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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)32号 判決 2000年3月23日

原告

ローム株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

竹田稔

同弁理士

【B】

【C】

被告

特許庁長官【D】

指定代理人

【E】

【F】

【G】

【H】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1請求

特許庁が平成10年異議第70246号事件について平成10年12月4日にした決定を取り消す。

第2前提となる事実(当事者間に争いのない事実)

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「面実装用ネットワーク型電子部品」とする特許第2633721号(平成2年10月29日特許出願、平成9年4月25日設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。

【I】らは、本件特許につき特許異議の申立てをした。

特許庁は、この申立てを平成10年異議第70246号事件として審理した結果、平成10年12月4日、本件特許の特許を取り消す旨の決定をし、その謄本は、平成11年1月13日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

基板上に、端子部を含むコモン電極用導体パターンと複数個の端子部を含む個別電極用導体パターンが形成され、コモン電極用導体パターンと各個別電極用導体パターン間に抵抗膜層及び/又は誘電体膜層が電気的に接続され、各導体パターンの端子部が露出して、前記基板の相対する二辺の辺縁にそれぞれ等間隔をおいて配置される面実装用ネットワーク型電子部品において、前記基板は四隅に角部を有し、前記コモン電極用導体パターンは、少なくとも2個の端子部と、この端子部を共通に接続する導体パターン部とを有し、これら端子部を互いに前記二辺の逆の端部から等距離の位置に配置してなることを特徴とする面実装用ネットワーク型電子部品。

3  決定の理由

決定の理由は、別紙決定書の理由写し(以下「決定書」という。)に記載のとおりであり、決定は、特許請求の範囲において、基板の形状を「基板は四隅に角部を有し」と限定し、その技術的意義として発明の詳細な説明の欄に「角部を画像認識して容易に自動実装できる」という効果を付加した平成7年12月15日付け手続補正(以下「本件補正」という。)は、本件出願当初の明細書の要旨を変更するものであり、本件出願は、特許法40条の規定により本件補正をした平成7年12月15日にされたものとみなされるところ、本件発明は、第1引用例(特開平4-165603号公報)及び第2引用例(実願昭63-80778号(実開平2-2896号)のマイクロフィルム)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきである旨判断した。

第3決定の取消事由

1  決定の認否

(1)  決定の理由Ⅰ(手続きの経緯)は認める。

(2)  同Ⅱ(本件発明)中、(1)(要旨変更についての判断。決定書2頁16行ないし7頁末行)のうち、6頁17行「のみで」から7頁末行までは争い、その余は認める。(2)(本件発明の構成)は認める。

(3)  同Ⅲ(引用刊行物記載の発明)のうち、第1引用例の記載事項の認定(同9頁10行ないし10頁12行)は認める。

第2引用例の記載事項の認定(決定書10頁14行ないし11頁8行)のうち、第2引用例記載の電子部品が本件発明の「基板」に相当すること(同11頁5行)、及び第2引用例記載の4つの角部が本件発明の「四隅に角部」に相当すること(同11頁6行、7行)は争い、その余は認める。

(4)  同Ⅳ(対比・判断)は争う。

(5)  同Ⅴ(むすび)は争う。

2  取消事由

決定は、本件補正が本件出願当初の明細書の要旨を変更するものと誤って判断したため、本件発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  すなわち、決定は、本件出願当初の明細書及び図面に「基板の四隅を角部とすること及びその技術的意義については何ら記載されていなかったものである。したがって、図面において、基板の四隅に角部を有する点が記載されているからといって、それは基板の輪郭を正確に表しているのではなく、単に基板の所在を表しているにすぎないものであり、基板の四隅に角部を有するようにして、角部を画像認識して容易に自動実装できるようにしたという技術的思想までは記載されているとはいえず、また、出願当初の明細書及び当該図面の記載からそのような技術的思想が当業者にとって自明な事項ともいえない。」(決定書6頁18行ないし7頁10行)と認定、判断するが、誤りである。

