東京高等裁判所 平成11年(行ケ)300号 判決 2000年10月23日
原告
【A】
原告
【B】
原告
【C】
原告
【D】
原告
有限会社マスダオプチカル
代表者代表取締役
【E】
原告
有限会社マルモト総業
代表者取締役
【F】
原告
【G】
原告
【H】
原告
【I】
原告
【J】
原告
株式会社松浦眼鏡所
代表者代表取締役
【K】
原告
プラス・ジャック株式会社
代表者代表取締役
【L】
原告
山崎工業株式会社
代表者代表取締役
【M】
原告
有限会社田島プラスチック
代表者代表取締役
【N】
原告
【O】
15名訴訟代理人弁護士
金井和夫
同
金井亨
同弁理士
【P】
被告
株式会社長井
(旧商号)
株式会社長井芯張工業所
代表者代表取締役
【Q】
被告
【R】
両名訴訟代理人弁護士
藤井健夫
同弁理士
【S】
同
【T】
主文
特許庁が平成10年審判第35199号事件について平成11年7月7日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた判決
1 原告ら
主文と同旨
2 被告ら
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告らは、名称を「メガネフレーム用モダンの製造方法」とする特許第2733538号発明(平成元年7月8日出願、平成10年1月9日設定登録、以下、この発明を「本件発明」といい、この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
原告ら外1名は、平成10年5月8日に被告らを被請求人として、本件特許につき無効審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成10年審判第35199号事件として審理した上、平成11年7月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月20日、原告らに送達された。
2 本件発明の要旨
メガネフレームのツル先端に挿着されるモダンの製造方法において、所定のプラスチック製板材又は棒材を切断、切削及び研削等の加工を施してモダン外形形状を製作し、該モダンを加熱して1対の金型から成るキャビティ内にセットし、該金型の開口から加熱した工具を圧入し、圧入後一定時間保持した後、該工具を引き抜き、ツル先端部形状と同一形状の工具により挿着孔を成形することを特徴とするメガネフレーム用モダンの製造方法。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、請求人ら(原告ら外1名)の、①本件発明が、特開昭49-122352号公報(以下「引用例1」といい、そこに記載された発明を「引用例発明」という。)、特公昭50-28181号公報(以下「引用例2」という。)、特公昭40-5907号公報(以下「引用例3」という。)、実公昭40-7342号公報(以下「引用例4」という。)、特開昭59-53810号公報(以下「引用例5」という。)、特開昭50-133851号公報(以下「引用例6」という。)及び実願昭61-37182号公報(以下「引用例7」という。)に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができず、本件特許は同法123条1項2号により無効とすべきであるとの主張(無効理由1)、②本件発明が、本件特許の出願前に日本国内において公然実施された発明であるから、同法29条1項2号の規定に違反して特許を受けたものであり、本件特許は同法123条1項2号により無効とすべきであるとの主張(無効理由2)、③本件発明は未完成であるから、同法29条1項柱書の規定に違反して特許を受けたものであり、本件特許は同法123条1項2号により無効とすべきであるとの主張(無効理由3)、④本件特許が、同法36条4項及び5項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法123条1項4号により無効とすべきであるとの主張(無効理由4)について、いずれも採用することができず、請求人らの主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできないとした。
第3原告ら主張の審決取消事由
