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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)257号 判決 2000年3月21日

原告 株式会社デンソー

代表者代表取締役 A

訴訟代理人弁理士 B

同 C

被告 特許庁長官 D

指定代理人 E

同 F

同 G

同 H

主文

1  特許庁が平成10年異議第71753号事件について平成11年6月24日にした決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1原告が求める裁判

主文と同旨の判決

第2原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「板状セラミックヒータ及びその製造方法」とする特許第2663935号発明(平成8年4月23日特許出願(昭和59年7月16日出願の昭和59年特許願第147381号からの分割)、平成9年6月20日特許権設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。

本件発明の特許に対して特許異議の申立てがなされたので、特許庁はこれを平成10年異議第71753号事件として審理した。この間、原告は、平成10年9月22日に願書添付明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。

特許庁は、平成11年6月24日に「特許第2663935号の特許を取り消す。」との決定をし、平成11年7月15日にその謄本を原告に送達した。

2  本件発明の特許請求の範囲(別紙図面参照)

(1)願書添付明細書(以下「当初明細書」という。)記載の特許請求の範囲

耐熱電気絶縁性のセラミック粉末を材料として構成された板状の第1セラミック基体と、

少なくとも前記第1のセラミック基体を構成するセラミック材料と同じセラミック材料の粉末及び前記導電性材料の粉末を混合した材料を、前記第1のセラミック基体の表面に折曲した線状のパターンをもって部分的に形成してなる導電性発熱層と、

前記導電性発熱層の前記パターンを全て覆うように、前記第1のセラミック基体上に積層され、該第1のセラミック基体を構成するセラミック材料と同じセラミック材料によって構成された板状の第2のセラミック基体とを具備し、前記第1のセラミック基体は、前記導電性発熱層が形成されていない部分を介して前記第2のセラミック基体に接触しており、

前記第1のセラミック基体、前記導電性発熱層、及び前記第2のセラミック基体が、焼結により一体化して構成されることによって、

板状の前記第1のセラミック基体と、板状の前記第2のセラミック基体との間には、実質的に前記導電性発熱層のみが介在されていることを特徴とする、板状セラミックヒータ。

(2)本件訂正後の特許請求の範囲

耐熱電気絶縁性のセラミック粉末を材料として構成された板状の第1セラミック基体と、

少なくとも前記第1のセラミック基体を構成するセラミック材料と同じセラミック材料の粉末及び導電性材料の粉末を混合した材料を、前記第1のセラミック基体の表面に折曲した線状のパターンをもって部分的に形成してなる導電性発熱層と、

前記導電性発熱層の前記パターンを全て覆うように、前記第1のセラミック基体上に積層され、該第1のセラミック基体を構成するセラミック材料と同じセラミック材料によって構成された板状の第2のセラミック基体とを具備し、前記第1のセラミック基体は、前記導電性発熱層が形成されていない部分を介して前記第2のセラミック基体に接触しており、

前記第1のセラミック基体、前記導電性発熱層、及び前記第2のセラミック基体のみを焼結により一体化して構成されることによって、

板状の前記第1のセラミック基体と、板状の前記第2のセラミック基体との間には、実質的に前記導電性発熱層のみが介在されていることを特徴とする酸素濃度検出装置用板状セラミックヒータ。

3  決定の理由

別紙決定書の理由(一部)写しのとおり

4  決定取消事由

決定は、本件訂正は実質上特許請求の範囲を変更すると誤って判断し、本件発明の技術内容を本件訂正前の特許請求の範囲によって認定した結果、本件発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)本件訂正のうち、特許請求の範囲における「板状セラミックヒータ」を「酸素濃度検出装置用板状セラミックヒータ」とする点(以下「訂正事項A」という。)について、決定は、当初明細書には[発明の属する技術分野]の欄に「板状セラミックヒータ」と記載されているのみで、「酸素濃度検出装置用板状セラミックヒータ」の具体的構成は何ら記載されていないことを理由として、訂正事項Aは実質上特許請求の範囲を変更するものである旨判断している。

しかしながら、訂正事項Aは、当初明細書の[発明の属する技術分野]の欄の「本発明は、例えば酸素濃度検出装置を構成する固体電解質素子のようなセンサ類の検出部分を所定温度状態に設定する等のように、特定される箇所の加熱制御のために利用される板状セラミックヒータ及びその製造方法に関する。」(特許公報1頁右欄11行ないし15行)との記載に基づくものである。そして、訂正事項Aが、発明の対象をより下位概念に限定することによって特許請求の範囲を減縮するものであることはいうまでもないから、決定の上記判断は誤りである。

