東京高等裁判所 平成11年(行ケ)336号 判決 2000年2月29日
原告
アイリスオーヤマ株式会社
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁理士
B
被告
特許庁長官C
指定代理人
D
同
E
同
F
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成9年審判第1072号事件について平成11年8月27日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成7年6月30日、意匠に係る物品を「植木鉢」とする別添審決書の理由の写しの別紙第一表示の意匠(以下「本願意匠」という。)について意匠登録出願をしたが、平成8年11月15日付け(発送日平成8年12月13日)で拒絶査定を受けたので、平成9年1月13日に拒絶査定不服の審判の請求をし、特許庁は、これを平成9年審判第1072号事件として審理した結果、平成11年8月27日付けで「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は平成11年9月13日に原告に送達された。
2 審決の理由
審決の理由は、別添審決書の理由の写しのとおりである。要するに、本願意匠は、昭和51年意匠登録願第3133号に係る意匠(昭和51年2月3日出願、昭和53年3月24日拒絶査定(確定)。以下「引用意匠」という。)と意匠に係る物品が共通しており、両意匠の共通点は、類否判断に大きな影響を及ぼすものと認められるのに対し、差異点は、いずれも類否判断に及ぼす影響が微弱なものであって、共通点を凌駕することができず、結局、両意匠は類似するから、本願意匠は、意匠法9条1項に規定する最先の意匠登録出願人に係る意匠に該当せず、意匠登録を受けることができない、とするものである。
第3原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由のうち、意匠に係る物品の認定、本願意匠と引用意匠(以下「本件両意匠」ということがある。)との共通点と相違点の認定、類否の判断は、いずれも争う(ただし、一部認める部分はある。)。
審決は、引用意匠の先願性についての判断を誤り(取消事由1)、本願意匠と引用意匠との間の共通点と相違点の認定を誤り(取消事由2)、両意匠の類否についての判断を誤り(取消事由3)、その結果、本願意匠は、意匠法9条1項に規定する最先の意匠登録出願人に係る意匠に該当せず、意匠登録を受けることができないという結論を導いたものであり、違法であるから、取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用意匠の先願性についての判断の誤り)
平成10年5月6日法律第51号による改正前の意匠法(以下、上記改正を単に「改正」といい、上記法を「改正前の意匠法」という。)9条3項は、「意匠登録出願が取り下げられ、又は却下されたときは、その意匠登録出願は、前2項の規定の適用については、初めからなかったものとみなす。」と規定されていたのに対し、改正後の意匠法9条3項(現行の9条3項、以下「意匠法9条3項」という。)は、「意匠登録出願が放棄され、取り下げられ、若しくは却下されたとき、又は意匠登録出願について拒絶をすべき旨の査定若しくは審決が確定したときは、その意匠登録出願は、前2項の規定の適用については、初めからなかったものとみなす。」と規定され、平成11年1月1日以降に意匠登録出願される意匠について、拒絶をすべき旨の査定若しくは審決が確定した先願意匠を引用してはならないこととなった。上記の改正がなされたのは、①意匠登録出願について拒絶をすべき旨の査定若しくは審決が確定した意匠は、後の意匠登録出願人が参照することができないにもかかわらず、これと同一又は類似する意匠の登録出願を排除するのは不合理であること、②意匠登録出願について拒絶をすべき旨の査定若しくは審決が確定した意匠は、実施されれば公知の資料に反映されるはずであるのに、それがないままに先願→先願→先願と順次拒絶され、未公開の上記各意匠が蓄積されることは、いわば負の連鎖というべきものであり、本来であれば、十分に新規な意匠と判断されて然るべき意匠が、特許庁にのみ存在する意匠と同一又は類似するとの理由により、次々に拒絶される状況を生じさせるので不合理であること、③外国において、改正前の意匠法9条3項のような規定をおき、拒絶をすべき旨の査定若しくは審決が確定した意匠に先例としての地位を認める例はないことなどの理由からであった。このような法改正の趣旨に照らすと、本件のような場合に、改正前の意匠法9条3項を適用することは許されず、引用意匠をもって本願意匠の先願とすることはできないものというべきである。