審決の理由中、無効理由1についての判断のうちの、本件発明の要旨の認定、引用例1~7の各記載事項の認定(審決書9頁12行目~17頁5行目)並びに本件発明と引用例発明との一致点及び相違点の各認定、無効理由2についての判断のうちの事例1についての認定判断(同23頁15行目~24頁18行目)、無効理由3及び無効理由4についての認定判断(同27頁13行目~29頁9行目)は認める。
審決は、無効理由1についての判断において、相違点についての判断を誤って(取消事由1)、本件発明が、引用例1~7記載の発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないとの誤った結論に至り、また、無効理由2についての判断のうちの事例2についての判断を誤って(取消事由2)、本件発明が、本件特許出願前に、原告有限会社マスダオプチカルにおいて公然実施された発明ではないとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)
(1) 審決の認定した本件発明と引用例発明との相違点(審決書18頁16行目~19頁8行目)は、①本件発明が「所定のプラスチック製板材又は棒材を切断、切削及び研削等の加工を施してモダン外形形状を製作し、該モダンを加熱して1対の金型からなるキャビティ内にセット」(同18頁16行目~末行)するのに対し、引用例発明が「1対の金型のキャビティ内に湯道を通して溶融した樹脂を注入してモダン外形を成形」(同19頁3行目~5行目)する点(以下「相違点①」という。)と、②本件発明が「金型の開口から加熱した工具を圧入し、圧入後一定時間保持した後、該工具を引き抜き、モダンに挿着孔を成形する」(同18頁末行~19頁2行目)のに対し、引用例発明が「注入された溶融樹脂が冷却硬化する前に金型の開口から加熱していない工具を圧入し、金型内の樹脂が冷却硬化した後、工具を引き抜き、モダンに挿着孔を成形する」(同19頁5行目~8行目)点(以下「相違点②」という。)とに分けられる。
そして、審決は、相違点①②につき、「相違点にあげた本件特許発明の構成のうち、1対の金型からなるキャビティ内にセットされる加熱された所定のプラスチック製板材又は棒材を切断、切削及び研削等の加工を施してモダン外形形状としたモダンの構成は、引用例2に記載されている」(同21頁6行目~11行目)ことを認定しながら、「引用例2記載の発明には、キャビティ内の加熱されたモダンに圧入される加熱された芯金を、圧入後一定時間保持した後、引き抜くという技術思想は全くないものであり、引用例1記載の発明における射出成形によるモダンの成形に代えて、引用例2記載の発明の加熱された所定のプラスチック製板材又は棒材を切断、切削及び研削等の加工を施してモダン外形形状としたモダンを1対の金型のキャビティ内にセットするという構成を適用し、前記相違点にあげた本件特許発明の構成のようにすることは当業者が容易になしえるものであるとすることはできないものである。そして、引用例1~7記載の発明をどの様に組み合わせても、本件特許発明の・・・構成にすることは、当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。」(同21頁11行目~22頁10行目)と判断したが、この判断は、以下のとおり誤りである。
(2) まず、相違点①についてみるに、審決の認定するとおり、「1対の金型からなるキャビティ内にセットされる加熱された所定のプラスチック製板材又は棒材を切断、切削及び研削等の加工を施してモダン外形形状としたモダンの構成」(審決書21頁7行目~10行目)、すなわち、相違点①に係る本件発明の構成は、引用例2に記載されているのみならず、引用例5(甲第7号証)に「従来より眼鏡のツルの製造方法としては、・・・2) シューティング加工といわれる方法であるが、あらかじめ樹脂シートをツルの形に切削加工しておき、加熱した芯金を圧力により樹脂シートに差し込む方法・・・などがある。」(1頁左下欄17行目~右下欄15行目)と記載されているとおり、シューティング加工によりプラスチック製モダンを製造する際の周知技術であって、そのことは、審決も認定するところである(審決書19頁12行目~21頁1行)。
