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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)161号 判決 1999年12月07日

原告

株式会社ラブラドールリトリーバー

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

中村智廣

三原研自

被告

特許庁長官【B】

指定代理人

【C】

【D】

主文

特許庁が平成9年審判第12657号事件について平成11年4月2日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成7年10月5日、「LABRA」の欧文字及び「ラブラ」の片仮名文字を二段に書してなり、商品及び役務の区分の第25類「洋服、コート、セーター類、ワイシャツ類、寝巻き類、下着、水泳着、水泳帽、エプロン、えり巻き、靴下、ゲートル、毛皮製ストール、ショール、スカーフ、足袋、足袋カバー、手袋、布製幼児用おしめ、ネクタイ、ネッカチーフ、マフラー、耳覆い、ずきん、すげがさ、ナイトキャップ、ヘルメット、帽子、ガーター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベルト、靴類、靴合わせくぎ、靴くぎ、靴の引き手、靴びょう、靴保護金具、げた、草履類、運動用特殊衣服、運動用特殊靴、乗馬靴」を指定商品とする商標について登録出願(平成7年商標登録願第102843号)をしたところ、平成9年6月10日に拒絶査定を受けたので、同年7月28日に拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、これを平成9年審判第12657号事件として審理した結果、平成11年4月2日に「本件審判請求は成り立たない。」との審決をし、同年5月12日、原告にその謄本を送達した。

なお、指定商品については、上記審判における平成10年1月5日付け手続補正書をもって、「洋服、コート、セーター類、ワイシャツ類、寝巻き類、下着、水泳着、水泳帽、エプロン、えり巻き、靴下、毛皮製ストール、ショール、スカーフ、手袋、ネクタイ、ネッカチーフ、マフラー、耳覆い、ナイトキャップ、ヘルメット、帽子、ガーター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベルト、靴類、靴合わせくぎ、靴くぎ、靴の引き手、靴びょう、靴保護金具、げた、草履類、運動用特殊衣服、運動用特殊靴、乗馬靴」に補正されている。

2  審決の理由

別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに、本願商標は、文字に相応して「ラブラ」の称呼を生ずるものであるのに対し、「RUBRA」の欧文字を書してなる登録第2315935号商標(昭和63年7月11日登録出願、平成3年6月28日設定登録。指定商品第17類「被服、布製身回品、寝具類」。以下「引用商標」という。)が「ラブラ」の称呼をも生ずるので、「ラブラ」の称呼を共通にする類似の商標であり、かつ、その指定商品も同一又は類似のものであるから、商標法4条1項11号に該当する、というものである。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中1及び2は認める。3は、本願商標が「ラブラ」の称呼を生ずること、「RUBRA」は特定の意味合いを有しない造語であること、英語の「Rub」が「ラブ」、「Rugby」が「ラグビー」、「Run」が「ラン」と発音されることを認め、その余を争う。

審決は、引用商標が「ラブラ」の称呼を生ずると認定し、この認定に基づき、本願商標が引用商標と称呼において類似し、商標法4条1項11号に該当すると判断した。しかし、引用商標は、「ルブラ」の称呼のみを生ずるものであって、審決の上記認定は、引用商標についての認定を誤っており、したがって、これを前提とする上記判断も誤っているから、取り消されるべきである。

1  引用商標の称呼について

(1)  引用商標の商標権者である株式会社スクープ及びその取引者は、引用商標である「RUBRA」を「ルブラ」とのみ発音し、使用してきている。このことは、出荷明細(甲第5号証)、請求書(甲第6乃至8号証)及び株式会社スクープから株式会社オーダー・オブ・メリット・プランニング社への指示書(甲第9号証)から明らかである。このように、引用商標が、取引社会において現実に「ルブラ」として通用している事実を重視すべきであり、そのときは、引用商標は、英語に関する一般論とは関係なく、「ルブラ」とのみ称呼するものと認定されなければならない。

(2)  特許庁は、本願商標とは商品区分を異にするとはいえ、別件拒絶査定不服審判事件(昭和59年審判第3424号。「ラブラ」の登録出願が既登録商標「Lubra」を根拠に拒絶されたことに対して申し立てられたもの。)において、既登録商標「Lubra」について、特定の語義のない造語はローマ字読み若しくは英語読みが相当で、「LUBRICANT」、「luburication」の事例にならい「ルブラ」の称呼のみを生ずると認定し、登録を認めている(甲第10号証、甲第11号証)。

また、本願商標とは商品の区分が異なるが、「ルブラ/LUBRA」(商願6-75470号、出願人 本田技研工業株式会社)なる商標が出願されている(甲第12号証)。

さらに、原告は、国際分類第24類(織物、寝具類他)についても、本願商標と全く同じく「LABRA/ラブラ」と書する商標を登録出願し、その拒絶理由通知に対する意見書において、「RUBRA」は「ルブラ」と称呼され、「LABRA/ラブラ」とは称呼上非類似であると主張したところ、これが認められて商標登録されている(甲第13号証~第15号証)。