(2)  本件出願当初の明細書及び図面(甲第3号証)には、次の記載が認められる。

ア 特許請求の範囲

「基板上に、端子部を含むコモン電極用導体パターンと複数個の端子部を含む個別電極用導体パターンが形成され、コモン電極導体パターンと各個別電極パターン間に抵抗膜層及びもしくは誘電体膜層が形成され、各導体パターンの端子部が露出して、前記基板の相対する二辺の辺縁にそれぞれ一定間隔をおいて配置されるネットワーク型電子部品において、前記コモン電極導体パターンは、内部導体パターンで共通に接続される少なくとも2個の端子部を備え、これら端子部を互いに前記二辺の逆の端部から等距離の位置に配置してなることを特徴とするネットワーク型電子部品。」

イ 発明が解決しようとする課題

「上記した従来のネットワーク抵抗器は、・・・二辺の端子は互いに対称ではない。そのため、第7図のネットワーク抵抗器を第8図に示すように、配線回路81の配線パッド82に実装する場合、チップ搭載の角度が180°ずれて逆方向になると誤配線になるという問題があった。また、二辺の端子部の配置数が同じでも、コモン用の端子部は一辺のみに設けられているので、回路的にやはり対称でない。そのためチップが180°逆に搭載されると、やはり誤配線となるという問題があった。

この発明は、上記問題点に着目してなされたものであって、搭載方向が、正逆いずれでも、誤配線を生じないネットワーク型電子部品を提供することを目的としている。」(1頁右欄11行ないし2頁左上欄7行)。

ウ 課題を解決するための手段及び作用

「この発明のネットワーク型電子部品は、基板上に、端子部を含むコモン電極用導体パターンと複数個の端子部を含む個別電極用導体パターンが形成され、コモン電極導体パターンと各個別電極パターン間に抵抗膜層及びもしくは誘電体膜層が形成され、各導体パターンの端子部が露出して、前記基板の相対する二辺の辺縁にそれぞれ一定間隔をおいて配置されるものにおいて、前記コモン電極導体パターンは、内部導体パターンで共通に接続される少なくとも2個の端子部を備え、これら端子部を互いに前記二辺の逆の端部から等距離の位置に配置するようにしている。

このネットワーク型電子部品では、各端子部が等間隔であるとともに、コモン用の端子部が少なくとも2個、二辺で互いに対称にしているので、配線回路の配線パターンに、チップ搭載の正逆いずれの場合でも誤配線となることはない。」(2頁左上欄9行ないし右上欄5行)。

エ 実施例

「今、第2図に示す状態、つまり端子部3-5と、パッド9-5が対応する状態に対し、ネットワーク抵抗器1が180°逆に配線回路基板8上に搭載された場合に、配線パッド9-5に対し、端子部3-10が対応してハンダ付けされることになるが、この場合、端子部3-5と3-10がともにコモン端子として導体パターン4より共通接続されているので、何ら支障なく、誤配線を生ずることもなく、したがってネットワーク抵抗器1を実装する場合、方向を考慮する必要がない。また、従来ネットワーク抵抗器であれば、自動実装において、方向が違う場合に、180°方向を変えて載置する必要があるが、この実施例ネットワークでは、最大90°の角度変更によって適正な位置にネットワークを配置することができ、非常に便利である。」(2頁右下欄5行ないし19行)

オ 発明の効果

「この発明によれば、コモン端子部を基板の端部から互いに逆方向に等距離の位置に2つのコモン端子部を設けているので、ネットワークの配置方向を気にすることなく、実装することができる。

また、電子部品を実装する場合に、角度がずれていても、従来の場合、180°の修正が必要であるが、本願発明においては、90°以内ということになり、非常に扱いが便利となる。」(3頁左下欄3行ないし10行)

