東京高等裁判所 平成11年(ラ)2238号 決定
主文
一 本件抗告を棄却する。
二 抗告費用は、抗告人の負担とする。
理由
第1抗告の趣旨
1 原決定を取り消す。
2 相手方会社の本件執行異議の申立てを却下する。
第2事案の概要
1 本件は、舶舶競売開始決定に対する執行異議の申立てに基づき同決定を取り消して船舶競売の申立てを却下した原決定に対する執行抗告事件である。
2 一件記録によれば、本件基本事件の申立てから本件抗告に至るまでの経過は次のとおりである。
(1) 抗告人は、平成10年9月9日、水戸地方裁判所麻生支部に対し、相手方会社を債務者兼所有者、相手方アシロを債務者として、別紙担保権・被担保債権・請求債権目録記載の船舶先取特権(以下「本件先取特権」といい、同目録記載の各債権を「本件各債権」という。)の実行として、相手方会社所有に係る別紙船舶目録記載の船舶(以下「本件船舶」という。)について船舶競売の申立て(以下「本件競売申立て」という。)をしたところ、同支部は、同日、船舶競売開始決定をし、同決定は、同日相手方会社に、同月18日相手方アシロに、それぞれ送達された(以下、この決定を「本件競売開始決定」といい、本件競売申立てに係る手続を「本件競売手続」という。)。
(2) 相手方会社は、同月9日、同支部に対し、本件競売開始決定の取消し及び本件競売申立ての却下を求めて本件執行異議の申立てをした。
(3) 同支部は、同日、職権により、本件競売手続を停止する旨の決定をした。
(4) 相手方会社は、同月10日、同支部に対し、保証を提供(第三者東京船舶株式会社が2090万円を供託する方法による。)して本件競売手続取消しの申立てをしたところ、同支部は、同日、配当等の手続を除き本件競売手続を取り消す旨の決定をした。
(5) 同支部は、平成11年9月7日、本件執行異議の申立てに基づき本件競売開始決定を取り消し、本件競売申立てを却下する旨の決定(原決定)をし、同決定は、同月13日抗告人に送達された。
(6) 抗告人は、同月16日、同支部に対し、原決定に対して執行抗告(本件抗告)をし、別紙「執行抗告の理由」のとおり主張し、同月20日、執行抗告申立追加理由書を提出し、別紙「執行抗告の理由の追加」のとおり主張した。
なお、抗告人及び相手方会社は、本件が当審に係属した後、同年12月9日まで、それぞれの主張書面を提出した。
3 本件抗告の理由は、別紙「執行抗告の理由」及び「執行抗告の理由の追加」に記載のとおりである。
4 本件の主要な争点は、本件先取特権の存否であり、その基は、本件各債権が船舶の所有者等の責任の制限に関する法律(以下「船主責任制限法」という。)3条1項1号又は3号に規定する制限債権に当たるか否かである。
第3争点に対する判断
1 本件先取特権について
(1) 本件各債権は、<1> 相手方会社が、本件船舶の積荷であるサバ産丸太86本(以下「本件積荷」という。)を、荷揚港において、別紙船荷証券目録記載の船荷証券(以下「本件船荷証券」という。)を所持しない北南木材株式会社に引き渡したことにより、本件船荷証券の所持人である抗告人に対する引渡債務が履行不能に陥ったことによる抗告人の同相手方に対する債務不履行に基づく損害賠償請求権、<2> 相手方アシロが、荷揚港において、本件船荷証券の交付を受けないまま北南木材株式会社に対し本件船舶から本件積荷を海面上に降ろして引き渡したことにより、抗告人の本件船荷証券に基づく本件積荷引渡請求権及び本件積荷の所有権を侵害したことによる抗告人の同相手方に対する不法行為に基づく損害賠償請求権、<3> 本件船舶の船長である相手方アシロがその職務を行うに当たり故意又は過失によって上記<2>のとおり抗告人に損害を加えたことにより、抗告人が本件船舶の所有者である相手方会社に対して取得した商法690条に基づく損害賠償請求権であるところ、抗告人は、本件各債権が船主責任制限法3条1項1号又は3号に規定する制限債権に該当する旨を主張する。
そこで、本件各債権が上記制限債権に該当するか否かについて検討する。
(2) 船主責任制限法3条1項1号(以下、この項において「本号」という。)該当性について
