東京高等裁判所 平成11年(ネ)6410号 判決 2000年4月27日
控訴人
住美産業株式会社
右代表者代表取締役
工藤芳蔵
右訴訟代理人弁護士
野口和俊
同
佐脇浩
被控訴人
嘉指三朗
他三名
右四名訴訟代理人弁護士
牧野雄作
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文同旨
二 被控訴人ら
控訴棄却
第二 事案の概要
一 本件は、被控訴人らが、被控訴人ら宅に隣接する控訴人所有の建物から火災が発生し、被控訴人ら宅が焼失したのは、控訴人所有の建物の設置又は保存に瑕疵があったためであると主張して、控訴人に対し、民法七一七条に基づき、被控訴人嘉指三朗については建物新築費用、家財道具等の損害、慰謝料等合計三六五七万五二七二円の損害賠償金とその遅延損害金、被控訴人嘉指和世については慰謝料等二三〇万円の損害賠償金とその遅延損害金、被控訴人嘉指幸子については慰謝料等六〇万円の損害賠償金とその遅延損害金、被控訴人嘉指実については慰謝料等一六四万円の損害賠償金とその遅延損害金の各支払を求めた事案である。
原判決は、被控訴人らの請求を、被控訴人嘉指三朗については損害賠償金三一九七万五二七二円とその遅延損害金、被控訴人嘉指和世については損害賠償金五五万円とその遅延損害金、被控訴人嘉指幸子については損害賠償金二二万円とその遅延損害金、被控訴人嘉指実については損害賠償金五五万円とその遅延損害金の限度で認容したので、これに対して控訴人が不服を申し立てたものである。
二 右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の当審における主張)
原判決は、控訴人所有建物の一部である一階ピロティ部分に設置保存上の瑕疵があり、本件火災はその瑕疵により発生したものともいえると認定した。しかし、本件火災は、本件建物の状況から出火したものではなく、第三者の故意による放火行為によって出火したものであって、事実の誤認がある。
原判決は、本件ピロティ部分に資材等を放置したりせず、又は侵入防止のため単に鎖を張る以上の強固な措置を取るべきであったとして、この点で、ピロティ部分の設置又は保存に瑕疵があり、火災を引き起こしたと認定している。しかし、控訴人のシンナー等の保管態様は消防法に抵触するものではないうえ、防火上の観点からして格別危険であったということはない。また、一般に、作業場所や工場内には可燃物や引火物が保管されていることが少なくないが、外部からの侵入防止措置について、警備員を配置したり、全面にわたってシャッターを設けるなどの強固な措置が取られているとは限らない。本件ピロティ部分の状況が放火を誘発したとはいえず、工作物の設置又は保存に瑕疵があるとはいえない。
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所は、被控訴人らの請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 認定事実
原判決挙示の証拠によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 平成一〇年六月三〇日午前一時一〇分ころ、東京都練馬区貫井所在の控訴人所有建物(鉄骨・木造スレート葺防火構造の三階建建物)一階ピロティ部分西側奥の作業台付近から出火した。本件火災の原因は、電気やたばこの火による可能性が極めて低く、他に火源となるものがないことから、放火であることが強く推認された。
(二) 本件火災の発生により、控訴人所有建物は全焼し、西側に隣接した被控訴人ら宅の建物は、ピロティ部分から上がった火柱が被控訴人建物の二階に入ったため、二階と三階の内部がほぼ焼失し、一階は水損するなどした。控訴人所有建物の南側に隣接した建物は、北側外壁等が焼損した。
(三) 控訴人所有建物の敷地は、東側が公道に接しており、接道面(南北方向)より奥行(東西方向)の方が長いほぼ長方形の形をしていて、建物は敷地一杯に建てられていた。控訴人所有建物の一階部分は、ピロティ式になっており、北側には、シャッターで区画された奥行約二メートルの倉庫が設けられていたが、公道に面する側の東側は開口部になっていた。南側及び西側には五段ないし六段のブロックが、積まれ、南側は鉄板で、西側は塩化ビニール製の波板で覆われていた。
(四) 控訴人は、控訴人所有建物を倉庫兼事務所として使用しており、控訴人所有建物は夜間には無人になっていた。なお、夜間には、東側開口部に鉄鎖一本を張っていた。
(五) 控訴人所有建物のピロティ部分には、東側開口部近くにコンパネ板と鉄パイプで組まれた資材置場が設けられ、その西側に四段スチール棚が設けられ、さらに西側奥には約一メートル四方の作業台が置かれていた。本件ピロティ部分は、車庫としても使用されており、本件火災が発生した当時、軽乗用車と軽トラックが駐車していた。
(六) 控訴人は、本件火災が発生した当時、本件ピロティ部分において、スチール棚やその近くにラッカーシンナー一六リットル缶二本(その一本は半分程度の液量であった。)、塗料シンナー一六リットル缶一本、四リットル缶三本、油性塗料四リットル缶六本、一六リットル缶六本、水性塗料一六リットル缶二〇本を置いていた。
(七) しかし、これらの塗料缶は、作業現場で使用したものが残ったときに一時的に控訴人所有建物に持ち帰り保管していたものであり、塗料缶の保管について控訴人が消防署や警察から注意や指導を受けたことはなかった。また、本件火災後も、消防署から責任の追及や指導を受けたことはなかった。
2 判断
本件の場合、控訴人所有建物の一階がピロティ式であり、比較的容易に外部から侵入できる構造であったといえる。しかし、放火犯人がピロティ式の建物であることから放火を思い立ったとも考えられず、ピロティ式であることが放火行為を誘発するともいえない。すなわち、ピロティ式の建物は、そのこと自体で火災を発生する危険性を有する建物であるということはできない。また、控訴人所有建物が、ピロティ式の建物として、他の同方式の建物とは異なる火災発生の危険性を有していたとも認めることができない。本件火災は、控訴人所有建物のピロティ部分に火災を発生させる危険性があったためではなく、第三者により放火されたために発生したものと認められる。
先に認定したとおり、本件ピロティ部分には、本件火災当時、引火性のあるラッカーシンナー及び塗料シンナーが置かれていた。しかし、本件におけるこれらの塗料缶などが置かれている状況をもって工作物の設置又は保存の瑕疵ととらえることはできない。控訴人所有建物に置かれていたシンナーなどの液量は少なく、消防法による規制の対象となるものではなく、控訴人の塗料缶などの保管方法について、消防署や警察から改善を求められたこともなかった。シンナーなどには引火性があるといっても、右の程度の危険性の度合いからすれば、これを保管する建物が閉鎖性のある建物でなければならないとはいうことができない。そうすると、本件ピロティ部分にシンナーの入った缶を保管することがあったからといって、本件ピロティ部分が火災発生の危険性のある建物ということもできない。
なお、控訴人らは、いったん放火された場合に、その火災が隣家に延焼するのを防止する注意義務があるのに、控訴人所有建物の構造は、延焼防止の耐火性の壁が設けられておらず瑕疵があるとも主張する。しかし、本件の場合にそのような構造にしておけば、被控訴人ら建物が延焼を免れたとは認め難いし、また、そのような建物にすべき行政法規等も見当たらないのであって、この主張も採用し難い。
右のとおり、控訴人所有建物に設置又は保存の瑕疵があったということはできないから、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人らの控訴人に対する請求は、理由のないものであるといわねばならない。
二 したがって、被控訴人らの請求を一部認容した原判決は失当であるからこれを取り消し、被控訴人らの請求を棄却することとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官淺生重機 裁判官江口とし子 裁判官菊池洋一は、転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官淺生重機)