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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)262号 判決 2000年7月10日

原告

カルドン,インコーポレイテッド

代表者

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

【D】

被告

特許庁長官【E】

指定代理人

【F】

【G】

【H】

【I】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成8年審判第11413号事件について、平成11年3月12日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1992年10月6日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、平成5年10月5日、名称を「管内流体の流量測定装置及び方法」とする発明につき特許出願をした(特願平5-249228号)が、平成8年3月27日に拒絶査定を受けたので、同年7月8日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成8年審判第11413号として審理したうえ、平成11年3月12日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年4月14日原告に送達された。

2  本願明細書の特許請求の範囲の請求項4に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨

管の外側に固定され、音響エネルギーのパルスを管壁と液体を通るほぼ斜め方向の経路に供給する手段;管の外側に配備され、液体と管壁を通る音響エネルギーのパルスを管の径方向の経路に供給する手段;及び斜め方向の供給手段及び径方向の供給手段と通じており、斜め方向の供給手段の音響エネルギーと径方向の供給手段の音響エネルギーに基づいて、管の液体の流量を決定する手段;を備えている管内の液体の流量測定装置。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開昭58-171625号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例の記載を摘記した部分の認定(審決書3頁7行~4頁12行)、相違点の認定及び判断(同7頁1行~14行)は認める。

審決は、引用例に開示された技術事項を誤認して、本願発明と引用例発明との一致点の認定を誤る(取消事由1)とともに、本願発明の有する顕著な作用効果を看過した(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)

審決は、引用例には、「『第1及び第2の超音波送受波器の出力に基づき管路の流体の流量を計測する流量計』が記載されている。」(審決書4頁末行~5頁2行)と認定するが、誤りである。そして、この認定に基づいて、本願発明と引用例発明は、「『斜め方向の供給手段及び径方向の供給手段と通じており、斜め方向の供給手段の音響エネルギーと径方向の供給手段の音響エネルギーに基づいて、管の流体の流量を決定する手段;を備えている管内の流体の流量測定装置。』である点で一致」(同6頁13行~18行)するとした審決の認定も誤りである。

(一)  引用例発明は、「第2の超音波送受波器の出力に基づいて、第1の超音波送受波器の出力を補正して、第1の超音波送受波器の出力の零点補正を行うゼロ点補正回路を具備したことを特徴とする」(甲第9号証、引用例発明の特許請求の範囲)ものであり、第1及び第2の超音波送受波器の出力に基づいて流量を計測するものではない。すなわち、管路に対して直角方向に対向配置される「第2の超音波送受波器」の出力は、管路に対して斜めに対向配置される「第1の超音波送受波器」の出力に対し、その零点を補正するために役立っているが、第2の超音波送受波器の出力自体は流量計測の手段ではない。これに対し、本願発明は「斜め方向の供給手段の音響エネルギーと径方向の供給手段の音響エネルギーに基づいて、管の液体の流量を決定する手段」を備えるものであり、この点において引用例発明と相違するものである。

(二)  詳説すると、引用例の記載(甲第11号証の明細書A、B、Cの記載)によると、引用例発明においては、①第1の送受波器からの信号P1の処理によって得られる信号S7単独で流量測定が行われること、②第1及び第2の送受波器が同時に流量測定のために働くことはなく、第1の送受波器の信号によって流量測定しているときは第2の送受波器の信号は無視されており、他方、第2の送受波器の信号が処理されているときは、第1の送受波器の信号は固定されており流量測定は行っていないこと、③ケーブルが正しく設置され、送信側と受信側のケーブル特性がそろっている限り、零点補正作用は起こらず、第2の送受波器の信号は流量測定値に関与しないことが示されており、本願発明において、斜め方向の供給手段と径方向の供給手段の両方に基づいて流量が決定されていることとは本質的な違いがある。

(三)  これに対し、被告は、引用例発明においても、第1の超音波送受波器の出力と第2の超音波送受波器の出力は流量を求めるために必要不可欠な計測値になっている旨主張するが、測定条件を整える準備作業の一環として行われる零点補正と、物理量を測定することは全く異なったことである。このことは、仮に、引用例発明において流量(流速)が2倍に増えても、径方向の第2の送受波器から得られる出力信号は変化せず元のままであることからも明らかである。