これらの例にならうと、本件の引用商標「RUBRA」も、一般世人にとって「ルブラ」と発音するのが極めて自然なものであり、「ルブラ」の称呼のみを生ずるものというべきである。

(3)  特定の語義のない欧文字の造語については、英語読みをするとどうなるかをも考えるべきであるとする審決の立場に立っても、引用商標の英語読みとしては、「ルブラ」又は「ルーブラ」の称呼のみを生じるというべきである。

この点、審決は、「Rub」、「Rugby」、「Run」の例を挙げて「RU」が「ラ」と発音されると認定した。しかしながら、英語において、引用商標「RUBRA」のように、「R+U+B+R+母音」で文字が構成される場合、「rubric」、「rubricate」、「rubrician」等が「ルブリック」又は「ルーブリック」、「ルブリケイト」又は「ルーブリケイト」、「ルブリシャン」又は「ルーブリシャン」と発音されるように、その語頭の文字は、すべて「ル」と発音されているのであり、「ラ」とは発音されない。したがって、引用商標は、英語読みの場合にも、「ルブラ」又は「ルーブラ」としか読まれないものである。

2  審決後における原告による引用商標の取得について

原告は、平成11年9月10日付けで引用商標に係る商標権の譲渡を受け、同月14日付けで引用商標に係る商標権の原告への移転登録申請をし、同年10月5日付けでこれに基づく移転登録がなされ、法的効果も発生した(甲第17号証、第18号証、甲第22号証)。これにより、引用商標に係る商標権は、本願の出願人である原告に帰属するところとなったものであるから、この時点で必然的に本願商標の商標法4条1項11号該当性は消滅するというべきである。

本件は、拒絶査定不服審判の段階から、本願商標が商標法4条1項11号の要件に該当するかが争点となっているものであるから、同号の「他人ノ」の要件も、審判において当然に審理の対象となっていたものと解されるべきであり、本件訴訟においても当然にこの要件が審理の対象とされてしかるべきである。そうだとすれば、その要件「他人性」に関する新たな事実、すなわち、引用商標に係る商標権の移転については、たとい審決時より後に生じたものであったとしても、事実審で判断資料とすることができると解すべきである。高等裁判所が最終の事実審であることからして、その口頭弁論終結時までに生じた事由、資料に基づいて審決の当否を判断することがむしろ積極的に要請されているものというべきだからである(最高裁判所昭和35年12月20日第3小法廷判決民集14巻14号3103頁参照)。

第4  被告の反論の要点

本願商標を商標法4条1項11号に該当するものと認定した審決は、正当であって、取り消すべき理由はない。

1  引用商標の称呼について

(1)  原告提出の出荷明細(甲第5号証)の「荷受人の欄」及び請求書(甲第6号証~第8号証)の「受取人の欄」において記載された「ルブラ」の片仮名文字については、商標をこのような欄に記載して使用することは一般的でないから、当該「ルブラ」の片仮名文字の記載をもって、登録商標「RUBRA」の使用というべきではない。

(2)  「LU」及び「RU」で始まる語は、「ラ」とも発音され得るものであり、したがって、特定の意味合いを有しない造語である「RUBRA」の文字よりなる引用商標は、「ラブラ」の称呼をも生ずるものであることは後述のとおりであるから、既存の登録商標「Lubra」から「ルブラ」との称呼のみが生ずるとした事例があるからといって、本件の引用商標「RUBRA」から「ルブラ」との称呼のみが生ずるとはいえない。

また、本件審決の審判官は、別件の審査官、審判官の認定判断に拘束されるものではないから、審査例を引用して本件審決における商標の類否判断の誤りをいう原告の主張は失当である。

(3)  原告が主張するように、引用商標「RUBRA」から「ルブラ」の称呼を生ずることを否定するものではない。しかし、これを我が国で最も親しまれている英語風に称呼した場合には、「Rub」が「ラブ」、「Rugby」が「ラグビー」、「Run」が「ラン」、「Rush」が「ラッシュ」、「Russell」が「ラッセル」、「Rubber」が「ラバー」、「Runaway」を「ランナウェイ」等、「RU」あるいは「RUB」で始まる語の「RU」の部分が「ラ」と発音される例(乙第1号証)にならって、上記各語同様「RU」の部分が「ラ」と発音され、全体としては「ラブラ」と発音されることにより、「ラブラ」の称呼をも生ずることは明らかというべきである。

2  審決後における原告による引用商標の取得について

審決取消訴訟は、そもそもが、既になされた審決について、それが違法であるとしてその取消しを求めるものである。そうである以上、審決の違法の有無を判断する判断の基準時は、審決のなされた時点と解すべきであり、その後の後発的事由を判断の資料にすべきものではない。そうすると、本願商標が、商標法4条1項11号に該当するか否かの審決における判断の基準時は、審決時と解され、本件審判の審決時において、本願商標と「ラブラ」の称呼を同じくし、かつ、その指定商品も同一又は類似の他人の登録商標が存在する以上、本件審決は適法であって、本願商標は商標法4条1項11号に該当するものである。審決後、審決取消訴訟の段階になって、原告が引用商標に係る商標権を譲り受けたとしても、本願商標に対する拒絶理由が消滅するものではなく、その事実によって、適法になされた先の審決が違法となるものではない。