(2)本件訂正のうち、特許請求の範囲における「前記第1のセラミック基体、前記導電性発熱層、及び前記第2のセラミック基体が、焼結により一体化して構成される」を「前記第1のセラミック基体、前記導電性発熱層、及び前記第2のセラミック基体のみを焼結により一体化して構成される」とする点(以下「訂正事項B」という。)について、決定は、訂正事項Bは当初明細書には何も記載されていない旨判断している。

しかしながら、訂正事項Bは、当初明細書の[発明の実施の形態]の欄の「第1及び第2のセラミック基体11及び13は加圧圧着によって、実質的に導電性発熱層12のみを間に挟んだ状態で第1のセラミック基体11の内、該発熱層12が形成されていない部分を介して一体に接着する。そして、このサンドイッチ状に接着設定された第1及び第2のセラミック基体11及び13は、大気雰囲気中において1600℃の温度で焼成し、一体に焼結される。」(特許公報3頁左欄45行ないし右欄2行)、「図5は、この第1及び第2のセラミック基体11及び13が一体に焼結された状態を示している」(特許公報3頁右欄9行、10行)の記載及び図4、図5に基づくものであるから、決定の上記判断も誤りである。

この点について、被告は、本件発明の特許出願当時セラミックヒータと「センサ類の検出部分」は一体で焼結することが通例であった旨主張する。しかしながら、焼結が1600℃程度で行われることに鑑みれば、被告の上記主張が正しくないことは明らかである。

第3被告の主張

原告の主張1ないし3は認めるが、4(決定取消事由)は争う。決定の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  訂正事項Aについて

原告は、訂正事項Aは、特許公報1頁右欄11行ないし15行の記載に基づくものであって、特許請求の範囲を減縮するものである旨主張する。

しかしながら、原告が援用する当初明細書の記載は漠然としたものであって、要するに本件発明の対象が特定箇所の温度制御に利用される板状セラミックヒータであることをいうものにすぎず、その利用分野ないし利用形態を具体的に明らかにするものではないから、当初明細書には本件発明の対象である板状セラミックヒータが「酸素濃度検出装置用」であることの明確な記載があるということはできない。そして、当初明細書において「酸素濃度検出装置用」の用語はこの箇所に現れるのみであって、板状セラミックヒータを酸素濃度検出装置に適用するためにどのような構成を採用すべきかに関する記載は全く存在しないから、訂正事項Aは実質上特許請求の範囲を変更するとした決定の判断に誤りはない。

2  訂正事項Bについて

原告は、訂正事項Bは特許公報3頁左欄45行ないし右欄2行、3頁右欄9行、10行の記載及び図4、図5に基づくものである旨主張する。

訂正事項Bは、要するに、セラミックヒータと「固体電解質素子のようなセンサ類の検出部分」(特許公報1頁右欄12行、13行参照)とを、別途に焼結することを意味するものである。

しかしながら、当初明細書には、上記のほかに「センサ類の検出部分」に関する記載がなく、したがって、セラミックヒータを「センサ類の検出部分」と別途に焼結することも記載されていない。そして、本件発明の特許出願当時、セラミックヒータと「センサ類の検出部分」は一体で焼結することが通例であったことに鑑みれば、訂正事項Bは、特許請求の範囲を実質上変更するものといわざるを得ない。

理由

第1原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の特許請求の範囲)及び3(決定の理由)は、被告も認めるところである。

第2甲第2号証(特許公報)によれば、本件発明の概要は次のとおりと認められる(別紙図面参照)。

1  技術的課題(目的)

本件発明は、特定箇所の加熱制御のために利用される板状セラミックヒータに関するものである(1頁右欄11行ないし15行)。

セラミックヒータは、型内に詰め込んだ絶縁性セラミック材料の上に、絶縁性セラミック材料を含む導電性材料(導電性発熱層)を薄く充填し、さらにその上に絶縁性セラミック材料を充填した後、加圧焼結したものであるが(2頁左欄9行ないし14行)、板状セラミックヒータには、厚み方向に絶縁性セラミック材料と導電性セラミック材料が存在する等の理由によって歪みが生じやすく、導電性発熱層とセラミック基体が剥離してしまう問題点がある(2頁左欄33行ないし4欄3行)。

本件発明の目的は、従来技術の上記問題点を解消した板状セラミックヒータを創案することである。

2  構成

上記の目的を達成するために、本件発明は、その特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(1頁左欄2行ないし右欄8行)。

3  作用効果

本件発明によれば、信頼性が高く寿命の長い板状セラミックヒータを得ることが可能である(3頁右欄49行、50行)。

第3以上を前提として、原告主張の決定取消事由の当否を検討する。

1  訂正事項Aの許否について

決定が、訂正事項Aは実質上特許請求の範囲を変更するものである旨判断したのに対して、原告は、訂正事項Aは当初明細書の記載に基づいて特許請求の範囲の減縮を目的とするものである旨主張する。