そして、本件発明と引用例発明とは、「金型内の加熱されたプラスチック中に、金型の開口から工具を圧入し、圧入後一定時間工具をそのままの状態に保持した後、該工具を引き抜」(同18頁7行目~10行目)く点では一致しており、要は、キャビティ内に加熱されたプラスチックの状態のモダンを作出すればよいのであるから、キャビティ内に射出成形によってモダン外形を作出する引用例発明の構成に代えて、所定のプラスチック製板材又は棒材を切断、切削及び研削等の加工を施してモダン外形形状としたものを加熱し、キャビティにセットして、これを作出する引用例2記載の構成ないしそれを含むシューティング加工の際の周知技術を適用することは、当業者が容易に想到し得るものである。
(3) 次に、相違点②についてみるに、本件明細書(甲第2号証)に、加熱した工具を圧入し、一定時間後に引き抜くことにつき、「工具6は高温加熱されてモダンに圧入されるため、成形された挿着孔3の周辺は可塑化状態にあり、圧入後直ちに工具6を引き抜くならば成形された挿着孔3の形状が変形したり、時には崩れてしまう。したがって一定温度に低下し、成形された挿着孔3が硬化した後でなければ工具6は引き抜かれない。」(4欄36行目~41行目)と記載されているとおり、本件発明において、圧入する工具を加熱するのは、それによってモダンを可塑化し、圧入を容易にするためであるが、引用例2(甲第4号証)に「芯金1をプラスチック・テンプル7へ容易に挿入できるように予め適当な温度に加熱する」(4欄19行目~21行目)と記載されているように、そのような手段は、シューティング加工において周知の技術である。したがって、相違点①につき、キャビティ内にセットするモダン外形を、引用例発明の射出成形したものから、所定のプラスチック製板材又は棒材を切削加工して成形したものに置換することに想到すれば、圧入する工具を加熱することには、おのずと想到し得るものである。
なお、相違点②に係る引用例発明の「金型内の樹脂が冷却硬化した後、工具を引き抜き」との構成は、樹脂が常温にまで冷えて、硬質ないし半硬質状態に硬化した後、工具を引き抜くことを意味するものではない。「引用例1と同様なさしモダン加工による挿着孔を有するモダンの製造方法が記載されている」(審決書21頁3行目~4行目)引用例7(甲第9号証)に、「このインサート金型Ⅰは金型C内のプロピオン酸繊維素樹脂1が180℃まで降温して半流動状態になったときに軸心方向へ打ち込み,110℃の柔軟状態になったとき引き抜かれる。」(4頁6行目~10行目)という記載があるのと同様に、引用例発明においても、金型内の樹脂が「柔軟状態」になる程度まで冷却硬化した後、工具を引き抜くものであると解すべきである。
(4) したがって、相違点①②についての審決の上記判断は誤りである。
2 取消事由2(公然実施についての判断の誤り)
審決は、無効理由2のうちの事例2、すなわち、「株式会社晃梅が販売した、株式会社サンエー製作所製のモダン専用穴明け機を用いて本件無効審判請求事件の請求人である有限会社マスダオプチカルにおいて公然実施された事例」(審決書23頁3行目~7行目)につき、「本件特許の出願前に、『モダン専用穴明け機』という名称の機械が株式会社サンエー製作所で製造販売されていた事実・・・は認めることができるが、穴明きモダンが製作可能な機能を有する『モダン専用穴明け機』という名称の機械を不特定多数の人に販売したという事実だけでは、『モダン専用穴明け機』という名称の機械の取り扱い説明書等が一切なく、本件特許発明(注、本件発明)のモダン製造方法がその機械を用いて実施された事実が証明できないので、本件特許発明が本願出願前に公然と実施された発明とすることができない」(同26頁7行目~末行)と判断した。
しかしながら、特許庁における証人【U】の証言反訳書(甲第21号証)並びに「モダン専用穴明け機」の全体及び構成各部の拡大写真(甲第17号証)によれば、本件発明のモダン製造方法が当該機械を用いて実施されたことを認め得るものである。審決は、株式会社晃梅が平成元年4月に有限会社マスダオプチカルに納入したモダン専用穴明け機に「取り扱い説明書等が一切添付されていなかった事」(審決書25頁9行目~10行目)、「販売元株式会社晃梅の【U】氏は、販売した『モダン専用穴明け機』という名称の機械は、シューティング加工の機械に似た機械であることは理解しているが、この機械の取り扱いについてはよく知らない事」(同頁11行目~15行目)との認定に基づいて、上記の判断をしたものであるが、上記証言反訳書によれば、【U】は、上記「モダン専用穴明け機」の機能や原理が本件発明のものであると理解していたものの、その取扱い技術については、実際に操作できる程度にまで正確に理解していなかったにすぎないこと、眼鏡機械には取扱い説明書が添付されないという慣例があることが認められるのであるから、本件発明のモダン製造方法が上記「モダン専用穴明け機」を用いて実施された証明がないとする審決の判断は誤りであるといわなければならない。
