東京高等裁判所 平成11年(行ケ)100号 判決 2000年9月21日
原告
株式会社イネス
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁護士
金田英一
訴訟代理人弁理士
【B】
同
【C】
被告
イネ ドゥ ラ フレサンジュ
代表者代表取締役
【D】
訴訟代理人弁護士
松尾和子
同
吉田和彦
訴訟代理人弁理士
【E】
主文
1 特許庁が平成9年審判第492号事件について平成11年2月19日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
主文第1、2項と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、商品区分第22類の「はき物、その他本類に属する商品」を指定商品とし、「イネス」の文字から成る商標(昭和60年3月29日登録出願。昭和62年10月27日設定登録。登録第1989382号。以下「本件商標」という。)の商標権者である。被告は、平成9年1月8日、原告を被請求人として、特許庁に対し、本件商標について不使用取消しの審判の請求をした(審判の請求の登録日・平成9年2月4日 甲第7号証)。特許庁は、同請求を平成9年審判第492号事件として審理した結果、平成11年2月19日に「登録第1989382号商標の登録は、取り消す。」との審決をし、その謄本は同年3月10日原告に送達された。
2 審決の理由
別紙審決書の理由の写しのとおり、本件商標の商標権者及び通常使用権者が、本件審判の請求の登録前3年以内に日本国内において、本件商標を取消しに係る商品について使用していたとは認めることができないから、本件商標の登録は、商標法50条により、取り消されるべきであると認定判断した。
第3原告主張の審決取消事由の要点
原告は、本件審判の請求の登録の前3年以内に、商品に本件商標を付して(商標法2条3項1号)、あるいは、本件商標に関する広告を頒布して(同法2条3項7号)、本件商標を使用した。審決は、本件商標の使用についての事実を誤認したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
1 本件商標を商品に付することによる使用(商標法2条3項1号)
(1) 商標権者による使用
原告は、昭和60年の開店から平成7年6月の閉店までの間、継続して、原告の成城店において、本件商標を、指定商品である「婦人靴」に付して使用した。
(2) 通常実施権者による使用
株式会社スターレット(靴販売店。以下「訴外会社」という。)は、平成7年8月から1年間、原告との契約による本件商標の通常実施権に基づき、指定商品である靴に付して本件商標を使用した。
2 商品に関する広告に本件商標を付して頒布することによる使用(商標法2条3項7号)
(1) 原告は、平成6年12月発行の世田谷区祖師谷第五自治会の会員名簿に「靴のイネス」と記載した別紙1記載の広告(甲第2号証。以下「本件広告1」という。)を掲載することにより、本件商標を使用した。
また、原告は、平成7年6月の閉店セールのために、「靴のイネス」と記載した10周年記念セールの別紙2記載のちらし(甲第12号証。以下「本件広告2」という。)を頒布することにより、本件商標を使用した。
さらに、原告は、平成7年以前から、「シューズブティック イネス」と記載した別紙3記載の広告(甲第10号証。以下「本件広告3」という。)を頒布することにより、本件商標を使用していた。
(2) 「イネス」は原告の商号でもある。このように商号を兼ねている商標であっても、広告や取引書類に商品の名前が同時に表示してある場合には、当該商品の宣伝目的のために当該商号・商標が使用されていることが明らかであるから、商標の使用ということができる。本件各広告中の「靴のイネス」、「シューズブティック イネス」の記載は、靴に関する広告であるから、本件商標の使用に当たる。
第4被告の反論の要点
1 原告の主張1(本件商標を商品に付することによる使用)は争う。
2 原告の主張2(商品に関する広告に本件商標を付して頒布することによる使用)について
(1) 本件広告1は、「婦人靴・紳士靴」、「靴のイネス」、「LLサイズも多数揃えています」及び住所・電話番号を4段に記載したうえ、右側に地図を配し、原告店舗の所在位置を斜線で囲み、それを「イネス」と指示したものである。これは、基本的に、店舗についての広告である。すなわち、「靴の○○」という表示のうち、「○○」の部分は、商標ではなく商号ないし店名を示す。加えて、この表示の上部及び下部においては、「店舗の」取扱品目、品揃え、住所・電話番号、地図による位置の説明と、店舗に関する説明のみが記載されている。本件広告1に記載されている「イネス」は、店舗の名前を意味するにすぎず、靴自体の商標を意味しない。言い換えれば、本件広告1は、具体的な靴という製品について宣伝広告機能を果たしていないから、靴の広告ではない。