ア 本号は、「船舶上で又は船舶の運航に直接関連して生ずる・・・物の滅失若しくは損傷による損害に基づく債権」と規定しているから、本号の制限債権に該当するためには、「物の滅失若しくは損傷」の発生が必要であり、かつ、物の滅失又は損傷が「舶舶上で」又は「船舶の運航に直接関連して」発生したものであることが必要である。
イ 「物の滅失」の該当性について
抗告人は、本号にいう「物の滅失」の意義について、運送契約違反による損害賠償請求権の場合においては仮渡し(船荷証券と引き換えることなく運送品を引き渡すこと)の場合のような相対的引渡不能を含む旨主張しているところ、その趣旨は、「物」である本件積荷を正当な権利者でない者に引き渡し、かつ、同人からその返還を受けることが事実上不可能な状態に陥らせたことによって、正当な権利者に対する引渡債務が履行不能になった場合も「物の滅失」に該当するというにあると解される。
しかしながら、「滅失」という文言の意義に照らせば、これを物理的滅失をいうものと解するのが相当であり、本号の解釈においてその意義を、抗告人主張のように引渡不能一般をいうものと拡張して解すべき合理的根拠を見出すことはできない。もっとも、例えば、国際海上物品運送法3条1項にいう「運送品の滅失」については、同項の規定が運送契約上の注意義務の違反に基づく損害賠償責任に関する規定であること、そのため同項は「荷揚及び引渡につき注意を怠ったことにより生じた運送品の滅失」と規定していることにかんがみ、その意義は、物理的滅失に限らず、運送人が事実上又は法律上運送品の占有を回復することができないこととなった場合を広く含むものと解すべきであるけれども、船主責任制限法3条1項は契約上の義務を前提とする規定ではなく、したがって国際海上物品運送法3条1項における上記のような限定文言もないのであるから、本号の「滅失」の意義を国際海上物品運送法3条1項のそれと同義に解すべき理由は存しないというべきである。
そうすると、抗告人の主張するように本号の「滅失」の意義を物の引渡債務が履行不能となった場合を広く包含するものと解することはできないというべきであり、したがって、本件において、本件積荷について「滅失若しくは損傷」が発生したものということはできない。
ウ 「船舶上で」の該当性について
抗告人は、本件積荷の引渡債務の履行不能が「物の滅失」に該当する旨主張しているから、その主張に係る「滅失」は、本件積荷の引渡しによりその相手方が占有(所持)を取得した時又はそれ以降に生じることになるというべきところ、この点に関し、抗告人は、本件船舶から海面上に本件積荷を降ろすことにより引渡しをしたとも主張し、船舶から積荷を降ろす行為(荷揚行為)が即ち引渡しであり「滅失」である旨を主張している。
しかしながら、荷揚行為と引渡しによる第三者の占有(所持)の取得とは、これらが時間的に接着して行われたとしても、観念的にはその間に時間的間隔が存することが明らかであるから、船舶において行われる荷揚行為が、すなわち抗告人の主張に係る引渡債務の履行不能による「滅失」を生じさせるものということはできない。
したがって、抗告人主張に係る本件積荷の「滅失」が「船舶上で」生じたものということはできないものといわざるを得ない。
なお、抗告人は、船舶上に在る者の作為、不作為又は過失により生じた滅失は、船舶上での物の滅失に該当する旨をも主張するけれども、かかる解釈は、本号の文言から導くことはできないところである上、本号が船舶上で生じたものでない損害については船舶の運航に直接関連して生じたものに限って制限債権の対象としていることにも反するものであって、とうてい採用することができないものといわなければならない。
エ 「船舶の運航に直接関連して」の該当性について
抗告人は、「船舶の運航」には、積荷の荷揚げに関する行為を含むと主張し、本件積荷の「滅失」は荷揚行為から発生しているから「船舶の運航に直接関連して」生じた物の滅失に該当する旨主張する。
船舶の運航という概念は、航海中のみならず、船舶を航海のためにその機械的用法に従って操作管理すること全体を指すものと解されるから、船積みや荷揚げのために船舶を操作管理することもこれに含まれるものと解することができる。
しかしながら、抗告人の主張に係る本件積荷の「滅失」は、本件積荷の引渡行為により生じたものであって、荷揚げにおける船舶の操作管理によって生じたものではない。したがって、その滅失をもって、「船舶の運航に直接関連して」生じた物の滅失に当たるとする余地はないものというべきである。
