大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成11年(行ケ)254号 判決 2000年1月27日

原告

ポログランドジャパン株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

被告

ザ ポロ/ローレン カンパニー リミテッド パートナーシップ

代表者

【C】

訴訟代理人弁理士

【D】

【E】

【F】

主文

特許庁が平成9年審判第8720号事件について平成11年6月11日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、別添審決書の理由の写しに添付された別紙(1)「本件商標」に表示のとおりの構成からなり、第17類「被服、その他本類に属する商品」を指定商品とする登録第2718785号商標(平成4年1月14日出願、同5年10月20日出願公告、同8年12月25日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。

被告は、平成9年5月27日、原告を被請求人として、本件商標の登録無効の審判請求をした。特許庁は、これを平成9年審判第8720号事件として審理した結果、平成11年6月11日、「登録第2718785号商標の登録を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。」との審決をし、平成11年7月7日、原告にその謄本を送達した。

2  審決の理由

別添審決書の理由の写しのとおり

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、1(本件商標)、2(請求人の引用する商標)、3(請求人の主張)、4(被請求人の主張)は認め、5(当審の判断)は争う。

審決は、手続違背に基づくものであり(取消事由1)、また、本件商標の認定を誤り(取消事由2)、さらに、本件商標をその指定商品に使用した場合、【G】又は同人と組織的・経済的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように誤解され、出所の混同を生ずるおそれがあると誤った判断をし(取消事由3)、その結果、本件商標は、商標法4条1項15号に違反して登録されたものであるとの誤った結論に至ったものであって、上記手続違背ないし認定判断の誤りは、審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、取り消されるべきである。

1  取消事由1(審判手続の違法)

(1)  審決が、その結論を導くために引用した証拠のうち、昭和53年7月20日株式会社講談社発行の「男の一流品大図鑑」(甲第号16証(審決の甲第9号証)。乙第1号証も同じ)を除く12の刊行物、すなわち、昭和58年9月28日サンケイマーケティング発行の「舶来ブランド事典 '84ザ・ブランド」(乙第2号証)、昭和55年4月15日株式会社洋品界発行の「海外ファッション・ブランド総覧」1980年版(乙第3号証)、昭和59年9月25日ボイス情報株式会社発行の「ライセンス・ビジネスの多角的戦略'85」(乙第4号証)、昭和63年10月29日付け日経流通新聞(乙第5号証)、1971年(昭和46年)7月10日株式会社スタイル社発行の「dansen男子専科No.108<JULY>」(乙第6号証)、昭和54年5月20日株式会社講談社発行の「世界の一流品大図鑑'79年版」(乙第7号証)、昭和53年9月20日株式会社チャネラー発行の別冊チャネラー「ファッション・ブランド年鑑」80年版(乙第8号証)、昭和55年11月20日株式会社講談社発行の「男の一流品大図鑑'81年版」(乙第9号証)、昭和55年5月25日株式会社講談社発行の「世界の一流品大図鑑'80年版」(乙第10号証)、1980年(昭和55年)婦人画報社発行の「MEN’SCLUB」12月号(乙第11号証)、昭和56年5月25日株式会社講談社発行の「世界の一流品大図鑑'81年版」(乙第12号証)、昭和60年5月25日株式会社講談社発行の「流行ブランド図鑑」(乙第13号証)(以下、乙第2号証~第13号証を「引用刊行物」と総称する。)は、審判官が職権で探知して証拠調べをしたものである。ところが、原告は、本件審判において、上記職権証拠調べの結果の通知を受けておらず、したがって、これにつき意見を申し立てる機会も全く与えられなかった。

このように、審決は、引用刊行物についての職権証拠調べの結果を原告に通知せず、意見を申し立てる機会を与えないままに、本件商標の登録が有効か無効かの判断の根幹に係る事実について、当事者である原告に全く関与させずに一方的に審理を進め、結論を導き出したものであって、手続違背がある。

