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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)170号 判決 2000年10月23日

原告

ゼロインピーダンスシステムズインコーポレーティッド

代表者

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

【D】

【E】

【F】

被告

特許庁長官【G】

指定代理人

【H】

【I】

【J】

【K】

主文

特許庁が平成8年審判第20412号事件について平成11年1月19日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1993年(平成5年)3月15日(優先権主張、1992年3月16日・米国及び同年7月17日・米国)の国際出願に係る、名称を「結合回路」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、平成6年9月16日に所定の翻訳文の提出をした(特願平5-516650号)が、平成8年8月9日に拒絶査定を受けたので、同年12月5日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成8年審判第20412号事件として審理した上、平成11年1月19日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年2月15日、原告に送達された。

2  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件明細書(平成8年7月9日付け手続補正書(甲第4号証)及び同年12月27日付け手続補正書(甲第5号証)によって補正された後の特許法184条の4第1項所定の明細書の翻訳文(甲第3号証添付)をいう。以下同じ。ただし、引用する場合は、公表特許公報(甲第2号証)によって行う。)の発明の詳細な説明は、当業者が容易に本願発明の実施をすることができる程度に記載されているとは認められないとして、本件出願が特許法36条4項(平成6年法律第116号による改正前のもの。以下同じ。)に規定する要件を満たしていないとした。

第3原告主張の審決取消事由

審決の理由中、本件出願が、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1~27に記載されたとおりの「結合回路」に関するものであること(審決書2頁3行目~10行目)、本件出願に係る図面(以下、単に「図面」という。)第2図及び第5図記載の各回路において、抵抗R2の増幅器A2のプラス入力端子に接続されていない方の端子(審決表示の「端子24」、以下「端子24」という。)と、増幅器A2の出力端子(審決表示の「端子28」、以下「端子28」という。)とが短絡され、ともに接地電位とされていること、端子28と、抵抗R3の増幅器A2のマイナス入力端子に接続されていない方の端子(審決表示の「端子E」、以下「端子E」という。)とが短絡され、ともに接地電位とされていること(同3頁2行目~9行目、4頁4行目~7行目)、図面第3図に示された回路が所期の動作を行うこと(同3頁13行目~15行目)は認める。

審決は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された事項を看過して、図面第2図及び第5図記載の各回路につき、所期の動作が行われるとは認められない旨誤った認定をし(取消事由1)、また、本件明細書に所期の動作を行うことができる実施形態が記載されていることを認めながら、特許法36条4項の解釈適用を誤った(取消事由2)結果、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が容易に発明の実施をすることができる程度に記載されているとは認められないとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(明細書記載事項の看過による本願発明の動作の誤認)

審決は、図面第2図及び第5図記載の各回路において、端子24と端子28が短絡されて、ともに接地電位とされ、かつ、端子28と端子Eが短絡されて、ともに接地電位とされている(端子24、端子28及び端子Eがすべて接地端子に接続されている)ことから、同各回路の「端子28の電位は零電位のままである」(審決書3頁10行目~11行目)として、同各回路が「所期の動作が行われるとは認められ」ない(同4頁8行目)と認定した。

そして、被告は、審決にいう「所期の動作」が、負荷インピーダンスの無効分が大きくなることによる負荷電圧の歪みを除く回路の動作を意味しており、本願発明は、結合手段4、負荷6及び補償手段8のそれぞれの周波数領域伝達関数の無効分f(s)、g(s)、r(s)につき、r(s)=-[f(s)+g(s)]と設定することにより、所期の目的を達成しようとするものであるとした上(以上の主張事実は認める。)、審決の上記認定の理由につき、図面第2図及び第5図記載の各回路において、端子28を接地するということは、電圧歪み成分(v3)を強制的に零にすること(v3=0)であるから、電圧歪み成分(v1+v2)が残存してしまうとし、さらに、増幅器A2の両入力端子(端子24、端子E)と出力端子(端子28)とが短絡されているから、増幅器A2が、電圧源2の端子14から端子16までの電流路内に存在しなくなって、補償手段としての機能を果たすことができなくなる結果、v3=-(v1+v2)の関係も成り立たなくなり、図面第2図及び第5図記載の各回路につき、「所期の動作」を達成することができない旨主張する。