オ 以上のとおりであるから、いずれの観点から見ても、本件各債権が本号に規定する制限債権に該当するものということはできないものといわなければならない。
(3) 船主責任制限法3条1項3号(以下、この項において「本号」という。)該当性について
本号は、「船舶の運航に直接関連して生ずる権利侵害による損害に基づく債権」と規定しているから、本号の制限債権に該当するためには、抗告人の主張に係る損害が「権利侵害」に基づくものであり、かつ、「船舶の運航に直接関連して」生ずるものであることが必要である。
抗告人は、本件船荷証券に基づく本件積荷の引渡請求権の侵害が本号にいう「権利侵害」に該当する旨主張するところ、本号は「前二号に掲げる債権のほか」と規定している趣旨に照らせば、本号の「権利侵害」とは、物の滅失又は損傷による損害、すなわち物自体についての侵害を除外し、典型的には、船舶の運航により生じる漁業権の侵害や船舶上の売店等の営業権の侵害等を想定したものと解されるところ、抗告人主張の上記請求権の侵害は、そのような侵害とは性質を異にするものというべきであり、これが本号の規定する「権利侵害」に該当するものと解することは困難というべきである。
もっとも、本件船荷証券に基づく本件積荷引渡請求権の侵害による損害は、物について生じた損害ではあるが、前記(2) イに判断したとおり物の滅失又は損傷によって生じたものということはできないのであるから、本号にいう「権利侵害」による損害に含まれると解する余地がないではない。
しかしながら、仮に本件積荷引渡請求権の侵害が本号の「権利侵害」に該当するとしても、その侵害は、本件積荷の第三者への引渡しによって発生したものであり、これが「船舶の運航に直接関連して」生じたものということができないことは、上記(2) エにおいて判断したとおりである。
したがって、本件各債権が本号の制限債権に該当するものということもできない。
(4) 以上のとおり、本件各債権は、制限債権に該当するものと認めることができないものであるから、これについて船主責任制限法95条1項の船舶先取特権が成立するものということはできず、本件船舶先取特権はこれを肯認することができないというほかない。
2 国際海上物品運送法19条1項の先取特権の主張について
抗告人は、平成11年11月17日当裁判所に提出した執行抗告申立追加理由書において、国際海上物品運送法19条1項による船舶先取特権の存在を主張する。
しかしながら、本件競売開始決定は、船主責任制限法95条1項による本件先取特権に基づく申立てについてしたものであるから、同条項と要件効果を異にする別個の先取特権を主張しても、これにより同決定の正当性を基礎づけることはできないものといわなければならない。
また、抗告裁判所は、抗告状又は執行抗告の理由書に記載された理由に限り調査することとされ(民事執行法10条7項)、執行抗告は裁判の告知を受けた日から1週間の不変期間内に抗告状を裁判所に差し出してしなければならず(同条2項)、抗告状に執行抗告の理由の記載がないときは抗告人は抗告状を提出した日から1週間以内に執行抗告の理由書を原裁判所に提出しなければならないこととされている(同条3項)のであるから、当裁判所としては、上記のとおり抗告理由書の提出期間経過後に提出された理由書において新たにされた主張に基づいて原決定の当否を判断することはできない。
したがって、国際海上物品運送法19条1項による船舶先取特権に関する上記主張は、その当否について検討するまでもなく、採用することができない。
3 以上の次第であるから、本件抗告は理由がないものというべく、よってこれを棄却することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 濱崎恭生 裁判官 田中信義 裁判官 松並重雄)
別紙
担保権・被担保債権・請求債権目録
1 担保権
船舶の所有者等の責任の制限に関する法律第95条第1項の先取特権
2 被担保債権・請求債権
金18,438,368円