2 取消事由2(本願意匠と引用意匠との間の共通点と相違点の認定の誤り)
(1) 本願意匠に係る物品も引用意匠に係る物品も、実質的に「盆栽鉢」である。このことは、たとい意匠に係る物品が植木鉢とされており、盆栽鉢であることについて格別の説明もなされていないとしても、植木鉢の分野における通常の知識に照らせば自明である。審決が、両意匠に係る物品の認定に際し、単に「植木鉢」と認定するのみで、「盆栽鉢」であることを看過しているのは誤りである。この誤りは、両意匠の類否判断の前提における誤りとして、その結論に影響を及ぼすこと、明らかである。
(2) 審決は、本願意匠と引用意匠とを対比して、「全体を、上方を開口した横長の略逆四角錐台状の容器体とし、その四周上縁部を、略均等に断面「冂」がまえ状に外側に屈曲させて鍔状の縁部を形成し、その内方を深鉢状に形成し、その底部裏面の四隅に底面視「鉤」状の隆起部を設けて脚部とし、各脚部間に、扁平略台形ゲート状の空間を表した基本的構成態様の点が共通する。」と認定している。しかしながら、この認定は、次の点で誤っている。
(イ) 本願意匠の帯状上面の幅と、該部位外端から垂下する部位の幅には、約2倍近い差があるから「略均等」とはいえない。
(ロ) 本願意匠に係る物品を、それぞれ通常の使用状態で平坦なテーブル面上に置き、これを四周各方向から観察すると、それぞれの側面において、物品の左右の脚と、脚のない部位の本体底部と、載置されたテーブル面とに区画された「空間」が形成されることは事実であるとしても、「空間」は、意匠の形態とはいえない。また、本願意匠の上記空間は、「扁平略台形ゲート状」とは認められない。
(ハ) 両意匠の鉢底の排水孔、すなわち、内面底部の明らかに目に付く2個の開孔部は、植木鉢の基本に関わる構成であり、外観上も明瞭に観察される構成であるので、基本的構成態様から除外したのは失当である。
(3) 審決は、具体的構成態様の共通点について、「(1)全体の構成比率について、略逆四角錐台状の容器体の縦:横:深さの比を、略2:3:1とした点、(2)縁部につき、細幅帯状とし、その四隅の外周角部及び内周角部を隅丸状に形成している点、(3)容器体の外周側壁面につき、上方略2/3をやや内窄まりの直線状の傾斜面状とし、下方略1/3の位置から各壁面を丸面状に下端まで搾って、全体を、横長の略逆四角錐台状としている点、(4)容器体の底部の中央左右寄りに左右対称に円形の排水孔を設けている点が、共通する。」と認定している。しかし、この認定は、次の点で誤っている。
(イ) 「略逆四角錐台状の容器体の縦:横:深さの比」を「略2:3:1」と認定しているのは、不正確で、厳密さに欠け、失当である。
(ロ) 上記共通点(3)については、引用意匠において、審決が「丸面状」と認定する部位に2本の明瞭な凸条が存在するから、本願意匠と共通とはなり得ない。
(4) 審決は、具体的構成態様の相違点について、「両意匠は、(イ)縁部につき、本願意匠は、やや広幅帯状のものとし、その上面の外周端部に断面凸弧状の筋状の縁飾りを表しているのに対して、引用意匠は、縁部全体が平坦面状である点、(ロ)外周側壁面部につき、引用意匠は、下方の丸面状に搾った壁面部に、横方向に二本の平行な断面凸弧状の筋状を四周を取り巻くように表しているのに対して、本願意匠は、それを表さず、滑らかな円弧面状としている点、(ハ)容器体の底部につき、本願意匠は、底面の中央左右寄りに左右対称にやや大きい円形の排水孔を設け、その排水孔を縦横格子網状とし、また、底面の四方位置に小円孔を等間隔に12個配し、さらに、底面と壁面の境に板状リブを左右各2個形成しているのに対して、引用意匠は、小円孔及ぴ板状リブを形成せず、中央左右に2個の円形の排水孔を設けている点、(ニ)脚部につき、本願意匠は、側端面を斜状の「S」字曲線状としているのに対して、引用意匠は、斜状の直線状である点、に主たる差異がある。」と認定している。しかし、上記相違点の認定は、不適切であり、承服できない。