カ 図面の記載

第1図ないし第3図には、いずれも四隅に角部を有するネットワーク抵抗器が記載されている。

(3)ア  以上の記載から明らかなように、本件発明は、ネットワーク抵抗器を配線回路の配線パッドに実装する場合において、従来のネットワーク抵抗器の2辺の端子は互いに対称ではないため、チップが逆方向になると誤配線になる問題があることに着目してされたものであって、その目的は、搭載方向が正逆いずれでも誤配線を生じないネットワーク型電子部品を提供することにある。つまり、本件発明はそもそもネットワーク型電子部品の実装上の問題点について解決手段を与えるものである。

イ  甲第5号証(電子雑誌「エレクトロニクス」臨時増刊86年版電子計測器ガイドブック 日本電子機械工業会技術本委員会編集 昭和60年10月1日発行)の記事「電子部品実装自動化への対応と自動実装技術の動向」)に、電子部品と自動実装技術の変遷の図とともに、わが国のエレクトロニクス産業の発展の推進力の1つとして、電子部品実装自動化の進歩があげられるとして、1960年前後の時期が今日のすばらしく進展した自動実装の原点である旨記載されており(46頁左欄)、かつ「いま、第2次の実装自動化ともいわれるものがエレクトロニクス産業の変革をもたらそうとしている。これは、電子部品のリードレス化、すなわちチップ部品の出現と拡大により、面実装技術(S.M.T.)があらゆる機器に採用されはじめて、機器の小形化、高性能化、高機能化を実現している。」(46頁中欄16行ないし右欄4行)と記載されているように、電子部品の自動実装、取分け、電極とパッドとを面接触させて接続するいわゆる面実装技術(本件出願当初の図面第2図参照)は、我が国のエレクトロニクス産業の発展に欠くことのできないものとして、本件発明の出願前に既に広く認識されかつ実施されていたのである。

本件出願当初の明細書及び図面に記載された発明(以下「本件補正前発明」という。)も、このような技術的背景のもとで、ネットワーク型電子部品の回路基板への取付けを自動的に行う、つまり、自動実装における前記従来の技術の問題点を解消すべくなされたものである。

ウ  本件補正前発明において、ネットワーク抵抗器の電極が回路基板の配線パッドに正確に接続されるのも(第2図)、また、「電子部品を実装する場合に、角度がずれていても、従来の場合、180°修正が必要であるが、本願発明においては、90°以内ということになり、非常に扱いが便利となる。」(前記(2)オ)としたのも、自動実装における電子部品の画像認識を前提として初めていえることである。

(ア) すなわち、ネットワーク型電子部品を含む電子部品を回路基板へ自動実装するためには、回路基板に対し電子部品を正しく位置決めする必要があり、そのため電子部品の実装の際、電子部品の回路基板に対する相対位置を正確に把握しておくことは不可欠である。ところが、面実装用ネットワーク型電子部品、例えばネットワーク型抵抗器は、1辺がせいぜい数ミリ程度と極めて小さく、かつ、実装スピードはランダムアクセス方式(部品を任意に取り出してきて実装するもの)でも約0.4秒と極めて速いため(甲第5号証47頁右欄13行ないし17行)、到底人間の目で配線基板の位置を確認することは不可能である。そこで、この電子部品の回路基板に対する相対位置を把握する方法として、例えば、甲第6号証(特開昭61-152100号公報)、甲第7号証(特開昭62-120099号公報)及び甲第8号証(特開昭64-21579号公報)に示すように、撮像などにより電子部品を認識しそこから位置を割り出す、いわゆる画像認識による方法が本件出願当時においてごく一般的に採用されていたのである。

(イ) 次に、本件補正前発明では、「前記コモン電極パターンは、内部導体パターンで共通に接続される少なくとも2個の端子部を備え、これら端子部を互いに前記二辺の逆の端部から等距離の位置に配置してなる」(特許請求の範囲)と規定されている。ここで、前記「前記二辺の逆の端部」は、第1図ないし3図(甲第3号証)では、矩形をなすネットワーク抵抗器の2辺の逆の角部として記載されているから、これを角部と言い替えることは当然可能である。