2  取消事由2(顕著な作用効果の看過)

管が屈曲、分岐、合流している場合、管の内部に渦流を生じ、管の半径方向の流れ(横速度)を考慮に入れる必要があるところ、本願発明において、「径方向の供給手段」を設けたのは、管内部で様々な流れがあっても正しく流量の測定ができるようにするためである。すなわち、本願発明では、本願明細書(甲第2号証)【0015】に記載の式(1)「Q=(π・ID・PF・Cf2/8・tanφf)・(Δtd-Δtc)」により、流量計算は管のプロフィルファクターPFを適用することによって、様々な状況下にある管に対しても、高い精度で流量計測を行い得るが、引用例発明では直管以外では高い精度は期待できない。

本願発明はこのような顕著な作用効果を奏するものであり、審決はこの点を看過している。

第4被告の反論の要点

審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

本願発明は、その流量決定手段を「斜め方向の供給手段の音響エネルギーと径方向の供給手段の音響エネルギーに基づいて、管の液体の流量を決定する手段」と構成するものであり、2つの供給手段による2つの音響エネルギーに基づいて流量を決定していることが認識できるだけである。その前提に立ったうえで、引用例の記載事項について検討すると、引用例の実施例においては、「変換器4」には「第1の超音波送受波器3a、3b」の出力と「第2の超音波送受波器7a、7b」の出力とが入力され、「変換器4」内で零点補正を行い、その結果、「信号S7」として流量の信号が出されるものであるから、引用例においても、「第1の超音波送受波器3a、3b」の出力と「第2の超音波送受波器7a、7b」の出力は、流量を求めるために必要不可欠な計測値になっている。したがって、引用例には「第1及び第2の超音波送受波器の出力に基づき管路の流体の流量を計測する流量計」が記載されているとした審決の認定に誤りはない。

そして、引用例の「第1及び第2の超音波送受波器の出力に基づき管路の流体の流量を計測する」との記載は、第1の超音波送受波器の出力である超音波という音響エネルギーと第2の超音波送受波器の出力である超音波という音響エネルギーに基づいて流体の流量を決定していることを示すものにほかならないから、これを、本願発明の「斜め方向の供給手段及び径方向の供給手段と通じており、斜め方向の供給手段の音響エネルギーと径方向の供給手段の音響エネルギーに基づいて、管の液体の流量を決定する手段」に相当するものとし、本願発明と引用例発明はこの流量決定手段を備える点において一致するとした審決の認定にも誤りはない。

2  取消事由2(顕著な作用効果の看過)について

本願発明は、「屈曲、分岐、合流」する管に限定するものではなく、また、「プロフィルファクターPF」を適用することを構成要件とするものでもないから、様々な状況下にある管に対しても高い精度で流量計測を行い得るとの原告の主張する効果は、本願発明とは無関係の効果であり、かかる本願発明とは無関係な効果を主張する原告の主張もまた失当である。

そして、本願発明の効果は、引用例記載の流量計から予測可能なものであり、したがって、審決において「本願発明の奏する作用効果は、引用例の記載事項から当業者が予測しうる程度のものである。」(審決書7頁15行~17行)とした審決の判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

本願発明が「斜め方向の供給手段及び径方向の供給手段と通じており、斜め方向の供給手段の音響エネルギーと径方向の供給手段の音響エネルギーに基づいて、管の液体の流量を決定する手段」を備えるものであること、引用例発明が「管路に対して斜めに対向配置された第1の超音波送受波器と、前記管路に対して直角方向に対向配置された第2の超音波送受波器と、この第2の超音波送受波器の出力に基づいて前記第1の超音波送受波器の出力を補正して前記第1の超音波送受波器の出力の零点補正を行うゼロ点補正回路とを具備」することは当事者間に争いがなく、引用例の「第1の超音波送受波器の出力」及び「第2の超音波送受波器の出力」が、それぞれ本願発明の「斜め方向の供給手段の音響エネルギー」及び「径方向の供給手段の音響エネルギー」に相当することは明らかである。

そして、引用例において、零点補正された出力は「第1の超音波送受波器の出力」を「第2の超音波送受波器の出力」に基づいて補正したものであるから、零点補正された出力を得るためには「第1の超音波送受波器の出力」及び「第2の超音波送受波器の出力」の両者が不可欠というべきである。