3 取消事由3(類否についての判断の誤り)
(1) 相違点について
(イ) 本願意匠における縁の上面の外周端部に存する断面凸弧状の筋状の縁飾りは、最も目に近いところに位置する形状であるから目立たないはずはなく、少なくとも需要者にとっては、引用意匠との差異点として明白である。この筋状の縁飾りによって口縁部は立体的になり、きりりと引き締まったものとなっているのであり、この点は本願意匠の意匠の要部である。
したがって、上記断面凸弧状の筋状の縁飾りが、さほど目立たず、また、端部に表されたものであることから、引用意匠の角丸状の面取りとの差異が際だたず、その類否判断に及ぼす影響は微弱なものであるとした審決の判断は、誤っている。
(ロ) 審決は、引用意匠の周側部の2本の筋条がさほど目立たないものであると判断している。しかし、少なくとも盆栽鉢を選ぼうとする需要者にとっては、上記2本の筋条は、本願意匠との差異として明白なものであり、この点こそが引用意匠における意匠の要部である。
(ハ) 通気排水孔の大きさは、やや大きいか小さいかの域のものではなく、面積比では約4倍の大差があり、見やすい鉢底中央左右にあって非常に目立つばかりか機能面からも重要な部位であって、需要者が注意を払うことが明らかである。また、盆栽鉢においてこのような通気排水孔を備える意匠は、本願意匠が嚆矢であり、盆栽鉢の全体形状とこれら通気排水孔との組合せは、十分に需要者の期待に応える新規な意匠を提供するものであり、同構成は、本願意匠の要部である。また、12個の小円孔は、針金をとおす穴であり、植え付け作業の便宜のために特に設けられた新規な態様であるため、これも意匠の要部として重視されるべきである。さらに、底面と壁面との境の板状リブの有無も、両意匠の類否判断に大きな影響を与えるものである。
(ニ) 審決の、脚の形状についての「ありふれた脚の形態であって、両意匠の類否判断の要素としてさほど評価できず、微弱な差異と言わざるを得ない。」との判断も、誤っている。両意匠の脚が、いずれも、ありふれた形状であることは認める。しかし、ありふれた形状であっても、両者の間には、意匠間の差異としては明白な差異がある。
(ホ) 引用意匠は、本体周側に二条の筋条を配置したほかは、口縁部も平坦でシンプルなものとし、脚部の形状もシンプルに構成されたものであって、体内底部の通気排水孔もシンプルな円形の穴のみが設けられているものである。これに対して、本願意匠は、引用意匠とは逆に、引用意匠において二条の筋条が設けられている鉢周側部は滑らかな二次曲線のみを示すものとし、引用意匠においてシンプルな口縁部には、本願意匠は、玉縁を配して立体的で引き締まった造形観を表し、引用意匠においてはシンプルな脚部も「猫足状」の曲線を取り入れて、足元の無骨さを解消するとともにさりげない優美さを醸成し、体内底部の構成も、引用意匠に比較した場合、通気排水孔を径にして約2倍、面積にして4倍近い大きさで配設し、その開孔部に縦横各四本の桟格子を配設して和風の窓を想起させる美感を醸成し、土留めのリブを4か所に配置し、さらには盆栽鉢ならではの工夫として、樹形を整えるために使用する針金をとおす穴を底部四周12か所に等配して、盆栽鉢としての使い勝手を高めているのである。両意匠は、盆栽が植え込まれた使用状態においても口縁部、周側部、脚部のすべてにわたって、それぞれの部位を無加飾にするか否かに関し、ことごとく逆に造形している点で明瞭に異なっており、これにより、需要者も、誤認混同することなく両意匠を明瞭に識別することは明らかである。特に、両意匠における鉢底の構成上の差異は、極めて顕著であって、本願意匠における鉢底の構成は、盆栽需要者にとっては注目すべき数々の工夫を盛り込んだ鉢底であることが容易に看取できることに鑑みれば、両意匠は、はっきりと別異であって、これらが類似するとみる余地はないものというべきである。
(2) 一致点について
(イ) 前述のとおり、本件両意匠に係る物品は、実質的に「盆栽鉢」であって、需要者も自ずから限定されるものである。これを前提にした場合、両意匠に共通する基本的構成態様については、盆栽鉢が通常有する構成であるか、合成樹脂製品であれば当然に備えている構成であって、盆栽鉢と他の植木鉢とを区別する際には看者の注意を引くとしても、自己の趣味観に合致した盆栽鉢を選ぼうとする需要者にとっては、当然に備えているべき基礎的構成にすぎないから、類否判断を決定づけるための判断材料とはなり得ない。