第5  当裁判所の判断

1  引用商標の称呼について

(1)  引用商標が特定の意味合いを有しない造語であること、引用商標から「ルブラ」の称呼を生ずることは、当事者間に争いがない。

原告は、引用商標から「ルブラ」の称呼のみを生ずる旨主張し、被告は、引用商標から「ラブラ」の称呼をも生ずる旨主張するので、この点について検討する。

特定の意味合いを有しない欧文字の造語に接した取引者、需要者は、多くの場合、まず、これを我が国で最も親しまれているローマ字読みあるいはローマ字風読みで読むものと考えられる。このときには、引用商標「RUBRA」は、「ルブラ」とのみ読まれることになる。

しかし、我が国における英語の普及度からみて、特定の意味合いを有しない欧文字の造語に接した取引者、需要者は、これを英語読みあるいは英語風読みで読むこともあると考えられる。このときには、引用商標「RUBRA」は、「ルブラ」と読まれることもあるが、「ラブラ」と読まれることもあると認められる。このことは、被告が例示するように、「Rub」は「ラブ」、「Rugby」は「ラグビー」、「Run」は「ラン」、「Rush」は「ラッシュ」、「Russell」は「ラッセル」、「Rubber」は「ラバー」、「Runaway」は「ランナウェイ」等と発音されているように、「RU」あるいは「RUB」で始まる語の「RU」を「ラ」と発音する例が多数存在することからも明らかである。

したがって、一般論としてみれば、引用商標「RUBRA」からは「ラブラ」の称呼をも生ずるものというべきである。

(2)  この点について、原告は、英語において、引用商標「RUBRA」のように、「R+U+B+R+母音」で文字が構成される場合、「rubric」、「rubricate」、「rubrician」等が「ルブリック」又は「ルーブリック」、「ルブリケイト」又は「ルーブリケイト」、「ルブリシャン」又は「ルーブリシャン」と発音されるように、その語頭の文字は、すべて「ル」と発音されているのであり、「ラ」とは発音されないと主張する。

確かに、甲第16号証(1990年株式会社研究社発行「研究社新英和大辞典」)によれば、引用商標の語頭と同様に「RUBR」を含む英単語として、「rubric」、「rublical」、「rubricate」、「rubrician」、「rubrician」、「rubricism」、「rubricist」、「rubricity」、「Rubrouck」、「Rubruquis」が挙げられるが、いずれも語頭の「RU」は「ルー」と発音されており、「ラ」と発音されているものはないことが認められる。

しかしながら、我が国における英語の普及度からみて、特定の意味合いを有しない欧文字の造語に接した取引者、需要者が、「RU」あるいは「RUB」で始まる場合と、「R+U+B+R+母音」と文字構成される場合とで、その発音が相違するということまで認識することができるとは考えがたい。

したがって、原告の上記主張は、採用することができない。

(3)  甲第5号証ないし第8号証、第17号証の1及び弁論の全趣旨によれば、引用商標の商標権者であった株式会社スクープは、昭和63年に引用商標の登録出願をしたころ以来、平成11年の審決時まで10年以上にわたって、「RUBRA」の欧文字を「ルブラ」と発音して使用していたこと、同社の取引先も、また、同社との取引の際、同様に、「RUBRA」の欧文字を「ルブラ」と発音して使用してきたことが認められる。

この点につき、被告は、原告提出の出荷明細の「荷受人の欄」及び請求書の「受取人の欄」において記載された「ルブラ」の片仮名文字が商標としての使用でないことを前提に、原告の主張を争っているが、ここで問題にしているのは、引用商標の商標権者であった株式会社スクープ及びその取引者が引用商標を「ルブラ」と称呼して使用していたか否かであり、商標として使用されていたか否かでないから、主張自体失当である。

(4)  以上を併せ考えると、引用商標「RUBRA」は、上記認定のとおり、実社会において、事実上、「ルブラ」とのみ発音されて使用されてきたのであるから、前説示のとおり、一般論としてみれば、引用商標「RUBRA」から「ラブラ」の称呼をも生ずるものであるとしても、このことをもって、本願商標を、引用商標との間に、その登録を拒絶しなければならないほどの強さの称呼の共通性を有するものとすることはできず、その意味で、本願商標を引用商標と類似する商標と認めることはできないというべきである。

2  そうすると、本願商標が商標法4条1項11号に該当するとした審決の判断は、その余の点につき検討するまでもなく、違法といわなければならず、その違法が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

以上によれば、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容して審決を取り消すこととし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

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