そして、コモン電極端子は、前記ネットワーク抵抗器の前記2辺の端部すなわち角部を起点として、そこからの距離が等距離であることが規定され、かつ、その構成を採用したことにより、ネットワークの配置方向を気にすることなく実装することができ、電子部品を実装する場合に、角度がずれていても、従来の場合、180°修正が必要であるのに対し90°以内の修正で済むことになり非常に扱いが便利となるという本件補正前発明の特有の効果を奏することができるのである。

つまり、本件補正前発明における「前記二辺の逆の端部」、すなわち角部は、ネットワーク型抵抗器におけるコモン電極端子、ひいてはネットワーク型抵抗器の位置決めにおける基準をなす点、すなわち基準点として極めて重要な意味を持っている。

そして、電子部品の自動実装における画像認識では、電子部品の基準となる位置を認識するのが技術常識上むしろ当然である。また、これに加え、角部はネットワーク抵抗器の縦及び横の辺の交点にあるから、この点を認識することにより1点の認識で前記縦及び横辺の限界位置つまり外縁を知ることができるのである。つまり、角部は面実装用ネットワーク型電子部品においてもっとも簡単かつ確実に位置を認識し得る位置でもある。

したがって、本件出願当初の明細書及び図面に記載されたネットワーク抵抗器の角部が画像認識の対象となることは自明のことである。

エ  以上のとおり、本件補正は、前記2辺の逆の端部について限定を加えてそれが角部であることを明らかにし、かつ、その角部が備える自明な技術的意義について、明細書中に単に確認的に記載したものである。

(3)  被告は、自動実装には機械的手段も使われているから、本件出願当初の明細書に「自動実装」することが記載されているからといって、画像認識を当然の前提とするものではない旨主張する。

しかしながら、自動実装技術において画像認識技術を用いる場合と機械的手段のみによる位置決め装置を用いるものがあることは技術常識であり、両者が相容れないものでない以上、当業者であれば、自動実装の精度向上のためにそれらを組み合わせて用いることも当然考慮することである。また、画像認識を伴わない機械的手段のみによる実装装置(乙第3、第4号証)は、外形が滑らかで単純な四角形状をした電子部品等の位置決めには使用可能であるとしても、それらを本件発明の対象であるネットワーク型電子部品のように小型で、かつ複雑な外形形状の電子部品に適用することは、その実装スピードからしても、位置精度の低下や部品の欠けなどを生じる可能性が極めて高く、このような場合に当業者があえて画像認識を行わずに機械的手段のみに頼る技術的必然性はそもそも存在しない。

したがって、乙第3、第4号証に機械的手段のみによる位置決め装置が記載されているからといって、自動実装を行う上で画像認識の技術を用いることが技術常識であることには何ら変わりはない。

(4)  以上のとおり、本件補正が本件出願当初の明細書の要旨を変更するものであるとし、本件出願は本件補正をした日にされたものとみなされるとする決定の認定、判断は誤っており、そうすると、第1引用例(特開平4-165603号公報)は、本件発明の出願日(平成2年10月29日)後の刊行物であるということになるから、第1引用例により本件発明が容易に発明することができたとした決定の判断は明らかに誤りである。

第4決定の取消事由に対する認否及び反論

1  認否

原告主張の決定の取消事由は争う。

2  反論

(1)  本件出願当初の明細書及び図面には、「基板は四隅に角部を有し」という点、及び「角部を画像認識して容易に自動実装できる」という点は、記載されていないし、また、そのような技術的思想が当業者にとって自明な事項ともいえない。