(ロ) 審決は、具体的構成態様の共通点(3)及び(4)を重視している。しかし、共通点(3)は、盆栽鉢に通常見受けられる構成であるから、取り立てて重視すべきものではない。また、共通点(4)についての審決の評価は、通気排水孔に関する前記相違点を殊更に軽視しつつ左右対称に円形の通気排水孔を設けた点を不当に重視するものである。
第4被告の反論の要点
審決の認定判断はいずれも正当であり、審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(引用意匠の先願性についての判断の誤り)について
本願意匠は、改正前の意匠法9条3項が適用される出願である。すなわち、改正に伴う経過措置として、意匠法附則[平成10年5月6日法律第51号抄]4条1項(以下「附則4条1項」という。)は、審判について、この法律の施行の際現に特許庁に係属している意匠登録に係る審判については、別段の定めがある場合を除き、審判について審決が確定するまでは、なお、従前の例による、と定めているから、改正法の施行日である平成11年1月1日より前に出願された意匠登録出願については、改正前の意匠法9条3項が適用さるので、上記施行日より前に出願され、後に拒絶をすべき旨の査定が確定した先願の意匠登録出願は、初めからあった先願の意匠登録出願として取り扱われるのである。したがって、審決が、引用意匠に先願としての地位を認めたことに誤りはない。
2 取消事由2(本願意匠と引用意匠との間の共通点と相違点の認定の誤り)について
(1) 本願意匠は、意匠に係る物品を「植木鉢」として適正に意匠登録出願されたものである。しかも、審判において引用意匠とされたのは、主として盆栽に使用される植木鉢である。したがって、審決が、意匠に係る物品の認定に際し、誤りを犯したとする原告の主張は、失当である。
(2) 本願意匠と引用意匠の基本的構成態様についての審決の認定に誤りはない。
(イ) 審決の「略均等」の認定は、その記載どおり「その四周上縁部」について、平面視した場合のことについてのものであり、帯状上面の幅と該部位外端から垂下する部位の幅(A-A、B-B断面図参照)とは関係のないものである。
(ロ) 物品の形態を認定するに際し、物品そのものの形状を示すこと、物品の形状により生じる残余の空間部を示すことによって物品の形状を示すことは、ともに、形態の認定の通常の手法である。また、本願意匠においては、審決の認定した空間の両側が「S」字状の曲線で構成されてはいるものの、意匠全体を概括してする基本的構成態様の認定においては、扁平略台形ゲート状の空間と認定して差し支えない範囲のものである。
(ハ) 意匠の基本的構成態様とは、意匠の骨格をなす形態要素であり、また、意匠の外観を観察して看者が把握するその骨格をなす態様のことであるから、草木を植えた場合また観照時においては外に現れない底部の一部に設けられた排水孔につき、これを基本的構成態様として認定しなければならないとする理由はない。
(3) 本願意匠と引用意匠の具体的構成態様の共通点についての審決の認定に誤りはない。
(イ) 意匠の形態の認識は、人の視覚を通じてなされるべきもので、実際の計測による微細な数値に基づき認定されるべきものではない。両意匠については、視覚的にとらえた場合の容器体の縦:横:深さの比を、概括的に整数により略2:3:1としたものであり、審決に誤りはない。
(ロ) 原告は、引用意匠においては、審決が「丸面状」と認定する部位に二本の明瞭な凸条が存在するから、これを無視して共通点を引き出すことはできないと主張する。しかし、審決は、原告主張の凸条を決して無視しているわけではなく、まず共通点として「丸面状」を認定し、原告の主張する二本の凸状については、両意匠の差異点において、「引用意匠は、下方の丸面状に搾った壁面部に、横方向に二本の平行な断面凸弧状の筋状を四周を取り巻くように表している」(審決3頁19行乃至4頁2行)と明確に認定しているのである。そして、この種の物品においては、このような筋状は、模様として付加的に施されたものであるから、それを除く形状を共通点として認定することにも誤りはない。
(4) 本願意匠と引用意匠の具体的構成態様の相違点についての審決の認定に誤りはない。
3 取消事由3(類否についての判断の誤り)について
(1) 相違点について
