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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)33号 判決 1999年10月28日

原告

株式会社ユニシアジェックス

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

福田親男

近藤惠嗣

被告

特許庁長官 【B】

指定代理人

【C】

【D】

【E】

【F】

"

主文

1  特許庁が平成8年審判第20277号事件について平成10年12月8日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  原告が求める裁判

主文と同旨の判決

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「内燃機関のフライホイール」とする発明(以下「本願発明」という。)について平成元年2月28日に特許出願(平成1年特許願第48816号)をしたが、平成8年10月3日に拒絶査定を受けたので、同年12月4日に査定不服の審判を請求した。

特許庁は、これを平成8年審判第20277号事件として審理した結果、平成10年12月8日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、平成11年1月6日にその謄本を原告に送達した。

2  本願発明の特許請求の範囲(別紙図面A参照)クランクシャフトに固定される回転方向の剛性が大きな弾性板と、この弾性板に固定される質量体とからなる内燃機関のフライホイールにおいて、前記弾性体の軸方向剛性を600㎏/㎜~2200㎏/㎜としたことを特徴とする内燃機関のフライホイール。

3  審決の理由

別紙審決書の理由(一部)写しのとおり

4  審決の取消事由

審決は、その引用する実願昭62-105269号(実開昭64-11453号)のマイクロフィルム(以下「引用例」という。)記載の技術内容を誤認した結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)燃焼室内の間欠的爆発によってトルクを得る自動車エンジンなど内燃機関のクランクシャフトには回転むらが生ずることが避けられないので、クランクシャフトの端部にフライホイール(慣性を持つはずみ車)を設けて、トルクを均一化することが従来から行われている。

しかしながら、フライホイールは、本来重量物であるうえ、クランクシャフトの一方の端部に設置されるので、クランクシャフトに曲げ変形が発生する結果、フライホイールとクランクシャフトとが共振して不快な騒音が発生することを避け得ない。

そこで、フライホイールに弾性板を付設し、その弾性によってクランクシャフトの曲げ変形を吸収することが行われている。この場合、弾性板の材料は、これを付設する目的から、軸方向剛性ができるだけ小さいものが好ましいことは当然である。

しかし、弾性板の軸方向剛性が小さいと、  クラッチ切れが不良になるという問題を生じざるを得ない。

本願発明は、クランクシャフトの曲げ変形に起因する騒音を防止することと同時に、弾性板の軸方向剛性が小さいことに起因するクラッチ切れの不良を防止することをも実現するために、弾性板の軸方向剛性を、従来技術においては採用されていなかった大きな範囲にすることを特徴とするものである。

(2)しかるに、審決は、引用例には弾性板の軸方向剛性が記載されていないことを認めながら、クラッチペダルの踏込みによる弾性板の変位量が弾性板の軸方向剛性に依存することが自明である以上、弾性板の軸方向剛性をクラッチの確実な断続が可能な程度とすることは当業者が当然考慮すべき事項であるとして、弾性板の軸方向剛性を本願発明の要件である数値にすることは試作・実験などによって当業者が容易になしえた旨判断した。

しかしながら、引用例から審決が援用した記載からは、クラッチの切断に伴う弾性板の変形が繰り返されることによって弾性板の耐久性が失われることが解決すべき課題として認識されていることは理解できるが(引用例で出願されている考案は、この課題を解決するために、フライホイールとクランクシャフトとの間の変位を、テフロンや硬質ゴムのような材料からなるリングなどによって吸収することを特徴とするものである。)、弾性板の軸方向剛性が小さいことがクラッチ切れ不良の原因であるという問題意識を読み取ることはできない。したがって、引用例のみを論拠とする審決の上記判断は、根拠を欠くものといわざるをえない。

第3  被告の主張

原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

弾性板の軸方向剛性は、一方において、クランクシャフトの曲げ変形に起因する騒音を防止するために相当の範囲で小さくする必要があり、他方において、クラッチ切れの不良を防止するために、相当の範囲で大きくする必要があることは、技術的に自明の事項である。そうである以上、クラッチ切れの不良を防止するために必要な弾性板の軸方向剛性の下限を見出したうえ、その下限以上の範囲において騒音を減衰しうる上限を決定することは、当業者ならばフライホイールの設計に際して当然に行う事項にすぎない。したがって、これを理由に本願発明の進歩性を否定した審決の認定判断に誤りはない。

理由

第1  原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の特許請求の範囲)及び3(審決の理由)は、被告も認めるところである。

第2  甲第2号証(願書添付の明細書)によれば、本願発明の概  要は下記のとおりと認められる。

1  技術的課題(目的)