但し、債務者エス・ケー・ビー・マリーン・カンパニー・リミッテド(以下「債務者S.K.B.マリーン」という)発行にかかる別紙船荷証券目録記載の船荷証券によって債務者S.K.B.マリーンが船荷証券所持人に対して運送債務を負担した本件貨物サバ丸太86本を荷揚げ港である東京港において船荷証券を所持しない北南木材株式会社に引渡したため船荷証券所持人である債権者にたいする引渡債務が履行不能となったための損害賠償請求債権。なお、本船荷証券裏面第2条及び3条により、マレーシアの国際海上物品運送法及びマレーシア法が適用になる。
18,438,368円はインボイス価格(売買仕切り書価格)がCアンドF146,278・21米ドルであるので、本件貨物の荷揚日である本年3月2日の為替率1米ドル126円05銭(電信売り相場127.05円と電信買い相場125.05円の仲値)で換算したもの。なお、債権者は債務者S.K.B.マリーンの代理人の武陽汽船株式会社(代表取締役 茂木孝雄)(茂木孝雄は債務者S.K.B.マリーンの取締役でもある。)に対して上記引渡債務の履行不能による金18,584,646円の損害賠償請求をしており、その請求は平成10年5月13日に武陽汽船株式会社に到着している。従って、債務者S.K.B.マリーンは平成10年5月13日から遅滞に陥っている。
3 選択的被担保債権・請求債権
(1) 元本 金20,282,204円
但し、債務者汽船ロッコー号船長 クレセンテ・アイ・アシロ(以下「債務者船長」という。)は、別紙船荷証券目録記載の丸太86本(以下「本件貨物」という。)を東京港で、平成10年3月2日に北南木材株式会社が指定した東京木材運輸株式会社に船から海面上に丸太を降ろすことにより引渡したが、引渡す前に別紙船荷証券目録記載の船荷証券原本を取得した上で引渡さなければならないところ船荷証券原本を取得しないで本件貨物を引渡した。従って、債務者船長のその行為は船荷証券原本の所持人である申立人債権者の本件船荷証券に基づく貨物引渡請求権及び本件貨物の所有権を害する不法行為である。そして債務者S.K.B.マリーンは本船の所有者であるから商法第690条に基づき損害賠償責任がある。その損害元本は上記2記載の通り金18,438,368円である。
本年3月2日に、その不法行為事実と結果損害が発生し、原告に金18,438,368円の損害額が発生している。従って、各債務者は本年3月3日に履行遅滞となっている。更に、事件発生後すぐに債務者S.K.B.マリーンの取締役茂木孝雄氏と和解解決の話し合いをしたがまったく債権者の主張を理解しようとせず支払を明確に拒絶された。債権者は債権者代理人に対して損害額の一割を超える金額を弁護士報酬として支払うのを約している。したがって、債務者船長と債務者S.K.B.マリーンは各々本件貨物損害額の一割である金1,843,836円を債権者に対して支払わなければならない。
(2) 損害金
更に、債務者船長と債務者S.K.B.マリーンは各々債権者に対して本年3月2日から支払い済みまで上記元本金20,282,204円に対して年5%の割合の遅延損害金を支払わなければならない(民法722条、417条、419条及び404条)。
船荷証券目録
1.運送品の種類 サバ産丸太
2.運送品の個数及び容積 86本、766.53立方米
3.外部から認められる運送品の状態 良好
4.荷送人 サバセルガスSDNBHD(SabacergasSDNBHD)
5.荷受人 荷送人の指図人
6.運送人 エス・ケー・ビー・マリーン・カンパニー・リミテッド
7.船舶の名称及び国籍 ロッコー(”ROKKO”)キプロス(サイプラス)共和国
8.船積港及び船積みの年月日 マレーシア共和国サバ州タワウ1998年2月12日
9.陸揚げ港 東京
10.作成地及び作成の年月日 マレーシア共和国サバ州タワウ1998年2月12日
11.船長の氏名 クレセンテ・アイ・アシ口
(Cresente I.Asilo)
12.裏書人 荷送人
13.被裏書人兼所持人 申立人債権者中央信用金庫
船舶目録
船舶の種類及び名称:汽船ロッコー号(“ROKKO”)
船籍港:キプロス
船質:鋼
総トン数:2,847トン
純トン数:1,572トン
機関の種類及び数:ディーゼル機関1個
推進器の種類及び数:螺旋推進器1個
建造年:1986年
船長の氏名:クレセンテ・アイ・アシロ
(Cresente I.Asilo)
船舶所有者:エス・ケー・ビー・マリーン・カンパニー・リミテッド
(S.K.B.Marine Co.,Ltd.)