(2)  被告は、原告は、平成9年10月1日付け審判事件答弁書において、引用商標の著名性ないし周知性を認めていたとし、審判手続における強行規定違背の違法性が阻却されるかのような主張をしている。しかし、原告が上記答弁書において認めたのは、引用商標、すなわち、馬に乗ったポロ競技のプレーヤーの図形の周知性だけであるのに対し、審決は、それ以外の事実をも上記諸証拠に基づいて認定し、その認定を根拠に、本件商標は商標法4条1項15号の規定に該当すると判断したのであるから、原告の主張は、誤りである。

2  取消事由2(本件商標の認定の誤り)

審決は、本件商標につき、馬に乗ったポロプレーヤーを示すものである引用商標と対比しつつ、「両者は、仔細にみれば馬の脚の太さ、騎手の持ち物等において相違するところがあるとしても、上記状態の馬に騎乗した者が棒状の器物を振りかざしている点において構成の軌を一にするものであり、時と所を別にしてみるときは全体の外観において彼此相紛らわしいものといわざるを得ない。」(16頁18行~17頁1行)と認定し、本件商標もまた馬に乗ったポロプレーヤーを示すものであるとしているが、誤りである。

本件商標の構成要素である馬は、競走馬や通常の乗馬クラブなどで使うスマートな馬ではなく、脚が太い農耕馬又は駄馬として描かれているものであり、また、騎乗している人が担いでいるのは、ポロ競技で使うような細くて長いスマートなマレットではなく、太くて短い、いわば不恰好な農具であり、しかも、振りかざしているのではなく、人が肩に担いているのであるから、本件商標は、ポロ競技とは無縁の存在である。

3  取消事由3(混同のおそれについての判断の誤り)

審決は、本件商標を被服等の商品に使用した場合、取引者・需要者はその商品が【G】 又はその関係者の業務に係る商品であるかのように誤解し出所の混同を生ずるおそれがある(審決17頁7行~14行参照)と判断している。

しかし、本件商標がポロ競技とは無縁のものであることは前示のとおりであるから、本件商標をみた人がポロに関することを連想することはない。すなわち、ポロ愛好家は、ポロ競技のことをよく知っているから、本件商標がポロ競技の図柄であると誤解することなどあり得ず、他方、ポロ競技に無縁な素人、幼児の類は、例えば引用商標であろうが本件商標であろうが、それを見てポロに関することを想起することはないから、この場合も出所の混同を生じる事態は起こらない。したがって、審決の上記判断は、誤っている。

なお、審決は、「本件商標の指定商品の分野においては、例えば、被服について商標を胸部のワンポイントマークとして表示したり、襟首部分又は下げ札に小さく表示する慣行があることからすれば、商標が常に鮮明に表示されるとは限らず、かかる場合にあっては本件商標と引用商標の相違点は直ちには判別し難いほどのものといえる。」(17頁1行~6行)としている。しかし、商標間に相違があれば、商標の表出態様が小さくなっても、相違は確実に保存されるはずであるから、上記審決の判断は、不当に登録商標の範囲を拡張するものであって許されないものである。

第4被告の反論の要点

審決の認定判断は、いずれも正当であり、取り消されるべき理由はない。

1  取消事由1(審判手続の違法)について

原告主張の引用刊行物のうち、昭和63年10月29日付日経流通新聞(乙第5号証)、「世界の一流品大図鑑'81年版」(乙第12号証)は、被告が本件審判において提出した証拠であって、原告は、当然に知り得たはずである。

原告は、審判の段階において、引用商標の著名性ないし周知性を認めていたのであるから、特許庁が行った職権証拠調べは確認的なものにすぎないのであり、原告にその職権証拠調べの結果を通知せず、意見申立ての機会を与えなかったとしても、引用商標の周知性の認定の結果に影響を及ぼさない。

すなわち、原告は、平成9年10月1日付審判事件答弁書において、「甲第9号証、甲第10号証及び甲第11号証は、いずれもポロプレーヤーマークが著名性を証する証拠として提出している。審判請求人の主張のように、引用商標が、その指定商品について永年使用し、本件の登録出願前より請求人の業務に係る商品を表示するものとして周知著名であることを認めるが」(乙第20号証5頁19行~22行)と記述しており、引用商標の著名性ないし周知性を認めていたのである。確かに、審判において職権証拠調べが行われた場合に要求される手続のみをとらえるなら、形式的にはその手続が行われていないといい得るが、本件審判における職権証拠調べは、被告が主張立証した引用商標の著名性について原告も既に認めているところであり、事案の公共性に鑑み、その事実について、さらに確認的な調査を職権によって行ったものであって、原告にその結果を通知せず、陳述の機会を与えなかったとしても、引用商標の周知性の認定の結果に影響を及ぼさないことが明らかであり、綿密かつ公正な職権調査がなされたものである。手続違背の違法があるとの原告の主張は、理由がない。