したがって、引用例には「第1及び第2の超音波送受波器の出力に基づき管路の流体の流量を計測する流量計」が記載されているとした審決の認定に誤りはなく、また、この認定を前提に、「斜め方向の供給手段及び径方向の供給手段と通じており、斜め方向の供給手段の音響エネルギーと径方向の供給手段の音響エネルギーに基づいて、管の液体の流量を決定する手段」を備える点で本願発明と引用例発明は一致するとした審決の認定にも誤りはない。

原告は、零点補正を行うことと物理量を測定することは全く異なったことであると主張するが、零点ずれのない正確な流量を得るために零点補正が必要である以上、零点補正は物理量測定の一部をなすものと解するのが相当であり、また、本願発明の構成が零点補正を行う手段を除外する趣旨と解することもできないから、同主張を採用することはできない。

また、原告が前記第3の1(二)において縷々述べる点も、いずれも採用できない。すなわち、まず、原告は、同①において、引用例発明における流量測定は第1の送受波器からの信号P1の処理によって得られる信号S7単独で行われると主張するが、引用例の実施例において、第2の超音波送受波器の出力(1/T2a-1/T2b)に基づいてオフセット量(零点ずれの補正量)が調整され、流量測定回路10から零点を補正された信号S6が出力され、出力回路13から零点ずれのない流速Vを示す出力信号S7が出力される旨が記載されており(甲第9号証4頁左上欄7行~右上欄10行)、信号S7が第1の超音波送受波器からの信号P1のみによって得られるものでないことは明らかである。次に、原告は、同②において、引用例においては第1及び第2の送受波器が同時に流量測定のために働くことはないと主張するが、本願発明の構成上、斜め方向の供給手段及び径方向の供給手段が同時に流量測定のため働くことは要件とされていないから、上記主張は、審決の一致点の認定を誤りとする論拠となり得ないものである。また、同③において原告が主張するのは、零点補正作用が実際に発動される場面は限られており、それ以外の場合は第2の送受波器の信号は流量測定値に関与しないという点にあると解されるが、零点ずれが発生せず、結果的に零点補正信号が出力されない場合があるとしても、また、それが常態であるとしても、零点ずれが発生していないことは、第2の送受波器の信号により検出されるのであり、零点補正信号が出力されない場合も、第2の送受波器の信号は流量決定過程に関与しているというべきであるから、同主張も採用することはできない。

以上のとおり、「引用例には、『・・・第1及び第2の超音波送受波器の出力に基づき管路の流体の流量を計測する流量計』が記載されている。」(審決書4頁13行~5頁2行)との審決の認定に誤りはなく、この認定に基づく前記一致点の認定にも誤りはないから、取消事由1に係る原告の主張は理由がない。

2  取消事由2(顕著な作用効果の看過)について

審決の本願発明及び引用例発明の一致点の認定には誤りがない以上、審決が挙げた相違点に係る作用効果を除いては、本願発明と引用発明の作用効果に相違がないことは当然である。そして、審決が摘示した相違点は、「本願発明は、『液体』の流量を計測しているのに対して、引用例記載の発明では『被測定流体』の流量を計測する記載はあるが、特に液体の流量を計測する点が記載されていない点」(審決書7頁1行~4行)、すなわち測定の対象の相違である。ところが、原告の主張する顕著な作用効果(屈曲、分岐、合流するなどの様々な状況下にある管における流量計測の精度の高さ)の論拠となっているのは、本願明細書【0015】に記載の(1)式及びプロフィルファクターPFの適用にあると解されるところ、これらは測定対象たる流体の内容いかんと関連する技術ではなく、審決の指摘する上記相違点と技術的関連を有さないことは明らかであるから、本願発明が引用発明よりも高い精度で流量計測を行い得るとは認められないうえ、本願発明は(1)式により流量計算をすることも、プロフィルファクターPFを適用することも何ら要件としていないのであるから、この点の原告の主張は本願発明の要旨に基づかないものというほかない。取消事由2に係る原告の主張も理由がない。

3  以上のとおり、原告の審決取消事由の主張は理由がなく、他に審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立ての付加期間の指定につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 長沢幸男 裁判官 宮坂昌利)

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