すなわち、本件出願当初の明細書及び図面の記載から理解されることは、本件補正前発明が、搭載方向が正逆いずれでも誤配線を生じないネットワーク型電子部品を提供することを目的とし、コモン電極導体パターンは、内部導体パターンで共通に接続される少なくとも2個の端子部を備え、これら端子部を互いに基板の相対する2辺の逆の端部から等距離の位置に配置するようにしているという点であり、実装手段については何ら着目していないことが明らかである。

そして、搭載方向が、正逆いずれでも誤配線を生じないという目的を達成する上で重要なのは端子部の位置であり、基板の四隅の形状は考慮の対象とならないことは容易に理解される。

そうした目的を持つ発明を記載した本件出願当初の明細書及び図面において、図面のみに基板の四隅に角部を有する点が記載されているからといって、その点の技術的意義が記載されているわけでもない以上、それは、本件出願当初の明細書及び図面の記載からみれば基板の輪郭を表しているとはいえず、単に基板の所在を表しているとしか認識し得ないものである。

(2)  電子部品の基板の四隅の形状に関しては、乙第1号証第1図及び第6図に記載されているように、対角線上の2つの隅が角部となっていて、他の2つの隅が凹部となっているものや、乙第1号証第7図及び乙第2号証第6図に記載されているように、四隅が凹部となっているものもある。そして、凹部を設ける理由は、「また、多連チップ抵抗器20によれば、電極4A、4B間に凹部16が形成されているので、半田ブリッジの発生や不純物の付着によって電気的に短絡されるのを防止でき、接続の信頼性を高めることができる。」(乙第2号証2頁左下欄17行ないし右下欄1行)と記載されているように、電極間の絶縁性を良好にするためのものと認められる。このように、基板の形状決定には、技術的意義が密接に関係するものである。

したがって、基板の形状を限定するには、明細書中において、その形状とともにその技術的意義が明記されている必要がある。

それが明記されていない本件出願当初の明細書及び図面の記載からみれば、図面において、基板の四隅に角部を有する点が記載されているからといって、それは基板の輪郭を正確に表しているとはいえず、それは単にその所在を表しているとしかいえない。

(3)  原告は、その主張の中で、端部を角部と言い替えているが、そのような言い替えはできないものである。

すなわち、2辺の逆の端部とはこの2辺とそれに隣接する他の2辺との交点であればよく、四隅が凹部となっていても本件出願当初の明細書に記載された搭載方向が正逆いずれでも誤配線を生じないという目的を達成することができるものであるから、そこは仮想の交点であっても差し支えない。

(4)  本件出願当初の明細書には、「自動実装」に関する記載としては、「また、従来のネットワーク抵抗器であれば、自動実装において、方向が違う場合に、180°方向を変えて載置する必要があるが、この実施例ネットワークでは、最大90°の角度変更によって適正な位置にネットワークを配置することができ、非常に便利である。」(甲第3号証2頁右下欄14行ないし19行)との記載があるのみであり、自動実装の具体的手段は何ら記載されていなかったものである。

そして、電子部品の自動実装については、乙第3、第4号証に記載されているような位置決め爪による機械的位置決め手段を用いることによって自動実装するものもあり、自動実装と記載されていることのみでは、どのような手段により自動実装するのか不明である。

(5)  したがって、本件出願当初の明細書に「自動実装」することが示されているからといって、画像認識を当然の前提としているとはいえず、それを前提とし理論を展開している原告の主張は当を得たものではない。

理由

1  本件補正の要旨変更の有無について

(1)  「本件出願当初の図面には、基板の四隅が角部になっている点が記載されている」(決定書5頁9行、10行)ことは、当事者間に争いはない。

(2)  しかしながら、以下のとおり、本件出願当初の明細書又は図面に、「基板は四隅に角部を有」するようにして、「角部を画像認識して容易に自動実装できる」ようにするという技術的思想が記載されているということはできず、また、このような技術的思想が当業者にとって自明のものであるとすることもできない。