「執行抗告の理由」
原決定の取消しを求める事由-法令の違反
原決定は、本件が「船舶の所有者等の責任の制限に関する法律」(以下「船主責任制限法」あるいは「現船主責任制限法」と言う。)の3条1項各号の制限債権に該当しないので、船主責任制限法95条の先取特権が発生しないと判示する。
以下、原決定が制限債権に該当しないとする理由と、申立人が原決定が違法であるとする理由を、次の通り述べる。
1.原決定の理由1.-船主による責任制限の合理性が認められる債権は、海上企業に特有な「事故」から生じた債権に限られる。
(上記原決定の理由が違法である理由)
原決定は上記のように判示する。しかしながら、原決定は、本件が「海上企業に特有な「事故」から生じた債権」に該当するかどうかに付いては一切判示していない。従って、原決定には、まず審理不尽、理由不備の違法がある。
第二に、責任制限債権がどのようなものであるかを規定する船主責任制限法3条1項1号においては、「事故」によって生じた債権であるという規定は全然存在しない。従って、原決定のように「海上企業に特有な「事故」から生じた債権」という特別の要件が責任制限債権となるために必要であるとするのは、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。」と規定した憲法29条2項の法治主義に反する。
第三に、仮に「事故」という要件が責任制限債権となるために特別に必要だと仮定しても、本件は、本船船長が船荷証券原本と引換えではなく貨物を引渡した事件である。即ち本件は所謂「仮渡し」事件である。これは、英米法ではコンバージョン(横領)、日本法でも違法性の強い場合には背任として認められており、従って、このような「仮渡し」は、海上企業に特有な事故である。(これは、時々発生するタンカー船の船長が他の者と結託して積載油を寄港地で盗んで転売するといった事故と同様のものである。)従って、本件が海上企業に特有な事故によって生じたものではないという理由で船舶競売事件の開始決定を取消すのは理由がない。
2. 原決定の理由2.「船舶の運航に直接関連して生ずるーーー損害」に該当しない。
(上記原決定の理由が違法である理由)
「船舶の運航」の意義が重要である。「船舶の運航」の意義を確定するためには、現行の船主責任制限法の関連条文の文言及びそれに対応する「1976年の海事債権についての責任の制限に関する条約」(昭和61年11月15日条約第9号)(「現船主責任制限条約」という)の関連条文の文言と、昭和57年5月21日法律第54号で改正する前の旧船主責任制限法の関連条文の文言とそれに対応する「海上航行船舶の所有者の責任の制限に関する国際条約」(昭和51年3月31日条約第5号)(「旧船主責任制限条約」という)の関連条文の文言を参照して「船舶の運航」の意義を決定しなければならない。
本件との関連では、旧船主責任制限条約1条1項は3種類の制限債権を規定している。その第一種はa号の船舶上にある財産の滅失又は損傷である。第二種は、b号の船舶上にない財産の滅失又は損傷又は権利の侵害で、船舶上にある者の作為、不作為又は過失で船主が責任を負うものであり、第三種はb号の船舶上にない財産の滅失又は損傷又は権利の侵害で、船舶上にない者の作為、不作為又は過失で船主が責任を負うものである。旧船主責任制限条約は第三種の制限債権について制限をかけている。それは、その作為、不作為又は過失については、その作為、不作為又は過失が航行、船舶の取扱い、貨物の積込み、運送若しくは荷揚げーーーに関するものである場合に限るという制限である。そして、このような行為があり、財産)滅失若しくは損傷又は権利の侵害があれば制限債権となるのである。
上記旧船主責任制限条約に対応し、旧船主責任制限法は同じく3種類の責任制限事由を規定している。その第一種は旧船主責任制限法3条1項1号の船舶上にある財産の滅失又は損傷による損害に基づく債権である。第二種は、旧船主責任制限法3条1項2号の船舶上にない財産の滅失又は損傷又は権利の侵害で、船舶上にある者の行為によるものであり、第三種は旧船主責任制限法3条1項2号の船舶上にない財産の滅失又は損傷又は権利の侵害で、船舶上にない者の行為によるものでその行為が航行その他の船舶の取扱い、貨物の積込み、運送若しくは荷揚げーーーに関するものである場合に限る場合である。
