東京高等裁判所 平成11年(行ケ)126号 判決 2000年2月29日
原告
ステリスコーポレイション
代表者
A
訴訟代理人弁護士
松本操
同弁理士
B
被告
特許庁長官C
指定代理人
D
同
E
主文
特許庁が平成7年審判第17982号事件について平成10年11月26日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1請求
主文と同旨の判決
第2前提となる事実(当事者間に争いのない事実)
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成3年10月23日、「STERIS」の欧文字よりなり、指定商品を商標法施行令(平成3年政令第299号による改正前のもの)別表第10類「消毒、殺菌、または微生物汚染除去用の装置およびシステム;外科、内科、歯科および死体安置装置および器具のすすぎ、微生物汚染除去、消毒、殺菌システムおよび装置;微生物汚染除去、消毒、または殺菌の期間中に、これらの装置および器具を保持するためのトレーおよびコンテナ;前記システムおよび装置に用いる殺菌剤または消毒剤濃縮物を含有するカートリッジ;前記全ての装置およびシステム用の部品、附属品、および補助品、その他本類に属する商品」(ただし、補正後のもの)とする商標(以下「本願商標」という。)について商標登録出願(平成3年商標登録願第110741号)をしたが、平成7年4月14日拒絶査定を受けたので、同年8月16日拒絶査定不服の審判を請求した。
特許庁は、この請求を平成7年審判第17982号事件として審理した結果、平成10年11月26日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は平成11年1月7日原告に送達された。
2 審決の理由
審決の理由は、別紙審決書の理由写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであり、本願商標と引用商標(登録第2702834号商標)「STEALTH」とは、外観、観念において差異が認められるとしても、称呼において類似する商標であり、かつ、指定商品も類似のものであるから、結局、本願商標は商標法4条1項11号に該当し、商標登録をすることができない旨判断した。
第3審決の取消事由
1 審決の認否
(1) 審決の理由1(本願商標)及び同2(原査定の引用商標)は認める。
(2) 同3(当審(審決)の判断)のうち、審決書3頁4行ないし6行(本願商標から生ずる称呼)、及び「英語において「忍び」の意味合いを有する「stealth」が「ステルス」と発音されている例」があること(審決書3頁9行ないし11行)は認め、その余は争う。
2 取消事由
審決は、引用商標から生ずる称呼の認定を誤り(取消事由1)、商標の類否の総合判断を誤ったものであるから(取消事由2)、違法なものとして取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(引用商標から生ずる称呼の認定の誤り)
審決は、「引用商標は、「STEALTH」の欧文字よりなるものであるから、これを我が国で最も親しまれている外国語である英語風に称呼すると、英語において「忍び」の意味合いを有する「stealth」が「ステルス」と発音されている例に徴すれば、これよりは「ステルス」の称呼をも生ずるものとみるのが相当である。」(審決書3頁7行ないし12行)、本願商標と引用商標とは、「称呼において類似する商標であ(る)」(審決書3頁23行、24行)と認定、判断するが、誤りである。
ア 引用商標「STEALTH」からは、「スチールス」あるいは「スティールス」の称呼が生ずるものである。
(ア) 引用商標「STEALTH」に接した平均的な日本人の取引者、需要者は、これを造語であるかのようにその綴りから最も自然と考えられる音で発音しようとするのが一般的である。
すなわち、引用商標「STEALTH」を構成する欧文字の綴りは、平均的な日本人の取引者、需要者の英語の語学力からみれば、直ちに「忍び」の意味合いを有する単語であると認識するとはいえない。例えば、英単語「stealth」は、中学校義務教育期間に学ぶべき必須の英単語には含まれていない。また、高等学校以降の英語教育で学習する日常英会話、小説、エッセイ等を考えても、英単語「stealth」自体文章中に頻繁に登場するような言葉ではない。
(イ) そして、日本人にとっては「ea」の綴りは「イー」と発音するのが自然である。
すなわち、英単語「steal」は、「盗む」、「こっそりする」などの意味を有する動詞として中学校義務教育期間に学ぶべき必須の英単語に含まれている。