(イ) 本願意匠の縁飾りは、願書添付図面の平面図に示されるとおり、縁の外周の端部に表されたもので、その幅も狭く、また、B-B断面図に示されるように極く薄いものであることから、さほど目立たないと判断したものであり、誤りはない。
(ロ) 引用意匠においては、植木鉢の下方の丸面状に搾ったところに、横方向に二本の平行な断面凸弧状の筋状が全体を取り巻くように表われているが、その筋状は、A-A及びB-B断面図に示されるとおり、わずかに断面凸弧状の筋状にふくれた程度のものでさほど目立つものでなく、この種の物品において、そのような筋状を施した意匠はごく一般的であって、看者の注意を引くものでなく、その類否判断に及ぼす影響は、微弱なものというほかない。
(ハ) 合成樹脂による植木鉢は、通気性が、素焼き、陶器のものに比して悪く、通気排水孔を大きくすることが本願出願前からごく一般的である。また、丸形などの通気排水孔を縦横格子網状に形成することも本願出願前からごく一般的である(乙第4号証、第5号証、第6号証の1、2、第7号証参照)。したがって、本願意匠の通気排水孔が引用意匠のものに比して面積比で約4倍の丸形で、縦横格子網状であるとしても、この点が本願意匠の特徴となることはあり得ない。
また、植木鉢に多数の小円孔を設けた意匠は、この種の物品においてはごく一般的であり(乙第8号証及び乙第10号証参照)、この点でも、意匠の要部とはなり得ない。底面と壁面の境の板状リブも、この種の物品において、成型上のものとして普通にみられ、その有無は、類否判断に及ぼす影響の小さい微細なものというほかはない。
(ニ) 両意匠の脚部の差異は、「各脚部間に、扁平略台形ゲート状の空間を表した」共通点に包摂される程度のものにすぎない。また、両意匠ともその脚の形態はありふれたものである。
(ホ) 本願意匠と引用意匠の差異点が、相互に相まって相乗効果を生じることを考慮してもなお、本願意匠は、意匠全体として引用意匠にない格別の特異性を発揮するまでには至っておらず、前記の各差異点が、両意匠の類否判断に及ぼす影響は、微弱なものというほかない。
(2) 一致点について
(イ) 両意匠の類否判断の基準となる看者は、一般の需要者であり、これを原告が主張する「盆栽愛好家」に限定しなければならない理由は全くない。両意匠は、ともに、従来の素焼き、陶器、磁器のものとはその製造方法が大きく異なるものであり、合成樹脂を金型により成型して大量に生産される量産品であって、広く一般大衆を購入者と想定して生産されるものである。本願意匠についても、盆栽愛好家に限らず、広く、山野草を愛好する者、角鉢一般を好む者、ガーデニングを楽しむ者、また、盆栽を始めてみようと思う者等、広く園芸用品を購入する一般の需要者というべきである。
本願意匠と引用意匠の両意匠に共通する基本的構成態様は、両意匠の形態に関する骨格を構成し、面積的にその形態の大部分を占めるものであり、前述のとおり両意匠の差異点に見るべきものがない以上、この種の物品の購入の動機となり、需要者の注意を強く引くところとなるものである。
また、意匠法9条1項の「同一又は類似の意匠」であるか否かは、出願意匠と先願として引用された意匠との形態全体を対比観察し、出願意匠に登録に値する新しい形態価値(格別の特異性)が創出されているか否かを判断して決定すべきものである(東京高等裁判所平成8年(行ケ)第243号・平成9年10月8日判決参照)。
したがって、本願意匠と引用意匠の両意匠に共通する基本的構成態様は、たとい従前の合成樹脂製品の盆栽鉢において通常に見られる態様であったとしても、両者の類否判断に大きな影響を及ぼすものというべきである。
(ロ) 審決の認定する具体的態様の共通点(3)及び(4)は、両意匠の基本的構成態様の共通点と相まって、両意匠の共通感をより一層際だたせるものとなっており、両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすものであるから、この点に関する原告の主張は、失当である。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(引用意匠の先願性についての判断の誤り)について