第4被告らの反論
審決の認定・判断は正当であり、原告ら主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)について
(1) 審決の認定した本件発明と引用例発明との相違点に係る本件発明の構成は、一体となって本件発明の主要部を構成するものであるから、原告らが、当該相違点を恣意的に相違点①と相違点②とに分けた上、それぞれに含まれる技術事項を別個独立に論じていること自体が相当ではないが、仮に、そのような方法を採る場合には、相違点①については、相違点②の構成が続くことを、また、相違点②については、相違点①の構成が前提となることを十分意識した上で検討することが必要である。
ところが、原告らは、相違点①についての主張において、本件発明の「モダンを加熱して1対の金型から成るキャビティ内にセット」する構成につき、それに続いて「工具を圧入し、圧入後一定時間保持した後、該工具を引き抜」くことが行われることを全く顧慮せずに、引用例発明と芯金の引抜きを全く予定していない従来のシューティング加工の方法とを比較し、さらに、相違点②についての主張において、本件発明の構成の「工具を圧入し、圧入後一定時間保持した後、該工具を引き抜」くことが、射出成形によるモダンではなく、「プラスチック製板材又は棒材を切断、切削及び研削等の加工を施してモダン外形形状」としたモダンであることに何ら配慮をせず、単純に論じており、いずれも、失当である。
(2) 原告らは、相違点①につき、キャビティ内に加熱されたプラスチックの状態のモダンを作出すればよいのであるから、キャビティ内に射出成形によってモダン外形を作出する引用例発明の構成に代えて、所定のプラスチック製板材又は棒材を切断、切削及び研削等の加工を施してモダン外形形状としたものを加熱し、キャビティにセットして、これを作出する引用例2記載の構成ないしそれを含むシューティング加工の際の周知技術を適用することは、当業者が容易に想到し得るものであると主張する。
しかしながら、引用例2記載の発明を含むシューティング加工においては、モダンに芯金を挿入した状態で、眼鏡のツルとして完成品となるため、挿入した芯金が抜けないようにするための工夫しか考えられていなかったのであり、事実、シューティング加工を施した場合には、芯金に対する樹脂の密着が極めて強いために、いったん挿入した芯金は抜けなかったのである。すなわち、シューティング加工は、モダンに挿入した芯金が抜けることのない安定構造の眼鏡のツルを製造する技術なのであって、審決が認定するとおり、「引用例2記載の発明には、キャビティ内の加熱されたモダンに圧入される加熱された芯金を、圧入後一定時間保持した後、引き抜くという技術思想は全くない」(審決書21頁11行目~14行目)のである。したがって、このように、加熱された芯金を、モダンに圧入して一定時間保持した後、引き抜くという技術思想の全くないシューティング加工の技術を、金型の開口から工具を圧入し、圧入後一定時間工具をそのままの状態に保持した後、該工具を引き抜く構成の引用例発明に適用して本件発明の構成とする動機付けが、そもそも存在しない。
また、本件発明は、「工具を引き抜き、ツル先端部形状と同一形状の工具により挿着孔を成形する」ことを要件とするものであり、キャビティ内にセットするモダンの加熱は、工具の引抜きにより所要の挿着孔を形成できるという観点から、加熱条件が設定されるものである。したがって、芯金を抜くという発想の全くないシューティング加工において、キャビティ内に加熱されたモダンをセットすることが行われるとしても、両者の加熱の技術的意義は全く異なるものであることが明らかである。そうすると、引用例発明の射出成形によってモダン外形を作出する構成に代えて、シューティング加工の際の周知技術である、所定のプラスチック製板材等に切削等の加工を施してモダン外形形状としたものを加熱し、キャビティにセットする構成を適用したからといって、相違点①に係る本件発明の構成が得られるものではない。