2  取消事由2(本件商標の認定の誤り)について

原告は、本件商標はポロ競技と無縁であると主張する。

しかしながら、本件商標の構成は、審決が16頁10行ないし13行において認定しているとおりである。原告主張の農耕馬という馬の品種は存在せず、そのような抽象的概念で特定することのできない馬の形状の特徴を特定できるものではない。

騎乗している人が振り上げているものも、農具と特定できる何らかの特徴も有しておらず、また、肩とおぼしき箇所から離れ、かつ顔面の中間から後方に向かって直線的に表わされているところから、これはそのものを担いでいるのではなく振りかざしている状態を表わしたというべき描出である。しかも、これらは、黒のシルエットで表わされているのであるから、需要者において原告主張のような特徴を認識し得るものではない。

したがって、原告の上記主張は、誤っている。

3  取消事由3(混同のおそれについての判断の誤り)について

本件商標がポロ競技と無縁であるとの原告主張が成り立たないことは上述のとおりであるから、原告の主張は、理由がない。

なお、原告は、商標間に相違があれば、商標の表出態様が小さくなっても、相違は確実に保存されるはずであると主張するが、事実に反する。取引の実情をみれば、本件商標の指定商品である被服類においては、商標がワンポイントマークとして、スポーツシャツやベスト、ズボン、靴下等に刺繍されており、また襟マークといわれる襟首部分の刺繍マークや商品の下げ札に表示される商標は小さく表わされているのが一般であり、そこで表示されている商標は、登録商標に比し、不鮮明であったり、注意して見ないと良く見えなかったりすることがあるのが実態である。原告の主張は、失当である。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(審判手続の違法)について

(1)  商標法56条において準用する特許法150条1項は、「審判に関しては、当事者若しくは参加人の申立により又は職権で、証拠調をすることができる。」と、同条5項は、「審判長は、第1項又は第2項の規定により職権で証拠調又は証拠保全をしたときは、その結果を当事者及び参加人に通知し、相当の期間を指定して、意見を申し立てる機会を与えなければならない。」と規定しているから、特許庁は、審判手続において、職権で証拠調べをすることができるが、その場合、必ず、その結果を当事者等に通知して意見を申し立てる機会を与えなければならない。

弁論の全趣旨によれば、特許庁は、本件の審判手続において、引用刊行物のうち乙第2号証ないし第4号証、乙第6号証ないし第11号証について職権により証拠調べをしながら、審判長は、その結果を当事者である原告に通知して意見を申し立てる機会を与えなかったことが認められる。

審決が、引用商標の周知性のみならず、これを含む引用使用商標の周知性など、他の事実をも認定し、この認定を根拠に、本件商標が商標法4条1項15号(審決は、同法4条1項10号は問題にしていない。)に該当するとの結論を導いたものであることは、審決の理由自体で明らかである。そしてまた、審決が上記認定を行うに当たって、引用刊行物のうち乙第2号証ないし第4号証、乙第6号証ないし第11号証が、証拠として必要不可欠であったことも、審決の理由自体で明らかである。

そうすると、本件審判手続には瑕疵があり、その瑕疵は、審判の結果である審決の結論に一般的にみて影響を及ぼすものであったものというべきである。このような場合には、審決の結論に影響を及ぼさないことが明らかであると認めさせる特別の事情がない限り、審決取消事由となるものと解すべきである(最高裁判所第1小法廷昭和51年5月6日判決判例時報819号35頁参照)。