しかしながら、次に述べるとおり、被告の主張は失当というほかはなく、したがって、審決の上記認定も誤りである。

(1)  図面第2図及び第5図記載の各回路において、増幅器A2の出力の意義は、負荷電圧VLに対する基準電位を供給することにあって、増幅器A2が通常の増幅作用をする必要はない。このことは、本件明細書(甲第2号証)の「本発明によれば、抵抗器R2およびR3は低い抵抗値を有すること、例えば、ゼロオームの抵抗値を示すこと、すなわち、増幅器A2の両入力増幅器A2の出力と導通することが好ましい。」(4頁右下欄21行目~23行目)との記載から明らかに理解できるものである。そして、同各回路において、負荷電圧VLに対する基準電位の供給は、増幅器A1と増幅器A2とを共通の作動電圧源Vpにより駆動するとともに、作動電圧源Vpを接地しない構成によって行われるものである。

すなわち、同各回路において、負荷インピーダンスの無効分が発生すると、それに伴って増幅器A1及び増幅器A2の各上側電源端子及び各下側電源端子にそれぞれ電位変動が生ずるが、増幅器A1と増幅器A2とが共通の作動電圧源Vpによって駆動されるために、増幅器A1と増幅器A2の各上側電源端子及び各下側電源端子に生ずる電位変動はそれぞれ共通となる。他方、正負の作動電圧源(V+、V-)により駆動される演算増幅器の出力電圧の基準電位は、一次的には作動電圧源の中点電位により定まり、作動電圧源の変動に伴って出力電圧の基準電位も変動するという性質があるから、増幅器A1と増幅器A2の各上側電源端子及び各下側電源端子に生ずる電位変動が共通であれば、増幅器A1と増幅器A2の増幅の基準電位も共通となり、相対的に一致することになる。そして、増幅器A2の出力が接地されているか否かは、このような作用と無関係である。

このように、同各回路においては、増幅器A2の増幅の基準電位(出力電位)と増幅器A1の増幅の基準電位とを共通にすることができ、増幅器A2の出力電位を増幅器A1における増幅の基準電位として与えることができるから、それによって負荷電圧の歪みを減少させる(補償作用)ことができるものである。これを電流の観点から見ると、作動電圧源Vpと増幅器A2は、負荷電圧を所定波形にする負荷電流を形成しているということができる。

なお、審決は、図面第3図記載の回路につき「この回路は所期の動作を行う」(審決書3頁14行目~15行目)と判断しているところ、本件明細書(甲第2号証)に、「図3に示される実施例は、抵抗器R1~R4を除いた図2のハウジング20内に示される要素に対応する。図3の実施例では、抵抗器R1およびR4を図2と同様に接続してもよく、その場合、抵抗器R2およびR3は除去される。図3において、演算増幅器A1は、ハリス社により製造・販売されるモデルHFA-0005の増幅器である。この増幅器は、図2と同様に信号源および負荷に接続される。図1のユニット8は、完全な演算増幅器によって構成される必要がなく、図3に示した実施例では、演算増幅器A2は、トランジスタQ11~Q14、電流源G7およびG8および抵抗器R10およびR11からなる回路構成によって置き換えられる。トランジスタQ11~Q14並びに電流源G7およびG8は、演算増幅器A1の出力段と同一視できる回路構成を形成し、例えば、モデルHFA-0005の増幅器の出力段によって構成される。かかる増幅器の他の要素は抵抗器R10およびR11によって置き換えられる。」(5頁左下欄7行目~20行目)、及び「保持ユニット8は、図2の実施例では増幅器A2および抵抗器R2およびR3によって構成され、図3の実施例では抵抗器R10およびR11とともに出力段要素Q11~Q14、G7およびG8によって構成される。」(6頁左上欄3行目~5行目)と記載されているように、図面第3図記載の回路は、図面第2図記載の回路の増幅器A1及びA2に相当する要素を具体的に示したものであり、かつ、増幅器A1と同一視できる回路構成のうち、その出力段以外の回路要素を抵抗器R10及びR11で置換したものを、図面第2図記載の回路のうちの増幅器A2に代えて採用したものである。したがって、図面第3図記載の回路と図面第2図記載の回路とは、その本質を共通にしており、本件明細書(甲第2号証)の図面第3図記載の回路についての説明は、図面第2図記載の回路の説明としても妥当するものである。