また、平均的な日本人の取引者、需要者が親しんでいる英単語には、「tea」(ティー)、「teach」(ティーチ)、「team」(チーム)、「steam」(スチーム)、「beach」(ビーチ)、「peace」(ピース)のように、「ea」の綴りが「イー」と発音される場合が非常に多い。これに対し、「ea」の綴りを「エ」と発音する英単語で親しまれているものは、「death」(デス)、「bread」(ブレッド)等があるが、それほど数は多くない。
イ 仮に引用商標から生ずる称呼が「ステルス」であるとしても、本願商標と引用商標とは、共に4音の比較的短い構成音数よりなることから、3音目の差異音「リ」と「ル」の相違が称呼全体に及ぼす影響は極めて大きく、両商標を一連に称呼したときその語調、語感が相違し、十分に聴別し得るものである。
(ア) すなわち、引用商標から生ずる称呼「ステリス」と本願商標から生ずる称呼「ステルス」とは、共に4音からなり、その構成音の第3音目において「リ」と「ル」の音に差異を有するものである。
この差異音「リ」音と「ル」音は、共にラ行に属する音であるが、「リ」は有声の弾音の歯茎音である子音(r)と前舌中母音(i)との綴り音であるのに対し、「ル」は有声の弾音の歯茎音である子音(r)と奥舌高母音(u)との綴り音である。ここで、「リ」の母音(i)は、前舌面を平らにして歯茎のうしろに近づけ、舌の先をややひっこめ、声を口腔内に響かせて発する母音であるのに対し、「ル」の母音(u)は、前舌面を下歯の歯茎にわずかに触れる程度に後退させ、後舌面を高め、唇を尖らせ、口腔の狭い部分から声を出すことによって発する母音である。また、差異音「リ」と「ル」の後ろに位置する音は弱音である「ス」である。このため、差異音「リ」と「ル」は明瞭に聴別し得るものである。
(イ) さらに、本願商標の第3音及び第4音「リ」、「ス」は、双方の母音が異なることと「リ」の母音が前舌中母音であることのために、「ステリス」と一連に称呼したとき全体として発音しやすい軽快な音の響きをもたらすものである。
これに対し、引用商標の第3音及び第4音「ル」、「ス」は共に母音が共通して奥舌高母音であるために、日本人にとっては発音しづらく重苦しい印象をもたらすものであり、「ステルス」と一連に称呼したとき日本語ではなじみのない独特の響きをもたらすものである。
したがって、両商標の全体的な響きは片仮名で表示した文字から受ける印象以上に顕著な相違をもたらすものである。
(2) 取消事由2(総合判断の誤り)
審決は、「本願商標と引用商標とは、外観、観念において差異が認められるとしても、称呼において類似する商標であり、・・・結局、本願商標が商標法第4条第1項第11号に該当するとして本願を拒絶した原査定は、妥当であ(る)」(審決書3頁下から3行ないし4頁2行)と判断するが、誤りである。
ア すなわち、一般的な商品の取引形態をみた場合であっても、高度に情報技術の発展した昨今では、商品の受注、発注は口頭で行うことは稀になっており、ファクシミリあるいはコンピュータ等のネットワーク端末を介して行うことが通常となっている。
また、一般需要者が商品を購入するに際しても、商品を実際に目にして購入するか、カタログを見て購入するか、インターネット等を介して画面で商品等を確認して購入する場合等がほとんどであり、特に高額の商品の場合は、なおさら商品や商標自体を目でしっかり確認して購入するものである。
したがって、同一あるいは類似している商品に使用された商標同士が外観上は類似せず単に称呼のみ類似している場合には、商品の出所が混同されることは実際にはほとんど生じないと考えられる。
イ 本件においては、次のとおり、仮に本願商標と引用商標の称呼が類似するとしても、外観上の相違等が影響を及ぼし、本願商標及び引用商標を使用した商品の出所の誤認混同を引き起こすおそれはないものである。
(ア) 外観
本願商標「STERIS」と引用商標「STEALTH」とは、外観が明らかに異なる。
(イ) 観念
また、本願商標「STERIS」は特定の観念を生じさせない造語である。これに対し、引用商標「STEALTH」は、英語において「忍び」の意味合いを有するが、これに接して直ちに「忍び」の意味を想起できる取引者、需要者が一般的であるとはいえず、引用商標を造語商標ととらえる者が一般的である。いずれにしても、本願商標と引例商標とは観念上混同し得ない。
ところで、「ステルス」という語は、1991年の湾岸戦争において米国空軍が夜間攻撃用に出撃させたF117ステルス攻撃機によって日本に広く知られたものである。このステルス攻撃機における「ステルス」はレーダーによる探知を困難にする技術を指しており、文字どおり「忍び」の攻撃機を表したものである。このF117ステルス攻撃機は最近のユーゴスラビア紛争においても、NATOの空爆に参加した米ステルス機が撃墜あるいは墜落したことが新聞等で報道され、再び日本においても話題となっている。引用商標「STEALTH」から「ステルス」の称呼を意識することができる者にとっては、容易に「ステルス攻撃機」を想起させるために、外観上の相違以上に本願商標と引用商標との相違を際立たせているものである。