そうすると、現船主責任制限法の3条1項1号又は3号の「船舶の運航に直接関連して生ずる」という言葉は、上記のように旧船主責任制限条約及び旧船主責任制限法の関連条文と対比して考えると貨物の「荷揚」に関する行為を含むため、本件の事案は現船主責任制限法の3条1項1号又は3号の「船舶の運航に直接関連して生ずる」という言葉を満足する。
そうすると、まず本来本件事故は、本船上にあった貨物を本船船長が海上に本船の揚貨機を使って荷揚する前にその貨物に対応する船荷証券原本を取得したことを確認せずに荷揚したために生じたのであって、本来旧船主責任制限法3条1項1号の船舶上にある物の滅失又は損傷による損害となるものであり、「船舶の運航ーーーに直接関連して」いるかどうかとは関係がないものであるが、仮に海面に投げ下ろした後の状態を見て、船舶上にない物の滅失若しくは損傷又はその他の権利に対する侵害による損害であるとしても、それは荷揚行為から発生しているのであるから「船舶の運航ーーーに直接関連して」いる。
原決定は、「本件請求権は、船荷証券が発行されている場合に、本件貨物が陸揚げ港において船荷証券所持人以外の者に引渡されたことに対する船荷証券所持人からの損害賠償請求権であり、船舶の運航に直接関連して生ずる損害に基づく債権ということは出来ない。」と判示している。しかしながら、旧船主責任制限条約および旧船主責任制限法は「荷揚」に関して損害が発生した時に制限債権となることを認めており、現船主責任制限法はそれが「運航に直接関連して」という言葉に変わったのであるから、荷揚をするまえに船荷証券原本の提出を得ていることを確認しないと荷揚をすると、無権利者が本件貨物を無断で取っていくことが容易に看取出来るのに、それを看過して本船船長が本件貨物を荷揚して海上に降ろしたのであるから、それは「運航に直接関連して」という要件に該当する。
従って、「船舶の運航に直接関連して生ずるーーー損害」に該当しないということを理由に執行抗告申立人が制限債権者でないと判断した原決定は違法である。
3.原決定の理由3.「船舶上で生ずる物の滅失」に該当しない。
(上記決定の理由が違法である理由)
船主責任制限法3条1項1号は「船舶上でーーーー物の滅失若しくは損傷による損害に基づく債権」という独自の制限債権を規定している。この債権は、現船主責任制限条約2条1項a号においては「責任の根拠が如何なるものであるかを問わず」という要件が規定されており、船主責任制限法3条1項1号の債権も同様に解されるべきである。そうすると、運送契約違反による損害賠償請求権もその債権に含まれることは明らかである。そうすると、「物の滅失」という概念もその運送契約違反による損害賠償請求権のなかで考えなければならないことは明らかである。しかしながら、原決定は「船舶上で生ずる物の滅失」という概念が船主責任制限法だけの概念で船主責任制限法だけ考えて決定すれば良いと誤って判断しているようである。原決定は何らの根拠を示さずに「物の滅失とは「物理的滅失」があった場合に限定されるものであって」と判断している。しかしながら、「物の滅失」という概念は、船主責任制限法3条1項1号に規定されている概念であるが、同法3条1項1号の債権は、「次に掲げる債権について、この法律で定めるところにより、その責任を制限することができる。」と規定されているように、船主責任制限法以外の法律によって定まる債権であり、その法律の下で本件仮渡しが「物の滅失」と認められれば船主責任制限法3条1項1号の下においても「物の滅失」と認められるものである。ところが原決定は船主責任制限法以外の法律で「物の滅失」と認められるかどうかに付き審理判断をせずに、何ら理由を付けずに「物の滅失とは「物理的滅失」があった場合に限定されるものであって」と判断している。これは審理不尽、理由不備の違法な決定である。運送契約違反による損害賠償請求権の場合においては「物の滅失」というのは、仮渡しの場合のような相対的引渡不能をも含むということについては、執行抗告申立人が平成10年(ヲ)第86号執行異議申立事件の平成10年11月5日付の第七反論書において主張しているところであり、原決定がその点について判断していないのは審理不尽、理由不備の違法がある。