(2)  被告は、図面第2図及び第5図記載の各回路において、端子28を接地することが、電圧歪み成分(v3)を強制的に零にすること(v3=0)であるから、電圧歪み成分(v1+v2)が残存してしまう旨主張するが、端子28を接地することが電圧歪み成分を強制的に零にすることであるとする根拠はない。仮に、端子28が接地されていることから、図面第1図の補償手段8(増幅器A2を含む補償用ユニット)を接地回路と解し、それが接地回路である以上、その回路のいずれの部分も同電位であって、補償用の電圧歪み成分(v3)が有限値として存在することができず、したがって零であるとしたものとすれば、当該補償用ユニットを接地回路であると解した点に誤りがある。

また、被告は、図面第2図及び第5図記載の各回路において、増幅器A2の両入力端子(端子24、端子E)と出力端子(端子28)とが短絡されているから、増幅器A2が電流路内に存在しなくなって、図面第1図の補償手段8が補償手段としての機能を果たすことができなくなるとも主張するが、増幅器A2は、接地されていない共通の作動電圧源Vpにより増幅器A1とともに駆動され、負荷電圧を所定波形にする負荷電流を形成して、補償手段としての機能を果たすことができるものである。

したがって、被告の主張はいずれも失当である。

2  取消事由2(特許法36条4項の解釈適用の誤り)

審決は、図面第3図記載の回路につき「この回路は所期の動作を行う」(審決書3頁14行目~15行目)と判断した。また、審決の認定するとおり、本件明細書には、図面第2図及び第5図の回路につき「増幅器A2の出力は接地されていてもよい」(審決書4頁1行目~2行目)と記載されているにとどまるから、本願発明には、増幅器A2の出力が接地されていない実施態様も当然含まれるものである。

すなわち、審決の認定判断によっても、本件明細書には「所期の動作」を行うことができる実施例が記載されていることになるのに、審決は、「本願の発明の詳細な説明には当業者が容易に実施できる程度に記載されているとは認められない」(審決書4頁9行目~11行目)と判断したものであるから、特許法36条4項の解釈適用を誤っている。

第4被告の反論

審決の認定及び判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(明細書記載事項の看過による本願発明の動作の誤認)について

(1)  本件明細書(甲第2号証)に記載されているとおり、従来回路の障害が、「負荷インピーダンスの無効分が大きくなると負荷電圧の歪みを生じさせ、この回路を組込んだシステムの性能をかなり悪化させることが認識される」(3頁右下欄7行目~9行目)点にあることから、本願発明はこの歪みを除くことを所期の目的としており、審決にいう「所期の動作」とは、この歪みを除く回路の動作を意味している。

そして、本願発明は、図面第1図記載の結合手段4、負荷6及び補償手段8のそれぞれの周波数領域伝達関数の無効分を順にf(s)、g(s)、r(s)とすると、r(s)=-[f(s)+g(s)]と設定することにより、その目的を達成しようとするものである(本件明細書(甲第2号証)4頁左上欄9行目~15行目)。すなわち、無効分f(s)、g(s)、r(s)により負荷に生じる電圧歪み成分を順にv1、v2、v3とし、正常な所望の負荷電圧をVLとすると、負荷電圧はVL+v1+v2+v3で表されるが、このとき、r(s)=-[f(s)+g(s)]であれば、v3=-(v1+v2)と考えられ、したがって、v1+v2+v3=0となって、負荷に生じる電圧歪み成分が除去されたことになる。

しかしながら、図面第2図及び第5図記載の各回路においては、端子24と端子28が短絡され、ともに接地電位とされ、かつ、端子28と端子Eが短絡され、ともに接地電位とされているところ、端子28を接地するということは、電圧歪み成分(v3)を強制的に零にすること(v3=0)であるから、電圧歪み成分(v1+v2)が残存してしまう。この場合に、増幅器A2の両入力端子(端子24、端子E)と出力端子(端子28)とが短絡されているから、電圧源2の端子14から端子16までの電流路は、「端子14-端子22-増幅器A1-端子26-負荷6-端子28-端子24-端子16」となり、増幅器A2が電流路内に存在しなくなって、図面第1図の補償手段8が補償手段としての機能を果たすことができなくなる結果、v3=-(v1+v2)の関係も成り立たなくなる。したがって、図面第2図及び第5図記載の各回路においては、「所期の動作」を達成することができない。