本件広告2の「靴のイネス」の記載は、下に住所や電話番号が併記されているから、店の名前を示すものであって、商標の「使用」に当たらない。
本件広告3の「イネス」の記載は、「シューズブティック」に続けて記載されていることから、店名として用いられていることが明らかであり、商標の「使用」に当たらない。
(2) したがって、本件各広告は、商標法2条3項7号にいう「商品に関する広告」ではなく、本件各広告中の「靴のイネス」及び「シューズブティック イネス」の記載は、商標法50条所定の「登録商標の使用」には当たらない。
第5当裁判所の判断
1 原告の主張2(商品に関する広告に本件商標を付して頒布することによる使用)について
(1) 商品につき商標法2条3項7号にいう標章の使用があるというためには、「商品に関する広告」に標章を付して展示又は頒布することを要する。すなわち、広告に付される標章が、広告中において商品との具体的関係において使用されていなければ、商品についての標章の使用があるとはいえない。
(2) これを本件広告1についてみると、証拠(甲第2、第9号証)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成6年12月に発行、頒布された世田谷区祖師谷第五自治会発行の会員名簿に本件広告1を掲載したこと、本件広告1は、4行の広告文と店舗の所在地を示す地図で構成されていること、広告文の2行目に「靴のイネス」の記載があり、これを挟んで、1行目に「婦人靴・紳士靴」、3行目に「LLサイズも多数揃えています」、4行目に店舗の住所・電話番号の記載があることが認められる。
上記認定によれば、本件広告1には、本件商標である「イネス」の記載とともに、本件商標の指定商品名である「靴」の記載があるから、本件広告1は、本件商標の指定商品である靴に関する広告に当たるというべきである。
(3) 被告は、本件広告1において、「イネス」の記載は、靴販売店を営む原告の商号ないし店名を表すものとして用いられているにすぎず、商品との具体的関係において使用されているものとはいえないから、「商品に関する広告」に本件商標を付したものとはいえない旨主張する。
確かに、前記認定によれば、本件広告1において、「イネス」の記載が原告の商号ないし店名として用いられていることは明らかである。しかし、そのことは、「イネス」の記載が商品との関係において記載されていることと何ら矛盾するものではない。前記のとおり、本件広告1には、広告の対象となる商品として、本件商標の指定商品名である「靴」が記載され、しかも靴以外のものは一切記載されていない以上、本件広告1において、商品としては靴のみが広告の対象とされていることは明白であり、そうである以上、「イネス」の記載は、商品である靴との関係においても記載されているとみるのが合理的であるからである。
被告は、本件広告1は、具体的な靴という製品について宣伝広告機能を果たしていない旨主張する。しかし、広告中に「靴」との表示を商標とともに用いた場合に、当該広告が、靴についての宣伝広告機能を果たしていないとみることは、たとい、当該商標を構成する表示が商号ないし店名を示し、これを広告する機能を果たしているとしても、困難というべきである(なお、靴の広告は、靴を販売するために行うのであり、靴を販売するためには顧客を店に招かなければならないのであるから、店の広告も、つまるところは商品である靴の広告の一部にすぎない。原告のように靴の製造、販売のみを行っている業者(甲第9号証)にとっては、特にそうである。)。すなわち、本件広告1に記載された「イネス」は、原告の製造販売する靴の出所識別機能を果たす商標としても、用いられているということができる。
したがって、本件広告1において、「イネス」の記載が原告の商号ないし店名として使用されていることは、本件広告1が「商品に関する広告」に当たるとの前記判断を左右するものではない。したがって、被告の主張は、いずれも採用することができない。
(4) 仮に、本件広告1が「商品に関する広告」ではなく、商標の使用に当たらないとすると、一般に、商標権者以外の者が本件広告1と同様の方法で商標と同一の表示を用いた広告をした場合でも、商標権侵害は成立せず、商標権者は、商標権侵害を理由に、上記広告の差止め等を求めることができないことになる。このような結果となる解釈が商標法の解釈として合理的なものであるとは思われない。
2 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、平成6年12月に発行、頒布された名簿への本件広告1の掲載により、本件商標について、審判の請求の登録前3年以内に日本国内において商標権者が指定商品に使用していることの証明があったといえるから、右証明がないとして本件商標の登録を取り消した審決は、違法なものとして取り消されるべきである。
第6よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 阿部正幸)
別紙1
別紙2
別紙3