(2)  そこで、次に、上記特別の事情の有無について検討する。

まず、審決が、その結論を導くために引用した証拠のうちから、乙第2号証ないし第4号証、乙第6号証ないし第11号証を除いた証拠、すなわち、昭和53年7月20日株式会社講談社発行の「男の一流品大図鑑」(甲第16号証)、昭和63年10月29日付け日経流通新聞(乙第5号証)、昭和56年5月25日株式会社講談社発行の「世界の一流品大図鑑'81年版」(乙第12号証)によれば、「アメリカ合衆国在住のデザイナーである【G】は1967年に幅広ネクタイをデザインして注目され、翌1968年にポロ・ファッションズ社(以下「ポロ社」という。)を設立、ネクタイ、シャツ、セーター、靴、カバンなどのデザインをはじめ、トータルな展開を図ってきた。1971年には婦人服デザインにも進出し、「コティ賞」を1970年と1973年の2回受賞したのをはじめ、数々の賞を受賞した。1974年に映画「華麗なるギャッツビー」の主演俳優【H】の衣装デザインを担当したことから、アメリカを代表するデザイナーとしての地位を確立した。」(審決書13頁20行~14頁8行)との事実、「我が国においては西武百貨店が昭和51年にポロ社から使用許諾を受け同52年から【G】のデザインに係る紳士服、紳上靴、サングラス等の、同53年から婦人服の輸入、製造、販売を開始した」(審決書14頁20行~15頁2行)との事実、メガネについて「POL0」、「ポロ」、「Polo」、「ポロ(アメリカ)」、「ポロ/【G】(アメリカ)」等の表題の下に紹介されているとの事実(審決書15頁13行~18行参照)は、認め得るものの、審決認定の事実のうち、【G】のデザインに係る上記認定の商品以外の商品に引用使用商標ないし引用商標が用いられていたかどうか、引用使用商標ないし引用商標が「ポロ」の略称で呼ばれていたかどうかなどの事実は、上記証拠からは明らかではない。審決は、上記証拠のほか、乙第2号証ないし第4号証、乙第6号証ないし第11号証についての職権証拠調べをすることによって、【G】のデザインに係る一群の商品に引用使用商標ないし引用商標が用いられていたこと、引用使用商標ないし引用商標が「ポロ」の略称でも呼ばれていたこと、それらがいつのことであったか等を認定し、これを前提に、本件商標が商標法4条1項15号に該当するかどうかを検討し、該当するとの結論に達したことは、審決の記載自体で明らかである。

そうすると、審決が、乙第2号証ないし第4号証、乙第6号証ないし第11号証がなくとも、上記結論に達したとすることはできなかったことになるから、上記証拠の有無が審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。

その他、本件の全資料によっても前記特別の事情に該当する事実を認めることはできない。

(3)  被告は、原告が、審判手続中、平成9年10月1日付け審判事件答弁書において「甲第9号証、甲第10号証及び甲第11号証は、いずれもポロプレーヤーマークが著名性を証する証拠として提出している。審判請求人の主張のように、引用商標が、その指定商品について永年使用し、本件の登録出願前より請求人の業務に係る商品を表示するものとして周知著名であることを認めるが」と記述していることを根拠に、原告は引用商標の著名性を認めているから、特許庁が行った職権証拠調べは確認的なものであり、原告にその結果を通知せず、陳述の機会を与えなかったとしても、引用商標の周知性の認定の結果に影響を及ぼさない旨主張する。

しかしながら、前示のとおり、審決は、本件商標につき、周知の他人の商標との同一性又は類似性を要件とする商標法4条1項10号に該当するか否かを問題にすることなく、甲第16号証、乙第5号証、第12号証のほか、乙第2号証ないし第4号証、乙第6号証ないし第11号証についての職権証拠調べをすることによって引用商標の周知性以外の事実をも認定したうえ、他人の業務に該当する商品又は役務との混同のおそれを要件とする同法4条1項15号に該当するか否かを検討したものであり、原告が、上記答弁書で認めていたのは「引用商標が、その指定商品について永年使用し、本件の登録出願前より請求人の業務に係る商品を表示するものとして周知著名であること」のみであって、審決の認定した上記事実の一部を認めていただけである。

被告の主張は採用できない。

2  そうすると、審決の取消しを求める原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由があることが明らかである。そこで、これを認容することとし、訴訟費用の負担、上告及び上告受理の申立てのための付加期間についてについて行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例