(2)  原告は、図面第2図及び第5図記載の各回路において、増幅器A1と増幅器A2とが共通の作動電圧源Vpにより駆動されていることにより、増幅器A2の出力電位が増幅器A1における増幅の基準電位として与えられる旨主張する。しかしながら、曽根悟外2名監修の「図解電気の大百科」(乙第1号証)の図8・87(396頁)に示されているように、演算増幅器(オペアンプ)の出力電圧(Vout)及び入力電圧(Vin+、Vin-)はアースラインを基準とした電圧であるから、演算増幅器の出力電圧の基準電位はアースラインの電位(接地電位)である。また、同文献の図8・88(396頁)、図8・91(397頁)、図8・92(398頁)に示されるように、演算増幅器の図記号において、作動電圧源の記載は普通省略されることにかんがみても、通常の動作においては、作動電圧源は直接的な影響を及ぼすものではない。したがって、原告の上記主張は当業者の技術常識に基づくものではなく、誤りである。

また、原告は、作動電圧源Vpと増幅器A2は、負荷電圧を所定波形にする負荷電流を形成しているとも主張するが、その技術的根拠は示されていない。

さらに、原告は、図面第3図記載の回路は、図面第2図記載の回路の増幅器A2に代えて、増幅器A1と同一視できる回路構成のうち、その出力段以外の回路要素を抵抗器R10及びR11で置換したものを採用したものであるとも主張するが、演算増幅器A2は複雑な差動増幅器であって、単純に抵抗で置き換えることのできる性質のものではなく、その主張も誤りである。

2  取消事由2(特許法36条4項の解釈適用の誤り)について

明細書に、特許請求の範囲に含まれるものとして記載された実施例は、発明の実施形態であって、すべての実施例が所期の動作を行うことによって発明の実施がされたというべきものであり、実施例の一部さえ完全に開示されていれば、他の実施例の記載は所期の動作を行わなくてよいことにはならない。明細書に所期の動作を行わない実施例が含まれていると、特許発明の実施をする者は無用の時間と経費を消耗し、特許発明の範囲の解釈にも混乱を来すことは明らかである。

本件明細書には、図面第2図の回路、第3図の回路及び第5図の回路が実施例として記載されているが、図面第3図の回路が所期の動作を行うとしても、上記1のとおり、図面第2図の回路及び第5図の回路は所期の動作を行うように記載されていないから、明細書の記載が、特許法36条4項が定めるように、当業者が容易に発明の実施をすることができる程度にされていると認めることはできない。この点に関する審決の判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(明細書記載事項の看過による本願発明の動作の誤認)について

(1)  審決にいう「所期の動作」が、負荷インピーダンスの無効分が大きくなることによる負荷電圧の歪みを除く回路の動作を意味することは、当事者間に争いがない。

(2)  本件明細書(甲第2号証)には、図面第2図及び第3図に関し、「図3に示される実施例は、抵抗器R1~R4を除いた図2のハウジング20内に示される要素に対応する。・・・図3において、演算増幅器A1は、ハリス社により製造・販売されるモデルHFA-0005の増幅器である。この増幅器は、図2と同様に信号源および負荷に接続される。図1のユニット8は、完全な演算増幅器によって構成される必要がなく、図3に示した実施例では、演算増幅器A2は、トランジスタQ11~Q14、電流源G7およびG8および抵抗器R10およびR11からなる回路構成によって置き換えられる。トランジスタQ11~Q14並びに電流源G7およびG8は、演算増幅器A1の出力段と同一視できる回路構成を形成し、例えば、モデルHFA-0005の増幅器の出力段によって構成される。かかる増幅器の他の要素は抵抗器R10およびR11によって置き換えられる。」(5頁左下欄7行目~20行目)との記載がある。この記載を分説すれば、①図面第3図記載の回路は、図面第2図のハウジング20内の回路(ただし、抵抗器R1~R4を除く)における増幅器A2を、トランジスタQ11~Q14、電流源G7及びG8並びに抵抗器R10及びR11から成る回路構成に置き換えたものであること、②上記トランジスタQ11~Q14、電流源G7及びG8並びに抵抗器R10及びR11から成る回路構成は、増幅器1の回路構成における出力段以外の他の要素(すなわち、トランジスタQ1~Q6、電流源G1~G4並びに抵抗器R3及びR4から成る回路構成)を、抵抗器R10及びR11に置き換えたものと同一のものであることを意味するものと解される。そして、この①、②の各記載に照らすと、逆に、図面第3図記載の回路における抵抗器R10及びR11を、同図の出力段以外の他の要素(トランジスタQ1~Q6、電流源G1~G4並びに抵抗器R3及びR4から成る回路構成)に置き換えたものは、図面第2図のハウジング20内の回路(抵抗器R1~R4を除く)、すなわち、増幅器A1及びA2並びに導線39から成る回路に相当するものと理解される。そうすると、結局のところ、本件明細書には、図面第2図の例として、増幅器A1及びA2が同一回路構成の演算増幅器であって、ともに図面第3図記載のものと同じ回路構成の出力段(すなわち、増幅器A1についてはトランジスタQ7~Q10並びに電流源G5及びG6から成る回路構成の出力段、増幅器A2についてはトランジスタQ11~Q14並びに電流源G7及びG8から成る回路構成の出力段)を備え、かつ、それらの出力段は共通の作動電圧源Vpにより駆動されるものが、実質的に開示されているということができる。