改正前の意匠法9条3項が、「意匠登録出願が取り下げられ、又は却下されたときは、その意匠登録出願は、前2項の規定の適用については、初めからなかったものとみなす。」と規定していたのに対し、意匠法9条3項は、「意匠登録出願が放棄され、取り下げられ、若しくは却下されたとき、又は意匠登録出願について拒絶をすべき旨の査定若しくは審決が確定したときは、その意匠登録出願は、前2項の規定の適用については、初めからなかったものとみなす。」と規定する。しかし、附則4条1項は、「この法律の施行の際現に特許庁に係属している意匠登録出願(類似意匠の意匠登録出願を除く。)又は意匠登録に係る審判若しくは再審については、別段の定めがある場合を除き、その意匠登録出願又は審判若しくは再審について査定又は審決が確定するまでは、なお、従前の例による。」と規定しているのであるから、意匠法9条3項の施行期日である平成11年1月1日より前に意匠登録出願された本願出願については、従前の例によることになる。したがって、本願意匠につき意匠法9条1項を適用するに当たって、「意匠登録出願について拒絶をすべき旨の査定若しくは審決が確定した」意匠についても、先願の意匠として引用することができることが明らかである。
原告は、改正の趣旨を根拠に、本件のような場合に、改正前の意匠法9条3項を適用することは許されず、引用意匠をもって本願意匠の先願とすることはできない旨主張するが、本件全資料によっても、意匠法附則4条1項の存在にもかかわらず、施行期日前に意匠登録出願された本願出願に、改正後の意匠法9条3項を適用することを正当化し得る特別の事情を見出すことはできない。原告の主張は、失当である。
2 取消事由2(本願意匠と引用意匠との間の共通点と相違点の認定の誤り)について
(1) 意匠に係る物品について
甲第2号証(本願意匠に係る意匠登録願)及び第4号証(引用意匠)によれば、本願意匠と引用意匠とは、ともに、意匠に係る物品を「植木鉢」としていることが認められる。
原告は、上記状況の下でなおかつ、本願意匠に係る物品は、実質的に「盆栽鉢」であると主張する。
しかし、仮に、本願意匠に係る物品を「盆栽鉢」とみるとしても、「植木鉢」とみるときとの間に、引用意匠との類否判断においてさしたる相違は生まれない。このことは、以下に行われる両意匠の検討に照らしておのずから明らかというべきである。のみならず、本願意匠に係る物品を実質的に「盆栽鉢」であるとする原告の主張自体、次のとおり、失当である。
意匠法7条は、「意匠登録出願は、通商産業省令で定める物品の区分により意匠ごとにしなければならない。」と規定し、意匠法施行規則6条は、「意匠法第7条(1意匠1出願)の通商産業省令で定める物品の区分は、別表第一の物品の区分の欄に掲げるとおりとする。」と規定しており、その意匠法施行規則別表第一の第51の分類の物品の区分欄には「植木鉢」の項目があり、また、同規則2条による願書の樣式(樣式第2)の備考21は、「別表第一の下欄に掲げる物品の区分のいずれにも属さない物品について意匠登録出願をするときは、『意匠に係る物品の説明』の欄にその物品の使用の目的、使用の状態等の物品の理解を助けることができるような説明を記載する。」と規定している。
甲第2号証によれば、本願意匠に係る意匠登録願には、意匠に係る物品に関しては、意匠に係る物品の欄に、「植木鉢」と記載されているだけで、「意匠に係る物品の説明」の欄はないから、上記「植木鉢」を意匠に係る物品として意匠登録出願されたものであることが明らかである。
そうすると、「植木鉢」を意匠に係る物品として意匠登録出願されているのに、これを実質的に「盆栽鉢」であるものとみることができないことは自明である。
(2) 別添審決書の理由の写しの別紙第一(本願意匠)及び第二(引用意匠)を比較検討すると、審決が認定するとおり、本願意匠及び引用意匠の基本的構成態様は、いずれも、全体を、上方を開口した横長の略逆四角錐台状の容器体とし、その四周上縁部を、略均等に断面「冂」がまえ状に外側に屈曲させて鍔状の縁部を形成し、その内方を深鉢状に形成し、その底部裏面の四隅には、底面視「鉤」状の隆起部を設けて脚部とし、各脚部間に、扁平略台形ゲート状の空間が表れる構成としたものであり、基本的構成態様において全く共通していることが認められる。
原告は、審決の基本的構成態様の認定について、本願意匠の帯状上面の幅と、該部位外端から垂下する部位の幅には、約2倍近い差があるから「略均等」とはいえない旨主張する。しかし、審決が「略均等に」といっているのは「その四周上縁部」についてであることは、審決書自体で明らかであり、原告の主張は、審決の認定を誤解するものであって、失当である。