したがって、相違点①に関する原告らの主張は誤りである。
(3) 原告らは、相違点②につき、本件発明において、圧入する工具を加熱するのは、それによってモダンを可塑化し、圧入を容易にするためであるとした上で、そのような手段は、シューティング加工において周知の技術であると主張するが、本件発明において圧入する工具を加熱することと、シューティング加工におけるような、モダンに容易に挿入できるように芯金を加熱することとは、加熱の技術的意義が異なるものである。
すなわち、上記のとおり、シューティング加工は、モダンに挿入した芯金が抜けることのない安定構造の眼鏡のツルを製造する技術であって、挿入した芯金を抜くという発想の全くないものであるのに対し、本件発明は、圧入した「工具を引き抜き、ツル先端部形状と同一形状の工具により挿着孔を成形する」ことを、その要件とするものである。そうすると、本件発明における工具の加熱条件は、本件明細書(甲第2号証)に「工具6の加熱温度・・・はモダン1の材質や挿着孔3の大きさ・形状によって左右される条件であって、その都度最適条件を定めなければならない」(4欄43行目~46行目)と記載されているとおり、工具の引抜きにより所要の挿着孔を形成できるという観点から設定されるものであって、それにより、「挿着孔3の内周面は滑らかで、光沢面状となる」(同欄42行目~43行目)との効果を奏するものである。
したがって、相違点②に関する原告らの主張は誤りである。
2 取消事由2(公然実施についての判断の誤り)について
原告らは、証人【U】の証言反訳書(甲第21号証)並びに「モダン専用穴明け機」の全体及び構成各部の拡大写真(甲第17号証)によって、本件発明のモダン製造方法が当該機械を用いて実施されたことを認め得ると主張する。
しかしながら、証人【U】の証言反訳書には、本件発明の構成のうちの「圧入後一定時間保持すること」(すなわち、モダンに圧入した工具を引き抜くタイミング)について、全く言及されていない。また、「モダン専用穴明け機」の全体及び構成各部の拡大写真(甲第17号証)は、平成11年2月25日に撮影されたものであって、当該写真に基づいて、株式会社晃梅が平成元年4月に有限会社マスダオプチカルに納入した当時の「モダン専用穴明け機」の構成を認定することもできない。
したがって、原告らの上記主張は失当である。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)について
(1) 本件発明と引用例発明とが、「本件特許発明(注、本件発明)においては、所定のプラスチック製板材又は棒材を切断、切削及び研削等の加工を施してモダン外形形状を製作し、該モダンを加熱して1対の金型からなるキャビティ内にセットし、該金型の開口から加熱した工具を圧入し、圧入後一定時間保持した後、該工具を引き抜き、モダンに挿着孔を成形するのに対して、引用例1記載の発明(注、引用例発明)においては、1対の金型のキャビティ内に湯道を通して溶融した樹脂を注入してモダン外形を成形し、注入された溶融樹脂が冷却硬化する前に金型の開口から加熱していない工具を圧入し、金型内の樹脂が冷却硬化した後、工具を引き抜き、モダンに挿着孔を成形する点」(審決書18頁16行目~19頁8行目)で異なることは当事者間に争いがない。そして、この相違点は、本件発明の構成の各段階に応じ、原告ら主張のとおり、①本件発明が「所定のプラスチック製板材又は棒材を切断、切削及び研削等の加工を施してモダン外形形状を製作し、該モダンを加熱して1対の金型からなるキャビティ内にセット」するのに対し、引用例発明が「1対の金型のキャビティ内に湯道を通して溶融した樹脂を注入してモダン外形を成形」する相違点(相違点①)と、②本件発明が「金型の開口から加熱した工具を圧入し、圧入後一定時間保持した後、該工具を引き抜き、モダンに挿着孔を成形する」のに対し、引用例発明が「注入された溶融樹脂が冷却硬化する前に金型の開口から加熱していない工具を圧入し、金型内の樹脂が冷却硬化した後、工具を引き抜き、モダンに挿着孔を成形する」相違点(相違点②)とに分けることができ、また、そのように分けて考察することが便宜である。