(3)  他方、本件明細書(甲第2号証)には、図面第3図に関して、「信号サイクルにおいて負荷電流および負荷電圧が同一極性を有する部分では、トランジスタQ9およびQ10のうち電流的に導通状態のものの作動点と、逆導電型のトランジスタQ11およびQ12のうち電流的に導通状態のものの作動点はシフトされ、導線39および39′間や負荷6を通る正確な電流を形成する。例えば、トランジスタQ9が導通駆動される電圧の半サイクルでは、トランジスタQ12も導通状態になる。信号サイクルにおいて負荷電流および負荷電圧が逆極性を有する部分では、接点25に対して接点26および28の電位に生じるシフトにより、さらに2つのトランジスタ、すなわち上述の例ではトランジスタQ9(注、「Q9」は「Q11」の誤記と認められる。)およびQ10が導通駆動され、要求された逆極性の電流を供給する。さらに、そのときの信号状態下で負荷が完全に抵抗性であれば、本発明の回路は、出力電圧の位相シフトや、増幅器A1のリアクタンスによって生じる歪みを除去することができる。この場合、それらのリアクタンスの効果ために、接点26および28の電位はシフトし、そのようなリアクタンスを補償するために必要となる負荷電流を形成するために導通状態の出力トランジスタQ9およびQ12あるいはQ10およびQ11の作動点を設定する。」(6頁右上欄14行目~29行目)との記載がある。

そして、この記載は、図面第3図記載の回路において、作動電圧源Vpの導線39及び39′間に、「トランジスタQ9-端子26-負荷6-端子28-トランジスタQ12」又は「トランジスタQ11-端子28-負荷6-端子26-トランジスタQ10」の電流路が形成され、これらの電流路を流れる電流が負荷6の両端子26、28の電位の変化に関与することを意味しているものと解される。これらの電流路は、トランジスタQ7~Q10並びに電流源G5及びG6から成る回路構成、並びにトランジスタQ11~Q14並びに電流源G7及びG8から成る回路構成が、共通の作動電圧源Vp(導線39及び39′間の電圧)で駆動されることにより形成されるものであるから、結局、本件明細書には、図面第3図に関し、トランジスタQ7~Q10並びに電流源G5及びG6から成る回路構成、並びにトランジスタQ11~Q14並びに電流源G7及びG8から成る回路構成を、共通の作動電圧源Vpで駆動することによって、負荷6を通る電流路を形成し、その電流が負荷6の両端子の電位の変化に関与するとの趣旨の記載があるものということができる。

(4)  そして、本件明細書に、図面第2図の例として、増幅器A1及びA2が同一回路構成の演算増幅器であって、ともに図面第3図記載のものと同じ回路構成の出力段(増幅器A1についてはトランジスタQ7~Q10並びに電流源G5及びG6から成る回路構成の出力段、増幅器A2についてはトランジスタQ11~Q14並びに電流源G7及びG8から成る回路構成の出力段)を備え、かつ、それらの出力段は共通の作動電圧源Vpにより駆動されるものが、実質的に開示されていることは前示のとおりである。そうすると、本件明細書の記載上、図面第2図記載の回路についても、共通の作動電圧源Vpによる駆動によって、トランジスタQ7~Q10並びに電流源G5及びG6から成る回路(出力段)、並びにトランジスタQ11~Q14並びに電流源G7及びG8から成る回路(出力段)において、前示図面第3図の回路におけると同様に電流路が形成され、その電流が負荷6の両端子の電位の変化に関与するものと理解することができる。この場合に、増幅器A2の両入力端子(端子24、端子E)と出力端子(端子28)との短絡及び端子28の接地により、上記各電流路内及び各電流路間の結線関係に変更を来すことはないから、上記短絡及び接地によって、負荷6を通る電流路の形成とその電流の負荷6の両端子の電位の変化への関与という増幅器A2の動作が影響を受けることはないものと認めることができる。