原告は、基本的構成態様における「空間」は、意匠の形態とはいえないと主張する。
「意匠」とは、物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起させるものをいうのであり(意匠法2条1項)、この場合、物品の形状の結合次第で、空間が生じ得ることは当然である。本件において、審決は、略逆四角錐台状の容器体と脚部との結合の形態を表現する一つの手法として「各脚部間に、扁平略台形ゲート状の空間が表れる」構成としているのであり、「空間」自体を意匠の内容としているのでなく、このことは、審決書自体から明らかである。
また、原告は、本願意匠の上記空間は、「扁平略台形ゲート状」とは認められないともいうが、別添審決書の理由の写しの別紙第一をみれば、細部のみに目を向け全体を見ない主張であることが明らかである。
原告の主張は、失当というほかない。
さらに、原告は、両意匠の鉢底の排水孔を基本的構成態様から除外したのは失当であるとも主張するが、意匠の把握における基本的構成態様というものの相対的性質に照らすと、植木鉢あるいは盆栽鉢に係る意匠の把握において、排水孔を基本的構成態様として位置づけなければならない理由はないものというべきである。
(3) 具体的構成態様の共通点につき、「(1)全体の構成比率について、略逆四角錐台状の容器体の縦:横:深さの比を、略2:3:1とし、(2)縁部につき、細幅帯状とし、その四隅の外周角部及び内周角部を隅丸状に形成し、(3)容器体の外周側壁面につき、上方略2/3をやや内窄まりの直線状の傾斜面状とし、下方略1/3の位置から各壁面を丸面状に下端まで搾って、全体を、横長の略逆四角錐台状とし、(4)容器体の底部の中央左右寄りに左右対称に円形の排水孔を設けている点で共通している」とした審決の認定に誤りがないことは、別添審決書の理由の写しの別紙第一及び第二を比較検討すれば明らかというべきである。
原告は、「略逆四角錐台状の容器体の縦:横:深さの比」を「略2:3:1」と認定しているのは、不正確で、厳密さに欠け、失当であると主張する。しかし、審決が、「略逆四角錐台状の容器体の縦:横:深さの比」を概括的にとらえ、「略2:3:1」と認定しているものであることは審決書自体から明らかであり、意匠の把握は人の視覚を通じて行われるものであること、両意匠の対比は、時と場所を異にしたとき看者にどのように認識されるかの観点から行われるべきものであることからすれば、審決の行った認定に不当なところはないというべきである。
原告は、共通点(3)について、引用意匠において、審決が「丸面状」と認定する部位に2本の明瞭な凸条が存在するから、本願意匠と共通とはなり得ない旨主張する。しかし、原告主張の2本の凸条は、それらの存在する部分を「丸面状」と認定するのを妨げるほどのものでないことは、引用意匠のA-A断面図及びB-B断面図をみれば明らかである。原告の主張は、意匠の一部のみを不当に強調して全体的な共通点をあえて無視しようとするものであって、失当というほかない。
(4) 具体的構成態様の相違点についての審決の認定に誤りはなく、この認定を不適切であるとして非難する原告の主張は、失当である。
3 取消事由3(類否についての判断の誤り)について
(1) 一致点について
本願意匠と引用意匠の基本的構成態様は、形状の組合せによって、全体としてまとまった意匠を形成し、看者に視覚を通じて一つの美感を与えていると認められ、また、当該意匠に係る物品が「植木鉢」であって、乙第1号証の1、2、第2号証の1ないし4、第3号証及び弁論の全趣旨によれば、盆栽鉢などの植木鉢は、取引される際にも使用の際にも、取引者、需要者が全体的に観察するのが通常であると認められることを考慮すると、上記基本的構成態様の意匠構成が、取引者、需要者の注意を最も強く引く部分であり、この基本的構成態様が一致する以上、その範囲内で具体的形態に相違点があるとしても、その相違によって看者に特別な美感を与える要素が付加されない限り、類似の範囲内にとどまるものというべきである。
(2) 相違点(イ)について
縁部について、本願意匠は、やや広幅帯状のものとし、その上面の外周端部に断面凸弧状の筋状の縁飾りを表しているのに対して、引用意匠は、縁部全体が平坦面状である点で相違することは、前記認定のとおりである。