この点について、被告らは、本件発明の構成は、一体となって本件発明の主要部を構成するものであるとして、当該相違点を上記のとおり相違点①と相違点②とに分けて論じることが相当ではない旨主張する。しかしながら、前示争いのない本件発明の要旨は、本件明細書の特許請求の範囲の記載に基づくものであり、本件明細書の特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されているのであるから(平成6年法律第116号による改正前の特許法36条5項2号)、本件発明の各構成要件のすべてが発明の構成に必須の事項にほかならない。したがって、被告らの上記主張が、そのような趣旨をいうものとすれば、至極当然のことであるし、また、そうでないとすれば、趣旨不分明の主張といわざるを得ないが、いずれにしても、前示相違点を、本件発明の構成の各段階に応じ、相違点①と相違点②とに分けて検討することを妨げるものではない。もっとも、被告らは、そのような方法を採る場合には、相違点①については、相違点②の構成が続くことを、また、相違点②については、相違点①の構成が前提となることを十分意識した上で検討することが必要である旨主張するので、この点も念頭に置いた上、相違点①及び相違点②について以下に判断する。
(2) 相違点①について
「1対の金型からなるキャビティ内にセットされる加熱された所定のプラスチック製板材又は棒材を切断、切削及び研削等の加工を施してモダン外形形状としたモダンの構成は、引用例2に記載されている」(審決書21頁7行目~11行目)ことは当事者間に争いがないところ、引用例2に記載されたこの構成が、本件発明の「所定のプラスチック製板材又は棒材を切断、切削及び研削等の加工を施してモダン外形形状を製作し、該モダンを加熱して1対の金型から成るキャビティ内にセット」する構成と同一であることは明白である。
この点につき、被告らは、本件発明の「工具を引き抜き、ツル先端部形状と同一形状の工具により挿着孔を成形する」との要件に基づき、本件発明においてキャビティ内にセットするモダンの加熱は、工具の引抜きにより所要の挿着孔を形成できるという観点から加熱条件が設定されるものであり、芯金を抜くという発想のないシューティング加工(引用例2記載の発明)においてキャビティ内にセットするモダンの加熱とは、その技術的意義が異なるものである旨主張する。しかしながら、本件発明の要旨は、前示のとおり「工具を引き抜き、ツル先端部形状と同一形状の工具により挿着孔を成形する」との要件を含むところ、本件発明におけるモダンの加熱が、被告ら主張のように、工具の引抜きにより所要の挿着孔を形成できるという観点から加熱条件が設定されるものであることは、本件発明の要旨において一義的に明確であるとは到底いうことができず、また、本件明細書(甲第2号証)の発明の詳細な説明にも、キャビティ内にセットするモダンを加熱することの技術的意義については何らの記載がない。したがって、被告らの上記主張は、その前提を欠くものであって、採用することはできない。
そして、引用例2に記載された前示「1対の金型からなるキャビティ内にセットされる加熱された所定のプラスチック製板材又は棒材を切断、切削及び研削等の加工を施してモダン外形形状としたモダンの構成」は、1対の金型から成るキャビティ内に、加熱された状態のプラスチックによって成るモダンの外形形状を作出するという点では、相違点①に係る引用例発明の「1対の金型のキャビティ内に湯道を通して溶融した樹脂を注入してモダン外形を成形」する構成と共通するものである。そうすると、引用例発明の当該相違点①に係る構成に代えて、引用例2の前示構成を適用することは、当業者にとって容易であるというべきであり、その適用した結果が、相違点①に係る本件発明の構成となることは、上記説示から明らかである。
ところで、審決は、「引用例2記載の発明には、キャビティ内の加熱されたモダンに圧入される加熱された芯金を、圧入後一定時間保持した後、引き抜くという技術思想は全くない」ので、引用例発明の前示相違点①に係る構成に代えて、引用例2の前示構成を適用し、相違点①に係る本件発明の構成とすることは、当業者が容易になし得るものではないとし(審決書21頁11行目~22頁2行目)、被告らは、さらに、引用例2記載の発明を含むシューティング加工が、モダンに挿入した芯金が抜けることのない安定構造の眼鏡のツルを製造する技術であり、上記の技術思想が全くないのであるから、これを、金型の開口から工具を圧入し、圧入後一定時間工具をそのままの状態に保持した後、該工具を引き抜く構成の引用例発明に適用して本件発明の構成とする動機付けが存在しない旨主張する。