なお、船主責任制限法3条1項1号の「船舶上でーーー船舶以外の物の滅失若しくは損傷による損害に基づく債権」という要件は、旧船主責任制限法3条1項1号の「運送されるためーーー船舶上にある物の滅失又は損傷による損害」に基づく債権というのと同じであり、旧船主責任制限条約1条1項a号の「運送されるためーーー船舶上にある財産の滅失又は損傷」から生ずる債権というのと同じである。旧船主責任制限条約1条1項b号が明かにしているように、船舶上にない財産の滅失若しくは損傷は船舶上にある者の作為、不作為若しくは過失であればそれが航行、船舶の取扱、貨物の積込、荷揚と関係なくても(即ち現行船主責任制現状約であれば「運航」と関係なくても)、責任制限債権となるのである。従って、船舶上にある物の滅失であり、それが何らかの債権を生じさせるものであれば直ちに責任制限債権となるのである。
以上。
「執行抗告の理由の追加」
第一、物理的滅失でない滅失は責任制限債権が発生する損害ではないとする原審の決定について
船主責任制限法3条1項の1号乃至3号は、本件に関連していうと、次の通り責任制限債権の発生事由を規定している。
1号---「船舶上で---船舶以外の物の滅失若しくは損傷による損害に基づく債権」
2号---「運送品の運送の遅延による損害に基づく債権」
3号---「1号2号以外の債権で、船舶の運航に直接関連して生ずる権利侵害による損害に基づく債権(契約による債務の不履行による損害に基づく債権を除く。)」
時岡泰氏は「逐条船主責任制限法油濁損害賠償保障法」において、改正前の船主責任制限法3条1項について、「本項の債権は、損害の発生原因の面から規定されている。請求権の法的性質は問題とならない。したがって、債務不履行に基づく債権であると不法行為に基づく債権であると、無過失責任から生じた債権であるとを問わない。」と述べている。
これは、現行の船主責任制限法でも同じであると考えられる。
そうすると、原決定が判示するように1号の債権、即ち「物の滅失若しくは損傷による損害に基づく債権」物理的な滅失及び損傷に限り、仮渡しのような、相対的な滅失を含まないとする理由がない。1号の債権が仮渡しのような相対的な滅失を含まないとすると、それは何号の債権であるとして処理されるのであろうか。3号の権利侵害として処理され契約による債権として責任制限債権とはならないとされるのであろうか。そうではないと考える。仮渡しの場合における滅失の場合も含めて1号で処理されると考える。この点、原決定は単に「物理的滅失」があった場合に限定されると判断するだけで、合理的な理由を示していない。仮に原審が船主責任制限法3条1項1号の滅失が物理的滅失に限られるとして船舶競売開始決定を取消すのであれば、船舶競売開始決定申立人である執行抗告申立人にその点に付き充分反論させた上で決定をすべきであろう。しかし、原審はそのような審理をしなかった。従つて、審理不尽の違法がある。
船が貨物と共に行方不明となった場合は、どうなのであろうか。船が貨物と共に行方不明となった場合は、物理的な滅失があったとは言えない。しかしながら、そのばあいでも船主は船荷証券所持人からの請求に対して船主責任制限が船主責任制限法に基づいて出来ると解するべきであろう。そうすると、本件の場合とどのような違いがあるであろうか。本件の場合が責任制限債権とならないとする理由はない。
第二、本件は「事故」でないので、責任制限債権とはならないとする原審の決定について
例えば、船長が寄港地を間違えたため、到達地まで到着するのが遅れて貨物であるバナナが過度に熟してしまい売り物にならなくなった場合、船長が寄港地を間違えるということは、「事故」ではない。(船長が寄港地を間違えたため損害が発生した例として大判昭3.10.23法律新聞2943.15)。しかし、そのような場合であっても船荷証券所持人からの損害賠償請求につき船主が責任制限するのを認めるのは当然と思われる。原審は責任制限債権となるための要件として法文にない「事故」によって生じた債権でなければならないという要件を新たに解釈によって付け加えたのであるが、それは違法である。
以上。