ア  すなわち、甲第3号証によれば、本件出願当初の明細書の実施例の項には、「今、第2図に示す状態、つまり端子部3-5と、パッド9-5が対応する状態に対し、ネットワーク抵抗器1が180°逆に配線回路基板8上に搭載された場合に、配線パッド9-5に対し、端子部3-10が対応してハンダ付けされることになるが、この場合、端子部3-5と3-10がともにコモン端子として導体パターン4より共通接続されているので、何ら支障なく、誤配線を生ずることもなく、したがってネットワーク抵抗器1を実装する場合、方向を考慮する必要がない。また、従来ネットワーク抵抗器であれば、自動実装において、方向が違う場合に、180°方向を変えて載置する必要があるが、この実施例ネットワークでは、最大90°の角度変更によって適正な位置にネットワークを配置することができ、非常に便利である。」(2頁右下欄5行ないし19行)と「自動実装」に関する記載があることが認められる。

しかし、この「自動実装」に関する記載中に「角部を画像認識」することの記載はなく、本件出願当初の明細書の他の箇所にも、「角部を画像認識」することについての記載を見いだすこともできない。

イ  本件発明の効果についても、甲第3号証によれば、本件出願当初の明細書には、「この発明によれば、コモン端子部を基板の端部から互いに逆方向に等距離の位置に2つのコモン端子部を設けているので、ネットワークの配置方向を気にすることなく、実装することができる。

また、電子部品を実装する場合に、角度がずれていても、従来の場合、180°の修正が必要であるが、本願発明においては、90°以内ということになり、非常に扱いが便利となる。」(3頁左下欄3行ないし10行)と端子部の位置により実装が容易になるとの効果が記載されていることは認められるが、「角部を画像認識」することによる実装上の効果については記載されていないことが認められる。

ウ  原告は、本件補正前発明は、自動実装における電子部品の画像認識を前提としており、本件出願当初の明細書及び図面に記載された電子部品の角部が画像認識の対象となることは、本件出願当初の明細書及び図面に接する当業者にとって自明のことである旨主張する。

確かに、甲第6号証(特開昭61-152100号公報)、甲第7号証(特開昭62-120099号公報)及び甲第8号証(特開昭64-21579号公報)によれば、自動実装において画像認識が行われることは、本件発明の出願当時、周知のことであったことが認められる。しかしながら、乙第3号証(特開平1-187899号公報)及び乙第4号証(実願昭62-6364号(実開昭63-114099号)のマイクロフィルム)によれば、自動実装に機械的位置決めを用いるものも存在することが認められる。

また、本件発明がネットワーク型電子部品のように小型でかつ複雑な外形形状の電子部品を対象とする点も、本件出願当初の明細書及び図面に記載の自動実装において画像認識が採用されることが多いであろうことは推測させても、画像認識の方式を採用することが必須であり、機械的位置決めを用いることができないものとまで認めさせるに足りるものではない。

さらに、弁論の全趣旨によれば、四隅を角型とすることは、ネットワーク型電子部品において通常みられる形状である(もっとも、乙第1、第2号証によれば、例えば四隅の全部又は一部が凹部になっているものもみられる。)ことが認められるが、四隅を角型とすることは画像認識により自動実装をする場合についてのみに特有な形状ではないことが認められる。

そうすると、自動実装においては、当然に角部を画像認識する方式が採用され、これに限定されるものであることが、本件出願当初の明細書及び図面に接する当業者にとって自明のことであるということはできず、原告の上記主張は採用することができない。

(3)  したがって、平成7年12月15日付けでされた本件補正は明細書の要旨を変更するものであり、本件出願の出願日は平成7年12月15日とみなされる旨の決定の認定、判断に誤りはない。

そうすると、第1引用例は、本件発明の出願前に頒布された刊行物となるから、決定には、上記第1引用例を進歩性の判断に使用した点において誤りはなく、進歩性についての具体的判断にも誤りは見いだせない。

2  結論

以上によれば、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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