確かに、引用例2記載の発明ないしこれを含むシューティング加工自体からは、加熱されたモダンに圧入される加熱された芯金を、圧入後一定時間保持した後、引き抜くという技術思想はうかがえない。しかし、引用例発明とシューティング加工とは、いずれもプラスチックを材料として用いた眼鏡フレーム用のモダンの製造方法として、同一技術分野に属するものである上、引用例2記載の発明における芯金をモダンに圧入する構成を引用例発明に適用しようとするものではなく、前示のとおり、1対の金型から成るキャビティ内に、加熱された状態のプラスチックによって成るモダンの外形形状を作出するという点で引用例発明と共通する引用例2記載の発明の「1対の金型からなるキャビティ内にセットされる加熱された所定のプラスチック製板材又は棒材を切断、切削及び研削等の加工を施してモダン外形形状としたモダンの構成」を、引用例発明に適用するものにほかならない。したがって、その適用により本件発明の構成とする動機付けがあるものと解するのが相当であるから、引用例発明の前示相違点①に係る構成に代えて、引用例2記載の発明の前示構成を適用し、相違点①に係る本件発明の構成とすることが、当業者が容易になし得るものではないとした審決の前示判断は誤りであり、被告らの上記主張は採用することができない。
(3) 相違点②について
本件明細書(甲第2号証)の「工具6は高温加熱されてモダンに圧入されるため、成形された挿着孔3の周辺は可塑化状態にあり」(4欄36行目~37行目)との記載に照らせば、本件発明の「加熱した工具を圧入し」との構成の技術的意義は、工具を加熱することによって、これを圧入するモダンのうち工具と接触する部分、すなわち挿着孔の周辺を可塑化し、圧入を容易にすることであるものと認められる。
この点につき、被告らは、本件発明の「工具を引き抜き、ツル先端部形状と同一形状の工具により挿着孔を成形する」との要件に基づき、本件発明において、圧入する工具の加熱は、工具の引抜きにより所要の挿着孔を形成できるという観点から加熱条件が設定されるものであり、シューティング加工におけるような、モダンに容易に挿入できるように芯金を加熱することと、その技術的意義が異なるものである旨主張する。
しかしながら、前示のとおり、「工具を引き抜き、ツル先端部形状と同一形状の工具により挿着孔を成形する」との要件を含む本件発明の要旨の上で、本件発明における工具の加熱が、被告ら主張のように、工具の引抜きにより所要の挿着孔を形成できるという観点から加熱条件が設定されるものであることが、一義的に明確であるとは到底いうことができない。また、本件明細書(甲第2号証)には、実施例に関し「工具6の加熱温度・・・はモダン1の材質や挿着孔3の大きさ・形状によって左右される条件であって、その都度最適条件を定めなければならない」(4欄43行目~46行目)との記載もあるが、これによっても、工具の加熱条件が、工具の引抜きにより所要の挿着孔を形成できるという観点から設定されることが記載されているとは認められず、むしろ、前示「工具6は高温加熱されてモダンに圧入されるため、成形された挿着孔3の周辺は可塑化状態にあり」との記載とあいまって、本件明細書の上記記載は、圧入を容易にするための温度設定について記載したものとみることもできる。なお、本件明細書(甲第2号証)には「勿論、成形孔であるため工具6を引き抜いて得られる挿着孔3の内周面は滑らかで、光沢面状となる。」(同欄41行目~43行目)との記載もあるが、他方において、「モダンの挿着孔は成形孔であって、ドリル加工による切削孔ではないため、・・・挿着孔の内周面の面粗度は非常に小さく、そのため光の乱反射は発生せず、透明度が向上する。」(6欄4行目~8行目)との記載もあって、これらを併せ考えれば、本件明細書において、「挿着孔3の内周面は滑らかで、光沢面状となる」効果は、挿着孔を切削孔ではなく成形孔として形成することによって奏されるものとされていることが認められ、当該効果と工具の加熱条件との関係は記載されていない。
したがって、被告らの上記主張は採用することができない。