(ウ) 取引の実情
本願商標を使用する商品は、その指定商品から明らかなように、高度の医療治療現場等で用いられることを想定されたものである(甲第9号証)。したがって、このような商品の取引者には、医学、保健衛生学、化学上等の高度の専門的知識を要求されるし、需要者も、病院関係者や研究機関等であり、実際の商品の選択については医者、研究者等が自ら関わることが予想される。また、このような商品は安価なものではない。
他方、引用商標の指定商品は、第10類「カテーテル、カテーテル用ガイドワイヤー、その他の医療機械器具、その他本類に属する商品」である(甲第1号証の1)。引用商標の商標権者の商品は、高度の医療技術を用いた治療に用いられるカテーテルやコイル等であり(甲第10号証)、このような商品の取引者は、医学上等の高度の専門的知識を要求され、需要者も、病院関係者や研究機関等であり、実際の商品の選択については医者、研究者等が自ら関わることが予想される。また、このような商品は安価なものではない。
このように、本願商標の指定商品及び引用商標の指定商品はいずれも専門的知識を有する取引者、需要者によって扱われるものであり、商品の選択にも専門的知識と慎重な検討を要するものである。したがって、商標に対する注意も、一般商品に対する一般消費者のそれに比すれば、相当高度のものである。
被告は、本願商標及び引用商標の指定商品は、いずれも商標法施行令(平成3年政令第299号による改正前のもの)に定める商品区分第10類の全類を包括的に指定するものであり、その中には「物差し、巻き尺、はかり」といった一般小売店の店頭等で販売されるような商品も含まれる旨主張するが、第10類に属する基本単位計量器は、第25類の文房具類中に「定規、分度器、計算尺」等が別途分類されていることから、文房具店やスーパー、コンビニエンスストア等の売り場で日常的に気軽に購入されるものではないことは明らかである。また、「物差し 巻き尺はかり」は、10類に属する商品のうちごく一部のものであり、10類に属する商品の大部分は、その取引において高度の専門的知識が要求される商品であることは明らかである。
(エ) 外国語商標の特殊性
今日のように情報媒体が多様化し、国内的、国際的に情報量が飛躍的に増大した社会においては、人々は多量の情報を識別認識することに慣れ、特に外国語あるいは外国語を思わせる称呼の場合、発音の違いに比較的強い注意を向け、その差異を聴き分け敏感に反応する習性が培われている。
しかも、「R」と「L」、「S」と「TH」の綴りと発音の相違は、英語教育の初歩的な段階で学習するものであり、その発音と聴別が困難であると一概にいえるものではない。しかも、引用商標「STEALTH」から「ステルス」という称呼が容易に生ずるとするならば、このような取引者、需要者は相当程度の英語の知識を有するとみることができる。そうすると、本願商標「STERIS」及び引用商標「STEALTH」に接した者は、「R」と「L」の発音の相違、「S」と「TH」の発音の相違を当然知悉しているはずである。
したがって、その構成文字から称呼を知得し、構成文字と称呼との関連性を知る者は、両称呼の差異を十分認識することが可能である。
第4審決の取消事由に対する認否及び反論
1 認否
原告主張の審決の取消事由は争う。
2 被告の反論
(1) 取消事由1(引用商標から生ずる称呼の認定の誤り)について
ア 中学生のために作られた辞書等の中に、例えば、「bread」(ブレッド)、「heavy」(ヘビー)、「ready」(レディ)等、「ea」の綴りを「エ」と発音する例が相当数みられるから(甲第3号証及び乙第1号証)、一般の取引者、需要者が、「ea」の綴りを「エ」と発音することもまた自然であるということができる。
そして、英語の綴りと発音との関係は、圧倒的に規則的であるところ、語尾が「ealth」と綴られる単語についてみると、一般に親しまれている「health」(ヘルス)、「wealth」(ウェルス)の単語のいずれもが、「ealth」の綴りを「エルス」と発音されていることから(乙第1、第2号証)、引用商標の構成文字中の「EALTH」の文字部分についても、一般の取引者、需要者により「エルス」と発音されるものとみるのが自然である。
さらに、英語において「stealth」という成語があり、当該語が「ステルス」と発音されるものであること(乙第3、第4号証)、また、本願商標及び引用商標の指定商品に係る取引者、需要者は専門的な知識を有する者も少なくないと考えられ、英語に関する知識も一般よりはやや高いということができること等を勘案すれば、引用商標は「ステルス」と称呼されるとみるのが最も自然であり、その称呼をもって商品の取引に当たる場合が多いとみるべきである。
