。
しかしながら、前示争いのない事実(原判決三頁四行目から七行目まで)によれば、被控訴人が、イメージボックスの破産管財人として、同破産財団に属する財産である破産者持分を、できるだけ早期に換価する必要があることは明らかであるところ、前示(原判決一〇頁八行目から一二頁七行目)の事実関係に照らせば、被控訴人は、その換価のための譲渡の相手方を決定するに当たっては、控訴人を含む関係者に対し、平成一一年四月一九日に破産者持分を買い受けるかどうかの問合せをし、さらに、控訴人に対して、同年五月六日に破産者持分譲渡についての同意を求めた際に、控訴人が当該譲渡代金と同額で買い受けるのであれば、売却する用意がある旨を併せて通知して、本件著作権の他の共有者である控訴人に破産者持分取得の機会を与え、その立場に配慮を示しているのに対し、控訴人は、同年五月六日に右同意を求められた際、破産者持分の譲渡先を知ることが必要であれば、被控訴人にそれを問い合わせることは容易であったと考えられるのに、かかる問合せをしなかったのみならず、翌七日には、被控訴人に対し、イメージボックスの倒産によって自己が単独著作権者となったこと、市場の混乱を収め、消費者に誤解を与えないためには著作権を分散させない必要があること等により、右同意をしないとの通知をしたものであって、かかる控訴人の言動は、前示のような、被控訴人における破産者持分譲渡の必要性や、被控訴人の示した配慮に対する理解を全く欠いており、客観的には不当な主張を伴う理由によって、破産者持分の譲渡先が誰であるかを問わず、その譲渡に対する同意をすべて拒否することを明らかにしたものといわざるを得ない。そして、破産者持分の譲渡についての、右のような被控訴人、控訴人双方に関する事由を考慮すれば、被控訴人が、同年五月六日に、控訴人に破産者持分譲渡についての同意を求めるに際して、その譲渡先がピーエスジーであることを控訴人に知らせなかったからといって、持分譲渡の必要性がある被控訴人が、他の共有者である控訴人の同意を得るための努力をしなかったものということができず、控訴人において持分譲渡についての同意を拒否する正当な理由がある場合に当たるものとは、到底認めることができない。
したがって、控訴人の主張1は失当というべきである。
2 控訴人の主張2について
控訴人は、本件著作物の無断販売の防止や、販売価格の統一について、控訴人がピーエスジーと共に行うことが困難であるから、控訴人には破産者持分譲渡についての同意を拒否する正当な理由があると主張する。
しかしながら、控訴人がその困難性の根拠として挙げる事由のうち、ピーエスジーが、被控訴人との間の破産者持分譲渡の協議について控訴人に知らせなかったことは当事者間に争いがないが、前示(原判決一〇頁八行目から一二頁七行目)の事実関係によれば、ピーエスジーと被控訴人との間の破産者持分譲渡の協議は、被控訴人が控訴人を含む関係者に対し、破産者持分を買い受けるかどうかの問合せをした際に、その回答期限とした平成一一年四月二五日以降に開始されたものと推認されるところ、右時点において、破産者持分を買い受ける機会があったにもかかわらず、既にそれを逸している控訴人に対し、ピーエスジーが、被控訴人との間で右協議がなされていることを知らせなかったとしても、それが控訴人に対する背信行為といえないことは、前示(原判決一四頁八行目から一五頁三行目まで)のとおりである。
また、控訴人は、前示の困難性の根拠となる事由として、平成一一年六月一〇日に控訴人代表者がピーエスジー代表者Cに対し、本件著作権についての協議を求めたものの、Cが、ピーエスジーと被控訴人との間の破産者持分の売買契約が既に効力を生じ、ピーエスジーが破産者持分を取得したかのような主張をしたために、協議ができなかったと主張するが、かかる事実を認めることができないことも、前示(原判決一五頁四行目から一六頁四行目まで)のとおりである。
控訴人は、さらに、前示の困難性の根拠となる事由として、原審での和解の協議において、ピーエスジーの申入れにより合意が成立しなかった旨主張するところ、甲第九号証及び弁論の全趣旨によれば、右和解協議に利害関係人として加わったピーエスジーは、被控訴人から控訴人の同意を得て取得した破産者持分を控訴人に譲渡したうえ、その後五年間限り本件著作権の独占的利用許諾を受け、かつ、右譲渡代金と利用許諾料とを同額として相殺する案(すなわち、実質的に、ピーエスジーが破産者持分を無償で控訴人に譲渡する代償として、五年間の独占的利用権を無償で取得する案)に同意したことが認められ、そうであれば、ピーエスジーが、右五年間の独占的利用許諾期間中は、控訴人による本件著作物の販売についてもピーエスジーの右利用権に基づくことを申し入れたとしても、破産者持分と控訴人の本件著作権の持分がともに二分の一であること等に照らして、格別、不当であるとか、背信的である等ということはできず、和解の合意が成立しなかったことをピーエスジーの責めに帰せしめることはできない。
右のとおり、本件著作物の無断販売の防止や、販売価格の統一について、控訴人がピーエスジーと共に行うことが困難である根拠として、控訴人が挙げる事由は、その存在が認められないものであるか、又は、少なくともピーエスジーに責めを負わせるべき事由ではなく、そうであれば、かかる事由を根拠とするような困難性は、控訴人が破産者持分譲渡についての同意を拒否する正当な理由とはなり得ないものというべきである。
二 以上によれば、原判決は正当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六一条、六七条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)