ところで、引用例5(甲第7号証)に「従来より眼鏡のツルの製造方法としては、・・・2) シューティング加工といわれる方法であるが、あらかじめ樹脂シートをツルの形に切削加工しておき、加熱した芯金を圧力により樹脂シートに差し込む方法・・・などがある。」(1頁左下欄17行目~右下欄15行目)との記載があり、シューティング加工に属する発明が記載された引用例2(甲第4号証)に「芯金1をプラスチック・テンプル7へ容易に挿入できるように予め適当な温度に加熱する」(4欄19行目~21行目)との、同様の引用例3(甲第5号証)に「本発明は眼鏡つるの製造に於て、予熱されたつるの材料(プラスチック或いはセルロイド)を、中心部以外に加圧及び冷却を同時に行い、冷却されない中心部に予熱された芯を押入」(1頁左欄下から7行目~4行目)との各記載があることに照らせば、シューティング加工において、プラスチック材料から成るモダン(テンプル)に芯金を圧入する際、その圧入を容易にするため、あらかじめ芯金を加熱することは周知の技術手段であることが認められる。
そして、このことに、引用例発明において圧入する工具が「ツル先端部形状と同一形状の工具」(審決書18頁10行目~11行目)であること(本件発明と引用例発明とが、この点で一致することは当事者間に争いがない。)、そもそもプラスチック材料が通常は熱可塑性であることは当業者の技術常識というべきものであることを併せ考えると、前示相違点①につき、引用例発明におけるモダンの外形形状の作出に、引用例2の「1対の金型からなるキャビティ内にセットされる加熱された所定のプラスチック製板材又は棒材を切断、切削及び研削等の加工を施してモダン外形形状としたモダンの構成」を適用することに伴って、引用例発明におけるモダンに圧入する「工具」に、あらかじめ加熱する構成を付加して、相違点②に係る本件発明の「加熱した工具」の構成とすることは、当業者が容易になし得たものであるというべきである。
この点に関し付言するに、シューティング加工に係る前示加熱の技術手段は、引き抜くことを予定していない芯金の圧入についてのものではあるが、芯金の加熱は、モダンへの圧入を容易にするためであり、モダンへ圧入する点では引用例発明の工具もこれと同様であるから、引抜きを予定しない芯金の圧入についてのものであることが、当該技術手段を引用例発明に適用することの妨げとなるものではなく、また、その適用の結果として、相違点②に係る本件発明の「加熱した工具」の構成となることは、前示のとおり、本件発明の当該構成が圧入を容易にするという技術的意義を有すると解されることに照らして明らかである。
なお、溶融樹脂の冷却硬化が時間の経過とともに進行するものであることは当業者の技術常識というべきであるから、相違点②に係る引用例発明の「注入された溶融樹脂が冷却硬化する前に・・・工具を圧入し、金型内の樹脂が冷却硬化した後、工具を引き抜き」との構成は、本件発明の「工具を圧入し、圧入後一定時間保持した後、該工具を引き抜き」との構成と異なるものではない。
したがって、相違点②に係る本件発明の構成は、引用例発明に前示各引用例に記載された周知技術を適用することにより、当業者が容易になし得たものと認められる。
(4) そうすると、審決が認定した相違点についての審決の判断は誤りであり、審決には、無効理由1についての判断を誤った違法がある。
なお、本件発明の発明者である被告(被請求人)【R】の特許庁における口頭審理の供述の反訳書(甲第20号証)には、本件発明を考案するにつき、加熱の温度設定やモダンに圧入した工具を引き抜くタイミング(工具を圧入後保持する一定時間の設定)等に困難な点があった旨述べる部分があるが、仮にそうであるとしても、それらの困難な点を解決するため考案した具体的な温度、時間等の数値の限定、その他の手段方法などが、発明の構成として本件明細書に記載されていない以上、それらが顧慮されないとしてもやむを得ないところである。
2 以上のとおり、原告らの主張する取消事由1は理由があり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の点につき判断するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。
よって、原告らの請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 石原直樹 裁判官 宮坂昌利)