したがって、本件明細書には、図面第2図記載の回路につき、増幅器A1と増幅器A2とを共通の作動電圧源Vpで駆動することにより、増幅器A2の両入力端子(端子24、端子E)と出力端子(端子28)との短絡及び端子28の接地にかかわらず、増幅器A2が、負荷6を通る電流路を形成し、負荷6の両端子の電位の変化に関与すること、すなわち、本願発明の補償手段8の補償作用に当たる余地のある動作が記載されていることにほかならない。また、本件明細書(甲第2号証)の「図5に示される回路は図2の回路にほぼ対応し、回路の同一部分については説明しないものとする。図5の回路が図2の回路と相違する点は、負荷6および基準端子28問にさらに抵抗器R12が介在し、増幅器A1の反転入力への帰還経路が負荷6および抵抗器R12間の接続点44に接続されることにある。」(7頁左上欄7行目~10行目)との記載によれば、同様のことは、図面第5図記載の回路についても妥当するものと理解することができる。

(5)  被告は、図面第2図及び第5図記載の各回路につき、端子28を接地することが、電圧歪み成分(v3)を強制的に零にすること(v3=0)であるから、電圧歪み成分(v1+v2)が残存する旨主張する。しかしながら、電圧歪み成分(v3)は、VL+v1+v2+v3で表される負荷電圧の1成分であり、したがって、負荷6の両側端子である端子28と端子26の各電位間の電位差の1成分であるのに対し、端子28を接地することは、端子28の電位を接地電位(零電位)とすることにはなり得ても、上記端子28と端子26の各電位間の電位差の1成分である電圧歪み成分(v3)を零とすることには当然にはならないから、被告の上記主張は、その前提に誤りがあるというべきである。

また、被告は、図面第2図及び第5図記載の各回路につき、増幅器A2の両入力端子(端子24、端子E)と出力端子(端子28)との短絡により、増幅器A2が電圧源2の端子14から端子16までの電流路内に存在しなくなって、補償手段8が補償手段としての機能を果たすことができなくなる旨主張するが、上記短絡により、増幅器A2が電圧源2の端子14から端子16までの電流路(端子14-端子22-増幅器A1-端子26-負荷6-端子28-端子24-端子16)内に存在しなくなるとしても、本件明細書の記載上、作動電圧源Vpの導線39から、増幅器A1、増幅器A2及び負荷6を経て導線39′に至る電流路が形成され、補償作用を奏し得る余地があることは前示のとおりであるから、被告のこの主張も失当である。

(6)  そうすると、増幅器A1と増幅器A2とを共通の作動電圧源Vpで駆動するものであることが表示されている図面第2図及び第5図記載の各回路について、所期の動作が行われないとして、発明の詳細な説明の記載不備があるとするためには、増幅器A1と増幅器A2とを共通の作動電圧源Vpで駆動することの技術的意義につき、本件明細書の前示各記載に応じた検討を経ることが必要であるといわなければならない。ところが、審決は、このような検討を経ることなく、同各回路において、端子24と端子28が短絡されて、ともに接地電位とされ、かつ、端子28と端子Eが短絡されて、ともに接地電位とされていることから、直ちに同各回路において所期の動作が行われるとは認められないと認定したものであるから、同各回路の動作の認定に誤りがあるといわざるを得ず、かつ、その誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

被告は、通常の動作において、演算増幅器の作動電圧源が直接的な影響を及ぼすものではなく、原告の主張は当業者の技術常識に基づくものではない旨、また、演算増幅器A2は複雑な差動増幅器であって、単純に抵抗で置き換えることのできる性質のものではない旨主張するが、これらの点は、上記の増幅器A1と増幅器A2とを共通の作動電圧源Vpで駆動することの技術的意義についての検討の過程において、必要に応じ、採り上げるべき問題である。

2  以上のとおり、原告の主張する取消事由1は理由があるから、その余の点につき判断するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。

よって、原告の請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 石原直樹 裁判官 長沢幸男)

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