前掲甲第2号証によれば、本件発明の特許公報には「本発明は、例えば酸素濃度検出装置を構成する固体電解質素子のようなセンサ類の検出部分を所定温度状態に設定する等のように、特定される箇所の加熱制御のために利用される板状セラミックヒータ及びその製造方法に関する。」(1頁右欄11行ないし15行)と記載されていることが認められる。この記載は、本件発明が対象とする板状セラミックヒータは「特定される箇所の加熱制御のために利用される」ものであって、その一例として「酸素濃度検出装置を構成する固体電解質素子のようなセンサ類の検出部分を所定温度状態に設定する」ものがあることを明らかにするものである。したがって、訂正事項Aが、当初明細書の記載に基づいて特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは明らかであるから、これを実質上特許請求の範囲を変更するものであるとした決定の判断は明らかに誤りである。

決定の上記判断は、当初明細書には「酸素濃度検出装置用板状セラミックヒータ」の具体的構成が何ら記載されていないことを理由とするものである(被告も、当審において、ほぼ同様の主張をしている。)。しかし、訂正事項Aは、本件発明が対象とする「板状セラミックヒータ」の用途の限定を企図するものにすぎず、構成の変更を企図するものではないから、決定が説示する上記理由は失当といわざるを得ない。

ただし、訂正事項Aが本件発明の構成の変更を企図するものでない以上、同訂正は許されないとした決定の誤りが、本件発明の進歩性を否定した決定の結論に影響を及ぼすこともない。そこで進んで、訂正事項Bの許否について検討する。

2  訂正事項Bの許否について

決定が、訂正事項Bは当初明細書には何も記載されていない旨判断したのに対して、原告は、訂正事項Bは当初明細書及び図面の記載に基づくものである旨主張する。

前掲甲第2号証によれば、本件発明の特許公報には、セラミックヒータと「センサ類の検出部分」とを一体に焼結するか、別途に焼結するかについて明示するところはないことが明らかである。

一方、同号証によれば、次のような記載と別紙に示すような図面が存在することが認められる(なお、図5の「12」は「13」の誤記と考えられる。)。

a  「第1及び第2のセラミック基体11及び13は加圧圧着によって、実質的に導電性発熱層12のみを間に挟んだ状態で第1のセラミック基体11の内、該発熱層12が形成されていない部分を介して一体に接着する。そして、このサンドイッチ状に接着設定された第1及び第2のセラミック基体11及び13は、大気雰囲気中において1600℃の温度で焼成し、一体に焼結される。」(3頁左欄45行ないし右欄2行)

b  「図5は、この第1及び第2のセラミック基体11及び13が一体に焼結された状態を示しているもので、(中略)このように構成される板状セラミックヒータにあっては、図1に示されているように、導電性発熱層12の中のセラミック材料が第1及び第2のセラミック基体11及び13と焼結一体化する状態となるものであり、互いにかみ合うような状態で強固に接着される状態となる。」(3頁右欄9行ないし18行)

これによれば、当初明細書及び図面には訂正事項Bに沿うものとみることも可能な記載が存在することが明らかである。そうである以上、訂正事項Bは、当初明細書及び図面に含まれていた広い範囲の中の一部のみに着目し、これを明示したものとみるべきであり、かつ、同訂正は特許請求の範囲の減縮を目的とするものといえるから、訂正事項Bは許されないとした決定の判断は誤りといわざるを得ない。

この点について、被告は、本件発明の特許出願当時セラミックヒータと「センサ類の検出部分」は一体で焼結することが通例であったから、訂正事項Bは特許請求の範囲を実質上変更するものである旨主張する。

甲第4号証(昭和58年特許出願公開第198754号)及び甲第5号証

(昭和56年特許出願公開第94258号)によれば、前者の3頁右下欄あるいは後者の5頁左下欄にはセラミックヒータと「センサ類の検出部分」を一体で焼結することが記載されていると認められるから、そのような工程が本件発明の特許出願当時存在していたものと推測することはできるが、その工程が当時の技術常識であって反対の旨が明示されない限りそのようなものとして理解すべき状況にあったことまでは、本件全証拠によっても認めることができない。被告の主張は採用できない。

そして、訂正事項Bは、訂正事項Aと異なり、本件発明の構成自体の変更をもたらすものであるから、これの拒否についての決定の誤りが、本件発明の進歩性についての決定の決論に影響することは明らかである。

第4以上のとおりであるから、本件訂正は認められないとして本件発明の技術内容を当初明細書記載の特許請求の範囲に基づいて認定し、本件発明の進歩性を否定した決定の判断は誤りである。

よって、決定の取消しを求める原告の請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官  山下和明 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

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