イ 本願商標より生ずる称呼「ステリス」と引用商標より生ずる称呼「ステルス」とを比較すると、両称呼は共に4音構成よりなり、そのうち「ス」、「テ」、「ス」の3音を共通にし、第3音の「リ」と「ル」に差を有するところ、この差異音「リ」と「ル」は、子音「r」を共通にし、母音「i」と「u」を異にするものである。
ところで、母音の音声の違いは、「a.口唇の形」、「b.顎の開き具合」、「c.舌の高低の位置」の三要素によって特徴づけられているところ、母音「i」は、「a.非円唇」、「b.小開き」、「c.前舌高母音」であり、同じく「u」は、「a.非円唇」、「b.小開き」、「c.奥舌高母音」であるから(乙第5号証)、母音「i」と「u」は、三要素の中の二要素を共通にする母音の中でも近い音声ということができる。
したがって、「リ」と「ル」は互いに近似する音ということができる。
さらに、当該差異音は、4音構成における第3音という中間後部の、しかも勢いよく発せられる音「テ」に続く比較的印象の薄らぐ位置に配されたものである。
したがって、本願商標より生ずる称呼「ステリス」と引用商標より生ずる称呼「ステルス」とは、それぞれを一連に称呼するときは、その語調、語感が近似したものとなり、互いに聞き誤るおそれがあると判断した審決に誤りはない。
(2) 取消事由2(総合判断の誤り)について
ア 外観について
本願商標「STERIS」と引用商標「STEALTH」との外観をみると、両者は、取引者、需要者の注目を最も惹きやすい冒頭部分の3文字を共通にし、後半部の「RIS」と「ALTH」の文字を異にするが、いずれも図案を施すことなく、普通に表された文字であるから、外観で認識するというよりは、文字を目で追うと同時に音として認識し、称呼の類似性という観点で把握されるとみるべきである。
イ 観念について
本願商標「STERIS」と引用商標「STEALTH」の観念をみると、本願商標「STERIS」は特定の観念を生じないものである。
引用商標「STEALTH」は、「忍び」の意味を有する英語であるから、「忍び」の観念を生ずるほか、原告主張の「ステルス攻撃機」を観念する場合もないとはいえないものである。
そうすると、取引者、需要者は、双方に明確な観念を生じる場合と違い、観念について両者を比較することなく、それぞれの文字より生ずる称呼に注意を惹かれ、やはり、両商標より生ずる称呼の類似性という観点で把握されるとみるべきである。
ウ 取引の実情について
本願商標及び引用商標の指定商品は、いずれも商標法施行令(平成3年政令第299号による改正前のもの)に定める商品区分第10類の全類を包括的に指定するものであり、その中には「物指し、巻き尺、はかり」といった一般小売店の店頭等で販売されるような商品も含まれているから、その指定商品が、専門業者はもとより一般需要者によっても、口頭あるいは電話によって売買されることを否定する理由はないものである。
エ 外国語商標の特殊性について
我が国の一般の取引者、需要者にとって、「R」と「L」、「S」と「TH」の発音及び聴別は極めて困難であるのが実情である。
また、英語の発音が正しくできる者であっても、我が国の商取引においては、通常、英語の正確な発音にしたがって称呼するというよりは当該英語の発音を片仮名で表した称呼をもって取引に当たる場合が多いことは、日常生活、ビジネス、マスコミなどの場で用いるためのカタカナ語辞典において、例えば、ライス(rice)、ライト(right)、ライバル(rival)等の単語における(R)と、ライク(like)、ライセンス(license)、ライト(light)等の単語における「L」とが区別されることなく「ラ」と、また、スクール(school)、スイート(sweet)、スキン(skin)等の単語における「S」と、バス(bath)、ウェルス(wealth)、ヘルス(health)等の単語における「TH」とが区別されることなく「ス」とそれぞれ表されていること(乙第4号証)をみても明らかである。
したがって、本願商標より生ずる称呼を「ステリス」と、また、引用商標より生ずる称呼を「ステルス」とそれぞれ認定し、その上で両者を称呼において類似すると判断した審決は妥当なものである。
オ まとめ
電話等口頭による取引においては、商標の識別は、称呼をもってなされるのが普通であるから、本願商標と引用商標もそれぞれより生ずる「ステリス」及び「ステルス」の称呼をもって取引される場合が多く、外観、観念の差に着目するというより、むしろ称呼の類似性という観点に重きを置くべきである。したがって、たとえ外観及び観念において差異を有するとしても、両者は称呼において類似する商標であるといえる。
したがって、本願商標と引用商標の取引の実情を考慮した上で、本願商標と引用商標とは、外観、観念において差異が認められるとしても、称呼において類似する商標であると認定、判断した審決に誤りはない。