本願意匠の上記断面凸弧状の筋状の縁飾りは、縁部の外周端に存し、幅が狭く、しかも薄いものであるから、看者に特別な美感を与えるものとはいえない。
原告は、この筋状の縁飾りによって口縁部は立体的になり、きりりと引き締まったものとなっているのであり、この点は本願意匠の意匠の要部であるなどと主張するが、採用できない。
(3) 相違点(ロ)について
外周側壁面部について、引用意匠は、下方の丸面状に搾った壁面部に、横方向に2本の平行な断面凸弧状の筋状を四周を取り巻くように表しているのに対して、本願意匠は、それを表さず、滑らかな円弧面状としている点で相違することは、前記認定のとおりである。
甲第10号証(平成9年7月2日付け審判請求理由補充書に添付された1992年(平成4年)1月20日日本放送出版協会発行「盆栽」の抜粋)、乙第3号証(昭和51年8月25日特許庁意匠課資料係受入の矢崎化工株式会社発行「新製品のご案内No.15」)によれば、盆栽鉢などの植木鉢の壁面部に、横方向に1本又は複数本の筋状のもので周囲を取り巻くように表すことは、従来から、ごく一般的に行われてきたことであると認められ、しかも、甲第4号証によれば、引用意匠における上記断面凸弧状の筋状は、A-A断面及びB-B断面から明らかなとおり、わずかに弧状に膨出した程度のものであって、看者に特別な美感を与えるものとはいえない。
(4) 相違点(ハ)について
容器体の底部につき、本願意匠は、底面の中央左右寄りに左右対称にやや大きい円形の排水孔を設け、その排水孔を縦横格子網状とし、また、底面の四方位置に小円孔を等間隔に12個配し、さらに、底面と壁面の境に板状リブを左右各2個形成しているのに対して、引用意匠は、小円孔及び板状リブを形成せず、中央左右に2個の円形の排水孔を設けている点で相違することは、前記認定のとおりである。
乙第4号証(昭和55年2月13日発行の意匠公報)、第5号証(実開昭54-158754号公報)、第6号証の1ないし3(平成3年8月30日特許庁意匠課資料係受入の原告作成カタログ)、第7号証(昭和58年8月1日発行の意匠公報)、第8号証(昭和55年2月20日発行の意匠公報)、第9号証(昭和51年2月19日発行の意匠公報)、第10号証(実開昭55-60754号公報)によれば、盆栽鉢などの植木鉢において、円形の排水孔を設け、その排水孔を縦横格子網状とし、また、底面の周囲に小円孔を等間隔に複数個配することは、従来から、ごく一般的に行われてきたものと認められ、創作性を有する特徴とはいえず、しかも、形態全体としてみた場合に、格別の注意を引きつけ、看者に特別な美感を与えるものとはいい難い。
原告は、通気排水孔の大きさは、やや大きいか小さいかの域のものではなく、面積比では約4倍の大差があり、見やすい鉢底中央左右にあって非常に目立つばかりか機能面からも重要な部位であって、需要者が注意を払うことが明らかである旨主張するが、創作性のないありふれた形状の部分について、それが局部的にみれば相違を認めることができるものであるとしても、基本的構成態様の意匠構成を凌駕して、看者に特別な美感を与えるものとはいえず、その相違が類否判断に与える影響はわずかなものというほかない。
小円孔及び板状リブも、同様、看者に特別な美感を与えるものとすることはできず、それらの有無が類否判断に大きな影響を与えると評価することはできない。
(5) 相違点(ニ)について
脚部につき、本願意匠は、側端面を斜状の「S」字曲線状としているのに対して、引用意匠は、斜状の直線状である点で相違することは、前記認定のとおりである。しかし、上記相違は、看者に特別な美感を与えるものとはいえない。なお、両意匠の脚が、いずれも、ありふれた形状であることは、原告も認めるところである。
(6) 以上のとおり、本願意匠と引用意匠とは、基本形構成態様において一致し、具体的構成態様においても一致するところがあって、その具体的構成態様における差異を考慮しても、全体としては類似の範囲内にとどまるものと認められ、この認定の妨げとなる資料は、本件全証拠を検討しても見出せない。
したがって、本願意匠は引用意匠に類似するとした審決に誤りはない。
4 以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき理由は見当たらない。
よって、原告の主張を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)