東京高等裁判所 平成11年(行ケ)155号 判決 2000年2月15日
原告
ワッカー ヴェルケ ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテルハフツング
ウント コンパニー コマンディトゲゼルシャフト
代表者
【A】
訴訟代理人弁護士
加藤義明
同弁理士
【B】
被告
特許庁長官【C】
指定代理人
【D】
同
【E】
同
【F】
同
【G】
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実
第1原告が求める裁判
「特許庁が平成9年異議第72453号事件について平成11年1月19日にした決定を取り消す。」との判決
第2原告の主張
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「内部振動機」とする特許第2558059号発明(平成5年12月24日特許出願(1992年12月30日にドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づく優先権を主張)、平成8年9月5日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。
本件発明の特許に対して特許異議の申立てがなされ、被告は、これを平成9年異議第72453号事件として審理した結果、平成11年1月19日に「特許第2558059号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。」との決定をし、同年2月3日にその謄本を原告に送達した。なお、原告のための出訴期間として90日が付加された。
2 本件発明の特許請求の範囲(別紙図面イ参照)
請求項1
コンクリートを締め固めるための内部振動機であって、アンバランス質量体を駆動するための電動モータが設けられていて、該電動モータが、振動機ケーシング(1a)に配置されていて、電源周波数よりも高い周波数で作動するようになっており、しかも変換器(2b)によって給電されるようになっており、さらに前記電動モータをオンオフ切換するためのスイッチ(2a)が設けられていて、該スイッチ(2a)が、保護・操作チューブ(4)の範囲で、前記電動モータに通じた給電部(3)に組み込まれている形式のものにおいて、前記変換器(2b)がスイッチ(2a)とまとめられて、小形化された組込みユニット(6)を形成していることを特徴とする、内部振動機。
請求項2
組込みユニット(6)が、縦長の外輪郭を有している、請求項1記載の内部振動機。
請求項3
前記変換器(2b)が、一相交流から三相交流を発生させるために調整されている、請求項1または2記載の内部振動機。
3 決定の理由
別紙決定書の理由(一部)写しのとおり(なお、決定にいう「刊行物1」(本訴における甲第3号証)を以下「引用例1」、決定にいう「刊行物2」(本訴における甲第4号証) を以下「引用例2」という。)
4 決定取消事由
本件発明1と引用例1記載の発明が決定認定の一致点及び相違点を有することは認める。しかしながら、決定は、相違点についての判断を認った結果、本件発明の進歩性を否定し たものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 決定は、本件発明あるいは引用例1記載の発明のような棒状インナーバイブレータ(タイプA)と、振動体がフレキシブルシャフト等を介して電動機に連結されるコンクリートバイブレータ(タイプB)は、いずれも当業者に慣用されている旨認定している。
しかしながら、タイプAは引用例1に開示されたことによって、タイプBは引用例2に開示されたことによって、それぞれ公知となっているにすぎない。すなわち、タイプA及びタイプBの内部振動機は、いずれも周知の構成ではなく、まして当業者がこれらを頻繁に製造使用している事実はない。
したがって、決定の上記認定は誤りであり、この誤りは、次に(2)において述べる相違点についての判断の誤りの大きな原因となっている。
(2) 決定は、引用例1にスイッチを駆動回路ボックスに収容することが示唆されているので、引用例1記載のタイプAのものに、引用例2記載のタイプBに採用されている「ハウジング32内にスイッチとともにインバータを用いた電源回路を収納する」思想を適用して、相違点に係る本件発明1の構成を得ることには格別の困難がない旨判断している。
タイプAの内部振動機は、電動モータを振動機ケーシングに収納し、電動モータに給電する変換器は振動機ケーシングとは別体に構成している(引用例1の発明の構成を示す別紙図面ロ参照)。本件発明はタイプAに属するものであって、変換器が電動モータとは別体に構成されることを前提として、変換器とスイッチをまとめて小型のユニットを形成することを特徴とするものである。
これに対して、タイプBの内部振動機は、引用例2に「コンクリートバイブレータ本体31の基部にハウジング32を取付け、該ハウジング32内に駆動用モータ、スイッチと共に(中略)電源回路を収納し」(12頁12行ないし15行。別紙図面ハ参照)と記載されているように、確かに電源回路(以下「変換器という。)とスイッチを同じハウジング(以下「ケーシング」という。)に収納してはいるが、同じケーシングに駆動用モータ(以下「電動モータという。)をも収納しているものである。そのうえ、このタイプは、「振動体がフレキシブルシャフト等を介して電動機に連結され」(決定7頁19行ないし8頁1行参照)るので、ケーシングには振動を緩衝するための手段を設ける必要がある。したがって、タイプBのケーシングは、タイプAのケーシングが小型かつ小重量であるのに対して、大型かつ大重量にならざるを得ない。
そうすると、たとい引用例2に「ケーシング内にスイッチとともに変換器を収納する」技術が記載されているとしても、この技術を、ケーシングの形状が全く異なるタイプAに適用する動機付けはあり得ないから、相違点に係る決定の判断は誤りである。