理由
1 取消事由2(総合判断の誤り)について
(1) 外観について
本願商標「STERIS」と引用商標「STEALTH」とは、最初の3文字「STE」が共通しているが、後半部分は「RIS」、「ALTH」と異なっており、外観が明らかに異なるものと認められる。
(2) 観念について
ア 本願商標は、特定の観念を生じさせない造語であると認められる。
イ 乙第3号証によれば、英単語「stealth」は、「こっそりすること、忍び、秘密」の意味を有することが認められるが(一部は当事者間に争いがない。)、引用商標「STEALTH」に接する取引者、需要者が直ちに「忍び」の意味を想起することが一般的であるとまでは認められない。
ただ、後記のように、引用商標「STEALTH」から「ステルス」の称呼が生ずることを認識することができる取引者、需要者は、英語について相当の知識を有しているものと認められ、そのような者であれば、「STEALTH」が英単語「stealth」と同じ綴りであり、「忍び」等を意味することを知る者の割合が高いものと認められる。
(3) 称呼について
ア 本願商標から「ステリス」の称呼が生ずることは、当事者間に争いがない。
イ 英単語「stealth」は「ステルス」と発音されることは、当事者間に争いがない。
そして、甲第3号証の1ないし3、乙第1号証及び弁論の全趣旨によれば、英単語「stealth」は、中学校義務教育期間に学ぶべき必須の英単語には含まれておらず、比較的難しい英単語であること、英単語「stealth」の前半部分の「steal」は「盗む」を意味する英単語であり、「スチール」と発音されることは広く知られていること、したがって、引用商標「STEALTH」を「スチールス」と発音するものも少なくないことが認められる。他方、上記各証拠によれば、英語において、「bread」(ブレッド)、「heavy」(ヘビー)、「ready」(レディ)等のように「ea」の綴りを「エ」と発音する例がみられ、「stealth」に近い綴りである英単語「health」、「wealth」もそれぞれ「ヘルス」、「ウェルス」と発音され、そのことも広く知られていること、したがって、引用商標「STEALTH」を英単語「stealth」と認識し、「ステルス」と発音する者も少なくないことが認められる。
そうすると、引用商標「STEALTH」に接する取引者、需要者の中には、これを「スチールス」との称呼で取引に当たる者も少なくないが、「ステルス」との称呼で取引に当たる者も同様に少なくないものと認められる。
ウ 本願商標から生ずる称呼「ステリス」と引用商標から生じ得る称呼「ステルス」は、4音のうち第3音目が「リ」、「ル」と異なるだけであり、これらを一連に称呼するときは、類似して発音される場合のあることを否定することはできない。
ただし、弁論の全趣旨によれば、英語の発音において、「R」と「L」、「S」と「TH」が異なるものであることは、我が国において広く知られていると認められるところ、本願商標と引用商標には、上記の綴り及び英語における発音における相違があるものである。
(4) 総合判断
ア 以上の検討からすると、本願商標「STERIS」と引用商標「STEALTH」とは、称呼において類似する場合があるものである。
イ しかしながら、前記のとおり、本願商標「STERIS」と引用商標「STEALTH」とは、外観が明らかに異なっているものである。
ウ そして、上記称呼の類似は、引用商標を「ステルス」と称呼することができることから生じたものであるところ、引用商標を「steal」に引きずられて「スチールス」と称呼することなく、正確に「ステルス」と称呼することができる者の中には、英語の知識が比較的高い者の割合が高いと考えられ、そのような者であれば、本願商標と引用商標が称呼において類似していても、綴りにおいて「RI」と「L」の違い、「S」と「TH」の違いがあり、その違いが英語の発音上明確に区別されることを知っているものと認められる。
エ さらに、そのような英語の知識が比較的高い者であれば、引用商標「STEALTH」が英単語「stealth」と同じ綴りであり、「忍び」等を意味することを知る者の割合が高いものと認められるが、引用商標がそのような観念を有することは、特定の観念を生じない本願商標との対比において、引用商標の付された商品と本願商標の付された商品との出所の混同を少なくする方向に作用するものである。
オ これらの点を総合して判断すると、本願商標が引用商標に類似しているものと認めることはできず、これに反する審決の判断は誤りであるといわなければならない。
よって、原告主張の取消事由2は理由がある。
2 結論
以上によれば、原告の請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)