内燃機関のフライホイールをクランクシャフトに直結すると、フライホイールの質量に起因する曲げ振動が生じて騒音を生じやすいので、両者の間に、回転方向剛性が大きく、軸方向剛性が小さい弾性板を介在させることが行われている(1頁15行ないし2頁12行)。しかしながら、弾性板の軸方向弾性が小さすぎると、クラッチの断続の際に多くのストロークを必要とし、クラッチ切れの不良を生ずるおそれがある半面、弾性板の軸方向弾性が大きすぎると、騒音を十分に防止できないという問題点がある(3頁1行ないし7行)。

本願発明の目的は、従来技術の問題点を解消したフライホイールを提供することである(3頁7行ないし9行)。

2  構成

上記の目的を達成するために、本願発明はその特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(1頁5行ないし10行)。

3  作用効果

本願発明によれば、クランクシャフト系の共振点を振動音が問題となる加速時の周波数領域外にずらすことができるので、クランクシャフト系の曲げ振動に起因する振動音の発生を効果的に抑制しながら動力伝達をすることができる。のみならず、クラッチ接合時におけるフライホイールの軸方向変位量をクラッチストロークの5%以内に抑えることができるので、クラッチ操作、特にクラッチ切りの操作を速やかに行うことが可能となる(4頁1行ないし9行)。

すなわち、弾性板の軸方向剛性を600㎏/㎜~2200㎏/㎜とすることによって、クラッチ接合時におけるフライホイールの軸方向変位量をクラッチストロークの5%以内に抑えることができると同時に、クランクシャフト系の共振点を、加速時に問題となる曲げ振動周波数の領域からずらすことができる。そのため、本願発明によれば、クラッチ切れの不良を生ずることなしに、効果的に騒音の発生を抑制することができる(10頁欄9行ない11頁4行)。

第3  以上を前提として、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  弾性板の材料は、その弾性によってクランクシャフトの曲げ変形を吸収するという目的から、軸方向剛性ができるだけ小さいものが好ましいことは技術的に明らかである。

これに対し、前項の認定によれば、本願発明は、クラッチ接合時に弾性板が変位することに起因するクラッチ切れの不良を解決すべき課題として認識し、この課題を解決するためにはクラッチ接合時におけるフライホイールの軸方向変位量をクラッチストロークの5%以内に抑えることが必要であるとの知見のもとに、弾性板の軸方向剛性の下限を600㎏/㎜とすると同時に、クランクシャフト系の共振点を加速時に問題となる曲げ振動周波数の領域からずらすことを企図して、弾性板の軸方向剛性の上限を2200㎏/㎜としたものであることが明らかである。

2  一方、甲第3号証によれば、引用例には、審決認定のとおり、「(考案が解決しようとする問題点) (前略)従来の内燃機関のフライホイール装置にあっては、運転中にクラッチペダルを踏み込むと、(中略)ダイヤフラムスプリング11を押し付ける力が作用する。この時には、上記押し付け力がダイヤフラムスプリング11から(中略)フライホイール1端面へと伝達され、(中略)フライホイール1を軸方向エンジン側へ変位させる。このため、クラッチを切断するたびにフライホイール1の弾性円板2にせん断応力、曲げ応力が作用するので、材質の疲れを早める等耐久性の面で問題があった。

そこで、本考案はこのような従来の問題点に着目してなされたもので、フライホイール装置の弾性円板に加わるせん断応力、曲げ応力を軽減することを目的とする。」(4頁15行ないし5頁12行)と記載されていることが認められる(別紙図面B参照)。

引用例のこの記載からは、クラッチの切断の都度、弾性板が変位し、この変位が繰り返されることによって生ずる弾性板の疲労が解決すべき課題として認識されていることは理解できるが、クラッチ接合時に弾性板が変位することに起因するクラッチ切れの不良が解決すべき課題として認識されていると理解することはできない。

3  したがって、「クラッチが確実に断・続しなければならない」という審決の説示は一般論としてはもとより正しいが、クラッチ接合時に弾性板が変位することに起因するクラッチ切れの不良を「弾性板の軸方向剛性」を限定することによって解決するとの本願発明の技術的課題とそこから生じた構成を、引用例以外の公知技術を何ら援用することなく、当業者が当然考慮すべき事項であるとした審決の説示は、特に、弾性板の材料は前記のとおり軸方向剛性ができるだけ小さいものが好ましいことに鑑みると、論拠が不十分であって、そのような判断をするためには、さらに的確な公知技術の援用を必要とするというべきである。

第4  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成11年9月30日)

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

<省略>

<省略>

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