(3) 本件発明の請求項2及び3は、いずれも請求項1の従属請求項であるから、本件発明1の進歩性を否定した決定の判断が誤りである以上、本件発明2及び3の進歩性を否定した決定の判断も誤りであることを免れない。
第3被告の主張
原告の主張1ないし3は認めるが、4(決定取消事由)は争う。決定の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
1 原告は、タイプA及びタイプBの内部振動機はいずれも周知の構成ではなく、まして当業者がこれらを頻繁に製造使用している事実はない旨主張する。
しかしながら、乙第1ないし第7号証から明らかなように、タイプAの内部振動機及びタイプBの内部振動機は、いずれも本件発明の優先権主張日前に周知となっており、広く慣用されていたものであるから、原告の上記主張は誤りである。
2 原告は、タイプAのケーシングが小型かつ小重量であるのに対して、タイプBのケーシングは大型かつ大重量にならざるを得ないことを前提として、たとい引用例2に「ケーシング内にスイッチとともに変換器を収納する」技術が記載されているとしても、この技術を、ケーシングの形状が全く異なるタイプAに適用する動機付けはあり得ない旨主張する。
しかしながら、タイプAとタイプBはともに周知慣用のものであるから、新たな内部振動機の構成を創案しようとする当業者が双方の構成を比較検討するのは当然のことである。
そして、タイプAの内部振動機は、コンクリート中に没する振動棒(アンバランス質量体)の内部に電動モータを収納するものであるから、スイッチを電動モータと同一の部位に設置することはあり得ない。一方、引用例2に「ケーシング内にスイッチとともに変換器を収納する」技術が記載されていることは決定認定のとおりである。したがって、タイプAに属する引用例1記載の内部振動機に、引用例2に開示されている上記技術を適用して、「駆動回路ボックス9を起動停止用押釦スイッチ11とをまとめて、小型化された組込みユニットを形成」することは、当業者ならば容易になし得たことにすぎない。
3 本件発明2及び3は、本件発明1に更に別の要件を付加したものであるが、これら別の要件が単なる設計事項または周知の技術にすぎないことは、決定が説示しているとおりである。
理由
第1原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の特許請求の範囲)及び3(決定の理由)は、被告も認めるところである。
第2甲第2号証(願書添付の明細書)によれば、本件発明の概要は次のとおりと認められる(別紙図面イ参照)。
1 技術的課題(目的)
本件発明は、コンクリートを締め固めるための内部振動機に関するものである(1頁20行ないし26行)。
従来、内部振動機の電動モータに給電を行う変換器は内部振動機とは別個の器具として準備され、建築現場において電源に接続された後、所属の給電ケーブルのコネクタを用いて、1個または複数個の内部振動機に接続されていた(1頁29行ないし2頁3行)。
本件発明の課題は、従来の装置を改良して、取扱いが簡単な内部振動機を提供することである(2頁6行,7行)。
2 構成
上記の目的を達成するために、本件発明は、その特許請求の範囲記載の構成を採用したものであって(1頁4行ないし16行)、要するに、変換器がスイッチとまとめられ、小形化された組込みユニットを形成することを特徴としている(2頁10行,11行)。
3 作用効果
本件発明によれば、変換器の紛失や準備失念のおそれがない、異なる周波数への切換えが容易である、内部振動機の遮断と同時に変換器も遮断される、仮に変換器が故障しても唯一つの内部振動機にしか影響しないとの作用効果を得ることができる(2頁14行ないし27行)。
第3以上を前提として、原告主張の決定取消事由の当否を検討する。
原告は、タイプAのケーシングが小型かつ小重量であるのに対して、タイプBのケーシングは大型かつ大重量にならざるを得ないから、たとい引用例2に「ケーシング内にスイッチとともに変換器を収納する」技術が記載されているとしても、この技術を、ケーシングの形状が全く異なるタイプAに適用する動機付けはあり得ない旨主張する。
しかしながら、タイプBのハウジングが大型かつ大重量であることと、「ケーシング内にスイッチとともに変換器を収納する」こととは、技術的に不可分の事項ではない。まして、甲第3号証によれば、引用例1には、従来技術の説明として「起動スイッチなどを収容した駆動回路ボックス」(1頁右下欄6行,7行)と記載されており、引用例1自体に変換器とスイッチをまとめる技術が示唆されているのであるから、ケーシングの形状が異なることは、引用例2記載の技術を引用例1記載の発明に適用することの妨げにはならないと解するのが相当である。
この点について、原告は、タイプA及びタイプBの内部振動機はいずれも周知の構成ではなく、まして当業者がこれらを頻繁に製造使用している事実はない旨主張する。
しかしながら、乙第1ないし第7号証によれば、タイプA及びタイプBのいずれも内部振動機も、本件発明の優先権主張日前に周知慣用のものとなっていたと認められるうえ、仮にそうでないとしても、引用例1及び2が本件発明の優先権主張日前に頒布されていた以上、それらの記載に基づいて本件発明の進歩性の有無を判断し得ることは当然であるから、この点のいかんは決定の結論に影響を及ぼすものではない。
本件発明2は本件発明1の要件である「組込みユニット(6)」に「縦長の外輪郭を有している」との要件を付加したもの、本件発明3は本件発明1の要件である「変換器(6)」に「一相交流から三相交流を発生させるために調整されている」との要件を付加したものにすぎない。そして、これらが単なる設計事項あるいは周知技術であるとした決定の判断が誤りであることを認めるに足りる証拠は存在しない。
以上のとおりであるから、相違点に関する決定の判断に誤りはない。
第4よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための期間付加について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)
<以下省略>